2007年10月15日 (月)

五感刺激は泣ける!(ブランドと感情と記憶No.3)

 夏の日の忘れられない思い出・・・・。

 沈む夕日を背に二人で歩いた砂浜。近くのホテルのプールサイドから流れてくるサザンの曲。・・・そして、突然の別れ話。

 号泣weepweepweep

 非常に感情的な出来事の場合、いつ、どこで、何が・・といった事件の詳細と、そのとき経験した感情と二種類の記憶ファイルがつくられる。

 記憶ファイル=情報ファイル(海馬)+感情のファイル(扁桃体)

 情報ファイルをつくる海馬も、感情の記憶ファイルをつくる扁桃体も、どちらも二億年前にさかのぼる古い脳に位置する大脳辺縁系にある (タツノオトシゴの形をしているので海馬と呼ばれ、アーモンドの形をしているのでアーモンドの和名である扁桃という名前がついている)。

 情報だけのファイルは消滅しやすいが、強い感情を伴っている場合は、長期的保存に耐え、ちょっとしたきっかけ(キュー)で検索される。たとえば、五感のうちのひとつが刺激されることによって、ファイル検索が始まる。よくあるのは聴覚への刺激。サザンオールスターの曲が流れてくると、突然、二十年前の「あの海辺でのひと夏の恋の終わり」が思い出される。

 同じような感情の体験も過去の同じような感情経験の情報ファイルを検索するきっかけとなる。たとえば、恋愛映画を見ていたら、ボーイフレンドに捨てられた主人公が号泣する場面。その主人公に共感したら、自身の過去の失恋体験を思い出して自分もweepweepweep

 強い感情を伴う体験の記憶の仕組みがわかったとして、ブランドづくりにそれをどう利用したらよいのか? 

 ・・・・えっとぉ、その前に、五感の話をしてみます。

 五感には、聴覚、視覚、嗅覚、味覚、そして皮膚感覚がある。

 皮膚感覚の代わりに触覚を使うことが多いようだが、触覚は、温覚、冷覚、痛覚といっしょになって皮膚感覚をつくっている。歌手のマドンナが来日して、新聞か雑誌のインタビューに答えて、「トイレに座って便座が温かいと、ああ、日本に来たんだ」と実感すると言っていた。日本で普及しているウォシュレットのことを指しているのだ。温覚も想起を促す重要な感覚刺激のひとつだから、無視してはいけない。

 (ウォシュレットはTOTOのブランド名でジェネリックネームにまで昇格したものだが、この間、これをITトイレットと呼ぶアメリカ人がいた。けっこう、いける名称だ)。

 五感のうちでも嗅覚への刺激によって思い出される記憶は、他の感覚刺激によって思い出される記憶よりもより鮮明でより感情的であるといわれる。なぜなら、五感のなかで嗅覚だけが、感情と記憶に関係する大脳辺縁系に直結しているからだ。まず古い脳に刺激を伝達し、その後で、他の感覚と同じように大脳新皮質のほうに刺激を送る。

 その理由は・・・、二億年前に登場した原始的哺乳類は夜活動する夜行性。したがって、自分を守るためにまず最初に必要としたのが視覚ではなく嗅覚。敵を察知したり食物を手に入れるために大切な感覚だったのだろう。だから、嗅覚が最初に発達し、古い脳である大脳辺縁系につながった。

 そして、その場所は、感情と記憶に深く関係する場所だ。

 長寿ブランドに食品が多いのは、嗅覚が大いに関係してきます。

 この話は次回に(ブランドと感情と記憶シリーズ第四回に続く・・・・)

Ilm05_cb10029s_2トレビアかもしれないけど「話のネタになるかも」エピソード

 いまワイドショーで話題のスモウが大好きで横綱審議委員をしている内館牧子さんが、朝日新聞(3/6/2006)で、嗅覚と記憶の関係にぴったりの話を披露していた。・・・1963年に半年間の休暇をとってパリでホテル暮らしをしていたとき、和食レストランに入ったら、焼き鳥の匂いが漂ってきた。突然、「もうすぐ夏場所が始まる!」と思い出した。なぜなら、大学生のころ、東京での本場所の最中はほとんど毎日国技館に通っていた。いつも午前6時ごろから配られる整理券を求めて、列に並ぶ。そこに漂っていたのが、鬢付け油の匂いと焼き鳥の匂い。

 パリで焼き鳥の匂いをかぎ、いてもたってもいられず、半年の休暇を切り上げて、夏場所に間に合うように帰国した・・・・そうです。

  ちなみに、「五感刺激のブランド戦略(ダイヤモンド社)」によると、日本を含めた世界13カ国で2003年に実施された調査では、25歳~40歳の消費者が重要と考える感覚は、視覚が58%でトップ。第二位は嗅覚が45%で聴覚の41%を上回っていました。皮膚感覚は25%で最下位ですが、衣服などでは外見(視覚)よりも皮膚感覚を重要視する消費者が増えている。また、電話機や自動車では皮膚感覚を重要と考える消費者が50%近くになってきているのが世界的傾向だそうです。

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参考文献:1.ルディー和子(2005)「マーケティングは消費者に勝てるか?」ダイヤモンド社 2.Giep Franzen, et al, The Mental World of Brands, 2001, World Advertising Research Center

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2007年10月11日 (木)

環境とブランド(トヨタとウォルマート)

読売新聞」(10/20/07)に「トヨタ学、世界が研究」という記事が掲載されていた。

20年以上にわたってトヨタを研究したアメリカの教授が「ザ・トヨタウェイ」という本を出版した。その「トヨタ学」の権威者が「トヨタの強さは貪欲な効率の追求にある」と語った・・・と、その記事に書いてあった。

 貪欲なまでの効率の追求・・・という言葉で思い出すもうひとつの企業は? 

 もちろん、世界最大の小売業ウォルマートですよね。

 そのウォルマートは、いま、環境問題に非常に熱心である。2006年に、1)自社所有の物流トラックの燃費効率を10年以内に2倍に向上、2)店舗におけるエネルギー使用を30%削減 3)、店舗から出るゴミを25%削減する・・・と発表した。取り扱い商品も有機ミルクとか有機綿。アメリカ人が好きな白熱電球より省エネな電球型蛍光灯を奨励販売するそうだ。

 「環境」は、アメリカ市場におけるトヨタ自動車のブランディングにも大いに貢献している。

 トヨタは価格と機能において他自動車メーカーに圧倒的差をつけ、アメリカ市場で成功した。だが、本当の意味で、ブランド・メーカーとしての地位を確立したのは、高級車レクサスを発売してからだ。そのレクサスも、他のチョー高級車とまったく同じ価格帯で真っ向から勝負して勝てるようになったのは、ハイブリッドカーを発売するようになってからだ。2007年夏に発売したLexas LS600hlは、メルセデスベンツSクラス、BMW7シリーズといったもっとも高いモデルと同じ価格ライン。ただし、ライバルよりも70%もクリーンなクルマなのだ。

 環境に配慮したグリーン・カーは、アメリカの高額所得者の「感情」に強くアピールすることができる。

 環境問題は「感情」ではなくて」「理性」に訴える問題のような気がする。だが、アメリカでは違う。ハイソやセレブの社会に受け入れられる人間は、教養や品格が求められる(パリス・ヒルトンを除いては・・・(^o^))。チャリティーとか社会性ある行動をとることは、高額所得者層においては「クール」なことなのだ。環境にやさしい高額商品を使わないなんて、上流社会においては恥ずかしいことなのだ。

  ウォルマートは、国内市場では、都市部に進出することが最重要事項となっている。だが、これまでのところ成功していない。大都市部の比較的所得の高い市民にアピールするためには「環境」に配慮するグリーンなイメージは重要な条件だ。ちなみに、ウゥルマートのCEOリー・スコット氏は、地球温暖化の勉強をしたあとで、これまで乗っていたフォルクスクスワーゲン・ビートルをハイブリッド・レクサスSUVに代えた・・・・そうです。

 ソニー・アメリカも、2007年9月より自社商品すべてを無償でリサイクルすると発表した。家電すべてを無償リサイクルするのはアメリカでも初の試みで、ソニーはブランドイメージ向上を狙っているのだろうと日経新聞(8/18/07)も報告している。

 アメリカで高額所得者市場の「感情」にアピールするブランドをつくるには、「環境」がキーワードなのです。

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参考文献:1.Marc Gunther, The Green Machine, Fortune Magazine 7/31/2006, 2. Ian Rowley, High Tech Lexus, BusinessWeek 7/13/07

2007年10月 9日 (火)

パワーブランド=記憶+感情 (ブランドと感情と記憶No.2)

 ブランドという言葉はあまりにも安っぽく使われ過ぎて、ほとんど商品と同意語になってしまった。もともと、所有権を明確にして盗まれたときなどに困らないように「可愛そうな牛さん」に押した焼印を指す言葉だ。だから、名前、デザイン、パッケージなどで他商品と区別できれば、ただの商品じゃなくてブランドだと主張しても許される。

 でも・・・。

 「ブランドをつくる10のルール」とか「誰でもできるブランド構築」なんてタイトルの本を読んでみると、一般的商品開発や商品販売のハウツーものと変わりないことがよくある。 ~これらの本のタイトルは全て架空のものです。アマゾンでチェックして、同じタイトルがないことを確認して使っていますが、もし、偶然に同じタイトルの本があったらゴメンナサイ~

 いやしくもブランドというからには、少なくと数十年は市場に存在し、なおかつその名前を聞くだけで、消費者の心のなかに、シンボルマークやカラー、その他のブランドに関する情報が浮かび、大好きとかあるいはその反対に大嫌いとか、憧憬や興奮といった感情が心の中に生まれるものでなくてはいけない。

 そのなかでも、パワーブランドと呼ばれる強いブランドには、そのブランドに関する個人的思い入れ・・・つまりそのブランドに関わる個人的体験とそれに伴う感情をすぐに喚起する力がなくてはいけない。

 強いブランドは記憶と感情の組み合わせで生まれる。

 それを証明するために、脳科学の最新テクノロジーを使った3つの実験を紹介しよう。

1.コカコーラとペプシ

コカコーラとペプシの味比べの実験は昔から有名だ。ブランド名を教えずに、ガラスのコップに入った液体を飲ませるると、多くの被験者がペプシのほうが味が良いと答える。だが、ブランド名がわかると(さっきはペプシのほうがおいしいと言ったくせに)やっぱりコカコーラのほうがおいしかったとコークファンは恥じらいもなく断固主張する・・・・ってやつだ。

同じような実験において、被験者の脳のなかをfMRIで調べてみる。すると、ブランド名を教えないときには、コークを飲んでいようとペプシを飲んでいようと、コーラが好きな被験者の場合には脳内の報酬系が活性化する(消費者調査シリーズ第一回参照)。つまり、自分の味覚に合ったおいしい飲み物を飲んでいるので、報酬系が活性化して快の感情を感じているのだ。

このとき、ブランド名を教えると、コークを飲むコカコーラ・ファンの場合は、報酬系だけでなく、記憶と感情に関係する部位の神経細胞(ニューロン)も活性化する。きっと、コカコーラに関しての過去の(なんらかの感情を伴う)体験を思い出しているのだろう。たとえば、子供のころ家族でディズニーランドに行って花火を眺めながら飲んだコーク。あるいは、高校生のとき、彼女とのはじめてのデートで映画を見ながら飲んだコーク・・・。

2.日本の高級小売店  

日本の高級小売店の顧客を態度調査で、店舗にどれだけ強く感情的に結びついているかのレベルで3つのグループに分けた。そのなかで、「感情的に強く結びついてる顧客」つまり、ロイヤルティの高い顧客グループに質問し、それに答えるときの脳内の活動をfMRIでチェックしてみた。感情的に強く結びついている客の場合、小売店のことを考えているときには、「感情」と「記憶」に関する部位の神経細胞が強く活動していた。ちなみに、自己申告による財布シェアの割合と感情的に結びついている度合いとの相関関係は0.6という高い数値を示していた。

3.英国のスーパーマーケット

スーパーで買い物をする客に協力してもらってfMRIで脳のなかをチェックしてみた。小麦粉とか砂糖とかブランド名にこだわらない商品を購買する場合は、記憶に関係する部位だけが活性化する。たぶん、過去にお菓子をつくったときに使いやすかったかどうかといった経験を思い起こしているのだろう。だが、洗剤とかコーヒーとかいったブランドの違いが関係してくる商品を買うときになると、記憶と感情と二つの関係部位が活性化するのを見ることができた。

 

 広告も記憶と感情を生むことはできる。だが、コマーシャルが「面白い」とか「コマーシャルの女優さんみたいにきれいになりたい」といった憧れの感情は、(たとえば、自分のボーイフレンドを盗み取った)元友人よりもきれいになりたいという個人的体験に基づいた感情ほどには強くない。だから、すぐに忘れる。忘れられないためには何度も繰り返す。もちろん、それだけ宣伝広告費は高くなるから限度ってものがある。それで、一定期間が過ぎて宣伝を止めれば、ブランド名は記憶から消えていってしまう。

 長期にわたって記憶してもらうためには・・・・

  1. そのブランドに関しての個人的体験、しかも、あるレベル以上の強い感情を伴う個人的体験が必要。 あるいは・・・
  2. 広告宣伝を何度も繰り返すことが必要

 そして、いったん長期記憶に固定化されたとしても、無意識の領域にある記憶を意識の領域に呼び起こすためのキュー(消費者調査シリーズ第二回参照)が必要。そのキューのひとつとなりうる広告宣伝活動を継続しなければ、ブランドの記憶は無意識の世界に取り残されているだけで終わってしまう。

           (ブランドと感情と記憶シリーズ第三回に続く・・・)

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独断度100%のコメント

 繰り返せば感情が伴わなくても長期記憶を作り出すことができるという事実は、誰にでも経験があるはずだ。受験勉強のときに、「イイクニ~1192年~鎌倉幕府成立」とか、「奈良をナクシて平安遷都~794年~平安時代の始まり」とゴロ合わせで覚えた。あまりに何度も繰り返したから、数十年たったいまでも思い出すことができる。(もっとも、最近の新聞記事を読んでいたら 鎌倉幕府が1192年に始まったという説には疑問が多く、1185年を使っている教科書もあるようです)。

 だから、宣伝は繰り返せばそれだけの効果がある。資生堂TSUBAKI(ツバキ)を販売するにあたって、ヘアケア製品としては過去最大の50億円という宣伝費を投入。結果、初年度の出荷額は目標を上回り市場シェアも上がっているという。だが、広告によってつくられた記憶は、新発売キャンペーン的宣伝を止めたら消えていってしまう。

 ツバキの初期段階における成功は広告費をたくさん使ったからだと、皮肉っているわけではない。たくさん使っても、いまのところ契約数の減少をくい止めることができないドコモ2.0の例もある。だが、ブランド構築において、広告宣伝費をたくさん使うことは成功するための非常に大きな第一条件であり、そして、また、一度成功しても、広告宣伝活動を継続しなければ、結局は忘れられてしまうということは、否定できない厳然たる事実なのです。ブランドという地位を築きやすい商品カテゴリーであるグッチとかシャネルでさえも高級ファッション誌すべてに毎号広告を掲載しているではないですか。いわんや日用品や食料品においてをや・・・です

 ブランドについての本で、一定のレベル以上の広告宣伝費を使わなければ他の条件がそろっていてもブランドを確立するのはむずかしいですよ・・・・と書いてないとしたら、それは余りにきれいごとすぎると思うのです。

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参考文献:1.John H. Fleming, et al. Manage Your Human Sigma, Harvard Business Review July-August 2005  2.Malenie Wells, In Search of the Buy Button, Forbes 9/1/03 

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2007年10月 5日 (金)

消費者も進化の歴史から逃れられない(ブランドと感情と記憶No.1)

 人間の脳は大きく3つに分けることができる。

  1. 脳幹・・・・・呼吸や心臓の動き、体温調節など、生きていくために必要な基本的機能をつかさどる。5億年前の魚類に登場し、その後進化を続け、2億5000年前の爬虫類で完成。
  2. 大脳辺縁系・・・・・2億年から1億5000万年前に地球上に出現した小さなネズミに似たもっとも原始的な哺乳類に登場。感情や記憶をつかさどる。
  3. 大脳新皮質・・・・・このなかでも、前頭前野は「脳の中の脳」と呼ばれ論理的思考など高度な精神活動をつかさどる。ヒトの脳の大きさは、200~300万年前ほどから急速に大きくなり始め、大脳の大きさは3倍にもなった。が、その間、前頭前野は6倍も大きくなっている。前頭前野の発達がヒトをヒトとして特徴づけ他の類人猿との違いを決定的なものにしたといえる。認知症予防のためのゲームとか本とかは、この前頭前野を活性化させるための訓練をするタイプが多い。

 本能をつかさどる爬虫類の脳、感情をつかさどる哺乳類の脳、そして、理性をつかさどるホモ・サピエンスの脳・・・・・と単純に分けて話を進める (脳科学者には叱られそうだけど)。

 消費者(人間)は、感情をつかさどる部位と理性をつかさどる部位とが協力しあうことで、初めて、意思決定をすることができる。事故や病気でどちらかの部位に損傷を受けた場合、どんなに簡単な決定もできない。これは、実際の症例で明らかになっている。

 だが、感情に関係する脳の領域は一億年を越す歴史があるのに比べ、理性をつかさどる部位はたかだか数百万年の歴史。後輩が先輩に逆らえないのはスモウの世界だけじゃない。どうしても、感情のほうが優位に立つことが多い。ある心理学者はこれを「理性と感情のダンス」と名づけた。迷っているときには、最終的には、必ず感情がリードする・・と断言する学者もいる。 

 「経験経済」とか「経験価値マーケティング」といった本が書かれ、感情に訴える経験を提供するというテーマがマーケティングに登場するようになったのは、90年代以降のこういった脳科学の新しい発見が背景にあるからだ。

 感情と強く結びついた経験の記憶は半永久的に保存される。

 「記憶と情動の脳科学(講談社)」という本を読んでいたら、中世のヨーロッパにおいて、記録を文書で書き残す習慣がなかったときに、重要な出来事を記録するためには7歳くらいの子供を選び、その子に記録したい行事をきちんと観察させ、そのあとで川の中に投げ込んだ・・・という箇所があった。たまたまその後、アメリカの雑誌を読んでいたら、「中世のフランスの村では、重要な出来事を長く記憶しておくために、覚える役割を負った子供の耳をぶんなぐった」と書いてあった。

 子供に恐ろしい体験をさせて重要な出来事を記憶させるという方法は、ヨーロッパ各地で見られた習慣だったようだ。

 子供にトラウマ体験をさせるってことだ。

 一生忘れられない記憶をつくるために・・・。

 ここで考えてみてください。

 モノを販売するときに楽しい嬉しい感動を与える経験を提供すれば、それがずっと記憶として残り、その店であるいはそのブランドをずっとずっと買い続けてくれる。

 ホントに?

 んなわけないでしょう。

 子供のときに理由もなく突然川に投げ込まれる恐怖、驚き、悲しみ・・・・こんな体験に匹敵するような(といってもトラウマ体験のような否定的なものではなく、その反対の肯定的な意味での)感動的な経験や体験を提供できるビジネスなんて存在するでしょうか?     ディズニーランド以外に・・・。

 それでも、売り手企業は、ブランドやサービスを通じて、長く記憶に残るような肯定的感情に強く結びつく経験を顧客に提供しなくてはいけないのです。(しつこくずっと覚えていられるような否定的感情に結びつく経験を与えるのは、なぜか、すこぶる簡単なのですが・・・)。

 「ブランドと感情と記憶」シリーズでは、こういったことを考えていきたいと思います。

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2007年10月 2日 (火)

ポストモダンは合理性がキライ (消費者調査シリーズ第五回)

 先進国市場において、旧来の消費者調査方法への不満が表に出るようになったのは、2000年ころからだろうか? 

 欧米では、それ以前からも、満足度調査の結果と売上向上とが結びつかないことへの不満がくすぶっていた。CRMシステムに投資し、顧客へのサービスを強化して、満足度調査をする。顧客の満足度が向上しているから企業も満足する。ところが、売上はいっこうに上がらない。「いったい何のためのCRM活動だ!」と経営者は怒る。

 この場合、企業は二段階のリスクを犯している。

  1. 言語を用いて質問し、それに対する言語的反応を数値化して「態度」や「購買意図」を測定する
  2. 「態度」や「購買意図」に基づいて「行動」を予測する

 第一段階のリスクについては、消費者調査シリーズ第二回や第三回ですでに説明した。第二段階のリスクは、経験ある通信販売企業なら絶対にしない。通販企業は顧客の未来の行動は過去と現在の行動で判断するべきだと知っている。過去の行動データを分析する、あるいはテストをしてその結果を分析する。そして、次の行動を予測する。もちろん、予測が100%的中することなどありえない。それでも、「行動」で「行動」を推し量る方法が一番予測精度が高い。

 態度から消費者の行動を予測することは、よく行くファァミレスのウェイトレスが「いらっしゃいませ」といつも極上の笑顔で迎えてくれるので、プロポーズしたらきっと僕と結婚してくれるだろうと判断するのと同じくらいに間違うリスクが高いのだ。

 ん? 話を戻します。

 2005年初めに米ビジネススクールの著名な教授が「新製品の失敗率が高いのは消費者調査が機能していないからだ」と噛みついた。そのころには、アンケート調査を中心とする定量調査よりも定性調査が重視されるようになり、定性調査のなかでも従来のフォーカスグループ調査ではなくエスノグラフィック調査に人気が集まるようになっていた。

 マッキンゼーがつい最近興味深い調査結果を発表している。

 米消費財(とくに日用品とか食品)メーカーの大手20社、つまり、マーケティングにおいては定評のある企業のなかで、カスタマー・インサイト分野で優れている企業は他企業とどういった点で異なっているか? 3つの要因が挙げられていた。最初の要因は、当然のことながら、顧客を理解しようとすることが企業文化や企業戦略の中心となっている・・・ということ。他の2点は・・・・

  1. 消費者を理解するために、非伝統的な手法に他企業に比べてより多く投資している*
  2. カスタマー・インサイト担当部署の責任者は平均して11年の経験があり、それは他企業よりも3倍ほど長い

*カスタマーインサイトに卓越した企業が利用している非伝統的調査手法(すべての企業が利用していれば100%): エスノグラフィック調査(100%)、ネットでのパネル調査(80%)、クールハンターズ(40%)、口コミネットワークを情報獲得用に使う(40%)、ブログ分析(20%)、専門家のアドバイス(20%)。

 このように、合理性、科学性を重視した調査から主観、直感をいとわない調査を積極的に採用するのが最近の傾向だ。サンプル数とかサンプルの偏りが統計学的に適正かどうかを重要視したアンケート調査に変わって、調査担当者たちの主観や直感の影響を受けやすい定性調査の比重が高くなっている。その定性調査では、比較的客観性が高いフォーカスグループ調査の人気が落ちている。P&Gのカスタマーインサイト元担当者は、平均8人の消費者と2時間過ごす(1人当たり12分)フォーカスグループ調査を50回するよりも、5人の消費者と一ヶ月かけて12時間過ごす個人深層面接法のほうが、ずっと実がある。消費者のことがホリスティックに理解できる・・と答えている。

 合計400人のターゲット消費者の話を聞くよりも、5人の(異なる属性を代表する)消費者の深層心理を探ったほうがよい--主観を避け客観的科学性を追及した従来の調査態度とは隔世の感がある。

 チョッカンが、ぴんと感じ取るだけの直感でなく本質を見抜く直観であることを祈るばかりだ。

 マッキンゼーの調査には、カスタマー・インサイト分野で優れた企業の担当責任者の任務期間はそうでない企業の担当者に比べて3倍も長いという結果が出ている。これが、直感が直観になるための重要要因となっているのだろう。

 なぜ?

 答は一ヵ月後・・・・。

 まだ、考えがきちんとまとまっていないから。

 Intuition(直感、直観)の世界は奥が深い。いま流行の行動経済学においても、直観は重要なテーマになっている。次の「感情とブランド」シリーズのあとに、行動経済学についてもちょっと考え、そのあとで、消費者調査における直観について再度書いてみるつもりです。

                (「感情とブランド」シリーズに続く・・・)

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独断度100%のコメント

 アンケート調査さん、ゴメンナサイ。悪口ばかり言ったみたいですが、とんでもありません。あなたは必要です。ってゆーか、あなたの代わりになれるようなコスト効率の良い調査方法は見つかりません。もともと、あなたにあまり期待しすぎるほうがいけなかったのです。既存商品を改良するために、たとえば、「いつお洗濯しますか?」と聞いて、夜お洗濯する人がけっこう多いので音の静かな洗濯機を開発する。こういった単純な行動に関する質問ならOKなのです。意図とか態度とか質問すること自体が間違っていたのです。でも、意図や態度に関する質問でも、短時間でコスト安にできるネット調査をして時系列で比較するのなら問題ありません。好き嫌いとか購買意図の高低とかその答の数値を絶対値としてみるのではなく、上がった、下がった・・と比較するのならOKですよね。

 最近、深層心理を探るような質問の仕方をするアンケート調査もよくみかけます。これなどはアンケート調査とはいっても、もろ、主観、直観の世界です。担当者の経験・直観力が成否を決めます。

 従来のフォーカスグループ調査は落ち目です。ウェブサイトでパネルを使ったグループ調査で同じような結果を得ることができます。しかも、参加者は周囲に気兼ねなく反論異論が言えます。じかに消費者に会って話を聞きたいのなら、エスノグラフィック調査のなかで質問してみればよいのでは・・・。

 最近では、ネットでエスノグラフィック調査をする例もあります。化粧品メーカーが調査対象者に鏡台や洗面台の写真を撮ってメールしてもらったり、朝夜どういった手入れをしているのかを日記風に書いてメールしてもらう・・・らしいです。これに対しての意見は長くなるのでパス。でも、写真を送ってもらうってゆーのはグッド・アイデアだと思います。

 ヨーロッパの家具メーカーをクライエントに持つ調査会社が、世界30カ国の一般家庭の各部屋の写真を撮ってビジュアル・データベースを構築。それに各国の風習に詳しい社会人類学者がコメントをつけました。たとえば、台所の写真を見ると、スウェーデンもインドもナベ・カマが戸棚にしまわれず出しっぱなしです。部屋の外見は似ていても理由は全然違います。スウェーデンは調理器具を贈る伝統があり、ギフトでもらったナベ・カマをこれみよがしに飾ります。インドは実用本位な考え方。どうせ料理をするときにまた出すのだから戸棚にしまうのはナンセンス。さすが近い将来のソフトウェア大国です(関係ないかな?)

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参考文献:1.Blair Crawford,et al., How Consuemer Goods Companies are coping with Complexity, The McKinsey Quarterly  2.Finding That 'Sweet Spot': A New Way to Drive Innovation, Knowledge@Wharton, June 27,2007 3. Marketing Research, Marketing News Feb. 1. 2006

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2007年9月27日 (木)

IT製品のキーワードは「直感的に使いやすい」

  「intuitively easy-to-use」・・「直感的に使いやすい」と直訳できる。

最近、欧米のIT製品や家電製品メーカーのマーケティングについての記事を読んでいると、この言葉がよく目につく。

「アップル、ノキア、フィリップスなどグローバルなIT製品メーカーは、心理学者や人類学者のアドバイスを得て、直感的に使いやすい製品を設計している・・」といったふうに使われる。ぶ厚い文書マニュアルを読まなくても(つまり、意識的に考える努力をしなくても)、直感的にこのボタンを押せばいいだろうとか、次はこのキーを押すのだろう・・・と感じて使えるような製品デザインを設計する。

アップルのi フォンはintuitively easy-to-useな製品だ・・・といわれる。

i フォンがアメリカで発売されたときに、「高い技術力、世界に通じず」とか「技術至上の日本に教訓」といったような見出しが日本の新聞を飾った。日本のメーカーは十一社を合計しても、ケータイ電話世界市場で7%しかシェアを獲得できていない。その現状を嘆いているわけだ。

「日本のメーカーは技術は優秀だが・・・」という言葉は日本だけでなく欧米の新聞や本でも見られるようになっている。ソニーがプレイステーション3を発売した週明けのニューヨークタイムズ(2006年11月20日付)は「PS3はたしかに世界でもっともパワフルなゲーム機器ではあるが、世界一楽しい魅惑的な経験を提供するものではない。この二つの間には大きな違いがあり、その違いにソニーは気づいていない」と書いた。

痛っ!

五感刺激のブランド戦略(ダイヤモンド社)」には、ソニーやパナソニックといった日本のAV機器は視覚聴覚といった感覚にアピールする技術を(つまり、AV機器として伝統的に強調してきた特徴を)極めてはいるが、そういった技術レベルはある高さ以上になると、消費者にはその違いがわからなくなる。結果、それ以外の感覚にアピールしているメーカーの製品のほうが差別化に成功している・・・・と書かれている。

そんなの関係ねえ・・・と言うこともできる。

たとえば、ケータイ電話の話に戻れば、ノキアやモトローラといった電話機の部品、つまり、セラミックコンデンサー、水晶部品、カメラユニット、その他主要部品の多くが日本企業製だ。セラミックコンデンサーにいたっては日本メーカーが世界シェアの8割を占めているという (日経新聞2007年8月27日)。日本のケータイメーカーが世界に先駆けて高機能化を進め、その結果として、部品メーカーの国際競争力が強化されたと考えられている。

誰もがブランドメーカーになる必要はない。

技術をとことんまで極めていくことが日本人の資質に合っているのなら、それでもよいのではないか。一つのことに集中するほうが、いろんな意味で効率がよい。それに、消費者に対応するよりは、企業顧客を理解するほうがずっと簡単なことは事実だし・・・。

グローバルなブランドメーカーが頼る日本の部品メーカー・・・というのも非常にスマートな選択肢ではないだろうか。

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2007年9月24日 (月)

求む、人類学者! (消費者調査シリーズ第四回)

 世界最大の半導体メーカーであるインテルがロンドン名物の二階建てバスで観察調査をしている--と英国BBCニュースが伝えた。心理学者、人類学者、社会科学者から成る研究チームは、通勤通学客がケータイやPDAをどう使っているかを観察しテクノロジーの新しい使い方を発見したいのだそうだ。

 世界のケータイ市場のトップに立つノキアのマーケティング担当上級副社長はマッキンゼー発行の季刊誌で次のように語っている。「わが社では、人類学者、エスノグラファー、心理学者といったカスタマー・インサイトの専門家が消費者の行動を観察し、その結果をR&Dやデザインに利用します・・・私たちが理解しようとしているのは、顧客の無意識の心であり、その製品を購買する本当の理由です。もちろん、製品は技術的に優れていて、それを買う合理的理由を提供するものでなくてはいけません・・・でも、合理的で線形な意思決定プロセスで製品を買う消費者はわずかです。無意識の心と結びついている感情的理由は、購買決定に非常に重要な役割を果たします」

 こういった観察調査をとおして、消費者が「自分はこうしています」と言うことと、日常生活で本当にしていることの違いを見つけることができる--と多くの企業は考えている。

 世界最大の日用品メーカーP&GのCEOアラン・ラフリーも日経ビジネスのインタビューでこう語っている。「消費者は我々に明確な答を言ってくれるわけではありません。しかし、製品を使ったとき何らかの反応は見せてくれます。それを根気よく観察することが大切です」

 観察調査なら日本の企業だってずっと以前からやっている。・・・というか、小売店の販売員や店舗を訪れる顧客の行動を観察し聞き取り調査するのは日本企業特有なマーケティング調査方式だと、1987年のハーバード・ビジネス・レビューは紹介している。では、こういった日本の従来の観察調査と欧米を席巻しているエスノグラフィック調査とどこが違うのか?

 専門分野の修士や博士の肩書きをもつ学者を使っていることだ。

 学者を使うメリットは2点ある。

  1. 社員だと自分の仮設にあったデータを得ようとする傾向が高くなる。第三者の目が必要だ。
  2. グローバル市場においては人類学者の観点が必要となる

 グローバル市場において人類学者のアドバイスを得た成功例を紹介する。マクドナルドが80年代初めにブラジルに進出したときのことだ。最初は、アメリカと同じ広告戦略で、ランチやスナックにマックを食べるように促した。だが、人類学者がこうアドバイスした。ブラジルでは昼食は2時間かけてたっぷり食べるのが普通。マックのようなスナックは昼食にはそぐわない。また、「テレビを見ながらのスナック」という製品ポジショニングは悪くはないが、高価格なマックを食べられるのは、コックやメイドを雇える富裕層。スナックも使用人がつくる。マックの出る幕がない。結果、どうなったかということ、「コックが休みをとる日、つまり日曜の夕食にマックを食べよう!」になった。

                     (第五回に続く・・・・)

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日本ではマーケティングというかビジネスのことがわかる心理学者とか人類学者を見つけるのはむつかしいだろう。アメリカなら、ハーバード大学心理学教授でありながら、市場調査手法としては史上初めての特許をとり、その手法を使ってコンサルティングをするジェラルド・ザルトマン氏(「心脳マーケティング(ダイヤモンド社)」著者)のような商売っ気のある人材はけっこういる。コンサルティング会社を経営する人類学者もいる。企業が大学と共同してやる研究プロジェクトの規模や数も日本とは比べられないくらい大きく多い。それが、ビジネス界に抵抗なく溶け込める研究者を育てるのに役立っているのだろう。

 日本企業は専門家をもっと利用しなくてはいけないし、専門家は象牙の塔から出てビジネスや商売に自分の知識を適合させる応用力を持たなくてはいけない。心理学も人類学も人間を研究する学問であり、マーケティングは人間を研究してその研究成果を実践するのが仕事なのだから。

言葉の説明: 研究対象者たちをその人たちにとって自然なありのままの環境のなかで観察し記録するのが社会人類学や文化人類学だとしたら、こういったフィールドワークの記録をエスノグラフィーという。こういった調査方法をエスノグラフィック調査といい、そういった専門家をエスノグラファーという。

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参考文献:1.日経ビジネス2005年12月26日号、P.70~72 2.The McKinsey Quarterly May 2007, An Interview with Nokia's Senior Marketer 3, Conrad Phillip Kottak (2003) Mirror for Humanity: A Concise Introduction to Cultural Anthropology, McGraw-Hill

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2007年9月20日 (木)

消費者は言葉では考えない(消費者調査シリーズ第三回)

 現在使われている調査手法は大半は言葉にたよっている。書き言葉中心のアンケート調査はむろんのこと、フォーカスグループ調査だって話し言葉が中心だ。だが、人間は言葉では考えていない。この事実は、進化の歴史をたどってみればすぐに理解できる。

 言葉が登場するようになったのは50万年から100万年ほど前。きちんとした話し言葉が使われるようになったのは25万年前ほどだといわれる。人間が言葉で考えているとしたら、500万年前に進化的に類人猿と別れた人類の祖先さまたちは考えることなどなかった。つまり、思考する能力がなかったということになる。

 それは、ないだろ・・。

 脳をスキャンしてみると、本人が考えていることを意識する以前に、また、言語機能に関係する部位の神経細胞が活性化する以前に、思考に関連する部位が活性化していることがわかる。人間は言葉を使って自分自身や、そして他人に対してその考えを表現し伝達することを無意識的に選択したときになって初めて言葉を使うのだ。

 進化の歴史をたどれば、言葉は人間が抽象的に思考するようになるのを促した。でも、人間は「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」といつもハムレットしているわけではない。

 無意識に考えているなんて、本能的に信じらんない!

 だが、人間が日常的に考えたり、感じたり、行動したりすることの大半は無意識のうちにしている。無意識の領域は95%を占めるという科学者もいる。この数字の正否はともかく、大半の心理学者や脳科学者たちは、意識の世界は氷山の一角であることに同意している。そして、その事実が、ほとんどの人間に信じられないのは「氷山の一角の意識の世界には、海上に出ている自分の姿しか見えないからだ」そうだ。

 ロンドン大学で神経学者(ニューロ・サイエンティスト)たちが面白い実験をしている。

 被験者はコンピュータ画面を見つめる。そして、その被験者の脳の映像を科学者たちはMRIで見る。たとえば、二つのイメージが画面に非常に速く続けて流れる。被験者は二番目のイメージしか見ることができなかったのに、スキャン映像には被験者の脳が両方のイメージを見ているのが映っていた。つまり、被験者本人は一つのイメージしか見ていないと思っていても、無意識的にはしっかり二つのイメージを見ていたのだ。 

 映画「マイノリティ・レポート」に描かれたように、犯罪が実行される前に、その意図があることを本人自身が知る前に、予知することができる--実験に携わっている科学者たちはそう考えていて、こういったテクノロジー利用の倫理基準をつくらなくてはいけないと主張している。もちろん、こういったテクノロジーを利用して、消費者の購買意図を予測するのは簡単だ (これも倫理的に問題があるだろうけれど・・・)。

 これまでの消費者調査のほとんどが、目に見える氷山の一角だけを調べていたことになる。アメリカで科学的な調査が始まったてから100年近くになるが、データの獲得方法はまったく変わっていない。消費者に質問してそれに答えてもらう・・・圧倒的に言葉を介したものだ。ガーベッジ・インにガーベッジ・アウトといわれるように、もともとのデータが消費者の本当の答でなかったとしたら? 出てきた情報が消費者を理解するのに役立たないのは当然のことだろう。

                           (第四回に続く・・・)

Ilm05_cb10029s_2独断度100%のコメント

 ブログで「消費者の声」を探ろうという動きがある。自社商品への非難や批判を早目に発見するためにブログを観察することは必要だが、ここから消費者を知ろうというやり方は感心しない。同様に、苦情・質問データを深読みしすぎるのも良くないと思う。なぜなら、情報過多な状態では、担当者が自分の仮設に沿ったデータを選ぶことは簡単にできるからだ自分の提案を正当化するために意識的にそういったデータ選択をする要領のよい担当者もいるだろう。そういった考えはさらさらなくても、担当者は無意識のうちに自分の都合の良いデータを発見してしまう傾向がある。この現象は、行動経済学でも確証バイアスとして紹介されている。それでなくとも、消費者調査というのは、上司の経営者を納得させるために実行する傾向が高い。アサヒビールがスーパードライを開発するときに日本企業としては大規模な消費者調査をしたことで有名だ。その結果、消費者の新しい好みを発見してスーパードライが生まれたような書き方をした記事も多い。だが、私の独断的意見では、あれは、仮設を証明するためにされた調査だ。

 調査は往々にして、新しい発見をするためではなく、仮設を証明するために実施される。つまり、言葉を介してする調査の、それが限界なのだと私は思うのです

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参考文献 1.Ian Sample, The Brain Scan that can read People's Intentions, The Gurdian Feb.9,2007

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2007年9月16日 (日)

記憶はあてにならない (消費者調査シリーズ第二回)

 あなたの脳はあなたが見たり聞いたり経験したことを事実のまま覚えているわけではない。

そう言われたら大半のひとはこう答えるだろう。「そりゃ、むろん、忘れることだってあるさ。自分の記憶に自信がないときだってある。でも、自分の記憶が不確かなものか、それとも実際に起こった通りのことか・・・それぐらいは自分で判断できるさ」。

 ブー。

 記憶は二つの段階で変わってしまう。まず第一に、新しい経験(新しい情報)が保存されるとき・・・。新しい情報は、いくつかのデータ・ファイル(たとえば、色、形、匂い、言葉、経験に伴った感情、その他)に分けられて異なる場所に保存される。そのために、たとえば、大学時代の友人に会ったときに、顔はすぐに思い出せるが、名前がすぐには出てこないという現象が起こる。顔のファイルはすぐに検索できるのだが、名前のような言語データが保存されている領域はデータ量が多く混みあっている。だから、検索するのに時間がかかるのだ。

 いずれにしても、新しいデータが保存されるとき、すでに保存されているデータに基づいて、どのデータを保存するかが選択される。選択的に保存処理されるのは、たぶん、容量の問題があるからだろうと考えられている

 記憶が変わってしまう第二の段階は思い出そうとするとき・・・。思い出すという作業は、異なる場所にバラバラに保存されているデータを再構築することを意味している。その方法はまだ解明されていない。ファイルがリンクづけされてネットワークを作っていると考えられているが、リンクの弱いファイルは検索されずに終わってしまうかもしれない。あるいはまた、検索されるときのきっかけによって、情報内容が変化することもある。かかりつけのお医者さんとオフィス街ですれちがう。白衣ではなく背広を着ているので、「どこかで見た人?」と思っても誰だか思い出せない。オフィス街だから仕事上のつきあいのある人だと勘違いしてしまう。それは、記憶したときとキュー(Cue、手がかり、刺激、きっかけ)が違うからだ (この場合は白衣がキュー)。

 キューが記憶をゆがめてしまうこともある。記憶したときと異なるキューが使われると、検索できないファイルが出てくるだけではなく、無関係のファイルが呼び出されてしまうこともある。精神分析の創始者フロイトは、患者は精神科医の示唆によって子供時代の経験を新たに創造してしまうと語っている。

 消費者の記憶を知るためにアンケート調査を使うとして、その調査それ自体が消費者に示唆や暗示を与えるキューとなり、それによって、消費者の記憶が変わってしまうことがある。質問の聞き方、質問の順番、使う言葉によって、消費者の答は事実とは異なってしまう。カスタマー・インサイトというカタカナ用語が最近よく使われる。インサイトは心理学用語としては、(顧客の)思考や行動をもたらす動機を理解することだ。

 アンケート調査やフォーカスグループ調査がカスタマー・インサイトを明らかにしてくれると、本当に思っているのだろうか?

 広告も記憶に大きな影響を与えるキューとなる。

 2002年に、広告が消費者の過去の記憶を変えることができるという実験結果が論文として発表された。要約すると、被験者である大学生に過去をなつかしく思い出させるようなディズニーランドの広告を見せた・・・「子供時代を思い出してごらん・・・両親にやっと連れてきてもらったディズニーランド・・・初めてミッキーを間近に見て、ママに押されるようにして近づいて・・・そして、ミッキーと握手をしたときのあの興奮!」。ただし、学生たちに見せた広告では、ミッキーマウスではなくバックスバニーとなっていた。バックスバニーはアメリカでは有名なキャラクターだがディズニーランドのものではない。なのに、この広告を見せられた学生の16%は、実際には起こりえなかった出来事(つまりディズニーランドでバックスバニーと握手するということ)を自分は記憶していると主張したのだ。

 「記憶は創造的再構築の結果であり事実とは異なることがある」という心理学者や脳科学者の言葉が本当に思えてくる。

                          (第三回につづく・・・・)

Ilm05_cb10029s_2

独断度100%のコメント

人間は無意識のうちに自分が記憶すべき情報を選択しているしその内容も変えているようだ。著名な心理学者ダニエル・シャクターの言葉を私流に翻訳すると、「記憶は過去に関するものだと思うのは間違いだ。それは、現在の自分が考えていることや自分が描く将来像に大きく影響されて思い出されるものなのだ」。科学は、どんな科学でもつきつめると哲学になるんだ!

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参考文献:1. Kathryn A. Braun, et al (2002) Make My Memory: How Advertising Can Change Our Memories of the Past, Psychology & Marketing, Vol 19, 2.Giep Franzen and Margot Bouwman (2001), The Mental World of Brands, World Advertising Research Center

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2007年9月11日 (火)

消費者はウソをつく(消費者調査シリーズ第1回)

  日本とかアメリカといった成熟した消費者市場は、1)新商品のヒット率の低下と2)ヒット商品でも寿命が短い・・・といった二重苦に悩んでいる。こういった問題を解決するには、「もっと顧客の声を聞く」ことが一番の解決策だという考え方が一般的のようだ。売買取引において、売り手が買い手のことを知ることはむろん最重要事項だ。

 だが、「顧客の声を聞く」ことが「顧客を知る」ことには必ずしもつながらない。

 なぜなら、消費者はウソをつくからだ。

 脳科学は1990年代から大きく進歩した。fMRI(機能的MRI)とかPETや光ポトグラフィーといった非侵襲的脳機能画像技術の実用化が進んだからだ。ヒシンシュウテキなんて舌をかみそうな名前だが、人体に損傷を与えることなく脳のなかで何が起こっているか外からチェックできる技術。最近はテレビのドキュメンタリー番組でもよく取り上げられるのでご覧になった方も多いと思う。頭のまわりに器具をつけた被験者がテレビを見たり誰かと会話をしたりしているときに、脳の中のどの神経細胞がどのくらい活性化しているかを見ることができる。

 アメリカのスーパーボール中継は視聴率が高いために、コマーシャルは30秒のスポットで260万ドル(2007年の場合。このときは米全世帯の63%が番組を見たという)の高値がつくことで有名。一年間でもっとも多くの視聴者に見られるコマーシャルの好感度を、アンケート調査による結果と、fMRIで調べた結果とを比較するという実験が2006年に実施された。全国紙「USA Today」の調査ではビールのバドライトのコマーシャルが、経済紙ウォールストリート・ジャーナルの調査ではフェデックスが好感度一位に選ばれている。ところが・・・、fMRIをつけた被験者にコマーシャルを見てもらった結果は、アンケート調査の結果とは違っていた。

 たとえば、人間の脳のなかには報酬系と呼ばれる「快・不快」の「快」の感情を生み出す領域がある。おいしい食べ物、セックス、お金、美しい芸術作品、面白い映画や漫画のことなどを考えるだけでも、ドーパミンが脳内に放出されて「快」の感情を感じる仕組みになっている。実験では、報酬領域以外にも不安に関係する部位や否定的反応を抑えようとする部位などもチェックされた。その結果、一位に選ばれたのは、調査結果とは異なりディズニーのコマーシャルだった。

 消費者は意識的にウソをつくこともある。「このコマーシャルが好きだと答えたら子供っぽいと思われるのではないか?」と考えて本当の答を言わないこともあるだろう。意識的ウソは見破ることもできる。問題は、無意識的につくウソだ。たとえば、スーパーボールのコマーシャルの実験をした神経科学者は「TVを見て楽しい時をすごさなければいけないと思っている視聴者は、(たとえコマーシャルを見て否定的感情を持ったとしても)無意識的にその感情を抑制しようとする傾向がある」とコメントしている。

 この20年間で急速に進歩した脳科学のおかげで、私たちは消費者が購買決定をしているときの脳の中の動きを知ることができるようになった。その結果、現在の「消費者の声をきく運動」に打撃を与えるような三つの事実が明らかになっている。

  1. 消費者の意思決定は感情優位である
  2. 消費者の記憶はあやふやである
  3. 消費者は言葉では考えない

 この3点については拙著「マーケティングは消費者に勝てるか?」(ダイヤモンド社)でも書いているが、その後も新たにわかってきた面白い事実がある。なんといっても、この分野は日進月歩の新しい研究分野なのだ。

 「消費者調査シリーズ」では5回にわたって、消費者が本当に感じていることや思っていることを探り出すための新しい手法や新しい考え方を紹介します。

 

Ilm05_cb10029s_2

独断度100%のコメント

P&Gが2001年にクレアロールから買収したハーバルエッセンス・シャンプーは日本でも2004年に再投入された(1999年にクレアロールの親会社の米製薬会社ブリストルマイヤーズが販売したことがある)。「快感シャンプー体験」を強調したコマーシャル、覚えていますか? 航空機内の洗面所で外国人女性がハーバルエッセンスでシャンプーし、「イエス、イエス、イエス」と快感を口にするものです。アメリカでは、より強くセックスを想起させるバージョンがテレビに流されて物議をかもしました。女性が叫ぶ声がorgasmic sound(辞書でチェックしてね!)だというわけです。で、私は勝手に想像するのです。米バージョンのコマーシャルを日本のターゲット女性に見せて、好きか嫌いか?を質問したら、「好きだといったら下品だと思われる」とか考えて「嫌いだ」と答えた。それでアメリカ版コマーシャルを放映するのは止めた。でも、彼女の脳のなかの報酬系は強く活性化していたかもしれないぞ・・・。ちなみに、アメリカのハーバルエッセンスシャンプーのコマーシャルは「ポルノまがい」だとか「品がない」とか悪い評判も多々ありましたが、売上げは順調で、パンテーンとともにグローバル市場でP&Gのヘアケア製品のシェアを上げるのに大きく貢献しています。

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参考文献 1.Marketing News May 1, 200, Advertising Age、2.Pittsburgh Post-Gazette, Sept. 6, 2007

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