2007年12月 4日 (火)

失うことを恐れる消費者たち

 消費者は購買決定をするときに、選択肢それぞれの長所短所を比較分析して自分に一番利益をもたらしてくれるであろうものを選んでいるわけではない。ショッピングのたびにそれをしていては時間がかかりすぎる。

 経験とか習慣・常識といったようなものに基づいたヒューリスティクスと呼ばれる「簡単かつ迅速に意思決定できる便利な原則」に基づいて決めていることが多い。どうしてそう判断したかと問われると、「なんとなくそう思った」とか「ピンときたんだ」と答える。

 自動車とか住宅を買うような金額の大きなショッピングのときには、各選択肢の機能とか仕様とか、きちんと分析しているだろう・・・・と思うけれど、実際には、そうでもないらしい。一昔前の話だけど、松田聖子だって「ビビッときた」とかいって歯科医を再婚相手に選んだじゃないか。

 ああ、スミマセン。夫選びはショッピングとは違いましたね。でも、結婚をビジネス取引と同じだと考え、「ハッピーな関係を長い間維持するための秘訣は結婚生活もビジネスも同じだよ」という論文を書いたのは、現代マーケティングの基礎を築いたハーバード大学の故レビット教授ですよ。

 ・・・と、ここまでの話は、シリーズ第1回のまとめです。

 消費者の購買決定時におけるヒューリスティクスをいくつか挙げてみると、たとえば・・・・。

 *知名度が高い企業が販売している商品のほうが品質も良いはずだと判断する「再認ヒューリスティック」・・・・・・この判断はおおよその場合、適切でした。「でした」と過去形になっているのは、「不二家」「赤福」「吉兆」など歴史も長い著名企業の不祥事が続いているから。一流企業、一流ブランドというキュー(手がかり情報)だけで購買決定をすることは、もはや、最適な判断とはいえなくなってきているかも?

 *値段の高いほうが品質も良いだろうと判断する「安かろう悪かろうヒューリスティック」の逆ヒューリスティック・・・・・このヒューリスティックを利用して、高級ブランドの場合はとくに、粗利益率に関係なく値段を高めに設定する。高級イメージをアピールする商品の値段を決める会議でよく出てくるセリフは、「余り安すぎるとイメージが悪くなる」です。

 *手に入りにくければにくいほど価値が高いと判断する「希少価値ヒューリスティック」・・・・「限定販売」とか「残り僅か」とか「生産個数が限られておりますので早目にお申し込みください」という広告コピーは、このヒューリスティックを念頭に書かれている。

 心理学者のなかには、シリーズ第1回に登場したドイツのギゲレンツァー教授のようにヒューリスティクスはおおよそ適切な結果をもたらしてくれる・・・とその効率性を強調する者もいる。が、反対に、その悪い面を強調するひともいます。

 心理学者のアモス・トヴェルルキーとダニエル・カーネマンは、ヒューリスティックな意思決定から生まれる判断の誤り(認知バイアス)について1974年に論文「不確実性下での判断:ヒューリスティクスとバイアス」を発表。そこで、人間が自分の利益を最大化するための合理的行動をとっていない例を紹介し、人間の意思決定プロセスは伝統的経済学の合理的選択理論とは異なることを主張した。

 なぜ、人間は、そういった非合理な行動をとるのか? 

 トヴェルスキーとカーネマンは、人間が論理的につじつまが合わない意志決定をするのはよくあることで、伝統的な経済学が主張するように例外的な現象ではないと考えた。そして、そういった意思決定プロセスに一定のルールを見つけて、1979年に論文「プロスペクト理論:リスク下での決定」を発表した。

 合理性からの乖離にシステマティックなパターンがあることを証明したプロスペクト理論は、経済学者たちにも大きな影響を与え、心理学者のカーネマンは2002年にノーベル経済学賞をもらっている(トヴェルスキーは96年に59歳で亡くなっているので、ノーベル賞は受賞できなかった。やっぱり、「死ねば死に損、生きれば生き得」だよね。生きていても賞などもらえる見込みがないとしても、お互い、長生きはしましょう)。

 プロスペクト理論は、心理学と経済学とが融合した行動経済学の始まりを象徴する論文だ。この論文が証明したもっとも重要なこと・・・として、カーネマン自身が挙げているのは、人間の行動には「損失回避性 Loss Aversion」があるということだ。

 人間は損失を同額の利得より大きく評価する。同額の損失と利益があったなら、損失から得る不満足のほうが利益から得る満足より大きく感じられるということだ。つまり、同じ100円でも、道端で100円拾ったときの快感と、どこかで100円落としたときの不快感とを「満足感」で測定すると、損失のほうが利得よりもずっと大きく感じられる(カーネマンによると2倍から2.5倍も大きく感じられるそうだ)。

 人間は損失により敏感だ。

 このことは、お金だけでなく、商品の品質にもいえる・・・という最近の調査結果がある。

 日用雑貨品や家電など46カテゴリーで241種類の商品の12年間にわたる追跡調査によると、品質が変化しても(向上する場合も下がる場合においても)、消費者のその商品に対する意見は一年目には特筆するほどの変化を示さない。だが、二年目くらいから品質の変化を知覚するようになり、消費者が知覚する品質が実際の品質と同レベルになるには平均して5年から7年かかる。この年数は、商品タイプ、ブランド力、購買頻度によっても異なる。たとえば、タイヤは9.5年、冷蔵庫は7.1年、練り歯磨きは3.9年だ。

 注目すべきことは、1)品質の低下は品質の向上よりも早く、かつ大きく知覚されること、2)例外は、評判の良いブランドで、この場合は、品質の向上は評判の低いブランドよりも3年早く知覚され、品質の低下は一年遅く知覚される。

 これはアメリカでの調査報告だから、商品の入れ替わりの早い日本では、年数はもっと短くなるかもしれない。しかし、この調査が示す傾向は、日本のメーカーが小売店のPB(プライベート・ブランド)への対策を考えるときに役に立つかもしれない。

 日本でも大規模小売店が粗利益率の高いPBの比率を上げる方針を進めている。総合スーパーのイオンなどは、食料品や日用雑貨品だけでなく、家電製品でも三洋電機と手を組み、2008年には家電売上の30%をPBにすると発表した。

 こういった小売店PBに対抗して、メーカーは、1)品質が低下してもそれを消費者が知覚するのにある程度の年数がかかることを考慮して、数を減らしたりサイズを小さくしたりするのではなく、知覚しにくいところで品質を落とし値段を上げない方法をとる。あるいは、反対に、2)ブランドイメージが高い商品であれば、品質をもっと高いものにして(たとえば、環境に配慮する)、そのぶん値段を上げる方法もある。  

 いずれにしても、マーケティング戦略を決めるときは、人間は損失をこうむることを極端に嫌うことを考慮にいれなくてはいけない。「損失回避性理論」から発展して、人間には「現状維持バイアス」があるとも証明されている。現状からの変化は悪くなる可能性も良くなる可能性もある。その場合、人間は悪くなる可能性を恐れて、現状がよほどイヤでない限り現状を維持しようとする・・・というものだ。

 ケータイ電話サービスにおいて番号継続制が始まって一年。この間の乗換え率が3%にとどまったのは、手続きの煩雑さや手数料支払いという障害以前に、「現状維持バイアス」が働いたからだと考えられる。

 カーネマンは雑誌のインタビューに答えて、「人間は今もっているものを失うことに恐怖心を感じます。たとえ、その可能性の確率が非常に低くとも、可能性があるというだけで恐れをいただくのです。そして、その恐れの感情が論理的思考を妨げるのです」と語っている。   

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参考文献:1.Erica Goode, A Conversation With Daniel Kahneman;On Profit, Loss and the Mysteries of the Mind, New York Times, 11/5/2002, 2.Debanijan Mitra and Peter N. Golder, How Does Objective Quality Affect Perceived Quality? Short-Term Effects, Quality Affect Perceived Quality? Short-Term Effects, Long-TermEffects, and Asymmetries, Marketing Science, May-June 2006,3.Michael Schrange, Daniel Kahneman:The Thought Leader Interview, Stragety+Business, Winter 2003,3.多田洋介(2007)「行動経済学入門』日本経済新聞社、4.友野典男(2006)「行動経済学:経済は感情で動いている」光文社新書

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2007年11月29日 (木)

ヒューリスティックな消費者たち 

 消費者の行動が予測できない?

 当然です。

 だって、合理的に考えて行動しているわけじゃないんですから。

 たとえば、オーディオ・ビジュアル(AV)製品を使って、消費者の理不尽さを証明した実験があります。

  1. 機能の数が違う以外はまったく同じAV製品3つのモデル(それぞれ、7、14 、21個の機能をもつ)を見せたら、62.3%が21個の機能を持つモデルを選択した。
  2. 自分で好きな機能を選択して製品をカスタマイズできるとして25個の機能を提示したら、平均して19.6個の機能を選択した。
  3. 実際に使ってみたあとでは、機能が多いほど満足度が下がり、高機能製品を選択する率は62.3%から44%に下がった。 

 この実験では、ハイテク製品を使いこなす能力が高いはずの大学生が被験者として選ばれている。そして、高機能製品を選んだ大学生は、高機能であればあるほど複雑で使い勝手が悪くなることをよーく知っていた。それでも、なおかつ、大多数が高機能製品を選んだ。

 なぜなら、「多いほうがより良い」「同じ価格ならたくさんあるほうがお買い得」・・・は常識だもの。機能が多くなればなるほど、分厚いマニュアルを読んで、機能を習得するのに時間がかかることがわかっていても、「多いほうが得だ!」と、直感とか勘とか呼ばれるものが、心のなかから呼びかける。そして、人間は、こういった心の呼びかけに大きく影響されて行動する。

 性能(機能の数)と使い勝手を天秤にかけて総体的効用を算出しようなんていう論理的/分析的思考は、直感とか勘という本能的なものの前では、腕力のないインテリみたいなものだ。そして、いま、このIntuitionとかGut feelingというものが、人間の行動に与える影響に注目が集まっている。

 この分野の研究で著名なドイツの社会心理学者のゲルト・ギゲレンツァー博士は、ニューヨークタイムズとのインタビューで次のように語っている。

 「直感とかというものは、我々心理学者がヒューリスティクスと呼ぶところの 『正確ではないけれど、まあだいたいどの状況においても使える便利な原則』に基づいています。直感的思考方法は、人間の脳が、長い進化の歴史や経験によって得た能力です。この方法では、いくつかの情報に基づいて、二つ以上の選択肢の長所短所を比較しどれを選べば損か得か計算するなどという手間隙をかけません。ひとつの情報をキュー(手がかり)として判断し、その他の情報を無視します。だから、すばやく、効率よく判断できる。意識的な分析の結果ではないので、どうしてその結論にいたったか自分でもよくわかりません。でも、直感には、その人を行動させる強い力があります」

 ギゲレンツァー博士は、多くの個人投資家が株を買うときに勘で選択していることを実験で証明している。

 フツーの投資家は自分が名前を知っている企業の株を買う傾向が高い。つまり、著名企業の株のほうが価値があるという単純な基準で選択しているのだ。博士は、これを再認ヒューリスティク(Recognition Heuristic)と名づけた。そして、1990年代に、シカゴやミュンヘンの歩道を歩く360人の通行人にドイツやアメリカの上場企業リストをみせどの企業名を知っているかを尋ねた。調査結果から知名度が高いと認められた企業の株だけを集めて投資ポートフォリオを作って運営した。6ヵ月後、このポートフォリオは、平均して、ダウやその他の著名投資ファンドよりも高い成績を達成した。その後同じ実験を二度繰り返したが、いずれの場合も、専門家が論理的かつ分析的に選択したポートフォリオの成績を上回った。

 つまり、コンピュータや複雑な分析パッケージソフトを使わなくても、「知名度の高い企業」というひとつの単純な情報をキューとするだけで、投資に成功したわけだ。

 心理学者の多くは、直感的意思決定という「認知プロセスの近道」は、一億年以上の進化のなかで発達した脳の神経細胞の仕組みだと考えている。つまり、我々の遠い祖先たちは、自分たちを食っちまおうとする恐竜その他の捕食者たちから逃れようとするときに、すべての選択肢のすべての長所短所を熟慮している時間などなかった。迅速な決断を必要とする経験の積み重ねによって、「勘」の仕組みができあがったのだ。

 正しい判断をするために多くの情報を必要としないヒューリスティクスの正当性をコンピュータで証明した実験もある。自分の子供のために、中途退学率のもっとも低い高校を選択したいという母親がいた。だが、中退率の情報は存在しない・・・その場合、何に基づいて判断すべきか? 生徒の毎日の登校率、日本でいうところの偏差値、教師の給料その他18の情報(キュー)があった。18の情報を回帰分析にかけ、各情報の重要度を算出しながら、各高校の中途退学率を予測する。分析の結果わかったことは、中途退学率の一番低い高校を選択するためには、登校率を調べれば「コト足りる」ということだった。

 この結果を見て多くの人がしたり顔でつぶやいたはずだ。「きっとそうだと思ってたよ。登校率の良い学校は中途退学率も低いはずだ。コンピュータをつかって分析なんかしなくても、なんとなくそう思ってたよ」・・・これが勘とか直感とか呼ばれるしろものだ。

 消費者は、この勘とか直感によって行動することが多い。そして、この直感的思考方法はよくいうところの「アバウト」であり、おおよそにおいて正しいのだが、間違っていることもある。たとえば、上記の例のように、AV製品を選択するときに、「多いことは良いことだ」というヒューリスティクスに従い、あとで後悔したように・・・。

 だが、 この直感的思考方法は「ひらめき」をもたらし、ノベール賞ものの偉大な発見に導いてもくれる。日本では、将棋士の直感の仕組みを解明する脳科学の研究も始まったようだ。

  消費者行動シリーズでは、行動経済学、心理学、脳科学の新しい発見をもとに、消費者の不可解かつ複雑怪奇な行動について考えてみたいと思っています。

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参考文献: 1. Caludia Dreifus, Through Analysis, Gut Reaction Gains Credibility, New York Times 8/28/07, 2. Wray Herbert, Less(Information) is More, Newsweek 11/20/07, 3. Roland T. Rust, et al, Defeating Feature Fatigue, Harvard Business Review , Feb 20063.友野典男(2006)「行動経済学 経済は『感情』で動いている」光文社新書

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2007年11月24日 (土)

サイトからストアへ

 アメリカでクリスマス商戦が始まった・・・とTVニュースで報道されていた。今年は、サブプライム問題で消費の冷え込みが懸念され、商戦開始を早めて10月初めからおもちゃのセールを始めた大手小売店もあるようだ。

 一年の売上の三分の一が、11月末の感謝祭からクリスマスまでの一ヶ月間に集中するお国柄だ。プレゼントを贈らなくてはいけない親戚・友人・知人・アカの他人たちのリストを手に、混雑する店から店を何日も歩き回る・・・苦痛以外の何ものでもない! クリスマスじゃなくて「苦しみます」だ・・・なんて日本語ダジャレをアメリカ人が言うわきゃない。でも、ショッピングが苦痛であることに変わりはない。

 そんなときには、大手小売店シアーズの「5分で完了」サービスをご利用ください。

 ネットで商品の購買をすませ、あとで送られてくるeメールの確認書をもって最寄の店舗にいけば5分以内に商品が受け取れる。もし、5分以上時間がかかった場合は、ごったがえす店内に長時間の滞在をよぎなくされたお詫びのしるしとして5ドルの金券がもらえる。

 ウェブサイトで注文してお店で商品を受け取るサービス(サイトからストアへ/Site to Store サービス)を採用する小売店は、2005年ごろから増えてきた。それが、今年の夏に、ウォルマートが全国展開を始めたことで、俄然、ホットな話題となっている。ウォルマートによると、ネット購買者顧客の三分の一がこのサービスを利用しているそうだ。

  1. 客側のメリット: 1)ネットで購買すれば店舗よりも品揃えが豊富だ。たとえば、ハイビジョンTVは店には数種類しか置いてないが、ネットなら44種類のなかから選択できる。 2)配送料金が無料になる。
  2. 企業側のメリット: 1)実物を見ることができないからとネット購買を避けていた消費者の三分の一を獲得することができる。とくに、衣料品とか家具の販売に良い影響を与えるだろうと期待されている。 2)このサービスを利用する客の60%が、来店したついでに平均$60の付加購買をしてくれる

 企業側のメリットとして記されている数字は、過去2年間のテストで得た結果だ。こういったテスト数字に基づいてROI計算をするから、かなりの額のシステム投資を思い切って決断できる。ここがウォルマートの強いところだ。

 (だから、やっぱり、日本市場における投資にも勝算があるんだろうなぁ?って、みんな思っているんだけど・・・。でも、今年10月に西友を完全子会社化したことは、アメリカの株主や証券アナリストの間では評判が悪いようだ。基本的にウォルマートは先進国市場では失敗している。もともとスーパーマーケットチェーン第三位だったアズダを買収することで成功した英国以外では、ドイツでも韓国でもうまくいかなくて撤退している。アメリカでも大都市進出はまだ果たしていないし・・。先進国で大都市の東京商圏で、一生懸命勉強しているのかな?)

 話しを元に戻します。

 「サイトからストアへ」サービスは、消費者にとっても企業にとってもメリットがある・・・ということで、米小売業界でビッグヒットになっている。このサービスは、マルチチャネル展開をしている店舗小売業者をネット販売業者に対して競争優位に立たせるだろう・・・と考える専門家もいるようだ。

 つまりぃ・・・、アマゾンに代表されるようなネット販売業者は、ほとんどの場合、仕入れ商品を低い利益率で、しかも、かなりの割引価格で販売しているわけです。そのうえ、商品配送サービスは無料ないしはそれに近い料金システムになっている。つまり、ネット販売業者の実態は利益率が非常に低い薄利多売なのだ。かたや、マルチチャネル展開をしている店舗小売業は「サイトからストアへ」サービスを採用することによって、店舗での付加販売金額を考えると、ネット並みに安い価格をつけても、利益率はネットよりも高くなる・・・という理屈です。

 日本でもネットで注文してコンビニで受け取るサービスがあります。本などは、たとえ一冊でも送料無料が「売り」です。最近、DVDやCDをオンライン・レンタルしているTSUTAYAが、通常は、郵送で返却するDVDなどを店舗にもっていけば、もう一枚無料で借りられるサービスを実験的に始めました。でも、顧客はもともと郵送料金は払わなくてもよいシステムになっていたし、いくらもう一枚無料といわれても、店舗にわざわざ出向くかなあ? お店にいっても、売っているのは、ネットでも借りられるDVD、CD、ゲーム、それと本くらいでしょう? ついで買いもあまりないんじゃないかな? 反対に、店舗でレンタルしているひとが、来店する時間がないときは郵送返却してもOK・・・っていうのは便利なサービスだと思うけどね。

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参考文献: 1.Bob Tedeschi, Retailers Shortcut  From Desktop to Store, The New York Times, 9/24/07, 2.Chantal Tode, Wal-Mart touts site-to-store, DMNews, 7/24/07

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2007年11月17日 (土)

あの世の完璧な世界 (ブランドと感情と記憶No.9)

 完璧なブランドの実例を挙げるとしたら、2000年もの間、世界中で多くの信者(ファン)を維持してきた世界宗教しかない。

 ・・・ということで、「五感刺激のブランド戦略(ダイヤモンド社)」に基づいて、世界宗教がもつ10の構成要素のうち、5つまでを紹介した。

 その続きを書きます。

6.完璧であること

  世界宗教は完璧ではない。歴史をふりかえれば、聖職者や宗教団体の堕落や権力闘争はどの宗教にもみられる。だが、宗教は完璧な世界を約束してくれる。

 死んでからのことだけど・・・。

 通常、宗教は、神の(あるいは仏の)教えに従った人生をおくれば死後には完璧な世界である天国に住めることを約束する。そして、信者はその約束を信じて生きる。

 「五感刺激のブランド戦略」の著者マーチン・リンストロームは、ブランドは「消費者が完璧な世界であると考えるものを実現してくれる製品でなくてはいけない」と書いている。つまり、この製品を買えば(使えば)自分が夢見る世界が実現できると信じさせてくれるものでなくてはいけないのだ。

 ルイヴィトンやエルメスのバッグを持てば、自分が憧れるセレブの世界に近づける・・・そう信じれば、数十万円の値段は高くない(って、どう考えても、やっぱり高いでしょう)。昔の男たちは、かっこいい自動車を運転すれば女にもてると信じていた(最近はそんなことはありえないと悟ったようで、自動車はセックスとは無関係な製品になってきたようだ。これは、消費者と製品との感情的結びつきが減少していることであり、ブランドとしては危険な現象です)。

 現世において完璧な世界を提供できると考えてつくられたブランドもある。たとえば、ディズニーランド。ミッキーマウスがユビキタスに存在しているパーク内に入りさえすれば、そこは夢がかなう魔法の国。いま話題の三次元仮想世界のセカンドライフも完璧な世界を現世で提供する。その世界に入れば、自分のなりたい人間になれ、好きなビジネスやプロジェクトをはじめ、音楽や映画やロケットをつくり、仮想セックスを楽しみ、空を飛ぶこともできる。

 セカンドライフを創造したリンデンラボの創業者のフィリップ・ローゼンデールは興味深いことを言っている。「セカンドライフでは、最初の日から、あなたが欲しいもの何でも手に入れることができる。肝心なことは(セカンドライフの世界で)明日から何をするか・・・だ」。完璧な世界を一度経験してしまうと、その完璧性にかげりがさす。経験前に認識していた価値を維持することはむつかしい。セカンドライフの定期的利用者が登録者の数%に過ぎないのは、完璧な世界を手に入れた後、何をしてよいのか途方にくれるからだろう。

 世界宗教がこれほど長い間存続できた秘密のひとつは、完璧な世界を現世で提供しないからかもしれない。天国は、現世では手にとどかない世界だ。手に入らないからこそ、信者はずっと信者であり続ける。ブランドも、手に入らないからこそ、夢のブランドであり続ける。

 だからこそ、シリーズ第4回で書いたように、過去の記憶を思い出させてくれる商品は長寿ブランドになれるのだろう。だって、過去にあった出来事は絶対に二度と手に入れることはできないから・・・。そして、桑田佳祐が「明日晴れるかな」で歌ったように、「・・・在りし日の己れを愛するために、想い出は美しくあるさ・・・」。つまり、二度と手にすることができない過去はいつも完璧に美しい世界として思い出されるのだ。

7.感覚訴求

 宗教体験は五感を刺激する。

 天にそびえるゴシック教会のような宗教的建造物(視覚)、寺の線香の匂い(嗅覚)、読経や鐘、太鼓の音(聴覚)、そして数珠をまさぐる皮膚感覚。味覚はどうだろうか? キリストの血と肉とみなしてワインとパンを口にするカトリック教会はともかくも、仏教体験は味覚を刺激するだろうか? 仏教行事それぞれに、餅、酒、甘茶とか関係する飲食物はあるけれども・・・。

 密教の流れをくむ天台宗や真言宗で、護摩焚きをして燃える炎とリズミックに鳴らされる太鼓や鐘、お坊さんたちのお経の唱和をきくと、心がざわつき、原始的魂が鼓舞される思いがするものだ。密教のお経の唱和には独特の波動があると感じる人も多い。

 五感刺激はユニークな感情経験に導いてくれる。

8.儀式

 宗教に儀式はつきものだ。日本における仏教は、その教えを信じるひとは少なくても、葬式という儀式に使われることで社会に残っている状況にある。

 バレンタインにチョコレード、エンゲージリングにはダイヤモンド、祝い事にシャンペン、フランス料理でも「とりあえずビール」・・・・って、これは儀式じゃないかも。 いずれにしても、儀式につきものと思われるようになればシメタものだ。が、ここに挙げた例は、特定のブランドの売上には結びつかない。

 2002年ごろ九州の学生たちからクチコミで広まったとされる、受験戦争にキット勝つ「キットカット」。偶然とはいえ、毎年繰り返される儀式に関連づけられるようになったことは、ネスレにとっては超ラッキー。ということで、柳の下にどじょうで、他にもゴロ合わせがつくられるようになった。「受かーる」で明治の「カール」。笑えるのが、ロッテの「コアラのマーチ」で、「寝ていても落ちない」。

 東京タワーがライトダウンする瞬間を恋人といっしょに見ると幸せになれるという最近の都市伝説が流行らせた儀式は、東京タワーというブランドを有名にした。でも、売上にはつながらない。だって、タワーを一望できるところからいっしょに眺めるってことは、入場券を買わないってことだよね?

9.シンボル

 ルイヴィトンやシャネルとかになると、ファンはそのロゴのついたバッグを持ち洋服を着る。自ら宣伝媒体になってあげているというのに、お金をもらうどころか大金を払う。お人よしのバカ、アホ、アンポンタン・・・としか言いようがない。でも、まあ、ブランド・シンボルもそこまでくれば立派なもんです。

10.神秘性

 仏教のなかでも密教である真言宗とか天台宗になんとなく魅了されるのは、また、アメリカのセレブがチベット宗教に魅了されるのは、やっぱり、この神秘性でしょう。神秘的であればあるほど、消費者の好奇心は刺激される。

 在任期間が戦後歴代3位で平均支持率第1位に輝いている小泉元首相を首相ブランドとしてチェックしてみる。10の要素のうち、1)明確なビジョン、2)敵からパワーをもらう、3)真正さ(金銭に関する悪いウワサが出なかった)、4)一貫性・・・とそろっている。

 5)感覚訴求や6)シンボルもOKだろう。

 アメリカのエスクァイア誌はファッショナブルでインテリな若いエグゼクティブが読む雑誌だが、小泉元首相はこの雑誌の2005年の世界のベストドレッサー12位に選ばれている。これは、アジア系の男性としては最高位だ。選んだ理由として「彼が何を言っているかはさっぱり理解できないし(日本語だからわからないという意味)、あのヘアスタイルはいまいちだけど、だが、国家元首としてはジョン・F・ケネディー大統領以来のベストドレッサーだ」ってさ。日本の首相として国際社会で視覚的にアピールできたのは小泉クンが初めてだよ。それに、ライオンヘアーが立派なシンボルにもなっている。

 そのうえ、バツイチ独身でファーストレディーがいなかったぶん、私生活もなんとなくベールに包まれていた。ワンフレーズと批判されたけど、べらべら喋らなかったぶん、7)神秘性があった。

 というわけで、首相ブランドとして、小泉純一郎氏は10要素のうち7要素を持っていたことになる。これはやっぱり、歴代第1位だろう。

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参考文献: 1. Annalee Newitz, Your Second Life is Ready, Popular Science, 2005

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2007年11月10日 (土)

宗教は究極のブランド (ブランドと感情と記憶NO.8)

 ブランド関連の本を読んでいると、いつも眠くなる。

 ブランド・シンボルとかブランド・プロミスくらいはまだ理解できるが、ブランド・エッセンスとかブランド・パーソナリティとか書いてあると、頭にカスミがかかってくる.「ブランドシンボルフレームの体系化」なんて言葉が登場すると、完璧に脳が麻痺してくる。

 ブランド・マーケティングを理論化する試みにおいて、なぜ、こうも抽象的なくせにやけに複雑になるのか? なぜ、ブランド構築する作業が無味乾燥でつまらないものに思えてくるのか? 

 だいたいにおいて、ブランドとかヒット商品開発に関してのハウツー本が役に立つとは思えない。新商品をつくるための10か条とかあって、ターゲット顧客を変えてみるとか形を変えてみる・・・とか列挙される。そして、それぞれにおいて成功した商品名が具体例として挙げられる。

 でも、・・・それぞれの条項に失敗例も挙げることができる。

 つまり、マーケティングの歴史をひもとけば、同じようなことをして失敗した例もあれば、それと反対のことをして成功した例もあるのだ。

 機能を増やして成功したケータイもあれば、機能数を減らして成功したケータイもある。色をとって無色にして自然や健康を強調して成功した清涼飲料水もあれば、「ただの水みたいじゃん」とかいわれて失敗した清涼飲料水もある。

 だから、マーケティングの本で、成功するための10か条とか、ヒット商品をつくるための5か条とか書いてある本は、買わないほうがよいのだ。

 そう断言しながら、私はいま完璧なブランド10か条を紹介しようと考えている。

 ウソつき!

 だいたい、この世に、完璧なブランドなどないぞ!

 でも、あった。

 世界宗教。

 「五感刺激のブランド戦略(ダイヤモンド社)」の著者マーチン・リンストロームは、古今東西において究極のブランドは世界宗教である・・・と書いている。

 自分が翻訳した本だから賛成するわけではないが、世界宗教を完璧なブランドとみなすことは正しいと思う。なぜなら、キリスト教、仏教、イスラム教などは二千年前後の歴史をもち、世界中に信者(ファン)がおり、そのなかには熱狂的すぎる信者もいる。寿命の長さやファンの数からいっても完璧なブランドであろう。世界宗教を支える10の条件全部でなくても、そのうちのいくつかを備えていれば、グローバルな長寿ブランドになれること間違いなしだ。

 ・・・ということで、マーチン・リンストローム推薦の10の条件に従って、ブランティングについて考えてみる。

1.帰属意識

 どの宗教も共同体意識を育成することで強くなる。ユーザー同士が同じ共同体に属しているという意識が強いブランドの例として挙げられるのはハーレイダビッドソンとアップルだ。もっとも、アップルはiPodやiPhoneのヒットにより、従来の教育やデザイン分野で働くハイテクに精通した顧客以外にも、学生や一般サラリーマンのユーザーがふえた。顧客ベースの多様化と急激な膨張により、この共同体意識が薄れてきている。よって、ユーザーは以前ほどにはアップルという企業が犯す間違いに寛容ではなくなっているとビジネスウィークは報告している。

 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を支援する企業サイトは、購買者に帰属意識をもたらすことがひとつの目的だ。ゲーム機器というかゲームソフト購買者にも帰属意識があるといえるだろう。

 帰属意識が強ければ、かつてのアップル信者と呼ばれた忠実な顧客たちのように、ちょっとくらい欠陥があってもちょっとくらい使い勝手が悪くても辛抱強く改善されるのを待ってくれる。それどころか、どうやったら改良できるのかいっしょに考えてくれたりもする。

2.目的意識をもった明確なビジョン

 自分が信じている神の教えを布教するために、宣教師たちはどんな危険な地にも出かける。通常は、ビジョンの御旗をかかげ先頭にたつ指導者を必要とする。アップルのスティーブ・ジョブズとかヴァージン・グループのリチャード・ブランソンとか・・・。だが、多くの場合、ビジョンは、創業者が亡くなるとともに、消えていってしまう。ソニーのように・・・・(ごめんなさい! ソニー精神の復活を期待しています)。

 トヨタは、ビジョンの作り手や担い手に一人の人物を特定できない珍しい例だ。イエス・キリストの死後も、その教えをまとめた聖書をよりどころにして広がったキリスト教のように、トヨタの生産方式は「カンバン」や「カイゼン」といった名称で世界中に広がっている。

3.敵からパワーをもらう

 キリスト教とイスラム教は、互いに争うことによって強烈なパワーを得てきた。同じ世界宗教でも仏教が二者ほどにパワーがないのは、敵がいないからだろうか? 敵がいることによって、社内がまとまり一丸となってビジョンを達成しようとする。コカコーラにはペプシ、マイクロソフトにはアップル。日本では、アサヒに市場シェアをとられて俄然がんばったキリンビール。敵をつくることで総選挙に勝った小泉前首相(おっとぉ~、関係なかったですね)。

4.ホンモノ 

 Authenticityという言葉を、「五感刺激のブランド戦略」では、「真正」と訳しました。疑いの余地などまったくなく本物だと信頼できること・・・300年近い歴史があるという「赤福」さえウソをつくとなると、このくらいしつこく定義しなくてはいけない。

 いつの時代でも、エセ新興宗教が登場しますが、長続きするものはほとんどない。ホンモノだけが歴史による淘汰を生き延びるのだ。

 つい最近、「Authenticity」というタイトルの本がアメリカで出版された。日本でもベストセラーになった「経験経済(ダイヤモンド社)」の著者B.J.パインとJ.H.ギルモアの書き下ろしだ。まだ読んではいないが、紹介文によると、「顧客は、世界をホンモノかニセモノかで見分けるようになっている。ホンモノかどうかは、価格や品質と同じくらい、重要な購買判断の基準になっている」そうだ。

5.一貫性

 これは言うまでもありません。企業が発するすべてのメッセージの内容に一貫性があり、企業が送り出すすべての印刷物やすべての広告物において、ロゴ、色、シンボル・・・すべてに一貫性があること。

 えー、今回は5か条で終わりです。

 残りは次回に・・・(ブランドと感情と記憶シリーズ第9回に続く・・・・)

Ilm05_cb10029s_2 独断度100%のコメント

広告製作者さんたちは、ブランドエッセンスとかブランドパーソナリティとかよーくわかっていて、広告のターゲット消費者や制作意図とかについて理論的かつ雄弁に物語ることができる。先日、ネット広告で賞をもらったというクリエイターさんの話を聞く機会があった。そしたら、年齢が若干若いだけで、テレビや紙媒体の広告をつくる制作者さんたちと同じように、どうしてこういう広告をつくったかをカッコよいノリで話された。

 でも、なんだか軽い。

 この人は、自分のフィーリングや消費者のフィーリングを基準にして広告を作っているのではないかと思った。

 ブランドと感情と記憶シリーズ第6回に書いたように、消費者(人間)の心の奥にある無意識の感情(情動、emotion)と、表出した意識できる感情(feeling)とを混同してはいけない。表面に出てきている感情(feeling)だけに目を向けて広告をつくっても、消費者の購買決定に与える影響力は小さい。また、消費者の無意識の感情を意識はしていても、自分自身のフィーリングを基準にしている限り、同じく、影響力のある広告はつくれない。

 制作者だけではない。クライエントである企業の担当者で、若者をターゲットとする広告はフィーリングが大事だと考えているひともいる。敢えていわせてください。若者だって、いや、若者であるからこそ、表に出てきてはいないemotionに(自分では気づくことなく)突き動かされて行動しているのです。

 消費者のフィーリングや自分のフィーリングを基準にして広告をつくっていては、長寿ブランドになる可能性がある商品も早死にしてしまいます。

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参考文献: 1. Louise Lee, et al., A Bruise or Two on Apple's Reputation, Business Week 10/22/07

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2007年11月 6日 (火)

ムードとマルチチャネル

 ムード(Mood)は顧客の購買決定に大きな影響を与える。ムードは「気分」と日本語訳されるが、「今日、一日、憂鬱な気分だった」とかいうように、ある程度の期間持続する点で、感情とは区別される。

 ムードとマルチチャネルとどういう関係があるのか? 早く結論を出せって?

 やけに短気ですねえ。

 もしかして、脳内のセロトニンの量が少ないのかもしれません。

 脳のなかには確認されているだけでも50種類以上の化学物質(神経伝達物質)があり、外からの刺激によって、特定の脳内化学物質が放出され、その組み合わせによって特定のムードや感情が喚起される。セロトニンが慢性的に欠乏するとウツ状態になり、ドーパミンが放出されると気分がよくなる。

 こういった脳内物質がどういった組み合わせでどのくらいの量が放出されているかによって、ムードは異なってくる。

 「若きウェルテルの悩み」も、ハムレットの「生きるべきか死ぬべきか・・」も、ある程度は、脳内物質のブレンドで決まるわけだ。深刻ぶるのがバカらしくなってくる。

 もっと、面白い事実があります。

 感情をともなう記憶ファイルには、その記憶を思い出したときに、どの脳内物質をどのくらい放出するかの指示内容まで入っているそうだ。楽しい記憶を思い出すときには楽しい気分に、悲しい記憶を思い出すときには悲しい気分になるのは、こういった仕組みがあるからだ (ブランドと感情と記憶シリーズ第3回参照)。

 脳は、そのときのムードによって、そのムードに沿った記憶ファイルを検索する。ウツ状態にある脳は、憂鬱な気分にさせるようなファイルばかり検索する。さらによけい惨めな気分にさせるようなことばかり思い出したり考えたりするのだ。いわゆるマイナス思考ってやつだ。

 脳はいちどきにひとつの感情しか感じることはできない。だから、ウツな気分から抜け出したいときには、楽しくなるような外部刺激を意識的に選ばなくてはいけない。たとえば、楽しい出来事を思い起こさせてくれるような音楽を聴くとか、あるいはドーパミンを放出してくれるようなアクション映画を見るとか・・・。

 でも、ネガティブなムードをポジティブなムードに変えることは非常にむつかしい。何もしたくない厭世気分にある消費者をクリスマス・モードに変えて、パーティ用のドレスやジュエリー、あるいはケーキやシャンペンを購買する気にさせることはできるのか? 

 広告にそれができるのか?

 できます。いつでも誰にでも効果があるわけではありませんが。

 たとえば、クリスマスに話を戻せば・・・・。

 今年のアメリカのクリスマス商戦で話題になっているのが、往年のクリスマス・カタログの復活だ。大手小売業のシアーズが14年ぶりに大型の分厚いカタログを発行した。「子供のころを思い出す」と、ベビーブーマー世代には好評のようだ。この場合は、クリスマスカタログという広告が、ノスタルジックな感情を喚起することに成功している。

 高級デパートのニーマン・マーカスもクリスマス・カタログのページ数をふやした。毎年、度肝を抜く商品を掲載することで有名だが、今年の話題は、キーロフ・オーケストラのプライベートコンサート($1,590,000)。お高くって手が出ないようなら、7.2カラットのダイアモンドがちりばめられたケータイ電話($73,000)はいかが?

 EBayやRed Envelopeのような高級品も扱うネット企業は、ウェブサイトよりも商品写真に高級感が出る・・・といって、カタログを特定顧客セグメントに送ります。

 高級カタログを見ていたら、店舗に出かけてみる気分になりましたか? 

 そうだとしたら、自分のいまの厭世気分をなんとかしなくちゃ・・という気持ちがあなたにはもともとあったということです。ネガティブなムードをポジティブなムードに変えるのには、本人の「自分はもっと楽しい気分になりたい!」という気持ちが必要です。

 店舗に出かければ、入り口ではサンタクロースに迎えられ、ホールでは合唱団がクリスマスソングを歌う。一階の化粧品売り場には香水の匂いが漂い、外を見るとライトアップされたイルミネーション(終わりのほうは、アメリカのデパートというよりは、日本の新宿髙島屋になっています)。

 五感を刺激する店舗の雰囲気に酔い、脳のなかは、適度に放出されたドーパミンでハイの状態。お買い物ムード満開だ。

 マルチチャネル化が話題になった90年代半ば、すべてのチャネルはウェブサイトに集約される・・・といわれた。が、最近、アメリカの小売業者は、紙媒体であるカタログや、歴史的には最古の販売チャネルである店舗の重要性を再認識するようになっている。

 ネットで注文して店舗で商品を引き取るサービスの評判は消費者の間でも高く、ウォルマートのサイトで注文をする顧客の三分の一が店で商品を受け取るのを選択する。そして、そういった客の60%は店舗で平均60ドルの付加購買をしていくという。店舗内での五感刺激の効果でしょうか・・・・。

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2007年11月 2日 (金)

世代を超えるメガブランド (ブランドと感情と記憶No.7)

 世代別マーケティングという言葉はよく耳にする。日本ではとくに定年後の団塊の世代へのマーケティングに注目が集まっている。なんてったって人数が多い。お金もある程度持っているし・・・。

 だが、世代ごとに異なるビジネス・チャンスを見つけようとするのではなく、異なる世代に共通点を発見しようとする研究もある。

 ハーバードビジネスレビュー(2007年7-8月号)に発表されたいたもので、要約すると・・・・

  1. アメリカの歴史においては、1620年に清教徒がメイフラワー号で渡ってきてから今日まで、19の世代が存在した。
  2. 各世代を家族、文化、価値、リスク、社会活動に対しての態度によって性格づけをしたところ、19の世代を4つのグループ(元型)に区分することができた。
  3. 各元型に、その特徴によって「預言者」「放浪者」「英雄」「芸術家」という名前をつけた。ちなみに、日本でも知られている「ベビーブーマー世代(1943-60年生まれ)は「預言者」で、その次の「X世代(1961-81年生まれ)」は「放浪者」となっている。
  4. 最初の「清教徒世代 (1588-1617年生まれ)」から今日まで、一回の例外を除いて、世代の元型の順番は同じだった。つまり、ヴィジョン、価値、宗教といった言葉に象徴される「預言者」世代のあとには自由、生存、名誉に象徴される「放浪者」世代が、そして、「放浪者」世代のあとには共同体、富、テクノロジーに象徴される「英雄」世代が続く・・・ということだ。

 先行する世代の特徴への反動の形で次の世代が生まれる。つまり、子供は親を見て育ち、その親に反抗する形で大人になる。人間は自分が属する世代によって性格づけられるのではなく、二代前の世代によって形作られた一代前の世代によって性格づけられる。だから、元型の順番が変わらないのは偶然ではない・・・と研究者は分析している。

 研究者たちは、たとえば以前の「放浪者」世代の20代のときの態度や行動を調べ、それが40代、60代とどう変わっていくかを見れば、いまは二十代の「放浪者」世代が40年後に、どういった言動をとるようになるかが予測できると考えている。

 将来の社会傾向を予測する興味深い方法だ。

 しかし、この研究内容を紹介した理由は将来予測のためではありません。

 時代は変わっても、人間(消費者)は「異なっている」というよりは「似通っている」・・・ということを証明する根拠のひとつとして紹介したのです。

 シリーズ第六回にも書いたように、消費者は水平的(グローバルな)観点からも、互いに類似している。そして、垂直的(歴史的)観点からも・・・。

 ブランド戦略において「選択と集中」が合言葉のようになっている。ブランドを取捨選択して、マーケティング投資を限られたブランドに集中する。こういったメガブランドは、消費者に多様性をみるのではなく、世代を超え国を超えても変わらない共通性をみることによってしか生まれない。

 人間である消費者が共通して持っている心の奥深くにある感情(emotion)にアピールすることなしに、メガブランドになることはできないのです。

           (ブランドと感情と記憶シリーズ第8回につづく・・・・・)    

Ilm05_cb10029s_2独断度100%のコメント

 日本の消費財メーカーや小売業は消費者に「バラエティにとんだ、価格の割には高品質な商品」を提供する競争を展開してきた。その結果として、高級ブランドを除いては、外資は「厳しい日本市場」でシェアを獲得できずあえなく撤退。つまり、日本企業は、些細な点で差別化された商品を販売し続けることによって、外資を日本国内から排除することに成功してきたわけです。

 だが、国内市場における熾烈な競争は日本の消費財メーカーや小売業に(欧米企業に比べて)格段と低い純利益率をもたらこととなり、脆弱な財務体質は海外への積極的投資を遅らせる原因となっている。(野村證券の報告書をみると、2004年度においても、日本の主要企業のROEは6~7%、かたや、米企業は16%を超え欧州企業は14~15%です)。

 日本市場がアメリカについて第二位の消費大国であったときは、それでよかった。でも、少子化の進むなか、国内需要だけに頼るわけにはいかないでしょう。

 日本のメーカーは、消費者に奥深い感情(emotion)ではなく、表出した感情(feeling)にあった商品を次から次へと販売してきた、以前にも書いたことですが、日本の消費者(人間)が新しモノ好きで気うつりしやすいとしたら、それは、日本のビジネスマン(人間)も同じなのです。

 たしかに文化的に異なる国民性というものがあることは認めます。でも、著名なグローバル・ブランドは変わらない共通点に訴えることによって成功しているのです。たとえば、シャネルやグッチといった高級ブランドは「憧れ」「嫉妬」「プライド」「恥」といった誰もがもっている感情に強烈にアピールします。

 コカコーラはアメリカ固有の文化を強調して成功した・・・ともいえますが、それは、結局は、世界の消費者に共通する「憧れ」という感情に訴えたわけです。そして、アメリカという国がもっているイメージが、「ハッピーで楽しい、楽天的な」感情を喚起するから、世界の消費者がそれに「憧れ」た・・・・わけです。コカコーラのブランド戦略総括者は日経MJの質問に答えて、「(コカコーラが創業120年を超えた今もブランド価値が衰えない最大の要因は)常にハピネスを感じさせる独自の価値観を保持してきたブランドだから・・・」と答えている。

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参考文献: 1. Trond Riiber Knudsen, Confronting Proliferation...in Mobile Communication, The McKinsey Quarterly May 2007, 2.Neil Howe, et.al, The Next 20 Years: How Customer and Workforce Attitudes Will Evolve, Harvard Business Review July-August 2007 3.「 『幸福を感じさせる価値観保持」、日経MJ10/12/07

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2007年10月30日 (火)

似通った消費者たち (ブランドと感情と記憶No.6)

 新商品のヒット率が低くなったころから、「消費者の多様化」とか「個性化」が声だかに主張されるようになった。商品寿命が短くなったころから、「消費者は気まぐれだ」とか言われるようになった。

 ホントかなぁ?

 このさい、ついでに、「日本の消費者は世界一厳しい」というコメントについてもクエスチョンマーク(?)をつけておこう。

 日本市場で失敗した外資は、「世界一厳しい日本の消費者」と、きまったように言う。たとえば、進出して4年で日本市場から撤退していったフランスの大手小売業カルフールとか、西友を完全子会社化してもなおかつ撤退するかも・・・としつこく言われ続けているウォルマート。

 日本市場でがっぽりもうけているグッチとかエルメスとかルイヴィトンの経営者は、日本市場は厳しいなんて一切口にしない (スーパーと高級ブランドをいっしょくたにするな!っていう反論はあえて無視)。

 「日本の消費者は世界一厳しい」・・・・・・失敗したことへのたんなる言い訳じゃないかぁ? 

 ハーバード大学のジェラルド・ザルトマン名誉教授は、消費者の深層心理を探るために独自開発した調査手法を、アメリカ、英国、日本、中国を含めた10余国の市場で実際に使ってみた。その結果として、「心の奥深くを探れば、非常に異なった人々が実は多くの共通点をもっていることに驚きます」と語っている。

 「・・・表層レベルの調査法によって浮き彫りになる、消費者間で異なる思考や行動は、多くの場合、深層レベルでは消費者間に共通した特性を有している。こうした深層レベルで共有される特徴は、消費者行動に大きな影響を与え、時間がたってもほとんど変化しない」・・・・これは彼の著書「心脳マーケティング(ダイヤモンド社)」からの引用だ。

 新商品を開発するようなときには、こうした深層レベルにおいて消費者間に見出される共通項を基準にすべきだと、教授は続ける。

 以上のことを、「ブランドと感情と記憶シリーズ」の話の流れにそって書き直してみる。

 人間(消費者)の意思決定には、感情や記憶をつかさどる大脳辺縁系が大きな影響を与える。古い脳である大脳辺縁系は、人間の行動の方向づけをする欲求、動機、感情、ムードなどが喚起される場所だ。

 英語では、大脳辺縁系で喚起される感情をemotionとし、表に出てきた感情をfeelingとして区別する。Emotionはfeelingを含めて四つの形で表出される。

  1. 感情(feeling)。Emotionの意識的体験。
  2. 笑顔、泣き顔といったような顔の表情。あるいは、声のトーンや震え、動作や姿勢に表現される反応。
  3. ある種の感情に特定される一定の行動。たとえば、怒りは攻撃行動を、恐怖は逃避行動を喚起する。
  4. 恐怖を感じたときに汗をかいたり動悸が激しくなったりするような生理的変化。

 最近、人間の感情をコンピュータが判別する感情認識技術をコールセンターなどで試験運用し始めたという。たとえば、声のトーンや震えを声帯の周波数でチェックして喋っている人間の感情内容を数値化する。あるいは、顔の表情から客のいまの気分を見極め、それによって音声や画面上のコピー内容を変えるATM・・・いずれも、表に出た感情反応から内なる感情を判断しようとする試みだ。

 英語のemotionを「情動」と訳し、feelingを「感情」と訳しているのをよく見る。だが、emotionと日本語本来の「情動」の意味とは少し異なっているらしく、日本の専門家の間でも、訳し方については意見が分かれるらしい。したがって、内なる感情と表出された感情・・・というような言葉で区別することにする。

 奥深いところにある内なる感情を呼び起こすことができる商品でなければ、長寿ブランドにはなれない。好き嫌いといったような表に出てきている感情(feeling)に左右されて創られた商品は、すぐに飽きられる。

 ある心理学者がこう書いていた。

 「感情には限りがあり、もう新しい感情は生まれることがない」

 目からウロコ・・・・。

 世界中に何十億人いようとも、私たちがもっている基本的感情は、驚き、恐れ、怒り、喜び、悲しみといった限られたものだ。嫉妬や失望といった二次的感情を含めたとしても25種類くらいしかない(ただし、感情の種類については科学者たちの意見はいろいろで合意には達していない)。しかし、事実は、百万年たとうとも、いくら科学が発達しようとも、感情の種類が増えるということはないのだ。つまり、人間(消費者)は、深層心理においては、時代が変わろうと国が変わろうと、それほど異なってはいない。多様というよりは一様に近いのだ。

 もちろん、人間は感情だけで生きているわけではない。げんに、論理的思考をつかさどる進化的に新しい脳(大脳新皮質)は、基本的感情を抑制する作用があることもわかっている。たとえば、感情を余り大きく出すことをタブーとする文化に育てば、表に出てくる感情は国によって、あるいは時代によって異なってくる。

 しかしながら、以前に書いたように、意思決定においては、理性よりも感情が優位にたつことが多いのだ。

 ノキアは2007年初めにグローバル市場を12のセグメントに分けた。世界中からの77000人からなる消費者調査をして、ニーズ、態度、信念、ライフスタイルなどに基づいて12の異なるグループに分け、ターゲット・セグメントごとに適切な商品ポートフォリオを開発するそうだ。

 英国モバイルワールドの調査によると、世界のケータイ電話契約数は2007年末には32億を超え、世界人口の約半分がケータイを所有していることになるという(2007年6月27日発表)。通信サービスのインフラが未完成でケータイを固定電話代わりにつかっている新興国を含めてわずか12のセグメント・・・・これは、消費者の多様化説を否定するものではないだろうか?

   最近よく耳にするメガブランドは、消費者に多様性をみていては創造することはできないはずだ。P&Gは年間売上が10億ドルを超えるブランドをメガブランドと呼ぶ。異なる市場や異なる時代を超えた共通性にアピールしなければ、メガブランドというコンセプトは生まれないはずだ。

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参考文献: 1. Trond Riiber Knudsen, Confronting Proliferation...in Mobile Communication, The McKinsey Quarterly May 2007, 2.ジェラルド・ザルトマン(2005年)「心脳マーケティング」ダイヤモンド社 3.「人の感情を捉えて数値化」日経ビジネス5/7/07

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2007年10月26日 (金)

製品ライフサイクルなど存在しない! (ブランドと感情と記憶No.5)

 製品ライフサイクル理論(PLC理論、Product Life Cycle)はマーケティングの入門書にはいまでも必ず紹介されている。

 製品にも生物のように寿命というものがあって、導入期、成長期、成熟期、衰退期の4段階をへて死にいたる。だから、それぞれの段階にあったマーケティング戦略をとりなさいよ・・・・という考え方だ。

 製品ライフサイクル理論は60年代半ばまでには一般的に知られるようになっていたらしい。現代マーケティングの理論化に貢献したセオドア・レビット教授は1965年、ハーバードビジネスレビューに、ライフサイクル理論に基づいたマーケティング戦略について書いている。

 たとえば・・・・ナイロンは最初は軍事用のパラシュートとかロープ用として使われていたが、その後、女性用のストッキングとして使用されるようになった。カジュアル化が進み素足の女性が増えストッキング市場が衰退期に近づいてきたとき、メーカーのデュポンは、柄模様のついたストッキングやカラフルなストッキングを発売し、製品のファッション性を強調して寿命を延ばした。ストッキング以外にも、タイヤ、衣服用繊維、敷物など、ナイロンの新しい使い道を次から次へと開発していったことで、ナイロンは成長期を持続している・・・・・というぐあい。

 レビット教授は、「商品は自然にまかせれば死んでいってしまうのだから、適切なタイミングで新しい命を吹き込む努力をしなければいけない」と主張するために、ライフサイクル理論をガイドラインとして使ったのだ。

 だが、70年代半ばには、ライフサイクル理論の妥当性そのものについて疑問が出されるようになった。

 1976年には、「PCLなど忘れちまえ!」という論文で、次のような調査結果が発表されている。

  1. 食料品、美容健康関連の100種の商品カテゴリーにおいて、実際の売上とモデルとを比較したところ、PLCの4段階に従う商品はわずか17%しかなかった。
  2. いわゆるブランドと呼ばれる著名商品ではPLCの流れに沿うものはほとんどなかった。

 PLCはマーケティング活動の従属変数であり、マーケティング戦略とか計画に使う独立変数ではない・・・・と論文の著者は結論づけている。

 つまり、自分たちが充分な努力をしなかったために長寿ブランド創造に失敗した。なのに、「どんな商品も死ぬ運命なんだから」と、ライフサイクル理論のせいにすんなよ・・・ということだ。

 PLC理論は、1)新商品をむやみに発売することを正当化し、2)マーケティング努力の欠如を正当化する・・・とまで批判する学者もいる。

 P&Gの最高執行責任者(COO)で日本法人社長の経験もあるロバード・マクドナルド氏は、日経MJとのインタビューで「ブランド育成の秘訣は何か?」と聞かれて「顧客を徹底的に理解することです。ブランドにライフサイクルはありません。常に古くさくならないようによみがえらせ続けることが重要だ」と答えている。

 古臭くならないようによみがえらせる?

 言うは易し行うは難し・・・だ。

 実際のところ、多くの企業は消費者に公表しない目立たない形で商品をリニューアルしている。キリンビバレッジの「午後の紅茶」だって、20周年目に大々的に発表する形でリニューアルする以前に、すでに6度リニューアルしている。伊藤園の緑茶飲料「おーいお茶」も2005年に「16年ぶりの味と香りのリニューアル」とコマーシャルで訴える前に、幾度かマイナーチェンジし、2002年にはパッケージも一部変更している。

 コカコーラが1985年に新しい味のニューコークを新発売して消費者から大ブーイングをくらい、数ヵ月後には昔ながらのクラシックコークを再発売したことは有名な話だ。だが、実は、創業以来クラシックコークの味は何度も微妙に変えられている。

 消費者に気づかれない程度に・・・。

 パッケージとかロゴとかシンボルマークでも、気づかれないよう微妙なレベルで変えられることはよくある。30年前のものと比較して、こんなに変わっていたのだ・・・と初めて驚くことがある。

 そうかと思えば、大々的に鳴り物入りでリニューアルしなくてはいけない潮時というものもある。

 ブランドを若返らせるために定期的にエステを施し、プラセンタの注射をする。場合によっては、シワとりの整形手術をするかもしれない。でも、顔を変えるほどの大手術はいけない。

 「メルセデス・ベンツはメッキの施された重厚なフロントグリル、BMWは縦格子、アルファロメオは逆三角形、プジョーは猫目--。欧州メーカーはクルマの顔を大きく変えない。しかし、日本車のなかには全面改良のたびに『顔』まですっかり変わってしまうモデルが多い・・・・」と読売新聞(10/5/07)に書いてあった。

 「新・車社会論」というタイトルのその記事には、自動車評論家の千葉匠氏のコメントものっていた・・・「ブランドイメージを浸透させていくには繰り返しが大事なのに、日本のメーカーは『昨日とは違うこと』を追求して自ら深みにはまっている」。

 アウディのチーフデザイナーも「新モデルを発売したら7年間は売り続けるのが基本。売れないからとデザインで需要喚起を狙うのは邪道。ブランド価値が高まるデザインを目指している」といっている(朝日新聞10/13/07)

 日本の売り手(メーカー)はすぐに飽きる。

 入社以来ずっと同じ商品を売りづづけていれば飽きてくるかもしれない。同じ広告を制作しつづけるのにも飽きてくるかもしれない。でも、長寿商品のオロナミンCは1965年発売以来、ずっと、広告の基本テーマは「元気ハツラツ」だ。62年発売のリポビタンDは77年からずっと、広告テーマは「ファイト・一発!」だ。

 飽きるということは、その商品への愛着がないということだ。自分が愛着を感じない商品を客に売ることはできない。

 「あなたの手がけている商品は、あなたが死んでも生き続けるブランドになるかもしれないのです」

 商売(あきない)の極意は飽きないことです。

 だいたいにおいて、売り手が主張するほどに、日本の消費者は本当に飽き性なのか?

 ってゆーかぁ・・・、消費者は多様化しているとか、個性化しているというのは本当のことなのだろうか? 

 この点については、次回に考えてみたいと思います。

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参考文献 1.Nariman K. Dhalla, et al, Forget the Produc Life Cycle Concept!, Harvard Business Review Jan-Feb 1976  2.Theodore Levitt, Exploit the Product Life Cycel, HBR Nov-Dec 1965 3.「商品寿命短命のカラクリ」日経新聞朝刊7/5/05, 4.「成果出す業務改革の現場」日経情報ストラテジー11/24/2006, p.178-181 5.「男にも好かれる企業に」、日経MJ8/6/07

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2007年10月23日 (火)

地球温暖化と衣料品ビジネス

 まだ多くの企業が地球温暖化をCSR(企業の社会的責任、Corporate Social Responsibility)の問題と考えているようだ。「環境保護にうるさい消費者グループへの対策として何をするか?」といったレベルだ。

 だが、「競争の戦略」で有名なマイケル・ポーターは、地球温暖化はもはやCSRの問題ではないとハーバード・ビジネス・レビュー(2007年10月号)に書いている。気候問題はビジネスへの機会や脅威として戦略的に考えなくてはいけないレベルにきている・・・そうだ。

 地球温暖化をビジネスへのチャンスとしてとらえてハイブリッド・カーが誕生した。だが、温暖化を脅威としてとらえ、新しいビジネスモデルの開発に迫られているのは、衣服を扱うアパレル産業だろう。

 日本でも、8月期の中間決算が発表されたが、「ユニクロ」や「しまむら」といったSPA大手二社とも業績予測を下回った。また、百貨店や総合スーパーも衣料品部門の不振に足を引っ張られた形で、業績予測を達成できなかった。

 そして、誰もが、天候不順を要因のひとつとしてあげた。

 ファーストリテイリングの柳井会長兼社長は「昨年の暖冬から続く天候不順も響いた」と語っている(日経ビジネスオンライン10/22/07)。ユニクロは一年前の冬には、厳冬のおかげで単価が高い防寒衣料品が売れたこともあって、2006年2月期に増益となっている。柳井社長は以前に「自社の商売にとって気がかりなのは景気よりも天気」と語ったそうだが、さも、ありなん。天候ひとつで衣料品ビジネスは上下する。

 地球温暖化の問題点は、暖かくなって四季がなくなっていくということだけではない。それが、温暖化のせいかどうかは結論が出ていないらしいが、気象の長期予報が当たらなくなっていることは事実だ。

 気象予報が当てにできないということは、商品計画が立てられない。アパレル産業にとっては、実に由々しき問題なのだ。

 アメリカでは、2006年のクリスマス・シーズンに、暖冬でコートなどが売れず、売上予測が20%以上もはずれた。これが、アパレル業界が気候リスクを身にしみて考えるきっかけになったという。

 もともと、カジュアル化が進んでいたところに温暖化・・・アメリカの消費者は冬のコートと夏のワンピース以外には、季節性のある洋服を持たなくなってきている。

 季節性のないシーズンレスな洋服だって?!

 それでは、洋服を数多く持つ必要がなくなる。

 季節ごとに商品を入れ替え、商品回転率の頻度を高め,流行創造による計画的陳腐化で繁栄してきたファッションビジネスは、地球温暖化によって、今後、どうなっていくのか?! と、ウォールストリートジャーナルは警報を鳴らしている。

 リズ・クレイボーンとかターゲットなどは、気象コンサルタントに生地の選択やデザインの相談をしたり、気象と連動した分析ツールを使って値下げやチェーン店舗への配送のタイミングを決める方法を模索しているらしい。JCペニーは、四つの季節ごとではなく、毎月商品を入れ替える方針に変更した。セオリーでは、寒い冬用の衣料は販売商品のわずか20%だけになるだろうと予測している。

 服の生地は一年中ほとんど変わらず軽いものになり、季節は色で表現されるようになるという。高級ファッションのアルマーニはマイクロクロファイバーとかレーヨンを使ったシーズンレスな服をすでに制作販売している。

 同じ高級ファッションでも、グッチとかプラダの場合、売上げの大半は、衣服ではなくて、ハンドバッグとか靴からあがってきている。だから、気候の影響は少なく心配していないようだ。シャネルにしたって、シャネルの服を愛用する客なら、暖冬でもファッションのためには我慢して毛皮つきジャケットを着るかもしれない。

 だいたい、お金持ちは、働きやすい服を選ぶほど汗水たらして働いてはいないのだから・・・(ハイハイ、ひがみ根性出てますよ)。

 柳井社長が高級ブランドを買収したがっているはずだ。また、靴ビジネスを買収したはずだ(業績はまだ上がってないけど・・・)。どちらも、地球温暖化の影響を「ユニクロ」ブランドほどには受けないタイプの商品だから。

 いずれにしても、アパレル産業は、地球温暖化でも常に利益を上げられるようなビジネスモデルの開発を早急に求められている。

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参考文献 1.Teri Agins, Warming Trend:White Jeans Year Round, The Wall Stree Journal Online, Aug.30,2007 2. 「大手小売中間決算」日経MJ10/19/07 3.「衣料不況が示す消費減速」日経ビジネス10/22/07

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