iPhoneと触覚
アップルiPhoneは日本では未販売。だから、話題となったタッチスクリーンを実際に体験した者はそれほどいない。だが、10月にiPod touchが発売されたことによって、「指のバレエ」と評された指さばきを試してみることができるようになった。
朝日新聞(10月20日朝刊)には、「官能的なまでの操作感」という見出しで、「3.5インチのタッチパネル液晶に親指とひとさし指を当て、押し広げるように指の間隔を開くと、表示された写真が拡大。つまむように指の間隔を狭めると写真も縮小する。官能的なまでに手になじむ動きが、デジタル関係者を夢中にさせた」という記事が掲載された。
うーん、その気になって読むと、描写自体も、なんかちょっと官能的。
(記事を書いたひとに失礼があってはいけないので辞書をチェックしたら、「官能」って言葉の意味には二つあった。私みたいに、「官能」って言葉ですぐにセックスを連想したとしたら、あなたもけっこうな俗物です)。
iPod touchのタッチ(touch)には触覚という意味もある。
触覚は皮膚感覚の一部だが、人間の指先にはその皮膚感覚(触覚、圧覚、温度感覚、痛覚)受容器がたくさん集まっている。指先の皮膚1平方センチの面積のなかには、皮膚感覚受容器が一番感度の鈍い背中の100倍も集中している。人間は、それだけ、指先から多くの情報を集めている・・・ということだ。
日本を含めた世界13カ国で2003年に実施された調査では、25歳~40歳の消費者が重要と考える感覚は、①視覚(58%)、②嗅覚(45%)、③聴覚(41%)、④味覚(31%)、⑤皮膚感覚(25%)。皮膚感覚は最下位だが、衣服などでは外見(視覚)よりも手ざわり(皮膚感覚)を重要視する消費者がふえているのが世界的傾向だそうだ。日本でも、清涼飲料水のボトルは、手で持つときの感触を考えてデザインされるようになってきている。自動車でも、ハンドルやシフトレバーを操作するときの手への感触が重要視される。
皮膚感覚をある程度~非常に重要と考える消費者の割合(商品タイプ別)
- スポーツ衣料 82.2%
- 石鹸 61.5%
- 自動車 49.1%
- 電話 43.9%
- アイスクリーム 21.7%
- 清涼飲料水 15.1%
- クロモノ家電 11.6%
当然のことながら、IT機器のインタフェースを設計するとき、指を含めた手の皮膚感覚は重要な意味をもつ。
iPhone以前にもタッチスクリーンのケータイ電話は発売されていた(2006年に世界中で出荷されたケータイ電話の4%はタッチスクリーン方式)。だが、そのほとんどは抵抗膜方式(resistive )で、指やペンでスクリーンを押すものだ。iPhoneやiPod touchの静電容量方式(capacitive)は、電流量の変化を利用している。だから、軽く指先を触れるだけで充分。実際には、静電容量方式の場合、物理的接触も必要ない。指が、2ミリ近づくだけで感知することができる。この技術だからこそ羽のような軽い動きで充分なわけで、指やペンでスクリーンを押さなくてはいけない抵抗膜方式よりも直感的に操作することができる(直感的に使いやすいことの重要性については、「注目のキーワード1」を参照)。
静電容量感知方式のタッチスクリーンのケータイ電話はアップル以外からも発売されている。だが、現在、同時に2本以上の指が使えるのはiPhoneだけだそうだ。2本の指でつまんだり広げたりすることでウィンドウのサイズを変えることができるマルチタッチ技術はごく最近開発されたもので、この技術の特徴を最大限に活用できるアップリケーションソフトを開発して商用化したのはアップルが最初・・・ということになる。
「技術的には、うちだってiPhone並みのケータイを開発することはできる」と主張するIT企業のコメントをよく耳にする。だけど、やっぱり、最初にするってことが重要だよね。
ノキアの戦略的マーケティング担当上級副社長は、マッキンゼーのインタビューに答えて、「我々人類の祖先と他の霊長類とを区別させたのは、親指を動かし、ものをつかみ、道具を巧みに使うことができるようになったことです。手を使うことを通して、人類は種として進化し、脳の大きさが発達したのです。 だから、IT機器をデザインするとき、手の中でのその機器がどう感じられ、指や手がその機器をどう操作するかが非常に重要になるのです。新しい機器を誰かに渡してごらんなさい。誰もが最初にすることは、それを手に取り、ちょっと動かして重みを測り、それから手のひらの中で転がしてみたりします。こういった動作を人間は無意識にします。その様子を観察をすることで、(人間と機械とのインタフェースについて)重要な洞察を得ることができます」
iPhoneでは同時に2本以上の指を使えるわけだが、アップルは、このマルチタッチ技術に関する特許を、指だけでなく手全体にまで広げて申請するのではないか?・・・と考えられている。そして、手も指もつかえるマルチタッチ技術を採用したパソコンを2008年1月に発売するのではないかとウワサされている。
2002年に公開された映画「マイノリティ・レポート」を見ましたか? トム・クルーズが薄手の手袋をはめて透明の巨大スクリーンの画面を両手で操作し、スクリーン上の情報を次から次へと探索して犯罪を解決していく。トム・クルーズが華麗な動きで、画面を指差してズームインさせたり、右手首をまわしてビデオを早送りしたり、両手を左に払うようにして画面を消し去ったりした場面・・・・覚えていますか? 映画は近未来のストーリーだが、あの場面は想像ではなく現実に基づいていました。映画に現実味をもたせたいスティーブン・スピルバーグ監督が、直感的インタフェースとしてジェスチャー技術を研究していたジョン・アンダーコフラーをテクニカル・コンサルタントとして雇った。その結果が、あの場面につながったのです。
この話はまだ続きます。
米軍需産業の大手企業のエンジニアが「マイノリティ・レポート」を見て、直感した。この技術は軍事作戦に利用できる! 実際の戦闘現場で大きな問題は、情報が多すぎるこ。衛星、偵察機、兵士、その他さまざまな情報源から刻々と入っている情報を的確にコントロールして迅速に作戦を決定しなくてはいけない。「ジェスチャー技術はきっと役立つ」・・・そう考えた軍需産業企業はアンダーコフラーの研究に投資することを決めたそうだ。
「キーを叩いたりマウスをクリックする動作は自由度を狭めます・・・・手は5から6個のマウスの役割をしてくれます。」とアンダーコフラーはいう。現在、それぞれが数式に対応する20以上のジェスチャー言葉を発明したそうだ。
手は5から6個のマウスに匹敵する・・・と聞いて、フッと浮かびました。
だったら、手は2本じゃくて、何本もあったほうがよいのでは?より多くの情報をスクリーン上でもっとすばやく操作できるんじゃないの?
昔からSF小説では、火星人といえば手が何本もあるタコのような形で描写てきた。触手をもったタコ型火星人を創作したのは「宇宙戦争(1898)」を書いたSF作家H.G. ウェルズだそうだ。考えてみると、何本もの触手をもった火星人って、IT機器を操作するにはぴったりじゃないか! 火星人は人間よりも高度に進化していると想定されているんだし。
いまから110年も前に、IT機器をあやつる未来の人類の姿形を、H.G. ウェルズは想像することができた。「サイエンス・フィクションの父」と称されるだけのことはある。SF作家の想像力ってやっぱり常人の枠を超えているね!
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参考文献:1.Jonathan Karp, Minority Report Inspires Technology Aimed at Military, The Wall Street Journal, 4/12/2005, 2. May Wong, Touch-Screen Phones Poised for Growth, Washingtonpost.com. 6/21/07, 3. Creative touch, The Engineer Online 3/12/07 4.Trond Riiber Knudsen, Confronting proliferation...in mobile communications, The McKinsey Quarterly, May 2007, 5. マーチン・リンストローム(2005)「五感刺激のブランド戦略」ダイヤモンド社
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