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2024年5月23日 (木)

イトーヨーカドーを利益を出さない会社として上場する

 セブン&アイ・ホールディングスの子会社であるイトーヨーカドーを新規株式公開する話が出ている。以前から、「物言う株主」と称されるアクティビストに、「中核事業であるコンビニに専念すれば利益も上がるし株価も上がる」と圧力をかけられていた。赤字の原因となっているそごう西武デパートやイトーヨーカドーを売却して、グループ外に出せと迫られていた。

 結局、デパートは23年に売却。次は、イトーヨーカド―をどうするかといった話になるわけだが、イトーヨーカドーはグループの根幹をつくった最初の会社であり、海のものとも山のものともわからなかったコンビニ事業が一人立ちできるまで支えてきた会社だ。23年に亡くなった創業者の伊藤雅俊氏は、亡くなるちょっと前までは、ヨーカドーの店舗にもよく訪れて細かく指導していたという。

 親会社のセブン&アイは、構造改革の名のもとにイトーヨーカドーの店舗閉鎖を進めてはいたが、会社を外に出す決断はできずにいた。が、創業者が亡くなったからというわけでもないだろうが、ついに、イトーヨーカドーを含めたスーパーストア(通常のスーパーマーケットより規模が大きく品ぞろえも幅広い)事業をIPOで外に出す話になったというわけだ。

 米投資会社バリューアクトがセブン&アイの株を買ったときに、どうして日本の食品中心の小売業に投資をしたのか不思議に思った。賢い選択ではないと思った。日本の食品小売業、たとえば、スーパーマーケット経営者のメンタリティは、歴史的にみても、儲けるという欲望よりも、お客様が満足するサービスを提供するといった奉仕の精神というか滅私奉公的なところがある。

 顧客を満足させるような価格や品質やサービスを提供しようとする目標が第一にあり、儲けることは二の次になる。この奉仕の精神は災害時や非常時にいかんなく発揮され、東日本大震災以降はスーパーやコンビニは地域のインフラとまでみなされるようになった。

 日本のコンビニは母体がスーパーマーケットであることが多い。イトーヨーカドーからセブン・イレブン、ダイエーからローソン、そして、西友からファミリーマーケットが派生している。だから、日本のコンビニにも、スーパーマーケット創業者の奉仕の精神が受け継がれている。

 イトーヨーカドー創業者の伊藤雅俊氏は自著に次のように書いている。「成長より生存を、生き残ることを考えるべきだと、私は思います。攻めよりも守りということになりますが、長い目で見ればその方が会社のためにも、社会のためにもなると思うのです」

 海外の投資会社には理解できない論理だろう。

 この倫理的な論理は、日本の多くのスーパーマーケットの創業者に通じる考え方であり、こういった精神がスーパーやコンビニを地域の必須インフラのひとつして認識され期待されるまでに育てたといえる。だが、この顧客への、ひいては社会への奉仕精神はコスト増や低利益にはねかえる。

 日本のスーパーマーケット事業の営業利益率は2%を切ることが多い。最頻値で1.5%くらい。米国でもスーパーマーケット事業の営業利益率は他業種にくらべて低く、ウォルマートですらも3~4%くらい。それでも、平均して日本よりは高い。

 国民のインフラと認識されるようになった小売業と投資家が求める利益とは矛盾するところがある。食品・日用品を扱う日本の小売業に投資をするなんて賢い選択ではない。

 もっとも、外国の投資企業にしてみれば、「だから、欲しいのはコンビニだけ。余分なデパートやスーパーを売却するか、セブンイレブンだけスピンオフすればいい」というわけだ。彼らは、日本のセブンイレブンの業績が良いから投資しているわけではなく、米国を含めて世界市場での将来的成長に期待して投資した。そしたら、その会社が余分なお荷物を抱え込んですんなりと手放そうとしなかったというわけだ。

 イトーヨーカドーは、構造改革の名の下に、地方の店舗をどんどん閉鎖している。だが、首都圏という競争の最も激しい商圏で投資家が満足するような利益を上げることはむずかしいだろう。もっと他に生き残る方法があったのではないか?

 人口減少や高齢化で買い物困難な地域が増える日本の過疎地。過疎地と聞くと、山奥とか都市部から離れたかなりの田舎を思い浮かべるかもしれない。が、そうではない。つい最近、「人口戦略会議」が、消滅可能性自治体が全国で744あると発表したなかには、北海道函館市、小樽市、青森県の青森市、弘前市といった名前の知られた都市も含まれている。こういった都市では、2020年から2050年の30年間の間に、20歳から39歳の若い女性の人口が50%以上減少することが予想され、よって、人口が減少し都市として消滅するというわけだ。

 消滅可能性ありと予測された自治体は、公共交通の整備を中心として新しい市町村づくりに速やかに取り組まなくてはいけない。自治体だけでは実行できるプロジェクトではなく、民間企業の力(知識と経験とインフラ)を借りて初めて可能な一大プロジェクトだ。イトーヨーカドーがそういったプロジェクトに参加して、店舗を開けるだけでなく、すでに始めているスーパーの移動販売を展開する。顧客との接点をとおして、食品や日用品を売るだけでなく、自治体に代わって住民サービスの一部を提供する。当然のことながら自治体からのある程度の受託金とか補助金を受けることになるだろうが、それだけで利益を出すことはむずかしい。だから、最初から、利益を出さない会社とする。

 自治体と協力して少子化、高齢化に悩む地方の活性化に貢献する・・・そういった任務はNPOのすることだろと思うかもしれない。が、地方再生プロジェクトを本気で実行するには、何十年もの経験をもつ私企業の知見、人材、設備や物流やITシステムが必要だ。NPOでは十分な資金もインフラも用意できない。

 実際のところ、非営利団体NPOと株式会社との違いは、あいまいになってきている。

 以前は、NPOと株式会社の違いは事業目的にあるとされた。株式会社の場合は、オーナーである株主のために「経済的利益」を追求することが原則的な目的とされ、これに対して、NPOは社会に対して「社会的利益」を追求することが原則的な目的とされた。が、企業の社会的責任CSRが問われるようになり、「企業市民」としての会社の在り方を模索する企業もふえてきており、こういった原則が最近は変化してきている。実際、米国では、ヘルスケア分野においてNPOが私企業に変身したり、あるいは、IT分野において非営利財団が株式会社を運営したりする例がみられる。

 アウトドア衣料品店を世界規模で運営するパタゴニアは、環境問題に積極的に取り組む会社として知られている。高齢となった創業者は、① 会社の継続、② 会社の社会的責任を犠牲にしてまでも短期的利益を求めようとする株主からの圧力から会社を守る、そして同時に、③ 会社が生む利益のすべてを気候変動との闘いや地球環境を守るための活動支援にまわすために、どうすべきかを考えた。結果、2022年に30億ドルの企業価値ありとされた会社を売却したり株式公開をすることなく、トラスト(信託)を設け、会社の議決権株100%(全株式の2%)をトラスト(信託)に、そして、環境問題に取り組むNPOに残りの98%の株を譲渡した。

 これによって、パタゴニアという会社は、これまで通りの方針で経営され、事業に再投資をした後の利益はすべて、環境危機と戦うNPOに提供されることとなる。「地球が私たちの唯一の株主だ」というスローガンを創業者はかかげている。

 イトーヨーカドーに話を戻そう。って、べつにイトーヨーカド―である必要はない。たまたま、IPOの話がでてきたので、良い例として使わせてもらっているだけだ。

 株式を上場するときに、株主に「利益は出ないかもしれない」と宣言する。たとえ、少し利益が出るようになったとしても、それは配当金にはまわさない。というか、そもそも株主は配当金を期待しない。株主への還元は、自分たちが投資した資金が日本の人口減少や高齢化に悩む地域を再生するのに役立っているという誇りであり悦びだ。当然のことながら、どのように役立っているかの情報を常時、動画を含めた様々な形で提供する。株主とのコミュニケーションが重要だ。

 上場前の広報宣伝活動を工夫すれば、昨今、クラウドファンディングに資金を出す人が多いことからみても、ある程度の規模の個人株主を集められる・・はずだ。もちろん個人だけではなく、地域の企業にも株主になってもらう。

 上場し、かつ上場を維持するためにはクリアにしなくてはいけない条件がいくつかある。だが、株主への利益は「経済的利益」ではなく「社会的利益」だと宣言する企業が登場して、多くの市民がそういった株を買ってくれる・・・なんて夢があるではないか。格差がひろまり、いまの資本主義の欠点が明らかになり、少子化、高齢化、地球温暖化といった課題が重くのしかかる社会。そんな閉塞感ある社会に、夢あるIPOが、新しい風を送りこんでくれるかもしれない。

参考文献:1.NPO法人と株式会社の違い、特定非営利活動法人dreamisland, 2. What Happens When a Company(Like Patagonia)Transfers Ownership to a Nonprofit, Harvard Business Review, 10/10/22

 

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