2008年2月28日 (木)

シアワセ相対性理論 

 お金の額が幸福度を決めるわけではない。

 貧乏でも幸せなひとはいる・・・なーんて、道徳的な話を始めるわけではありません。幸福度は、自分がいくら稼いでいるかではなく、その金額がまわりの他人に比べて高いか低いかで決まるのだ。

  1. 友人が毎月10万円稼いでいるとして、あなたは20万円稼いでいる。
  2. 友人が毎月80万円稼いでいるとして、あなたは40万円稼いでいる。

 自分なら、どちらの状況のほうが、シアワセを感じると思いますか?

 行動経済学での実験調査によると、大半のひとが一番目の状況のほうを選択する。つまり、友人より2倍多く稼ぐほうが、たとえその金額が二番目の選択の半分でも、より満足感を感じる。つまり、絶対的金額よりも、他者より高いか低いかの相対的違いのほうが重要なわけだ。

「アイツが80万も稼いでいるのに、オレがその半分なんて許せねえ! 世の中、不公平だ!」

 人間は損得の判断をするときも、自分が他人と比べてより損をしたか、あるいはより得をしたかどうかが非常に気になる動物らしい。行動経済学の実験では、たとえ自分の取り分が下がっても相手の取り分がそれよりもっと下がるほうがウレシイかも・・・と考える「ケツの穴のちいせえヤロウ」どもの多いことが明らかにされている。

 たとえば・・・・。

 実験1: 二人の人間がそれぞれ手持ちの1万円を出し合うと、その合計額に1.5倍かけた金額が各人に戻ってくる仕組みになっている。両者ともにお金を出せば合計2万円で、各人に3万5000円戻ってくることになる。だが、相手がお金を出ししぶった場合、拠出金合計は1万円になって、各自に1万5000円しか戻らない。この場合、お金を出さなかった相手の利益は1万5000円になるが自分の利益は5000円だけ。それでも儲けがあるのだから、合理的に考えれば、相手が出そうが出すまいが、全額拠出したほうが得だ。ところが、非協力的な相手が濡れ手にアワで利得を得るかもしれない場合があることが気に入らないらしい。だから、こういった実験では、手持ちの金額全部ではなく、それより少ない金額しか出さない被験者がけっこういる。自分の利得を最大にする選択肢を選ぶという合理的な行動をとらないわけだ。

 実験2: 実験1の条件をもっと複雑にして、自分と相手の拠出する金額に応じて各人の利益がさまざまに変わる一覧表をつくる。その中で、両者が、たとえば、1万円ずつ出せば、互いの利益が最大になるのだが、自分の出し分が1万円より少ない場合、自分の利益も減るが、相手の利益は自分の利益よりもっと少なくなる・・・という仕組みにしてみる。

 実験2のような仕組みの実験を、大阪大学の西條辰義教授が日米の大学で実施してみた。米国では、被験者の90%が自己利益を最大にする選択をしたのに対して、日本では被験者の60%が自分の利益を多少は犠牲にしても相手の利益が自分のものよりもっと低くなるような金額しか出さなかった。日本人はアメリカ人に比べて「意地悪な行動」をする・・・ということだ。この実験結果は、「日本人は意地悪か」という見出しで新聞にも取り上げられて話題になった。

 (もっとも、その後、西條教授が同じような実験を日本、オランダ、スペイン、アメリカの四カ国でしたところ、各国に差はみられなかった。つまり、日本人がとくに意地悪だということは証明されなかった)。

 それでも・・・。

 「日本人は意地悪だ」というのはなんとなく日本人には納得できるものがある。日本人は自分がいまの生活レベルに満足しているかどうかではなくて、他人(自分のまわりの人間たち、つまり世間)に比べてレベルが高いか低いかで満足不満足の判断をしているところがある。

 そうでなかったら、読売新聞が英BBC放送とした共同世論調査の結果が納得できない。世界34カ国での調査で「国民の間に豊かさが十分に公平にいきわたっているとおもうか?」という質問に対して、日本では、「まったく公平でない」が33%、「あまり公平でない」をあわせると83%が不満に感じているという結果が出ている。不満を感じる割合の34カ国平均は64%。不満度No.1は韓国で日本は、イタリア、ポルトガルについで4位だという。

 これはやっぱりおかしいだろう。

 だって、ロシアの不満度が77%。プライベートジェットで日本に飛んできてスシ屋を貸し切ってたらふく食べて、そのまま帰国する大金持ちがいる国に住んでいて、不公平を感じる割合が日本より少ないなんてありえない!(スシ屋の話は作り話ではない。ちゃんと新聞記事に書かれていた)。 貴族なるものがまだ存在していて上流階級のある英国が56%。CEOの報酬が平均的労働者の350倍はあるという米国で52%だよ。

 日本など経済格差は少ないほうじゃないかぁ? 所得の不平等を示すジニ係数だってOECDの平均0.310に近いし・・。まあ、マスコミが「格差、格差」と騒いでいるから、つられて、そう思い込んでいる人が多いのかもしれない。あるいは、また、日本は平等意識の高い社会なのかもしれない。が、お金持ちをうらやんで足を引っ張る傾向も高いような気がする。だから、日本人は「意地悪行動」をする・・・と言われると、なんだか納得できる。

 でも、まあ、最初の実験にもあったように、世界中どこでも、人間は自分が友人よりもたくさん稼いでいればシアワセで、友人よりも稼ぎが低いと不公平だ!と不満を感じる勝手のよい生き物なのだ。そして、マーケティングにおいては、これは重要なポイントだ。

 80年代にデータベース・マーケティング、90年代にCRMが日本に入ってきたとき、どちらも(って、DBMもCRMも言葉が違うだけで内容的には同じだけど)日本企業は効果的に採用することができなかった。なぜなら、お客を差別できないからだ。DBMやCRMの基本的活動は、簡単に言ってしまえば、顧客をセグメンテーションして、そのセグメントごとに異なるマーケティング活動をすることで、それは、多くの場合、利益への貢献度の高い客にはより良いサービスや条件を提供することでもある。だが、日本企業はお客様はみな平等に取り扱うことに慣れてきており、サービスやその他の条件で差別することを躊躇したし、いまでも、その傾向が強い。

 アメリカでは80年代に、某銀行が預金残高が低い客はコストの高い人間を使わないで(つまり、窓口取引をしないで)、ATMだけを使うようにしてください・・・と宣言した。これは、いくらなんでも社会問題になって、すぐに撤回した。・・・といっても、顧客を差別するのを止めたわけではない。もっと洗練された方法を採用して、金利や手数料で差別して、高い手数料を払いたくないなら預金残高の低い客はATMを使え・・・というわけだ。日本の銀行もその手法を採用しているが、数百円の手数料が無料になったり、少しの金利の違いくらいでは、優良顧客を他行から奪い取ることはできない(だいたい、どこでも、同じ位の条件だし・・・)。

 明らかに大きく違う差別をしないのなら、顧客セグメンテーションなどしても無意味なのだ。

 欧米の金融サービス企業はダイレクトメールという媒体を非常によく利用する。2006年に、銀行のチェースは17億通、シティバンクは1億通のDMを出している。このうちの多くはクレジットカードの新規会員募集のDMだが、既存客に出すDMの数も半端じゃない。その理由のひとつに、ダイレクトメールが「内緒話ができる媒体」だからということもある。優良顧客を獲得して維持するためには、取引条件やサービスにおいて、他の顧客に比べて明らかに大きな差別をしなければいけない。だが、それがオープンになっては他の顧客の手前、問題がある。それで、一対一のコミュニケーションができるクローズドな「秘密が守れる媒体」であるDMを通して伝達するのだ。

 ところで、公平さを重要視するのは人間特有の感覚らしい。

 人間での実験: 米プリンストン大学での実験。10ドル渡されたAがBに分け前を与えなくてはいけないという設定において、いくらだったら受け取るかとBに尋ねる。損得だけを考えるなら、1ドルでももらえるものなら受け取ったほうが得だ。だが、分け前が3ドル以下だと「フェア(fair、公平)」でないとして拒否する人が多くなる。(fMRIを使って脳内の様子を見ると、拒否するときには、島皮質という痛みなど不快な感情を感じるときに活性化する部位が活性化することがわかっている)。

 チンパンジーでの実験: ドイツでの実験。10粒のレーズンを二つの皿に不平等に分ける。一頭のチンパンジーが先にどの皿にするか選べるが、もう一頭のチンパンジーの協力がなければ二つの皿を引き寄せられないようになっている。残った皿を取ることになるチンパンジーは取り分が0、つまり、残った皿にレーズンが入っていない場合には4割しか協力しない。だが、2粒でものっていれば、約9割が協力する。「2粒でも無いよりはまし」と、公平さよりも実利を取ったことになる。

 公平さ(fair)に対する感覚が、人間の社会を他の動物社会と異なるものにしているといえる。だが、その公平感覚はまったくフェアではない。だって、一番最初の実験でもわかるように、自分が他人に比べて不公平に扱われたと感じるときだけ嫌な気分を感じ、自分のほうが他人より優遇されたときは嬉しく感じるのだから・・・。

 ブランド(高級ブランドやファッション性の高いブランド)を創造するには、人間のこういった身勝手な公平感覚を利用することが重要だし、サービス業はこういった感覚を利用することで優良顧客セグメントを構築できる。

 不可解な消費者行動シリーズは今回で終了します。次回からは「小売とメーカーとの戦いシリーズ」を始めます・・・・。飽きずに読みつづけていただければシアワセです。

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参考文献:1.西條辰義「経済行動と感情」朝日新聞10/27/06 & 10/23/06、2.「損得勘定って意外と感情的」朝日新聞 9/14/07、3.経済格差に不満、読売新聞 2/8/08、4.Michael Shermer, Why People Believe Weird Things About Money, Los Angels Times 1/13/08

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2008年2月16日 (土)

コカコーラ・ゼロとグローバルリサーチ

 アメリカで2005年に発売されたコカコーラ・ゼロは、米コカコーラ本社にとって、実に23年ぶりのヒット商品となった。1982年にダイエットコーラを出してから、1)ライムコークとかバニラコークを発売してもヒットせず、2)非炭酸飲料メーカーの買収交渉でモタモタしているうちに、ライバルのペプシコ(PepsiCo)に先に買われてしまった。先進国市場では炭酸飲料の売上が落ちてきているにもかかわらず、コカコーラ社の利益の85%は炭酸飲料からきており、2004年の株価はピークだった1998年の半分にまで落ち込んでいた。

 コカコーラが販売している飲料が、世界200カ国において、毎日140億回、人類のノドをうるおしているとはいっても、企業の将来的成長に期待が持てないから株価が落ちる。いくらコカコーラが高齢だといっても(2006年には生誕120歳)、取締役会の平均年齢が68歳は高すぎる。だって、ペプシコの役員の平均年齢は59歳だ。コークの役員たちは年寄りで革新的な戦略がとれなくなっている・・・と、ウォールストリートの投資家たちは批判し始めていた。

 だが、2004年にネビル・イズデルがCEOになり、老舗企業の変革に着手する。マーケティングと新商品開発に4億ドルの予算を追加し、非炭酸飲料ビタミンウォーターの大型買収を進め、アジア市場の最高責任者を本社に呼び戻してCMO(Chief Marketing Officer)とし、そして、コカコーラ・ゼロという新商品がグローバル市場でヒットした。

 イズデル新CEOが2005年にマーケティングのトップに任命したメアリー・ミニックの前職はアジア市場全体における最高責任者。それ以前には、日本市場のトップだった。彼女は、2000年に日本コカコーラの社長に就任し、非炭酸飲料からの利益が大半を占める日本市場において、缶コーヒー、お茶、ビタミン飲料の開発や販売についての経験を積んでいる。

 非炭酸飲料を強化したいコカコーラには最適の人材ではないか?

 2006年ころからよく耳にするようになったコークの新しいリサーチ手法CBLは、どうやら、彼女が推進したものらしい。この手法については、日本でも日経情報ストラテジーとか日経MJで紹介されたから、読んだひともいるだろう。一応、記事の要約を紹介します。

 CBLという名前自体にはたいした意味はありません。Consumer Bevarage Landscapeの略で、清涼飲料水消費市場状況みたいな感じです。で、CBLリサーチとは・・・

  1. 年数回、数千人規模での調査(日本ではネット調査)。調査対象者には一週間、毎日24時間あたりに飲んだ飲料すべてを記入してもらう。各飲料の飲用場所、購入場所、購入動機、飲用時の気分など約100項目の質問にも答えてもらう。
  2. こういったデータを、飲用動機データやそのときの感情などを基本として、消費者の19の基本的欲求(ニーズ)に分類して、製品ポジショニングのときに使うような知覚マップを作成する。
  3. 飲用量も聞いているでの、各ニーズごとの数量ベースの市場規模、ついで、店頭の平均価格を使って各ニーズごとの金額ベースの市場規模が計算できる。また、各ニーズと年齢、性別、飲用時間、購入場所といったデータとを組み合わせることによって、さまざまな情報を加工することができる。

 19の基本的欲求(ニーズ)として、「名誉を手にいれたい」「元気でいたい」「安心したい」とかいった例が挙げられているので、マズローの理論に似た・・・というか人間の行動を動機づける欲求を5つに分けたマズロー理論の現代版のような枠ぐみを使っていると考えられる。

 マズローは、人間は5つの基本的ニーズを持っており、満たされないニーズを充足させようとすることが行動を起こす動機となる・・・として、生理的欲求、安全への欲求、帰属への欲求、自我の欲求、自己実現への欲求という5つのニーズをあげた。そういった動機付け要因をコークの場合19としたわけだ。で、飲用動機には、たとえば、「気分を一新させるため」とか「栄養補給のため」とか「肌をきれいにしたい」とかいろいろあるが、それを、マップ上で、19の基本的ニーズ(欲求)に分類する。これが「ニード・ステート・マップ(Need State Map)」だ。

 アメリカでは、3600人に日記をつけてもらいニード・ステート・マップをつくったところ、マップ上に4万件もの異なる場があることが判明したという。このうち、市場規模が大きいと判明した場を充足する商品がなければ、新商品として開発することになる。

 マッピング作成の基本となる考え方自体は、目新しいものではない。だが、世界20カ国で6万人の消費者による50万回の消費経験から作成されたニードステートマップは、水からヨーグルトドリンクやビールまですべての飲料水が24時間という時間枠のなかで、なぜ消費されるか? その機能的あるいは感情的理由を明らかにしてくれる・・・・といわれると素直に感心してしまう。世界各国に共通するのは19のうち10のニーズだそうだ。この10のニーズを満たす商品はグローバル商品になれる可能性有。

 ミニックCMOは、世界の200市場を代表するマーケターが集まった2006年の会議において、「清涼飲料水(この場合、水やアルコールも含む)を既存のカテゴリーで考えるのではなく、基本に戻って、そもそも、消費者はなぜ清涼飲料水を飲むのか?と考えることから始めましょう」と促している。消費者の基本的欲求それぞれを満たす飲み物を創造することは、既存のものとは異なるまったく新しいカテゴリーを発明することにつながるかもしれない。「たとえば、顔につける美容クリームと同じような効果を提供するビタミンや栄養素を含んだ飲み物をつくることもできます」・・・と語ったそうだ。もしかして、日本で開発されロングセラーを続けている爽健美茶のことなんかを念頭に言ったのかも・・・。いずれにしても、コークというトレードマークがついた商品で、すべてのニード・ステートを充足する。すべてのニーズにこたえることによって、コークのブランドロイヤルティを維持することができる・・・と熱弁をふるったという。

 ということで、長い回り道をしましたが、コカコーラ・ゼロに話を戻します

 コカコーラ・ゼロは2005年、ミミックが本社に戻る数ヶ月前に米国内で発売されている。そのせいかどうか、ゼロが発売されたときには、マーケティング戦略は明確とはいえないものだった。

 まず第一に、当時は、ダイエットコーラとの差別化が明確でなかった。米本社の発表では、ダイエットコーラは女性がメインターゲット。コカコーラゼロは、味は通常のコーラとまったく同じでいてカロリーはゼロ。だから、ダイエットコーラを好まない24・5歳の若者向け・・・という設定だった。つまり、ダイエットなんてクールじゃないと感じる若者向けのダイエットコーラというポジショニングだったのだ。しかし、味は通常のコーラと同じということは余り強調しなかったし、ロゴのデザインも、ダイエットコーラと同じ白基調だった。だから、発売当時は、ダイエットコーラとどこが違うの? 差別化されてないから共食いするのでは? という批判も多く、売上も発売直後はよかったがその後は停滞気味だった。

 こういった不明瞭な戦略がピシッと明確になったのは、コカコーラゼロが2006年に英国やオーストラリアで発売されたときからだ。ターゲットは男性だということを明確にするために、ボトルも黒を基調としたデザインに変えた。そして、ダイエットという言葉は女々しいイメージがあると嫌う男たちにアピールするためにカロリーゼロではなく「糖質ゼロ」に変えた。だけど、味はフツーのコークとまったく同じだよ・・・と、味についても強調宣伝された。

 英国やオーストラリアでの大ヒットを受けて、アメリカ市場においても、「男の(ダイエット)コーラ」として、ロゴも白から黒に変え、女性向けのダイエットコーラとは明確に異なるポジショニングがなされた。結果、アメリカにおけるコカコーラゼロの2007年第三四半期までの売上は2006年度にくらべて34%も上がった。

 ここからは、私の個人的推測です。

 アメリカにおけるゼロのポジショニングの明確化は、CBLリサーチの結果かもしれない。アメリカで2005年にゼロ発売後、調査して、マッピングしてみたら、ダイエットコーラとの棲み分けがきちんとできていないことに気がついた。あるいは、ダイエット志向はあるけどダイエットコーラを飲むのはいやだという男性セグメントがけっこういることに気がついた。それで、パッケージを黒基調に変え、宣伝コピーもカロリーゼロから糖質ゼロにした。

 もし、この推測が正しければ、メアリー・ミミックCMOは、世界的に好評な「Coke side of Life (コークのきいた人生を)」キャンペーンや、コーヒー飲料Coke Blakを開発しただけじゃなくて、コカコーラ・ゼロのヒットにも貢献したことになる。

 しかしながら、メアリー・ミニックはもうコカコーラにはいない。一時はコカコーラの次期CEOとも評されたミニックは、社内の権力闘争に負けて、2007年の4月にコーラを去っている。・・・ということは、CBLリサーチ手法も、積極的に利用を促すひとがいなくなって、もしかして、消えてしまうかも・・・? 

 ところで、コカコーラゼロは日本では2007年に発売されたけど、あのちょんまげのCMはいまいちねえ。福山雅治のペプシネックスのCMのほうが、男のダイエットコーラってポジショニングがずっと明確だったような気がする。

 あっ、そうでしたね。スミマセン。私はどちらのCMのターゲットでもありませんでした。肝心なのは、男性が「オレらのコーラだ」と思うかどうかですものね。私は、たんに、「福山クン、かっこいいheart01」と思っただけのことでした。しかも、炭酸飲料は過去ウン十年、クチにしたことありません。まったくターゲットからはずれまくった人間の言うことですから、徹底的に無視してください・・・。

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参考文献:1.「コカコーラ消費者調査に新手法」日経MJ3/23/07、2.「事例に見る競走戦略賢く戦い優位に立つ」日経情報ストラテジー、2007年12月、3,Soft Drink Hard Sell, The Observer, 7/9/06, 4.Andrew Martin, Coke Struggles to Keep Up With Nimble Rivals, The New York Times, 5.Dean Foust, Queen of Pop,  Business Week, 8/7/06, 6.Renuka Rayasam, The Puase That Refreshes,U.S. News 5/20/07, 7. Theresa Howard, Coke Finally Scores Another Winner,USA Today, 10/28/07 8.Isdell Discusses Leadership and Transformation at CIES Summit, The Coca Cola Company, 6/30/06

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2008年2月 7日 (木)

クチコミ・マーケティング

 消費者がまわりの人間の言動をまねたり、まわりで流行っているモノを買ったりする行動は、不可解でもなんでもない。シリーズ第6回でも書いたように、人間は周囲の人間に同調することで進化し文明を築いてきた「協力種」なのだ。自分を含めて3人のグループのなかで、自分以外の2人がイエスといったら自分の意見とか考えとかにかかわりなく(というか自分の意見そのものが無意識のうちに)イエスになってしまう動物なのだ。

 「自分で選べないランキング症候群」という見出しで、@コスメのサイトで上位にランキングされている化粧品を購買する消費者行動についての記事があった。そんなこと、いまに始まったことではない。化粧品どころか夕食に何を食べるか、自分一人では決められない人間は昔からたくさんいた。だから、不可解なのは、クチコミ・マーケティングのことを過大にとりあげるビジネス雑誌や新聞のほうだ。きっと、他に書くことがないのだろう。 新しモノ好きだし・・・。

 クチコミだって昔からあったわけだが、そのクチコミに威力があるのは次の3つの理由にある。

  1. 信頼性・・・実際に購買し消費経験したヒトからの情報。企業と利害関係のない人間からの情報。しかも、情報は細部におよび購買後の企業の対応、つまりアフターサービスまで含まれている。
  2. パーソナル化されたコミュニケーションだから説得力がある・・・たとえば、音の静かな洗濯機だとして、生まれたばかりの赤ちゃんがいる友人には「眠っている赤ちゃんを起こさないわよ」。共稼ぎの友人には「深夜にお洗濯してもOKよ」と相手の事情や性格にあわせて関連性の高い利便を強調するから、説得力がある。
  3. 信頼性が高い情報だから、意思決定が早くできる。よって、すばやく広がる。

 この3点を考えるだけで、プロやセミプロのブロガーを利用してのネットコミは情報到達数は多くても、実際の効果は低いであろうことが予測できる。実際の効果とは、情報を受け取り、その情報に影響されて、商品を購買するという行動を起こすことだ。でも、実際の効果は低くたっていいのだ。だって、結局のところ、威力の少なくなってきているマス媒体の代わり・・・というか補足として使っているのだから、マス媒体と同じように到達数が多ければ、それはそれなりにOKなのだ。

 ブロガー10万人を会員としてかかえるサービス会社が、クライエントの情報を会員に流し、各会員のブログを読む読者が10人として100万人、その読者のメル友が一人あたり10人として、合計1000万人にいきわたります! 

 それでいいのだ。経費と比較した到達数を考えれば、「お安い買い物」なのだ。

 アメリカでは、2010年にはTV広告の威力は1990年の35%になるだろうと、マッキンゼーは予測している。理由は、TiVoに代表されるコマーシャル飛ばしのDVRの普及率が39%に到達すると予測されているからだ。だから、米企業はブログ、SNS、ビデオゲームや映画の中で商品を登場させるプロダクト・プレイスメント、ゲリラマーケティングとか・・・、ありとあらゆる可能性を試している。よって、クチコミも質じゃなくて量。到達数だけでもOKなのだ(だって、マス媒体の効果測定って、もともと部数とか視聴者数とか到達数が基準なのだもの)。

 だが、こういった新しいメディアではTVという「量的にド威力」のあったメディアの失われた力を補うことができていない。よって、ネットによるクチコミ・マーケティングがこれだけ騒がれているにもかかわらず、米メーカーが新しいメディアに使っている広告費用の割合は、三分の一の企業で10%以下、二分の一の企業で10~20%以下。

 あいかわらず、やっぱり、マス媒体頼みなのだ。

 女性かそれとも黒人かで大熱戦の大統領選だって、たしかにブログや検索サイトへのネット広告費の総額は2004年の選挙の数倍で1000万~3000万ドルに上ると予測されている。でも、TV広告費はもっとスゴイ。2004年の1.5倍で8億ドルに膨らむと予測されている(朝日新聞10/31/07)

 8億ドル!  917億円だぜ!

 TVは「腐ってもタイ」。やっぱりメディアの王様なんだ。

 そして、日本のTVはまだ腐ってもいない。NHKの調べでは2005年のテレビ視聴時間は平日3時間27分で1980年に比べて10分増えているくらいだ。チャネル数だって少ないから、アメリカのようにコマーシャル飛ばしのDVRの普及をまだ心配しなくてもいいし・・・。って、私がTV好き人間だからTVの味方をしているわけじゃないけど。

 アメリカでは、ネットを使ってのクチコミマーケティングに関して、2007年にちょっとした論争が起こっている。

 ネット上のクチコミを利用して何かを流行らせようとするなら、最初に、まず、「影響者」を見つけることだ・・・と、日本でもベストセラーになった本「ティッピング・ポイント(飛鳥新社)」の作者マルコム・グラッドウェルは書いている。多くの人間に影響力をもつ「影響者 (Influentials)」の力を借りれば、低い投資で「クチコミ」は拡散できる。だから、カリスマブロガーに商品を無料で配布したり、イベントに招待したりして、記事を書いてもらう。(アメリカでは、こういったネット上での影響者をターゲットとしたクチコミキャンペーンに年間10億ドル使われているという)。

 ところが、こういったクチコミ伝播の方法に、「流行を起こすには無意味だね」と反論した有名人がいる。これまた、日本でもベストセラーになった「スモールワールド・ネットワーク(阪急コミュニケーションズ)」を書いたネットワーク理論の第一人者であるダンカン・ワッツだ。 

 ダンカン・ワッツはコロンビア大学からサバティカル(研究休暇)をとって、いま、Yahooの研究所に在職しているのだが、過去数年、「影響者」理論が間違っていることを証明するための実験をしている。たとえば、エージェントベースシステムで、1万人のエージェントから成るヴァーチャル社会のシミュレーション・モデルをつくる。一万人の社会構成員エージェントの10%を他のエージェントと最多のコネクションがある影響者と設定する。彼らは平均的エージェントに比べて4倍も多くのエージェントに影響を与えることができる。そして、無差別に1人のエージェントをトレンドセッター(流行や新商品を最初にその社会に紹介した人)として選択し、そのトレンドが広がる様子を観察する。連続して数千回実験してみた。そのうち、数百回、「流行」が発生したが、そのほとんどが、平均的エージェントから始まったものだった。影響者のコネクションを4倍でなく10倍にして、つまり、平均よりも40倍も多くの人間に影響を与えることができるモデルで実験した場合においても、流行が発生する率は、最初の1人が影響者かあるいは一般人かということでの違いは見られなかった。

 ワッツは、流行が広がるかどうかは、その商品とかアイデアを社会に紹介した最初の人間がどれだけ説得力ある人間かどうかではなく、他の社会構成員がどれだけたやすく説得されやすい人間かどうかにかかっているからだと説明する。実際、一般エージェントの「まわりから影響を受けやすい確率」を低くしたモデルでは、流行が発生する率は急騰した。つまり、新商品やアイデアが成功するかどうかは、一般大衆のそのときのムードにかかっているのだ。(たとえば、英国のダイアナ妃葬儀のときの英国民の熱狂は、当時の社会に閉塞感が漂っていて鬱憤していたストレスがいちどきに発散されたためだと説明される)。

 ネットワーク理論やその親戚の複雑系科学においては、流行とかバブルとかいったものは偶然の産物だ・・・と結論づけられる。ワッツが好んで使う例えは「森林火災」。アメリカでは、年間数千件の森林火災が発生する。だが、大火災に至るのはそのうちのわずか数件だ。よく茂った熟成林で、少雨で森が乾燥していて、そのうえ近くにある消防署は装備不十分・・・こういった条件が全部そろっていないと大火災にはいたらない。最初の原因がタバコの火か、焚き火か、あるいは自然発火か?・・・ということは、「そんなの関係ねえ」のだ。

 ワッツの考えには反論もある。たとえば、過去30年に及ぶ追跡調査でアメリカ人の10%は「影響者」であると結論づけたリサーチ会社がある。その10%のアメリカ人は、平均的アメリカ人より5倍も頻度多く他人にアドバイスを提供している。そして、コンピューター、ケータイ、インターネットを誰よりも早く使い始めている・・・・と大反論している。 

 ワッツは、「影響者」に働きかけることが新商品の販促に効果がないと言ってるわけではない。それが社会的流行を生み出すことにつながる確率は非常に低いと主張しているだけだ。ワッツの意見を受け入れにくいのは、それが、マーケティング関係者の本能に反するからだというひとたちもいる。

  1. 「影響者」がいるという考え方は常識的に理解しやすい。マーケティングの教科書にはイノベーションの普及過程を示した「採用曲線」が必ず紹介される。一番最初に採用するイノベーター、次いで初期採用者、それに続く追随者。それぞれ社会のX%を占める・・・っていう理論、覚えてますか? 影響者の考え方は、60年代に発表されて以来マーケティングの常識となっているイノベーション普及理論にぴったり当てはまる。だから、すんなり受け入れやすいだけだ。
  2. マーケティング関係者は、流行の発生に関して、自分たちは無力であるという考え方を受け入れることは到底できない。自分たちが何かすれば流行は起こせる!と思いたいのだ。

 ワッツだって、流行を発生させる・・とまでいかなくても、もっと、効果的なクチコミの拡散方法を考えてはいる。

 ワッツが最近主張しているのは、スモールシードではなくてビッグシードの考え方だ。流行がひろまるのは、数人の影響者の存在ではなく、簡単に影響を受けやすい人たちが一定以上いる(critical mass)ことが条件なのだから、種(シード)を少しまくのではなくたくさんまけばよい。最初にマス広告を使って、なるべく多くの人に情報を伝達し(誰が火をつけるかわからないのだから)、その後にクチコミを使う。

 日本でも、ビッグシード・マーケティング手法を使った良い例がある(日経ビジネス5/14/07)。電通が東海地方にある冠婚葬祭の平安閣のために企画したキャンペーンで、まず最初に東海地方でTVCMを放送。2週間で合計1038本流した。これは、同じ時期に自動車メーカーや携帯電話会社が首都圏で放映したCMの2倍の量だという。そのCMでネットに誘導(誘導率40%)。サイトには40枚の女性の写真。クリックすると「40人40色の恋愛模様」を表現するCM。見終わったあとに、視聴者と双方向のやりとりができる仕掛けがあって、結局のところは、サイトやCMをメールで友達に紹介したり、CMそのものをブログに貼ってもらう行為を促す。むろん、そういったことが簡単にできる紹介機能も仕込まれている。ここで、クチコミ発生。(残念ながら、どれだけの友人・知人にメールが送られたとかブログが書かれたとかの数値は出ていない)。

 ワッツも、P&Gなどと協力してビッグシード・マーケティングの実験をしている。そのときは、ForwardTrackを使って、どれだけの人たちにメールが送られたかがわかるようにしている。そして、マス媒体でサイトに集めたビッグシードが、次にどれだけの人たちにメールを送っているかで複製率を計算。一番結果のよかったのは0.769。これが1以上になれば、各自が一人以上の人間に伝達しているわけで、伝達されたひとからの複製率がまた1以上なら、ティッピング・ポイント(臨界点で一気に劇的な変化が起こる瞬間点)に到達し流行が発生する。ビッグシードの場合は、1以上である必要はない。複製率が0.5でも、最初のシードが1万人なら、数段階で最初の倍の2万人に到達できる計算になる。

 ビッグシードマーケティングの考えかたでいくと、皮肉にも、結局はマスマーケティングが重要だってことになる? ネット関係者全員が「時代遅れ!」と叫びそう。

 でも、私にいわせれば、ブログとかメールとか個人媒体を使っていても、到達数を問題にしている限り、考え方はやっぱりマスマーケティング的。

 2005年に創立された米クチコミ協会は、SNSとかブログを新商品紹介だけでなく、顧客の継続に利用することが重要だといっている。つまり、メーカがサイト内に、ダイエットや子育ての悩みをチャットやメールで話し合ったりブログを投稿できる場をもうけて、顧客のロイヤルティの向上、商品の継続購買を促進する。そこにWeb2.0の価値を見出せよってことだ。

 ネット関連の新メディアはなんといっても、似たもの同士が集まるというか集めやすい特徴があるんだから。

 08米大統領選の話にもどると・・・、ミズーリー大学のコミュニケーションを専門とする教授は「TV広告は無党派への影響力が大きいが、ブログ広告は支持層の地固めに効果がある」と指摘している。このコメントが、マスとネットコミの違いを端的に表している。

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参考文献:1.Clive Thompson, Is the Tipping Point Toast?, Fast Company Issue 122, 2/08, 2.Duncan J. watts, The accicental Influentials, Harvard Business Review Feb 2007, 3. Duncan J. Watts, et al, Viral Marketing for the Real World, Harvard Business Review May 2007, 3.David Court, et.al, The Proliferation Challenge, McKinsey Quarterly June 2006, 4. 電通が挑むメディア総力戦、日経ビジネス2007年6月14日

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2008年1月24日 (木)

直感に頼る経営者たち

 「不可解な消費者行動シリーズ」では、消費者は感情優位の生き物で、合理的に考えなくて、将来を想像する能力もなく、その他大勢の意見に「赤信号、みんなで渡ればコワクない」式に従う。おバカでアホでノータリン・・・・って、まあ、そこまでは言ってませんが、かなりそれに近いことは書いてきました。

 だが、賢明なる読者諸君はすでにおわかりになっているように、消費者=人間であり、人間=経営者でもある。

 企業の意思決定者たちは、消費者と同じ人間として、100%理性的かつ合理的な意思決定をすることはできないのだ。それどころか、1)過去の成功体験が忘れられず時代も環境も変化したにもかわらず同じ経営戦略に固執する、2)会社を大きくして一流財界人になりたい、あるいは社内で出世したいという個人的野心で案件を判断する、3)流行の経営戦略を自社固有の事情に関係なくすぐに採用したがる、4)リスクを取って失敗したくないのでただひたすら現状維持に努める・・・等々。それから、息子を次期社長にしたいとか、自分だけは例外で老害はないと思い込んで定年退職せず晩年を汚す「かつては非常に優秀で尊敬された経営者」という実例もよくみられます。

 ったく! こんなおバカな管理職に仕えるなんて、やんなっちゃう!

 自分の上司の感情優位で非合理的な意思決定に「アッタマにきている」皆様がた、深くご同情申し上げます。

 そして、「他人はどうだか知らないが、自分はいつもすべての情報を分析したうえで理性的な意思決定をしている」と思い込んでいる管理職のみなさま。安心していてはいけません。上の例のようにひどくはなくても、あなただって無意識のうちにヒューリスティックな判断を下しているのです。

 意思決定プロセス理論への貢献で1978年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンは、「今日の複雑な世界においては、合理的な意思決定をするために必要な情報すべてを獲得し分析することは不可能だし、そういった熟考にかけるコストも高い」。よって、最善とか最適とはいえないが、満足を感じることはできる決定を下すことでよしとする・・・と合理的であろうとする意図はあってもその合理性には限界があるという「限定合理性」の考え方を提唱した。

 サイモンは、意志決定者は最適化のルールに従うよりも、ヒューリスティックを採用していることのほうが多いとも語っている(シリーズ第1回参照)。つまり、直感とか勘と呼ばれるものに頼っているのだ(少し古いですが2002年にフォーチュン1000社の経営者を対象とした調査では、601人の経営者のうち45%が直感に頼って意思決定をしていると答えています)。

 管理職が直感を使って意思決定することに対しては、賛成と反対、まったく異なる2つの意見があります。

賛成意見・・・「直感はひらめきとも言われる。そのひらめきによって新事業を起こして成功した例はたくさんある。ソニーの当時の盛田会長は市場調査が否定的だったにもかかわらず、自分の直感を信じてウォークマンの発売を決めた。ヤマト運輸の小倉社長(当時)は、法人相手の運送業から個人相手の小口配送に移ろうとしたとき、採算が合うはずがないと周囲から大反対された。初日の注文はわずか11個だったという。でも、小倉社長は自分の直感を信じたんだ」

反対意見・・・「直感によって失敗することもある。マスコミは成功例だけを取り上げるけど、ユニクロ・ブランドを創った柳井会長も、有機食品事業からは撤退したし買収した靴ビジネスもうまくいっていない。エジソンだって電球の発明に成功する前に一万回も実験に失敗してるんだぜ。経営者のなかには、ひらめきで一度成功すると、自分は直感が働く特別な人間だと思い込む者も多い。だが、直感が当たるかどうは運であり、何度も幸運が続くことはない。だから、優秀な経営者が晩年になって大きな判断ミスを犯すことになるんだ」

賛成意見・・・「意思決定の権威者ハーバート・サイモンは、人間は、経験を経ることにより、大量の情報を記憶として貯蔵し簡単に検索できるようになると言っているよ。たとえば、チェスの名人は、盤の上にコマを並べる約5万通りのパターンを記憶していて随時思い出すことができる。だから、対戦相手の動きによって、次の手を考えることができるんだ。優秀な経営者も同じさ。豊富な経験や知識に基づいて、無意識のうちに、有効な次の一手を思いつくことができる。これが直感さ」

反対意見・・・「まさに、そのパターンが問題なのだ。人間の脳はパターンを見たがる傾向があるんだ。新しい現象に出会うと、脳が、それを自分の記憶に保存されているパターンのひとつに当てはめようとする。自分の過去の情報に基づいて現在を理解しようとするんだ。そういった無意識の願望が非常に強いために、実際にはまったく新しい現象なのに、そこにも自分が見慣れたパターンを見ようとしてしまう。まったく新しい現象に既存のパターンをあてはめようとすることが、革新的ビジネスを導くとは思えないね」

賛成意見・・・「OXOX」

 賛成論者が言葉につまるのをみて反対論者は勢いづいた・・・「そもそも、直感は、人間の進化の過程において、生存に必要なものとして育成されたんだ。たとえば、歩いていたら恐竜が突然姿を現す。右方向は森、左方向は川、背側は断崖絶壁。さあ、どっちに逃げる!? そんなとき、森と川の長所、短所を比較分析なぞしている時間はない。過去の経験、他人から聞いた知識、そういったものに基づいて瞬時に無意識のうちに意思決定する。直感は、複雑なことを査定するものではなくて、それを無視して、生きるために逃げる手段なのだ。因果関係が線型になっていないビジネスの世界で、既存パターンをあてはめようとしても役に立たない」

 直感への反対論者のダメ押しはかなり強烈です。

 チェスの名人が5万通りのパターンを記憶保存しているという話で思い出しましたが、日本においても、プロ将棋士の直感の仕組みを解明するために理化学研究所と富士通が共同研究を始めたそうです。日経新聞(10/14/07)によると、プロ棋士の直感は、幼いころから数え切れない対局をとおして鍛え上げられたもの。四-五段の棋士にコマの位置を記憶してもらう実験では、わずか0.1秒盤面を見るだけで、90%以上正答できたそうだ。また、コンピュータの将棋ソフトウェアはコマの損得などを数値化して形勢の優劣を判断しているが、人間の場合、羽生善治王座によると「数値化しているとは思えない」そうだ。現在、fMRIで直感が働いているところの場所を特定する調査にかかっているという。

 ビジネスマンだって、将棋士のように経験や学習の積み重ねで無意識のうちにパターンを検索できるほどになっているひとは、直感に頼って意思決定するのもいい。でも、問題は、そのレベルに到達していない管理職が、論理的・分析的思考も経ないで、ヒューリスティックに決定をくだしていることだ。 

 自分はそんなことはしていないって? 

 さあ、どうだか・・。無意識のうちにしているかもしれませんよ。

 だいたいにおいて、企業のエリート管理職にとって、自分の頭のなかに「無意識」なるものが存在すること自体が信じられないことだろう。でも、存在するんです。もし、自分の脳が常時している情報処理すべてを意識することができたら、私たちはパニック状態に陥ることでしょう。多くの科学者は、人間は自分が考えたり感じたりしていることのわずか5%しか意識していないと主張している。消費者調査シリーズ第3回で書いたように、人間は、言葉では考えていない。自分が考えていることを自分自身が知るためには言葉で表現することを無意識のうちに選択しなければ意識はできないのです。

 まだ、信じられませんか?

 無意識の存在を証明するためによく紹介される実験があります。人間の左脳と右脳をつなぐ部分(のうりょう)が切断されている患者を使って、右脳だけに情報を入れるようにすると、言語を処理する左脳に情報が入らないために患者は右脳に入った情報を意識することができません。たとえば、左の目の視野に「笑え」という単語を示すと、(左右の神経が交差しているので)情報は右脳だけに届いて、その人は笑う。だが、左脳は自分がなぜ笑ったのか理由はわからないのです。

 ここまでの長~い話は、2つの結論で終わります。

 まず、第一に、マーケティング上の大きな失敗は、よくいわれるように「不可解な消費者」のせいではなく、「ヒューリスティック、とくに感情ヒューリスティックに左右される企業の意思決定者」のせいである場合が多い・・・ということ。そして二番目の結論は、意志決定者は自分自身の冷静な観察者であれ・・・というすごぶる常識的な内容です。自分が無意識のうちにヒューリスティックに決定を下す可能性の高いことを認識しながら、大きな決定をする前に自己チェックしてみることです。失敗を恐れて冒険するだけの価値あるリスクまで放棄しているのではないか?あの事業を買収したいのは、かつて自分をバカにした財界人をみかえしたいからではないのか? このプロジェクトを推進したいのは、前任者よりはずっと能力があると、上司や部下に印象づけたいからではないのか? 自分の失敗を認めたくなくて「泥棒に追い銭」的に無駄な追加投資をしようとしているのではないか?・・・・等々。

 残念ながら、ビジネスの世界では、エジソンのように、「ひらめき」が成功するまで一万回失敗することなど許されないのですから。

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参考文献:1,Alden M. Hayashi, When to Trust Your Gut, HBR Feb.2001, 2. Eric Bonabeau, Don't Trust Your Gut, HBR May 2003, 3.「入れ替わっても『魅力的』」 朝日新聞12/23/07,4.「直感の仕組み、棋士と解明」日経新聞10/14/07

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2008年1月17日 (木)

ダイレクト・リスポンス広告と行動経済学

 80年代~90年代、化粧品やサプリメントを通信販売することで急激に成長して、「無名」から「有名」になった企業がいくつか登場。それに刺激を受けたのか、大手メーカーがあいついで通販を始めるようになった。

 (味の素のアミノ酸化粧品やサントリーのサプリメントはまあよいとして、富士フィルムと化粧品の組み合わせはちょっとねえ。「写真感光材の開発研究で蓄積してきたコア技術を活用した・・・」と言われても、消費者はいまいち納得しないと思うけどね。皮膚にフィルム状のものを貼ってシミを薄くするっていうのなら、企業イメージと化粧品とのつながりが、すんなり「直感的に」受け入れられますけど・・・。あっ、スミマセン。富士フィルムさんゴメンナサイ)

 って、せっかく出した新商品を貶すという人品に反するような話をしたいわけではなくて、通信販売の広告の話です。

 通販広告は、直にリスポンス(反応)を獲得する広告だからダイレクト・リスポンス広告(Direct Response Ad)。反応が注文とは限らない。ネットにアクセスしてもらう、アンケートに答えてもらう、資料請求をしてもらう、来店してもらう・・・・そのために、ネット企業、銀行、保険会社、通信サービス会社、スーパー、デパートなど、誰もが通販広告から学ばなくてはいけないことはいっぱいある。

 何を学ぶのか?

 消費者を惰性から解き放って、注文する、資料請求する、来店するといった行動を起こしてもらうためのノウハウだ。

 通信販売会社が100年以上のテストの歴史から学んだノウハウは、通販独特のオファーとかクリエイティブ・テクニックにある。でも、こういったオファーやクリエイティブ(とくにコピー)テクニックをイメージが悪い、洗練されていない、一流企業が採用すべきタイプのものではない・・・と敬遠したり、その効果を信じていないマーケティング担当者や広告制作者がいまだにいるようだ。

 そういったひとたちのために権威づけをしてみようと思います。

 通信販売の広告は消費者心理の宝庫です。もっとアカデミックな権威づけをするならば、通販のオファーやコピーは最近流行の行動経済学で証明された「合理的でない消費者行動」の実験分析結果なのです。

 「不可解な消費者行動シリーズ第2回」で書いているように、行動経済学は論文「プロスペクト理論:リスク下での決定」が発表された1979年に始まったとされる。二人の認知心理学者が書いた論文が話題となり、その後、経済学と心理学が融合した形の行動経済学系の論文が次々と発表されるようになった。

 たとえば、「選択のパラドックス」。2000年に発表された論文には次のような実験が紹介されている。

 スーパーマーケットで6種類のジャムを並べたテーブルと24種類のジャムを並べたテーブルを置いた。陳列テーブルに近寄った242人の来店客のうち40%が「6種類のテーブル」を訪れたのに対し、60%の客が「24種類のテーブル」を訪れた。だが、そのうち実際にジャムを購買した割合は、「6種類のテーブル」を訪れた客の30%。「24種類のテーブル」の場合はわずか3%だった。論文のタイトルは「選択肢が意欲を失わせるとき・・」。

 通信販売では、昔から、「選択肢はある程度与えなくてはいけないが、多すぎるのはいけない」として、選択肢は3個が最適といわれていたものだ(ただし、こういった最適数は時代や状況によっても変わるので前例に頼らずテストをしなくてはいけない)。

 選択肢が多すぎると迷って行動がストップしてしまうのは、人間には損失回避性があるからだろう(シリーズ第3回参照)。つまり、損な選択をするよりは、選択すること自体をやめようと思うのだ。たとえ得な選択をする可能性が高いとしても、損な選択をする可能性がほんの少しでもあれば、選択するという行動それ自体をストップしてしまう。これを行動経済学では「現状維持バイアス」という。

 ダイレクト・リスポンス広告に独特のオファーやコピー・テクニックが必要なのは、人間が持っている「現状維持バイアス」、つまり惰性を打破するためなのだ。

 消費者はリスクをとることを嫌う。だから、通販では、返品可能、無料使用、行動を起こしたら「アンタはエライ!」とご褒美を上げる・・・といったオファーは欠くことのできない基本オファーなのだ。そしてまた、この商品を買っても大丈夫だよ・・と第三者が保証するテクニックを使うことも必要なのだ。

 同じオファーでもコピーの書き方(フレーミング)次第で、行動への影響力は違ってくる。これについては、プロスペクト理論の論文を書いたトヴェルスキーとカーネマンが1981年に論文「決定のフレーミングと選択の心理」を書いている。たとえば、損失を嫌う消費者のために、「いま行動を起こせばこんなにお得なことがありますよ」というフレーミングではなくて、「いま、行動を起こさなかったらこんなにも多くのものを失うのですよ」という逆フレーミングでコピーを書くこともできる。

 例をあげてみます。締切日や限定個数を大きく明記して、「今回ご提供している花瓶は限定1000個です。1000個売れた時点で原型の型は壊しますので、今回の販売を逃しますと、今後一切同じ花瓶を手に入れるチャンスはございません」。ちょっとオーバー? でも、注文率は増えます。

 そして、注文率が上がったということは、あなたの考えたフレーミングが、消費者の行動に影響を与えることができた・・・ということです。

 ネットで、簡単なクイズ、ゲーム、占い、ビデオ・クリップの鑑賞をさせることで、次の行動(アンケートに答える、情報ページをみてもらう、申し込みしてもらう)に移るきっかけにする参加型テクニックがある。これも、人間の損失回避性を打破するためのもので、通信販売で長く使われてきたテクニックだ。つまり、最初から大きな行動を起こすことを躊躇する人間に、まず小さな行動を起こしてもらう。最初の一歩を踏み出してもらえば、そのあと、ゴールまで歩き続けてもらう確率はグンと高くなる。

 行動経済学では、数字の書き方ひとつで、人間の行動が異なってくることを証明した論文がいくつかある。ダイレクトリスポンス広告テストでも面白い例があります。AT&Tが、電話料金が75分無料になるオファーと1時間無料になるオファーとを提供したところ、なんと、1時間無料のほうが申し込み率が高かった。60分と書かず1時間と書いたことで、75分無料になるよりもずっと価値が高いと直感的に思った顧客が多かったということだ。

 だから、オファー・テストやコピー・テストはしてみるべきなのだ。 

 テストをして祝杯をあげたくなるのは、一番経費の低いオファーが一番高いリスポンスを得るときだ。

 いま、OXをお申し込みになれば・・・

  1. 10ポイント提供 (1000円の経費)     
  2. エコバッグを提供(200円の経費)
  3. 20分の無料アドバイス (500円の経費)

 結果、2番目のエコバッグが5%、3番目の無料アドバイスが3%、1番目のポイント提供が1%のリスポンス率だった・・・というのが売り手としては理想的な形。が、なかなかそうはいかない。でも、3番目のリスポンスが一番低かったとしても、お客様のその後の購買を分析してみると、無料アドバイスを受けたひとのほうが継続率が高かった・・・という結果が出ることもあります。

 とにかく、テスト、テスト、テスト。

 そして、分析、分析、分析です。

 それが、ダイレクト・リスポンス広告のノウハウを創造します。

 論文「プロスペクト理論:リスク下での決定」を発表したカーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受賞した。100年以上前から、実験室的環境で統計学にそったテストをして消費者行動を分析してノウハウを蓄積した通販企業は、ノーベル賞とまではいかなくても、消費者行動分析の分野において卓越した実績有と認められるべきだと思います。

 どうでしょうか? ダイレクト・リスポンス広告のオファーやコピー・テクニック(そしてテスト)の価値を再認識していただけましたでしょうか? もし、そうでなければ、きっと、私のフレーミングの仕方が悪かったからでしょう。

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参考文献:1.友野典男(2006)「行動経済学ー経済は感情で動いている」光文社新書、2.Alan Rosenspan, Making an Offer They Can't Refuse, Rosenspan, Making an Offer They Can't Refuse, www.alanrosenspan.com

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2008年1月 9日 (水)

イヌをネコだと思う消費者たち

 丸い図形を見て四角だと思う。そして、イヌを見てネコだと思う。

 ナゾナゾじゃあありません。人間はまわりの人たちの意見に従う傾向が高いのです。あなただって、まわりの7人全員が犬を見て「あれはネコだ」と言ったら、自分も「ああそうだ。なんてかわゆいネコだろう」って思う可能性は非常に高いのです。

 マジに?

 マジに・・・。

 1950年代初め、第二次世界大戦で多数のドイツ国民がナチスの思想に従った事実に驚いた心理学者たちが、「社会制御(Social Control)」の仕組みについて研究するようになった。つまり、社会の秩序を維持するために、そのメンバーやグループの行動に影響を与えるにはどうしたらよいかを考え始めたのだ。一連の研究のなかで、もっとも有名なのが社会心理学者ソロモン・アッシュによる「同調実験」だ。

 8人の被験者に長さの違う棒線3本が並んだカードと1本の棒線が描かれたカードとを見せ、「三本の線のなかで、もうひとつのカードに描かれた線と同じ長さのモノはどれか?」と質問をする。非常に単純な問題なので、答えを間違える誤答率は通常0.7%。しかし、この実験では、8人の被験者のうち1人を除いては、やらせで間違った答を言うように指示されている。その結果、実験グループの3分の1において、本当の被験者は他の7人の間違った意見に賛同した。結果、通常は0.7%の誤答率が37%に上がってしまった。この実験は被験者の数を変えて幾度も試みられた。

 その結果わかったことは・・・、

  1. やらせの被験者が7人でも2人でもその絶対数には関係ない。人間は自分ひとりだけが他人と意見を異にするのがイヤなのだ。
  2. たとえば7人のうち1人でも自分と同じ答なら、味方がいて気が強くなるのか、誤答率は急速に低くなる。

 「同調実験」以降、心理学者たちは、1)被験者は自分ひとりだけ答が違うという気詰まりをなくすためにウソをついているのか? あるいは、2)多数意見に反応して、認識そのものがが変化したのか(つまり、マジに犬をネコだと思うようになったのか)? ・・・・と議論しつづけてきた。

 意識的にウソをついたのだ・・・と私を含めて多くのひとたちが考えるだろう。だが、実際には、人間は他人からの示唆にいとも簡単に影響されやすいことが、最近になって判明した。

 2005年、心理学者グレゴリー・バーンズは、アッシュがしたのと同じ実験をしてみた。ただし、今度は、MRIを使い、被験者の脳のなかの動きもチェックした。

 この実験においても、真の被験者は、ウソをついている他の被験者に影響され、誤答率は41%と高くなっている。このときの、被験者の脳内を見てみると、当然のことながら、視覚情報に関係する部位の神経細胞は活性化していた。問題は、それと比較して、ウソを意識的につくことに関係する前頭前野(論理的思考をする部位)の活性度が非常に低かったことだ。つまり、被験者は意識的にウソをついたのではなく、実際に、間違った答を正しいと思ったのだ。

 グループは被験者の認識を「イヌ」から「ネコ」に変えることができた・・・ということだ。

 なぜ? 

 この問題はいつまでたっても「なぜ?」が続く。

 なぜ、まわりの意見に無意識のうちに従うのか? しかも、実験の被験者たちは「ノーと言えない日本人」じゃなくて、自分の意見を強引に押し付けるアメリカ人だぜ!

 人間が「まわりのひとたち」の意見に従う理由については、いろいろな意見がある。新しい発見も出てくる。ひとつの観点として、神経科学(Neuroscience)と経済学が融合した神経経済学(Neuroeconomics)の研究成果を紹介しよう。ゲーム形式の実験で、たとえば1000円を2人のプレイヤーが分配する。相手にいくら渡すかは提案者が決めるが、相手には拒否権がある。相手が拒否すれば二人ともお金はもらえない。標準的経済学で考えられていたように人間が合理的な「経済人」であれば、たとえ1円でももらったほうが得だと判断するはずだから、相手には999円渡せば良い・・・と「経済人」である提案者は考える。しかし、実際には、人間は合理的で利己的な経済人ではないから、大半のひとは相手に30~50%の金額を渡すという実験結果になっている。

 人間は自分の利益だけを追求する利己的な「経済人」ではない。「利他性」があるという。

 こういったゲーム実験中にfMRIで被験者の脳の動きを観察する研究が進んでいる。そして、いくつかの興味深い結果が出ている。

  1. 提案者が持っている金額の20%以下だけを渡すという(自分が得をする非協力的な)提案をすると、相手のプレイヤーの脳内では、不快な感情を経験するときに活性化する島皮質が活性化した。
  2. 提案者が協力行動を選んで、たとえば45%を渡すと提案し、相手がそれを受け入れるときには、相手のプレイヤーの脳内では、快の感情を感じる報酬系が活性化した。
  3. 面白いことには、提案者が人間でなくてコンピュータの場合、提案が利己的なものでも、プレイヤーの島皮質の活性化は少なかった。また、提案者のコンピュータが寛大な提案をした場合も相手のプレイヤーの報酬系の活性化は少なかった。

 以上のことから、協力することで金銭的な報酬がもたらされる・・・という理由だけではなく、他の人間と協力をする・・・ということ自体が報酬系を活性化して快の感情をもたらしているのだということがわかる。

 これを、進化心理学者は、次のように説明する。

 進化の歴史において、人間は他の類人猿に比べて、効率的に協力関係を築くことができた。人間は「協力種」だから文明を築き繁栄することができた・・というわけだ。

 最近では、ヒトがもつ色覚センサーの数が他の哺乳類より多いことから、色覚が発達したのは「仲間の顔色をうかがうためだ」という説も出てきているらしい(日経新聞12/9/07)。感情の動きによって血流量や血中の酸素量が変わることで顔色が変化する。仲間の顔色の変化を敏感に感じ取ることによって、円滑なコミュニケーションができる。そのために、色覚センサーの数が進化の過程で増えた・・・というのだ。

 人間は、想像以上にまわりの意見、まわりの感情に敏感に反応している。そして、こういった研究成果は、マーケティングにも大きな影響がある。たとえば・・・、

  1. フォーカスグループ調査の意義が不透明になった。参加者は誰かの意見に影響を受けて自分の意見を変えているのではないか? それでは、調査結果を信用することができない。 これを逆手にとって、フォーカスグループ調査でクチコミの流れをチェックすることができるという専門家もいる。
  2. クチコミ。とくに、ランキングサイトとかSNS、ブログを使ったネット上のクチコミ。クチコミの発生や流行の問題については、シリーズ番外編で取り扱います。

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参考文献:1.滝順一、「ヒトの色覚、顔色を読むため?」、日本経済新聞12/9/07, 2. 友野典男(2006)「行動経済学」光文社新書、3.山岸俊男、「利他性のルーツ」、日本経済新聞5/2/06-5/11/06,4.Gregory S. Berns, et al., Neurobiological Correlates of Social Conformity and Independence During Mental Rotation, Biol. Psychiatry 2005;58, 5. Erunst Fehr. et al, Neuroeconomic Foundations of Trust and Social Preferences: Initial Evidence, Institute for Empirical Research in Economics, University of Zurich, 6. James K. Rilling, A Neural Basis for Social Cooperation, Neuron, Vol.35, July 2002

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2007年12月25日 (火)

ダイエットできない消費者たち

 メタボが心配で体重を減らしたくても、目の前にアイスクリームが出てくるとつい手が出てしまう。肺ガンがこわくて明日から禁煙しようと決心したのが三年前。でも、「明日」は際限なくやってくるので、タバコは止められないままズルズル今日に至っている。未来のためにCO2の量をへらさなくては・・・とわかってはいても、いまの経済成長のために削減同意ができない各国代表者たち。

 これらはすべて、異時点間の選択(Intertemporal Choice)の問題として考えることができる。

 何を選択するか決定する時点と、その決定がもたらす結果が出る時点が数ヵ月後から数年、地球温暖化の問題の場合には数十年から数百年も離れている場合、人間は、目先の誘惑に逆らえなかったり、あるいは、現在の利得を優先したりする。

 ハトが・・・。ハトポッポのハトです。

 そのハトを使った実験では、11秒後にもらえる3個のエサと20秒後にもらえる8個のエサとは、ハトポッポへの報酬としての影響力は同等であることが証明されている。人間もハトと同じだ。いま5000円もらえる有り難さに比べたら、6ヵ月後に5000円もらえる有り難さは半分以下だろう。1年後の5000円の価値はほとんどゼロに等しい・・・こういった実験結果のいくつかは、ネットでも発表されているので見ることができる。

 未来の報酬の価値は、手に入るのが先になればなるほど、現在の報酬の価値より減少すると感じられる。どのくらい割合で減少するかは、経済学で長い間議論されてきた問題だ。

 最初は割引率は年月に関係なく一定だとされていた(指数型割引 Exponential Discount Function)。だが、動物実験でも、そして、また、人間を使った実験でも、減少する率は近い未来では大きく、遠くなればなるほど小さくなることが証明されている(双曲型割引 Hyperbolic Discount Function)。たとえば、1ヶ月後に2万円もらえることになっているが、減額すれば、いますぐ受け取れる。その場合、「いまもらえるのなら1万円でもOK」という受取人がいるとしよう。この受取人が一ヵ月後Cimg0048 の2万円に対して現在感じる価値は、半減して1万円だということだ。それなら、2ヵ月後にもらえる2万円の場合は5000円、3ヵ月後にもらえる2万円の場合は2500円・・・と同じ割合で現在価値が減少していく・・・というわけではない。減少の割合は最初は急激でも、それ以降なだらかな減り方をするようになるのが一般的だろう。

 いますぐ報酬を受け取ることと将来に報酬を得ることを辛抱強く待つこと、どちらが得かを判断するときに、動物も人間も、時間割引をする。だが、その割引率は、どのくらい遠い未来かとかどのくらいの報酬なのか・・・によっても異なってくるから単純ではない。動物も人間も異時点間の選択をするときには迷い葛藤するのだ。

 ちょっと待て!

 話が途中ですりかわってないかぁ? ダイエットや禁煙が続けられない問題を話すんじゃなかったのか? 地球温暖化問題とハトのエサの価値が時間とともに減少することとは関係ないだろう。人間が5000円をいますぐもらうのと、一ヵ月後にもらえるのとでは、有り難さが違ってくる・・・・って話も、ダイエットや禁煙の問題とは次元が違うだろーが。

 おっしゃるとおり。

 ダイエットや禁煙や地球温暖化問題における「現在の幸せか未来の幸せか?」の究極の選択は、ハトのエサが「いまの3個か20秒後の11個か?」という問題とはレベルが違う。いまのケーキと半年後の自分の魅力的なボディー、いまのタバコと数十年後の健康な肺、あるいは、いまの「快適な冷房温度」と百年後の「美しい地球」とを天秤にかけるのとはまるで違う問題だ。

 ハトには、異なる種類の報酬のそれぞれの価値を比較するなんて芸当はできないだろう。また、未来といっても、せいぜいいって秒単位かもしれない。

 人間は、動物、そして人間に近い類人猿とも異なり、数年あるいは数十年間にまたがるコストと利益とを天秤にかけることができる。それは、将来もたらされる結果について想像することができ、それに関心をもつことができるからだ。人間のそういった能力は、人類においてもっとも発達しており、頭のサイズに不釣合なまでの大きさを持っている大脳新皮質の前頭前野に関係がある・・・・といわれている。

 ちなみに、高度な情報分析・処理機能を果たしてる前頭前野は、人では大脳の30%を占めるまで発達しているが、サルでは12%、チンパンジーでは17%、ネコや犬では数%しかないそうだ。

 人間は、他の動物とは異なり、前頭前野のおかげで、長い年月にまたがる意思決定ができる・・・・と考える行動経済学者たちがいる。とくに、ニューロサイエンス(神経科学)の研究手法を積極的に採用する神経経済学分野では興味深い実験結果が発表されている。(次の実験を読む前に、「ブランドと感情と記憶シリーズ第1回」を参照してみてください。そして、人間は論理的思考をつかさどる前頭前野と情動や直感に関係する大脳辺縁系との協力なしには、簡単な意思決定すらできないことを思い出してください)

 「異時点間の選択」をする実験において、被験者の脳を機能的MRIでスキャンしてみる。いますぐに20ドルの金を受け取るのと、一ヵ月後に23ドル受け取るのと、どちらかを選択しなければいけない場合、被験者の前頭前野も大脳辺縁系も両方とも活性化する。次に、20ドルを二週間後、23ドルを一ヵ月後に受け取るということで、どちらの選択肢も現在ではなく将来起こる設定にする。すると、大脳辺縁系は関心をなくして活性化しなくなる。しかし、前頭前野の神経細胞は、数時間後あるいは数ヵ月後の設定でも、活性度に変わりはなかった。

 論理的思考をする前頭前野の神経細胞は、現在/将来、どちらの意思決定においても活性化する。しかし、大脳辺縁系にある報酬系は、すぐに金を受け取る選択をするときだけ活性化する(報酬系は人間がおいしいものを食べたり、お金を手に入れたり、その他、セックスやドラッグといった報酬を得ているときにドーパミンを放出して快感を感じるシステムになっている)。一ヵ月後か、あるいは、いますぐに受け取るかの選択をする場合は、前頭前野と報酬系と二つの領域の活性化の強さの度合いが最終的に何を選ぶかを決める。

 つまり、論理的思考をする前頭前野がより活性化しているときは、「忍耐強く待って、より価値が高いと(感じる)報酬を得ること」を選択し、両システムが同程度活性化しているときは、一般的に、大脳辺縁系が勝つ。つまり、いまの誘惑が分別に勝利するのだ。

 人間には、2つのシステムがある。

  1. 現在も将来も同等にみなすことができ、遠い将来を想像しそれに関心をもつことができる前頭前野システム。
  2. 将来を大きく割り引く現在志向の大脳辺縁系システム

 この二つのシステムの相互作用によって意思決定がされる。目の前のアイスクリームの誘惑に負けやすいのは、ダイエット計画を掲げる理性的システムに大脳辺縁系システムの現在志向が勝つからだ。何が起こるかわからない将来のリスクにかけるよりは、いまのアイスクリームを食べたほうがよいと、進化の歴史に鍛えられた直感や本能が強く働きかけるのだ。

 遠い未来ほど割引率が小さくなる双曲型割引は、2つのシステムが将来に対して異なる観点をもっていることからもたらされる。そして、前頭前野はより辛抱強い選択を実行するのに重要な役割を果たしているのではないかと推測されている。 

 ウソォ~!!

 それじゃあ、禁煙できない、あるいはダイエットできないボクやアタシは、原始人みたいじゃん。高度な精神活動をする前頭前野が弱いってことでしょう? どっちかいうと感情や直感や本能だけで動いているバカってことじゃん!!

 ご安心を・・。神経経済学のこういった考え方には反論もあります。

 (でも、私は、けっこう正しいと思ってるけどね。それに、誘惑に負けやすいのは人間のサガでしょう。日本国を創った神様だって、黄泉の国から亡くなった妻を連れ戻そうとして、「決して振り返ってはいけません」と言われたのに、つい振り返ってしまい妻奪回に失敗している。「決して見てはいけません」といわれたのに覗いてしまい、貴重な機織り職人を失ってしまった「鶴の恩返し」の民話もあるし・・・。スミマセン。ちっともなぐさめになってませんね)。

 さて、重要なことは、こういった人間の(消費者の)行動傾向がマーケティングにどういった意味をもつのか? ・・・ということです。

 たとえば、ポイントプログラムである程度ポイントを集めると景品に交換できるタイプの販促がある。このとき、たくさんのポイントを集めなくては景品に交換できないものだと、その景品がいくら豪華なものでも、「将来を大きく割引く消費者」には、インセンティブにはならない。

 ダイエット関連商品で、すぐにでも簡単にやせるようなイメージを与える広告が多いのは、そうしなければ、大脳辺縁系にアピールできないからだ。「これを食べれば2年かかって健康的に10kgやせる」・・・なんて主張するダイエット食品など売れっこないでしょう。もちろん、時間的に長く感じさせない方法もあります。シリーズ第3回で出てきたフレーミング効果を使うのです。たとえば、「1年かかって10kgやせます」という広告コピーよりは「2008年12月25日のクリスマスまでに10kgやせます」のほうが、本当に実現できるような心理にさせ、期間の長さへの関心が薄れます。

 自制心の少ない消費者が誘惑に負けないような商品をつくりあげる例もあります。フィリピンの銀行は、お金をためたいけれども、ポケットにあるお金をつい使ってしまう「その日暮らし」になりやすい労働者階級のひとたちのための金融商品をつくった。1)ブタの貯金箱のようなカワユイ小型金庫を顧客は買う(金額はわずかなものですが、買うことによって、その金庫を大切に取り扱う心理になる)。2)金庫の鍵は銀行が保管する。3)預金者は一定額になるまでは預金を引き出せなという契約書を作成する。4)預金者は貯金箱を時々銀行にもっていき、銀行は取り出した金を口座に入金する。この金融商品は、手元にお金があればついつい使ってしまうひとたちに好評で、テストグループでは、12ヵ月後に貯金額が337%も増大したそうです。

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参考文献:1.Gregory S. Berns, et al, Intertemporal Choice-Toward an Integrative Framework, www.sciencedirect. com, 11/5/07,2. Craig Lambert,The Marketplace of Perceptions -Behavioral economics explains why we procrastinate, buty, borrow, and grab chocolate on the spur of the moment, Harvard Magazine  Mar-Apr 2006, 3, Nava Ashraf, et. al.,  SEED: A Commitment Savings Product in the Philippines,.12/9/04,4.心理学辞典、有斐閣

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2007年12月18日 (火)

iPhoneと触覚

 アップルiPhoneは日本では未販売。だから、話題となったタッチスクリーンを実際に体験した者はそれほどいない。だが、10月にiPod touchが発売されたことによって、「指のバレエ」と評された指さばきを試してみることができるようになった。

 朝日新聞(10月20日朝刊)には、「官能的なまでの操作感」という見出しで、「3.5インチのタッチパネル液晶に親指とひとさし指を当て、押し広げるように指の間隔を開くと、表示された写真が拡大。つまむように指の間隔を狭めると写真も縮小する。官能的なまでに手になじむ動きが、デジタル関係者を夢中にさせた」という記事が掲載された。

 うーん、その気になって読むと、描写自体も、なんかちょっと官能的。

 (記事を書いたひとに失礼があってはいけないので辞書をチェックしたら、「官能」って言葉の意味には二つあった。私みたいに、「官能」って言葉ですぐにセックスを連想したとしたら、あなたもけっこうな俗物です)。

 iPod touchのタッチ(touch)には触覚という意味もある。

 触覚は皮膚感覚の一部だが、人間の指先にはその皮膚感覚(触覚、圧覚、温度感覚、痛覚)受容器がたくさん集まっている。指先の皮膚1平方センチの面積のなかには、皮膚感覚受容器が一番感度の鈍い背中の100倍も集中している。人間は、それだけ、指先から多くの情報を集めている・・・ということだ。

 日本を含めた世界13カ国で2003年に実施された調査では、25歳~40歳の消費者が重要と考える感覚は、①視覚(58%)、②嗅覚(45%)、③聴覚(41%)、④味覚(31%)、⑤皮膚感覚(25%)。皮膚感覚は最下位だが、衣服などでは外見(視覚)よりも手ざわり(皮膚感覚)を重要視する消費者がふえているのが世界的傾向だそうだ。日本でも、清涼飲料水のボトルは、手で持つときの感触を考えてデザインされるようになってきている。自動車でも、ハンドルやシフトレバーを操作するときの手への感触が重要視される。

   皮膚感覚をある程度~非常に重要と考える消費者の割合(商品タイプ別

  1. スポーツ衣料       82.2%
  2. 石鹸            61.5% 
  3. 自動車          49.1%
  4. 電話            43.9%  
  5. アイスクリーム      21.7%
  6. 清涼飲料水       15.1%  
  7. クロモノ家電       11.6% 

 当然のことながら、IT機器のインタフェースを設計するとき、指を含めた手の皮膚感覚は重要な意味をもつ。

 iPhone以前にもタッチスクリーンのケータイ電話は発売されていた(2006年に世界中で出荷されたケータイ電話の4%はタッチスクリーン方式)。だが、そのほとんどは抵抗膜方式(resistive )で、指やペンでスクリーンを押すものだ。iPhoneやiPod touchの静電容量方式(capacitive)は、電流量の変化を利用している。だから、軽く指先を触れるだけで充分。実際には、静電容量方式の場合、物理的接触も必要ない。指が、2ミリ近づくだけで感知することができる。この技術だからこそ羽のような軽い動きで充分なわけで、指やペンでスクリーンを押さなくてはいけない抵抗膜方式よりも直感的に操作することができる(直感的に使いやすいことの重要性については、「注目のキーワード1」を参照)。

 静電容量感知方式のタッチスクリーンのケータイ電話はアップル以外からも発売されている。だが、現在、同時に2本以上の指が使えるのはiPhoneだけだそうだ。2本の指でつまんだり広げたりすることでウィンドウのサイズを変えることができるマルチタッチ技術はごく最近開発されたもので、この技術の特徴を最大限に活用できるアップリケーションソフトを開発して商用化したのはアップルが最初・・・ということになる。

 「技術的には、うちだってiPhone並みのケータイを開発することはできる」と主張するIT企業のコメントをよく耳にする。だけど、やっぱり、最初にするってことが重要だよね。

 ノキアの戦略的マーケティング担当上級副社長は、マッキンゼーのインタビューに答えて、「我々人類の祖先と他の霊長類とを区別させたのは、親指を動かし、ものをつかみ、道具を巧みに使うことができるようになったことです。手を使うことを通して、人類は種として進化し、脳の大きさが発達したのです。 だから、IT機器をデザインするとき、手の中でのその機器がどう感じられ、指や手がその機器をどう操作するかが非常に重要になるのです。新しい機器を誰かに渡してごらんなさい。誰もが最初にすることは、それを手に取り、ちょっと動かして重みを測り、それから手のひらの中で転がしてみたりします。こういった動作を人間は無意識にします。その様子を観察をすることで、(人間と機械とのインタフェースについて)重要な洞察を得ることができます」 

 iPhoneでは同時に2本以上の指を使えるわけだが、アップルは、このマルチタッチ技術に関する特許を、指だけでなく手全体にまで広げて申請するのではないか?・・・と考えられている。そして、手も指もつかえるマルチタッチ技術を採用したパソコンを2008年1月に発売するのではないかとウワサされている。

 2002年に公開された映画「マイノリティ・レポート」を見ましたか? トム・クルーズが薄手の手袋をはめて透明の巨大スクリーンの画面を両手で操作し、スクリーン上の情報を次から次へと探索して犯罪を解決していく。トム・クルーズが華麗な動きで、画面を指差してズームインさせたり、右手首をまわしてビデオを早送りしたり、両手を左に払うようにして画面を消し去ったりした場面・・・・覚えていますか? 映画は近未来のストーリーだが、あの場面は想像ではなく現実に基づいていました。映画に現実味をもたせたいスティーブン・スピルバーグ監督が、直感的インタフェースとしてジェスチャー技術を研究していたジョン・アンダーコフラーをテクニカル・コンサルタントとして雇った。その結果が、あの場面につながったのです。

 この話はまだ続きます。

 米軍需産業の大手企業のエンジニアが「マイノリティ・レポート」を見て、直感した。この技術は軍事作戦に利用できる! 実際の戦闘現場で大きな問題は、情報が多すぎるこ。衛星、偵察機、兵士、その他さまざまな情報源から刻々と入っている情報を的確にコントロールして迅速に作戦を決定しなくてはいけない。「ジェスチャー技術はきっと役立つ」・・・そう考えた軍需産業企業はアンダーコフラーの研究に投資することを決めたそうだ。

 「キーを叩いたりマウスをクリックする動作は自由度を狭めます・・・・手は5から6個のマウスの役割をしてくれます。」とアンダーコフラーはいう。現在、それぞれが数式に対応する20以上のジェスチャー言葉を発明したそうだ。

 手は5から6個のマウスに匹敵する・・・と聞いて、フッと浮かびました。

 だったら、手は2本じゃくて、何本もあったほうがよいのでは?より多くの情報をスクリーン上でもっとすばやく操作できるんじゃないの?

 昔からSF小説では、火星人といえば手が何本もあるタコのような形で描写てきた。触手をもったタコ型火星人を創作したのは「宇宙戦争(1898)」を書いたSF作家H.G. ウェルズだそうだ。考えてみると、何本もの触手をもった火星人って、IT機器を操作するにはぴったりじゃないか! 火星人は人間よりも高度に進化していると想定されているんだし。

 いまから110年も前に、IT機器をあやつる未来の人類の姿形を、H.G. ウェルズは想像することができた。「サイエンス・フィクションの父」と称されるだけのことはある。SF作家の想像力ってやっぱり常人の枠を超えているね!

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参考文献:1.Jonathan Karp, Minority Report  Inspires Technology Aimed at Military, The Wall Street Journal, 4/12/2005, 2. May Wong, Touch-Screen Phones Poised for Growth, Washingtonpost.com. 6/21/07, 3. Creative touch, The Engineer Online 3/12/07 4.Trond Riiber Knudsen, Confronting proliferation...in mobile communications, The McKinsey Quarterly, May 2007, 5. マーチン・リンストローム(2005)「五感刺激のブランド戦略」ダイヤモンド社

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2007年12月10日 (月)

ほとんど何も考えていない消費者たち

 日本ほど、何を買ってもポイントがつく国はない。日本はポイント天国だ。

 ただし、消費者にとっての天国という意味で、企業にとっては地獄だろう。いまのポイント・プログラムは多くの企業にとっては利益を圧迫するだけで顧客の囲い込みにはほとんど役にたっていない。そう思っていたら、やっと、最近になって、ポイント・プログラムを見直す動きも出てきたようだ。

 でも、ポイントプログラムについて書きたかったわけではない。ポイントをつかった実験を紹介したかっただけだ。

 2004年にロスアンゼルスの洗車サービス店での実験で、ポイントカード会員は8ポイントためると無料で洗車サービスが受けられる。この基本インセンティブを異なる2つのオファーで提供した。

  1. ポイントカードA・・・・8ポイントためれば洗車一回無料。
  2. ポイントカードB・・・・10ポイントためると洗車一回無料。ただし、入会記念として、最初に2ポイントを無料で提供。

結果: 

  1. カードAの顧客の19%が継続して洗車サービスを利用し、8ポイントためて無料サービスを受けた。
  2. カードBの顧客は34%が継続して10ポイントため無料サービスを受けた。それだけではない。カードB顧客の来店間隔日数は、平均して、カードAより2.9日短かった。そのため、早く目標ポイント数を達成することができた。

 カードAもカードBも条件(オファー)の実質的内容はまったく同じだ。なのに、人間の行動は、オファーや広告コピーの表現の仕方によって大きく影響される。こういった人間の不可思議な行動を、心理学者で行動経済学者でもあるトヴェルスキーとカーネマンは、論文「決定のフレーミングと選択の心理」で取り上げた。

 問題、質問、広告コピー、オファーなどがどう表現されるかは、意思決定にとっての基準枠(フレーム)となる。各選択肢がどうフレームされるかによって、(その価値に変わりはないのに)まるで価値に明らかな違いがあるかのように判断や選択に大きな影響を与える。1981年に発表された論文では、この現象は、「フレーミング効果」と名づけられた。

 「そんなこと、おえらい学者さんたちがこむづかしい論文を書くずっと前にわかっていた。自分たちは、きちんとテストで証明してたさ」

 そううそぶくのは、伝統的通信販売会社のひとたちだろう。

 一個1000円の商品を広告で売るときに、たとえば、3通りの表現の仕方ができる。

  1. 半額!
  2. 1個買えば一個おまけ!
  3. 50%引き!

 どの広告コピーが一番高い注文率を獲得するかテストもできる。たとえば、顧客リスト20万名から無作為に5000名ずつ3つのサンプルを選び、それぞれにダイレクトメールを出してみる。内容はまったく同じ。ただし、上記のオファー・コピーだけ異なっている。そして、どのオファーのDMを受け取ったサンプル・グループが一番注文率が高いかを調べ、顧客に購買を促すのにもっとも威力を発揮したオファー表現を見つける。そして、そのオファーを使ったDMを残りの18万5000人の顧客に出せば、もっとも高い注文数と売上を達成することができる。

 伝統的通信販売は、100年も前から、こういったテストを積み重ねてきている。アカデミックな論文のように、仮定のストーリーに基づいて被験者に質問するような机上の実験ではない。電話やネットで「注文する」という行動を起こしてもらうテストだ。通販会社が自分たちのテスト結果をまとめて権威あるジャーナルに投稿していたら、ダニエル・カーネマンに代わってノーベル経済学賞をもらえていたかもしれない。

 残念至極。

 でも、話しを戻します。

 論文「決定のフレーミングと選択の心理」に紹介されていた実験で一番有名な「アジアの病気」の場合・・・・「アメリカ政府は600人は死ぬと予測される病気の対策として2つのプログラムを計画しているが、あなたはどのプログラムを選択しますか?」と質問する。このとき、「400人は死ぬ」という否定的表現を使うのと、「200人は助かる」という肯定的表現を使うのとでは、まったく同じことを言っているのにかかわらず、被験者の選択行動は異るものになった。

 フレームの仕方次第で、政府は自分たちが好むプログラムを国民が採用するように仕向けることができる。同様に、(質問の仕方を変えれば)消費者調査結果もマーケティング担当者が望むようなものに変えることができる。そして、コピー表現を考えれば、広告への反応率さえ高めることができる。

 人間心理を、ひいては人間の行動を操作するのは、かくも簡単なことなのだ。

 人間って、なぜ、こんなにも、おバカになれるのか? 原因はどこにあるのか?

 意思決定をする被験者の頭のなかをfMRI(機能的MRI)でチェックし、フレーミング効果が脳のどの部位にどういった影響を与えているか調べた実験がある(以下の文章は、「ブランドと記憶と感情シリーズ第1回と第6回」を参照した上で読んでください)。

 英国ロンドン大学における実験で、頭にfMRIをつけた20人の大学・大学院生の前方スクリーンに、最初に50ポンドという金額が提示される。ついで、2つの選択肢が提示され、どちらかを選ぶように指示される。

  1. 選択肢1・・・確実に手にはいる金額が2つのフレームで提示される。フレームA 「最初の50ポンドから20ポンドを持ち続ける」、フレームB「最初の50ポンドから30ポンド失う」。(どちらのフレームの場合も手元に残る金額は20ポンド)
  2. 選択肢2・・・ギャンブルしてお金を増やすことができる。ただし、すべてを失う場合もある。勝率は40%。(つまり、手元に残る金額はこの選択肢の場合も20ポンドということになる)

 実験後、被験者たちは、どちらの選択肢も結果として手元に残る金額は同じだとすぐに気がついたと語っている。しかし、実際には、選択肢1がフレームAで提示されたときには、被験者はフレーミング効果でリスク回避的になり、選択肢2のギャンブルを選んだのは43%だった。反対に、選択肢1がフレームBで提示されたときには、リスク追求的になり、62%が選択肢2のギャンブルを選択した。

 感情をつかさどる古い脳の扁桃体の神経細胞は、安全確実な選択肢1を選んだり、フレームBが出たときに選択肢2のギャンブルを選ぶときに強く活性化した。しかし、選択肢2のギャンブルを選んだり、フレームBが出ても、そのフレームの影響を受けずに選択肢1を選んだときには、それほど活性化しなかった。つまり、無意識の感情(情動)が、被験者に20ドルを確実に保持するか、「30ドル失うくらいならギャンブルをしろ」と、直感的でヒューリスティックな行動を促している・・・という事実が明らかになったのだ。

 フレーミングの影響を受けやすいかどうかは、被験者の大脳新皮質の前頭前野、つまり、高等動物ほど高度に発達している論理的思考をする部位の活性化の度合いによることもわかった。フレームBが出ているのにもかかわらず選択肢1を選んだり、フレームAが出ているのにもかかわらず選択肢2を選んだりする・・・・つまり損失を回避しようとする人間の本能的な行動に反する行動をとっている被験者の前頭前野は強く活性化していたのだ。

 論理的に考え行動している被験者も感情に従って行動している被験者も、扁桃体の活性化レベルに変わりはなかった。だから、前頭前野の活動が感情をコントロールできているかどうかが、フレーミングの影響を受けやすいかどうかの違いとなる・・・実験チームはこう結論づけている。

 簡単にいえば、感情をつかさどる扁桃体の活動レベルは、ひとによってそれほどの違いは見られない。だが、論理的思考をつかさどる前頭前野の活動レベルには違いがあり、ここでの活動が感情をコントロールできていれば、フレーミングの影響を受けにくいということだ。

 つまり、「理性的傾向の高い消費者」とか「感情的傾向の高い消費者(実験結果に基づけば、理性が感情をコントロールできていない消費者と描写したほうが適切だ)」は実際に存在するわけで、自社顧客をこういった要素で分類できるかどうかは、マーケティング上重要なことだ。そして、最近では、こういったセグメンテーションを試みる例も多く見られるようになってきている。

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参考文献: 1.Joseph, C. Nunes and Zavier Dreze, Your Loyalty Program Is Betraying You, Harvard Business Review April 2006, 2.Benedetto De Martino, et al, Frames, Biases, and Rational Decision-Makin in the Human Brain, Science 4 August 2006, 3.Greg Miller, The Emotional Brain Weighs Its Options, Science 4 August 2006

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2007年12月 4日 (火)

失うことを恐れる消費者たち

 消費者は購買決定をするときに、選択肢それぞれの長所短所を比較分析して自分に一番利益をもたらしてくれるであろうものを選んでいるわけではない。ショッピングのたびにそれをしていては時間がかかりすぎる。

 経験とか習慣・常識といったようなものに基づいたヒューリスティクスと呼ばれる「簡単かつ迅速に意思決定できる便利な原則」に基づいて決めていることが多い。どうしてそう判断したかと問われると、「なんとなくそう思った」とか「ピンときたんだ」と答える。

 自動車とか住宅を買うような金額の大きなショッピングのときには、各選択肢の機能とか仕様とか、きちんと分析しているだろう・・・・と思うけれど、実際には、そうでもないらしい。一昔前の話だけど、松田聖子だって「ビビッときた」とかいって歯科医を再婚相手に選んだじゃないか。

 ああ、スミマセン。夫選びはショッピングとは違いましたね。でも、結婚をビジネス取引と同じだと考え、「ハッピーな関係を長い間維持するための秘訣は結婚生活もビジネスも同じだよ」という論文を書いたのは、現代マーケティングの基礎を築いたハーバード大学の故レビット教授ですよ。

 ・・・と、ここまでの話は、シリーズ第1回のまとめです。

 消費者の購買決定時におけるヒューリスティクスをいくつか挙げてみると、たとえば・・・・。

 *知名度が高い企業が販売している商品のほうが品質も良いはずだと判断する「再認ヒューリスティック」・・・・・・この判断はおおよその場合、適切でした。「でした」と過去形になっているのは、「不二家」「赤福」「吉兆」など歴史も長い著名企業の不祥事が続いているから。一流企業、一流ブランドというキュー(手がかり情報)だけで購買決定をすることは、もはや、最適な判断とはいえなくなってきているかも?

 *値段の高いほうが品質も良いだろうと判断する「安かろう悪かろうヒューリスティック」の逆ヒューリスティック・・・・・このヒューリスティックを利用して、高級ブランドの場合はとくに、粗利益率に関係なく値段を高めに設定する。高級イメージをアピールする商品の値段を決める会議でよく出てくるセリフは、「余り安すぎるとイメージが悪くなる」です。

 *手に入りにくければにくいほど価値が高いと判断する「希少価値ヒューリスティック」・・・・「限定販売」とか「残り僅か」とか「生産個数が限られておりますので早目にお申し込みください」という広告コピーは、このヒューリスティックを念頭に書かれている。

 心理学者のなかには、シリーズ第1回に登場したドイツのギゲレンツァー教授のようにヒューリスティクスはおおよそ適切な結果をもたらしてくれる・・・とその効率性を強調する者もいる。が、反対に、その悪い面を強調するひともいます。

 心理学者のアモス・トヴェルルキーとダニエル・カーネマンは、ヒューリスティックな意思決定から生まれる判断の誤り(認知バイアス)について1974年に論文「不確実性下での判断:ヒューリスティクスとバイアス」を発表。そこで、人間が自分の利益を最大化するための合理的行動をとっていない例を紹介し、人間の意思決定プロセスは伝統的経済学の合理的選択理論とは異なることを主張した。

 なぜ、人間は、そういった非合理な行動をとるのか? 

 トヴェルスキーとカーネマンは、人間が論理的につじつまが合わない意志決定をするのはよくあることで、伝統的な経済学が主張するように例外的な現象ではないと考えた。そして、そういった意思決定プロセスに一定のルールを見つけて、1979年に論文「プロスペクト理論:リスク下での決定」を発表した。

 合理性からの乖離にシステマティックなパターンがあることを証明したプロスペクト理論は、経済学者たちにも大きな影響を与え、心理学者のカーネマンは2002年にノーベル経済学賞をもらっている(トヴェルスキーは96年に59歳で亡くなっているので、ノーベル賞は受賞できなかった。やっぱり、「死ねば死に損、生きれば生き得」だよね。生きていても賞などもらえる見込みがないとしても、お互い、長生きはしましょう)。

 プロスペクト理論は、心理学と経済学とが融合した行動経済学の始まりを象徴する論文だ。この論文が証明したもっとも重要なこと・・・として、カーネマン自身が挙げているのは、人間の行動には「損失回避性 Loss Aversion」があるということだ。

 人間は損失を同額の利得より大きく評価する。同額の損失と利益があったなら、損失から得る不満足のほうが利益から得る満足より大きく感じられるということだ。つまり、同じ100円でも、道端で100円拾ったときの快感と、どこかで100円落としたときの不快感とを「満足感」で測定すると、損失のほうが利得よりもずっと大きく感じられる(カーネマンによると2倍から2.5倍も大きく感じられるそうだ)。

 人間は損失により敏感だ。

 このことは、お金だけでなく、商品の品質にもいえる・・・という最近の調査結果がある。

 日用雑貨品や家電など46カテゴリーで241種類の商品の12年間にわたる追跡調査によると、品質が変化しても(向上する場合も下がる場合においても)、消費者のその商品に対する意見は一年目には特筆するほどの変化を示さない。だが、二年目くらいから品質の変化を知覚するようになり、消費者が知覚する品質が実際の品質と同レベルになるには平均して5年から7年かかる。この年数は、商品タイプ、ブランド力、購買頻度によっても異なる。たとえば、タイヤは9.5年、冷蔵庫は7.1年、練り歯磨きは3.9年だ。

 注目すべきことは、1)品質の低下は品質の向上よりも早く、かつ大きく知覚されること、2)例外は、評判の良いブランドで、この場合は、品質の向上は評判の低いブランドよりも3年早く知覚され、品質の低下は一年遅く知覚される。

 これはアメリカでの調査報告だから、商品の入れ替わりの早い日本では、年数はもっと短くなるかもしれない。しかし、この調査が示す傾向は、日本のメーカーが小売店のPB(プライベート・ブランド)への対策を考えるときに役に立つかもしれない。

 日本でも大規模小売店が粗利益率の高いPBの比率を上げる方針を進めている。総合スーパーのイオンなどは、食料品や日用雑貨品だけでなく、家電製品でも三洋電機と手を組み、2008年には家電売上の30%をPBにすると発表した。

 こういった小売店PBに対抗して、メーカーは、1)品質が低下してもそれを消費者が知覚するのにある程度の年数がかかることを考慮して、数を減らしたりサイズを小さくしたりするのではなく、知覚しにくいところで品質を落とし値段を上げない方法をとる。あるいは、反対に、2)ブランドイメージが高い商品であれば、品質をもっと高いものにして(たとえば、環境に配慮する)、そのぶん値段を上げる方法もある。  

 いずれにしても、マーケティング戦略を決めるときは、人間は損失をこうむることを極端に嫌うことを考慮にいれなくてはいけない。「損失回避性理論」から発展して、人間には「現状維持バイアス」があるとも証明されている。現状からの変化は悪くなる可能性も良くなる可能性もある。その場合、人間は悪くなる可能性を恐れて、現状がよほどイヤでない限り現状を維持しようとする・・・というものだ。

 ケータイ電話サービスにおいて番号継続制が始まって一年。この間の乗換え率が3%にとどまったのは、手続きの煩雑さや手数料支払いという障害以前に、「現状維持バイアス」が働いたからだと考えられる。

 カーネマンは雑誌のインタビューに答えて、「人間は今もっているものを失うことに恐怖心を感じます。たとえ、その可能性の確率が非常に低くとも、可能性があるというだけで恐れをいただくのです。そして、その恐れの感情が論理的思考を妨げるのです」と語っている。   

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参考文献:1.Erica Goode, A Conversation With Daniel Kahneman;On Profit, Loss and the Mysteries of the Mind, New York Times, 11/5/2002, 2.Debanijan Mitra and Peter N. Golder, How Does Objective Quality Affect Perceived Quality? Short-Term Effects, Quality Affect Perceived Quality? Short-Term Effects, Long-TermEffects, and Asymmetries, Marketing Science, May-June 2006,3.Michael Schrange, Daniel Kahneman:The Thought Leader Interview, Stragety+Business, Winter 2003,3.多田洋介(2007)「行動経済学入門』日本経済新聞社、4.友野典男(2006)「行動経済学:経済は感情で動いている」光文社新書

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