2008年7月 8日 (火)

ロングテール理論はまちがっている!

 いまさら「ロングテール」もないだろう・・・・って?

 たしかに、「長いシッポの話」は充分以上に語りつくされた感がある。でも、シッポをキーワードに選んだのには理由があるのです。シッポが長いだけじゃなくて太くなったかどうか?・・・・という議論がつい最近闘わされたのです。

 ハーバード・ビジネス・レビュー最新号に、「ロングテール理論からクリス・アンダーソンが出した結論は間違っている」という論文が掲載された。著者はハーバード・ビジネススクールのアニタ・エルバース準教授。「ロングテールに投資すべきか?」というタイトルの論文なのだが、これに対して、クリス・アンダーソン自らがブログで短い反論を書き、それに対してエルバース準教授がまた反論を書いた。この二人のやりとりは、互いに最大級の賛辞を送りながらも相手の間違いはしっかりはっきり皮肉をまじえて指摘する・・・・・英国での国会討論のように火花がチチッと散らされた感じでけっこう面白い。

 どちらの意見に賛同するか?

 もちろん、私は、アニタ・エルバース派です。

 だって、クリス・アンダーソンは物理学に精通している超優秀な頭脳をもった「テックのひと」かもしれないけど、「モノを売る」ことを知ってはいない(って、こんな大胆なことが言えるのは、本人が日本語で書かれたブログを目にすることなど1000%ないとわかってるからですよ。むろん)

 2006年に「ロングテール」の本が出版されたときから、ひっかかるものがあった。あの本で証明されたのは、3つの条件: 1)膨大な選択肢(提供される商品アイテム数が多い)、2)地理的制限なく集められる大規模な数の顧客、3)(デジタル商品を中心とするために)在庫や物流コストは無視できる・・・という3つの条件の下において、たとえば、音楽配信サービスの場合、商品アイテム(曲)とその販売個数(ダウンロード数)をグラフにしてみると、テールが非常に長くなっている・・・という事実だけだ。(3つの条件といったが、現実的には、これに4つ目の条件も付け足さなくてはいけない。つまり、検索エンジンやレコメンデーションを利用することによって、顧客が選択肢の多さに圧倒されることなく、簡単にニッチ商品を見つけることができる・・・が4番目の条件となる)。

 この事実に基づいて、ネット販売ならニッチ商品もたくさん売れる。よって、テールが長くなるだけでなく太くなる。これからはニッチ・セグメントを攻略する企業が繁栄する・・・と予測されたのだ。

 この考え方には、そういった商品を買う「顧客」がまったく抜けている。ニッチ商品を買う顧客がヒット商品も買っているかもしれない可能性は考慮されていない。ニッチ商品を買っている顧客の多くがヒット商品を買う顧客でもあったとしたら、アンダーソンのいうような「繁栄をもたらすだけの規模があるニッチ・セグメント」などは存在しなくなるのだ。

 ロングテールが存在することに反論する者はいないだろう。また、クリス・アンダーソンのロングテールについての説明が間違っていたわけでもない。だが、そこから導いた結論・・・・たとえば、「将来は、ニッチ商品を提供する企業のほうがヒット商品を提供する企業よりも繁栄するであろう」とか「市場は無数のニッチ市場に細分化されるであろう」という結論にはクビをかしげる。

 マーケティングの人間なら絶対いちゃもんがつけたくなる・・・はずだ。

 そしたら、やっぱり・・・。

 エルバース準教授は、音楽配信サービスとDVDレンタルサービスや、オンラインだけでなくオフラインを含めた音楽やDVD業界全体における調査を通じて、次ぎのような結果を得ている。

  1. (物理的スペースが限られており品揃えも限定される)オフラインのリアル店舗から、(膨大な商品アイテムを提供することができる)オンラインチャネルへ需要が移行することによって、テールはより長くなってはいるが、太くはなっていない。
  2. 反対に、ヘッド部分のヒット商品への集中度はより大きくなっている(音楽販売においての調査では、この傾向は、デジタル配信に特に顕著にみられる。これは、レコメンデーションやレビューのようないわゆるクチコミ効果によって、「売れるものはより多く売れる」傾向が促進されているのではないかと示唆されている)。
  3. DVDレンタルサービスの購買タイトル別に購買客を分析したところ、ニッチタイトルを借りた顧客の47%は人気タイトルを借りる顧客であった。また、ニッチタイトルを借りる顧客は、一般的に、ヘビーユーザーであることもわかった。人気タイトルを選択する顧客は6ヶ月間に平均して20タイトル借りる。だが、テールの先のほうの非常にニッチなタイトルを借りる顧客は平均して50タイトル借りる。つまり、ニッチ商品を借りる「稀有なニッチ客」がいるのではなく、嗜好の許容範囲の広い客が(こういった客はヘビーユーザーで)ニッチタイトルも借りているのだ。(・・・・ということは、アンダーソンのいうようなニッチ市場が存在しているわけではない)。

 もちろん、彼女の調査のやりかたには異議を挟む点は多々ある。だが、重要なことは、彼女がロングテール理論にマーケティングの観点からの疑問を投げかけ、その疑問の正当性を調査によってある程度証明した・・・・ということだ。

 リアル店舗においてはニッチ商品から儲けを出すことはむつかしかった。オンラインメディアはそういた商品を販売する障害を低くした。利益を出しながら付加販売する可能性を提供したのだ。だが、そのニッチ商品だけで十分な規模のビジネスができるかどうかはロングテール理論ではまったく証明されていない・・・そういった問題点を彼女は指摘したのだ。

 アニタ・エルバースは、結論として、小売業者は商品ポートフォリオにおいて、人気商品を欠くことはできない。ある意味、(ネットコミによって人気商品への集中度は高くなる傾向があるから)人気商品は以前にまして重要だ。人気商品もニッチ商品もふくめて品揃えを豊富にすることがヘビーユーザーの要求を満たすことになる・・・と書いている。

 つまり、彼女の説でいけば、他社との差別化をニッチ商品でするのではなく、選択肢をふやすことで差別化するということだ。かくして、大規模小売業の競争優位性は、ネットにおいては倍増どころからベキ乗に増大する。

 ロングテールが流行したら、日本のビジネス誌でも、ニッチ商品やニッチ市場で儲けている企業の成功例が(しかも、そのほとんどがネットとは無関係の企業)、次から次へと紹介されるようになった。これは、「大企業じゃなくても競争に勝てる、しかも、オフラインでも・・・」というロマンが多くの読者に好まれるからだろう。だが、はっきり心に留めてほしい。こういった企業は例外だから儲かっているのだ。つまり、他に同じようなことをしている企業が少ないかほとんど存在しないから、小さなニッチ市場のシェアを独占できるから儲かっているのだ。同じような企業が出てきたら、小さな市場をとりあいになり、価格やサービスでの競争が熾烈になり儲からなくなる。競合企業が出てこなくても、現実には、ニッチ市場をターゲットとする企業は、ある一定規模以上に大きくなることはできない。もちろん、ネットを通じてグローバルに拡大していくことはできる。が、そのとき、物理的形あるものを販売しているとしたら、製造コストや物流コストを考慮しないと、拡大することによって利益率が低くなる可能性は大いにある。

 ウォールストリードジャーナル(7/2/08)はHBRの論文を早速とりあげて、ロングテールが人気を呼んだ理由のひとつは、「インターネットがすべてを変えると示唆することで、読者・・・その多くはテック業界の人たちだが、その読者を喜ばせたからだ」と書いている。そして、「ウェブはあきらかに消費パターンを変化させてはいあるが、その変化のなかには、ロングテールで予測されたような需要曲線の極端なフラット化は含まれていないようだ」と結論づけている。

 ここで、テーマを変えます。「テックのひとたち」の不思議な顧客観について書いてみます。結論からいうと、「お客様にモノを売る」ことに関して、最も新しいチャネルであるネット販売のひとたちのメンタリティは、もっとも古いチャネルである店舗販売のひとたちに類似している・・・・ということです。

 クリス・アンダーソンの本には顧客が抜けていると指摘しました。「ネットフリックス、アマゾン、ラプソディ(といったネット販売企業は)、店舗型小売業者が提供しない商品の販売で総収入のおよそ四分の一から二分の一を得ており・・・・・言い換えれば、インターネットビジネスのいちばんの成長分野は、物理的な店舗で手に入らない商品の販売なのである」・・・・といったコメントには、その商品を買っている顧客の購買行動がまったく考慮にはいっていない。だから、そういった(ニッチ)商品を買っている顧客が、もし、そういった商品だけに特化して販売した場合、果たしてまだ買ってくれるかどうか? それだけでビジネスがなりたつだけの顧客を集められるかどうか? という検証はまったく排除されているのだ。

 アマゾンのような大規模ネット小売業は基本的に顧客を見ていない。その良い例がレコメンデーションだ。アマゾンのレコメンデーションには協調フィルタリング手法が使われている。そして、協調フィルタリングにはユーザーベースとアイテムベースとがある。アマゾンはユーザーベースのほうを使っている・・・・というと、いかにも、アマゾンは顧客ベースでレコメンデーションしているように思える。だが、それはマーケッターが考える顧客ベースとはまったく違う。ユーザーベースの協調フィルタリングというのは、ユーザーが過去購買した商品を比較して同じようなタイプの商品を購買している比率でユーザー間の類似度を決め、Aに類似しているとされたBが買っていてAが買っていない商品をAに推薦する。ユーザー単位で購買商品内容を比較しているだけで、顧客ひとり一人の属性はむろん、過去2年間の購買商品の流れをみて嗜好が変わってきているかどうかとか、購買頻度が向上してきているとかその反対だとか、そういった顧客の時系列的な変化を見てはいない。

 これを悪いといっているわけではない。大規模ネット小売業のメンタリティは基本的に店舗小売業と変わらないと思うだけだ。受身なのだ。来店客(アクセス客)を丁寧に扱うのが顧客志向であり、それ以上でもそれ以下でもない。店舗小売業でポイントカードを発行して顧客データを個客ベースで蓄積保存しているところでも、それをきちんと分析して顧客の継続化をはかるために個客単位にパーソナライズされたコミュニケションをする・・・とこまでしている例は少ない。それはネットも同じだ。

 これは、顧客データベースを基本とするダイレクトマーケティングとかデータベースマーケティングの観点からみると非常に奇異である。だが、間違っているとは思わない。大規模小売店チェーンにしても大規模ネット販売企業にしても、顧客の継続化・・・・はしなくてはいけないことではあるが、それよりも、なるべく多くのひとたちに来店してもらい(サイトにアクセスしてもらい)、来店客(アクセス客)に良いサービスを提供し店内販促(サイト上の広告やレコメンデーションなど)を通じてたくさん買ってもらうことがまず第一なのだ。継続化よりも新規客を含めた来店客の増大が売上につながる最重要事項なのだ。

 だが、ネット販売でも継続して購買してもらわなくては商売が成り立たないビジネスモデルもある。そういったサイトを運営する場合、顧客ベースでマーケティングを考えなくてはいけない。最近、テックのひとたちのなかでも、ダイレクトマーケティングを勉強しようというひとたちがふえてきたのは、その兆候だろう。ダイレクトマーケティングをずっとやってきている私としては、ちょっと嬉しい。だいたいにおいて、マーケティングの人間は、私のようにテクノロジーには非常に弱いひとが多いのだから、こっちからテックのひとたちに近づくことはできない。オタクが多いっていうしフツーの会話できないっていうし(って、ジョークですよ。・・半分)。どちらにしても、テックのひとたちのほうからこっちに近づいてきてくれないと・・・ね♡♡

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参考文献:1.Anita Elberse, Should You Invest in the Long Tail?, HBR July-August 2008, 2.クリス・アンダーソン、「ロングテール 売れない商品を宝の山に変える新戦略」早川書房2006,3.Lee Gomes, Study Refutes Niche Theory Spawned by Web, The Wall Street Journal 7/2/08

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2008年6月17日 (火)

ネスレはマシンで勝負する

Ilm06_ca07034s_6ハリウッドで最も「セクシーな男」といわれるジョージ・クルーが、黒のスポーツコートを粋に着こなしネスプレッソ・ブティックに入っていく。洗練された大人の雰囲気の店内では、二人の美女がエスプレッソを飲んでいた。クルーニーがネスプレッソ・マシンに金色のカプセルを入れ自分好みのコーヒーをつくっていると、美女たちの話声が聞こえてくる。

 「ミステリアスね」「洗練されてるし」「強烈な個性」「情熱的なボディ」「断然、セクシー」・・・・てっきり自分のことをウワサしているのだとクルーニーは思う。

 「後味もいいわ」・・・後味?「リッチだし」「そう、リッチな味ね」・・・ここで、クルーニーはやっと理解する。二人の美女に近づいて、「きみたち、ネスプレッソのことを話しているんだよね?」。 美女たちは、そうよ、当たり前じゃないって顔で彼を見る。そこで、ジョージ・クルーニーは言う。「それ以外ないよな (ネスプレッソ以外にそんなほめ言葉が似合うやつは・・・・」

 このTVコマーシャルは2007年にヨーロッパで放送されて話題となった。とくに、フランスの女性たちには「きゃあ、クルーニー、セクシー♡♡」と大評判だったらしい。ネスプレッソのクラブメンバーは全世界で310万人。2008年度の売上はスイスフランで20億ドル(US19億ドル)に到達する予定で、これは初期計画より2年も早い。ネスプレッソ・ブティックは2008年度中にさらに60件新規開店し、年度末には全世界で175件になる予定だという(このうちの16件は、日本の高級デパート内に開店している)。

 ネスプレッソ・システムはマシンとカプセルとからなる。マシンを購入すれば自動的にクラブメンバーとなり、あとは、フレーバーによって色分けされた12種類のコーヒーの入ったカプセルを電話やネットで注文する通信販売システムだ。ネスプレッソマシンに使えるカプセルはネスプレッソ専用のカプセルだけだから、マシンを買ってもらえば、定期的購買が長期間つづくことを期待できる。

 ハードウェアをほとんどタダ同然の値段で販売する。そのハードを利用するために継続して購買するモノやサービスからあがってくる利益を計算に入れれば、ハードの値段は安くてもよい・・・・・こういったビジネスモデルは、ケータイ通信サービス会社やアップル(iPodやiPhoneの価格は、iTuneの継続利用からの利益を考慮して安くする)とかが考えついたわけではない。昔からある。古くは、剃刀メーカーのジレット。1903年に世界初のT字型替刃式安全剃刀を発売したキング・ジレットは、世界最初の使い捨て刃を発明したひとでもある。一度剃刀を買ってくれた客は、あとは、黙っていても、定期的に刃を購入してくれる。だから、ハードの値段を安くして売る。

 ネスプレッソも安全剃刀と同じビジネスモデルだ。一度マシンを購入した客は定期的にコーヒーカプセルを購買してくれる・・・・・。だが、マシンは安くない。アメリカで$230くらい。日本でも約3万円から5万円くらいする。けっこうお高い。だから、マシンを販売するだけでも儲かる。もっとも、ネスレは、このマシンを開発するのに年月も研究費用もかけている。グラインドされたコーヒーの入ったカプセルから高気圧でコーヒーを抽出するプロセスへの特許を申請したのは1876年。だが、その技術を商品として形にするのに10年かかった。

 最初のネスプレッソマシンは1986年に業務用として発売された。300ドル以下のマシンが製造できるようになって、初めて、消費者向け販売が可能になった。2006年には世界全体で140万個のマシンが売れ、カプセル10個入っているパッケージが23億個売れた。カプセル・パッケージはアメリカで5ドルちょっと。日本では650円から800円弱だから、1カップ当たり65円から80円。アメリカではスターバックスの3分の1の値段でスタバ並み(あるいはそれ以上)のエスプレッソが飲めるという計算らしい。

 ネスプレッソのビジネスモデルでは、1)消費者と直接取引きするわけだからスーパーマーケットとの取引を回避できる、2)したがって、PBとの競合はありえないし、価格を下げろという圧力もない、3)顧客の固定化ができる、4)高い価格からいって市場の規模には限度があるが利益率は高い、5)マシンの洗練されたデザインを通じて、またブティックの高級イメージを通じて、ネスレのブランドイメージの高級化に貢献する。ひいては、スーパーで販売されるネスレの他商品、とくにネスカフェ・ブランドを強化するのに役立つ。

 ネスレの成功に刺激されて、米食品メーカーNo.1で世界市場ではネスレについでNo.2のクラフトも、マシンとカプセルからなるタシモ・システムを2004年にフランスで発売した。タシモのマシンはネスプレッソより「優れもの」だ。ボタンを押すだけで、コーヒー、カプチーノ、ラテ、チョコレート、紅茶・・・・すべてが1分間でできあがる。なんでも、タシモだけがホンモノの液状ミルクを利用しており、ミルクを泡立てる附属器具なしにラテやカプチーノが出来上がるのだそうだ。20件もの申請済み特許で守られたマシンは、7カ国で200万台売れ、2007年のタシモの売上は2億ドルを計上した。

 ちなみに、こういった「家庭でスタバが飲める」システムを「オンデマンド・コーヒー」というそうだ。誰が命名したか知らないが、ちょっと笑える。このオンデマンド・コーヒー分野は、世界市場で二ケタ台の成長を続けているという。

 オンデマンド生ビールというのもある。

 ハイネケンが台所器具メーカーに製造してもらったマシンと専用の4リットル生ビール樽の組み合わせで、マシンを一度購入した客には、生ビール樽は通信販売される。「自宅ではあなたがバーテンダー」ということで、システムの商品名は「ビアテンダー」。スタイリッシュなデザインのマシンは冷蔵機能を備え、3週間ビールを新鮮に保つ。内部で炭酸化する特許技術によって、パブでバーテンダーがタップから注いでくれるような味とアワの立ち方を楽しめる。ビアテンダーは2005年にオランダで発売された。マシンの値段は$349もして、1リットル当たりの価格はビン入りビールの2倍となる。でも、それでもヒットした。2008年春にはアメリカでも販売が始まっている。

 3つの実例に共通していることは、マシンで勝負していること。モノ自体での差別化は難しくなっているところを、特許技術をもつ、スタイリッシュなデザインのマシンとの組み合わせシステムで差別化をはかっている。

 (誤解を招くといけないので、断っておくが、マシンの製造自体は外部の電気器具メーカーが請け負っている。また、特許はマシンに限っているわけではない。カプセルや生樽自体の技術に関連しているものもある。それから、「マシンとの組み合わせシステムで差別化をはかる」というコメントは、「モノにサービスを組み合わせて差別化をはかっている」と言い換えることもできる。ついでにもう少しややこしいことを言えば、「サービス」は「顧客とのリレーションシップ」という言葉に代えることもできる)。

 ネスレとハイネケンについて、もう1つ付け加えれば、両者とも高級感を出すことによって高価格をつけ、安売り競争から超越することを狙っている。高級市場は市場規模は限られている。だが、ネスプレッソのように、積極的に販売を始めて10数年でネスレ総売上の2%をになうまでに成長することはできる。しかも、利益率はスーパーで売られている商品よりずっと高い。日本のメーカーは、高価格の商品(あるいはモノとサービスの組み合わせ)をつくるのをためらう傾向がある。いまだに市場セグメントの考え方ができていないからだ。一般大衆市場はサイズは大きいが、そのセグメントのことばかり考えていては、安売り競争に巻き込まれるだけだ。安売り競争に勝ち残るためにも、他のセグメントできちんと稼ぎ、健全な財務体質を維持していかなくてはいけない。どんなに不景気でも、「手が届く高級品」を買うセグメントはいつも存在する。そして、そのセグメントが好む商品(モノ+サービス)を提供することによって、スーパーで販売している一般商品のイメージも向上する。結果、PBより値段が高くてもそれなりの位置を確保できる。

 メーカーにはメーカーでしかできないことがある。メーカーは小売PBの対象とならない市場セグメントにも挑戦すべきだ。大規模小売店と同じ土俵で戦っていても、力負けするにきまっている。

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参考文献:1.John Gapper, Lessons from Nestle's Coffee Break, FT Com. 1/02/08, 2. Nespresso to hit Hefty Sales Target this Year, Reuters 19/05/08, 3. Heineken Taps Entertaining at Home Tred With New BeerTender Campaign. 6/09/08, 4. Kraft Foods Debuts Tassimo Hot Bevarage Sytem in the U.S. , Kraft Homepage, 3/16/05,

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2008年6月 2日 (月)

メーカーの逆襲

Ilm06_ca07034s_6メーカーの逆襲!!っていうほどカッコよいのものではないんだな、これが・・・。

 実際のところ、「メーカーのディフェンス作戦」ってタイトルのほうが無難かも。もうちょっとばかし気分が高揚するような表現にしたければ、メーカーの戦略的防衛って感じですかね。なぜなら・・・数字をみて、改めて驚くのですが、日用消費財や食飲料品を製造しているメーカーは、世界的に知名度が高い企業でも、グローバル小売業の売上からみるとググッと見劣りするのです。

(メーカーは広告宣伝費の売上高比率が高い。しかも、マス媒体を利用することが多い。だから、たとえ売上が低くても、小売の広告より目立つ。そのため、いわゆる「再認ヒューリスティク(不可解な消費者行動シリーズ第2回参照)」というやつで、TVで広告しているのだから大きな会社に違いない・・と思い込んでしまうのだ)。

 実際には、食品メーカーNo.1のネスレの売上ですら790億ドル。これは、No.1小売業ウォルマートの3510億ドルのわずか四分の一。ウォルマートは小売業だけでなく世界中の全企業のトップに立つわけだから当然だとしても、小売業No.2のカルフールやNo.3のテスコの売上に、あのP&Gですら及ばないのです。

         2007年度売上(Fortune Global 500)

  • ネスレ      $790億      米ウォルマート $3,510億
  • P&G       $680億      仏カルフール     $990億
  • ユニリーバ    $510億      英テスコ       $790億  

 日本のメーカーを国内小売業と比べてみると、P&Gとよく比較される花王がセブン&アイの四分の一、資生堂やキューピーの売上にいたっては1兆円は「遥か彼方の山の向こう」です(どちらにしても、海外進出に出遅れた日本は、花王にしてもセブン&アイにしても、残念ながら、欧米のライバル企業の売上レベルは「遥か彼方の海の向こう」です)。  

          2007年度(2006年度を含む)売上

  • 花王                  ¥1兆3180億 ($104億)
  • キリンホールディングス      ¥1兆6650億
  • 味の素                ¥1兆158億 
  • セブン&アイホールディングス  ¥5兆3380億 ($452億)      
  • イオン                 ¥4兆824億   

  スモウ、柔道、K-1・・・格闘技では、いくら技に優れていても、体格の差があると勝つのはむつかしい。細身なイケメンが体重が3倍もありそうな体育会系醜男に勝つのは映画やゲームのなかだけなのだ。実際のケンカになったら、大きいほうが勝つにきまっている。だから、メーカーがまずしたことは、ブランドの「選択と集中」だ。つまり、体は小さくても、パワーのある武器を持てば巨人にだって立ち向かうことができるかも・・・ということだ。

 2000年ユニリーバは「成長への道」五ヵ年戦略を発表し、1600あったブランドをグローバル市場でもNo.1とNo.2を占める400個に削減するとした。2006年現在、ユニリーバで10億ドル以上の売上を上げるメガブランドは1999年の4ブランドから12ブランドに増えている。ユニリーバが五ヵ年戦略を発表したころ・・・P&Gも300ブランドのうちトップ10が売上の50%を占めることから、年間10億ドルを上げる14ブランドをメガブランドとして投資を集中する方針を打ち出した。

 だが、いくら武器のパワーアップをはかっても、体格の差は埋められなかった。巨人の小売店と互角に戦うには、どのメーカーも小さすぎるのだ。「そーか、やっぱり、基本はガタイの大きさなんだ!」と誰もが驚きながらもそう納得したのが、2007年にP&Gが剃刀や電池で最大手のジレットを買収したとき。・・・というか、ジレットがある意味自分からすすんで570億ドルという金額でP&Gに買収されたのだ。買収されるということは、通常、ビジネスに何らかの問題があることを意味する。だが、ジレットは、剃刀や電池の分野において圧倒的優位を占め、4年前に新しい経営者を迎えてから、売上も上昇して非常な成功をおさめていた。2007年度には売上が100億ドルを超えるだけでなく純利益率20%を超えるという記録的業績を計上するだろうと予測されていたのだ(当時のP&Gの売上は514億ドル)。

 ベストセラー「エクセレント・カンパニー」を書いたトム・ピータースは自分のブログで、「P&Gジレットを570億ドルで買収だってさ。ボクは一つだけ質問したいね。いったい、何の意味があるのかね? どちらも十分に大きいのだから、規模の経済もない? シナジー効果? 電池とトイレットペーパーに相乗効果なんてあるのかい?」。

 意味なんてなくてよいのだ。大きくなることだけが目的だったのだ。ジレットのCEOは買収発表の席において、「私は『規模』の力を信じる。取り残されるよりは再編を主導したい」と語っている。

 ジレットは、中国やインドといった国が競争相手となる、つまり、ヨーロッパとかアメリカ市場での成功が大きな意味をもたなくなるグローバル市場においては、いくら優良企業でも売上が100億ドルくらいでは、有機的成長を将来ともに達成するための十分な規模ではないと考えたのだ。もっとも、これは表向きの言い訳だ・・・と考えるむきもある。報復されないように口には出さないが、P&Gとジレットが合体することで、ウォルマートと価格交渉するときに、互いを戦わせる作戦にのることなく、共同戦線がはれるからだとウワサされている。つまりウォルマートに奪われた価格支配力を取り戻すための買収合併だと考える業界人もいるということだ。

 ジレットはジレット剃刀やデュラセル電池だけでなく、ブラウンやオーラルBといった著名ブランドをもっていた。こういったブランドとP&Gの日用品とは小売店の近接した棚で売られるのだ。合併することによって、世界市場において10億ドルを稼ぐ価値のある合計21のブランドを所有することになる。結果、大魔神ウォルマートとの価格交渉に有利に働くだろう・・・と期待したわけだ。

 小さいもの同士が合体してヘンシーンすれば、大魔神とも互角に戦える! 

 大きくなければ勝てないのだ。250件ある工場のうち83件を閉鎖して生産性をあげ、スリムな筋肉質になっても、やせてしまったら勝てないのだ・・・と批評されているのがユニリーバ。10億ドル売るメガブランドに集中するといっても、全体のブランド数が減れば総合売上は減る。選択するブランドが、削除したブランドの売上損失をカバーして余りあるものでなければいけない。ユニリーバは各ブランドのその分野における競争優位性やグローバル市場における消費者の国ごとの好みの違いをじっくり考慮することなく削除してしまった。それでも、残されたブランドからより多くの売上を上げられていれば結果オーライだが、それができていない・・・と批判されている。

 その点、同じヨーロッパの会社でもネスレは異なる戦略をとった。ネスレは2007年現在で8000ものブランドを抱えている。もちろん、売上の70%を占める6つのグローバル・ブランド(ネスレ、ネスカフェ、マギー、ピュリナペットフード、ネスティなど)を強調はしている。が、コア・コンピタンシーに集中するという考え方を、1997年にCEOになったピーター・ブラベック氏は必ずしも正しいこととは思っていないらしい。多様なブランドを抱えることは複雑性を増すが、それを効率よく経営するのがマネジメントだろう・・・ってけっこう自信たっぷりだ。もっとも、その戦略の結果として、売上は大きいが、利益率はライバル企業に比べて低いと投資家たちには批判されている。

 ネスレのグローバル戦略を理解するのには、10億ドルのパワーブランドであるキットカットを例にとってみるとよい。キットカットの形状やフォーミュラは市場によって異なる。ロシアのキットカットはブルガリアのものよりも小さいし、ドイツのものよりもチョコレートのきめが粗く甘くない。世界で一番多種多様な味が提供されているのは日本だ。でも、オレンジ味、ミント味は英国でも売っているし、ポーランドではカプチーノ味もある。結果、たとえば、英国にある工場では、週によって20種類のキットカットを製造することがある。「食品にはグローバル消費者なんていない。各国の好みというものがある」・・とCEOは言っている。各国市場の多様性を考慮すれば、数多くのローカル・ブランドを抱えるのは仕方がない・・ということだろう。

 つまり、食飲料品メーカーは中途半端なサイズが一番いけないということか? 小さくても、買収されないように防衛策をとる。ないしは、上場しない選択をして、ローカル市場でNo.1の座を維持するという道を選ぶこともできる。ローカルといっても、日本のメーカーの場合、世界で一番成長率の高いアジア市場を「ローカル」とみなして行動できる地理的優位性がある。ロシアも近いし。「クールジャパン」のイメージが浸透している、いまが、頑張りどきです。

 ところで、買収とか合併とかいった企業同士の合体ではなく、ブランド同士が合体して、パワーアップしようという試みもある。これまで、よく見られたのは、感性とかライフスタイルの似ているブランド同士が同じ広告にいっしょに登場したりするもの。あるいは、マクドナルドがオレオクッキーやキットカットが入ったデザートを提供するといったもの。だが、最近登場するようになったのは、片方が売れれば、片方も売れ続けるのが確実な合体方法。場合によって、小売店との交渉にも効果を発揮するかもしれない協力手法だ。

 たとえば、日本でも売られているフィリップスのシェーバー「モイスチャライジング・シェービングシステム」。ニベアのローションをカートリッジに注入することにより、髭をそると同時にローションが出てくる。肌をいたわりながら剃れるというわけだ。フィリップスは、「革新的アイロン経験を提供する」アイロンを2004年にオランダで発売している。フィリップスのアイロンにユニリーバのシワトリ用製品を注入して使う。シワを伸ばす液が布地にスプレイされるところにアイロンをかけるのだから完璧にシワのばしができる。これこそ、本当の合体マシーンだ。

 こういった2つ以上のブランドが合体して生まれた新製品に、Branded Brandsと名づけた会社www.trendwatching.comがある。よく使われる「コーブランディング(共同ブランディング」という言葉より好きですね。ブランドのうえにブランドがのっかっている感じ。親ガメの上に子ガメを乗せて~・・・って、ちょっと古いけど、そんな感じ。ブランドのW攻撃!!ってとこですね。

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参考文献:1.Peter Gumbel, Nestle's Quick, Time 11/14/07, 2. Nikhil Bahadur, et al., How to Slim Down a Brand Portfolio, Strategy+Business 11/15/06, 3.James Cramer, Mergers on the Verge, New York, 2/07/05

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2008年5月17日 (土)

レラバンスと行動ターゲティング

Ilm03_bf02021s レラバンス(Relevance)とは関連性とか適切性とかいった意味。米ダイレクトマーケティング協会は、すべてのマーケティングがダイレクトマーケティング化しているのは「ダイレクトマーケティングには3つのRがあるからだ」といっている。

3つのRとは・・・

  1. Relevance・・・・ダイレクトマーケティングは顧客ひとり一人に、関連性が高い商品/サービスに関するメッセージを適切なタイミングで発信する。
  2. ROI(Return On Investment、投資利益率)・・・・顧客へのコミュニケーション(販促)活動の費用対効果が数値化できる。つまり、マーケティング投資の投資利益率を明確にできる。
  3. Responsibility(責任)・・・・ダイレクトマーケティング企業は、上記2点を可能にすることに伴う弊害を常に意識しなくてはいけない。つまり、適切なタイミングで各顧客に適切なメッセージを発信するためには、顧客データを収集し保存・蓄積しなくてはいけない。こういったデータが外部に漏れないようにする責任は無論のこと、利用方法においても、企業には顧客との約束を守る義務がある。そういった責任を守らなければ、プライバシーの侵害だと消費者から反発され、ダイレクトマーケティングは力を発揮することができなくなる。

 顧客ひとり一人に関連性の高い商品・サービスを適切なタイミングで販売する・・・・あらゆるマーケッターにとっての夢である。だが、夢はなかなか実現できないから夢なのだ。顧客データベースを活用してきた企業ならわかっているはずだ。過去の購買データやデモグラフィック・データを分析して、次にA商品を買ってくれる顧客を、たとえば90%の確率で選択することはできる。だが、一週間以内に買ってくれるのか1ヶ月から3ヶ月以内に買ってくれるのか、タイミングを予測することは非常にむつかしい・・・のだ。

(ちなみに、デモグラフィック・データというのは性別、年齢、家族構成、職業、所得といった人口統計学的データのことだが、こういったデータの大半は、顧客データには含まれていないことが多い。「年齢」も最近は尋ねられないし、尋ねても本当のことを答えてくれない。我輩なども、ネットで質問されるとき、生年月日はその日の気分次第で変えている《どんな気分でも、実年齢より多く書くことは絶対にないけどね》。どちらにしても、デモグラフィック・データの需要予測能力は低い。つまり、その顧客が次にどういった行動をとるかを予測する能力が低いのだ。ただし、銀行、保険、証券会社といった金融サービスの場合は、人生のライスステージによって必要とされる金融商品がある程度決まってくるので、デモグラフィック・データは次ぎの行動を予測する重要な手がかりとなる)

 ボーナスが出たらバッグを買いたいと思っていたとしても、実際に買うという行動に移るときには、ちょっとしたきっかけがトリガー(引き金)となっていることが多い。たとえば、会社の同僚が新しいバッグを買った。それを見たら、自分のバッグが余計にみすぼらしく思えて、ボーナス前なのに買ってしまった。それとは反対に、ボーナスが出る前日にTVをみていたら、世界的に景気が悪化しているというニュースが流れ、貯金をしなくてはいけないという気分に陥ってしまいバッグを買うのは止めにした。・・・・よくあることだ。カタログ販売やネット販売企業は、彼女の過去の購買データから、彼女が単価いくら以上のどういったタイプのバッグを購買する傾向が高いのかを分析できても、実際のタイミングを(販売促進メッセージを発信するタイミング)を計算することは非常にむつかしいのです。

 タイミングを予測できないからといって、購買傾向が高いと分析された顧客には販促メッセージを頻繁に送ればよいというものではない。メッセージ発信の頻度が多すぎると、見もしないで捨てたり消去されたりしてしまう。

 ダイレクトマーケティング企業は90年代半ばころから、EBM(Event Based Marketing)という手法をさかんに採用するようになった。これは、「顧客がいま強く認識しているニーズ」、「顧客が近日中に起こそうとしている行動」、「高い購買傾向」を示唆するイベント(Event、出来事や事象)を察知して、顧客が行動を起こしてしまう前に顧客ひとり一人にパーソナライズされたメッセージを発信する方法です。たとえば、某銀行で、ATM取引に異常なパターンが現れた顧客がいる。これまでは東京都内のATMから現金が引き出されていたのに、この四週間くらいずっと名古屋のATMが使われている。この顧客は名古屋に引っ越したのかもしれない。そうであれば、他の銀行に口座を移す傾向が高い。過去データを分析して、引き止めたい顧客であれば、顧客の選好するチャネル(DM,eメール、電話)で即コミュニケーションを開始する。

 EBMが採用される理由は3つある。

  1. 適切な商品は予測できても、タイミングの予測はむつかしい
  2. 情報過多やプライバシー問題・・・・商品を買う傾向が高いグループだからといって、余りに頻度多くメッセージを発信すれば、情報過多な環境に身をおく消費者に嫌われる。だからタイミングとターゲットを絞る。
  3. レラバンシーが高いぶん、リスポンスが高い・・・・伝統的なダイレクト・コミュニケーションと比較してリスポンス(反応)が5倍高いという調査結果も出ている。

 顧客の行動を察知する方法には様々なものがある。顧客の購買頻度の変化や利用パターンの変化を観察して異常を察知するジミメなものから・・・

  • 保険会社にとって顧客からの住所変更届けは重要な手がかりです。住所変更をしたということは、結婚したり子供が誕生してスペースの大きな住居が必要になったのかもしれない。あるいは、転職したかもしれない。いずれにしても、契約者は人生の大きな転換期にあるわけで、既存の保険内容がそぐわなくなり、解約する可能性も高い。すぐに、コンタクトをとりましょう! 
  • カタログ販売企業の某顧客の購買商品の内容が従来のものとは大きく変化した。これまで買ったことのない男性衣料品やベビー用品を買うようになった。結婚したかもしれない、あるいは、赤ちゃんが生まれたのかもしれない(あるいは、できちゃった婚かもしれない!)。この顧客には、男性用品やベビー用品を特集した情報を送るとよいかもしれません。
  • おつきあいしている彼女をデートに誘ったら、急用ができたと断られた。そういえば、先週金曜日に会ったときにはやけに無口だった。またまたそういえば、先々週のデートのときに、「たまには洒落たレストランに行きたいわ」と口をとんがらせていた。三つの出来事を足すと・・・ムムッ! これは「いまそこじゃなくってここにある危機」だ。彼女の気持ちがボクから離れていっている。そこで、即座に深紅のバラの花束を贈り、「来週の金曜日、ミシュラン推薦のフレンチを予約したよ」と書いたカードを添える。・・・・もっとも、まず最初に、そこまで引き止めたいと思うほど価値ある彼女かどうか見極める必要がありますけどね。(現代マーケティングの理論化に貢献したレビット教授が夫婦の関係にたとえたように、企業と顧客の関係は男女の関係にたとえるとピンときます。ただし、企業が片思いしてつくして捨てられることが多いのですが・・・・)。

 EBMではAというイベントが発生したらCメッセージを送るというルールをつくり、こういったルールデータベースを、顧客データベースにリアルタイムにあるいは定期的に重ねます。そのときに、各顧客の基本情報(売上への貢献度、利用チャネルなど)にもとづいて、このひとは貢献度が低いからメッセージを発信しない、このひとにはDMではなくてeメールを利用する、この人には5%割引のオファーを提供する・・・といったふうに、利用チャネルやメッセージ内容を顧客ごとに変えます。つまり、EBAはパーソナライズされた販促活動の自動化を目指しているのです。

 でも、肝心なことは、いかにタイミングよくメッセージを発信するかということ。イベントが発生した後、24時間以内にメッセージを発信した場合のリスポンス率を60~70%とすると、48時間後ではリスポンスは40%以下に落ち、10日たつとわずか5%に落ち込んでしまうという調査結果もあります。

 グッド・タイミング・・・これがEBA、そして、いま流行りの「行動ターゲティング」のすべてなのです。

 やっと、ここで、本題の「行動ターゲティング」にたどりつきました。

 EBMを10年以上経験してきたダイレクトマーケターにとって、サイト上で「行動ターゲティング」ができることは、「すっげえ」ことなのです。上に紹介した調査結果にもあるように、消費者がなんらかの行動を起こしたときに、いかに素早く反応をおこすかによってリスポンスが違ってくる。「鉄は熱いうちに打て」のコトワザのとおり、消費者が興味を示したところで(たとえば、XX区のマンションの情報ページを見る行動が続いたその日、あるいは翌日)、提携サイト内のまったく関係ないページを見ているところに、適切なマンションのディスプレイ広告を出す。こういった広告の出し方をすると、その広告がクリックされる確率は通常の広告に比べて非常に高い。日本のヤフーの場合、クリック数は2.5倍になるという。

 当然のことだろう。

 顧客の次の行動を予測する能力があるデータは、なんといっても行動データなのだから・・・。

 それに比べると、デモグラフィックデータとかジオグラフィックデータとかの需要予測能力はかなり落ちる(だから、デモグラフィックやジオグラフィックは行動データと組み合わせて使われる)。まして、消費者の心理を探ろうとするサイコグラフィックデータや(サイコグラフィックと同じような意味で使われることも多く、意味そのものが非常にあいまいな)ライフスタイル・データの需要予測能力は非常に低い。この二つのデータのもともとの役割は需要予測にはないのです。たしかに、行動データから、その顧客のライフスタイルを推察することはできる。あるいは、また、アンケート調査をして、サイコグラフィック・データライフスタイル・データを集め、その結果から、顧客をライフスタイル分類することもできる。だが、こういった分類をすることの目的は、需要予測能力を高めることにはないのです。

 なのに、なぜか、日本で行動ターゲティングを説明している記事には、サイコグラフィックとかライフスタイルとかいう言葉がやたら登場するのです。日本のネットマーケティングのひとたちは、80年代から(いや、通信販売会社を例にとれば、コンピュータが登場する以前から)顧客の行動予測の精度をあげるために、つまりレラバンスの高いメッセージを送るために、顧客データを分析し検証する経験をしてきたダイレクトマーケティングの専門家の意見に耳を傾けるべきです。ダイレクトマーケターは、すでに、80年代、行動予測することとライフスタイル・セグメンテーションとをゴチャマゼにするという同じような失敗を経験しています。

 行動ターゲティングはその言葉どおり、行動にあわせてタイムリーに反応することがウリなのです。英語でBehavioral Targetingを検索しても、サイコグラフィックとかライフスタイルなんて言葉はほとんど登場しない。アメリカのYahoo, MSN, Googleだって、行動ターゲティングサービスに関して語るとき、サイコグラフィックとかライフスタイルとかいう言葉は使っていません。

 ちなみに、Gooleはプライバシー問題に配慮して、YahooやMSNとは一線を画し、行動ターゲティング広告は、そのセッションだけに限る。つまり、昨日サイトでどういった行動をとったかということは、何も記録しないし、何も保存しないし、何も思い出さない・・・と、2007年には言っている。「そのとき、その場のユーザーの行動に基づいて広告を出すほうがよりレラバンスが高いと我々は考えています」と担当者は答えている。もっとも、この言葉をそのまま素直に受け取っている業界人はいないようだ。当時、検索の王者グーグルは、ディスプレイ広告のダブルクリックを買収することへの、ヨーロッパやアメリカの公共機関からの了承をとりつけている最中だった。消費者団体は、この買収が承認されれば、グーグルは遅れをとっていたディスプレイ広告にも積極的に進出でき、自分たちがもっているユーザーの検索結果情報を広告主に提供するのではないかと懸念を表していた。だから、2007年夏には、関係者を刺激しないように、行動ターゲティング広告はそのセッション限り・・・と宣言したのではないかと疑ったのだ。そして、2008年4月、ダブルクリック買収は晴れて認められた。

 サイトで検索に使っている時間はわずか5%といわれる。そしてサイトに滞在中、ネットユーザーの85%はダブルクリックが提供する広告と頻繁にコンタクトしているといわれる。検索の王者グーグルは、ダブルクリックを買収することで、残りの95%の時間においてもお金儲けをすることができるようになったというわけだ。

 最後に、私が好きなレラバンスの高い広告を紹介します。行動ターゲティング広告などというレベルのものではありません。インターネットが普及して、ディスプレイ広告のインタラクティビティが話題になったころの昔の話です。ビジネス・経済ニュースのサイトの株式ページで、平均株価がたとえば20ポイント以上下がると、頭痛薬の広告が出る・・・・それだけのことです。でも、ユーモアがあるから好きです。もっとも、株で大損をしたひとには、ブラックユーモア過ぎてついていけないかも・・・。

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参考文献:1. Lisa Loftis, Let's Get Personal Event Based Marketing, Intelligent Solutions, Inc., 8/29/07, 2.Rich Tehrani, Google Achieves Behavioral Targeting Nirvana, TMCnet, 8/16/ 07, 3.  Eric Auchard, Google wary of Behavioral Targeting in Online Ads, Reuters, 7/31/07, 4. Louise Story, To Aim Ads, Web is Keeping Closer Eye on You, The New York Times, 3/10/08,5. 「ヤフー、行動ターゲティング広告に地域・属性を掛け合わせ」、CNET 11/01/07

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2008年5月 3日 (土)

アマゾンがニンジンを売る 

Ilm06_ca07034s_6アマゾンはニンジンだけじゃなくてパンもタマゴも神戸ビーフも売っている。深夜0時までにネットで注文すれば、翌朝午前6時前に届けてもらうこともできる。この「夜明け前配達サービス」は、配達人が早朝にドアをドンドンたたいて目覚まし時計代わりにもなってくれる一石二鳥のサービスだ・・・・というのはウソ。この場合、商品は玄関扉前に置かれる。手渡しではないので、配送料は購買金額25ドル以上なら無料。

 http://fresh.amazon.comは、配達指定時間枠が一時間で、配達人は手渡しのときもチップは取らない・・・とサービスへの評判も良い。ただし、いまは実験段階で、アマゾン本社のあるシアトルの特定地域だけを対象としている。

 米国では、90年代末にネットスーパーという新しい小売業態が脚光を浴び、投資家たちが群がった。だが、株が公開されるやいなやネット小売業としてはアマゾンに次ぐ多額な資金を集めたウェブバン(Webvan)が、創業からわずか2年後の2001年に倒産。ネットスーパーは採算をとるのがむつかしいビジネスだという印象が強く残った。

 なのに・・・、それから5年たつかたたないうちに、ネットスーパーがまた注目を集めるようになる。商品の差別化、価格の差別化の段階をへて、小売業が他店との差別化を進め競争に勝つにはサービスしか残されていない。そして、いま、忙しい消費者が求めているのは、自宅まで生鮮食料品や日用品を届けてくれる宅配サービスなのだ・・・日本を含む先進国の小売業者はそう考えている。

 ネットスーパーは、その採算性に疑問を残しながらも、米国における90年代末の失敗から学んだ教訓を生かし、人口の密集する都市中心に、段階を追って商圏を広げる慎重なやり方で、実績を上げている(日本のイトーヨーカドーも2001年に一部店舗で実験を始め、首都圏全域に広げることを決定したのは2007年になってから。6年もの間、採算を上げるための試行錯誤を続けたことになる)。

 2003年、米国における飲食料品のオンライン販売の売上は前年比40%増で37億ドル。英国では、今後5年間で売上は倍増し、50億ポンドに到達すると2007年に予測された。この数字は、スーパーマーケット業界全体の総売上からみれば小さいものだが、1)業界全体の売上が落ちているなか、2)ネットスーパーの成長率は非常に高い、3)しかも、オンライン購買客は価格への感受性が低く値段も粗利益率も高い商品を買う傾向が高い。こういった理由から、ネットスーパーへの参入があいついでいる。だから、「アマゾンのような起業家精神に満ち溢れた企業はとにかく可能性を試してみようとしているのです」・・・と小売業アナリストは語っている。

 意外に思うかもしれないが、世界中でネットスーパーが一番発達しているのは英国だ。英国の大規模小売店テスコはネットスーパー世界一で、顧客数85万人、毎週25万件の注文があり、2005年度の売上高は10億ポンド。2006年にも前年比40%伸び、ネットスーパーによる売上はテスコの総売上の5%に到達した。英国でネットスーパーが盛んなのは、1)アメリカに比べて都市部に人口が密集していて、2)クルマでショッピングに行く習慣がアメリカに比べると少ない・・・ことなどがあげられる。その点、日本の大都市部は英国と似たような環境にある。そして、イトーヨーカドーが採用しているネット・スーパーのビジネスモデルはテスコと非常によく似ている。

 ネットスーパーには3タイプある。

  1. 店舗型: テスコやイトーヨーカドーのように店舗を基盤としたもので、1)サービス対象範囲は店舗からの配送可能距離で決められる(イトーヨーカドーの場合は半径5~7km以内)、2)店員が注文商品を店内で選択して、店の奥で梱包し、3)配送は外部の配送業者に委託、あるいは社内の担当部門が配達する。
  2. ウェアハウス型: 物流センターとなるウェアハウスがあり、ここで、商品の選択・梱包・配送を一括して処理するものだ。2001年に倒産したウェブバンの失敗は、1)最初にハイテックな大規模ウェブハウスを建設するのに投資をしすぎ、2)投資を回収するために市場を短期間のうちに拡大しようとした。だが、3)宣伝したようなサービスを急速に拡大された市場に提供するには配送費、その他の経費がかかりすぎた・・・。つまり、限られた商圏で採算をあげる方法を見極めるのを待たずに、全国市場への拡大を急ぎすぎたのが失敗の要因だったといわれる。
  3. 中間型: 店舗と中小規模のウェアハウスと両方を併用する。 

 英国テスコの投資額は比較的小さくて5900万ドル。新しいハイテックなウェアハウスを建設することなく、下記のように、既存の資産を利用してサービスを提供している。2002年には、年間400万件の注文で5%の純営業利益率をあげたといわれる

  • 店舗で商品をピックアップするときに、各店員は6つの商品カテゴリー・ゾーンの一つを割り当てられ、同時に最高6件の注文をこなす。店員が使うショッピングカードに装備されている端末が、同時に複数の注文を処理することができるように、店舗内を歩くもっとも効率のよいルートを指示し、ピックアップした商品をスキャンして間違いないかどうかチェックもしてくれる。この結果、商品をピックアップして入力処理するまで、通常の三分の一の時間で済む。そして、店舗裏で配達用に梱包されるまで平均64品目の注文が32分間で準備できる。つまり、1品目当たり30秒。よって、一注文当たり、人件費や減価償却費を含めて8.5ドルの経費がかかる計算となる。

 イトーヨーカドーのサービスは、2008年3月現在で、首都圏や近畿圏など計80店舗で利用でき、会員数は約18万人といわれる。推定購買金額は一件当たり5500円(5000円以上は配送料金無料となるので、このくらいの金額になるのだろう)。利用件数が一日一店舗あたり60件あれば採算にのるという。ネットによる受注から注文商品の店頭での集荷、梱包、配達の作業のうち、配達だけを外部に委託。あとは、全従業員がローテーションを組んで通常業務の一環として対応する。つまり、余分な費用は配送費だけだから、60件で採算がとれるという計算らしい。

 英国テスコもイトーヨーカドーも、客は2時間単位で配達時間帯を指定できる。先進国の大半のネットスーパーが2時間を時間枠としている。だが、アマゾンは一時間だし、英国のウェアハウス型ネットスーパーのオカド(Ocado)も一時間だ。両企業とも、待ち時間を一時間に短縮することで競争優位に立とうとしている。

  1.  配達時間帯を一時間にするか二時間にするかは経費に直に影響が出る。たとえば、同じXX町XX番地に4世帯の顧客が住んでいるとして、配達指定日や時間帯が同じでなければ、結局、効率的な配達はできない。2001年に倒産したウェブバンは配達指定時間は30分。素晴らしいサービスで顧客もよろこんだであろうが、このレベルのサービスを提供するためには、非常に高い経費を計上しなくてはいけない。
  2.  配達指定時間の長短の違いは、サービスの質の差でもある。想像してほしい。配達指定時間が2時間の場合、その間、自宅にいて配達を待たなくてはいけない。東京で働く女性が夜8時あるいは7時に帰宅したとして、お風呂に入ってさっぱりすることもできなく、最悪2時間待たなくてはいけないのだ。待ち時間が半減するのは素晴らしいサービスだと知覚される。そして、その結果として、利用する顧客層に違いが出てくる。

 英国でウェアハウス型のネットスーパーを運営しているオカド(Ocado)は一時間指定サービスを提供している。オカドの調査によると、ネットスーパーの最良顧客である「共稼ぎ夫婦で15歳以下の一人以上の子供をもっている」セグメントの25%は競合他社のネットスーパーを試してはみたが、そのうちのわずか7%しか継続利用していない。なぜなら、競合他社は2時間の配達指定時間枠しか提供しておらず、これは、忙しいセグメントにはかえって不便だからだ・・・という。

 日本では、ネットスーパーを始めた企業が、「予測に反して、ネットスーパー利用者の半数以上が専業主婦」というコメントしているようだが、それは、フルタイムで働く女性が利用するほどには便利なサービスになっていないからだ。日本で、カタログ販売が本格的に始まった80年代にも、通販企業が似たような経験をして同じようなコメントしていた。いわく、「通販を利用するのはショッピングする時間のない共稼ぎ夫婦とか働く女性かと思っていたら、専業主婦が圧倒的に多い」・・・。当時のカタログ販売も、注文できるのは電話で9時から5時までの間、週末は休みで注文は受付けない。もちろん、ネットでの24時間注文受付など存在していなかった。そのうえ、即日配送などというサービスもなく、注文商品が送られてくるのは早くて2週間後。本当に時間のない忙しい女性には利用できない「不便な購買手法」だったのだ。

 ほとんど年中無休で電話注文することができ、ネットでの24時間注文も可能になり、商品も短期間で配送されるようになった。こうなって初めて、働く女性が「便利な通販」を利用するようになり、高額商品も売れるようになった。

 日経情報ストラテジーの記事(2/04/07)によると、宅配サービスの利用者の7割が、赤ちゃんがいて外出できない30代~40代の母親だということが判明。その結果、「イトーヨーカドーはネットスーパーを普段店舗に来ない顧客を新たに開拓するためのツールというよりも、既存店舗の常連客への新しいサービスとして位置づけなおした」そうだ。だが、このセグメントをメインターゲットとして、粗利益率の低いかさばる商品(トイレットペーパー、洗剤)や特売品を販売していては、既存客に付加サービスを提供するための経費が増えるだけで終わってしまう。既存客の来店頻度が減るだけで、付加売上は余り望めない。

 付加売上をあげ利益を上げるためにネットサービスをするのなら、都市部の共稼ぎ夫婦をターゲットとすべきで、この可処分所得の高い世帯に有機食品とかグルメ惣菜とか値段も粗利益率も高い商品を販売していかなくてはいけない。、そのためには、配達指定時間枠が二時間では長すぎる。しかも、日本の場合、在宅していて手渡しで受け取らなくてはいけない条件になっている。せめて夜の配達指定時間枠を一時間にするとか・・・・と、ここま考えてふと気がついた。イトーヨーカドーの店舗って、首都圏とはいっても、比較的所得の高い共稼ぎ夫婦が住んでいる地区には見あたらないんだよね。

 なーんか、ちょっと、中途ハンパだよね。経費のかかる宅配サービスなんか始めて、顧客数がいまよりずっと増大したときでも、本当に採算とれるかなあ?

 利益が出ているといわれ顧客数も大幅に増えているテスコですら、2007年後半に配達料金を上げた。これは、店舗型ビジネス・モデルがうまくいっていない証拠だともいわれている。真偽のほどはわからないが、どちらにしても、どれだけICTの助けを借りるとしても基本的に人件費を中核とする宅配サービスは薄利なビジネスモデルなのだ。

 テスコは、店舗のない地域にネットスーパー用の小さな店舗件物流拠点の開設を進めているらしい。イトーヨーカドーも、都市中心部にあるセブン・イレブンの店舗をそういった形で利用でもしないと、本来のネットスーパーの優良顧客層に浸透することはできないのではないか?

 ネットスーパーの将来性に関しては、もうひとつの問題点がある。宅配サービスは環境には余り優しくないサービスなのだ。

  1. すでに、英国や米国では、ネットスーパーの配送用梱包における資源の無駄が問題になっている。ボックスはリサイクルにできても、紙やプラスティックバッグを使いすぎだと非難されているのだ。だが、宅配サービスを頻繁に利用している私にいわせれば、果物や野菜といったデリケートなものを梱包するには、一つのバッグや箱に多くの商品を詰めることはできない。一つの箱やバッグに果物が数個しか梱包されていなかったとしても、そうしなければ、押されて傷んでしまうからだ。
  2. 配送のためにこまネズミのようにあちこちを行ったり来たりする小型配送トラックが資源の無駄使いをしている、あるいは、環境に悪影響を与えている・・・ことについての批判も出ている。

 ネットスーパーは必ず伸びる。日本でももっと成長する。だが、そのまた将来を見据えたとき、ネットスーパーは問題点の多いビジネスモデルなのだ。高齢者や子育てママに役立つという面はあるが、それならそれで、公共機関が私企業であるスーパーの協力をえて、宅配サービスを公共機関のサービスの一環として市民に提供すべきことだろう。そうすれば、いろんな企業の配送業者のトラックが行き来する弊害は減らせる。小売業者は、採算性や環境問題を考えながら、いつでも融通性をもって現在のビジネスモデルを変更できるような形でネットスーパー事業を積極的に進めていく・・・・しかないと思うのですが・・・。

 「小売とメーカーとのバトル・ロワイアル」という本題に戻ります。

 自宅まで商品を届けることによって、小売業はますます消費者との距離を縮めています。消費者に大接近する小売業にメーカーはいかに対処していくべきか? 次回は、「メーカーの逆襲」がテーマです。メーカーの逆襲といってもスターウォーズの「帝国の逆襲」みたいにスカッとした戦闘シーンはまったくありません。

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参考文献:1.Jessica Mintz, Review:Amazon delivers on grocery service, USAToday, 8/30/07,2. Walaika Haskins, Amazon Offers Taste of Fresh Grocery Delivery, E-Commerce Times, 8/30/07、3.Saraha Butler, Online sales of groceries are predicted to double over next five years, TimesOnline 10/17/07,4. Online grocery sales rise 40% in 2003, Internet Retailer, 3/5/ 04,5,Tesco dominates Internet shopping,ZDNet. co.uk, 8/24/06、6,Ocado:An Alternative Way to Bridge the Last Mile in Grocery Home Delivery, Michigan State University、7.大手スーパーのネットビジネス(下)、日本食糧新聞11/28/07.8.「イトーヨーカ堂、首都圏全域でネットスーパー」、日経情報ストラテジー、2/24/07、9.「ネットスーパー、子育てママ支援」、日経新聞12/26/06

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2008年4月17日 (木)

NBの価格は高くてよいのだ!

Ilm06_ca07034s_6NBメーカーがPB商品を製造することは、悪魔に魂を売るのに等しいという過激な意見もある。

 シリーズ第1回で書いたように、日本のNBメーカーのなかにも、PBを製造することを断固拒否する企業と、また、それをよしとする企業と2種類ある。欧米でも、コカコーラ、ハイネケン、ケロッグ、P&G 、ネッスル(コーヒーに限り)などは小売店PBは絶対に製造しないと宣言している。

 PB製造に手を染めるときに使われる理由のひとつに、「余剰生産能力」がある。施設や従業員を遊ばせておくのはもったいない。そのぶん、PBを生産すれば付加利益も出る・・・というものだ。しかし、この説に対しては反論も多い。「Brands Versus Private Labels, Fighting to Win /NB対PB: 勝利への戦い」というハーバード・ビジネス・レビューの論文は、PB製造コストにはNB製造コストに入っている固定費が割り当てられていないことが多い。つまり、PBを受託生産すれば儲かるといっても、厳密にいえば、NBに経費の一部を負担してもらうことで利益を出しているだけだと指摘している。

 この論文は、実際の数字を使って、NBの売上が一定以上なければ、PBの利益は出ないことを証明している。つまり、NBの売上が落ち、生産能力の余剰が出たから、売上減を補うためにPB生産を受託する・・・という発想は根本的に間違っている。もし、生産余剰が長期的なものであるのなら、1)短期的にPB製造をするのはよいが、それはあくまで工場閉鎖を含めるリストラを実施して生産能力の適正化をはかるまでの過度期対策とする、2)あるいは、PB製造に専念する別会社をつくるべきだ・・・と議論している。別会社にするのは、長期的観点に立ちイメージを大切にするブランド生産と短期的な融通性と低コストを重要視するPB生産とでは、作り手のメンタリティが異なるからだ。同じ組織で矛盾する2タイプの商品を生産することは、結果として、一番大切なNBの開発製造の妨げとなる。

 同じ商品カテゴリーにおいてPBを製造すれば、自社NBが侵食される「共食い現象」を招く可能性が高いことも考える必要がある。

 日経新聞(9/15/07)に、キリンビールが、イオンのPBである缶チューハイの受託生産から撤退するという記事が掲載されていた。キリンはNB「氷結」を発売しているが、イオンPBの缶チューハイはこれに比べて30%ほど安い。もともと、キリンが買収したメルシャンが受託生産していたものであり、契約が切れるのを機に、「同じ商品カテゴリーにおける安いPB生産を引き受けることは企業の方針に合わない」ということで撤退した。賢い選択だといえる。

 PB製造を引き受ける理由として二番目に上げられるのが、小売店との関係だ。小売店との力バランスが改善されて、棚スペースの確保とか販促強化に関する交渉を有利に進めることができるというものだ。欧米での調査によると、こういった事実は実際には起こっていないようだ。その反対に、メーカーが小売店側に、自社商品のコスト構造とか最新技術を明らかにしてしまう結果になり、NBの仕入れ交渉をするさいの立場が弱くなってしまった・・・ということが指摘されている。 

 うちがしなければ競合他社がする・・・というのもある。たとえば、キリンビールにPB生産を断られたイオンは、合同酒精を傘下にもつオエノンホールディングスと生産委託について交渉した・・・と日経新聞は報道している。同じく、日経新聞(1/28/08)の記事には、セブン・イレブン・ジャパンが中華マンの取引先の大半を山崎製パンから中村屋に切り替えた。「価格や大きさで有利なPB商品を開発して欲しいセブンは、PB製造に否定的な山パンとの取引見直しを探っていた・・・」と続く。2つの記事はどちらも、「あなたがつくってくれないなら他に頼むからいいよ」という小売店側の態度を明らかにしている。

 欧米の大手メーカーは、小売に対抗する手段のひとつとして、各商品カテゴリーにおいて、売上がNo.1とNo.2になれるブランド以外は削除、あるいは投資額を減らす方針をとっている。なぜなら、大規模小売店は売上No.1やNo.2のNB2種類にPBを加えて、その商品カテゴリーの中核商品とし、この3つに十分な棚スペースを提供するからだ。ユニリーバは1999年に1600種あったブランドを400種に減らすと発表。P&Gは300種のブランドのうちトップ10が売上の50%を占める現状を考慮したうえで、年間10億ドルを稼ぎ出す14ブランドに投資を集中する方針をとっている。

 ということは、トップ3に入れないメーカーは、小売のPBを製造するほうがよい・・ということになる。実際、ヨーロッパには複数の小売業にPBを提供するPB製造専門メーカーがあり、大手NBメーカーが株主を満足させられるような成長を達成するのに苦労しているなか、右肩上がりの成長を続け、笑いの止まらないところもあるようだ。

 NBに話を戻します。

 日本ではNBメーカーに対して、(とくに最近原材料高騰による値上げが続くなか)、小売店からの価格への圧力が厳しいようだ。だが、この考え方は正しいのだろうか? PBが安いのは当然として、NBも価格を下げる必要があるのか? 消費者マインドが冷えているからといって、どの商品も値下げすべきだというのはあまりに単純すぎる考えかたではないだろうか?

 日本でも、そして外国でもPBは食料品が多い。食品は模倣しやすいからだ。模倣という言葉がいけないとしたら、多くの食品は高度な技術がなくても誰にでも製造しやすいからだ。そういった環境において、たとえば、NBのジュースとPBのジュースとの品質の違いを消費者はどれだけ知覚できるか?・・・ということだ。

 メーカーは、材料の細部にわたる違い、製造過程における高度な技術などが高品質を可能にしたとウンチクを述べるけれど、大事なことは、その違いを消費者は知覚できたか?・・・ということだ。場合によって、消費者が知覚できるのは、値段の違いだけかもしれない。行動経済学でいうように(不可解な消費者行動シリーズ第2回参照)、消費者はほとんどの場合、「値段が高ければ品質もよいだろう」とヒューリスティックな判断をして値段の高いNBのジュースのほうが品質がよいはずだと思って買っているのかもしれないのだ。

 つまり、PBが安いとして、NBも安くする必要があるのか? NBの値段が高ければ、品質が良いだろうと判断して買う消費者が一定数いる。もちろん、不景気到来かもと身構えて購買心理が冷え込み、NBを買う客数は減るかもしれない。だが、そのぶん、PBを買う客数は増えるだろう。つまり、小売店にとっては、NBが高いからこそPBの売上個数が上がる。そのうえ、NBの値段が高いことによって、売上個数は少なくなっても、一個当たりの利益額はふえる。そのうえ、これが、一番大切なことだが・・・・、消費者にバラエティに飛んだ品揃えから選択できる(厳密にいえば、選択できると知覚することができる)というサービスを提供することができる。

 もちろん、どれだけ高くてもよいのか? という問題はある。

 これに関してはフランスとアメリカで実施された調査があり、どちらも非常に似た結果が出ているので参考にしてみたい(*1)。

  1.フランスでの75種類のCPG商品カテゴリーにおける調査:

  • NBの知覚品質がPBよりも高いカテゴリーにおいては、NBの価格は56%高くともよい
  • NBとPBの品質に変わりがないと知覚されたカテゴリーにおいても、NBの価格は37%高くともよい。
  • PBの知覚品質がNBよりも高いカテゴリーにおいて、NBの価格は21%高くともよい。

 2. アメリカにおける調査

  • NBとPBとの品質の違い1%は価格差5%に関連づけられる。
  • NBとPBの品質が同等の場合、NBの価格は37%高くともよい。
  • 消費者がNBとPBの品質は同等だと知覚しても、NBと同じ価格をPBに支払ってもよいとするのは5%のみ。

 つまり、NBの価格は、消費者マインドが冷えているから高くしてはいけないとか安くしなくてはいけないという単純な考え方ではなく、1)小売PBとの値段の差、2)値上がりしたNBの売上が減ったぶんPBがどれだけ増えるか・・・といった要素を総合して判断すべきものなのだ。場合によって、NBの価格が値上がりした結果、その商品カテゴリーにおいて小売店の利益額は上がることだってありえるのだ。

 そして、メーカーは、コスト削減努力をすることは当然ではあるが、それ以上に、消費者が「知覚する品質」を向上することにさらに一層努力すべきなのです。

 消費者が知覚できるような品質の違い・・・ということで、エピソードをひとつ紹介したいと思います。NBメーカーではなくて小売店の高級PB開発の話です。日本では、まだ一般的ではないが、ヨーロッパではNBより高級なPBを、とくに食料品分野で開発している小売店があります。その先駆者ともいえるカナダ(ヨーロッパじゃないけど)のスーパーマーケット「ロブローズ」の高級ブランド「President's Choice社長の選択」の話です。

 この高級PBをつくった社長はグルメ大好き人間で、既存のチョコレートチップ・クッキーは食べるに値しないものばかりだと考えていた。世界一おいしいチョコチップ・クッキーをつくろうと自分みずから研究することにした。もちろん、既存製品とは違いホンモノのバターや高品質のチョコレートを使ったりとか食材にもこだわった。だが、消費者がすぐに知覚できる違いは、クッキーのなかに入っているチョコチップの量だ。「わたしは、二年間にわたる試行錯誤のなかで、クッキーの中に練り込むことができるチョコチップの最大限の量を発見した。クッキー生地の39%です。当時一番人気のあったNBのナビスコ・アホイに入っているチョコチップの量は19%でした」。 

 「この新しいクッキーはこれまでのものとは違う。チョコチップがいっぱい入っているわ」と知覚した消費者が多かったのだろう。一年以内に国内ベストセラー製品となり、「社長の選択」ブランドを一躍有名にした。グルメ社長の挑戦は朝食用のシリアルもおよび、消費者が品質の違いをすぐに知覚できるシリアルを開発した。シリアルの一番手であるケロッグのNBシリアルを皿にいれるとそこには平均してスポーン一杯分のレーズンが入っている。だが、「社長の選択」PBにはその倍、スプーン2杯分のレーズンが入っているのだ。

 消費者に知覚してもらえる違いとは、こういったものだ。基本的な品質改善以外にも、消費者がすぐに気づくようなところで差別化をはかる工夫が必要なのです。

 欧米での調査結果を見る限り、消費者が抱くNBのブランドイメージはまだ高いようです。だからこそ、NBは高い値づけをすることができるのです。メーカーは品質向上への努力をすると同じくらい、広告宣伝、パッケージ、その他によってブランドイメージを維持向上する試みを怠ってはいけないのです(極端なことをいえば、コスト削減に成功して生まれた余剰資金を広告宣伝に使うべきなのです)。まして、共同開発商品ならともかくも、小売PB商品を製造することには二の足どころか三も四も五の足も踏まなくてはいけないのです。そして、やむなくPB製造を始めたとしても、自分たちが製造していることなど、消費者には絶対に公表してはいけないはずなのです。 

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参考文献:1..Nirmalya Kumar & Jan-Benedict Steenkamp, Private Label Strategy: How to Meet the Store Brand Challenge,Harvard Business Press 2007,2. Matthew Boyle, Brand Killers Store brands aren't for losers anymore, Fortune August 11,2003, 3. John A. Quelch and David Harding, Brands Versus Private Labels: Fighting to Win, Harvard Business Review, January 1996 ,4.下原口徹「価格攻防に消費者の反乱」日経新聞1/28/08、5.「イオンのPB缶チューハイ、キリン、受託生産から撤退」日経新聞9/15/07

*引用文献:Nirmalya Kumar & Jan-Benedict Steenkamp, Private Label Strategy: How to Meet the Store Brand Challenge,p.98

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2008年4月 9日 (水)

PBは本当に儲かるのか?

Ilm06_ca07034s_6小売店のPB(プライベート・ブランド)は景気が悪くなると売上が伸びる・・・・といわれる。事実、2007年に発表された「欧米4カ国における調査」では、PBシェアは不景気のときに増大し好景気のときには減少することが確認されている(*1) 。しかし、過去数十年にわたる長期的傾向をみると、不景気のときのPBの伸び率は好景気のときの減少率よりも大きい。結果、先進国におけるPBシェアは1970年代以降基本的に増大してきている 

 (2000年からの伸びはとくに大きく、西欧では、PBシェアは2000年の20%から2010年までには30%に、アメリカでは20から27%に到達すると予測されている(*2) )

 そんなわけで、景気後退の気配が感じられる日本においても(原材料費高騰によるNBの値上げが相次ぐこともあって)、PBを強化しようとする小売業の動きが目立つ。

 小売業者は、「PBは粗利益率が高い、だから、PBシェアが増すことは利益の増大につながる」という。日本の場合は、「PBは粗利益率が高い。だから、NBと比較して安い値づけをしても、これまでの利益を維持できる」・・・という言い方をしたほうが実際に近いような気がする。いずれにしても、「PBは粗利益率が高い。だから、利益が増大ないしは維持できる」という論理は、正しいのだろうか?

 PBシェアを増やすことは、小売店に利益を本当にもたらしてくれるのか? 欧米の調査研究資料を読んでみると、そう簡単には断言できないようだ。

 店舗小売業が利益の最適化を目指すなら、当然のことながら、商品を販売するための必要資源である棚スペースを計算にいれなくてはいけない。つまり、一定のスペース当たりの利益金額を基準として、PBとNB(メーカーのナショナル・ブランド)とどちらが得か比較判断しなくてはいけない。このとき、2つの要素を考慮に入れる。

  1. NBはPBよりも価格が高いのが通常だ。商品カテゴリーによっては、粗利益率はPBのほうが高くとも、利益金額はNBのほうが高いこともある。
  2. 棚回転率(在庫がはけるスピード。売れ足ともいえる)はNBのほうが高いことが多い(ヨーロッパの調査では、著名NB商品の棚回転率はPBより少なくとも10%は高いそうだ)。

 コカコーラが英国でした調査では、上記要素やメーカーからの販促援助金やPB管理に必要な物流経費を加味した結果、PBコーラよりもNBであるコカコーラのほうが小売店にもたらす利益は大であったという結果が出ている。「クラッカー」という食品品目においても、PBのほうが粗利益率は高いが、商品そのものの価格が低いためにNBのほうが利益額は高いという調査結果となっている(*3)。 こういった調査を通して、メーカーは、店舗ブランドよりも自社ブランドのほうが、店舗により高い利益をもたらすことを証明した。だが、メーカー自らがした調査というのは、どことなくウサンクサイ・・・・そう考える疑い深い読者のために、大手コンサルティング会社の調査結果も紹介しよう。

  1.  マッキンゼーがヨーロッパ市場において60品目の食品を調査した結果: 50%のPB商品において、1立方メーター当たりの利益は認知度の高いNB商品よりも低い。ただし、この調査は90年代半ばにされたものでちょっと古い。
  2. 2003年に実施されたボストンコンサルティンググループの調査: 米大規模小売店2社における50品目での調査によると、NBとPBとは、平均して、その利益額においてはほとんど変わりはない。ただし、商品カテゴリーや品目によって大きな差がある。

 もっとも新しい、そしてもっとも広範囲(200商品カテゴリー)にわたる調査結果は次のようになっている。(米国の大手スーパーマーケット・チェーンのデータを分析したもので、「Journal of Marketing (2004年1月号)」に発表された)

                       PB商品        NB商品

     粗利益率                   30.1%      21.7%

     純利益率                   23.2%      15.9%

     価格(PBの価格=$1と仮定)      $1         $1.45

     金額貢献                   $0.23      $0.23

     棚回転率/m2                 90          100

     単品ごとの利益貢献             21           23

 「PB戦略:PBの挑戦にメーカーはどう立ち向かうか?」という本の著者は、この調査結果を引用したうえで、「PB、つまり店舗ブランドは小売店にとって利益性が高い」とは必ずしもいえないと結論づけている。

  1. PBのより高い粗利益率は、PBの低価格によって相殺される。その結果、利益金額においてはPBもNBも変わらない。(こういうこともあって、最近は、多くの小売業者は、利益率ではなく利益額がNBより高いPBを開発するのを基本としている)。
  2. 棚回転率(在庫のはけるスピード)が非常に重要な要素となる。1)著名ブランドだったり、2)売れ足を速くするために多量に広告を出すNBはPBに勝つことができる。
  3. 粗利益率だけでなく、利益額、価格帯、棚回転率などを考慮したうえで、どの商品カテゴリー/商品品目においてPBを開発するべきかを決める。

 もちろん、小売業がPBを採用する理由は、利益以外にもある。たとえば、PBを出すことによって、メーカーへの圧力を増すことができる。これは、調査でも証明されている。PBシェアが高い商品カテゴリーにおいては、小売店はNBとの交渉において優位に立ち、より高い粗利益率を勝ち取ることができている・・・というアメリカでの調査結果がある。実際、PBシェアが高いカテゴリーでは、低いカテゴリーと比較して、小売店はメーカーのNB仕入れにおいて4%も高い粗利益率を獲得するのに成功している(*4)。

 PBで店舗へのロイヤルティを向上することもできる。これも調査で証明された。顧客のPB購買が1%上がるごとに、店舗へのロイヤルティが0.3%上がる。日本からは撤退したが世界小売業ランキング第2位の仏カルフールを対象にした調査では、カルフールPBの売上シェアと店舗へのロイヤルティとの相関関係は0.73と高かった(*5)。 20カ国以上の消費者調査によると、PBヘビーバイヤーは、店舗へのロイヤルティが高いことも明らかになっている。ただし、ヘビーなPBバイヤーは、経済的理由のためにいくつかの店舗を利用し、各店舗でもっとも安いPBを購買しているので、一つの小売業者にロイヤルティがあるというわけではない。米大手ドラッグストアにおける調査結果では、全購買金額におけるPBシェアが10%-20%くらいの消費者の特定店舗へのロイヤルティが一番高く、そのセグメントからの利益も一番高いことが明らかになっている(*6)。  

 結論は、PBを余りに強調しすぎると、選択肢の少ないことで消費者の不満足を生み出し、利益も減少する。NBより品質は落ちるが価格は安いPBなら、PBシェアは20%くらいが適当。しかし、安いPBだけではなく、高級PBも取り扱う小売業であるなら、最適なPBシェアは、20%よりも高く40~50%くらいでもよいのではないか・・・・・と、「PB戦略:PBの挑戦にメーカーはどう立ち向かうか?」の著者は書いている。

 ちなみに、2005年の数字では、欧米大手小売店のPBシェアは、ウォルマートが40%、英テスコが50%、仏カルフールが25%。ドイツの安売り店アルディ(あのウォルマートを降参させドイツ市場から撤退させたチョー激安店)のPBシェアは95%だ。

 日本の大手小売業2社(イオンセブン&アイ)はどちらも数年以内に、(とくに食料品分野において)PBシェアを20%にまで高める方針という。両社のPBも品質的にはNBより少し落ちるが価格的には安いというタイプのPBだから、上記の基準によれば、適切なPBシェアということになる。

 だが、そもそも、NBより品質が少し落ちる・・・ということは誰が決めるのか? もちろん消費者だ。ここで問題になるのは、消費者が知覚する品質だ。NBメーカーの野菜ジュースとPBの野菜ジュースと、品質の違いを消費者は知覚することができるのだろうか? この問題は、またあとで考えるとして、次は、メーカーにとってPBは儲かるのか?・・・をテーマとする。

 ・・ということで、次回は、NBメーカーがPBを製造することのメリット・デメリットを考えてみます。

 最後に、次回のテーマに関係したジョークをひとつ書きます。

 カナダのメーカーのブランドマネジャーが言いました・・・・「OXOX (ウォルマートでもセブン&アイでも恨みつらみのある大規模小売業の名前をいれる) と取引するのは最悪だぜ。条件が厳しくってさ。でも、それよりもっと最悪なことが一つだけある。OXOXとの取引がまったくないことさ(*6)」

                 ・・・・・・おあとがよろしいようで。

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参考文献:1.Francois Glemet, et al.,How profitable are own brand products, The McKinsey Quarterly November 1995 2.Nirmalya Kumar & Jan-Benedict Steenkamp, Private Label Strategy: How to Meet the Store Brand Challenge,Harvard Business Press 2007

*引用資料:1.LIen Lamey, et al., How Business Cycles Contribute to Pirvate Label Success, Journal of Marketing 71(January 2007) 2. Consumer Packaged Goods Private Label Share, M+M Planet Retail 2004, 3. Marcel Costjens, et al., Building Store Loyalty Through Store Brnds, Journal of Marketing Research (August 2000) 4.Kusum Ailawadi, et al., An Empirical Analysis of the Determinants of Retail Margins , Journal of Marketing (January 2004), 5. Jan-Benedict Steenkamp et al.,Fighting Private Label (London:Business Insights 2005) 6. Private Label Strategy:p.21

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2008年4月 1日 (火)

増殖するメディア(なんでもメディアになれる)

 消費者とのタッチポイントすべてを宣伝広告の機会と心得よ!

 これが、消費財メーカーや広告業界の最近の合言葉だ。マス媒体の威力が減少するなか、消費者との接点(タッチポイント)で広告を出す。その結果として、メディアの増殖(Proliferation of Media)が起こっている。

 たとえば、タマゴだってメディアになれる。

 2007年2月にテストされた「たまご広告」。300万個のタマゴに貼られたシールに日清食品「チキンラーメン」の広告が印刷されている。タマゴとラーメン・・・・レラバンス(Relevance、関連性、適切性)はバツグンだ。

 アメリカでは、2006年に、タマゴにレーザーで直に刻印する「たまご広告」が始まっている。3500万個のタマゴに、CBSテレビの番組広告がレーザー印刷された。朝食に卵料理でもつくろうかと冷蔵庫からタマゴを取り出すと、「毎晩8時の目玉(焼き)番組はなんといってもCBSニュース」というコピーが目に入ってくる。あるいは、「エッグいドラマが月曜夜9時に始まったよ」といった具合。たまご広告はどことなくユーモアがある。

 ペーパー・ナプキンだってメディアになれる。

 アメリカでは、2007年、レストランやバーでカクテルグラスを置く紙ナプキンにカラー印刷された広告が登場した。タッチポイントに広告を出すときは、1)消費者と接触している時間の長短、2)他の広告との競争の有無、3)消費者の注意をひきつけるクリエイティブが肝要だ。日本でいま伸びている屋外・交通広告で、電車の中づり広告は接触時間は長いが、他広告との競争には厳しいものがある。たまご広告は接触時間は短くても、競争が少ない。ペーパー・ナプキン広告は、消費者との接触時間が長いし競争も少ない。とくに、バーでお酒を一人で飲んでいるとき。バーテンダーとの話もつき、手持ち無沙汰のときはナプキンの広告をじっと見る。そこに、ウォッカや南国のリゾート地の広告でもカラー印刷されていれば、そのときその場の消費者の心理にスッと入っていける・・・かも。(もっとも、いまの日本なら、一人で手持ち無沙汰のときにはケータイで手遊びを始める傾向大。ナプキン広告の競争相手はケータイだ)。

 こういった「タッチポイントを利用したメディア」を使うときの問題点は、自己満足に陥りやすいこと。ROIを明確にしにくいこともあって、面白かった、話題になった・・・だけで終わってしまう。

 ROIが数値化でき、なおかつ、ターゲット・セグメントに見てもらえる確率100%、そのうえマス媒体顔負けの到達数を誇るメディアとして、アメリカで最近注目されているのがインサート・メディアだ。そして、アマゾンは、このメディアを提供することでオフラインでも広告収入を得ている。

 米アマゾンは、本を送るときのパッケージに他社の広告をインサート(挿入)するサービスを、2年の実験をへて、2004年1月に本格的に開始した。顧客に配送する本が入っているパッケージ・ボックスの中にパンフレットやサンプルを入れたり、また、ボックスの片側に広告を印刷できる。米アマゾンは、11月12月のクリスマスシーズンを除いて、毎月平均300万個のパッケージを出荷している。2007年には年間8000万個のパッケージが送り出されたという。

 メディア所有者としてのアマゾンの「売り」は:

  1. 顧客は高等教育を受けたどちらかというと高額所得者で、しかもオンライン購買者である。
  2. (自分が買ったものを見ないバカはいないのだから)、当然のことながら、開封率が100%。
  3. パッケージ一個につきインサート広告は1-4枚しか入れないから、顧客の注目を奪い合う競争が少ない
  4. 料金は一パッケージ当たり$0.04から$0.075で安い。しかも、大口割引がある

 いまはまだやっていないが、近い将来、購買した本でセグメンテーションできるようになれば、広告主はより関連性の高いセグメントだけに広告を出すことができる。しかも、到達数もマス媒体並みだ。だから、アマゾンも威張っていて、到達数最低100万人以上でなければ注文は受けない。しかも、大手メーカーや小売業の有名ブランドにしか広告サービスは提供しない。結果として、申し込み企業の80%はお断りしている状態だという。

 いったん、莫大な数の消費者を集めることに成功すれば、オンラインでもオフラインでも広告で商売ができる・・・ということだ。

 莫大な数の消費者とのタッチポイントを毎月創造することができる銀行やクレジットカード会社も、広告で付加収入を得ることができる。アメリカの銀行やクレジットカード会社が、顧客に送る利用代金明細書は、毎月合計して1億2500万通になるという。そして、小売業発行のクレジットカードの明細書は、毎月6000万通。到達数もハンパじゃない。アマゾンと同じく一流金融企業からの郵送物ということでイメージや信用度も高い。100%に近い開封率。しかも、郵便料金の関係からインサートは2-3枚しか挿入しないから競争も少ない。そのうえ、セグメンテーションもできる。

 実は、経費削減を考える金融サービス企業は、2000年ごろまでは、取引明細はネットでチェックしてもらおう・・・と考え、顧客を紙媒体からネットに誘導する方針で進めていた。だが、これだけネット利用が増えたアメリカでも、消費者は、(とくに金融関連の書類に関しては)書類を郵送してもらうことを好むことが調査結果で明らかになった。 

    紙媒体を選好する割合      99年       07年

    新商品の案内           77%        73%

    金融関連書類           93%        86%

            (ICR mail Preference Survey 2007)

 請求書や取引明細書をネットでチェックすればよいと答えた消費者は25%、書類を郵送してほしいが35%、ネットでチェックもするが書類も送ってほしいが40%。結局、経費がかかっても書類の郵送はやめられない。だったら、せっかくのタッチポイントの機会を生かして、広告料金を稼いで、経費の足しにしようというわけだ (ただし、紙の無駄使いについては、最近、とみにうるさくなってきている。今後、環境問題が深刻化するにつれて、ネットでチェックするだけで我慢しよう・・・という消費者のほうが多くなっていく可能性は非常に高い)。

 インサート・メディアの人気で、Transpromoという新語も生まれている。Transaction(トランズアクション/取引)に関する書類をPromotion(プロモーション/販促)にも利用するという意味。「転んでもタダでは起きない」精神を具体化した言葉だ。受取人一人一人に合わせたパーソナライゼーションや各セグメントごとに関連性の高い内容に変えることができるバリアブル・プリンティングの利用が進み、インサート・メディアの価値は余計に高まっている。

 メディアが増殖する社会では、どこをむいても、何を受け取っても広告ばかり。情報が氾濫する環境にいると、日本の保険会社や銀行が送ってくる、味もそっけもない通知文とか告知文風のパンフレットの入ったDMを受け取ると、なんだかホッとする・・・(って、むろん、皮肉です。お客様に対して、「お上からの御達し」ふうのDMを送ってくるなんて、ふんと、けしからんですよ、日本の大手金融サービス企業は・・・)。

 で、ここからは、「トレビアの泉」。たんなる話のネタです。

 道端で配るティッシュ広告は日本で60年代末に生まれたものだそうです。「ジャパンタイムズ4/21/07」の記事によると、高知県の紙製品メーカーが、当時、無料で配布されていた広告入りマッチ箱からヒントを得て、ティッシュを折りたたんでポケットサイズのパッケージにいれる機械を開発したのが始まりだそうです。そして、2004年、伊藤忠子会社のAdpack がティッシュ広告をアメリカで初めて配ってみた。最初は、ゲリラマーケティングの一種とみなされたようだが、いまでは、銀行やNOP団体などに利用されているらしい。

 んなこと、知らなかったなあ・・・。でも、「へえ~」度は2回くらいかな?

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 参考文献: 1.日本発の「たまご広告」、日本食糧新聞 2/5/07、2.Erik Sass, Wipe Me: Napkin Ads Extend Consumer Awareness, Media Post Publication, 11/27/07, 3.Alice Gordenker, Pokect Tissues,Japan Times Online 4/21/07,4.David S. Joachim, For CBS's Fall Lineup, Check Inside Your Refrigerator, The New York Times, 7/17/07, 5,Amazon Embraces Insert Opportunities, Media Buyer Planner 3/7/07,6.Amazon Rolls Out a Pakage-Insert Markeing Program for Other Retailers, Internet Retailer 3/9/04, 7.Jackie Kern, A Look Inside Statement Insert Programs, Target Marketing, 5/31/06 8.Research Shows that Mail is Still the Best Way to Reach Consumers, Pitney Bowes Homepage

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2008年3月23日 (日)

ウォルマートという名のTV局

 メーカーが小売業と比べて相対的にその力を失っている理由にはいくつかある。そのひとつに、消費者との接点を持っていないことがあげられる。メーカーには消費者と直接接触して商品を売り込む機会は少ない。でも、その代わりにマス媒体があった。とくにTVという威力ある媒体があって、コマーシャルを大量に流せばある程度モノは売れた。

 だが、そのTVがかつての馬力を失っている。マッキンゼーの調査によれば、アメリカにおいては、TV広告の威力は2010年には1990年の35%に減少するそうだ。チャネル数が増えた結果、TiVoに代表されるDVRを利用する消費者が増え、「コマーシャルが飛ばされる」ようになったのだ。メーカーは、ネット、プロダクトプレイスメント、ゲリラマーケティングなどさまざまな新しいメディアや風変わりな手法を駆使しているが、こういった「話題にはなっても効果的には限定されている」手法では、TVの失われた威力を補うことができないでいる。よって、ブログとかSNSとかサーチエンジンとか騒がれてはいても、米メーカーは大部分の広告予算をいまだに旧来からのマスメディアに投資しているのだ(広告費用の10~20%を新しいメディアに使っているのはメーカーの二分の一、そして三分の一が10%以下しか使っていない)。

 メーカーが消費者に影響を与える手段を以前にまして失ってきているというのに、小売業は、消費者ともっとも濃密な関係を持てる接点(タッチポイント)である店舗を、より効果的に利用する方法を拡大している。

 最近、注目されているのは、店内TV放送。そして、この分野でも先駆者は、(いわずもがなの)ウォルマートだ。

 ウォルマートが店内テレビ放送を始めたのは1997年。そして、2007年現在で、アメリカ全土における3100店舗に12万5000台のスクリーンが設置され、毎週1億2700万人が見る(厳密にいえば、見る可能性がある)。コマーシャルだけでなく、ニュース、天気予報、スポーツ、コンサート、会社のPRなども流し、コマーシャル自体の放送時間は一時間に34分となっている。広告主はクラフト、ペプシコ、ユニリーバといった大手消費財メーカーを含めた140社で、コマーシャル一本を4週間流すのに、(コマーシャルの長さや放送する店舗数によって値段は上下するが)、13万7000ドルから29万2000ドル支払う。ウォルマートは広告収入の具体的数字を公表するのを避けているが、数百万ドル・レベルだといわれている。粗利益率の低い小売業にとっては純利益を押し上げてくれる貴重な財源だ。

 ほとんどの商品の購買決定の70%以上は店舗内できめられるという。そして、2005年の調査によると、来店客の約42%が店内のTVスクリーンから流れるコマーシャルに目を留める。しかも、店内テレビ広告の平均想起率は56%で、(当然のことながら)通常のテレビ広告の21%よりずっと高い。特定商品の広告を店内TVで見た来店客の15%がその商品を買うという調査結果もある。まさに、シリーズ第1回で紹介したP&GのCEOの名言どおり・・・「メーカーは消費者と交渉しているというのに、小売店は購買者と交渉できる」のだ。小売店は消費者が購買するその場で、最適なタイミングで購買者に商品を売り込むことができるのだ。

 ウォルマートTVは最初こそ視聴者数の規模が話題になった。毎週1億3000万人が見ているTV局は、CBS、ABCといった米四大ネットワークに次ぐ、第五のTVネットワーク局だ・・・といった具合に・・・。だが、ウォルマートTV局はネットワーク局とは違い、セグメンテーションやターゲティング機能もそなえるように進化した。衛星放送からインターネット・システムに変更することで、どの店舗のどの場所に置かれたスクリーンにどのコマーシャルを流すかが変更できる。たとえば、歯磨き関連の商品が並んでいる棚近くにあるTVスクリーンからは、ファイザーのリステリンの使い方を説明するインフォマーシャル広告が流される。ボディ関連商品の陳列棚付近を歩いていると、前方の天井から吊り下げられたTVスクリーンから、「ユニリーバのダブ製品を使っているおかげで肌がとってもきれいになったわ」と自慢げに語るウゥルマートの従業員が登場するコマーシャルが流れてくる。店舗のある地域の特徴や気候・経済状況にそった適切なコマーシャルを放送することもできる。

 ウォルマート以外の大規模チェーン小売店も店内TVネットワークを拡大する傾向にあり、2008年に小売業がメーカーから獲得する広告収入は3億3000万ドルに達すると予測されている。

 「これじゃあ、太刀打ちできないな。小売店PBと競争するために、店内でコマーシャルを流してもらう。そのために、小売店に広告料金を支払う。『ふんだりけったり状態』だな。頼りにしていたマスメディアの衰退とともに、メーカーもかつての栄光を失っていく運命にあるのか?」 

 「大丈夫だよ。メーカーもネットを使えばいい。サイトで消費者との相互交流をはかる。ブログやSNSのクチコミ宣伝だけではおぼつかないのなら、ネット販売すればいいじゃないか? 単価の安い商品はまとめ買いしてもらわないと配送費のほうが高くなってしまうという問題はあるけど・・・・」

 たしかに、日用品とか食品とかをメーカーが直接ネット販売するためには、克服しなくてはいけない多くの問題がある。だが、その話は後にするとして、ここで提議したいことは、「消費財のネット販売ですら、ウォルマートのような大規模チェーン小売店には勝てない」ということだ。アメリカでマルチチャネル化が進むなか、「ウェブサイトを駆使している店舗小売業者は、ネット販売業者との競争において優位に立てるだろう」と予測している証券アナリストもいるくらいだ(注目のキーワード5「サイトからストアへ」参照)。 

 インターネットで儲けるビジネスモデルは、結局、いまのところ、ネット上でモノを販売するか、あるいは人間をたくさん集めることによって広告を販売するかだ・・・ということがわかり、つかみどころのなかったモノがつかめるようになって、なんだかホッと安堵したひとたちも多いことだろう。こんなことを書くと、「ウェブ進化論」の著者梅田望夫氏に「ネットの世界に住まない」旧世代の典型的コメントだとタメ息つかれそう。

 だけど、しょーがないじゃん! それが事実なんだから。

 だいたいにおいて、インターネットに民主主義とかイデオロギーとか哲学を見るのは勝手だけど、だからといってネット・ベンチャーの担い手がそれだけ思想家というわけでもないし金儲けに興味がないわけでもない。(って、ネット評論家全般にみられる風潮を皮肉ってるだけで、「ウェブ進化論」を批判しているわけでは決してありません。この本は、「将来ともに捨てない本」として私の書棚に確固たる位置を占めています)。

 話をネット広告にもどします。

 広告料金を徴収するには、1)より多くの人に広告を見てもらうか、2) 数は少なくてもターゲットとして適切な人たちに広告を見てもらう。Web2.0も、結局のところ、その2つの手段を提供する仕組みづくりのために利用されている。要は、好ましい客をたくさん集めて広告収入を増やす・・・そのために様々なテクノロジーが駆使されているのだ(そう考えると、また、ホッとする)。

 この観点からネットビジネスの現状を見ると、ウォルマートのTVネットワークがけっこうすごいものだとわかってくる。広告を見る場に集まる人の数もすごい(アメリカだけで一週間1億3000万人)。だが、購買するその場所でRelevance(関連性)の高い広告を流すことができるという行為は、どのメディアにもマネができない。この限りなく臨場感の高い広告には、デジタルメディアにも到底マネのできない、説得力、ド迫力がある(もちろん、その場でダウンロードできるデジタル商品は別だ)。

 人が集まる、しかも、買い物をするために集まる物理的な場所をアメリカだけでも約3400ヶ所(2008年現在)所有しているということは、すごいことなのだ。アナログでもこれだけの規模の場所を確保できていれば、ネットには負けない、いや、それ以上の力を発揮することができる(海外の約3000店舗にTVスクリーンを設置する投資費用を考えると、店内TV網を拡大する費用はネット上ほど安くはないことは認めるけれど・・・)

 梅田氏によれば、インターネットの真の意味は、「不特定多数無限大の人々とのつながりを持つためのコストがゼロになったこと」だそうだ。不特定多数無限大の人々から1円もらえば一億円になる。これは、従来では、儲からないビジネスモデルだった。でも、数が増えれば儲かることになる・・・と「ウェブ進化論」には書かれている。ウォルマートはもともと薄利多売で数が増えれば儲かることを信念に、強迫観念にかられたように、国内そして海外で店舗数を増殖させてきた。この店舗がネットと結びついたとき、アマゾンのようなネット専門販売企業にはマネができない底力を発揮する。そして、また、ショッピングすることを目的とする人が集まる場所をヴァーチャルの世界ではなくリアルな世界で提供することにより、非常に魅力的な広告の場を提供し広告料金を徴収することもできるようになるのだ。

 (日本の場合は、コンビニや郵便局で同じようなことができるし、すでに、コンビニではレジ広告、ATM設置、ネット購買商品の受け渡しなど物理的拠点としての機能を生かしたビジネスが始まっている。ただし、日本の場合は、TVの威力はアメリカほどには衰えていない。いぜん強力な媒体だ。したがって、コンビニや郵便局は広告メディアとしては利用価値はまだ余り高くないかもしれない。こういったことについては、また、次の機会に・・・)。

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参考文献:1.梅田望夫「ウェブ進化論」ちくま新書、2.「販促は店内TV]日経MJ、3/24/07、2.Eric Newman, What's In-Store? Lots of TV Ads, Brandweek  Com. 11/19/07,3.Laura Petrecca, Wal-Mart takes in -store TV to the next level, USA Today 8/28/07, 4. Constance L. Hays, Wal-Mart Is Upgrading Its Vast In-Store Television Network, The New York Times 2/21/05,5. Blair Crawford, et al., How Consumer Goods Companies Are Coping With Complexity, The McKinsey Quarterly May 2007

Copyright 2008 by Kazuko Rudy. All rights reserved

2008年3月12日 (水)

小売がメーカーになる日(小売とメーカーのバトルロワイアル)

 メーカーと小売りが合体した業態もある。たとえば、衣料品分野ではユニクロや無印良品のようなSPA(製造小売業)。だが、日用雑貨や食料品分野では、メーカーと小売店(総合スーパー)とに分かれていて、粗利益の10円や100円をどう分け合うかで熾烈なバトル・ロワイアルをくりひろげている。

「メーカーと分け合わなければ、もっと多くの利益を手中にすることができる」・・・・小売業者がPB商品をつくるようになるのは自然の成り行きだ。

 (日本では、PB『プライベート・ブランドPrivate Brand』と呼ぶが、英語ではプライベート・レイベルPrivate Label。生産を委託されたメーカーが製造した製品に小売店独自のブランド名が印刷されたラベルを貼ってPBとして販売する。だから、プライベート・レイベルと呼んだ)

  日本では、食料品の場合、NB(ナショナル・ブランドNational Brand)商品の粗利益率は20%前後だがPBは30~35%。よって、価格もNBより20~30%安くすることができる。総合スーパーのイオンは2011年までにPB商品売上比率を20%にすると発表。コンビニのセブンイレブンと総合スーパーのイトーヨーカドーを抱えるセブン&アイも、食品売上の15~20%をPBに・・・と計画している。大規模小売店の二強がいよいよPB導入に本腰をいれるということで、メーカーは戦々恐々としている。

 海外のPB商品の勢いはもっとすごい。米ウォルマートのPB比率は40%だが、食料品、日用雑貨品、衣料品、家庭用品など約30種類のPBがある。広告宣伝費をつかわないことで有名だったウォルマートも、自社PBのTV広告を始めたし、PB商品のためのロゴのデザインや広告コピーをつくる専任クリエイティブチームもつくった。ウォルマートは「大規模小売店を運営する能力だけでなく、ブランド管理のノウハウも持たなくてはいけなくなった」と業界筋は語っている。

 ウォルマートのPBで驚いてはいけない。なんといっても、PB先進国はヨーロッパなのだ。ドイツやフランスのディスカウント・ストアの超安値のPB、英国の総合スーパーの高級イメージのPBとの戦いに苦戦して、ネスレ、ユニリーパ、ダノン、ロレアルといった超一流企業の誰もが知っているグローバル・ブランドの売上が落ちているくらいだ。ヨーロッパにおける小売PB商品は、化粧品、ベビー用品、風邪薬などの大衆薬(そして、英国では金融サービス)にまで広がっている。こういった商品は、消費者がその品質や安全性に関してもっとも神経質になるタイプの商品であり、信頼のおける企業からしか買わないタイプの商品だった。

 伝統的に、小売のPB商品はNBより値段の安い類似品という位置づけだった。NBより品質が劣るけれど、その分安い代替品で、食品や日用雑貨という低関与品が中心だった。小売店は価格でNBより優位に立つことだけを考えて、NB商品になるべく似せてPBをつくった。こういった低価格のPB商品と競争するためにNBも価格を下げざるをえなくなり、結果、NBの利益率が低くなる。これは、いまの日本市場で見られる現象だ。(もっとも、小売はメーカーに対して、「もっと企業努力しろよ。小売のPBがこれだけ安くできんだから、てめえらだってもっと頑張れるだろ」って、まあ、もっと上品な言葉は使っているだろうけど、こんなようなことは言ってるらしい)

  1. NB商品に依存しているだけでは、他店との差別化ができない。なぜなら、NB商品はどこでも売っている。
  2. だからといって、価格だけで差別化したPB商品を販売しても、結局は、他店のPBやNBとの価格競争に陥り、利益が損なわれる。

 ・・・ということで、英国の大手スーパーは2001年ごろから、価格志向のPBだけでなく、高級品志向の顧客セグメントに合ったPB商品も開発するようになった。英国最大手の総合スーパー「テスコ」のPB比率は40~45%。労働者階級の家族のための低価格で低関与品のPBを販売すると同時に、高級イメージのグルメ食品からパッケージデザインに凝った化粧品まで、さまざまなPB商品を取り扱っている。

 (個人的感想でいえば、日本のセブン&アイは「低価格なNB類似品」的なPB商品開発に興味があり、イオンは英国型の「NB並みの価格で他店と差別できるような個性的PB商品」も開発販売したいという意欲があるように思われる)。

 大規模小売業はメーカーに比べて、自社PB販売において、次の4つの点で優位に立っている。

1.販売できる商品カテゴリーに制限がない: 

小売店なら食品から寝具のシーツ、子供のおもちゃ、家電・・・と範囲をひろげていっても消費者の心理的抵抗はない。だが、たとえば、アサヒビールがサプリメントを売るのはOKでも化粧品を売り始めたとしたら? 顔に塗るだけで酔っぱらいそう。ビール会社製造のベビーフーズもちょっと買いたくない。

英国の大手スーパー「セインズベリー」が2002年に発売したトイレタリー/化粧品のPB「Active Naturals」はセロリ、蜂蜜、オレンジ、緑茶といった自然の原料が少なくとも2つ含まれていることを特徴としている。名前も「マンゴ&ネクタリン ボディクリーム」とか「ライスミルク&バニラ ボディーローション」なんておいしい名前になっている。そして、パッケージは、材料に使ったマンゴやネクタリンの写真がデザインされたお洒落でファッショナブルなもの。化粧品にはうるさい私もちょっと使ってみたくなるパッケージだ。食べ物を使うことで、食料品を販売しているスーパーが発売するのにふさわしい化粧品・・・そんなふうに消費者に知覚されるように工夫したのか? セインズベリーは、「Ative Naturalsというブランドは、食品を買うときに、どういった食材が使われているか、その真正さを厳密にチェックするタイプの消費者にアピールすると考えて開発されました。顧客データを分析したところ、こういったタイプの消費者は、我々の顧客の40%を占めることがわかったのです」と言っている。

2.店舗そのものが広告媒体になる: 

NBメーカーの卸値が高い要因のひとつは莫大な広告費が含まれているからだ。だが、大規模小売店は、店舗内のPOPディスプレイや陳列手法を最大限に活用することで自社PBを宣伝できる。P&Gのアラン・ラフリーCEOは「メーカーは消費者と取引しようとしていますが、店舗は購買者と取引できるのです」といっている。なんといっても購買決定の70~80%は店舗内で決まる。コマーシャルを流しているテレビの前ではないのだ。

3.小売業者は消費者について知識をもっている: 

日本や米国の大規模小売店はポイントカードは発行していても、顧客データを役立つ形で分析するまでにはいたっていない。英国の大手スーパーは買い物客の顧客データベースに基づいて金融サービス業を始めたくらいだ。顧客データに基づいて、適切なセグメントに適切なPB商品を開発し、そのセグメントにDMや雑誌を通じて宣伝する。

4.サプライチェーンに融通性がある: 

発展途上国援助への関心が高まるなか、英国の生協はチョコレートのPB商品にフェアトレードの材料を使うと発表した。NBメーカーは、原材料の品質や価格を長期的に維持するために、原産地サプライヤーに資本参加したり、あるいは、自ら現地の施設に投資をする。簡単に仕入先を変えることはできない。ネッスルが人気ブランドの「キットカット」にフェアトレードの原料を使おうとしたら、経費が高くなり値上げせざるをえなくなるだろう。

 カナダの最大手スーパー「ロブローズ」は、NBよりも高品質でそのくせ安いPB商品で有名だ。「プレジデントの選択President's Choice」というこれみよがしの名前をもったPBは、直接競合関係にならないスーパーで販売されている。アメリカ、香港、南アメリカのスーパーでも販売されている。ロブローズが食品卸業も兼ねているから比較的たやすくできたことではあろうが、それでも、小売業者が自社ブランドを他の小売業者に販売するという現象は注目に値する。

 「小売はメーカーにすでになっている」・・・のだ。

Ilm05_cb10029s_2独断度100%のコメント

 小売店PB商品を製造しているのはメーカーだ。PB専門に製造するメーカーもあるが、NBメーカーも小売PBを製造している。それは、誰もが知っている事実だ。でも、消費者には秘密にするものだ。だって、同じメーカーが、たとえば野菜ジュースをつくっていて、PBとNBと値段が違っていたらおかしい。メーカーとしては「品質が違います」と言い訳するつもりかもしれないが、高品質だから150円、低品質だから120円というのは、正しいようで正しくない。どういった具合に品質が悪いのだ?と顧客に尋ねられて、どう答えるのか? まさか、「悪い材料を使っています」とか「味がちょっと落ちます」とかは答えられないだろう。そういったふうに野菜ジュースの材料や加工過程を変えることで値段を上下できるということは、メーカーのNBの品質そのものの真正さがゆらいでくる・・・少なくとも消費者はそう感じるだろう。どんなに正当化しようとも、「XXが違うから値段が違います」という言い訳は、きちんとしたメーカーならできないはずだ。

 だからといってメーカーがPBを製造するなと言っているわけではない。工場の稼働率を上げ生産性を上げ、ひいては、NBのコストをさげるためにPB生産を引き受ける必要もある。あのP&Gだって、アメリカではやっていないが、ヨーロッパでは「工場施設を遊ばせないため」にトイレットペーパーやペーパータオルの委託生産を引き受けているという。ただし、あくまで、密やかに・・・・だ。

 ところが、日本では、NBメーカーがPB生産を引き受けていることがおおやけにされた。2007年、セブン&アイはPB「セブンプレミアム」のパッケージの成分表示部に委託製造業名を示すメーカー名を印字すると発表した。消費者にも誰が製造しているかわかるってことだ。「大手メーカーと組んでいることをあえて表記し、消費者が気にかける安全性を担保した」のだそうだ。でも、これはおかしいだろう。自分たちは消費者に信頼されていない・・・と自覚しているのか? それとも、何か問題が起こったら、メーカーの責任にすればよいということなのか? メーカーが小売の圧力に屈したということだろうけど、これは、やっぱり、おかしいと思う。

 ネスレ、クラフト、デルモンテ、ユニリーバなど、グローバルブランド・メーカーも、小売のPBブランドを(とくにヨーロッパでは)供給している。15~20年前なら絶対にしなかった。たとえしていてもウソをついた。でも、背に腹は変えられない・・・といったところか。最近では、半分、おおっぴらになってきている。だけど、やっぱり、消費者が小売PB商品のパッケージを見て製造元としてNBメーカーの名前を見つけるのはおかしいと思う。それは、メーカーが自分のブランドの価値を自ら引き下げていることと同じではないだろうか? (『おかしいと思う』という言葉を4度も使ってしまいました。それほど『おかしい』と思っているのです。あっ、また、使ってしまった!)

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参考文献:1. Meera Mullick-Kanwar, The Evolution of Private Label Branding, BrandChannel  Com. 5/9/04, 2. Nathalie Hayward, Private Label in the U.K. 11/26/02-12/2/02, Euromonitor International, 3.Carol Matlack, The Big Brands Go Begging in Europe, BusinessWeek  3/21/05, 4. セブン&アイとイオンのPB戦略、日本食糧新聞5/30/07、5. PB商品2強激突、日本経済新聞5/18/07、6.セブン&アイが自主企画商品、日本経済新聞 7/09/07、7

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