レラバンスと行動ターゲティング
レラバンス(Relevance)とは関連性とか適切性とかいった意味。米ダイレクトマーケティング協会は、すべてのマーケティングがダイレクトマーケティング化しているのは「ダイレクトマーケティングには3つのRがあるからだ」といっている。
3つのRとは・・・
- Relevance・・・・ダイレクトマーケティングは顧客ひとり一人に、関連性が高い商品/サービスに関するメッセージを適切なタイミングで発信する。
- ROI(Return On Investment、投資利益率)・・・・顧客へのコミュニケーション(販促)活動の費用対効果が数値化できる。つまり、マーケティング投資の投資利益率を明確にできる。
- Responsibility(責任)・・・・ダイレクトマーケティング企業は、上記2点を可能にすることに伴う弊害を常に意識しなくてはいけない。つまり、適切なタイミングで各顧客に適切なメッセージを発信するためには、顧客データを収集し保存・蓄積しなくてはいけない。こういったデータが外部に漏れないようにする責任は無論のこと、利用方法においても、企業には顧客との約束を守る義務がある。そういった責任を守らなければ、プライバシーの侵害だと消費者から反発され、ダイレクトマーケティングは力を発揮することができなくなる。
顧客ひとり一人に関連性の高い商品・サービスを適切なタイミングで販売する・・・・あらゆるマーケッターにとっての夢である。だが、夢はなかなか実現できないから夢なのだ。顧客データベースを活用してきた企業ならわかっているはずだ。過去の購買データやデモグラフィック・データを分析して、次にA商品を買ってくれる顧客を、たとえば90%の確率で選択することはできる。だが、一週間以内に買ってくれるのか1ヶ月から3ヶ月以内に買ってくれるのか、タイミングを予測することは非常にむつかしい・・・のだ。
(ちなみに、デモグラフィック・データというのは性別、年齢、家族構成、職業、所得といった人口統計学的データのことだが、こういったデータの大半は、顧客データには含まれていないことが多い。「年齢」も最近は尋ねられないし、尋ねても本当のことを答えてくれない。我輩なども、ネットで質問されるとき、生年月日はその日の気分次第で変えている《どんな気分でも、実年齢より多く書くことは絶対にないけどね》。どちらにしても、デモグラフィック・データの需要予測能力は低い。つまり、その顧客が次にどういった行動をとるかを予測する能力が低いのだ。ただし、銀行、保険、証券会社といった金融サービスの場合は、人生のライスステージによって必要とされる金融商品がある程度決まってくるので、デモグラフィック・データは次ぎの行動を予測する重要な手がかりとなる)
ボーナスが出たらバッグを買いたいと思っていたとしても、実際に買うという行動に移るときには、ちょっとしたきっかけがトリガー(引き金)となっていることが多い。たとえば、会社の同僚が新しいバッグを買った。それを見たら、自分のバッグが余計にみすぼらしく思えて、ボーナス前なのに買ってしまった。それとは反対に、ボーナスが出る前日にTVをみていたら、世界的に景気が悪化しているというニュースが流れ、貯金をしなくてはいけないという気分に陥ってしまいバッグを買うのは止めにした。・・・・よくあることだ。カタログ販売やネット販売企業は、彼女の過去の購買データから、彼女が単価いくら以上のどういったタイプのバッグを購買する傾向が高いのかを分析できても、実際のタイミングを(販売促進メッセージを発信するタイミング)を計算することは非常にむつかしいのです。
タイミングを予測できないからといって、購買傾向が高いと分析された顧客には販促メッセージを頻繁に送ればよいというものではない。メッセージ発信の頻度が多すぎると、見もしないで捨てたり消去されたりしてしまう。
ダイレクトマーケティング企業は90年代半ばころから、EBM(Event Based Marketing)という手法をさかんに採用するようになった。これは、「顧客がいま強く認識しているニーズ」、「顧客が近日中に起こそうとしている行動」、「高い購買傾向」を示唆するイベント(Event、出来事や事象)を察知して、顧客が行動を起こしてしまう前に顧客ひとり一人にパーソナライズされたメッセージを発信する方法です。たとえば、某銀行で、ATM取引に異常なパターンが現れた顧客がいる。これまでは東京都内のATMから現金が引き出されていたのに、この四週間くらいずっと名古屋のATMが使われている。この顧客は名古屋に引っ越したのかもしれない。そうであれば、他の銀行に口座を移す傾向が高い。過去データを分析して、引き止めたい顧客であれば、顧客の選好するチャネル(DM,eメール、電話)で即コミュニケーションを開始する。
EBMが採用される理由は3つある。
- 適切な商品は予測できても、タイミングの予測はむつかしい
- 情報過多やプライバシー問題・・・・商品を買う傾向が高いグループだからといって、余りに頻度多くメッセージを発信すれば、情報過多な環境に身をおく消費者に嫌われる。だからタイミングとターゲットを絞る。
- レラバンシーが高いぶん、リスポンスが高い・・・・伝統的なダイレクト・コミュニケーションと比較してリスポンス(反応)が5倍高いという調査結果も出ている。
顧客の行動を察知する方法には様々なものがある。顧客の購買頻度の変化や利用パターンの変化を観察して異常を察知するジミメなものから・・・
- 保険会社にとって顧客からの住所変更届けは重要な手がかりです。住所変更をしたということは、結婚したり子供が誕生してスペースの大きな住居が必要になったのかもしれない。あるいは、転職したかもしれない。いずれにしても、契約者は人生の大きな転換期にあるわけで、既存の保険内容がそぐわなくなり、解約する可能性も高い。すぐに、コンタクトをとりましょう!
- カタログ販売企業の某顧客の購買商品の内容が従来のものとは大きく変化した。これまで買ったことのない男性衣料品やベビー用品を買うようになった。結婚したかもしれない、あるいは、赤ちゃんが生まれたのかもしれない(あるいは、できちゃった婚かもしれない!)。この顧客には、男性用品やベビー用品を特集した情報を送るとよいかもしれません。
- おつきあいしている彼女をデートに誘ったら、急用ができたと断られた。そういえば、先週金曜日に会ったときにはやけに無口だった。またまたそういえば、先々週のデートのときに、「たまには洒落たレストランに行きたいわ」と口をとんがらせていた。三つの出来事を足すと・・・ムムッ! これは「いまそこじゃなくってここにある危機」だ。彼女の気持ちがボクから離れていっている。そこで、即座に深紅のバラの花束を贈り、「来週の金曜日、ミシュラン推薦のフレンチを予約したよ」と書いたカードを添える。・・・・もっとも、まず最初に、そこまで引き止めたいと思うほど価値ある彼女かどうか見極める必要がありますけどね。(現代マーケティングの理論化に貢献したレビット教授が夫婦の関係にたとえたように、企業と顧客の関係は男女の関係にたとえるとピンときます。ただし、企業が片思いしてつくして捨てられることが多いのですが・・・・)。
EBMではAというイベントが発生したらCメッセージを送るというルールをつくり、こういったルールデータベースを、顧客データベースにリアルタイムにあるいは定期的に重ねます。そのときに、各顧客の基本情報(売上への貢献度、利用チャネルなど)にもとづいて、このひとは貢献度が低いからメッセージを発信しない、このひとにはDMではなくてeメールを利用する、この人には5%割引のオファーを提供する・・・といったふうに、利用チャネルやメッセージ内容を顧客ごとに変えます。つまり、EBAはパーソナライズされた販促活動の自動化を目指しているのです。
でも、肝心なことは、いかにタイミングよくメッセージを発信するかということ。イベントが発生した後、24時間以内にメッセージを発信した場合のリスポンス率を60~70%とすると、48時間後ではリスポンスは40%以下に落ち、10日たつとわずか5%に落ち込んでしまうという調査結果もあります。
グッド・タイミング・・・これがEBA、そして、いま流行りの「行動ターゲティング」のすべてなのです。
やっと、ここで、本題の「行動ターゲティング」にたどりつきました。
EBMを10年以上経験してきたダイレクトマーケターにとって、サイト上で「行動ターゲティング」ができることは、「すっげえ」ことなのです。上に紹介した調査結果にもあるように、消費者がなんらかの行動を起こしたときに、いかに素早く反応をおこすかによってリスポンスが違ってくる。「鉄は熱いうちに打て」のコトワザのとおり、消費者が興味を示したところで(たとえば、XX区のマンションの情報ページを見る行動が続いたその日、あるいは翌日)、提携サイト内のまったく関係ないページを見ているところに、適切なマンションのディスプレイ広告を出す。こういった広告の出し方をすると、その広告がクリックされる確率は通常の広告に比べて非常に高い。日本のヤフーの場合、クリック数は2.5倍になるという。
当然のことだろう。
顧客の次の行動を予測する能力があるデータは、なんといっても行動データなのだから・・・。
それに比べると、デモグラフィックデータとかジオグラフィックデータとかの需要予測能力はかなり落ちる(だから、デモグラフィックやジオグラフィックは行動データと組み合わせて使われる)。まして、消費者の心理を探ろうとするサイコグラフィックデータや(サイコグラフィックと同じような意味で使われることも多く、意味そのものが非常にあいまいな)ライフスタイル・データの需要予測能力は非常に低い。この二つのデータのもともとの役割は需要予測にはないのです。たしかに、行動データから、その顧客のライフスタイルを推察することはできる。あるいは、また、アンケート調査をして、サイコグラフィック・データやライフスタイル・データを集め、その結果から、顧客をライフスタイル分類することもできる。だが、こういった分類をすることの目的は、需要予測能力を高めることにはないのです。
なのに、なぜか、日本で行動ターゲティングを説明している記事には、サイコグラフィックとかライフスタイルとかいう言葉がやたら登場するのです。日本のネットマーケティングのひとたちは、80年代から(いや、通信販売会社を例にとれば、コンピュータが登場する以前から)顧客の行動予測の精度をあげるために、つまりレラバンスの高いメッセージを送るために、顧客データを分析し検証する経験をしてきたダイレクトマーケティングの専門家の意見に耳を傾けるべきです。ダイレクトマーケターは、すでに、80年代、行動予測することとライフスタイル・セグメンテーションとをゴチャマゼにするという同じような失敗を経験しています。
行動ターゲティングはその言葉どおり、行動にあわせてタイムリーに反応することがウリなのです。英語でBehavioral Targetingを検索しても、サイコグラフィックとかライフスタイルなんて言葉はほとんど登場しない。アメリカのYahoo, MSN, Googleだって、行動ターゲティングサービスに関して語るとき、サイコグラフィックとかライフスタイルとかいう言葉は使っていません。
ちなみに、Gooleはプライバシー問題に配慮して、YahooやMSNとは一線を画し、行動ターゲティング広告は、そのセッションだけに限る。つまり、昨日サイトでどういった行動をとったかということは、何も記録しないし、何も保存しないし、何も思い出さない・・・と、2007年には言っている。「そのとき、その場のユーザーの行動に基づいて広告を出すほうがよりレラバンスが高いと我々は考えています」と担当者は答えている。もっとも、この言葉をそのまま素直に受け取っている業界人はいないようだ。当時、検索の王者グーグルは、ディスプレイ広告のダブルクリックを買収することへの、ヨーロッパやアメリカの公共機関からの了承をとりつけている最中だった。消費者団体は、この買収が承認されれば、グーグルは遅れをとっていたディスプレイ広告にも積極的に進出でき、自分たちがもっているユーザーの検索結果情報を広告主に提供するのではないかと懸念を表していた。だから、2007年夏には、関係者を刺激しないように、行動ターゲティング広告はそのセッション限り・・・と宣言したのではないかと疑ったのだ。そして、2008年4月、ダブルクリック買収は晴れて認められた。
サイトで検索に使っている時間はわずか5%といわれる。そしてサイトに滞在中、ネットユーザーの85%はダブルクリックが提供する広告と頻繁にコンタクトしているといわれる。検索の王者グーグルは、ダブルクリックを買収することで、残りの95%の時間においてもお金儲けをすることができるようになったというわけだ。
最後に、私が好きなレラバンスの高い広告を紹介します。行動ターゲティング広告などというレベルのものではありません。インターネットが普及して、ディスプレイ広告のインタラクティビティが話題になったころの昔の話です。ビジネス・経済ニュースのサイトの株式ページで、平均株価がたとえば20ポイント以上下がると、頭痛薬の広告が出る・・・・それだけのことです。でも、ユーモアがあるから好きです。もっとも、株で大損をしたひとには、ブラックユーモア過ぎてついていけないかも・・・。
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参考文献:1. Lisa Loftis, Let's Get Personal Event Based Marketing, Intelligent Solutions, Inc., 8/29/07, 2.Rich Tehrani, Google Achieves Behavioral Targeting Nirvana, TMCnet, 8/16/ 07, 3. Eric Auchard, Google wary of Behavioral Targeting in Online Ads, Reuters, 7/31/07, 4. Louise Story, To Aim Ads, Web is Keeping Closer Eye on You, The New York Times, 3/10/08,5. 「ヤフー、行動ターゲティング広告に地域・属性を掛け合わせ」、CNET 11/01/07
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