2009年1月 8日 (木)

不況下で巣ごもる消費者にモノを売る 

Stnd007s一度、実験してみたいと思う。政府や日銀が発表する経済指標が明らかに景気後退を示しているときに、不景気とか不況とかにまったく関係ないニュースを流す。日比谷公園に集まる仕事も住居もない人たちにインタビューする代わりに、お正月休暇に海外(しかも、韓国とか台湾とかいった近場じゃなくて遠くヨーロッパまで)出かけるひとたちにインタビューして、ファーコートに身を包んだ美人が「ウィーンでニューイヤーコンサートを聴いてきます」と答える。あるいは、「オーストラリアで夏を楽しんできます。青いサンゴ礁が待ちきれなくって・・・。毛皮の下は水着ですわ」なんてのもいい。

 景気のよいニュースばかり流れてきたら、買い控えはもっと少なくなるかもしれない。なんたって、日本人の一世帯当たりの平均金融資産は1259万円(2007年度)で、この金額はアメリカの三分の一程度だが、英国、ドイツ、フランスよりも高い。しかも、この1259万円の5割をしめる預貯金額だけを比べると、アメリカよりも高い。つまり、日本人はゲンナマをもってるってことだ。(ひたすら自分の論理を追求していきたい私としては、日本人は、住宅ローンとか老後の暮らしのために貯金が必要だというような論理の邪魔になる話はシカトする)。

 要は、私が言いたいことは、生活に余裕があるひとはけっこういる・・・ということだ。

 消費者調査をすれば、「高いものは買えません」とか「生活は以前より苦しくなった」と答える割合が多いことは事実だ。だが、「100円でも安いものを買い求める」と答えたひとが、人気のバームクーヘンを買うために行列に並んだり、改築前の歌舞伎座での「さよなら公演」を見るために一万円以上のチケットを買っているのも事実なのだ。

 日本社会は全体的に「不況なんだからそれに似合った行動をとらなくてはいけない」ムードに陥っている。そして、まわりに同調することで文明を築いてきた人間としては(同調については「不可解な消費者行動シリーズNo.5」、ムードについては「注目のキーワード4」を読んでみてください)、そのムードから逸脱した考え方をすることはできない。たとえ、自分にはコートを買う金銭的余裕があったとしても・・・だ。

 そういった不況ムードに陥った(お金を持っている)消費者セグメントに、どう対応したら、モノを買ってもらえるのか? 

 まず大事なことは、購買を正当化してあげること。

 クビになった派遣社員たちの様子が連日ニュースで報道されれば、必需品でもないものを買うことに罪悪感を感じるようになる。だから、消費者は、無意識のうちに購買を正当化する理由を探している。食料品だと高級・高額品でも売れるのは正当化しやすいからだ・・・「病気をして医療費を払うよりは、品質のよいもの」、あるいは「たまには栄養価の高いお肉も食べなくっちゃ」。同じ理由で、健康関連商品も正当化しやすい。自分だけのためではなく、家族のための消費も正当化しやすい。任天堂のWiiは、家族と遊ぶ、健康のために使う・・・・など、購買を正当化する理由をいくつも挙げられる不況にも強い商品だ。

 アメリカでの実験: 消費者は生活や仕事の必需品(need)と自分の欲望を満たす贅沢品(want)とを同時に並べられると、たとえ、贅沢品のほうが買いたくても、購買が正当化できる必需品のほうを選択する。また、必需品は定価で買うが、自分の楽しみのために買う贅沢品は割安になっているほうが正当化しやすいので買う率が高くなる。また、贅沢品を買うときには、正当化できる効用を強調しようとする。たとえば、高級スーツを買うときに、「これなら、ちょっとしたパーティにも着られるし、仕事で大事なクライエントに会うときにも着られる」・・・本当の目的は同窓会に着るためだが、仕事の必需品でもあると購買を正当化できる言い訳を考える。

 アメリカでは不況だと口紅が売れるという。数百ドルする洋服は買い控えるが、「それに比べれば口紅2本で気分がハイになれば安い買い物だ」と正当化しやすいからだ。ちなみに、厳しい経済情勢にある韓国では、いま、赤い口紅が非常に売れているそうだ。

 「あなたがこれを買うことが社会に役立つことになる」と正当化してあげるために、購買金額の1%はXXXに寄付されます・・・という仕組みが使われる。ただし、環境保護団体に寄付されますという漠然としたものよりは、非正規労働者の雇用促進を進めるXXXに寄付されますとか・・・なるべく具体的に説明したほうが、罪悪感を消滅させる効果が高い。

 不況時にはネット販売が伸びる。その理由を、低価格とか、配送費無料とか交通費がいらないとかいったお金の観点からだけで考えるから、「だったら、自分たち店舗小売業はもっと価格を安くしなくっちゃ」・・・となり価格競争の底なし沼に足を突っ込むことになる。

 日本でも昨年のボーナス商戦において、デパートの不振をよそにネット通販が売上最高を示したそうだ。野村総合研究所は、2008年にネット通販は前年比21.6%増の6兆二千億円に達するとしている。ネット通販が不景気のときに伸びると、必ず付け加えられるコメントが店舗販売に比べて「販売価格が安い」とか「交通費がかからない」だ。だが、こういった理由は、実は、消費者のもっと強い動機を無視している。

 日米の調査・実験によって、ネット上で消費者は価格を比較して一番安いものを買っているわけではないことがわかっている。

  1. アメリカでの調査: ネットにより価格の透明化が進み、ショッピング・ボットの普及が進んでいるにもかかわらず、オンライン購買者は同一商品に異なる価格を支払うことに抵抗がない。たとえば、書籍市場においては、オフライン店舗間よりもオンライン店舗間における価格のばらつきが大きく、高い価格を提供しているサイトが市場シェアを拡大しているケースもみられる。
  2. 日本での実験:一ツ橋大学物価研究センターと価格ドットコムとの共同研究によって、「ネット上で簡単に価格が比較できるようになった結果、一番安い価格を提示する店が顧客を奪いとることになり、他店舗は淘汰されるであろう」という予想は間違っていたことが明らかになった。2つの店舗間比較で価格が高いあるいは低いときの価格差とクリック率のデータを分析した結果、消費者は最安値のオンライン店舗で購入するとは限らないことがわかったのだ。

 つまり、低価格だけがネットで買う理由ではないということだ。ショッピングに外出するという活発な行動を取りたくないムードにあるから、消費者はネットを利用するのだ。ちなみに、アメリカにおいては、大恐慌以降の6回の不況時すべてにおいて、ダイレクトマーケティングが前年対比で成長している。

 まず、最初に理解しなくてはいけないのは、不況時には消費者がいつも以上に「損失回避性」ムードになっていることだ。最近人気の行動経済学で最も重要な概念は「人間は損失を同額の利益より大きく評価する」ということだ。1万円を得するのと損するのとでは、損することから得る不満足は得することから得る満足感より2~2.5倍は大きいという。現状からの変化は悪くなる可能性も良くなる可能性もある。しかし、「損失回避性」のある消費者は悪くなる可能性が少しでもあれば、たとえ、その確率が低くても、現状がよほどいやでもない限り現状を維持しようとする。

 「巣ごもり状態」にある消費者は、みな、この「現状維持バイアス」、つまり惰性にとらわれている。英語でいうところのコクーン(cocoon /カイコなどの繭)状態にある消費者は、外に出て行きたい気持ちもあるのだが、面倒くささが先にたつ。

 ダイレクトマーケティングが不況に強いのは、巣ごもりする消費者がカタログやデジタルメディアで自宅で買い物ができるからだ。不況時こそ、ネットで安いものばかり販売しないで高価格品や贅沢品を販売するチャンスなのだ。ただし、購買を正当化するために、割安にすることは重要だ。贅沢品なら割引しても充分な利益が出るはずだし・・・。そして、店舗小売業は利益の出ない低価格品販売に焦点をあわせてばかりいないで、巣ごもりしている消費者のニーズにあわせてネットスーパーを強調し、同じ食品や日用雑貨品でも高額・高級タイプのものが売れるように仕向ける。

 一歩足を踏み出すのをためらっている「現状維持バイアス」に陥っている消費者には、「大丈夫だよ。行動を起こしても・・・」 という安心感を与えるメッセージを発信して、背中を一押ししてあげなくてはいけない。

 アメリカで経済危機が発生してからのコマーシャルで評判になったのはチャールズ・シュワッブ証券会社のコマーシャルだ。創業者で現在70歳になるシュワッブ本人が(この人は学習障害児であったが成功し、また、慈善活動に熱心なことでも知られている)登場して、「私はこういった危機的状況を少なくとも9回は経験している・・・忍耐強くあれ・・・でも、楽観的であることも必要だ」といったようなことを淡々と物静かに話すだけのインタビュー形式のコマーシャルです。しかし、その率直で正直な話し方は(人格者と尊敬されているがゆえに)、消費者に安心感と希望を与えるものです。日本でいえば、たとえば、松下幸之助が生きていて、「あんたがお金を使ってくれることが景気を良くすることになるのです」とか言って、購買を正当化してくれたほうが、定額給付金をばらまくよりはよっぽど消費向上には役立つでしょう。

 ところで、アメリカで不況のときの良く売れるといわれる商品のなかで面白いものを3つ紹介します。

  1. スープ・・・安い値段で満腹感が味わえるからでしょう。スープの一種ともみなされるラーメンもよく売れています。とくに東洋水産のマルチャンラーメン(maruchan rahmen)は70年代や80年代の不況のときも大人気。今回も種類によって違いますが5%から40%売上が高くなっているそうです。
  2. 便秘薬・・やっぱりストレス性の便秘でしょうか?便秘薬は不況時にはいつも売れ、昨年秋には20%以上も伸びたそうです。
  3. スパム・・・迷惑メールじゃなくて、沖縄のゴーヤチャンブルに使われる缶詰のポークランチョンミート。もとも、1937年の大恐慌の最中に発売されたもので、第二次世界大戦にアメリカ兵時の常備食(だから、沖縄に普及した)で、すでに71年の歴史がある。現在、売上は二桁台の成長で、ミネソタ州の工場は一週7日無休のダブルシフトでフル稼働しているそうだ。このスパムが売れるのは安いからではなくて、不況時に食べるものだというブランドイメージが定着しているからだという説がある。つまり、100g当たりの値段を比べると、実際には豚肉やひき肉を買ったほうが安かったりする。だが、缶詰のデザインも昔から変わらず、なんとなくリッチじゃない雰囲気がそこはかとなく漂っていて、それが不況時に売れる理由なのだともいわれている。

 このスパムの例からもわかるように、消費者は必ずしも値段をきちんと比較して安いから買っている訳ではないのだ。安いというイメージで買っているのだ。不景気のときに買うべき商品であるスパムを買うことで、自分が正しいことをしているという良心の悦びを楽しんでいるのだ。消費者心理を理解する点において、これは非常に興味深いヒントだ。

 ところで、スパムを製造しているホーメルフーズは2008年12月に伊藤忠商事と輸入代理店契約をして、日本市場で本格販売を開始すると発表したそうです。景気サイクルが短くなる時代において、日本にも不景気にふさわしいイメージのブランドが必要だと思ったのかな? でも、それだったら、日本にも、コンビーフの缶詰がある。昔ながらの牛のデザインの缶詰は、レトロでつましい雰囲気をかもし出している。

 「ノザキのコンビーフよ。スパムに負けるな!」 

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参考文献: 1.Matthew Creamer, Spam: The Ultimate survivor, AdvertisingAge 6/16/08,2. Arvind Sahay, How to Reap Higher Profits with Dynamic Pricing, MIT Sloan Management Review Summer 2007, 3.Recession-Proof Business, AdvertisingAge 12/15/08, 4.Laura Petrecca, Some ad campaigns rose above the bad times in 2 ad campaigns rose above the bad times in 2008, USA Today 12/28/08,.5. Natalie Zmuda, Why It's No Time to Neglect Cause Efforts, AdvertisingAge, 10/13/08. 6. Emily Bryson York, Economy May Be Rotten, but It's Ripe for Package Food, AdvertisingAge, 9/22/08, 7.Erica Mina Okada, Denying the Urge to Splurge, Harvard Business Review, Sept. 2005,8. 渡辺努、水野貴之、比較サイト普及とネット上での価格形成、日経新聞、11/28/08、9.ネット通販は売上最高、日経新聞、12/19/08

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2008年12月23日 (火)

「スターバックスと経済危機との関係」理論

Stnd007sスターバックスの店舗数が多い国ほど、今回の「未曾有の経済危機」の被害が大きい・・・という「スタバと経済危機との関係」理論がある。

 アメリカの不動産市場バブルとニューヨークを中心とする金融市場バブルとがペアを組んだ結果が金融危機を生んだわけだが、この二つのバブルを象徴するブランドを一つ挙げろといわれたら、それはスターバックスだそうだ。スタバ店舗は住宅地の不動産開発の後に続くようにして郊外に広まり、また、大都市のビジネス街、とくにウォールストリートのような金融センターに密集している。NYのマンハッタンだけでも200店舗あった。そして、海外のスターバックスの店舗数を調べてみると、店舗数の多い国ほど、とくに金融センターにおける店舗数が多い国ほど、経済危機の被害が大きい。たとえば、英国・・・ロンドンだけでも256店舗ある。スペインのマドリッドには48、金ピカ豪華絢爛都市のドバイには48、韓国にも253店舗ある。だが、アフリカなどは大陸全体で3店舗あるのみ。中央アメリカはゼロ。イタリアはゼロ。デンマークは2、オランダは3、スカンジナビア3国はゼロ・・・。

 だから、経済評論家のこむずかしい予測を拝聴しなくとも、経済問題が発生する国がないかどうか知りたかったら、スターバックスのホームページで各国の店舗数を検索してみるとよい・・・・というのが「スタバと経済危機の相関関係」理論だ。

 もちろん、半分というかほとんどジョークです。この理論を提案したジャーナリストは、ピューリッツァー賞を受賞したこともある著名ジャーナリストが1996年に発表した「マクドナルドと戦争と平和」理論のマネをしてみただけだ。これは、マクドナルド店舗が存在する国同士は国際紛争を解決するために戦争には至らないという理論。ビッグマックを買うことができる中流階級が一定規模存在する国は、その繁栄度やグローバル度からみて、国際紛争を平和的に解決する・・・というマジメな意味合いも含まれている。ただし、イスラエル対レバノンとかロシア対グルジアの戦闘で、この理論は見事に粉砕しました。

 前置きが長くなりましたが、そのスターバックスが今回の経済危機でアメリカ本土で苦闘している。$4のラテを毎日のように飲んでいたヘビーユーザーの数が減ったのだ。来店頻度は一ヶ月に3回かそれ以下になり、多くが自宅でオンデマンドコーヒー(「小売とメーカーのバトルシリーズ第7回」参照)を飲むか、$1でも品質のめっきりよくなったマクドナルドのプレミアムローストコーヒーを飲むようになったのだ。

 もっとも、スタバの問題は経済危機発生以前からあった。

 スタバのピークは2006年の春で、それ以降は急激に業績が落ち込んでいる。理由は店舗数を広げすぎたから。2007年2月に実質的創業者のハワード・シュルツ会長は、「スターバックス体験のコモディティ化」というタイトルのメモを幹部宛てに出した。そこには、「過去10年間に店舗数を1000店から13000店に急拡大したことがブランドの希薄化を招き・・・・手で使うエスプレッソマシンをスピード効率を上げるために自動マシンに変えたことによって、コーヒーを煎れるというショーがなくなってしまい、店頭からロマンスと舞台効果が失われた・・・・我々はスターバックス体験にかつてあった情熱や伝統を復活させるために変革を起こさなくてはいけない」と書かれていた。

 このメモが書かれた2007年には、アメリカにおける既存店の売上成長率は過去最低で株価は42%も下落した。コンシューマー・レポート誌には、フィルターコーヒーではマクドナルドのほうが味が良いという評価まで下された。2007年第三四半期決算において、スタバのCFOは「販売店件数の増加の販売効果は1%未満しがあがっていない」と語っている

 実質的創業者のハワード・シュルツは2008年1月にCEO兼会長に復帰し、アメリカで600件閉店し人員も1000人削減することを発表した。しかし、コーヒーショップの高級ブランドであるスタバは経済危機の直撃を受けやすく、9月期第四四半期において既存店の売上は8%落ち、利益は前年対比でなんと97%も減少した。それでも、シュルツは、1)価格を下げるつもりはないこと、2)ブランドを立て直すといういまの戦略を推し進めることにより、スターバックスは蘇ると宣言している。

 ブランド再生のための戦略は・・・・

  1. 価格競争はしない・・・2008年1月にシアトル地域のみで、$1コーヒーとお代わり無料のテストをした。が、低価格戦略は、マクドナルドと価格競争に巻き込まれるだけで、ブランドイメージを回復不可能なレベルに低下させることになると判断した。
  2. 2007年11月に、会社創立以来初めてTVコマーシャルを全国放送した。2008年度に2億ドルのコスト削減を実行したにもかかわらず、ブランドイメージを向上するためのTVコマーシャルは継続している。
  3. 優良顧客を優遇するためにカードを発行。4月には無料のレギュラーカード発行した。カード会員になれば、ブレンドコーヒーのお代わり無料といった特典がある。
  4. カード利用の実態を調査したうえで、11月にはヘビーユーザーを優遇するためのゴールドカードを発行。ゴールドカードは年会費25ドルだが、会員はほとんどすべての商品を10%割引で買うことができる。つまり、一年間に250ドルの購入をすればトントンになるということだ。$4のラテなら、年62回。つまり、週に1回以上ラテを飲む客なら、25ドルの会費を払っても得になるということだ。

 シュルツが採用している戦略は、ブランド再生を目的とする場合、適切なものだ。値段を下げる誘惑に負けなかったこと、コスト削減を進めるなかでテレビコマーシャルには投資したこと、ヘビーユーザーに的をしぼったヘビーユーザーだけが価値をエンジョイできるカードを発行したこと・・・・など、メリハリのきいた戦略はなかなか採用できるものではない。

 だが、そもそも、もっとブランドを大事にしていれば、こんな事態には至らなかったのだ。なぜ、店舗数をここまで増やし続けたのか? 高級ブランドはターゲット・セグメントの規模が限られるから高級なのだ・・・という厳然たる事実を、なぜ、無視したのか?

 ・・・と、第三者が批判するのはたやすい。しかし、ブランドを所有している経営者というものは往々にしてこの間違いを犯す。オートクチュールから始まった高級洋服ブランドだったのが、ハンドバッグはまだしも、ハンカチ、エプロン、シーツ、スリッパにまで手をひろげ、かつては栄光ある高級ブランドのイメージを下げてしまった実例はたくさんある。高級料理店が店舗数をふやすことによって、どこにでもある店になってしまい、ブランド力もなくしてしまう例もたくさんある。

 自分のブランドや会社を大きくしたいという欲望を、経営者、とくにその会社やブランドを立ち上げた起業家は持っている。そもそも、そういった欲望を持っていない者が起業に成功することはまずない。大きくしたい・・・というのは売上を上げたい、お金持ちになりたいという金銭への執着では必ずしもない。自分のつくったビジネスをもっと大きくして、社会的に認められたいという「認知」「尊敬」「地位」ということに関係する感情のほうが強い。そして、こういった感情を抑えて、「一定の規模以上をターゲットとすることはブランドの希薄化を招く。だから大きくしてはいけない」という論理に従うことは、非常にむつかしいことなのだ。

 高級ブランドのスターバックスの場合、会社を大きくしたかったら、違うブランド名で、たとえば、サンドイッチ専門店チェーンをつくるとか、低価格コーヒーチェーン店をつくるべきだったのだ。

 ところで、最初の「スタバと経済危機相関関係」理論には例外もある。たとえば、ロシア。バブル崩壊の規模はかなり大きかったが、スタバは6店舗しかない。それから、我が日本国はどうなのか? 2008年3月現在で776店舗もある。金融センターを含む千代田区や中央区だけでも55件ある。シュルツは、「日本市場はブランド力も健在で、2010年に1000店達成する目標は変えない」と言っているが、本当に大丈夫かなあ?

 経済危機の影響は諸外国に比較して少ないとかいってたけど、対策も他国に比べるともたもたしているようだし、最終的には日本の景気回復が一番遅かった・・・なんてことになるんじゃないだろうなあ? 「スタバと経済危機相関関係」理論は日本にもぴったり当てはまったよ・・・なんてことになりませんように!!!

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参考文献: 1.Daniel Gross, Will Your Recession Be Tall, Grande, or Venti?, Slate 10/20/08, 2. Mark Rice-Oxley, War and McPeace: Russia and the McDonald's theory of war, The Guardian, 9/6/08, 3. Thomas L. Friedman, Foreign Affairs Big Mac 1, The New York Times, 12/8/1996, 4. Andrew Ward, Financial Times, 2/26/07, 5. Coffee Wars, Economist 1/10/08, 6. Starbucks testing $1 coffee, free refilles, Reuters 1/23/08,7.Street debates if better days ahead at Starbucks, The Washington Times, 11/11/08. 8. Jennifer Ordonez, The Latte Wars, News week, 1 Jennifer Ordonez, The Latte Wars, News week, 1/1 Ordonez, The Latte Wars, News week, 1/11/08, 9. Bruce Horocitz, Starbucks' New Gold Card part of holiday savings strategy, USA Today, 10/17/08,

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2008年12月14日 (日)

「大恐慌」時代に成功したマーケティング戦略

Stnd007s100年に一度の経済危機といわれ、株価の低落、内定取り消し、派遣社員の契約打ち切り・・・・といったニュースが毎日流れる。それによって、まだ、自らは実際的被害をこうむってはいないフツーの市民も、「先行きがなんとなく不安」で買い控えをする。こういった消費の減退に呼応して、小売業者やメーカーの合言葉は「低価格」と「コスト削減」だ。

 いまの経済危機はアメリカで1929年10月24日の株価暴落から始まった大恐慌(Great Depression)の再来か? いや、そうはならない・・・といった議論を耳にする。そういった議論は経済学者にまかせるとして、マーケティングにかかわる人間として気になるのは、大恐慌の時代から学ぶべき教訓みたいなものがあるのか? あるとしたら、それは何か?・・・ということだ。1929年にアメリカで始まった恐慌は世界に飛び火し、32年後半から33年春にかけてピークを迎えている。その後の回復もぐずぐずしたもので、景気が本格的に良くなるのは、第二次世界大戦による戦争特需が生まれるようになってからだ。

 この長期にわたる不況の時代に、恐慌が始まった1929年以前よりも成長を遂げた企業がいる。そういった企業は、他の企業に比べて、どういった異なるマーケティング戦略を採用したのだろうか? これについては、恐慌再来が叫ばれるようになった2008年春ごろから、アメリカでも、いくつかの記事が書かれている。そして、面白いことに、ほとんどすべてが同じ結論に達している。

 簡単にまとめると、大恐慌を生き抜いただけでなく繁栄した企業は、「不景気などまるで存在していないかのように、一般大衆が消費できるお金を以前と同じくらい持っているかのようにふるまった会社」なのだ。「他の企業がコスト削減から広告費を減らしたなかで、広告をし続けた会社」なのだ。競合他社の広告が消費者には見えにくくなっていくなかで、以前と同じように広告するから目立つ。他の企業が消極的に対応するなか、積極的なマーケティングを展開することで、こういった企業は低いコストで市場シェアやROIを向上することができた・・・・というのが共通する結論だ。

 「不況は、ノイズが比較的少ない環境でマーケティングできるという絶好の機会を提供してくれる」と「アドバタイジング・エイジ/AdvertisingAge」は書いている。でも、あの雑誌なら広告の擁護をするのが当然。なんとなく信憑性がない。だが、大恐慌を含めて不況時に広告投資を継続した会社が成長したことを証明する調査結果や逸話がいくつかある。

(1)まず、最初に、大恐慌におけるエピソード・・・P&Gの売上は、大恐慌が始まった最初の3年間で$1億9200万ドルから$9400万ドルへと50%以下に落ちた。だが、広告予算を削減しないどころか、1933年には、当時、最も新しいメディアであったラジオを使い、メロドラマの連続番組の全国放送を始めている(ちなみに、こういったラジオ番組では石鹸(Soap)の宣伝をよくしたために、放送されたメロドラマはソープ・オペラ(Soap Opera)と呼ばれるようになった)。「P&Gが、アメリカのこれまでの主な不況時ごとに大きな成長を遂げてきたのは、偶然の結果ではありません。P&Gは、現在でも、不況時に広告予算を削減しないという哲学を保持しています」と断言するマーケティングコンサルタントもいる。

 1920年代、自動車のフォードの売上はシボレーの10倍あった。しかし、恐慌にもかかわらずシボレーは広告予算をふやし、財務数値のかんばしくないフォードが対抗措置をとることができないのを尻目に、1931年にはフォードの売上を抜いた。

 20世紀初頭、朝食用シリアル業界にはケロッグを含め42の競合企業がひしめいていた。恐慌が始まったとき、ケロッグはいったんは広告宣伝費削減を決めたが、すぐに撤回し、反対に予算を増やして積極的に広告し続けた。ケロッグの売上は競合他社を大きく引き離し、恐慌の最中も右肩上がりで上昇しつづけ、20年代末に$430万だった利益は、30年代初めには$570万に増大していた。

(2)アメリカの不況時のB2B分野における調査結果・・・・米出版大手マグローヒル社が産業財企業600社を調査した。それによると、1981年ー82年の不況時に広告費用を維持したか増やした企業の売上は、不況の最中とそれに続く3年の間に、広告を削減した企業と比較して256%も増大している。

 ちょっと期待はずれ?

 でも、マーケティングの「成功の鍵」なんて、みんなそんなもんです。当たり前のことを「基本は守らなくっちゃ」・・・と、きちんと実行する企業が成功するのです。だいたいにおいて、不況に突入しても広告活動が継続できるということは、財務的にも余裕があるということであり、それは、その会社がもともと優良企業であるという証です。最近の調査結果がそれを裏付けてくれます。

 米ビジネススクールの2002年の調査・・・様々な業種企業の上級マーケティング担当者150人を対象に、直近の不況時前後の業績と経営内容に関して調査した。結果、明確なマーケティング戦略、現金、革新や冒険を怖れない企業文化、余裕ある人員と生産能力といった要素をもって不況を迎えた企業は、不況をチャンスと考え、マーケティング投資を積極的に増やすことで顕著な業績を達成することに成功している・・・という事実が明らかになっている。

 米「大恐慌」時の消費者の所得レベルと購買行動を調べた結果によると、1)生活に困らないレベル以上の所得者は以前と変わらぬお金の使い方をした、2)所得レベルが一番低い層はギリギリの生活レベルに陥落し、3)中間レベルは通常の購買を先延ばしする傾向が高くなった。しかし、商品タイプ別に、恐慌以前の1928年の消費金額が恐慌ピークの1932年にどのくらい下がったかを比較してみると、いまの私たちが思うほどには落ちていない。

  1. 消耗品      下落率 6%
  2. 準耐久品         13%
  3. 耐久品           24%
  4. サービス           8%     総合平均下落率   9% 

 もちろん、モノ余り時代で情報が世界同時に伝達される現代と1920年代とを同じレベルで比較することはできない。だが、市場環境の違いを考慮しながらも、そこに消費者心理の共通点を探してみることは悪いことではない。たとえば、日本でも最近、消費者の買い控えが嘆かれるなか、高級化粧品(数万円するクリーム)は売れているという記事が出ていた。アメリカの恐慌時、最悪の経済状態だといわれた1933年においてさえも、化粧品の(インフレ調整済み)売上は1929年以前よりも高かった・・・というデータがある。

 パーミッション・マーケティングのセス・ゴーディンを含め、多くのマーケターは、不況時だからといって、消費者は価格そのものを購買選択の基準としているわけではないといっている。消費者は、安いかどうかというよりは、その値段に見合う価値があるかどうかを以前よりは慎重に判断するようになっている。基本的に、自分も配偶者も失業していないフツーの消費者は(そして、ニュースはこのフツーの消費者を取り上げることはない。フツーじゃないからニュースになるのだ)、漠然とした不安にとりつかれているだけで、行動経済学でいうところの「損失回避性」が高くなっている。リスクをとることを恐れるモードになっているのだ。「不可解な消費者行動シリーズ第2回 失うことを恐れる消費者」で説明したように、ほんのわずかでも損をする可能性があるのなら、「何もしないほうが得」という「現状維持」の傾向が非常に強く出ているのだ。

 だからこそ、このブランドや企業と取引をすることで損をすることなど絶対にない・・・という安心感を与えなくてはいけない。そういったときに、以前よりも広告をしないことは、消費者に不安感を与えることにつながる。

 ハーバード大学のクウェルチ教授は、「不安定な心理状態でいろんなことに確信がもてない消費者は、よく知っているブランドがもたらしてくれる安心感を必要とします」と書いている。

 「不況、いや、恐慌がやってくるぞ!」とニュースが声高に叫び、その不況がどこまで広がるのかどれだけ長く続くのか?ということが不確実なときには、消費者の損失回避ムードが最も高まる。クウェルチ教授はアメリカでも、不況時には家族や友人とのつながりを大事にするようになり、自分の小さな社会に引きこもる傾向が高くなるといっている。したがって、広告は、不安モードを払ってくれる安心・安全・愛情・信頼を与えるものでなくてはいけない。ところが、不況も底をつき、後は上がるだけ・・・といったある種の確実性が感じられるようになると、「たまには気晴らしが必要よ」といった開き直りが出てきて、贅沢品や高級サービス消費が購買されるようになる。広告も、現実逃避を正当化するような内容に変える必要が出てくる。

 人間心理は面白い。不確実なことは不安を呼ぶ。反対に、たとえ最悪の状況でも、最悪であることが確実であれば、それなりに受け入れることができるし、不安もやわらぐのだ。

 マラソンで他の走者を引き離すチャンスは一番辛い上り坂。競合相手がコスト削減しているときに広告を増やしたブランドは、一気に坂道を駆け上がり勝者としてテープを切ることができる。

 たとえば・・・このままでいくと、この苦しい上り坂を登る間に、サントリーが積極的にマーケティング投資をしているプレミアム・モルツは、台所事情の苦しいサッポロのエビスビールから高級ビール市場のシェアを奪うことに成功するかもしれない。また、衣料品市場では、ヒット商品も出し広告活動も継続しているユニクロが独走し、ファーストリティリングは豊かになった財布を懐に、海外の高級ブランドを(競う相手もいなくなって、割安に)買収するのに成功する。そして、景気がよくなったときには、その高級ブランドで世界市場でも売上を上げるという「繁栄の循環」を達成するかもしれない。同じようなことは、ウォルマートにもいえる。他社を圧倒する低価格で独り勝ちする一方で、念願の高級PBへのマーケティング投資を続ける。そして、景気がよくなったときには、利益性の高い高級PBを成功させてまた儲ける。ウォルマートの子会社である西友にとって、今回の不況は浮上するビッグ・チャンスとなることだろう。それがわかっているからこそ、12月4日から、同じ商品を他店で安く販売していたら同じ値段にします(実際には、もう少し複雑な条件がある)という価格保証の販促を始めたのだろう。だが、この販促で「西友の商品は安い!」というイメージを消費者に認知してもらうためには、積極的に広告をしなくてはいけない。西友が、この不況が提供してくれるラストチャンスに売上を伸ばせるかどうかは、この価格保証について、どれだけマーケティング投資できるか・・・にかかっている。

 日経新聞(12/9/08)記事によると、花王、ユニチャーム、コーセーといった日用品・化粧品メーカーが広告宣伝費を減らしている。とくにテレビ広告を減らし、そのぶん、ネットや店頭販促費用の比率を高めているという。一方、資生堂は広告宣伝費は前年並みを継続し、新ブランド発表などにはとくにテレビ広告を強調する方針らしい。資生堂は不況に採用するべき積極的マーケティングを実行するわけだ。

 かくして、大きい企業はまた大きくなり、優良企業はますます優良になる。

 でも、忘れてました。不況時は新しい革新的企業が誕生するチャンスでもあるそうです。少なくとも、アメリカでは・・・。GEは「パニック」と呼ばれた1873年の経済危機に、ディズニーは1923-24年の不況に、HPは恐慌の最中に、そして、マイクロソフトは1975年の不況のときに生まれています。

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 参考文献: 1.「西友の値引き、どこまでOK?] 日経MJ12/12/08, 2.「広告宣伝費が減少」日経新聞 12/9/08, 3.Dave Chase, How brands thrived during the Great Depression, iMedia  Connection, 10/17/08, 4. Jack Neff, Recession Can Be a Marketer's Friend, Advertising Age 3/24/08, 5. John Quelch, Marketing Your Way Through A Recession, Working Knowledge, 3/3/08

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2008年12月 6日 (土)

マックの「クォーターパウンダー」の価格と広告

Stnd007s日本マクドナルドが11月28日に、通常の2.5倍の重さ(約110g)のビーフパティが入っている「クォーターパウンダー」を発売した。肉2枚とチーズが入る「ダブルクォーターパウンダー・チーズ」は490円で、マックの全商品のうち最も高額な商品となる。外食不況が深刻化するなか、マクドナルドの売上高は2008年も好調に推移しており、11月末時点で、対前年比は既存店で2007年1月より23ヶ月連続でプラス、全店では34ヶ月連続プラスの記録を更新した。

 好調の原因としては、24時間営業の拡大とか、新商品や期間限定商品をこまめに発売することによる来店客数や来店頻度の増大などを挙げることもできる。だが、今年に入って消費者心理が異常に冷え込むなか、マックだけが独り勝ちしているのは、やっぱり、100円バーガーや100円コーヒーといった低価格品や新聞折込やケータイで配布している割引クーポンが貢献している・・・・と誰もが考えることだろう。

 だからといって、「やっぱり不景気は低価格で乗り切るしかないんだ」なんて単純な結論を出してはいけない。安いモノを売っているだけでは、未曾有(ミゾウ。一応、念のためルビをふっておきます)の経済状況では生き残ってはいけない。こういったときだからこそ、高額品を販売する。日本マクドナルドの原田CEOは、会見において、今後もチキンの高額品を出すなどしてプレミアム商品の品揃えを強化するとともに、百円商品もさらに強化して幅広い需要を取り込むつもりであることを強調した。「プレミアム商品と並んで、今後はコア(中核)商品や割安なヴァリュー商品も更に強化していきたい」(日経MJ、11/28/08)というコメントから考えると、マックは3つの価格帯の品揃えを考えていることになる。

 これは、不景気がどこまで拡大するか、あるいはどれだけ長期化するか予測不可能な「不確実性の時代」において、効果的な価格戦略なのだ。

 不景気が進む中、「低価格」が合言葉のようになってきているが、粗利益率も利益金額も低い商品に専念していては、ただでさえ脆弱(これもルビをふっておいたほうがよいかも?でも、某首相が読むわけじゃないから大丈夫か・・・・)な消費財関連企業の財務体質はますますやせ細っていってしまう。低価格品を強化する一方で、利益を確保できる高価格帯の品揃えもきちんとするのが、不確実性市場で生き残るための重要ポイントだ。

 世界的にみられる消費者の二極化や消費の二極化の傾向は、不景気によって消滅するわけではない。また、消費者も、なんでも低価格品が良いと思っているわけではない。たとえば、食べ物を例にとれば、11月中旬に実施された三井物産戦略研究所の調査では、野菜や果物の選択において、20代から60代の主婦の62.5%が「価格が1割高くても生産履歴が確認できるものを買う」と答え、21.5%が2割以上高くても買うと答えている。野菜や果物を買うときに重視する要因は、「生産国」が最も多くて44.5%、「農薬や肥料の使用状況」が12.0%・・・・そして、「価格」は9%だった。2割高くても買うという21.6%のセグメントにオーガニックで高品質な食品を適切な利益が出る価格で販売していく・・・・低価格品を強化しながらも、その一方で、価格感受性の低い(よって利益性の高い)セグメントに、そのニーズにそった高額商品を提供するという戦略をとらなかったら、企業はいまの経済状況を乗り越えていくことはできない。

 マックが日本の外食産業で独り勝ちしているとして、アメリカの小売業で独り気炎をあげているのはウォルマートだ。アメリカの11月のデパートを含めた主要小売業の既存店売上高は前年同月比で2.7%減。この減少率は1969年以来最大だという。そのなかで、3.0%の成長を達成したのはウォルマート唯一つ。景気の深刻化を受けて、徹底的な安売り作戦をとったのが成功の要因だ。が、だからといって、ウォルマートが昔ながらの低価格路線に逆戻りしたというわけではないだろう。

 ウォルマートは(小売とメーカーのバトルロワイヤルシリーズ第9回で書いたように)、2007年に、低価格一辺倒の従来の路線を軌道修正し、スローガンも「いつも低価格」から「節約して良い暮らしを!」に変更した。それは、低価格を買う既存の層を失うことなく、1)価値ある(値段もちょっと高い)ブランドや、2)食料品だけでなく衣料品やエレクトロニクス製品といった高単価な商品カテゴリーをも購買してくれる層にアピールすることにより、将来的成長を持続するためだった。

 ウォルマートはこういった基本方針を決めるために2億人といわれる顧客を7つのセグメントに分け、そのうちの3つのセグメントをターゲットと定めた。

  1. 全顧客の14%を占める低価格しか買えないセグメント
  2. 29%を占める低所得者だがブランドにこだわるセグメント
  3. 11%を占める価格に敏感な高額所得者セグメント

 アメリカのいまの景気では、②のセグメントの一部が①に流れ、他店からも①のセグメントに移行してきて、①のセグメントの顧客数は増大しているかもしれない。だが、いまでも、②と③のセグメントは存在している。とくに、③のセグメントには、他店から高額所得者が移行している可能性も高い。他セグメントより価格感受性の低いこのセグメントに高額品を販売することは利益性の高いビジネスになる。また、景気はいつかは必ずよくなる。そのとき、③のセグメントは再度重要となる。だから、たとえいまは低価格商品が売れ筋だとしても、③のセグメントのニーズにこたえる商品はそろえておかなくてはいけない。

 著名コンサルティング会社マッキンゼーも、100年に一度といわれる今の経済環境で生き残るためには、1)利益性ある顧客セグメントを見つけて、そこに投資をすること、2)常に変化する不確実な状況においては、最優先するべき顧客セグメントは誰でどこにあるかを常に再チェックすること・・などを挙げている。顧客を価格への感受性で分類し、感受性の低いセグメントから利益をあげ、感受性の高いセグメントには売上規模を上げるために低価格品を提供し割引クーポンを配布する・・・といった、まさにマクドナルドがとっているような価格戦略が重要となる。

 最後に、クォーターパウンダーの広告の話です。

 新聞一面に、水泳の北島康介選手を使った大きな広告が掲載された。テレビ広告も始まった。Big Mouthがキーワードで、「サイズの大きいクォーターパウンダーをでっかく口をあけて食べよう」という意味と、「その口で、でっかい夢を大胆に語っていこう!」という二つの意味が含まれている。「新しいハンバーガーがこの国の生きかたかを変える。Big Mouth!でいこう」という社会の閉塞感を吹き飛ばそうとするコピーがいい。

 消費者の声に耳を傾けて低価格品を提供するのもいいけれど、消費者の言動に忠実に従うことだけがマーケティングだろうか? 企業にとって望ましい行動をとってもらうために、消費者を説得して誘導することもマーケティングではなかったか? かつて、マーケティングはもっと原始的でもっと情熱的なものだった。売り手が買い手の心理を考えながら買い手を自分の意に沿うように誘導していく力があった。消費者に自分が提供するモノを自分の条件で買わせようとする迫力が感じられた。それが、いつのまにやら、消費者の言うことに耳を傾けるだけの消極的で上品なものに変わってしまった。消費者の要望だからといって、ほとんど利益の出ない低価格品を提供してそれを買ってもらうだけなら、マーケティングなど必要ない。

 そのうえ、それが本当に消費者のニーズに沿っているかどうかも怪しいものだ。質問されれば、金持ちでも(いや金持ちだからこそ?)「安いほうを選択する」と答える。深層心理をさぐれば、低価格とか不景気という言葉はもううんざりだと思っている消費者もいるはずだ。「100円バーガーばかり食べていないので、たまには豪勢にビーフをたっぷり食べて元気を出そう。そして、頑張って、いまの困難を乗り越えていこうじゃないか!」・・・そう語りかけて、「そうだ、頑張ろう!」という気分にさせるのもマーケティングの力であり醍醐味ではなかったのか?

 クォーターパウンダーの広告は、マーケティングの原点に戻った感じで好きです(とはいいながら、半分ベジタリアンの私は、ハンバーガーは食べません)。

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参考文献: 1.「マック、高級バーガー本格発売、価格展開幅広く」、日経MJ11/28/08、2.「日本マクドナルドCEO原田頴泳幸氏・・・高価格路線への転換ではない」、日本経済新聞11/27/08、3.「1割高く手も買う。62%」、朝日新聞 12/5/08, 4.David Count, The downturn's new rules for marketers, The McKinsey Quarterly December 2008、5. Jack Neff, Wal-Mart Grinning Big Throught the Tough Times, AdvertisingAge 10/6/08

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2008年11月27日 (木)

「ロングテール」が招いた幻想

Stnd007s ロングテールという本がベストセラーになった理由の半分は、そのタイトルにある。そして、残りの半分は、インターネットがこれまでにない何か新しいことを可能にしてくれる・・・という希望とロマンを提供したところにある。

 だが、長いシッポ理論が描いた「新しい世界」は幻想であることが、わかってきた。インターネットは、誰もが平等に戦える機会が均等に与えられた市場ではなかったのだ。オンライン市場は、ある意味でオフラインの競争市場よりも、不平等性がより極端に現れる市場だということが明らかになってきた。

 オンライン市場の不平等性については、グーグルエリック・シュミットCEOが、マッキンゼーとのインタビューに答えて、「残念ながら・・・・」と次ぎのように認めている(McKinsey Quarterly 2008年9月)。

 「インターネットは(市場参入への)障壁を取り払ったことにより、市場をより民主的なものにするのでしょうか?」という質問に答えて、グーグルのCEOは「インターネットは、多様性や個性を重視するロングテール理論が現実となる場所であり、ネットは公平で平等な競争市場をもたらした・・・と答えられればよいなと思います。しかし、残念ながら、現実はそうはなっていません。実際に起こっていることは、(たとえば、売上の80%がわずか20%の売れ筋商品からもたらされるという、いわゆる80/20の)ベキ乗則なのです。新しいネットワーク市場のほとんどは、このベキ乗則に従っているのです・・・・・我々はテールに関心を持っており無視することはありません。が、収益のほとんどはヘッドに集中しているのです。ロングテール戦略を採用するかどうかは自由ですが、実際問題として、ヘッドを持たなければビジネスは成り立たないのです」

 シュミットCEOはもっとショッキングな事実を認めている・・・・「インターネットはヒット商品をよりヒットさせ、特定ブランドへの集中度をより高めることになるでしょう。ネットワークでより大きい市場に到達することが可能になったというのに、(多様性が増すのではなく単一性が強まるという)この事実は大半のひとには理解できないことでしょう。しかし、どれだけ多くの人間を集めたとしても、やっぱり、誰もが同じスーパースターが好きなのです。だから、アメリカだけのスーパースターではなく、世界的スーパースターになるのです」。

 ネットでは、80/20のルールではなく90/10のルールになる・・・・とシュミットはいっているのだ。

 シュミットCEOが認めたことは、すでに、注目のキーワード11「ロングテール理論への反論」で詳しく書いたように、ハーバード大学のエルバース準教授によって、実証されている。彼女は音楽配信やDVDレンタルサービスのデータを使って、1)オフラインからオンラインへ移行することによってテールはより長くはなっているが太くはなっていない、2) ヘッド部分のヒット商品への集中度はオンラインにおいてオフラインよりもより大きくなっていること。つまり、売れるものはより売れる傾向が促進されていること、3)ヒット商品を買っている客がニッチ商品を購買している割合が高いこと、よって、クリス・アンダーソンのいうように「これからは、ニッチ・セグメントを攻略する企業が繁栄する」なんてことにはならない・・・・など3つの点を証明した

 ロングテール理論自体は、もとからあるベキ乗則のシッポにスポットライトをあてただけだ。そして、ネット社会の現実は、ヘッドにスポットライトが当たるようになっていることを実証している。

 たしかに、ネットを利用することで、ニッチ市場相手に商売することはたやすくなった。だが、ニッチ市場での成功は限られいる。一定以上大きくはなれないのだ。そして、ヘッド商品に加えて長く続くテール商品をも販売することができる大企業が、オンラインにおいては、異常に大きく成長することができるのだ。

 実際、マッキンゼーの調査結果によると、様々な産業や市場において、株価、収益、利益、資産などの数値をつかって企業をランキングすると、(当然のことながらベキ乗則に従ったカーブを描くことになるが)、そのヘッドがより短くなり、急激に長いテールに落ち込む傾向が年々高まっているという。つまり、より少数の大企業に収益が集中し、大半の企業の業績は平均以下になるという不平等さが、より顕著になってきているということだ。しかも、産業の開放性や競争の度合いが高いほど、その傾向が高い。競争相手の数が多いほど、また、消費者の選択肢が多いほど、分布曲線は平坦になるだろうと予測するであろうが、実際には、その反対になってきているのだ。

 日本においても、日本通信販売協会が最近発表した調査結果によると、ネット通販市場において、三大モールサイト(楽天、アマゾン、ヤフー)の利用率が95%にも達していることがわかった。寡占化が進む中、モールに属さない独立運営のサイトは新規客を獲得することにおいて、非常に不利な条件を背負っていることになる。

 ネットは平等をもたらすのではなく、より大きな不平等をもたらす・・・・この事実は、インターネットをビジネスに使うことで成功した初期の起業家たちにとってはショッキングな結果かもしれない。しかし、こういった現象は、人類の本質を知れば当然のことだと理解できる。

 人間(消費者)はよくいわれるように、「多様化」や「個性化」しているわけではなく、行動の動機付けに強い力を発揮する無意識の内なる感情レベルにおいては、非常に似通っている(「ブランドと感情と記憶シリーズ」を参照してください)。また、他人と同じことを考え他人と同じように行動したいという本能を持っている(「不可解な消費者行動シリーズ」を参照してください)。よって、よりスピーディーにより広くアイデアが広がるネット社会においては、ヒット商品は、国内的ヒットではなく、世界的ヒットになり、大企業は国内だけでなくグローバルな大企業になる。大きいものはより大きくなっていくのだ。したがって、ネット産業も、所詮は、独占禁止法によって管理されなければいけない産業の域を出ないのだ。

 もちろん、ネットのおかげで市場への参入がたやすくできるようになったこと、消費者が様々な選択肢を享受できるようになったことは事実だ。しかし、これが起業家や消費者の幸福感につながるかどうかは別問題だ。起業家は大きくなりたいという欲望が強い。ニッチ市場を征服するだけでは不満足だろう。ニッチ市場の枠を超えて成長しようとするとき、ベキ乗則に従う産業構造に挑戦しなくてはいけない。そして多くが失望感を味あう結果となることだろう。消費者は、選択肢の余りの多さに、行動経済学でいうところの「選択のパラドックス」に陥り、何を選んでよいかがわからなくなり、購買するという行動を起こすこと自体を躊躇するようになるかもしれない。

 数百万年の歴史をへて出来上がった人類の脳の仕組みが変化しないかぎり、インターネットという新しい道具が登場するぐらいでは、産業構造の仕組みは変わらない。人類の本能的行動によって、ネットが不平等性をより拡大するという予期せぬ結果がもたらされた。これは、ネット関係者のインターネットに寄せるロマンを幻滅させたかもしれない。でも、人類の進化の歴史に思いをはせる(私の個人的)ロマンはちょっと高まったかも・・・。

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参考文献: 1. Google's view on the future of business: An interview with CEO Eric Schmidt, The McKinsey Quarterly September 2008, 2.Michele Zanini, Using 'power curves' to assess industy dynamics, McKinsey Quarterly November 2008、3、3大サイト利用率95%、日経MJ11/26/08

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2008年11月16日 (日)

ネットにおける無料顧客の価値?

Stnd007sネットでは、無料の情報とかサービスを提供することで、不特定多数の客をコスト安に集めることができる。この「客」というのは、たんなる「アクセス客」である場合もあるし、最終的には購買客になる「見込み客」である場合もある。どちらのタイプの客も企業にとっては価値がある。

 たとえば、@コスメのようなクチコミサイトでは、アクセス客が多ければ、それが記事になり話題になり、結果、より多くのアクセス客が集まることになる。そして、アクセス客が多くなればなるほどサイトの広告メディアとしての価値が高まり広告収入も増える。また、@コスメサイトで気に入った商品がみつかって購入すれば、アクセス客は見込み客だった、そして購買客になってくれた・・・ということになる。どちらのタイプの客も企業に収益をもたらしてくれる「価値ある客」だ。

 だが、基本的にアクセス客自体は、お金を支払ってくれない無料(タダ)の客だ。

 最新のハーバードビジネスレビュー(1008年11月号)では、この無料客の価値について面白い論文が掲載されていた。そして、なんと、あの「ロングテール理論」のクリス・アンダーソンも興味をもったらしく、自分のブログ(11月4日付け)で、論文の次ぎのような箇所を紹介している。

 「他の客の支払う金によって補助されている自分自身はほとんどなにも支払わない客。こういったタイプの客が必要不可欠だというビジネスはけっこうたくさんある・・・・・・こういったビジネスモデルは、世界の大手100社のうちの60社の収益の大半をもたらしているという推定もある。ネット上で無料サービスの提供が爆発的に増大していることによって、いわゆる市場の二面性(two-sided market)といわれるビジネスモデルはますます一般的なものとなることであろう」

 Two-sided marktは「市場の二面性」と訳されているようだけれど、素直に「二つの側面をもった市場」にしたほうがわかりやすい思う。

 まあ、それはさておき・・・。

 たとえばクレジットカード会社の場合、客には2種類ある。カード会員である消費者と加盟店だ。会員はカードがどこでも使えることを望む(つまり、より多くの加盟店が必要)、また、加盟店のほうもより多くのカード会員が存在することを望む。だから、カード会社は、会員数を増やすために年会費を無料にすることがある。それが、結局は、加盟店を増やすことにつながり、加盟店からの手数料収入が会員の獲得維持費用を補って余りあるものになることを見越しているからだ。こういった「2つの側面をもった市場」は、不動産業、IT産業、オークションハウス、印刷媒体、就職斡旋業など数多くある。

 ニューヨークタイムズは2007年にネット読者に記事を無料公開することにした。同じく、フィナンシャルタイムズも一ヶ月30件の記事までは無料提供とした。ウォールストリートジャーナルでさえも、オンライン記事を無料提供することで、毎日アクセスしてくる読者数を100万人から1000万人に増やす計画があるという。アクセス数がふえれば、広告収入がふえるからだ。また、オークションサイトでは、有料顧客というのは出品料や売れたときの手数料などを払ってくれる売り手だ。だが、より多くの売り手を集めるためには、何も支払ってくれない買い手(入札/落札客)を多く集める必要がある。

 クリス・アンダーソンは論文の次ぎの箇所も引用している。

 「・・・(こういったビジネスモデルは)、1)ある顧客セグメントに料金を課さないことによって、大規模な顧客を引き寄せるのに必要なクリティカルマスの顧客を獲得できる、2)そして、後者からの収益が、前者を獲得してサービスを提供する経費をまかなって余りあるものとなるはず・・・という理論的根拠に基づいている」

 たとえば、有名な例はAdobeのPDFだ。発売当初は読者にも書き手にも料金を課したためになかなか普及しなかった。当然売上はあがらない。そこで、読者には無料で提供することにし、それによって、書き手からの売上が急激に増大することとなった。

 「問題は、この「無料客」の価値を計算する方法を見つけることだ。経営者は無料客が必要だとわかってはいても、その重要性を軽く見る傾向にある。その理由は、1)当然のことながら、収益をもたらしてくれる顧客のほうについ集中してしまうし、2)無料客の生涯価値を計算する厳密な方法がわからないからだ・・・・・」

 無料客を集めるのにどれだけの経費をかけられるか? を知るために、無料客の生涯価値を計算する。そのためには、無料客がどれだけ他の無料客や有料顧客を集めることができるかを知らなくてはいけない。そのとき、1)無料客が無料客を集め、有料客が有料客を集める直接的ネットワーク効果だけでなく、2)無料客が有料客を集め、有料客が無料客を集める間接的ネットワークも計算にいれなくてはいけない。

 論文では、某オークションサイトにおいて過去のデータ(売り手と買い手の数、各グループの増加率、売り手への請求額、両グループを集めるためのマーケティング投資額など)を分析した。その結果として・・・

  1. 買い手間の直接的ネットワーク効果は売り手間の効果より大きい。
  2. より多くの買い手はサイトを魅力的なものにして、より多くの売り手をひきつける間接的ネットワーク効果がある。
  3. 買い手は、とくに初期において、売り手と買い手両方を集める大きな影響力を発揮する。たとえば、初期に獲得した買い手客の価値を$2500とすると、50ヵ月後に獲得した買い手客の価値は半分の$1360、100ヵ月後に獲得した買い手客の価値は$200前後となる。つまり、早期にクリティカル・マスに到達することが重要であり、たとえ損失を出しても最初の集客投資が必要。
  4. 売り手への料金を決めるにあたっては、浸透価格戦略を採用する。初期に安くすることでより多くの売り手が集まる。それがまた多くの買い手を集めることになる・・・

 といったような内容なのだが、クリス・アンダーソンは、「ビジネススクールの教授らしく、わかりきった結論に持っていくまでに時間をかけすぎる」と批判しながらも、「無料サービスに魅了された初期採用者は後期採用者よりも他の買い手や売り手をひきつけるのには重要という結論は、ネットワーク効果の基本で前からわかっていたことだ。だが、この記事では少なくともその理論を数値化して、無料客の価値を数字で出している」と、それでも、ちょっぴりほめている。

 70年代末から80年代初めに「データベースマーケティング」なる考え方が登場したときには、新規客を獲得したら、ひとり一人のデータを利用しながらパーソナルなサービスを提供して(大切に)優良顧客に育てていく・・・ことが顧客戦略だった。そして、優良顧客の生涯価値を計算して、よって、新規客獲得にどれだけのマーケティング投資をかけられるか、顧客の維持にどれだけの投資をすることができるか?・・・・を考えた。

 それが、インターネットが普及するようになってから、とくにケータイサイトの利用が進む中、情報を提供することで不特定多数の見込み客がコスト安に集まるようになった。たとえば、TSUTAYAが1999年にツタヤオンラインを開始し、登録会員には映画の新作情報や優待割引情報などを無料で提供するサービスを始めた。ケータイ・サイトで同じサービスを開始するようになり、短期間のうちに、数百万人の会員を獲得して話題になった。そのころからだ。多数の見込み客をふるいにかけ、そのなかから優良顧客を見つけていくという顧客戦略も選択肢のひとつになったのは・・・。

 そして、いま、無料客にも価値があるとされ、無料客の生涯価値が計算されるまでになっている。顧客戦略もテクノロジーの変化とともに当然のことながら変わってきている。

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 参考資料: Sunil Gupta and Carl F. Mela, What is a free customer worth?, Harvard Business Review, Nov. 2008

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2008年10月19日 (日)

不確実性下におけるマーケティング

 不確実とは英語でUncertainty。不確実性の定義として有名なのは、ケインズと同時代のアメリカの経済学者フランク・ナイトが1921年の論文で提案したもの。彼は、不確実性にも2種類あり、確率で推し量れるものをリスク(Risk)とし、確率では表現できないものを本当の不確実性とした。

 この定義でいけば、天候も容認できる確率で予測できる限りはリスクとなり、最近のように冷夏や暖冬のような長期予測もはずれるようになると不確実性の範疇に入ることになる。

 ナイトのこの区別には異議を唱える経済学者も多く、どんな不確実性だって充分な情報さえあれば確率で表現することができる・・・という主張もあれば、確率というものは、そもそも、自分が信じていることを主観的に表現しただけのもので、実社会のランダムネスとは必ずしもつながっているわけではない・・・という意見もある。

 いずれにしても、将来、特定の出来事が実現するかどうかわからないという不確実性に私たちは直面している(というか、直面していると私たちは信じている)。

 地球温暖化によるといわれる異常気象。気象に関する不確実性は、科学が発達することにより、高い確率でゲリラ豪雨、旱魃、突風なども予測できるようになれば、対策がとれるリスクの問題に変わっていくかもしれない。だが、株価の乱高下とか、そういった不安定な株式市場が消費者心理ひいては消費者行動にもたらす影響を予測することは、不特定多数の人間の意思決定の問題となり、数字で予測することが不可能な本当の意味での不確実性となる。

 将来何が起こるかの可能性を客観的に数字で予測できにくい不確実な状況下においては、「人々は一般に理性より情動や直感に基づく行動をとりがちになる。また、確たる根拠のないままの判断ゆえ、他のひとに影響されやすく、状況次第で大きく行動を変えがちになる(1)」といわれる。「ブランドと感情と記憶」シリーズで書いたように、人間の意思決定は、根本的には内なる感情(情動)によって左右される。とくに充分な情報が存在しない状況においては、消費者はヒューリスティクスや直感によって判断する傾向が高くなる。

 あるいは、また、「不可解な消費者行動」シリーズで書いたように、人間には行動経済学でいうところの「損失回避性」がある。不安定な社会状況においては、とくに、現状維持バイアスが強くなり、お金は使わない、子供は生まない、新しいことにはチャレンジしない・・・・ということで、余計に景気が悪くなるという説明のしかたもできる。行動経済学の始まりを告げた1979年の論文「プロスペクト理論:リスク下での決定」の著者の一人であるダニエル・カーネマンは、2002年にノーベル経済学賞を受賞している。選考理由は、「経済学に心理学研究からの新しい識見を採用し、とくに、不確実性下における人間の判断と意思決定において顕著な業績を残した・・・」となっている。行動経済学は、まさに、いまの時代にふさわしい学問なのだ。

 いずれにしても、不確実な市場環境における消費者行動は感情優位となり、ヒューリスティックな判断をする傾向が強くなる。(最近のTVニュースで百貨店の担当者が株の上がり下がりによって客足が違ってくるとコメントしていた。株の売買などしたことがない消費者でも、株が大幅に下がったと報道されると購買を控える。消費者は株の高低というキュー(手がかり情報)を使って景気の先行きの判断をしているわけだ。このように、1)経済の実態とは少し離れたところで判断が下されて株が乱高下し、2)株式市場とは少し離れたところで判断が下されて小売店舗での売上が上下する。まさしく、不特定多数の意志決定者の行動が他の不特定多数の意志決定者の行動に影響をあたえることにより、結果として、予測しがたい大きな変化が生み出されたことになる)。

 こういった状況において小売市場で重要なことは、(実際には、いつの時代においても重要なことではあるが・・・)、内なる感情に訴えることができるブランドを確立し堅持することだ。メーカーは内なる感情を動かすことができるブランドをもっていれば、小売の値下げ圧力にも屈する必要はなくなる。そして、NBメーカーが強いブランドを持っていることは、小売店にとっても大切なことなのだ。

 消費者の買い控えが始まると、「低価格」「値下げ」の2つ言葉がマジナイのように唱えられる。だが、不景気には低価格商品というのは、あまりに短絡的すぎないか?小売店が2つ言葉のマジナイを繰り返すことは、自分たちの本来の任務は消費者のための購買代理業であることを忘れていることを告白しているようなものだ。

 面白いデータがある。アメリカの大恐慌時代(1929年~30年代初め)において、もっとも厳しかった1933年でさえも、化粧品の売上は恐慌が始まる以前より高くなっていた。そして、1939年の売上は10年前よりも(実質成長において)35%高くなっていたのだ。

 人間は一度覚えたライフスタイルや生活水準を落とすことはなかなかできない。他のものを削っても、これだけは贅沢したいというものはある。日本だけではなく世界的にも消費者の二極化あるいは消費の二極化が存在している。なのに、スーパーは安いものばかり並べてもよいのか? 通常は特売品や安いPBを購買していても、金曜日には高級ワインと高級素材あるは高級惣菜で一週間に一度の贅沢をしよう・・・と考える消費者は多いはずだ。だが、いまのスーパーの棚に贅沢だと知覚できるような商品を見つけることはできるだろうか? 瑣末なことで差別化された似たような価格帯で似たような外見のものばかり。価格やパッケージでヒューリスティクスに選択判断しようとしても、キュー(手がかり情報)すら見つけられない。

 消費者のなかには、高いほうが高品質の高級品だと判断して選択する人も多い。つまり、低価格PBがあって、初めて、それと比較して高い価格のNBの価値が知覚されるようになるのだ。ネスレ日本のジョンソン会長&社長も次ぎのように語っている。「・・・割安なPBはNBがあってこそ価値が見えるものです。当社は特定の小売向けに専用商品をつくることはありますが、PB生産はしません」。また、最近のCPG分野における値上げ傾向について、価格転嫁よりも内部努力を尽くすのが原則だとしたうえで、「一方で、無理に値上げをしないでいると業界全体のリスクになる可能性があります。日本の食品メーカーはどこも利益率が低い。製品事故や自主回収が頻発する背景には、コスト高を価格転嫁できずに収益を追う体質に一因があるように思います(2)」。

 値上げするときに重要になってくるのは、消費者が知覚できる品質の違いだ。170円のNBカップヌードルと80円のPBカップヌードルがあるとして、110円の価格の差が知覚される品質の差に呼応していれば問題はない。だが、メーカーが考える品質の差と消費者が知覚する差の間に大きな隔たりがあることが多い。シリーズ第4回「NBは高くてもよいのだ」で書いたように、消費者が知覚できる品質の差を考えるときには、内なる感情とか直感が重要な役割を果たすようになる。

 メーカーは製造業的メンタリティを改めなくてはいけない。以前メーカーにいたという卸業の経営者は「メーカーの商品開発の本質はラインの生産性になります。マーケティングもしていますが、多くは広告代理店などの受け売りです・・・(3)」と語っている。マーケティングが代理店まかせかどうかはさておいても、日本のメーカーが技術屋志向になりがちなことは事実だ。メーカーの経営者は、「値上げは付加価値とセットに・・・」とよく言う。付加価値という言葉を使うから、材料をXXに変えたとか、香りや風味を残すために新技術を採用した・・・とか、付け加えた価値を列挙することになる。もちろん、こういった付加した価値は重要であるにきまっている。だが、その多くが、消費者にとって、すぐに知覚できるものではない。付け加えた価値を知覚しやすいキューにして提供する、内なる感情や直感に訴求しやすい形にして提供する・・・・こういった最後のステップが抜けている例がよくある。

 大手調査・コンサルティング会社のギャロップは、アメリカの小売業者や金融サービス業者(日本の小売業も含まれている)での調査結果として、企業(あるいはブランド)に満足していると答えた顧客を、その企業(ブランド)と感情的に結びついているセグメントと理性的に結びついているセグメントに分けた。そして、感情的に結びついている顧客セグメントは、財布シェア、利益性、継続性の点において、平均的顧客よりも23%も高いことを発見している(4)。

 メーカーは消費者の内なる感情に結びつくブランドを確立し維持しなくてはいけない。そういったブランドはどんな時代にも、売上だけでなく利益も生み出してくれる一定の消費者セグメントを引き寄せてくれる。そして、小売店も、消費者の購買代理業として、そういったメーカーのブランド価値の維持に協力しなくてはいけないはずだ。もし、そういったブランドをメーカーが提供できないのなら、英国テスコのように高級PBとして自らが開発すべきだ。そいういった高級ブランドが存在するからこそ、低価格PBの位置づけがより明確になる(そういった意味で、低価格PBの製造元としてNBメーカーの名前をラベルに印刷することは、メーカーにとっても小売店にとってもやってはいけない愚行だとしか思えない)。

 著名経営コンサルティング会社のMarakon Associatesは、小売とメーカーとの関係についていくつかの調査報告書を発表している。1993年から2002年の間における25の大手小売業者と25のCPGメーカーの業績を比較し、1) 10年の間に小売パワーがメーカーを圧倒するようになってきた、しかし、2)そのパワーは利益に反映されていないことを指摘している(これは、日本においても、イオンやセブン&アイの売上が味の素、花王、キリンホールディングスの3倍以上あっても、利益率は非常に低いのと同じだ)。理由は、当然のことながら、1)小売業の低い粗利益率、2)他社との競争は価格においてのみ、3)メーカーに圧力をかけることはできても、結果として、メーカーから得た販促費用でさえも消費者に低価格で還元する形となっている・・・。

 報告書は、小売もメーカーもともに利益性ある成長を実現するWin-Winの戦略をとらなくてはいけないと指摘している。1987年にウォルマートとP&Gがいわゆる「製販同盟」を結び、これが戦略的協力関係の始まりだといわれている。だが、商品情報を共有することにより、サプライチェーンの無駄を省き店頭での欠品や不良在庫の問題を解決しようとした製販同盟での勝者は大手小売店であり、(大手メーカーも提携先小売店でのシェアの拡大という利益を獲得してはいる)、中小メーカーにとっては負担の増大で終わっていると指摘された。そして、勝者の大手小売店にしても、そこから得た利益はさらなる低価格化を進めるために使われ、自社の利益にはつながっていない。

 両者両得のWin-Winの関係構築は、商品中心の情報共有だけではなく、顧客情報も共有することから始まる。

 Maracon Associatesは、小売とメーカーがともに利益ある成長を実現するためには、利益ある成長をもたらしてくれる消費者セグメントに重点を置き、そのセグメントが価値あると知覚する商品を提供することだと結論づけている。

 ウォルマートは粗利益率の低い低価格品だけでは従来の成長を継続することができないと判断して、高額品も販売するために、顧客調査をして、2億人の顧客を3つのセグメントに分けた。そして、そのうちの1つはNBを選択するセグメントであり、もう一つは価値さえともなえば高額PBを購買してくれるセグメントだと判断した。英国テスコも40~50種類のデータで顧客を10のセグメントに分けた。そのなかには、時間節約のためには高額品を喜んで買うセグメントや、オーガニックとか環境にやさしい商品には高い価格を支払うセグメントが存在していることを発見した。こういったセグメントが望む商品を提供するのが小売の役割であり、そういった商品を開発するのがメーカーの役割だ。もちろん、低価格品しか買えないあるいは買わない顧客セグメントも重要だ。だが、そのセグメントだけに集中していては、売上があがっても利益は薄いまま。持続ある成長は望めない。

 長い、長すぎる、しつこい、読みづかれた・・・。スミマセン。お疲れ様でした。

 これで、「小売とメーカーのバトル・ロワイアル・シリーズ」は一応終了いたします。次ぎは、サービス・マーケティングについて書きたいと思っております。でも、開始は、もう少し先になると思います。それまで忘れないでくださいね。

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引用文献: 1.奥村洋彦「不確実性の分析不可欠」日経新聞6/26/08、2.「ネスレ日本会長兼社長クリス・ジョンソン氏 日本市場は縮まない」日経MJ9/15/08、3.「消費の翻訳 卸の役割」日経MJ8/25/08

参考文献:1. Richard Steele, et.al., Consumer Goods vs. Retail: New Lessons from the Store Wars, Marakon Associates 2003, 2. John H. Fleming, et.a., Manage Your Human Sigma, HBR July- Ausugt 2005, 3. Nancy F. Loehn, Estee Lauder and the Market for Presitige Cosmetics, Harvard Business School 9-801- for Presitige Cosmetics, Harvard Business School 9-801-362

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2008年9月19日 (金)

ファストファッション(H&M/へネス&マウリッツ)

 「世界3位のカジュアル衣料品専門店H&Mが9月13日、東京銀座に日本1号店オープン」・・・開店を待って長蛇の行列ができたということで、新聞各紙に記事が出たのはまだしも、NHKのニュースにも登場したのには驚いた。

 H&Mって日本でそんなに知名度あったっけ?

 しかも、行列に並んだ人数が、読売、朝日、日経で1000人から3000人の開きがあって、H&Mのホームページでは5000人が並んだと書かれていて笑ってしまった。デモの人数で主催者側発表と警察側発表でケタが違うことはよくあるけど・・・。

 数の違いはさておき・・・・

 日本国内ではそれほど有名でもないH&Mの開店になぜ行列ができたのか? もともとPR上手、つまり話題づくりが上手なことでは定評のある会社なので、調べてみたら、やっぱり・・・。それなりの準備をきちんとしていた。

  1. 7月18日にモバイルサイトを開設。もちろん、PCサイトも開設して、そこで、ブランドや銀座店開店についての情報を提供するのはむろん、会員になれば特典があるとして会員登録をうながす。
  2. 9月11日にオープニングレセプションパーティを開催するので、限定200名を招待するというメールを会員に送付。セレブも参加したパーティでは商品を25%割引で買うことができた。
  3. 9月13日の開店時に、先着500名にTシャツをプレゼントするという案内メールを会員に送付。

 行列ができたはずだ。Tシャツがもらえたのだ。中間に並んでいたTシャツをもらい損ねたひとたちには折畳み傘がプレゼントされたというから、H&Mの予測以上の人たちが並んだので、感謝の意を表して傘を急遽プレゼントすることにしたのだろうか? いずれにしても、米ビジネスウィークの記事(9/8/08)には、日本にはすでに2万人のファンクラブが存在していると書いてあった。たぶん、サイトで登録した会員数のことだろう。

 前述したようにPRが上手な会社で、2004年から著名デザイナーであるカール・ラガーフェルド(シャネルのデザイナー)、2005年ステラ・マッカートニー(ポール・マッカートニーの娘)、2006年ヴィクター・ロルフ、2007年にはマドンナがデザインするラインを発表している。そういった商品ラインはルイ・ヴィトンのリミテッドエディションと同じように一回限りの数も限られた商品ラインだからすぐに売り切れる。入荷の日には、早く行かないと売り切れることを知っている顧客で店舗前に行列ができ、店内は商品の奪い合いでごったがえす・・・その様子がニュースや記事になる。

 H&Mは低価格ブランドかもしれないが、マーケティング戦略は、セレブと希少価値を最大限に利用する高級ブランド・マーケティングと同じだ。

 ちなみに、2008年秋は日本での開店を記念してかもしれないが、「コム・デ・ギャルソン」の川久保玲のデザインになるラインを発売することになっている。もちろん店舗数も限定して世界市場30カ国1600店舗のうち取り扱い店舗は200店のみとなっている。

 どの新聞でも「世界3位のカジュアル衣料品専門店」と紹介されたように、No.1は米Gap(ギャップ)、No.2はスペインのZara(ザラ)で、No.3がスウェーデンのH&Mとなっている。が、この順番はつい最近変動があって、2008年第一四半期の売上においてザラの親会社のインディテックス(Inditex)がギャップを抜いて1位になった。ザラは2005年にH&Mを抜いてヨーロッパでのNo.1となり、その後も世界市場で積極的に店舗拡張を進め、アメリカにおける消費者市場の不振を受けたギャップが落ち込んだところを捕まえた形だ。

 ザラは洋服のデザインから店頭に並ぶまでの期間が14日ということで有名になったが、ちなみに、H&Mは20日、ユニクロは6週間、ギャップは3ヶ月かかるといわれる。ただし、このなかで一番低価格なのはH&Mだろう。ザラやH&Mの衣料品は「チープシック」と呼ばれることが多いが、ザラは海外ではスペイン国内よりも高い値付けをしており、H&Mよりも30~50%高い。

 ユニクロ(ファーストリテイリング)の柳井社長が「うちとH&Mとでは持ち味が違う」から競合関係にはない・・・と日経MJ(9/3/08)で語っていたが、ギャップとユニクロがカジュアル衣料品ならザラとH&Mは欧米では「ファストファッション Fast Fashion」と呼ばれる。つまり、ファッションショーでモデルが着たトレンディな服を14日~20日後には店頭に並べるということだ。(ユニクロは、フリースから始まって最近のブラトップまで、ヒットしているは機能性商品だ。その点からみても、H&Mとは異なる。もっとも、世界市場を目指すユニクロとしてはもっとデザイン性を強調したいのかもしれないけれど・・)。 

 ザラとH&Mは「チープシック」で「ファストファション」なのだ。数の限られた新しい商品が常時陳列される結果として、ファストファッションの店舗への来店頻度は高くなる。2004年のロンドン中心街における調査では、消費者の他商店への平均来店頻度は年間4回だったが、ザラの店舗には17回も来店していた。

 H&Mはザラよりも価格が安く、年に50万種のデザインの異なる商品を販売し、2週で商品を入れ替え、大型店は一日2回の納品(旗艦店では1日3回)、そのうえセレブやメディアを利用した派手なPR活動のおかげで目立つ。そのせいか2003年ごろには、「チープシック」を越して「使い捨てシック disposable chic」と命名されたりした。つまり、若者を最新のトレンディなかっこうで常にきめていなくてはいけない気持ちにさせ、ニ・三回着たらポイ捨てして次ぎの旬の服を買わせる(品質が悪いので、長くはもたない・・・という皮肉も含まれている)。「使い捨てシック」には資源の無駄づかいで「地球に優しくない」という批判も含まれている。

 そういう批判に応えて商品改良を進めているのか、「H&Mは品質が劣る」という評判は過去形になってきているともいわれる。「日経トレンディー(5/1/08)」がユニクロ商品と比較して、縫製、洗濯後の縮み、色落ち・変色などきちんとした検査をした結果を掲載している。その比較調査によれば、H&M製品はユニクロに比べてやや劣る部分もあったが、それほど変わりはなかった。

 NHKが深夜に放送する「Tokyoカワイイ」という番組をみていると、原宿に出没するいわゆるクールジャパンを代表する女の子たちは、安い洋服を買ってきて、それを自分たちでいろいろ加工して「自分だけの洋服」をつくり着ているようだ。彼女たちは案外に器用で、リボンやビーズをてんこ盛りにした長いツケ爪を苦にすることもなくミシンをあやつり、摩訶不思議なオリジナル洋服をつくっている。どう見ても、ドライクリーニングなどに出したら二度と同じシルエットは戻りそうもない複雑怪奇なデザインだ。彼女たちなら、H&Mがトレンディーでクールでありさえすれば、ちょっとくらい縫製に問題があっても平気だろう。

 H&Mのロルフ・エリクセンCEOは日経MJのインタビュー(9/17/08)で「H&Mの主な顧客は30代ー40代の子供もいる働く女性」と語っていたが、日本ではそこから十歳は引いたほうがよさそう。ジーンズのすそあげなどの無料サービスは世界中でしていないので日本でもしない方針だそうだが、東京に住んでいる働く女性は自分ですそ上げなどしないと思う。だけど、原宿当たりを内股歩きで闊歩する「意外と手先が器用な女の子」たちならOKどころか、ジーンズのすそにも自分の好みでいろいろくっつけたりすると思うけどね。

 ところで、世界の低価格ファッション市場は、どうやら、スウェーデンのH&Mとスペインのザラの戦いになりそうなので、その2社の違いを比較してみる。

  1. 工場: ザラは自前の工場でしかも、スペインや近隣の国にある。製造経費は高くなっても、倉庫や物流センター(すべてスペインにある)に近いために、割増経費は相殺されるという。H&Mは自前の工場を持たずすべてアウトソーシング。700件のサプライヤーの三分の二はアジアにある。自前の工場をもたないぶん、先行き不安な不確実性の時代には融通性があって良いという意見もある。ザラの役員は、「アジアでの店舗がもっと増えれば物流センターをアジアに開ける必要があるかもしれない。だが、2013年まではいまの体制で大丈夫だ」と語っている。逆発想サプライチェーンシステムで世界中のビジネススクールの教材となっているザラのことだから、将来のことはきちんと考えていると思うけれど・・・。
  2. デザイナー: どちらも社内デザイナー。H&Mは100人。ザラは200人。
  3. 広告活動: ザラは広告はほとんどしない。通常売上の3~4%といわれるがザラは0.3%(2004年現在)。店舗が広告媒体であるとし、ブティックのような店作りを心がける。本社のデザイナーが店舗レイアウトやウィンドウディスプレイを決め、二週間ごとに変え、その写真を世界中の各店舗にメール送付する。H&Mは前述したように、高級ブランドと同じような宣伝活動を採用している。
  4. ブランドの多様化: ザラはインディテックスの売上の60%を占める。それ以外にも、より高級なブランドと若者向けのブランドなど7つのブランドを所有。ザラを目標として拡大成長をめざすH&Mも、2007年に、既存ブランドより高額で年齢も高目のブランドCOS(Collection of Style)を発売し、また、十代の女性向けブランドなどを所有するスウェーデンの会社を買収している。

  いずれにしても、H&Mは2007年度の売上119億ドル(1兆3700億円)で14.5%増。価格がライバルよりも安いため、景気低迷は拡大のチャンスととらえていて(より良い条件で一等地に店を構えることが可能)、2009年にかけて店舗数を15%増大する計画だという。

 H&Mの店内の混雑ぶりとかサービスのおおざっぱさは、欧米でもよく話題になる。面白いエピソードをふたつ紹介しよう。

 パリの旗艦店は一日3回商品が入荷されるくらい人気店舗だが、バーゲンのときとか限定ラインが入荷するときは、試着のために長い行列ができる。うんざりしていたら、店員が「30日以内なら返品できますから」と叫んでいたそうだ。つまり、試着しなくても家に帰って着てみて気に入らなかったら30日以内に返品すればよい・・・ということだ。

 スウェーデンの広報担当者が、著名デザイナーによる洋服の限定販売のときすぐ売り切れるという苦情に応えて、「ウェブサイトを事前にチェックして、いつ入荷されるか調べてから早目に来店してください。もし売り切れていたら、次ぎの日に再度来店してください。返品が戻ってきているから」

 こういうおおようなところ、現地で経験すると、日本の生真面目さに比べてどこか人間的で良いと感動したりするけれど、日本で経験するとけっこう頭にくるのが不思議だ。

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参考文献: 1.Kasra Ferdows, et al., Rapid-Fire fulfillment, HBR November 2004, 2.Kelly Nolan, H&M expands global reach, readies new banner, DSN Retailing Today 7/10/06, 3. Cecilie Rohwedder and Keith Johnson, Pace-Setting Zara Seeks More Speed To Fight Its Rising Cheap-Chic Rivals, Wall Street Journal 2/20/08, 4. Kerry Capell, H&M Defies Retail Gloom, Spiegel Online, 9/4/08, 5. Graham Keeley, Zara overtakes Gap to become  world's largest clothing retailer, Guardian .co.uk.8/11/08, 6. Cari Simmons, Swedish H&M takes the catwalk to the sidewalk, Sweden.SE 11/3/06 7. Sarah Raper Larenaudie, Inside The H&M Fashion Machine, Time Magazine 2/9/04 , 8. Store Wars: Fast Fashion, BBC News 2/19/03, 9.「最強アパレル、上陸」、日経ビジネス9/15/08

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2008年9月 8日 (月)

ウォルマートが高級ファッション誌「ヴォーグ」に広告を出す 

Ilm06_ca07034s_6ウォルマートがあの高級ファッション誌「ヴォーグ」に8ページの広告を出したのは2005年の秋だ。当時、ウォルマートは、1)大都市圏への進出をはかっていたし、2)ある程度高単価のPBの売上を上げたかった。比較的高級イメージの商品を割安に販売することでは、ウォルマートは「チープシック」に長けている「ターゲット」に大きく水をあけられていた。そこで、アメリカではちょっと名の知れたデザイナーによる洋服PBをつくり、その広告を「ヴォーグ」に掲載したというわけだ。

 当時のウォルマートはちょっとあせっていた。

 同じ総合小売業に属しているからといえ、売上世界一の企業であるウォルマートが、その六分の一の売上しかあげていない「ターゲット」の動向を気にするはおかしい。だが、国内売上だけみると「ターゲット」は三位につけており、しかも、ウォルマートよりも高い利益成長率を示し、2004年の株価はウォルマートが15%下落したのに対して「ターゲット」は28%も上昇していた。

 ウォルマートは毎年新規店を300件開けることで高成長を続けてきた。が、そのビジネスモデルへの限界を、(店舗数が当時すでに3000件を超えていた)国内市場では感じていた。だから、低価格の日用品や食品だけでなく比較的高単価のPBを売る必要があった。だが、これまでサプライチェーンのIT化/効率化を進めることで低価格を実現してきたウォルマートの卓越性は、高単価PBのマーケティングには役に立たない。

 そこで、2005年には、あいついで、外部からマーケティングやブランディングを担当する人材を引き抜いた。ライバルの「ターゲット」で19年間働き衣料品部門を担当していた人物、それから、マーケティング優良企業ペプシコからも一人スカウトした。そしてニューヨークの広告代理店を雇うという冒険もした。

 その結果が、ファッション業界の聖書といわれる「ヴォーグ」の広告だ。

 だが、「あのウォルマートがヴォーグに広告!」とマスコミで騒がれたわりには、イメチェン広告の効果はなかった。それどころか、店舗を高級化して値段も上げるつもりかと既存の顧客ベースに疑いの目を向けられ、2006年の秋には既存店の売上が10年間で初めて減少するという(ウォルマートにとっては)ショッキングな数字が出た。リー・スコットCEOは「新しいファッショナブルな衣料品が業績が下がった主な原因だ」と指摘した。方向性は正しくとも、やり方が急進的過ぎたのだ。

 すぐに軌道修正がなされた。

 まず、一年余の期間をかけて2億人の顧客を徹底調査し、顧客を3つのセグメントに分類した。ちなみに、消費者調査たるものはウォルマートの伝統にはなかった。これも、外部から入ってきたマーケティング専門家の影響だろう。

  1. ブランド志向(brand aspirationals)・・・低所得者だがブランド名にこだわる
  2. 価格に敏感な富裕層(price-sensitive affluents)・・・賢い購買取引を好む高額所得者
  3. 低価格志向(value-price shoppers)・・・低価格品が好きで高いモノを買う余裕もない

 調査でわかったことは、当然のことながら、ウォルマートに最も利益をもたらしてくれている顧客は価格に敏感であるという事実だ。だが、1や2のセグメントは、価値と価格との関係に納得して賢い取引だと判断すれば、ある程度高単価な商品も購買してくれることもわかった。

 この調査に基づいて、低価格を買う既存の層を失うことなく、1)価値ある(値段もちょっと高い)ブランドや、2)食料品だけでなく衣料品やエレクトロニクス製品といった高単価な商品カテゴリーをも販売する戦略が練られた。

 新しいスローガンもつくられることになった。

 新しく雇われた広告代理店は、「ウォルマートはターゲットのまねをする必要はない。『低価格』はやはりウォルマートの『売り』だ。だが、もっと、今の時代に合わせて表現することが必要だ」と考えた。そして、広告スローガンのアイデアを探してウォルマートという会社の歴史的資料ありとあらゆるものをチェックした。その結果、発見したのが、創業者サム・ウォルトンが1992年にしたスピーチのビデオだ。彼は次ぎのように発言している・・・「お金を節約すればより良いライフスタイルを実現することができる。我々は、世界中の人々に、より良いライフスタイルを実現するチャンスを提供しようじゃないか」。

 19年間使われてきたスローガン「いつも低価格/Always Low Prices」に代わって、新しいスローガン「節約して、より良い暮らしをSave Money, Live Better」が誕生した。これは、小さな節約でも、それが積み重なれば貯金ができ、それで家族がより良い暮らしができるという意味だ。この広告は、ウォルマートに委託され調査した会社の報告・・・2006年現在において、ウォルマートはアメリカ一世帯につき年間$2500の節約をもたらした。これは、2004年の$2329より7.3%高いという数字で裏づけされた。

 調査会社グローバル・インサイトによると、1985年から2006年までの20年にわたるウォルマート店舗の拡大によって、アメリカにおけるすべての商品アイテムの消費者価格は平均して3%下がった。これは2006年においてアメリカ人一人当たり$987、一世帯当たり$2500の節約に換算することができる・・・そうだ。

 最初につくられたTVコマーシャルでは、ウォルマートでいつもショッピングする家族がそろって旅行に出かけるシーンが登場し、「節約してより良い暮らしを」というスローガンと、「ウォルマートは一世帯当たり$2500の節約を実現した」というテロップも流された。このコマーシャルは改善され、2007年から放映されているコマーシャルはすこぶる評判がいい。母親が登場して、「私がしてやれることは子供がより良い教育を受けられるチャンスをつくってあげることくらいです」と語り、ウォルマートで買ったお買い得のNBのPCを使って勉強している子供の様子が紹介される。あるいは、「娘は学校で学業でも人間関係でも努力し立派に学んでいます。私がしてやれることは娘が気分よく毎日過ごせるようにしてあげることぐらいです」と母親が言い、つづいて、家計の予算内で娘が気に入った洋服PBをウォルマートでなら買うことができると宣伝する。

 親の子供を思う感情にアピールする優れた広告だ。

 このキャンペーンが2007年9月から展開され、その結果、低迷していたウォルマートの株価はこの一年間で32%上昇したそうだ。

 ウォルマートは2004年ごろから試行錯誤し、軌道修正して、マーケティングあるいはブランディングというそれまで馴染みのなかった考え方を採用するのに成功したようだ。この数年の経過を振り返って思うことは・・・

  1. 餅屋は餅屋。マーケティングの専門家はやはり必要だ・・・・たしかに外部から入ってきたマーケティング専門家は最初はとまどい失敗もした。だが、すぐに軌道修正して成功した。
  2. PBを売ろうと思ったら広告を出さなくてはいけない・・・日本では店舗PBの価格が安くできるのはNBとくらべて広告宣伝費がほとんどないからだといわれる。それは、NBのコピー商品を低価格で販売するPBに限ったこと。ある一定の値段以上のPBを販売しようとすれば広告が必要となる。広告費の売上対比が少ないことで有名だったウォルマートもPB率をふやすとともに、広告はふやしている。

 たとえば、2000年には広告費用は年間6億ドルで売上高対比率はわずか0.3%と推定された。1995年から2000年の5年間にウォルマートは年平均8.2%しか広告費をふやしていない。だが、2004年の広告費は14億ドルと推定され、この推定が正しければ、2000年より233%増加、前年対比でも45%増加していると考えられる。ちなみに、2005年に外部からマーケティング専門家を招くとともに、2006年にはマーケティングスタッフを30%増員している(それでも、「ターゲット」のマーケティング要員の五分の一にしかならないそうだ)。

 マーケティングというかブランディングに目覚めたウォルマートが、これからどういったマーケティング戦略をとるか? かなり楽しみである。ちなみに、ウォルマートの好評なTVコマーシャルは、下記で見られます。http://www.savemoneylivebetter.com/

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参考文献: 1.Wal-Mart boots `Always low prices` slogan, USAToday 9/12/07, 2.With Vogue, Wal-Mart aims higher, Herald Tribune 8/24/05, 3. Ylan Mui, et. al., Wal-Mart's New Track: Show `Em the Payoff, Washingonpost 9/13/07 4. Suzanne Kapner, Wal-Mart enters the ad age, CNNMoney 8/17/08 5.Michael Barbard, It's not only about price at Wal-Mart,  The New York Times 3/2/07 6. David Court, An Interview with Wal-Mart's John Fleming, The McKinsey Quarterly July 2007 7.米ウォルマートの広告戦略、日経MJ,2/9/03

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2008年9月 2日 (火)

「金持ち」にも「貧乏人」にも愛されるスーパー 

Ilm06_ca07034s_6PBは世界市場において2000年以降、急激に成長をとげているが、CPG(Consumer Packaged Goods/飲食料品や日用雑貨品)におけるPBの割合は、2010年には西ヨーロッパで30%、北アメリカでは27%に到達すると予測されている。ちなみに、オーストラリア&ニュージーランドで22%、日本10%、南米9%とつづいている。

 ヨーロッパでPBが伸びている要因として、いくつか挙げることができるが、まず第一に・・・・

 ヨーロッパでPBが発展成長した理由(1): スーパーマーケット業界での買収・統合が続きグローバルに活躍する大規模小売業が登場。ヨーロッパのなかでも、上位五社にスーパーマーケット市場が集中している英国において、PBはもっとも発展している(2006年度のCPG売上に占めるPBの割合は英国では36.7%)

 ヨーロッパでPBが発展成長した理由(2):ドイツのアルディ(Aldi)やフランスのリーダープライス(Leader Price)といった超安売りのハード・ディスカウンターの急激な成長につきあげられ、仏カルフールや英テスコといった一般的スーパーマーケットも、それに対抗して低価格のPBを販売せざるをえなくなった。

 ドイツにはアルディのような大手ハードディスカウンターが数社あり、「毎日が低価格」が売り物のウォルマートでさえ太刀打ちできず、進出してから9年後にはシッポを巻いてドイツ市場から撤退したくらいだ。通常のスーパーよりも三分の一は安いという価格が提供できる理由は、販売商品の95%がPBだからだが、そのほかにもいくつかの要因が挙げられる

 たとえば・・・

  1. 小さな店舗・・・日本の平均的スーパーの半分から三分の一程度(800から1000平方メートル)
  2. 店舗当たりの従業員は平均3.3人と店長
  3. 基本主要商品約2000点販売するだけ。冷凍食品や加工食品が中心だが、肉、乳製品、OTC薬品も取り扱っている。
  4. つい最近まで現金払いしか受けつけなかった。ドイツでは2004年からデビットカードをあつかうようになった。が、クレジットカードは基本的に受けつけない。
  5. ショッピングカートーを使うにはコインを入れなくてはいけない。所定場所に戻せばコインは戻ってくる(これによって、カートを整理するための人件費が削減される)。
  6. 環境問題に関係なく、昔から商品をいれるビニール袋には課金した。

 アルディ創業者であるアルブレヒト兄弟はドイツ一の大金持ちだが、ドケチぶりを伝えるエピソードも多い。

 たとえば・・・1)鉛筆が短くなって手でつかめなくなくなるぎりぎりまで捨てずに使う、2)新しい店舗デザインを見せている社員にむかって、「レイアウトは非常に良い。たった一つ問題があるとしたら、きみがプレゼン用に使っている用紙だ。部厚すぎる。経費節減のためもっと薄い紙をつかいたまえ」・・とか。二人とも北海の島に住んでいて公の場にはほとんど出ない。1971年に発生した誘拐事件のせいだろうといわれている。弟のほうが誘拐されて17日間監禁され、身代金300万ドルで解放された。このときのコメントが、公の場での最後のコメントとなっている。

 この誘拐事件に関しても、兄弟のケチさ加減を象徴するエピソードがついてまわった。誘拐された弟みずからが犯人に身代金の値下げを交渉したとか、あとで、支払った身代金を経費として税務署に申告したとか・・・・。ウォルマート創業者のサム・ウォルトンもアメリカ一の大金持ちになってもケチで有名だった。・・・・ということは、安売り店を経営するにはつましい生活を楽しめる人間じゃないといけない・・ということか? 日本のイオンがドイツのアルディをモデルとして超安売り店を展開していくことを企画していると読売新聞がつい最近(8/6/08)報道した。それが本当なら、最高責任者はドケチで評判な人材を選ばないとネ。

 話を元に戻します。

 ヨーロッパのPBには、アルディのような低価格を売り物にしたPBだけではなく、NBよりも高級イメージで価格も高いプレミアムPBもある。・・・というか、このプレミアムPBの成長がヨーロッパの小売店PBの成長全体を押し上げるのに貢献しているのだ。よって・・・

 ヨーロッパでPBが発展成長した理由(3): 低価格PB以外に、特定消費者セグメントのライフスタイルや嗜好にアピールするプレミアムPBを開発販売した。

 その結果として、英国のテスコは、低所得者だけでなく高額所得者をも顧客として吸収することに成功している。「もし、人類学者が英国とはどういった国かを知りたいと考えるなら、テスコの店舗を訪問すればよい」とビジネス誌「エコノミスト」は書いている。なぜなら、英国の人口を所得や職業を基準とする社会階級で5段階に分けるとして、それをテスコの顧客層と比較してみると、各階級の割合まで非常に似ているのだ。たとえば、テスコの顧客ベースには、一番高い階級であるAB(上級管理職や弁護士、医師といった専門職)と最下位階級であるE(失業者や生活保護受給者)が、どちらも約20%含まれている。

 この事実は、テスコが90年代初めには、どちらかといえば下流イメージであったことを考えると驚くべきことだ。10年もたたないうちに、上中下の階級すべてをひきつけることに成功したのは、テスコが顧客データベースを分析して、あらゆる階級にアピールするPBを開発し、各店舗の品揃えをそれぞれが対応する商圏に合わせてきたからだといわれる。

 テスコがロイヤルティカード(ポイント・カード)を開始し、顧客データベースを蓄積し始めたのが1995年。プレミアムPBを開発するきっかけになったのは、顧客データを分析していて、購買金額の大きい富裕層の客が、ワイン、チーズ、果物といったライフスタイルによる好みが出るタイプの商品をテスコで買っていないことに気がついたからだ。こういった分野で高級品を扱うようになったのが、プレミアムPBの始まりだ。テスコのPBは、現在、とくに食品分野では、低価格、標準、高級PBと3段階に分かれているうえに、最近では、高額PBのなかには、オーガニック、エスニック、低脂肪、アレルギーフリーといったサブブランドまで登場するようになっている。たとえば、インド人とかパキスタン人が多く住んでいる商圏の店舗にエスニック食品を導入した後で顧客データを分析したところ、富裕層の白人もこういったエスニック食品を購買していることが判明。よって、エスニックPBを開発し、他の店舗にも並べるようにした。

 小売店の情報システムというとすぐにウォルマートの名前が浮かんでくる。だが、ウォルマートの情報システムはサプライチェーン中心。POSデータを商品補充や在庫管理に利用することには優れている。だが、ウォルマートは基本的に顧客データベースを持っていないし、その分析においては英テスコに大きく遅れている。その証拠に、1999年にウォルマートに買収されたアズダ(英国第二位のスーパーマーケット)は、その業績に最近少し陰りが見え始め、1位のテスコとの市場シェアの差がひろがってきている(スーパーマーケット部門ではテスコ31%でアズダ16%)。理由は、テスコの顧客データ分析の競争優位性にあるといわれている。

 世界の先進国において消費の二極化がすすむなか、大規模小売店は、上にも下にも、そしてもちろん中間層にもアピールすることに成功しているテスコを羨望の眼差で注目している。ウォルマートでさえも、「毎日が低価格」でひきつけてきた既存の顧客層を失うことなしに、利益額の高い高級高額品を買う富裕層もひきつけたいと願い、この数年、外部からマーケティング専門家を引き抜き、プレミアムPBを開発し、TVやファッション雑誌に広告を出してイメチェンを図っている。いまは、まだ、成功したところまではいっていないけど・・・。

 115 日本では、景気の低迷、商品価格の値上がり、消費者マインドの冷え込み・・・のなか、低価格PBの話ばかりに終始している。だが、消費と消費者が二極化している事実に変わりはない。低価格のヨーグルトを買うひともいるだろうが、NBよりも高価なヨーグルトを買いたいひともいる(ヨーグルトを例に出したのは、テスコの高級PBヨーグルトの写真をネットでみたからだ。高級感あふれるファッショナブルなデザインのパッケージに、つい魅了されて・・・私も絶対買ってみたい♡)。NBメーカーは、こういうときこそ、思いっきり高級バージョンの商品をつくるべきだろう(とくに、飲食品メーカーは・・・。外食をひかえて内食ということで、景気が悪くても、食品部門は健闘しているという新聞記事も出ている。つましい生活をしているからこそ、たまに、豪華なパッケージにはいった高級飲食品を飲んだり食べたくなるものだ)それを食べているときだけでも優雅な気分にひたれる高級飲食品をつくってください。

Ilm05_cb10029s 最後にブラックジョークを一つ・・・「木曜とか金曜日の夕方に赤ちゃん用紙オムツを買うひとはビールも買う」という話は、データマイニングがIT業界の流行語になっていたころによく引用された。いわく、会社帰りに奥さんに買い物を頼まれた夫が、週末にTVでも見ながら飲むビールも買っていく・・・と説明された。ウォルマートのPOSデータ分析の素晴らしさを象徴する話だったわけだが、これが2000年ごろには、「だから、何だってえの?」と揶揄されるようになっていた。そんな情報がわかったからといって、まさか、紙おむつの横にビールを陳列するわけにもいかないし、それに、二つの製品の陳列棚が離れていたほうが「ついで買い」や「衝動買い」を誘発して返ってよいかもしれない。

 つまり、POSデータの分析だけでは、(商品補充を含めた在庫管理以外には)マーケティングの役に立たないと批判されたのだ。

 ビールと紙オムツについてのエピソードはテスコにもある。テスコが顧客データ分析をしたところ、初めての赤ちゃんが誕生した後(購買商品を時系列に分析すれば、赤ちゃん誕生やそれが最初の子供かどうかもある程度推測できる。食品や日用品といった家庭での日常生活が推し量れる商品を週に1度という購買頻度で買う・・・・これがスーパーマーケットの顧客データにパワーがある理由だ)、新米パパはパブ(居酒屋)に行くこともできず赤ん坊と一緒に家にこもる。よって、テスコで初めて赤ちゃん用紙オムツを買った顧客は、ベビー用品のクーポン券とビールのクーポン券の入ったDMをテスコから受け取ることになる。

 なんだか、ウォルマートをからかうためにわざと作られたようなエピソードだ。

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参考文献: 1. Keith Lincoln & Lars Thonmassen, Private Label, Kogan Page 2008, 2.Beth Neil, Exclusive: Brothers who built the 25 billion Aldi discount chain, Mirror Co. UK, 1/07/ 08, 3.Peter N. Child, et.al,, Do Retail Brands Travel, The McKinsey Quarterly, 4.Leonie Talt, Private Label: Seizing a greater share of the global shelf ,Euromonitor 2/18/05, 5.Less is more for Aldi, Professional Marketing,5/28/02,6. Jess Halliday, UK leads the way in Europe's private Labe market, Food Navigator. Com, 4/18/07, 7. Winfried Konrad, Aldi: The Uber Discounter, Private Label Magazine, Spring 2006,8.This Sceptered Aisle, The Economist 8/4/05, 9. Cecilie Rohwedder,Data from loyalty program help Tesco tailer products as it resists U.S. invader, Wall Street Journal 6/6/06

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