「大恐慌」時代に成功したマーケティング戦略
100年に一度の経済危機といわれ、株価の低落、内定取り消し、派遣社員の契約打ち切り・・・・といったニュースが毎日流れる。それによって、まだ、自らは実際的被害をこうむってはいないフツーの市民も、「先行きがなんとなく不安」で買い控えをする。こういった消費の減退に呼応して、小売業者やメーカーの合言葉は「低価格」と「コスト削減」だ。
いまの経済危機はアメリカで1929年10月24日の株価暴落から始まった大恐慌(Great Depression)の再来か? いや、そうはならない・・・といった議論を耳にする。そういった議論は経済学者にまかせるとして、マーケティングにかかわる人間として気になるのは、大恐慌の時代から学ぶべき教訓みたいなものがあるのか? あるとしたら、それは何か?・・・ということだ。1929年にアメリカで始まった恐慌は世界に飛び火し、32年後半から33年春にかけてピークを迎えている。その後の回復もぐずぐずしたもので、景気が本格的に良くなるのは、第二次世界大戦による戦争特需が生まれるようになってからだ。
この長期にわたる不況の時代に、恐慌が始まった1929年以前よりも成長を遂げた企業がいる。そういった企業は、他の企業に比べて、どういった異なるマーケティング戦略を採用したのだろうか? これについては、恐慌再来が叫ばれるようになった2008年春ごろから、アメリカでも、いくつかの記事が書かれている。そして、面白いことに、ほとんどすべてが同じ結論に達している。
簡単にまとめると、大恐慌を生き抜いただけでなく繁栄した企業は、「不景気などまるで存在していないかのように、一般大衆が消費できるお金を以前と同じくらい持っているかのようにふるまった会社」なのだ。「他の企業がコスト削減から広告費を減らしたなかで、広告をし続けた会社」なのだ。競合他社の広告が消費者には見えにくくなっていくなかで、以前と同じように広告するから目立つ。他の企業が消極的に対応するなか、積極的なマーケティングを展開することで、こういった企業は低いコストで市場シェアやROIを向上することができた・・・・というのが共通する結論だ。
「不況は、ノイズが比較的少ない環境でマーケティングできるという絶好の機会を提供してくれる」と「アドバタイジング・エイジ/AdvertisingAge」は書いている。でも、あの雑誌なら広告の擁護をするのが当然。なんとなく信憑性がない。だが、大恐慌を含めて不況時に広告投資を継続した会社が成長したことを証明する調査結果や逸話がいくつかある。
(1)まず、最初に、大恐慌におけるエピソード・・・P&Gの売上は、大恐慌が始まった最初の3年間で$1億9200万ドルから$9400万ドルへと50%以下に落ちた。だが、広告予算を削減しないどころか、1933年には、当時、最も新しいメディアであったラジオを使い、メロドラマの連続番組の全国放送を始めている(ちなみに、こういったラジオ番組では石鹸(Soap)の宣伝をよくしたために、放送されたメロドラマはソープ・オペラ(Soap Opera)と呼ばれるようになった)。「P&Gが、アメリカのこれまでの主な不況時ごとに大きな成長を遂げてきたのは、偶然の結果ではありません。P&Gは、現在でも、不況時に広告予算を削減しないという哲学を保持しています」と断言するマーケティングコンサルタントもいる。
1920年代、自動車のフォードの売上はシボレーの10倍あった。しかし、恐慌にもかかわらずシボレーは広告予算をふやし、財務数値のかんばしくないフォードが対抗措置をとることができないのを尻目に、1931年にはフォードの売上を抜いた。
20世紀初頭、朝食用シリアル業界にはケロッグを含め42の競合企業がひしめいていた。恐慌が始まったとき、ケロッグはいったんは広告宣伝費削減を決めたが、すぐに撤回し、反対に予算を増やして積極的に広告し続けた。ケロッグの売上は競合他社を大きく引き離し、恐慌の最中も右肩上がりで上昇しつづけ、20年代末に$430万だった利益は、30年代初めには$570万に増大していた。
(2)アメリカの不況時のB2B分野における調査結果・・・・米出版大手マグローヒル社が産業財企業600社を調査した。それによると、1981年ー82年の不況時に広告費用を維持したか増やした企業の売上は、不況の最中とそれに続く3年の間に、広告を削減した企業と比較して256%も増大している。
ちょっと期待はずれ?
でも、マーケティングの「成功の鍵」なんて、みんなそんなもんです。当たり前のことを「基本は守らなくっちゃ」・・・と、きちんと実行する企業が成功するのです。だいたいにおいて、不況に突入しても広告活動が継続できるということは、財務的にも余裕があるということであり、それは、その会社がもともと優良企業であるという証です。最近の調査結果がそれを裏付けてくれます。
米ビジネススクールの2002年の調査・・・様々な業種企業の上級マーケティング担当者150人を対象に、直近の不況時前後の業績と経営内容に関して調査した。結果、明確なマーケティング戦略、現金、革新や冒険を怖れない企業文化、余裕ある人員と生産能力といった要素をもって不況を迎えた企業は、不況をチャンスと考え、マーケティング投資を積極的に増やすことで顕著な業績を達成することに成功している・・・という事実が明らかになっている。
米「大恐慌」時の消費者の所得レベルと購買行動を調べた結果によると、1)生活に困らないレベル以上の所得者は以前と変わらぬお金の使い方をした、2)所得レベルが一番低い層はギリギリの生活レベルに陥落し、3)中間レベルは通常の購買を先延ばしする傾向が高くなった。しかし、商品タイプ別に、恐慌以前の1928年の消費金額が恐慌ピークの1932年にどのくらい下がったかを比較してみると、いまの私たちが思うほどには落ちていない。
- 消耗品 下落率 6%
- 準耐久品 13%
- 耐久品 24%
- サービス 8% 総合平均下落率 9%
もちろん、モノ余り時代で情報が世界同時に伝達される現代と1920年代とを同じレベルで比較することはできない。だが、市場環境の違いを考慮しながらも、そこに消費者心理の共通点を探してみることは悪いことではない。たとえば、日本でも最近、消費者の買い控えが嘆かれるなか、高級化粧品(数万円するクリーム)は売れているという記事が出ていた。アメリカの恐慌時、最悪の経済状態だといわれた1933年においてさえも、化粧品の(インフレ調整済み)売上は1929年以前よりも高かった・・・というデータがある。
パーミッション・マーケティングのセス・ゴーディンを含め、多くのマーケターは、不況時だからといって、消費者は価格そのものを購買選択の基準としているわけではないといっている。消費者は、安いかどうかというよりは、その値段に見合う価値があるかどうかを以前よりは慎重に判断するようになっている。基本的に、自分も配偶者も失業していないフツーの消費者は(そして、ニュースはこのフツーの消費者を取り上げることはない。フツーじゃないからニュースになるのだ)、漠然とした不安にとりつかれているだけで、行動経済学でいうところの「損失回避性」が高くなっている。リスクをとることを恐れるモードになっているのだ。「不可解な消費者行動シリーズ第2回 失うことを恐れる消費者」で説明したように、ほんのわずかでも損をする可能性があるのなら、「何もしないほうが得」という「現状維持」の傾向が非常に強く出ているのだ。
だからこそ、このブランドや企業と取引をすることで損をすることなど絶対にない・・・という安心感を与えなくてはいけない。そういったときに、以前よりも広告をしないことは、消費者に不安感を与えることにつながる。
ハーバード大学のクウェルチ教授は、「不安定な心理状態でいろんなことに確信がもてない消費者は、よく知っているブランドがもたらしてくれる安心感を必要とします」と書いている。
「不況、いや、恐慌がやってくるぞ!」とニュースが声高に叫び、その不況がどこまで広がるのかどれだけ長く続くのか?ということが不確実なときには、消費者の損失回避ムードが最も高まる。クウェルチ教授はアメリカでも、不況時には家族や友人とのつながりを大事にするようになり、自分の小さな社会に引きこもる傾向が高くなるといっている。したがって、広告は、不安モードを払ってくれる安心・安全・愛情・信頼を与えるものでなくてはいけない。ところが、不況も底をつき、後は上がるだけ・・・といったある種の確実性が感じられるようになると、「たまには気晴らしが必要よ」といった開き直りが出てきて、贅沢品や高級サービス消費が購買されるようになる。広告も、現実逃避を正当化するような内容に変える必要が出てくる。
人間心理は面白い。不確実なことは不安を呼ぶ。反対に、たとえ最悪の状況でも、最悪であることが確実であれば、それなりに受け入れることができるし、不安もやわらぐのだ。
マラソンで他の走者を引き離すチャンスは一番辛い上り坂。競合相手がコスト削減しているときに広告を増やしたブランドは、一気に坂道を駆け上がり勝者としてテープを切ることができる。
たとえば・・・このままでいくと、この苦しい上り坂を登る間に、サントリーが積極的にマーケティング投資をしているプレミアム・モルツは、台所事情の苦しいサッポロのエビスビールから高級ビール市場のシェアを奪うことに成功するかもしれない。また、衣料品市場では、ヒット商品も出し広告活動も継続しているユニクロが独走し、ファーストリティリングは豊かになった財布を懐に、海外の高級ブランドを(競う相手もいなくなって、割安に)買収するのに成功する。そして、景気がよくなったときには、その高級ブランドで世界市場でも売上を上げるという「繁栄の循環」を達成するかもしれない。同じようなことは、ウォルマートにもいえる。他社を圧倒する低価格で独り勝ちする一方で、念願の高級PBへのマーケティング投資を続ける。そして、景気がよくなったときには、利益性の高い高級PBを成功させてまた儲ける。ウォルマートの子会社である西友にとって、今回の不況は浮上するビッグ・チャンスとなることだろう。それがわかっているからこそ、12月4日から、同じ商品を他店で安く販売していたら同じ値段にします(実際には、もう少し複雑な条件がある)という価格保証の販促を始めたのだろう。だが、この販促で「西友の商品は安い!」というイメージを消費者に認知してもらうためには、積極的に広告をしなくてはいけない。西友が、この不況が提供してくれるラストチャンスに売上を伸ばせるかどうかは、この価格保証について、どれだけマーケティング投資できるか・・・にかかっている。
日経新聞(12/9/08)記事によると、花王、ユニチャーム、コーセーといった日用品・化粧品メーカーが広告宣伝費を減らしている。とくにテレビ広告を減らし、そのぶん、ネットや店頭販促費用の比率を高めているという。一方、資生堂は広告宣伝費は前年並みを継続し、新ブランド発表などにはとくにテレビ広告を強調する方針らしい。資生堂は不況に採用するべき積極的マーケティングを実行するわけだ。
かくして、大きい企業はまた大きくなり、優良企業はますます優良になる。
でも、忘れてました。不況時は新しい革新的企業が誕生するチャンスでもあるそうです。少なくとも、アメリカでは・・・。GEは「パニック」と呼ばれた1873年の経済危機に、ディズニーは1923-24年の不況に、HPは恐慌の最中に、そして、マイクロソフトは1975年の不況のときに生まれています。
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参考文献: 1.「西友の値引き、どこまでOK?] 日経MJ12/12/08, 2.「広告宣伝費が減少」日経新聞 12/9/08, 3.Dave Chase, How brands thrived during the Great Depression, iMedia Connection, 10/17/08, 4. Jack Neff, Recession Can Be a Marketer's Friend, Advertising Age 3/24/08, 5. John Quelch, Marketing Your Way Through A Recession, Working Knowledge, 3/3/08
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