マックの「クォーターパウンダー」の価格と広告
日本マクドナルドが11月28日に、通常の2.5倍の重さ(約110g)のビーフパティが入っている「クォーターパウンダー」を発売した。肉2枚とチーズが入る「ダブルクォーターパウンダー・チーズ」は490円で、マックの全商品のうち最も高額な商品となる。外食不況が深刻化するなか、マクドナルドの売上高は2008年も好調に推移しており、11月末時点で、対前年比は既存店で2007年1月より23ヶ月連続でプラス、全店では34ヶ月連続プラスの記録を更新した。
好調の原因としては、24時間営業の拡大とか、新商品や期間限定商品をこまめに発売することによる来店客数や来店頻度の増大などを挙げることもできる。だが、今年に入って消費者心理が異常に冷え込むなか、マックだけが独り勝ちしているのは、やっぱり、100円バーガーや100円コーヒーといった低価格品や新聞折込やケータイで配布している割引クーポンが貢献している・・・・と誰もが考えることだろう。
だからといって、「やっぱり不景気は低価格で乗り切るしかないんだ」なんて単純な結論を出してはいけない。安いモノを売っているだけでは、未曾有(ミゾウ。一応、念のためルビをふっておきます)の経済状況では生き残ってはいけない。こういったときだからこそ、高額品を販売する。日本マクドナルドの原田CEOは、会見において、今後もチキンの高額品を出すなどしてプレミアム商品の品揃えを強化するとともに、百円商品もさらに強化して幅広い需要を取り込むつもりであることを強調した。「プレミアム商品と並んで、今後はコア(中核)商品や割安なヴァリュー商品も更に強化していきたい」(日経MJ、11/28/08)というコメントから考えると、マックは3つの価格帯の品揃えを考えていることになる。
これは、不景気がどこまで拡大するか、あるいはどれだけ長期化するか予測不可能な「不確実性の時代」において、効果的な価格戦略なのだ。
不景気が進む中、「低価格」が合言葉のようになってきているが、粗利益率も利益金額も低い商品に専念していては、ただでさえ脆弱(これもルビをふっておいたほうがよいかも?でも、某首相が読むわけじゃないから大丈夫か・・・・)な消費財関連企業の財務体質はますますやせ細っていってしまう。低価格品を強化する一方で、利益を確保できる高価格帯の品揃えもきちんとするのが、不確実性市場で生き残るための重要ポイントだ。
世界的にみられる消費者の二極化や消費の二極化の傾向は、不景気によって消滅するわけではない。また、消費者も、なんでも低価格品が良いと思っているわけではない。たとえば、食べ物を例にとれば、11月中旬に実施された三井物産戦略研究所の調査では、野菜や果物の選択において、20代から60代の主婦の62.5%が「価格が1割高くても生産履歴が確認できるものを買う」と答え、21.5%が2割以上高くても買うと答えている。野菜や果物を買うときに重視する要因は、「生産国」が最も多くて44.5%、「農薬や肥料の使用状況」が12.0%・・・・そして、「価格」は9%だった。2割高くても買うという21.6%のセグメントにオーガニックで高品質な食品を適切な利益が出る価格で販売していく・・・・低価格品を強化しながらも、その一方で、価格感受性の低い(よって利益性の高い)セグメントに、そのニーズにそった高額商品を提供するという戦略をとらなかったら、企業はいまの経済状況を乗り越えていくことはできない。
マックが日本の外食産業で独り勝ちしているとして、アメリカの小売業で独り気炎をあげているのはウォルマートだ。アメリカの11月のデパートを含めた主要小売業の既存店売上高は前年同月比で2.7%減。この減少率は1969年以来最大だという。そのなかで、3.0%の成長を達成したのはウォルマート唯一つ。景気の深刻化を受けて、徹底的な安売り作戦をとったのが成功の要因だ。が、だからといって、ウォルマートが昔ながらの低価格路線に逆戻りしたというわけではないだろう。
ウォルマートは(小売とメーカーのバトルロワイヤルシリーズ第9回で書いたように)、2007年に、低価格一辺倒の従来の路線を軌道修正し、スローガンも「いつも低価格」から「節約して良い暮らしを!」に変更した。それは、低価格を買う既存の層を失うことなく、1)価値ある(値段もちょっと高い)ブランドや、2)食料品だけでなく衣料品やエレクトロニクス製品といった高単価な商品カテゴリーをも購買してくれる層にアピールすることにより、将来的成長を持続するためだった。
ウォルマートはこういった基本方針を決めるために2億人といわれる顧客を7つのセグメントに分け、そのうちの3つのセグメントをターゲットと定めた。
- 全顧客の14%を占める低価格しか買えないセグメント
- 29%を占める低所得者だがブランドにこだわるセグメント
- 11%を占める価格に敏感な高額所得者セグメント
アメリカのいまの景気では、②のセグメントの一部が①に流れ、他店からも①のセグメントに移行してきて、①のセグメントの顧客数は増大しているかもしれない。だが、いまでも、②と③のセグメントは存在している。とくに、③のセグメントには、他店から高額所得者が移行している可能性も高い。他セグメントより価格感受性の低いこのセグメントに高額品を販売することは利益性の高いビジネスになる。また、景気はいつかは必ずよくなる。そのとき、③のセグメントは再度重要となる。だから、たとえいまは低価格商品が売れ筋だとしても、③のセグメントのニーズにこたえる商品はそろえておかなくてはいけない。
著名コンサルティング会社マッキンゼーも、100年に一度といわれる今の経済環境で生き残るためには、1)利益性ある顧客セグメントを見つけて、そこに投資をすること、2)常に変化する不確実な状況においては、最優先するべき顧客セグメントは誰でどこにあるかを常に再チェックすること・・などを挙げている。顧客を価格への感受性で分類し、感受性の低いセグメントから利益をあげ、感受性の高いセグメントには売上規模を上げるために低価格品を提供し割引クーポンを配布する・・・といった、まさにマクドナルドがとっているような価格戦略が重要となる。
最後に、クォーターパウンダーの広告の話です。
新聞一面に、水泳の北島康介選手を使った大きな広告が掲載された。テレビ広告も始まった。Big Mouthがキーワードで、「サイズの大きいクォーターパウンダーをでっかく口をあけて食べよう」という意味と、「その口で、でっかい夢を大胆に語っていこう!」という二つの意味が含まれている。「新しいハンバーガーがこの国の生きかたかを変える。Big Mouth!でいこう」という社会の閉塞感を吹き飛ばそうとするコピーがいい。
消費者の声に耳を傾けて低価格品を提供するのもいいけれど、消費者の言動に忠実に従うことだけがマーケティングだろうか? 企業にとって望ましい行動をとってもらうために、消費者を説得して誘導することもマーケティングではなかったか? かつて、マーケティングはもっと原始的でもっと情熱的なものだった。売り手が買い手の心理を考えながら買い手を自分の意に沿うように誘導していく力があった。消費者に自分が提供するモノを自分の条件で買わせようとする迫力が感じられた。それが、いつのまにやら、消費者の言うことに耳を傾けるだけの消極的で上品なものに変わってしまった。消費者の要望だからといって、ほとんど利益の出ない低価格品を提供してそれを買ってもらうだけなら、マーケティングなど必要ない。
そのうえ、それが本当に消費者のニーズに沿っているかどうかも怪しいものだ。質問されれば、金持ちでも(いや金持ちだからこそ?)「安いほうを選択する」と答える。深層心理をさぐれば、低価格とか不景気という言葉はもううんざりだと思っている消費者もいるはずだ。「100円バーガーばかり食べていないので、たまには豪勢にビーフをたっぷり食べて元気を出そう。そして、頑張って、いまの困難を乗り越えていこうじゃないか!」・・・そう語りかけて、「そうだ、頑張ろう!」という気分にさせるのもマーケティングの力であり醍醐味ではなかったのか?
クォーターパウンダーの広告は、マーケティングの原点に戻った感じで好きです(とはいいながら、半分ベジタリアンの私は、ハンバーガーは食べません)。
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参考文献: 1.「マック、高級バーガー本格発売、価格展開幅広く」、日経MJ11/28/08、2.「日本マクドナルドCEO原田頴泳幸氏・・・高価格路線への転換ではない」、日本経済新聞11/27/08、3.「1割高く手も買う。62%」、朝日新聞 12/5/08, 4.David Count, The downturn's new rules for marketers, The McKinsey Quarterly December 2008、5. Jack Neff, Wal-Mart Grinning Big Throught the Tough Times, AdvertisingAge 10/6/08
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