長寿ブランドのヒミツ (ブランドと感情と記憶No.4)
過去20年近く米国におけるブランド・エクイティ調査を続けているハリス・インタラクティブの2007年度の結果が発表された。39商品分類にわたる1000種のブランドの頂点に立ったのは、1907年生まれのハーシーのキス・チョコレートだ。
- 総合第一位 キス・チョコレート(発売1907年)
- 認知度第一位 コカコーラ(1885年)とハインツケチャップ(1875年)
- 購買意図第一位 クラフト・フーズ(食品メーカーとしては米国ではNo.1。日本でも知られているブランドとしてはオレオクッキー1912年、リッツクラッカー1934年、フィラデルフィアクリームチーズ1880年などがある)
- ユニーク度一位 自動車のベントリー (1919年)
- 期待度一位 シアーズのクラフツマン工具(1912年)
この調査結果で驚くのは、1)食べ物が多いこと、そして、2)100年以上の長寿商品が多いことだ。
日本で、いまでもマス広告が見られ、ほとんどのスーパーやコンビにで買うことができる、つまり第一線で活躍している「長生き飲食料品」ということになると、明治チョコレート(発売1926年)、江崎グリコのポッキー(1966年)、キリンベバレッジの午後の紅茶(1986年)、ネスレのゴールドブレンド(1967年)など。明治チョコレートを除いては、たかだか40年くらいの歴史だ。
日本の長生き飲食料品がそれほど長生きでもない理由はあとで考えるとして、まず、最初に、食品に長寿ブランドが多い理由を考えてみる。
それは、子供のときに食べた食品の記憶はずっと長く保存される傾向があるからだ。
食べることを五感刺激で考えてみると、主に味覚と嗅覚が関係してくる。だが、「味」の80~90%は「匂い」で作られているといわれるように、カゼをひいたりして匂いを感じられなくなると味さえも感じられなくなって、食欲不振に陥る。嗅覚障害があるために、味覚機能にまったく問題はないのに、味を感じることができなくなってしまうわけだ。
食べ物を口にすると、食品の化学物質は味覚刺激を受け入れる細胞(味覚受容器)を刺激するだけではない。化学物質は口腔内から鼻に通じる道をとって鼻腔内の嗅覚受容器も刺激する。
つまり、食べるということは鼻からも口からも嗅覚を刺激するということだ。そして、嗅覚は感情と記憶をつくる古い脳につながっている(シリーズ第三回参照)。
つぎに、味覚刺激のことを考えてみる。
五感のなかで、ただひとつ、味覚だけは脳の三つの部分に同時につながっている。食べることは生命の重大事。食べてはいけない毒物、食べられるが体の栄養にならないもの、そして生命の維持に大切なもの・・・こういった区別が常にできるように、どの感覚伝導路が損傷を受けても、予備の経路があるように三つもの伝導路が存在するのだろうと考えられている。味覚は大脳新皮質にも直結しているが、また、嗅覚と同じように感情と記憶をつくる古い脳である大脳辺縁系にも直結している。
大脳辺縁系では届いた味覚刺激で快・不快の感情を区別する。つまり、毒物を食べて不快を感じたら、それを記憶して、次には食べないようにする・・・・といった大切な任務が実行されている。
このように、食べ物の体験は記憶されやすく、とくに、子供のころに幸福感を感じた食体験や、あるいは子供のころ繰り返して食べたものへの記憶は長期保存される傾向が非常に高い。そして、子供のころ食べたものを食べれば、その嗅覚と味覚刺激は、子供のころのシアワセ感、愛情を感じた出来事、そんなものを瞬時になつかしく思い出させてくれる。
だから、姑のつくる「おふくろの味」に嫁は打ち勝つことができないのだ。
もっとも、共稼ぎ夫婦の増えたいま、「おふくろの味」なんてものも昔話になってきているらしい。
森永のミルクキャラメルを買う五十歳以上の年齢層が多くなっている。それで、せんべいや和菓子などの売り場にも陳列してシニア層への取り込みに力を入れている・・・という新聞記事があった(日経MJ8/10/07)。団塊の世代が子供のころに食べた森永ミルクキャラメルに懐かしさ感じて購入しているのだ。映画「ALWAYS 三丁目の夕日」がヒットしたのと同じ理由だ。
いまのシニア層がいくら買ってくれても、この世代が死に絶えてしまえば(ゴメンナサイ!)、森永ミルクキャラメルの売上げはまた下がる。
団塊の世代が親になっていたころ・・・つまり、いまから三十年から四十年ほど前に、「あなたのお母さんがあなたに最初に食べさせてくれたキャラメル。母親の手作りに近い自然でシンプルなお菓子。それをあなたも自分の子供が食べる最初のお菓子にしたくはありませんか?」という森永ミルクキャラメルの広告宣伝をよく目にしていたら・・・? そこで、また、森永ミルクキャラメルを二十年後になつかしく思い出して自分の子供に食べさせる世代が創られていたかもしれない。
長寿ブランドを創る問題点のひとつに、ブランドを愛用している消費者が年老いていくことがある・・・というコメントをどこかで読んだ。愛用者が年を取ると商品を使用しなくなる。それが商品の長寿化への妨げになるというのだ。
このコメントはおかしい。
新しい世代は常に生まれている。
森永ミルクキャラメルを食べていた幼稚園児や小学生も、10歳ごろになったら、「ミルクキャラメルなんて子供っぽいもの、食べてらんない!」と、もっと刺激のあるスナック菓子に移っていくかもしれない。でも、キャラメルを口に入れたときの母さんの愛情に包まれていたあの甘いぬくもり。安心感や至福感の記憶はずっと残る。そして、自分が親になった時、それを思い出して、今度は自分の子供に与えるのだ。そして、母親から森永ミルクキャラメルを与えられた次の世代は、自分が親になったらまた自分の子供に与え、そしてまた・・・・。
でも、大人になって、子供のころのことを思い出すためには、きっかけがいる。
たとえば、広告・・・。
「午後の紅茶」が2006年に20周年を迎えるのを機にリニューアルをした。「ヘルシーさを前面に押し出したリニューアルのおかげで、10~20年前に午後の紅茶を飲んでいた現在の中高年層がもどってきてくれた。それが前年比20%の売上げ増につながった」・・という記事があった(日経情報ストラテジー11/24/07)。
中高年層が戻ってきた一番の原因は、リニューアルそのものではないだろう。リニューアルを機に大々的に宣伝した広告を見た中高年が、自分たちの青春時代のなつかい甘酸っぱい思い出を思い起こしたから、また、購買してくれた。このほうが事実により近いはずだ。
長寿ブランドは世代から世代へと伝えられる商品だ。
だから、売り手企業は、これはと思った商品が忘れられないように、定期的に広告宣伝活動をしなくてはいけない。消費者が買いたいときに店舗で見つけられるようにしておかなくてはいけない。常にマーケティング投資を怠ってはいけないのだ。
日本の消費者は新らしモノ好きだというコメントは、そっくりそのままメーカーの経営者、マーケティング担当者にお返ししたいと思います。
新しモノ好きで飽き性なのは売り手も同じだ。
日本の売り手は飽き性で新しモノ好きだ。ちょっと売上げが落ちてくると、商品ライフサイクルの成熟期から衰退期に入ったとしてマーケティング投資を減らす。
商品も生物と同じようにいつかは衰えて死ぬ・・・というライフサイクル理論は間違っている。P&Gの最高執行役員も2007年に日経MJのインタビューに答えて「ブランドにライフサイクルは存在しない」と断言している。(ライフサイクル理論の間違いについては、次回に書きます)。
商売(あきない)は飽きないこと・・・という昔からの言い伝えは、けだし名言だ。
売り手自身が同じものをつくって同じものを売るのに飽きる。同じ広告を掲載することに飽きる。そして売上げが下がると、消費者が飽きてきているとして、商品を「変える」ことを正当化する・・・・・これが長寿ブランドができない最大の原因だ。
問題は、消費者側にあるのではなく、売り手側の心理にあるのです。
(ブランドと感情と記憶シリーズ第五回に続く・・・・・・)
独断度100%のコメント
森永ミルクキャラメルさん、たまたま、新聞に記事が載っていたということで、あなたを実例として全面的に取り上げてしまいました。ゴメンナサイ。でも、1900年に発売されたあなたは、マーケティング投資が定期的に繰り返されていたならば、ハーシーのキスチョコレートのように、いまでも、ブランド・エクイティ調査でかなり上のランクに入っていたはずです。それだけの資格が充分ある素晴らしいブランド商品です。
もっとも、ランクの順位では、チョコレート人気に後押しされている明治の板チョコには負けてしまうかもしれませんが・・・・。
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