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2007年9月16日 (日)

記憶はあてにならない (消費者調査シリーズ第二回)

 あなたの脳はあなたが見たり聞いたり経験したことを事実のまま覚えているわけではない。

そう言われたら大半のひとはこう答えるだろう。「そりゃ、むろん、忘れることだってあるさ。自分の記憶に自信がないときだってある。でも、自分の記憶が不確かなものか、それとも実際に起こった通りのことか・・・それぐらいは自分で判断できるさ」。

 ブー。

 記憶は二つの段階で変わってしまう。まず第一に、新しい経験(新しい情報)が保存されるとき・・・。新しい情報は、いくつかのデータ・ファイル(たとえば、色、形、匂い、言葉、経験に伴った感情、その他)に分けられて異なる場所に保存される。そのために、たとえば、大学時代の友人に会ったときに、顔はすぐに思い出せるが、名前がすぐには出てこないという現象が起こる。顔のファイルはすぐに検索できるのだが、名前のような言語データが保存されている領域はデータ量が多く混みあっている。だから、検索するのに時間がかかるのだ。

 いずれにしても、新しいデータが保存されるとき、すでに保存されているデータに基づいて、どのデータを保存するかが選択される。選択的に保存処理されるのは、たぶん、容量の問題があるからだろうと考えられている

 記憶が変わってしまう第二の段階は思い出そうとするとき・・・。思い出すという作業は、異なる場所にバラバラに保存されているデータを再構築することを意味している。その方法はまだ解明されていない。ファイルがリンクづけされてネットワークを作っていると考えられているが、リンクの弱いファイルは検索されずに終わってしまうかもしれない。あるいはまた、検索されるときのきっかけによって、情報内容が変化することもある。かかりつけのお医者さんとオフィス街ですれちがう。白衣ではなく背広を着ているので、「どこかで見た人?」と思っても誰だか思い出せない。オフィス街だから仕事上のつきあいのある人だと勘違いしてしまう。それは、記憶したときとキュー(Cue、手がかり、刺激、きっかけ)が違うからだ (この場合は白衣がキュー)。

 キューが記憶をゆがめてしまうこともある。記憶したときと異なるキューが使われると、検索できないファイルが出てくるだけではなく、無関係のファイルが呼び出されてしまうこともある。精神分析の創始者フロイトは、患者は精神科医の示唆によって子供時代の経験を新たに創造してしまうと語っている。

 消費者の記憶を知るためにアンケート調査を使うとして、その調査それ自体が消費者に示唆や暗示を与えるキューとなり、それによって、消費者の記憶が変わってしまうことがある。質問の聞き方、質問の順番、使う言葉によって、消費者の答は事実とは異なってしまう。カスタマー・インサイトというカタカナ用語が最近よく使われる。インサイトは心理学用語としては、(顧客の)思考や行動をもたらす動機を理解することだ。

 アンケート調査やフォーカスグループ調査がカスタマー・インサイトを明らかにしてくれると、本当に思っているのだろうか?

 広告も記憶に大きな影響を与えるキューとなる。

 2002年に、広告が消費者の過去の記憶を変えることができるという実験結果が論文として発表された。要約すると、被験者である大学生に過去をなつかしく思い出させるようなディズニーランドの広告を見せた・・・「子供時代を思い出してごらん・・・両親にやっと連れてきてもらったディズニーランド・・・初めてミッキーを間近に見て、ママに押されるようにして近づいて・・・そして、ミッキーと握手をしたときのあの興奮!」。ただし、学生たちに見せた広告では、ミッキーマウスではなくバックスバニーとなっていた。バックスバニーはアメリカでは有名なキャラクターだがディズニーランドのものではない。なのに、この広告を見せられた学生の16%は、実際には起こりえなかった出来事(つまりディズニーランドでバックスバニーと握手するということ)を自分は記憶していると主張したのだ。

 「記憶は創造的再構築の結果であり事実とは異なることがある」という心理学者や脳科学者の言葉が本当に思えてくる。

                          (第三回につづく・・・・)

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独断度100%のコメント

人間は無意識のうちに自分が記憶すべき情報を選択しているしその内容も変えているようだ。著名な心理学者ダニエル・シャクターの言葉を私流に翻訳すると、「記憶は過去に関するものだと思うのは間違いだ。それは、現在の自分が考えていることや自分が描く将来像に大きく影響されて思い出されるものなのだ」。科学は、どんな科学でもつきつめると哲学になるんだ!

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参考文献:1. Kathryn A. Braun, et al (2002) Make My Memory: How Advertising Can Change Our Memories of the Past, Psychology & Marketing, Vol 19, 2.Giep Franzen and Margot Bouwman (2001), The Mental World of Brands, World Advertising Research Center

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