2013年4月 9日 (火)

企業ブランドしかつくれなかった資生堂。そして、中途採用のすすめ。

 資生堂の新しい人事が話題になっている。

 3月31日に、2年前に52歳で社長に抜擢された末川社長が退任し、前社長だった前田会長が社長も兼任することになった。資生堂は2008年秋のリーマンショック以降、連結売上高は6400億円から6900億円レベルで停滞気味。営業利益もマイナスが続いていた。しかも、12年度3月期まで6期連続、四半期ごとに業績の下方修正を繰り返すことで、市場の信頼も損なわれていた。

 業績不振の理由がいくつか挙げられているが、驚くべきことに(というか、過去に何度も繰り返されてきた理由なので、あまり驚かない。驚かないということ自体が、一番驚くべきことなのです。ああ~ややこし!)・・・。とにかく、国内市場の不振の主な要因は、実は、もう1980年代には明らかにされていたことなのです。それが、30年たっても解決できなかったという一言につきる。

 短くまとめてしまえば、今の資生堂をつくってくれたもの、つまり、日本最大の化粧品メーカーで世界でも5~6位につけるまでの成長をもたらしてくれた流通チャネル・システムが、高度成長時代がおわってからずっと、資生堂のあしかせになっているのです。

 世界に通用する強力な商品ブランドを創造することもできず、そして、継続的に在庫の問題や高コストの問題に悩まされてきているのは、資生堂が自ら構築したチェインストア・ネットワーク(契約小売店網)と、これもまた自らが構築したチェインストアとの複雑な関係性のなかに、からめとられてしまった結果なのです。

 もっと短くいえば、過去の成功体験が生み育てた「しがらみ」から、資生堂は抜け出すことができないでいるのです。

 さきに断っておきたいのですが、私は、資生堂の戦略がまちがっていると批判するために、このブログを書いているのではないのです。過去何代もの資生堂のトップ経営陣は上に列挙したような問題についてよ~くわかっていた。一流企業のトップにまで登りつめることができた人たちなのです。頭脳的にも人間的にも優れた人たちに決まっています。が、それでも切れないのが「しがらみ」なのです。

・・・・いずれにしても、まず、資生堂のその「しがらみ」について説明させていただきます。

 チェインストアと呼ばれる契約小売店は、1923年(大正12年)に、創業者の息子で初代社長の福原信三が、乱売への対策として、「資生堂製品はチェインストアだけで扱い、全国同一価格とする」と販売政策の基本を定めたことから始まります。当時、第一次大戦後の世界的不況のなか、化粧品業界では値引き競争が激化し、小売店の倒産が相次いでいました。こういった不毛の競争から取引先や商品価値を守るとともに全国市場への発展を進めるために、アメリカで発達していたチェインストア・システムを採用したのです。そして、このチェインストア組織をより強固なものにするために、全国の主な問屋と「資生堂契約店舗には同じ価格で卸売りする」という契約を結ぶ。問屋は、その後、資生堂の特定代理店となり、最終的には、こういった特定代理店と合併したり共同出資したりして「資生堂製品のみを専門的に流通させるための組織」として「系列販売会社」を各地に設立することになりました。

 第二次大戦前にできあがった資生堂の流通システムは、戦後、壊滅打撃からすばやく立ちあがり、全国津々浦々にまで広がったチェインストア・ネットワークはその後の資生堂の高度成長を支えてくれたのです。

 化粧品業界は60年代~70年代にかけて不況知らずの産業といわれました。戦後生まれのもっとも人口の多い「団塊の世代」の女性が結婚前の独身女性であったころで、化粧品はよく売れました。新製品を出してマス広告で宣伝すれば売れた。が、この「団塊の世代」女性が結婚して子供が生まれるようになったころから、化粧品需要も落ちてくる。80年代になると、少子化問題に加えて海外ブランドの参入によって競争は激化する。

 こうなると、どうなるか?

 まず第一に、売上ノルマを達成するために、営業担当者は各小売店に在庫がまだあるのを知ったうえで、仕入れてくれるよう頭を下げる。「お願い販売」というか「押し売り販売」だ。店頭の売上があがっていなくても、仕入れの時点で売上として計上してしまう。そして、第二に、小売店は目新しい新製品があれば売りやすいので、新ブランドや新製品を出すように要望する。押し売り販売で借りがある営業としてはじゃけんに断れないし、新製品なら店も仕入れてくれるので、資生堂本社に新製品の発売を強く要望する。新ブランドや新製品を出せば売上は広告宣伝活動によって一時的に上がる。が、長続きはしないので在庫となる。

 (小売店には仕入れ額に応じてリベートが支払われた。だから、小売店も売れる見込がなくても仕入れてしまう。2001年には、リベートも仕入れ時ではなく、店頭販売実績で支払われることに契約を変更。同時に、営業担当者の評価も販売実績に切りかえられました。しかし、長年つづいた仕入れ額を実績とする仕組みは、最初に書いたように『資生堂が自ら構築して自らがからめとられてしまった、系列販売会社や契約小売店との複雑な関係性』をつくった要因のひとつなのです)

 当時は、他の産業でもよくみられる光景でした。日本では、家電メーカーも、たとえば、松下電器(いまのパナソニック)なども同じようにチェインストアをかかえていたから、小売店の要望に応える形で、一年ごとにモデルチェンジをしていました。資生堂のような化粧品メーカーにとっても、松下電器のような家電メーカーにとっても、お客様は系列販売会社の社長だったり契約小売店の主人であり、消費者ではなかったのです。B2C(対消費者販売)をしていたのではなく、B2B(対企業販売)をしていたようなものです。だから、信頼できる一流会社のイメージを築くための企業ブランディングが中心となり、(新製品や新ブランドをつぎからつぎへと出していたというブランド軽視からも明らかなように)商品ブランディングはおろそかになってしまったのです。

  ブランド戦略論で有名で、日本でも幾冊かの本を出しているデイビッド・アーカーは、2001年に電通の招きで日本をおとずれたときに、「日本ではブランド=企業ブランドととらえる向きが多すぎる」と語っています。

 資生堂の決算内容をみると、大幅な減益を覚悟して大量の流通在庫を削減する試みは、過去何度もおこなわれています。

 最初は1987年。創業者の孫ということで、社内外からの抵抗をかわすことが期待されたのでしょう。福原義春社長の就任がきまるとすぐに、販売会社や小売店にたまった大量在庫の処分がきめられた。販売会社への出荷額を絞るとともに、2年間にわたって約200億円の在庫償却を実施。12期連続増収増益から一転して経常利益が49%減となりました。

 しかし、在庫は1998年3月期には国内で500億円。海外をあわせると713億円に達するまで、また増えてしまった。売上ノルマ達成のための押し込み販売があいかわらず続いていたのだ。

 2001年度には、430億円の流通在庫を処分したために、220億円の赤字を計上する結果となっている。当時の池田社長は、「再点検したところ、小売店、販社、工場、いたるところに偏在在庫が蓄積されていた。売上げを上げるためにお願い販売をして、あとで返品として受け取ることが日常化していた」とコメントし、対策として、「小売店にPOS導入をお願いして、卸の数字で売上をたてるのではなく、店頭売上を資生堂の売上と結びつけるようにする」と語った。また、「在庫をつくった原因は100にも及ぶブランド数にあるので、今後は35ブランドくらいに減らす」とも語った。「(将来のために)ウミを出し切る」と池田社長は記者会見で宣言している。

 結局、1987年からの14年間、一時的に売上を上げるための押し売り販売や新製品発売の悪しき習慣もなくなることはなかったのか? あるいは、バブル崩壊後の90年代の売上不振、またファンケルやDHCなどの通販化粧品の新規参入による競争激化のなか、悪しき習慣が復活したのか? いずれにしても、90年代の10年間で64ものブランドが新発売されている。

 2005年、前田社長が就任して「旧来のしがらみを断ちきる」と宣言。ブランド数をへらしてメガブランドに投資を集中するという、当時すでにユニリーバとかP&Gが推し進めていたパワーブランド戦略を採用することを明らかにした。そして、2006年には「ツバキ」に50億円という過去最高の宣伝広告費投入し、これがメガブランド育成作戦だと世の中にしらしめた。2007年には、8つの重点ブランドで売り上げの49%、27の主軸ブランドで総売り上げの80%以上・・・とブランド戦略が順調にいっていることを説明していたのだが・・・・。

 どうも、この「改革」は、景気悪化もあったし、それから社内外の抵抗もあったらしく、途中で、最初の勢いはなくなってしまったようだ。

 2011年、52歳という若さを期待された末川社長が発表した新しい3か年計画では、過去の成功体験からの決別が、またまた、宣言された。「デ・ジャヴ」感があるけれど、会見では次のようなことが語られた。

 

  1. 新製品に依存しすぎで、1年で寿命が終わる製品が多すぎる。ロングセラー商品が育っていない。当然のことながらブランドアイデンティティも希薄。
  2. 流通在庫の問題もいまだにある(このとき、どれだけの在庫があるかは明らかにされなかったが、販促物の不良在庫関連コストだけでも年間数十億円になっていることは明らかにされた)。
  3. ネット販売に挑戦する。(このとき、社長は「専門店は資生堂が苦しかった時に助けてくれた店ではあるが」、でも、ネット販売にあえてチャレンジすると語った。この言葉からも、契約小売店が店舗売上が落ちることを懸念して、ネット販売に長い間強く反対していたことがよく理解できる)。

  その末川社長が自分の健康上の理由から2年後に辞任。「尽きない悩みと各所からのプレッシャーに、末川氏は周囲に『なかなか眠れない』と漏らしていたという」と週刊東洋経済記事には書かれていた。日経MJ記事にも、「資生堂には歴代トップからなる「相談役会」もあって、『歴代トップの間で(末川社長への)批判が強かった』と資生堂関係者は語る」と書かれていた。どうやら末川社長は社内外の風当たりの強さに疲労困憊してしまったようだ。

 「しがらみ」ストーリーのまとめに入ります。

 まず、企業ブランドと商品ブランドの話です。

 資生堂は企業ブランドを築くことには成功した。信頼できる企業、一流企業・・・こういったイメージは小売店網を拡大するのには強い武器となった。だが、「消費者をお客様とする」マーケティング戦略をとることをしなかった(あるいは、できなかった)資生堂は、商品ブランドを築くことはできなかった。その証拠というか、日経BPによるブランド・ジャパンの過去10年間の調査において、資生堂はビジネスパーソンによる評価では常に50位以内にはいっている。が、消費者による評価では、2006年に前年度の108位から42位にはいったのが最高位(たぶん、ツバキの大々的キャンペーンのせいだろう)。他の年には50位以内に入っていない。

 これはやっぱりおかしい。

 消費財を販売しているメーカーなら、その逆の現象でしかるべきだろう。資生堂という名前がランキングに入っていなくても、ツバキとかマキアージュが上位にランクされている・・・というならよい。が、それもない。

 化粧品業界で、企業ブランドで成功した企業は見当たらない。もちろん、企業ブランド=商品ブランドになっているシャネルとかは別である。化粧品メーカー世界ランキングで一位や二位をしめるP&Gやロレアルは企業ブランドとしても有名ではあるが、ロレアル傘下のランコム、へレナルビンスタイン、シュウウエムラ、メイベリンニューヨークはそれぞれ独立したブランドとして著名だ。一般消費者の多くは、シュウウエムラの親会社がロレアルだなんて知らないだろう。ブランドは個性なんだから、知らないほうがいい。資生堂と世界売上で5位6位を争っているエスティローダでも、クリニック、ボビーブラウン、マック、ドゥ・ラメール、オリジン、アラミス等々。いずれも、日本のデパートの化粧品売り場に別々のカウンターをかまえているが、それぞれが同じ企業グループに属しているなんて、買い物客の大半は知らないだろう。それが商品ブランドだと思う。

 資生堂の契約小売店の売上は、90年代初めには、国内総売り上げの75%を占めていた。が、いまでは、売上シェアは25%程度に落ちてきている。が、しかし、新しい販売チャネル、たとえばドラッグストア、コンビニ、そしてネット販売への対策は、契約店への遠慮があって思い切った挑戦ができていない。ネット販売にしても、2012年になってやっと参入することになったが、これも、契約店に納得してもらうために中途半端なもので終わっている。

 もちろん、資生堂だって、こういった問題点はずっと前からわかっている。歴代の経営陣だって、何をすべきかはわかっていたはずだ。だが、わかっていても実行をするためには、社内外の「しがらみ」を切り捨てなくてはいけない。考えてもみてほしい。若いころからずっと、自分の成績、あるいは会社の成績をあげるために、頭をさげて販社や小売店に無理して頼み込んでいるのだ。えらくなって社長になったからといって、昔受けた恩義を裏切ることなど、フツーの人間の神経ではできやしない。あるいは、また、自分がこれまでお世話になってきた先輩を、とくに自分に目をかけて昇進を導いてくれた先輩の意見を、社長になったからといって否定することはできるだろうか? 

 むつかしい。むつかしいからこそ、一番最初に流通在庫に大ナタをふるったのは創業者の孫であり、また、2011年には、若くてしがらみの少ない社長が選ばれているのだ。

 それでも、過去のしがらみをたちきることはなかなかできない。過去のしがらみを切ることは自分史そのものを否定するようなものだ。よほど無神経な人間でなければできないだろう。だが、無神経な人間では、会社の上には立てない。

 それがわかっているから、海外の会社であれば社外取締役が選んだ外部からの人間をもってくる。

 有名な成功例がIBMです。IBMは1992年度に81億ドルにも及ぶ損失を出しました。この数字は、当時のアメリカのビジネス史において一つの企業が出した過去最大の赤字額です。IBMは1911年創業以来、常に生え抜きの社員が社長に就任してきました。が、破産寸前になって、大きな外科手術が必要になったとき、外部から、しかもコンピュータとは全く無縁な食料品メーカーRJRナビスコのCEOであったルイス・ガースナーを雇いました。

 ガースナーは8万人余の人員を削減するとともに、コンピュータという機械を販売していた会社を、クライエントが望むような機能をはたすコンピュータ・システムを提案し提供できるサービス会社に変身させることで、IBMを再生させることに成功しました。

 外部の人間を雇った成功例です。

 もちろん失敗例もある。ソニーのストリンガー前CEOは、米国ソニーの社長をしていたのだから外部の人間ではないけれど、外国人ということで、しがらみなく改革がしやすいはずだった。実際、世界中で3万人に及ぶ人員削減や工場閉鎖をしたが、本当は、それでも足りなかったらしく、外国メディアでは「社内の抵抗勢力のせいでリストラが思ったようにできなかった」と発言している。もっとも、リストラをしながらも自分は8億円の高額報酬を得ていたことを批判され、また、リストラをする一方でその後の方向性を明確にしなかったと国内では非難された。

 日本の終身雇用制度は日本固有の文化と結びつけられて考えられる傾向があるけれども、この制度は戦後の高度成長期における労働力不足のなか、従業員のためというよりは会社のために出来上がった制度で、戦前にはとくに意識された社会的制度とはなっていなかった。アメリカでもP&Gとかウォルマートとか、地方の中小都市に本社を置く企業では、地方都市における家族を大事にする暮らしぶりやライフスタイルのため、自然と一生同じ会社で働く社員が多かった。そういった会社でも、最近の不安的な経済環境のなか、生え抜きでない社員が社長やCEOになる傾向がある。そのほうが、しがらみがないぶん、改革を果断に進めることができる。社長やCEOの場合は、中途採用とはいわないかもしれないけれど、いずれにしても、「いま、ここにある危機」を乗り切るためには、外部からの人間のほうが適切なのでしょう。

 だいたいにおいて、長寿ブランドを築くためには外部の人間が必要なときがある。なぜなら、同じブランドにずっと接していると、自分で自分の大切なブランドの価値がわからなくなってくるから。会社に入社してからずっと同じブランドに接していると、飽きてくる。売上数字がさがってくると、「ああ、このブランドももう寿命かな」と考えてしまう。効果的な販促活動は、すべてしてしまったような気がする。時代は変化して消費者も変化しているのだから、過去にやった販促活動をまたしてもよいかもしれない。が、自分が5年前や10年前にしたことと同じようなことをするなんて・・・。「ああ、あれはダメ。以前、もうやって、あんまり結果もよくなかったから」と、つい口にしてしまう。

 外部の人間で、消費者としてそのブランドを好きで愛している人を中途採用で雇うことは、長寿ブランドを築くためには必要だと思います。

 そのブランドについて熟知していると思い込んでいる社内生え抜きの人間だけがマーケティングを担当するよりは、、そのブランドが好きな中途採用された人間もチームに加わったほうがよい・・・と思っています。

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参考文献: 1.「資生堂、3つの失速」、日経MJ 3/13/13、2.資生堂「改革」振り出しに、日経新聞、3/12/13、3.資生堂「末川価格」定番磨く、日経MJ 9/2/11、4.「新製品には頼らない」 日経ビジネス 7/4/11、5.「再登板で清算なるか、資生堂の負の遺産」、週刊東洋経済 3/23/13、 6.「禁断のネット販売開始、悩める資生堂の賭け」、週刊東洋経済 4/21/12、7.「ブランド削減に着手」 日経産業新聞 1/4/08、 8.「資生堂 漂流」 日経産業新聞 11/07/01、 9.「分社化や系列店 色分け、年代別のブランド再生」 日経ビジネス 6/22/92、10.「がけっぷちの定価販売 莫大な販管費圧縮急ぐ」 日経ビジネス 11/08/93、 11『店頭からの全社改革」 日経流通新聞 7/23/02、 12.「ブランド集約しチェーン店再生に注力」 日経ビジネス 4/09/01、13.「ブランド再編 世界に挑む」 日経ビジネス 5/15/2000、14.「企業ブランドの集合体に」 日経産業新聞 7/06/2000、15.「資生堂 ブランド再編へ新旧交代」 日経産業新聞 10/27/99、 16.「利益重視、聖域にメス」 日経産業新聞 8/31/99、 17.「現場主義やゆずらず」 日本経済新聞 10/05/98、18.「日本企業、ブランド価値高めるためには・・・」、日経産業新聞 11/21/01、19.山本敦「戦前の資生堂にみる日本的マーケティングチャネルの形成」

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2013年2月17日 (日)

NEW! 「ソクラテスはネットの無料に抗議する」(日経プレミアシリーズ)を出版しました

 51kyak3m11l__ss400__2「ソクラテスはネットの無料に抗議する」という本(日経プレミアシリーズ・新書版)を日本経済新聞出版社から出しました。ブログをつうじて、(赤い糸ではないけれど)なんらかの御縁でつながっている皆様に読んでいただければとてもうれしいです。 

 この本を書いたもともとのきっかけは、「無料」がまかりとおっている現状に疑問を抱いていたからです。「21世紀のフリーは20世紀のフリーとは違う」と主張する本がベストセラーになり、 「無料」でモノやサービスを販売するのが当然であるかのような風潮になっていることは問題だと思っていました。 

 20世紀であろうと21世紀であろうと企業は適正な利益を生まなくてはいけません。そうでなければ、従業員に適正なお給料も払えないし、従業員を雇うことすらできない(って、べつに、アベノミクスに肩入れしているわけではありません)。デジタルの世界においては、アナログの世界よりモノが安く売れる理由をたくさんあげることはできます。が、無料にはできないし、安く売るにも限度というものがあります。インターネットやコンピュータが可能にしてくれる「新しい世界」でも、無料とか極度な安売りには継続性(はやり言葉でいえばサスティナビリティ)を支えることはできません。

 わたしたちは、「新しい世界」が提供してくれる可能性に目を向けるあまりに、古代ギリシア世界ですでに完成していた人間の知恵や知性を忘れていました。

 私は、どちらかというと哲学=眠くなる・・・と思う人種に属しています。ソクラテスに興味をもったのは、やはりインターネットというメディアの登場が関係しています。

 ネットやケータイの登場によって、メールやフェイスブック中毒とかケータイ依存症などが社会問題となっています。そして、こういった問題について書いた本には、必ずと言ってよいほどソクラテスが登場するのです。彼が新しいメディアについて語った言葉が引用されるのです。

 ソクラテスや彼が住んでいた古代社会の考え方を知ることから、なぜ、「21世紀のフリー」がいけないかの謎が解けまました。

 「謎」とか「古代ギリシア」とか、思わせぶりな書き方ですよね。当然のことながら、その謎を知りたかったら、どうぞ、本を読んでくださいませ・・・・と続きます。

 下に目次内容を記しました。 本を読んでくださったとして、感想など、この記事にコメントとして送ってくだされば、さらにさらにうれしいです。目次をクリックするとアマゾン書店にリンクします。

 

「ソクラテスはネットの無料に抗議する」目次

第1章  文字が人間の頭を悪くする

● ソクラテスはiPadを見ても驚かない ● 「書き言葉が話し言葉にとって代われば、若者たちの頭が悪くなる」 ● 古代ギリシアにおける秀才と凡才の判断材料 ●「物忘れ」を恐れたソクラテス ●なぜ魂を揺さぶる話術が大切だったのか ●中毒になるほど裁判に熱中したアテナイの人々 ● 2500年たっても解けない「法廷のパラドックス」 ●グーグルは「怠け者」が利用するメディア ●文字を使うようになって、脳はどう変化したのか ● 文章を読むということは自分自身に話しかけるということ ● 本を黙読できるようになるまで1500年かかった ● 識字率が上がると他人の顔をわすれやすくなる ● デジタル時代には顔の認識率はもっと低下する

第2章 ソクラテスが「無料」に抗議する理由

● ソクラテスが犯した大きなタブー ● 「無料」が嫌いだった古代ギリシア人 ● 古代から現代につづく「贈与の法則」 ● 「いいね!」は現代社会の恩返しの仕組み ● なぜ日本にだけホワイトデーがあるのか ● 人間の本能的性向は「恩返し」よりも「仕返し」 ● チンパンジーもホメロスも知っている返礼のルール ● ギフト交換すれば友人になれる ● 市場経済の源流は贈り物の交換にある ● 美少年でなくとも無料サービスを提供したソクラテス ● ソクラテス以上の賢者はいなかったのか ● あてにならないデルフォイの神託 ● 富山の薬売りのビジネスモデルも贈与のシステム

第3章  21世紀と20世紀の「フリー」は本当に違うか

● 優れた戦略家は狡猾なウソつきである ● ネット上での「無料」のウソ ● タダより高いものはないし、無料のランチもありはしない ● ウィキペディアへの寄稿は「神への贈与」と同じ ● なぜ人間は寄附やボランティア活動をするのか ● 神様に10分の1を捧げる「算数」は世界に共通 ●寄附活動から生まれた累進課税 ● 人間の脳が大きくなり、知能が高くなったのはなぜか

第4章 フェイスブックは贈与の法則を破ったのか

● 不正に対する報復は「正義」なのか ● 「無料サービスは使うが、個人データは提供しない」の論理矛盾 ● 無料サービスとの個人データのやり取りは、贈与か売買取引か ● 消費者は自分のデータで返礼をしている ● プライバシー問題を非難する消費者はずうずうしいが・・・ ● プライバシー規約を読むのにかかる時間は年間244時間 ● 私の個人データにはどれだけの価値があるのか ● 自分のデータを保管するヴァーチャル金庫 ● 個人データは永遠に生きつづける ● データの秘密の生涯 ● マオリ族のハウ(霊)と「お返しの義務」の関係 ● 呪われた宝石、戦国時代の名茶器、そして上司のご馳走 ● 個人データにもあなたのハウが宿る

第5章 人間はなぜ言葉にだまされるのか

● 上手なウソをつかなかったソクラテス ● 人間は生まれつきウソをつくようにできている ● ソーシャルメディアの詐欺師と世界最古の詐欺師は手法が同じ ● 2700年後にわかった神のお告げの真相 ● 古代に頻発した保険金詐欺の仕組みと対策 ● 詐欺師と呼ばれたソフィストたち ● 理性の発達は真実の発見のためではなく、議論に勝つため ● 近親相姦は「理性」だけで判断すれば悪ではない ● 認知バイアスのせいで、だまし、だまされる ● 「自分だけは大丈夫」と思う楽観主義バイアス ● 人間の8割は楽観主義者、そして、楽観主義者は生存率が高い ● 確証バイアスにとらわれる人ほど議論に強い ●詐欺師が利用するヒューリスティクスな選択 ● なぜ、お金がない人ほど投資話にだまされるのか ● なぜ、ソフィストたちは人間の心理が理解できたのか ● 「まだ半分ある」を「もう半分しかない」に変える方法 ● 感情の時代に理性を、理性の時代に感情を

第6章 人間はデジタル社会に、デジタル社会は人間に適応できるのか

● マルチタスク能力を信用しなかったアインシュタイン ● 1つの作業を一気に片付けないと、1.5倍の時間がかかる ● 電話番号の数字を3つに区切る必然性 ● すべての国で新しい時代になるほどIQが高くなっている ● ソクラテスがこだわった「記憶」は、ワーキングメモリーなのか ● 脳は「新しい情報」の誘惑に抵抗できない ● 仕事中のメールはドラッグよりも2倍もIQを下げる ● メディアが脳に適応するのか、脳がメディアに適応するのか? ● ソクラテスが選んだメディア

 

 

 

2013年2月13日 (水)

世界一有名な「データサイエンティスト」は「ビッグデータ」とは無縁の人でした。

 

 「有名なデータサイエンティストといったら誰?」とアメリカ人にきいたら、ネイト・シルバーと答える人が多いでしょう。昨年11月6日に 、いちやく、チョー有名人になった。日本でも、朝日新聞がそのときどきの「時の人」を紹介する欄に、「米大統領選挙で、選挙前日に90.9%の確率でオバマ再選と予測し、全50州各州の勝敗の結果を的中させた」と紹介した。ネイト・シルバーがなにかのイベントで日本を訪問していたわけでもないのに・・。 

 アメリカでは、「統計学オタクが勝利」とか大騒ぎになって、「データサイエンティスト」という言葉があっというまに世間一般にひろがった。ほとんどの(いわゆる昔ながらの)政治評論家が同点か、オバマが勝つとしても非常に接戦だと解説していて、ネイト・シルバーのデータにもとづく予測をさんざんぱらけなしていた。だが、結局、大恥をかいたのは「昔ながらの評論家」のほうだった。

 「政治世界の専門家の経験やインサイダー知識にデータサイエンスが勝った!」と、アナリティクス分野のひとたちは興奮した。ネイト・シルバーが9月に出版していた本「The Signal and the Noise(シグナルとノイズ: なぜ予測は当たらないのか?)」の売上も一晩で8倍に急上昇した。

 もっとも、すぐに、批判は出てくる。まず第一にネイト・シルバーはデータサイエンティストではない。なぜなら、彼がしたことはビッグデータとはまったく無関係だから・・・という声があがった。ビッグデータの特徴のひとつは膨大なデータ量だ。毎日24ペータバイトのデータを処理するというグーグルは、600人のデータサイエンティストをかかえる。やっぱり少なくともテラバイトかペータバイト(1000テラバイト)を取り扱わなくちゃデータサイエンティストとはいえないだろう・・・という批判だ。

 たしかに、ネイト・シルバーがつかったデータは世論調査が中心で、データセットのサイズは小さい。大きいものでも、全国調査で2万とか3万人からの回答データ。 州単位でも数千人、地方の新聞社の調査では数百人からの回答データだ。しかし、いわゆる政治評論家なるひとたちが全国規模の世論調査を中心にして結果を予測したのに対して、ネイト・シルバーは数百に及ぶありとあらゆる調査結果を集約して分析にとりいれた。

 つまり、、手に入るデータソースすべてをつかって、そこから情報を引き出すようにしたのだ(ただし、無作為抽出された人ではなくてボラティアのグループを対象にしたネット調査などは分析からはずしている。重要なことは、データソースそれぞれを使えるか使えないかきちんとチェクしていることだ)。

 できるだけバイアスの少ない信頼できるデータソースだけをつかうのが一般的常識だ。が、彼は、あえて、バイアスが多いと考えられる調査結果もつかった。たとえば、保守系でより共和党よりだとみなされる団体の調査結果もつかう。だだし、この場合、時系列で傾向をみる。一週間前に共和党候補に投票すると55%が答えていたのに、現在は52%となっているとしたら、これは、それなりに重要な情報を提供していることになる。

 世論調査だけでなく、選挙に影響を与えるような経済指標、デモグラフィックデータ、各党の登録党員数の移り変わりも分析に採用している。 そして、過去の選挙結果、過去の世論調査結果、過去の経済指標を利用して、現在のデータに重みづけをして調整したうえで、各州で誰が勝者となるか予測する回帰分析モデルをつくっている。

 ネイト・シルバーの予測手法の特徴は、小さなサイズのデータソースを集約することでサンプル数をふやし、また、データそれぞれに慎重な重みづけをして調整することで誤差を少なくしたことにある。フロリダ州の某地方新聞社の681人にインタビューした世論調査結果を分析に採用するときには、調査対象者の名前をみてヒスパニック系(スペイン語を話す中南米諸国からの移民とその子孫)が多いことからオバマよりだと判断し、それなりに、重みを調整したといわれるくらいです。

 重みをつけることで、各データの予測値への影響を高めたり低くしたり調整することができます。予測能力が高いと思われるデータには高い重みをつけます。どのデータにどれだけの重みづけをするか判断するときには、分析者の主観が入ります。分析者の経験や知識や勘とか直観とよばれるものが分析に入ってくるのです。

 ビッグデータが機械まかせの大量生産的イメージがあるとしたら、まさに手作り・・・といった感じ。

 データサイエンティストはビジネスアナリストであり、ビジネスのことがよくわかっていなくてはいけないといいます。ネイト・シルバーはシカゴ大学経済学部を卒業したあと会計事務所で働いていましたが数年でやめ、そのあと、しばらくの間、オンラインポーカーゲームで生活費を稼いでいました。ポーカーゲームで「確率についていろいろ勉強できた」とともに、40万ドル稼いだそうです。それを元手に、メジャーリーグの野球選手の成績を予測するシステムPECOTAをつくり、その後売却しています。

 お金儲けも上手そうだし、ビジネスのことがよく理解できるという点では、データサイエンティストとしての資格をそなえていそうです。

 データサイエンティストは、写真や動画、あるいはテキストといったような非構造化データを取り扱えるHadoopとかビッグデータ処理に必要な新しいテクノロジーについて熟知していなくてはいけない・・・ともいわれます。(非構造化データやHadoopについては2012年3月9日の記事を参照してください)。

 シルバーさんは、そういったテクノロジーも「おてのもの」かもしれませんが、大統領選の予測につかったのは、デスクトップのごくふつーのパソコンだそうです。また、データサイエンティストは、分析能力とか高度なモデル化に精通していなくてはいけないともいわれます。シルバーさんがつかった分析手法は、州ごとの候補者の勝敗を予測するための回帰分析と、その結果を、候補者の選挙人獲得数に変換し、勝者の勝つ確率を算出するためのモンテカルロ・シミュレーション。この2つだけのようです。

 データサイエンティストの非常に重要な資格として、データのなかからインサイトを発見できることがあげられます。そして、それを一般人にも理解できるようなわかりやすい形で説明できる、とくにビジュアル化にすぐれている・・・という能力も必要だといわれます。こういった点においては、シルバーさんの評判は高いようです。だから、アメリカのTV局も、ワイドショーに安心して呼ぶことができる。シルバーさんは数字中心の退屈な話しはしない。カラフルなグラフをつかって説明する。それが、また、一般的人気を読んだ理由のようです。

 データサイエンティストという言葉は、ビッグデータを分析することと関連して、2000年代半ばごろから使われるようにはなった。が、必ずしも、2つがいっしょでなくてはいけないわけではないようです。1月28日付の日経新聞によると、「日本はデータサイエンティストが不足していて推定で1000人もいない・・・」そうですが、そのうち何人が本当の意味でビッグデータとかかわりある仕事をしているのでしょうか? 

 データから価値ある知見を発見してビジネスの改善に貢献していると主張できる人は多いかもしれませんが・・・。どちらにしても、アメリカでも日本でも自称データサイエンティストが多いようです。

 ネイト・シルバー自身は、ビッグデータに関して、あまり楽観的な意見は述べていません。データが膨大になったからといって予測が簡単になるわけではなく、かえってむずかしくなるようなことを言っています。とくに、「ロングテール」や「フリー」といったベストセラーを書いた作家とし有名なクリス・アンダーソンが、2008年に発表した記事には批判的です。

 当時、ワイアード誌の編集長だったクリス・アンダーソンは、「ビッグデータの時代においては、われわれは、仮設をたててモデルをつくる(科学的といわれてきた)伝統的手法をもはや必要としない。機械(コンピュータ)がビッグデータのなかからパターンや傾向や関係性を(勝手に)発見してくれる」といった趣旨の発言して、多くの科学者からブーイングされました。

 ビッグデータの未来を予言する趣旨の内容ですから、4年後のいまの状況において批判をすることは、クリス・アンダーソンに不公平な気もします。アンダーソンは、グーグルのような本当の意味でビッグデータを取り扱っている数少ない企業を念頭に発言したのでしょう。

 たとえば、グーグルの機械学習による翻訳は、コンピュータに翻訳をさせようという過去40年間の試みとはまったく異なる発想から生まれたものです。コンピュータに文法を憶えさせるのではなく、原文とそれを翻訳した文章をできるだけたくさん入力して、一つの言語のある言葉や語句は、他の言語のどの言葉や語句と同じである可能性が高いと統計的に判断できるようにさせた。コンピュータは言語のことなど何も知らず、ただ、同じ言葉や語句をマッチングさせているだけなのです。

 クリス・アンダーソンは、また、グーグルにおける新しいテストのやり方を念頭において、仮設など必要ないと発言したのでしょう。従来のテストでは、たとえば、サイトの利用者はどういった背景の色ならより滞在時間が増えるかとか、どのレイアウトのほうが、あるいはどのコピーのほうがクリック数がふえるか?を知るためには、仮設をいくつかたて、その仮説が正しいかどうかテストをして、結果を検証するというステップを採用しました。この時、むろん統計的に有意な(適切な)サンプル数も計算しなくてはいけませんでした。テストをするには費用や時間がかかるので、それを少なく短くするために、仮設の数も制限されました。

 が、グーグルのように毎日の利用者数が50億人を超える場合(つまりビッグデータの場合)、サンプル数とか仮設とかを以前のように厳密に考える必要はないのです。いくつかの異なる色や異なるレイアウトのページをつくり提示する。どの色やどのレイアウトの場合、利用者の反応が良くなるかは、短時間でわかります。サンプル数なんて計算しなくても、ある程度様子をみていれば、どの色やどのレイアウトが勝者かは自然とわかります。

 しかし、グーグルやアマゾンや、日本でいえば楽天のようなサイトを抱えている企業は少数です。ペータバイトはむろんテラバイト級のビッグデータを取り扱っている企業は現実的には少ないのです。まだ、機械にまかせておけばよい・・・というレベルからは程遠いのです。

 ネイト・シルバーは、コンピュータまかせにできるという意見には反対で、「生データはモデルなしには何の役にも立たない・・・情報量が天文学的に増えれば増えるほど、探索すべき仮説の数も増える。インターネットが登場する前もその後も、世界に存在する真実に変わりはない。データ量がふえても、データの大半はノイズ(雑音)であり、そこから、シグナル(価値ある情報,この場合は真実)を見つける作業に変わりはないのです」と、新著に書いています。

 今回の大統領選挙において、いわゆる昔ながらの政治評論家は、データにもとづく分析をして予測モデルをつくるアナリストの判断に負けたわけです。業界の玄人がデータ分析者に赤っ恥をかかされたことは以前にもありました。たとえば、野球の世界。映画「マネーボール」で描かれたように、統計解析理論による選手の成績予測が、スカウトの経験にもとづく直観とか勘に勝った・・・といわれました。

 そして、それ以前、1990年には、ボルドー・ワインの質(競売価格)を予測する回帰分析予測モデルが発表されて話題になりました。数式モデルをつくったのは、データサイエンティストの先駆者と呼ばれたりもする、プリンストン大学の経済学者 オーリー・アッシェンフェルター。彼は大のワイン好きがこうじて、過去数十年の気象データとワインの競売価格との相関関係を分析してつぎのような等式を発表しました。

 ワインの質=12.145 + 0.00117 x 冬の降雨 + 0.0614 x 育成期平均気温 - 0.00386 x 収穫期降雨

 当然のことながら、その道の批評家や通人は激怒しました。ワインを数式で表すなんて、神を冒涜するに等しい!でも、この数式の予測は当たったのです。

 いまでは、ワイン業界のひとたちも、気象データにも気を配りながら、ワインの質を予測するようになっています。野球界においても、米メジャーリーグの大半のチームが、統計解析とスカウトの長年の経験にもとづく勘と、両方を利用しています。そして、シルバーネイトは著書で、気象予報においても、コンピュータと予報士の判断と両方を組み合わせたほうが、コンピュータプログラムだけのときより10%から25%も正確な予報ができると書いています。 

 クリス・アンダーソンは、ビッグデータの時代においては、相関関係だけで十分で、因果関係を知る必要はなくなると大胆な発言もしました。つまり、相関関係だけで予測はできるということです。それが事実ではあっても、因果関係を知らなくてもよいなどど考える科学者が存在するでしょうか? ビジネスの世界では、予測さえできればOKということもあるかもしれません。が、でも、人間というのは好奇心があり、それがあるから発見も発明も生まれるわけです。たとえお金にならなくても因果関係を知りたいというビジネスパーソンも多いのではないでしょうか?

 いずれにしても、データサイエンティストもビッグデータも、まだ、言葉が先行して流行している状況のようです。だいたいにおいて、データサイエンティストとかビッグデータという言葉が、数年後につかわれているかどうか? 最近のIT関連の新語は、あまり真面目に定義しないほうがよいようです。

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参考文献: 1. John Cassidy, Brooks  vs. Silver: The Limits of forecasting Elections, The New Yorker 10/24/12, 2. Thomas H. Davenport, Research Report "The Human side of Big Data and High-Performance Analytics, International Institute for Analytics, August 2012, 3. Michael cosentino, How did Nate Silver predict the US election?, The Gurdian 7/11/12, 4. Carole Cadwalladr, Nate Silver: It's the numbers, stupid, The Observer 17/11/12, 5. Bora Zickocic ,Nate Silver and the Ascendance of Expertise, Sicnetific American 14/11/12, 6. Gary Marcus and Ernest Davis, What Nate Silver Gets Wrong, The New Yorker, 1/25/13, 7. Andrew hacker, How he got it right, The New York Review of Books, 8.Chris Anderson, The End of Theory, will the data deluge makes the scientific method obsolete? , Wired 23/6/08, 9.イアン・エアーズ、「その数字が戦略をきめる」山形浩生訳、文春文庫 2010年

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2013年1月 8日 (火)

社員150人以下の企業で、競争する必要などないビジネスを生みだす

 謹賀新年

 2013年がみなさまがたにとって幸多い年になることを、心よりお祈り申し上げます。

 昨年12月にポーター賞の受賞式があり、2012年度の受賞企業と受賞理由が発表されました。

 ポーター賞というのは、競争戦略で有名なハーバード大学のマイケル・ポーター教授の名前を冠にしていることからも明らかなように、日本企業の競争力を向上させることを目的に、一橋大学大学院国際企業戦略研究科が2001年に創設したものです

 日本企業は自動車産業や家電、エレクトロニクス産業に代表されるように、80年代から90年代にかけてTQC(全体的品質管理)や継続的カイゼン活動を進め、高品質製品を低コストで提供することで世界的にも競争優位を確立しました。しかし、この方法によって競争に勝つことができなくなったことは、こういった産業における大手日本企業が韓国や台湾、中国の企業との競争に四苦八苦していることからも明らかです。(高品質といっても、あくまで企業が考える高品質です。近年、ユーザーが選択する品質と企業が考える品質とのギャップが拡大し、それも、日本企業が競争力を急速に失った原因のひとつとなっています)。

 「競争の本質は他者と違うことをすることにあり」というマイケル・ポーター教授の考えにもとづき、独自性ある戦略を実行し、その結果として、高い収益性を達成・維持している会社がポーター賞に選ばれます。

 2012年度の受賞企業には、クレディセゾン、味の素ファインテクノ、リクルートライフスタイルなど4社(あるいはその特定事業部)が選ばれました。そのなかでも、注目を集めたのが東京糸井重里事務所で、12月24日の日経新聞の「経営の視点」でも取り上げられました。「経営の視点」が注視したのは、糸井重里氏を代表とする社員48名の企業が、世界的に脚光をあびている米ITベンチャーと同じように、1)ポスト大量生産、つまり脱大量生産、脱規格品の流れにそっていること、2)ネットとリアルの融合、そして、デフレに悩む日本市場において、3)価値ありと認識されれば高価格でも売れることを証明している・・という3つの点です。

 東京糸井重里事務所がポーターが賞を受賞した理由を、「他者と違うことをする」という観点から3つにまとめてみました。、

  1. パブリッシャー(「ほぼ日刊イトイ新聞」を1998年よりオンライン発刊している出版社)であるとともにネット通販会社でもある・・・・ウェブマガジンを発刊する企業の主流の戦略は、利用者にはコンテンツを無料で提供し、広告を掲載することで収入を獲得すること。だが、この会社は広告掲載も購読料金をとることもしない。記事も商品もともにコンテンツであるという位置づけで、コンテンツから生まれたような、コンテンツがそのまま具現化されたような商品をつくりネットで販売(店舗販売している商品も有り)。2012年には年間売上28億円を達成している。(主力商品のほぼ日手帳は、2012年度版が46万部売れている)
  2. 高い利益性が継続維持されている・・・過去5年間の営業利益率は10~16%で、業界平均との差異は5年間平均で9.5%高。2011年度は12.5%高になっている。また、投下資本利益率(営業利益/平均投下資本)の業界平均との差は5年間平均で28.3%高。2011年度は33.1%高になっている。
  3. 経営思想に独自性がある

  3番目のユニークな経営思想の例として、顧客を囲い込まない方針なので、広告はしないし販売促進を目的とするメールは極力出さないとか書けば、「有名人の糸井重里が代表で毎日の訪問者が16万人いて1日平均ベージビューが100万を越すサイトなんだからできることさ」と反論する人もいることでしょう。

 しかし、客と対等な関係を築くことを目指し、自分たちが欲しいもの、自分たちが好きなものを客に「どう思う?」と提案し、商品開発理由や開発過程をすべて見せることによって、客に納得してもらったうえで(その商品にみあった適正利益を含んだ適正価格で)買ってもらう。こういったプロセスには手間も時間もかかる。が、そういった努力を惜しんだり省いたりなど一切していないことは、「ほぼ日」をときどき訪問してみれば理解できます。

 経営思想の独自性には組織運営のやり方も含まれています。社員には部署も役職もなく、仕事は自分でつくりだすことが求められている。自分の考えに同僚が賛同してくれればプロジェクトチームができあがる。また、年3回くじ引きをして席替えをする。なぜなら、「仕事の環境に飽きてくるとネガティブな気持ちが生まれやすい。だから、新しい人をいれたり引っ越しをしたりして環境を変える。席替えも、それをすることによって、いろいろな人の仕事のやり方が見られて刺激になるから」だそうです。柔軟な勤務形態を進め、公私混同を進めている・・・といった話をきけば、社長が有名人かどうかに関係なく、この会社の経営思想をもっと聞いてみたい気持ちになるはずです。

 受賞理由には入っていませんでしたが、この会社の東日本大震災の被災地への支援のやり方に、マイケル・ポーター教授はきっと興味をもったはずです。支援といっても、けっして施しをするものではなく、いっしょになって新規事業を立ち上げようとするものです。

 ポーター教授は2011年初めに、「もはや、CSR(企業の社会的責任)の時代ではない。これからは、CSV(Creating Shared Value、つまり共有価値の創造)だ」と主張しました。CSRの観点では、企業は一定レベルの社会貢献をしないと評判やイメージが悪くなるので、ある意味しかたなく寄附したりボランティア活動をしたりする。社会からの強制で仕方なく・・・といった意識がないとしても、企業がコストを負担することで対象となる社会が利益を得るというプロセスにおいては、新しい価値は生まれません。CSVでは、企業は特定社会に施しをするという発想をやめ、長期的には互いになんらかの利益を得ることを考え、プロセス全体として新たな価値が創造されることを目指します。

 東京糸井重里事務所は2011年11月に気仙沼に支店を開けました。そこで進められている新しい事業のひとつは、気仙沼発の世界ブランドとして手編みのセーターをつくることです。同じ港町であるアイルランドのアラン諸島でアランセーター(フィッシャーマンセーターともいわれます)が世界的に有名なブランドとなったように、手編みニットを気仙沼の地元産業として育てようと考えています。

 セーターのデザインと編み方の指導をする編み物作家をみつけ、オリジナル性の高い毛糸をつくってくれる京都の毛糸屋さんをみつけ、気仙沼で編み手をみつけ、そして、アラン諸島にいってセーター産業の現状をチェックし・・・2012年末には、5着のセーターが予約抽選販売されました。一着約14万7000円。始まったばかりの事業で、まだ試験段階です。が、ある程度めどがついたら、この会社はそのまま気仙沼の関係者にわたし、ほぼ日は株主として残る・・・・というのが目標だそうです。

 世界の経済危機が論じられるなか、ドイツ経済の強さが話題になります。そして、絶好調の経済を支える(ドイツの輸出産業を支える)「隠れたチャンピオン」と呼ばれる企業に注目があつまっています。特定のニッチ市場で世界のマーケットシェアの60~70%を占め営業利益率も高い中小規模の企業です(EUで中小企業という場合、従業員数は250人以下)。 

 ドイツでは、中小企業が数では企業全体の99.5%を占め、従業員全体の60%を抱えています。そのなかでも「隠れたチャンピオン」と呼ばれる企業は、個人経営がほとんど(よって強いリーダーシップを発揮できる)、価格競争にまきこまれない付加価値の高い製品をつくり、成長よりも持続性をめざし(次の世代に渡すため研究開発費用をおしまない)、忠誠心の高い有能な従業員をかかえ、借金を悪と考え(借金がないかあっても少ないので、経済危機にも耐えることができる)、慎重で思慮深い経営をするとされています。

 大半が産業材を製造販売するB2B企業です。ドイツと同じく、中小企業の数が全企業の99.7%を占め、従業員の69%を占める日本においても、ドイツを参考にして、強い中小企業をつくることが日本経済の再興に必要だといわれます。こういった主張がされる場合も、B2B企業を念頭においているようです。が、脱大量生産、脱大量販売、脱規格品という流れのなかで、消費者を対象とするB2C企業でも、独自性をもった競争に強い中小規模の企業が力を発揮するようになることが、日本の経済だけでなく一般市民の人生の向上につながることになると思います。

 なぜなら、そういった企業は、まず第一に、楽しく働ける環境を提供することができるはずです。

人類学者で進化生物学者でもあるロビン・ダンバーは、人間にとって適切なグループの規模は最大で150人くらいだといいます。中近東で発掘された最古の(紀元前8000年くらい前)村の規模はこのくらいだったとされます。150人というのは,互いに一人ひとりの顔や評判や性格、相手と自分とのつながりがわかっているくらいの規模で、グループ内のメンバーが程よく適当に接触できる最大規模だとされます。

 糸井重里氏は、自分が経営する会社を、「頑張る村。地域共同体のイメージだ」と発言しています。「いろいろな人がいて軽口をたたきつつ認め合い、大衆的な倫理を守って暮らす江戸の長屋が理想です」とも語っています。

 深層心理で有名なカール・ユングが、「幸福であるために必要な要因はなにか?」ときかれて、当然のことながら、健康とか家族や友人との良好な関係にくわえて、満足感を感じることができる仕事と答えています。日本人は、とくに、仕事を収入を得る手段とだけ考えるのではなくて、そこに人生の生きがいを見つけようとする傾向が強いといわれます。そうでなくても、一日の起きている時間の大半を職場で暮らすのです。自分がグループの一員であることを実感することができる組織規模で働くことは幸福感、満足感を頻度多く感じることにつながります。

 経済が成長してほしいことはむろんですが、わたしたちの大半が、高度成長時代のような働き方が成果をもたらすことには疑問をもっているはずです。大量生産や大量販売といったいままでと同じやり方では、新興国に勝てる保証もありません。

 大手家電メーカーがなぜ、ダイソンやルンバのような掃除機をつくることができなかったのか? 規模が邪魔をしているのです。どの企業も最初は、自分たち自身が好きで夢中になれる製品をつくったはずです。が、会社の規模がある程度になると、ターゲット顧客が好きになってくれるであろう商品をつくらなくてはいけないようになります。そして、好きな商品をつくっていたときには読む必要などなかった「ブランド戦略」の本などを読み始めます。付加売上をあげるため、余剰人員や余剰施設を利用するため、固定費をカバーするため、売上を前年対比で上げ株価が下がらないようにするために新商品を開発するようになるのです。

 競争の本質は他者とは違うことをするかもしれませんが、競争をしなくてもすむほど他者とは違っているモノをつくることは、大量生産を前提とした現在の大規模企業には無理なことかもしれません。

 不安定で不確実な世の中だからこそ、融通性があるけれども方針がぶれない規模の企業、社員が幸せ感を感じながら働ける環境を提供することができる規模の企業・・・・こういった企業がふえることが、市民の幸福感を犠牲にすることなく日本経済が持続性ある成長を達成するために大切なことではないでしょうか・・・?

 そして、NHKが毎年恒例の経済人の新年の集まりをニュースで流すときに、経団連の会長なんかじゃなくて(まことに申し訳ないですが、経団連の会長がしゃべっているのを見ると、日本には「変化」とか「革新」は望めないような気がしてきます)、日本版「隠れたチャンピオン」企業の代表者に今年の日本の展望について語ってほしいと思います。

 新年早々、のびたお雑煮のおモチよりも長い長~い文章で申し訳ございませんcoldsweats01

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参考文献: 1.「言葉、この危険なるもの ①~⑤」日経新聞2011年10月、2.「商品、改善より創造を」日経MJ 4/20/11、3.「ITの先端走る「ほぼ日」」日経新聞12/24/12、4.「理想はブータンのような会社」日経ビジネスアソシエ 7/19/11、5.「気仙沼のほぼ日①~⑫」日経ビジネスアソシエ2012年2月から2013年1月、6.Jack Ewing, German Small Businesses Reflect country's Strength, The New York Times, 8/13/12, 7.Sarah, March, Insight: The Mittelstand-One German Product that may not be exportable, The Economist, 11/14/12  

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2012年9月 2日 (日)

表情から感情を判断して、今の感情にあった広告を提示するコンピュータ・システム

 

 アップルの株が最高値をつけたとか、フェ-スブックの株が公募時の半値になったとか・・・。企業は投資家をハイな気分にさせる材料を定期的に提供することを要求される。とくに、「新しい」ことを創造しつづけることを期待されているIT企業としては、ニュース(News /新しいことや変わったこと)を発信しつづけなくてはいけないようだ。

 マイクロソフトが今年の6月になって、2年前の2010年12月に申請した特許の内容を明らかにした。特許の内容は、ユーザーのそのときの感情にそった広告を提示できるように設計されたコンピュータ・システムで、ゲーム機、パソコン、スマートフォンを含めたモバイル端末などすべての機器がふくまれる。検索キーワード、eメール、オンラインゲームからのデータに加えて、顔の表情、スピーチのパターン、体の動きにもとづいて、ユーザーの感情を測定・判断するシステム(ソフトウェア)・・・・だそうだ。

 特許には、幸せを感じているユーザーはダイエット商品を買う傾向は低いので、そういった広告は提示しない。大いなる幸福感を感じているユーザーにはエレクトロニクス製品や旅行の広告を提示。困惑したりイライラしている客には、オンライン技術サポートの広告を提示する・・・といった例を紹介し、「広告が適切な客に提示され不適切な客に提示されないことにより、金銭的無駄をはぶくことができる」と記されているそうだ。

 eメールやチャット、ソーシャルメディア上のコメントの内容にもとづいて広告を提示することは、Facebook やGoogleもやっていることだから目新しくもない。が、「ユーザーのその時々の気分や感情にあった広告をリアルタイムで提示する」ことはニュース(新しいこと)になるかもしれない。                                                

 マイクロソフトが2010年にゲーム機Xbox用に開発・販売したKinect(キネクト)は、カメラ、マイクロフォン、赤外線をつかった深度センサーを内蔵していて、プレーヤーの体の位置や動き、ジェスチャーや音声を認識して反応する。その後、Windows 対応のKinect ソフトウェアも発売されている。ボディーランゲージやスピーチ・パターンを把握する基本はできているのだから、マイクロソフトはいつでも特許内容を実現することができるはず。だが、いつ、実際に、そういった広告システムを販売するかについては発表していない。

 ボディーランゲージ(身体言語)には、顔の表情、視線、ジェスチャー、しぐさ、姿勢などが含まれ、日常のコミュニケーションにおいては、言語よりもボディーランゲージ(身体言語)のほうが伝達する内容が多いし、中身が濃いという説もある。最近は、このなかでも、表情、とくに微表情を読み取ることで、他人の心理を察知しようとする(とくに、ウソをついているかどうか見抜こうとする)話をよく耳にする。 

 米TVドラマで日本でも放送されDVD販売されている「Lie to me/ライ・トゥ・ミー 嘘の瞬間」は、「あなたのウソは顔に出る! ウソを見抜いて真実を暴くリアルサスペンス・ドラマ」と宣伝されているように、微表情(microexpression)からウソを察知する精神行動学者カル・ライト博士の活躍を描くミステリードラマだ。    

 また、アメリカでは、9.11後、セキュリティ要員に微表情を読み取る訓練をして、テロリストが飛行機内に乗り込むのを事前に防ぐ方法を採用する空港も登場するようになってきている。      

 微表情は1/25秒から1/15秒ほどしかつづかない瞬時に表れて消える表情だ。顔の筋肉を一瞬動かしたということで、それは、当人が、自分の本当の感情を意識的あるいは無意識的に抑制しよう、つまり、隠そうとしていることを示している。たとえば、浮気をして帰宅した夫が、「どこにいってたの?」と妻に問われて、「部長と飲んでた」と答えたときに、罪悪感を感じるだけの良心がある場合には、一瞬目線を下げ、眉は「ケンカする気などもうとうありません」的に外側にたれ、ちょっと悲しそうな口元をつくる。    

 表情で感情を測定するシステムは、マイクロソフトだけでなく、CIAや国防省、アニメーション映画のピクサー、アップルやGoogleも関心をもっている。セキュリティ関係の場合は表情を判断できるように人間を訓練することが多いが、IT企業は自動的にテクノロジーで分析判断しようとする。どちらの場合も、心理学者ポール・エクマンが考案したFACS(Facial Action Coding System)という表情解析技法を基本としているものがほとんどだ。ソニーが2008年に発売したデジカメの「笑顔を検出して自動で撮影するスマイルシャッター機能」を開発するときにもFACSを採用している。また、ピクサーもアニメ映画「トイ・ストーリー」のキャラクターの感情を表情で表現するときに利用したそうだ。

  ポール・エクマンは、TV ドラマ「ライ・トゥ・ミー」の主人公のカル・ライト博士のモデルとなった人物であり、このドラマの監修もしている。「表情と感情」研究の第一人者。

 進化論のチャールズ・ダーウィンは1872年に発表した著書「人間および動物の表情について」で、顔の表情がどういった感情を表現しているかは、人類に普遍的なものだと書いた。つまり、世界中どこにいっても、喜んだ顔や悲しい顔の表情は同じだということだ。が、1950年代になると、マーガレット・ミードに代表される人類学者が、表情は学習するもので文化や環境によって異なるという説を主張した。

 ポール・エクマンは60年代から70年代にかけて世界規模での調査をした結果、基本的感情を示している顔の表情は世界に共通するものであると、「やっぱりダーウィンは正しかった」という研究を発表した。つまり、怒り、恐れ、悲しみ、嫌悪、驚き、幸福感を表す顔の表情はすべての人類に共通しているということだ。たとえば、眉をひそめるのは幸せでないことを示し、目を見開くことは驚きや恐怖、鼻をしかめるのは嫌悪の感情を表しており、これは日本の東京でも、フランスのパリでも、未開地の部族でも変わらないというわけだ。

 顔の表情は50以上あるという顔面筋肉の動きや位置によってつくられるものだが、顔の筋肉のなかには自分で意識的に動かすことができない筋肉もあり、これらは学習や経験をほとんど必要としない反応と考えられており、本能的感情に密接にむすびついているといわれる。

 (笑顔には本当の笑顔とニセモノのつくり笑いがあり、表情から簡単に見分けられることをご存知ですか? 心から楽しんでいる笑いと他人におもねたり本当の感情を隠すための愛想笑いでは、どちらも口角を上げる頬骨筋をつかうことは同じだが、本当の笑いは大脳辺縁系という古い脳から生まれる反射的な動作であり、無意識に目のまわりの小さな筋肉が収縮して目じりにシワがよる。人間は目まわりの小さな筋肉を意識的に動かすことができないので、つくり笑いの場合は、口に笑いを浮かべることはできても、目じりにシワができない。そういうことが分かったうえで観察してみると、大人の笑顔のほとんどは、つくり笑いであることが多い)

 エクマンは、1978年に、解剖学的基礎にのっとったうえで、どの筋肉をどう動かしている場合はどの感情を表現しているかを判定するツールとしてFACSを開発した。90年代に、6つの基本的感情以外に、楽しい、軽蔑、満足、興奮、罪悪感、自負心、安心、喜び、困惑、恥ずかしいの感情を加えたうえで、2000年代初めにFACSの改定をしている。

 自動顔表情分析を専門とするMPT(Machine Perception Technology)は、ポール・エクマンが顧問をしている会社で、前述したように、ソニーのスマイルシャッターカメラのエンジンをつくったそうだ。それ以外にも、P&G,やインテルといったクライエントをかかえている。

 マサチューセッツ工科大学の研究所MIT メディアラボの研究員が独立してつくったAffectivaという会社も感情測定テクノロジーを専門とする。FACSを基本としているが、独自のアルゴリズムにもとづいて感情を分析している。表情から相手の気持ちを察することを苦手とする傾向の高い自閉症児の治療分野で成果をあげている。最近では、調査会社のMillward Brownと組んで、広告がもたらす感情を測定する仕事や、オンラインゲームをしているプレーヤーやオンライン教育を利用しているユーザーの関心度や退屈度、あるいは理解できずに困惑している度合を測定する仕事もしている。

 たとえば、TVコマーシャルのテストの場合、Webカメラが搭載されている機器を通じて、Affectivaのサイトでコマーシャルをみることができる状況にあるなら、誰でもテストに参加できる。Affectivaはユーザー自身のWebカメラを通してユーザーを観察。表情をアルゴリズムで自動的に分析して、どういった感情を引き起こしているか認識することができる。               

 現存する表情・感情分析ツールの基本となっている研究を確立したポール・エクマンは、1934年生まれだから、現在78歳。エクマンは、自分が考案したFACSは脳に焦点をおくニューロマーケティングよりも、ずっと正確で役に立つといっている。たしかに、fMRIは被験者がMRIのなかに横たわらなくてはいけないし、分析は複雑。広告や質問などへの反応を分析するだけなら、FACS を基本としたツールのほうが簡単だ。

 エクマンは14歳の時に母親が自殺しており、その時、手遅れになる前に母の顔の表情の変化に気づいていればよかったと非常に後悔したらしい。そして、精神的に病むひとたちの命を救おうと決心した。その過程において、新しい学問を確立したということになる。

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参考文献: 1. Microsoft Fiels patent to Serve Ads based on Mood, Body Language, AdvertisingAge 6/12/12,  2. Coutney Humphries, The Emotion on Your Face, The Boston Globe, 2/12/12, 3. Kevin Randall, Human Lie Detector Payl Ekman Decodes The Faces of Depression, Terroirism, And Joy, Fastcompany 12/15/11, 4. Steve Henn, How did that ad make you feel? Ask a computer, NPR, 1/3/12    

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2012年6月22日 (金)

最新メディア事情。ソーシャル・ローカル & 「アナログでもガンバってる」ダイレクトメール

 

飛ぶ鳥をも落とす勢いだったFacebookの株価にケチがついた。上場直前に自動車メーカーのGMが広告出稿をやめたと発表したこともあって、「はたして、Facebookには広告媒体としての価値があるかどうか?」という議論が沸騰。

2011年初めには、Facebookにサイトを出すFコマースに注目があつまった。だが、GAPとかデパートのノードストロームやJCペニーなどは、いったん開店してから「効果がなかった」といって閉店している。GAPなど560万人のファンがいたけれども、「自社ウェブサイトに誘導すればよいだけのこと。ユーザーにとっても使い勝手の悪いFコマースを開ける必要性がみあたらない」と言っている。

「Facebookは交際の場。バーでおしゃべりしている人たちにモノを売れるはずがない」という声もあがっている。

とはいえ、むろん、Facebookの価値が落ちたわけではない。ソーシャルメディアはまだ始まったばかり。広告を販売しているFacebook側も、購買しているスポンサー側も、どう利用すべきなのか手探り状態なのだ・・・という意見が多い。「なんといっても、TVには50年の歴史がある。ソーシャルメディアをメディアとしてどう利用すべきかは、いまだ実験段階にある」。

TVの番組つくりだって、最初はラジオ番組や劇場での芝居作りをそのままマネをすることから始めたのだから・・・。

いっときのブーム状態から、経験をへて新たな知見もえて、客観的に分析できるようになってきているということだろう。

あれほど騒がれたクチコミについても、「オンライン上のクチコミはオフライン上のつまり現実世界のクチコミとほとんど変わらない」という、「え~、なに、それ~!」と脱力したくなるような調査結果も出ている。

先に調査結果を明らかにすると、情報が共有される中央値の人数は、Facebookが9人、Twitterが5人。つまり、一時流行語にもなったインフルエンサー(影響者)の影響力はそれほどなかったということだ。(BuzzFeedやYahooによる調査)

もっとも、これは、日本でもベストセラーになった「スモールワールド・ネットワーク」の著者でコロンビア大学教授のダンカン・ワッツの主張するネットワーク理論では、以前から、いわれてきたことだ。つまり、現実世界の場合、情報は、情報源の本人の親しい友人、家族、仕事上の同僚という小さな近しいグループ内の多くの人たちにひろまるだけで終わることが多い。(つまり、顔を見知っていて直接言葉を交わすひとたちの集まりということ)。

ダンカン・ワッツは、ヤフーの主任研究員となり、ツイッター上での分析をとおして、オンライン上でも同じことが起こっている・・・と証明した(ワッツ氏は、この研究を発表したあとで、今年になってからヤフーを退職している)。

ワッツ氏の調査研究によれば、ツイッター上で多くのフォロワーをかかえる人やカリスマブロガーのようなインフルエンサーの発信した情報が多くのひとたちに拡散したとしても、その影響は一時的なもので流行にまではいたらないことがほとんどである。流行するかどうかは、1) オフラインの現実世界と同様に、偶然に左右される。また、2) YouTubeなどで人気動画を何百万人が視聴したりする現象が起こるのは、少し話題になった段階でTVのようなマス媒体がその事実を報道することによって発生している・・・のだそうです。

考えてみると、そうだよね。テクノロジーがいくら進化しても使っているのは人間。現実のオフラインの世界とオンラインの世界がまったく異なる別世界になるわけではない。

そういうわけで、「人間と人間が交わる場であるソーシャルメディアの使い方」として賛成したくなるのが、ソーシャル・ローカル(social-local)です。

ウォルマートはアメリカ本土だけで3800件ある各店舗ごとにブランドページを作成した。自分の住んでいる地域のウォルマート店舗のページをみれば、各店舗ごとのセール情報やサンプル配布情報、店舗内の地図というかレイアウト情報(自分がほしいものがどこにあるのか事前にチェックできる)。また、地域のイベント情報やニュースも掲載。客の質問にも答えることができる。

各ページは各店舗の担当者が編集する。ウォルマートは、2011年から、店舗からのネット売上は各店舗に割り当てる方針をとっているので、担当者や店長も真剣にページ編集をすることが期待されている。

ソーシャルメディアが人と人とが交わる場であるのなら、コミュニティ(共同体)を単位として人と人が交わる形が一番自然なのではないだろうか(スモールワールドのネットワーク理論にもあっているし・・・)? 地域のイベントやニュースを掲載し、地域の人たちをもまきこんで便利な情報ページだと思ってもらえるようになれば、そして、コミュニティ・ページだと思ってもらえるようになればしめたものだ。ウォルマートはソーシャルメディア上でのコメントやチャットの分析(テキストマイニング)もローカル単位でして、各店舗の販促や品ぞろえに利用することを考えている。

私ごとですが、80年代に「データベースマーケティングの実際」という本を出版したことがあります。そのとき、「テクノロジーの進化のおかげで企業はパーソナルなサービスの大量生産化ができるようになった」と書きました。その例として、昔の八百屋さんは、加藤さんが買い物にくると、加藤さんは二人暮らしで大根は一本つかいきれないと知っているので、「奥さん、半分に切るから買ってきな!」と声をかける。残りの半分は、いつも六時ごろ、帰宅途中に立ち寄る、これも二人暮らしの佐藤さんに売ればいい・・・と心づもりする。顧客データベースを構築すれば、昔のようなパーソナルなコミュニケーションを実現できるはず。

こう書きましたが、2000年に新版が出版されるときに訂正しました。なぜなら、当時のテクノロジーでは、昔の商売上手な八百屋さんのようなパーソナライゼーションはできないと思ったからです。

いま、ウォルマートはソーシャルメディアとGPS機能つきスマホのようなモバイル端末をつかって、これを実現しようとしています。そして、こういった試みを「バック・トゥー、ザ・フューチャー(Back to the Future)だ」と言っています。

さて、90年代から雨後の竹の子のように増殖しつづけているデジタルメディア(チャネル)。なかでも、ソーシャルメディアばかりに注目があつまっていますが、私などは、検索エンジンとかQRコードが誘導チャネルとしての確固たる地位を築いているほうが、大げさにいうと、なんだか感慨深いです。

でも、久しぶりに、ダイレクトメールについて書いてみます。

15世紀にグーテンベルグが印刷機を実用化して以来の古い古い媒体です。が、このダイレクトメールが、アメリカでは、最近ちょっと注目されています。ビジネス雑誌の「Forbes」にも、今年になって、「DMは恐竜みたいに思われているかもしれないけど、死んではいない。ぴんぴんしている」という記事がありました。

デジタルの世の中だからこそ、リアルに触って感じることができるDMに人気がでており、18歳から34歳の若い世代でさえも、マーケティング情報はオンラインではなくDMで受け取ることを選択しているという調査結果が紹介されている。また、B2Cにおいては、顧客の維持はむろんのこと新客獲得においても、DMのROI(投資利益率)はNo.1となっているという調査結果も紹介。紙の広告媒体はデジタルに比べて、感情に訴える力が強く、その分、記憶に残りやすい。また、デジタル媒体とはちがい、紙媒体上の情報は意識を集中して読まれているといった以前にブログに書いた調査結果も紹介されています

結局、マーケティングは差別化が大事なのだから。そして、人間の脳はいつも新しもの好きだから。

デジタルが新しければそれにすぐに飛びつく。が、世の中がデジタルばかりになると、それとは違うリアルな紙媒体が新鮮にみえてくる。だいたいにおいて、いつも新しい世代が交代で登場してくることを忘れてはいけない。ネットが普及したのがアメリカで1990年で日本で95年。モバイル端末が普及してから、もう10年余。デジタル世代には、紙媒体はある意味「新しい」のだ。

だから、いつもBack to the Future!

全日本DM大賞という、優れたDMに与えられる賞がある。もう10年以上つづいているが、この数年、金賞をとっているのはソフトバンクモバイルとかグーグル。どちらも、ターゲットを絞った顧客セグメントに、受取人一人ひとりにパーソナライズされたDMを送っている。両社ともに、メッセージを送るだけならeメールで送れる。安いし。だが、あえて、紙媒体のDMを使っている。

日本企業は(ネット企業も含めて)顧客の維持を考えるならもっとDMをつかうべき。つかわない理由は、

  • 媒体コストが高い・・・・データ分析をしないから顧客の価値がわからない。顧客の価値が計算  できていないから、顧客の継続化に効果があるDMのコストを高いと思う。
  • マーケティング投資をしたくないからテストをしない・・・・だから、効果的なDMの作り方がわからない。へたなDMをつくるから十分なリスポンスがこないという悪循環。
  • つまり、一言でいえば、理解不足に経験不足。

ところで、Back to the Futureって、温故知新の反対で温新知故と訳してもよいのではないでしょうか?(でも、これは日本語訳なのかそれとも中国語訳なのか?)

New! 「ソクラテスはネットの無料に抗議する」を出版しました。内容については をクリックしてください

 

参考文献: 1. Duncan J. Watts, et al., Everyone's an Influencer: Qauntifying Influence on Twitter, WSDM'11 February 9-12, 2011, 2. Jon Steinberg, Jack Kranwczyk, How content is really shared: close friends, not influencers, AdvertingAge, 3/07/12, 3.Clara Shih, How Walmart is localizing its stores with Facebook, 5/17/2012, 4.  Steve Olenski, direct mail: alive and kicking, Forbes 11/3/12

Copyrights 2012 by Kazuko Rudy. All rghts reserved.

2012年4月22日 (日)

Facebookのタイムラインで「ブランド・ストーリーづくり」を考える。

ブランディングについて書かれた本は、「他と差別化できる強力なブランドをつくる」のに役立っているのだろうか?と、いつも疑問に思っていました。まず第一に、なぜ、ブランディングとかブランド戦略について書かれた本はこれほどまでに退屈なのか?

たとえば、ブランド論を確立しブランド戦略に関する本を5冊も書いているデイビッド・アーカー氏の本は、ページ数が多くて枕にできるくらい分厚いものが多い。これまで何度もチャレンジしたけれど途中で眠くなってギブアップ! ブランド論の権威で電通の顧問もしているというアーカー氏にケチをつける気などさらさらないのです。が、ブランドをつくるという最もエキサイティングであるべき仕事が、理論化されて本になると、どうしてこうも退屈なものになってしまうのか!

二番目の疑問は、資生堂のブランド戦略に関する本です。資生堂のブランド戦略の素晴らしさをたたえる内容が多いようです。が、これもよくわかりません。そもそも資生堂に商品のブランド戦略なんて存在していたのでしょうか?

「資生堂」という企業ブランドはたしかに立派です。「資生堂」という会社の信頼性や真正さに疑いをいだく消費者はほとんどいないでしょう。でも、これまで発売された商品ブランドは100以上におよぶといわれていますが、いまだに資生堂という会社名なしに一人歩きできるブランドは出ていない。TSUBAKIにしてもマキアージュにしても、ほとんどの消費者にとっては、資生堂のヘアケア製品であり資生堂の化粧品。商品ブランドとしての力は弱い。

資生堂の歴代の経営陣にブランディング能力がなかったと批判しているわけではありません。なぜなら、資生堂の経営陣も、こういった問題があることには10年どころか20年前から気がついていたからです。でも、長年のしがらみもあって、問題の解決方法はわかっていても、即実行するわけにはいかなかった。

資生堂の戦後の成功をもたらしたのは、大正12年(1923年)から始まり、ピーク時には2万5000店舗以上あったというチェインストアと呼ばれる系列店網です。長い間、資生堂にとってのお客様は系列店のオーナーであり、消費者ではなかった。だから、お店から売上をあげるために新製品を出してくれといわれれば、たとえ店舗在庫が残っていても、新しいブランドをつくって発売し、TVや雑誌といったマスメディアをつかって大々的に宣伝した。

消費者がお客様ではなく販売店の店主がお客様だったという過去の歴史をもっているのは、化粧品メーカーだけではありません。いまのパナソニック(昔の松下電器)のような家電メーカーだって、キリンビールのような酒造会社だって、系列の家電専門店や酒屋さん、居酒屋さんがお客様だった。

消費財メーカーでありながら、消費者にモノを販売しているという意識は弱く、対企業にモノを販売している産業材メーカーのような意識がつよかった。そういった歴史から、日本のメーカーは企業ブランディングは上手でも、商品ブランディングはいま一、いま二、いま三時・・・のところが多いのだと思います。

その良い例がサッポロビール(サッポロビールさん、ごめんなさい。昔のことです)。5年以上も前に、当時のサッポロビールの経営者がビジネス雑誌のインタビューに答えて、「ヱビスビールがサッポロのブランドだと知らないひと(酒店や飲食店の店主のこと)が多い。だから、営業マンに(サッポロは高級ビールのヱビスもつくってるんですよと)もっと宣伝しろといってるんです」というような発言をしていらっしゃいました。

本当に商品ブランドを大切にするのなら、ヱビスがサッポロのブランドの一つである事実は、反対に、一生懸命隠さなくてはいけないくらいです。ヱビスがサッポロの数あるビールブランドのなかの一つであると思われてしまった時点で、ヱビスのブランド個性(ブランド・アイデンティティ)はうすまってしまう。

もちろん、当時の経営者はビジネス雑誌のインタビューだということで、つい口をすべらせてしまったのでしょう。経営者としては、サッポロ製品を小売店や飲食店に売り込むためには、知名度もイメージも高いヱビスの名前を利用すれば、営業マンも売りやすいと考えたのでしょう。理屈に合った考え方です。でも、そのとき、究極の買い手であり一番大切な消費者に、ヱビスがサッポロの一ブランドであると知られることのリスクは頭のなかから消えていた・・・ということだと思います。

商品ブランドを守ろうという意識の希薄さが、結局は、高級ビールNo.1の座を、サントリーのプレミアムモルツに譲ってしまう結果となった・・・・そう結論づけたくなってしまいます。

過去の成功をもたらしてくれた系列店制度や、それに合った考え方を、国内市場の成長が停滞したとかグローバル市場で競争に勝つためには邪魔になるからといって切り捨てることはなかなかできない。資生堂は系列店のニーズにこたえるために、店頭在庫などの問題をかかえながらも、次から次へと新しい商品ブランドを出し続けた。だが、国内市場の成長が止まったどころか縮小していくなか、系列店の整理削減にも手をつけ、2005年ごろからTSUBAKIやマキアージュといった新しいブランドを開発し、マーケティング投資を集中して大きく育てていくメガブランド戦略を実行するようになった。

中国市場では、国内市場での反省も含めてチャネルとブランドをきちんと分けて展開する戦略をとっている。だから、たとえば、デパート向けの「オプレ」とか専門店向けの「ウララ」といったブランドには、あえて、資生堂というメーカー名は入れていない。

これで、やっと、欧米のグローバル化粧品メーカー並みのブランド戦略がとれるようになったというわけです。 系列店に遠慮をしてなかなかはじめられなかったネット販売にも、2012年4月からやっと踏みきることができました。過去の成功体験が大きい企業ほど、しがらみやレガシーシステムをたちきるのには時間がかかります。

企業ブランドが強すぎると、商品ブランドを構築するときの邪魔になることがあります。

たとえば、レクサス。

日本市場においては、トヨタという企業ブランドの傘の下に甘んじ、トヨタのいくつかのブランドのなかで最上位にある高級ブランドだという位置づけになってしまう。洋服でもそうだが、10万円~20万円で買える日本の著名デザイナーブランドの服があるとして、その金額まで出せる消費者なら、それに5万円足してもイタリアかフランスの著名デザイナーブランドの服を買いたいと考える。中国人だって同じだ。だから、中国市場でも日本市場と同じく、高級自動車のポジショニングをしっかり握っているBMW、メルセデス・ベンツ、アウディを超えることができない。

いっそのこと、トヨタ製であることをひた隠しにして、イギリス人とかドイツ人を社長にし、英国やドイツの工場で製造して日本や中国に輸出したほうが、長期的には売上台数は上がったかもしれない。

ヨーロッパでのレクサスについて書いている記事をいくつか読んでみると、品質についてのホメ言葉がつづいたあとに、きまったように、最後にこう書かれている。「・・・でも、レクサスには、メルセデスベンツとかBMWのようなHeritage(伝統)やPedigree(血統や名門の系譜)がない」。

結局のところ、建国236年で国としても歴史の短いアメリカだからこそ、レクサスの品質やVIPサービスは欧州車の伝統や血統に勝つことができたのか?

もっとも、自動車なんだから欧州車でもそれほど長い歴史があるわけではありません。一番古くて、1886年創立のメルセデス・ベンツ。

 単なる「歴史」ではなく「伝統」とか「血統」というような言葉をつかっているのだから、過去の長さだけが問題というわけではないのでしょう。祖先から受け継がれた生まれながらにもっている伝統とか血筋の話をしているわけです。要は、レクサスのヨーロッパ市場担当社長が、たとえば、徳川家十何代目の子供だとか、数百年の歴史ある茶道や剣道の宗家の子供。で、そのひとが、ヨーロッパの由緒ある家系のセレブと結婚する。夫婦そろって地球環境とかその他もろもろの慈善活動に熱心で、チャリティパーティなどにもよく顔をだす・・・なんて、物語(ストーリー)をつむぎだしてくれれば、レクサスも伝統ある高級独車と肩を並べられるようになる?かもしれません。

レクサスは「欧州市場で受け入れられるためには、もっとセクシーでなくちゃ・・・」とも、よく言われる。この場合のセクシーは、必ずしもデザインそのものをさしているわけではない。が、少なくとも、日本の高級ブランドが得意とする「つつましやかで控えめで謙虚な上品さ」とはあいいれない。世界的に通用する高級ブランドはある意味「傲慢」で「目立ち」「胸をわくわくさせるもの」でなくてはいけないのです。(雄のクジャクの羽です)

その良い例がグッチ(Gucci)。グッチは2011年のグローバルブランド100(インターブランド調査)で39位。18位のルイヴィトンについで、高級ファッション部門では第2位です。1921年に創業したグッチは80年代には、年寄り好みのださいブランドとみなされるまでにイメージが落ちました。だが、1995年、グッチ元CEOで創業者の孫が、離婚した妻がやとった殺し屋に殺されるというセンセーショナルな事件が起こることによって、再生のきっかけをつかみました。

だって、元妻がやとった殺し屋に殺されるなんて、なんてセクシー!

事件によって知名度があがったちょうどそのころ、新進デザイナー、トムフォードがグッチのチーフ・デザイナーとして、セクシーでエレガントな作品を発表。お上品ぶった保守的なイメージからファッショナブルで洗練されたグッチへと変身したのです。

強いブランドになるには、物語(ストーリー)が必要なのです。

2012年4月1日より、フェイスブックのブランドページが強制的というか自動的にタイムライン化されました(やっと、本題・・・かよ)。

日本では、カバー写真がいいとか悪いとかに注目が集まっているようですが、新しいデザインでの重要ポイントは、やっぱり、タイムライン(年表)です。

フェイスブックは、タイムライン(年表)の使い方について、ブランドストーリーが効果的に語れるようなデザインにしたのだから、上手な物語の語り手になれよ・・・と、ちょっと押しつけがましい解説をしています。写真も動画もつかえるんだから、いままでのように文章ばかりのテキストベースはやめろよといっています。

コカコーラのタイムラインでは、1983年に、ドラッグストアの店主の手書きの手紙を掲載。「20年間、この仕事にたずさわってきたが、コカコーラほど誰もが満足し売上をもたらしてくれる飲み物はいままで存在しなかった」という推薦状です。ニューヨークタイムズのタイムラインでは、1865年4月14日にリンカーン大統領が暗殺されたことを告げる新聞紙面を掲載。見出しは「恐ろしい出来事が起こった!」です。

百聞は一見にしかずというコトワザどおり。文章だけで時系列に会社やブランドの歴史を書いていくと、無味乾燥な資料になってしまう。いわゆる「社史」です。昔の広告や最初の商品や最初の店舗の写真・・・・ビジュアルを強調して、企業やブランドの歴史を紹介するわけです。

フェイスブックが写真の利用をすすめるのには理由があります。写真は、テキスト(文章)や動画よりもエンゲージメントを高めるという調査結果があるからです。2010年のフェースブック上での調査で、写真はテキストだけよりも54%、そして、動画よりも22%高いエンゲージメントを獲得しています。なお、動画はテキストよりも27%高いエンゲージメントを獲得しています(Virtrueによる調査)。

とはいえ、日本企業のブランドページでよくあるように、新製品や新店舗開店の写真を時系列に次から次へと見せられても、面白くもなんともないでしょう。そこに、ブランドのアイデンティティを強調するストーリーはあるのでしょうか?

明確なブランド・アイデンティティがあり、それを強調するためのストーリーの流れを考え、それにしたがって、写真やエピソードを時系列で選ぶ。

日本のブランドページでは、創業開始とかブランド発売時ではなくて、フェースブックに登場したときから年表を始めている例が多くみられます。創業やブランド開発についてこれといって語るストーリーが何もないというのなら(って、語ることが何もない企業やブランドが社会に継続して存在しつづけることなど信じられませんが)、思い切ってフィクションにするのも、面白い方法です。

たとえば、男性用デオドラントのオールドスパイスは、1938年に創業しています。が、タイムラインでは、1938年に、シュルツ船長が航海中に、吸血鬼のキバとかクールなサングラス、その他のあやしげな材料を混ぜたら偶然オールドスパイスができあがったことになっています。そして、船長と相棒の片目のヒョウのツーショット写真までも掲載されています。

タイムラインをつかってストーリー性を意識してブランドの歴史をたどろうとすると、気がつくことがあります。

  1. 企業ブランドだと、創業のころには多くの逸話(エピソード)がある。が、創業者が亡くなるとともに、紹介するようなエピソードもなくなってくる。 パナソニックしかり、ソニーしかり。エピソードがなくなってくるとともに、企業ブランドとしての力も弱くなってくる。アップルは企業ブランドであるとともに商品ブランドでもあります。創業者のスティーブ・ジョブズが生きている間は面白いエピソードが次から次へと生み出されました。彼が亡くなったいま、もう、「物語」が生みだされなくなれば、彼の「物語」を鮮明に覚えている世代が消えていくたびに、アップルというブランドの力も弱くなっていくことになるでしょう。
  2. 商品ブランドも開発されるまでのエピソードがあっても、売上規模が大きくなる過程のなかで、その物語性が失われていくことがよくあります。ファンケル化粧品が発売されたときの容器・・・わずか5mlしか入らない密封性の高いバイアル瓶(注射液用のアンプル容器)の容器そのものが、防腐剤が入っていない化粧品が開発された物語を具現化してくれていました。パッケージそのものに「物語」がありました。市場規模が大きくなり、競合商品が続々と誕生し、環境問題、コストの問題、テクノロジーの進化、その他もろもろの事情があって、パッケージが変わっていくとともに、ファンケル化粧品の個性(アイデンティティ)は失われていきました。でも、いま、ファンケルは1982年の創業以来初めての大規模なリブランディングを実行中です。新しい「物語」を生みだすことに成功すれば、リブランディングが成功したことになるでしょう。

ブランドのストーリーを継続して生みだしつづけることはむつかしいことです。でも、長寿ブランドは、それに成功しているブランドということです。

フェイスブックはストーリーにこだわっています。なにせ、広告すらもストーリーと呼ぶ会社ですから。*注1

フェイスブックがストーリーという言葉をよくつかうのは、アメリカのマーケティングにおいてストーリーテリングが重要視される傾向がつづいているからでしょう。 2005年ごろからは、ブランドのアイデンティティの強さが競争優位に立つために重要であることがあらためて認識されるとともに、ブランドのストーリーづくりを専門とするサービス企業が登場するようになっています。

こういったブランドそのもののストーリーを創りだす仕事をしている人のなかには、 フェイスブックがタイムラインで写真を強調するようにアドバイスしているのに対して、「それはストーリーテリングには逆効果だ」と反対する人もいます。「物語が強い力を発揮するのは、同じ物語でも、それを読む人それぞれが異なるイメージを抱くことができるからだ。また、同じ物語をなんど聞いても、そのときどきで異なるイメージを想像することができる。だから、飽きることがない。だが、イメージ写真を掲載してしまったら、そういったダイナミックな作用がなくなり、ストーリーの力を弱めることになる」・・・・という理由で反対しているのです。

そういった意味で、どういった写真を選ぶかも重要です。コカコーラの自筆の推薦状や、ニューヨークタイムズのリンカーン大統領暗殺をしらせる新聞・・・こういった写真は見る人の想像力をかきたてることでしょう。何を想像するかも、一人ひとりで異なることでしょう。でも、新しい製品や新しい店舗の写真を次から次へと並べても、それは、見る人たちの想像力を刺激するでしょうか?

物語を意識してタイムライン(年表)をつくろうとしても、歴史のない会社やブランドには無理ではないかという疑問もあります。

ブランド・アイデンティティが明確であれば、大丈夫です。

例えば、化粧品会社のロクシタン。

1976年創業で、それほど長い歴史もなく、はっきりいってそれほどたいしたエピソードもありません。南仏プロヴァンスで生まれ育った創業者が23歳のときに、愛する故郷に育つローズメリーやラベンダーからエッセンシャルオイルをつくり販売したのが始まりです。自然の材料を昔からの伝統的手法でつくった化粧品。このくらいのコンセプトをもった競合商品なら他にもあります。

でも、ロクシタンは、世界に通用する明確なブランド・アイデンティティを確立しており、2010年には80か国1500店舗を抱えるまで成長しています

ロクシタンの成功は、哲学を学び詩人でもある創業者と化粧品のパッケージングの経験ある会長兼CEOの絶妙な組み合わせにあります。プロヴァンスの風土の詩や哲学が、ノスタルジアを感じさせつい手に取りたくなるようなパッケージに包まれたのです。もちろん、プロヴァンスという地域の風物が、映画や小説をつうじて、世界に共有される物語となったという幸運もあります。だからこそ、ロクシタン(L'occitane)は、90年代後半に、ブランド名を、そのルーツを明確にするためにプロヴァンスを付け加えてL'occitne en Provanceと改名しています。

ロクシタンの商品パッケージ、店舗ディスプレイ、そして広告クリエイティブ、どれをとっても、プロヴァンスの大地のストーリーがあふれています。ブランドストーリーを具現化していて、見ているだけで、プロヴァンスの風が薫ってくるようです。

ロクシタンのタイムラインには、これといったエピソードもなく、プロヴァンスの風景写真や商品写真や店舗の写真がつづきます。でも、それらは、南仏の景色、食べ物、ワイン、ゆったりと流れる時間、風や空気・・・こういったものすべてにあこがれる消費者に様々なイメージを想像させることができるのです(ただし、日本のロクシタンのタイムラインより、アメリカのものの仕上がりのほうがずっと効果的です)。

自社ブランドのストーリー性をチェックするために、フェイスブックのタイムラインにチャレンジしてみたらどうでしょうか。そして、他のブランドのタイムラインと比べてみてください。どちらのほうが心に訴えてくるでしょうか?

 

*注1: 2011年に、Sponsored Story(直訳すればスポンサーつきのストーリーですが、日本では「スポンサー記事」と訳されました)という広告サービスが始まっています。たとえば、ユーザーの友人がスタバの店舗でチェックインすると、その投稿内容をそのまま利用して広告としてユーザーのページに表示されることもあり、プライバシー侵害だという批判がでています。

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参考文献: 1.「新製品は半分でいい」 日経ビジネス2/27/12、2.Prime Time: Gucci, Glamour and Greeds, 2/15,  abccnews.com 3. Michael Leamonth, Meet the coolest facebook brand timelines from coke to ESPN to Ford, 2/29/12, Adage. com. 4.「新製品は半分でいい」日経ビジネス2/27/12 5.Facebook Posts More Engaging Early in the Day, with Images: Vitrue, Chief Marketer 9/23/10, 6. Facebook Timeline for Brands: It's About Storytelling, Eric Savitz, Forbes 2/29/12、7.「南仏」で世界を攻める、日経ビジネス10/18,10, 8. Michael Leamonth, Meet the Coolest Facebook Brand Timelines From Coke to ESPN to Ford, AdvertisingAge, 2/29/12

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2012年3月 9日 (金)

「ビッグデータ」のビッグ(Big)は「ビッグマック」のビッグとは違う。でも、やっぱり、数(量)は力なり・・なのだ。

 

 ビッグデータ(Big Data)が流行語になっている。NHKの「おはよう日本」でも話題として取り上げていたから驚いた(ビジネスマンをターゲットとした夜のBizスポならわかるけど・・・)。ビッグデータをテーマにした記事も多いが、「データの話ならなんでもビッグデータというタイトルをつければ注目される」的な発想で書かれた内容も多い。

 たとえば、コンビニ大手のローソンが三菱商事が運営しているポイントカード「ポンタ」との連携に本腰をいれている・・・といった記事。 

  • コンビニ大手のローソンは2010年から共通ポイントカード「ポンタ・カード」の採用を開始。1年で、ローソンの売上のうちカード会員が占める割合は35%になった。POSデータに誰がその商品を買ったかの顧客を識別するデータが組み合わされることにより、有益な情報が得られるようになってきている。たとえば、新商品を出したときに、同じ顧客が2回以上購買したかどうかのリピート率がわかるようになった。それによって、この商品は短命に終わる確率が高いとか低いとか需要予測をして在庫を調整することが可能になった。

 ポンタの会員数は2011年末で3500万人くらい。ローソンの購買客でポンタ・カードを利用する客は300万人くらいだと推定される。このくらいのデータ規模でこのくらいの分析なら、カタログ通販企業が25年以上前にやっていた。

 これくらいのことを、ビッグデータのくくりで書かれると、ちょっとこけそうになる。

 もっとも、ローソンはYahoo! Japanと提携して、ヤフー会員のネット上での行動履歴データとポンタ会員の購買履歴データとを重ね合わせて、スマホでの販促に利用するという。そういった活動が本格化すれば、ビッグデータという言葉にそってくるかも。

 現在世界中にあるデータの90%は過去2年間に創造されたものだといわれる。つまり、そのほとんどがインターネット関連で生まれたものだということです。ケータイ契約者は世界中で59億人、インターネットにアクセスしている人は20億人。そして、そういったひとたちが、ネットにアップロードするデータ量は毎年増大するばかりです(2009年に1人当たりがアップロードしたデータ量は3年前の15倍になっているそうです)。 

  ネットを通じて入ってくるデータは、顧客データやPOSデータのように、コンピュータが計算しやすいように表形式で整理し管理できるものばかりではありません。文字列や数値データで表形式に管理できる「構造化データ」は、米ウォルマートやeBayのデータウェアハウスのようにテラバイトやペタバイト(テラバイトの1000倍)の大容量になっても、リレーショナルデータベースシステムで管理されているのがフツ―です。

 が、ネット上にあるデータは、ウェブページやサーバーへのアクセスログや、ソーシャルネットワーク上のコメント、写真、動画のような「構造化データのようには管理できない、あるいは、しにくいデータ」です。また、Suicaのような乗車カード、 Edyのような電子マネー。自動車のカーナビやGPS機能付きケータイからもたえまなく新しいデータがはいってきます。こういった「構造化データ」でないデータは、現在、企業がもっているデータの80%に達しているといわれます。

  そういった意味で、次のような例をみると、「ああ、ビッグデータだ!」と思うわけです。

  1. クチコミ分析で有名な(株)ホットリンクがホットスコープという株価動向を予測し投資アドバイスをする子会社を設立した。この会社は、2008年からの過去3年分のクチコミデータ(フェースブックやツイッターでのコメント、ブログ記事、2チャンネルへの投稿など)68億件を蓄積。こういったクチコミデータと株価動向との関係性を分析した結果、数十万件のキーワードの組み合わせにより、当日の日経平均株価の騰落との相関性をある程度導き出した。2009年末より実際に少額を試験運用したところ、年率換算で投資額が1.6倍になる運用益を達成したことから、投資助言をする会社を設立するとともに、実際に資産運用をするファンドも立ち上げた。
  2. 自動車保険会社は、これまでは、性別、年齢、住所、どのくらいの頻度でどのくらいの距離を運転するかとか、過去の事故歴などの情報に基づいて保険料を決めていた。だが、自動車に搭載したGPS機能つき機器を通じて、運転手一人ひとりの運転習慣を知ることで保険料を変えることができるようになった。最初に、一定期間内の一定走行距離数を想定して保険金額を支払ってもらう。その後、自動車につけられた機器から、運転距離数、スピード、突然ブレーキをかけたりコーナリングをしたり危険度の高い運転している、ブレーキをかけないでどのくらいの距離を走行しているかなどといった運転データがリアルタイムで入ってくる。そのデータにもとづいて、安全な運転をすれば、それだけ保険保証距離がのびる。保険料がそれだけ割安になるので、運転手が安全運転をする動機づけにもなる。

 「ビッグバン」みたいにカッコづけで「ビッグデータ」という言葉を最初に使ったのが誰かははっきりしません。ただ、2001年に発表されたIT調査会社ガートナーのレポートで、ビッグデータの3要素が明確にされ、その後、多少言葉がちがっていても、この3要素でビッグデータが定義されるようになっています。① 大容量(Volume) ② さまざまの種類のデータ(Variety) ③ 速さ/リアルタイム性(Velocity)の3つのVです。

 「3つのVはビッグデータの定義」と書きましたが、正確には、「今後しばらくの間、この3つの問題を解決してくれるようなテクノロジーを、企業は必要とするであろう」という、ガートナーからITベンダーへのアドバイスだといったほうがよいかもしれません。

 ビッグデータを支えるテクノロジーを開発したり、実際に発展させてきたのはネット関連企業です。誰よりも早く、上記3つの問題に直面したのですから、当然の成行きだといえます。

 たとえば、Googleは世界で36か所にデータセンターをもっており(2008年現在)、合計90万台のサーバーをつかっている(2011年現在)といわれます。90万台のサーバーというとびっくりですが、一つ一つのマシンは性能もそれほど高くないフツ―の安価なものです。でも、たとえば、プログラムを分割して同時並行的に複数のコンピュータ上で実行させる。複雑な計算をネットワークを介して複数のコンピュータにふりわけ、同時並行的に処理させることで、仮想的に非常に高価なスーパーコンピュータをつかっているかのように、大量のデータを高速に処理することができます。データ量が多くなればサーバーを付け足せばよいという融通性もあります(サーバーの数を2倍に増やせば、データ処理時間は半分になるといわれます)。

 こういった分散コンピューティングのやりかたによって、ペタバイトのデータを高速で、しかも以前よりコスト安に処理することが可能になりました。でも、従来のリレーショナルデータベースは分散処理にはあまり向いていません。だいたいにおいて、増大するばかりの非構造化データはリレーショナルデータベースシステムでは効率よく処理できません。そこで、Googleは「世界中のありとあらゆる情報を集積する」という自分たちの目標にあったデータ処理をしてくれるソフトウェアフレームワークMapReduce(マップリデュース)を開発しました。(MapReduceをつかって1000台のサーバーで1ペタバイトのデータを個々のサーバーにふりわけ68秒で処理できたそうです)。

 Googleは2004年にMapReduceの特許を申請し、ソースコードやファイルシステムを除いて、そのアリゴリズムだけは公表しました。

 その論文をよんだ当時Yahooの社員だった人が、同じアルゴリズムをつかって大規模の構造・非構造化データを処理・保存できるソフトウェアフレームワークを開発し、自分の息子の象のぬいぐるみの名前をとってHadoop(ハドゥープ)と命名しました。Hadoopは非営利団体アパッチソフトウェア財団からオープンソフトウェアとして無料で提供されています(Apache Hadoopのトレードマークは黄色い象です)。

 YahooやFacebookも2006年からHadoopを採用。オープンソースであるために、その後、多くのITベンダーがHadoop対応のソフトやツールを、続々と開発し販売するようになっています。ビッグデータは業績をあげるビッグチャンス! IT産業は久しぶりに活気づいています。

 NHKまで朝の番組で特集をくむほど騒がれる結果となっています。

 でも、マスコミでとりあげられることによって、これまでデータやデータ分析の価値を無視しつづけてきた日本の企業経営者が、関心をもってくれるようになればシメタものです。米大学MITが大手企業179社を調査したところ、データに基づく意思決定している企業は生産性が5~6%高くなることが判明しているのですし・・・。 

 ちなみに・・・Googleが2004年に申請したMapReduce並行プログラミングモデルの特許は2010年にみとめられました。「もしかしたら、Googleは自分たちのアルゴリズムを基本としているHadoopを特許侵害で訴えるのではないか? 」・・ アパッチソフトウェア財団だけでなくHadoopを使って新しいソフトやツールを開発した企業はちょっと心配したようです。が、Googleにはそのつもりはないとわかり業界は一安心したということです

 で(やっと)・・・、本題の「数は力なり」の話にうつります。

 データ量がとてつもなく大きいということは、これまでとは180度異なる発想の転換が起こることもあります。たとえば、私が「目からウロコ!」と思ったのがGoogleの翻訳サービスです。

 グーグルの翻訳サービスは、コンピュータに翻訳をさせようという過去40年間の試みを、全く無視したというか、まったく異なる発想から生まれたものです。

 これまでのやり方は、人間に外国語を教えるのと同じようにコンピュータに教えようとするものでした。まず言語構造を理解させる。つまり、文章の中のどこに名詞がありどこに動詞があるのか? 現在形なのか過去形なのか? はたまた過去完了形なのか? こういった文法というルールを定義づけ、それをコンピュータにプログラムするという言語学と人工知能の問題だったわけです。

 つまり、言葉の意味と言葉をむすびつける文法のルールを人間である翻訳者が理解したように、コンピュータにも教えこもうとしたわけです。

 でも、グーグルは、この問題を、膨大なデータ量とデータ処理能力で解決できる数学の問題だと考えました。どうしたかというと・・・。

  • 欧州委員会の公文書は23か国語に訳されているのだが、当然のことながら、非常に正確で優れた翻訳となっている。それに加えて6か国語に訳されている国連会議の議事録も使用した。コンピュータに各言語のルールをおぼえさせるのではなく、こういった公文書をスキャン入力し、どれとどれが同じである確率が高いか統計的推定をさせたのです。一つの言語のある言葉や語句は、他の言語のどの言葉や語句と同じである可能性が高いと判断できるようにさせたのです。コンピュータに入力した文章を理解させる努力をあきらめ、原文とそれを翻訳した文章をできるだけたくさん入力して、統計的先例にもとづいて、言葉や語句が正しい確率を計算するシステムにしたのです。

 90年代初めにIBMも同じことを試みました。英語と仏語で記録されているカナダの国会が持っている公文書をつかったのです。でも、このときは、数百万くらいの公文書しかなかったために、良い結果が得られずプロジェクトは中止となった。Googleは数十億の公文書をスキャンし、最初につくられたシステムでは2兆個の言葉をデータ処理したそうです。

 いまでは、50か国語を即時に訳す。もちろん、その完成度には問題も多々あります。が、入力する文書が多くなればなるほど、精度はよくなるはずだとGoogleは考えています。

 「いや、これ以上良くはならないだろう」と、Googleの今の方法の限界を指摘する専門家も多くいます。が、Googleのリサーチディレクター、ピーター・ノービッグの次の言葉は、ビッグデータに対するひとつの真理を語っていると思います。

 「充分な量のデータを集めれば、いくつかの比較的シンプルな統計アルゴリズムで、自動翻訳のような機械学習の分野での難問も解決することができる」。

 こう考えるのは「世界中の情報を体系化すること」をミッションとしているグーグルだけではありません。アマゾンの元チーフサイエンティストも、「(伝統的企業が考えもしなかったような膨大な購買者データを、新しいネット関連企業はもっています)・・・こういったデータがあれば、アルゴリズムを改善するよりももっと良いシステムを構築することができます」と言っています。

 グーグルのリサーチディレクターは、また、「昔は、コンピュータのメモリーがいっぱいになったときが限界だったが、今は、データセンターがいっぱいになったときが限界だ」とも言っています。つまり、生データを保存する能力が発展したことが重要だといっているのです。アマゾンのベゾスCEOは「顧客データを何年間保存しますか?」と聞かれて「永遠に」と答えています。ビッグデータとよばれるデータ革命はデータ保存能力の拡大と低価格化がもたらしたものなのです。

 データは垂直軸(時間)においても水平軸(空間)においても集積されることによって威力を増すのです

  2012年1月にスイスの保養地ダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」でも、ビッグデータはテーマのひとつとしてとりあげられました。報告書「ビッグデータ、ビッグインパクト」には、データは、株、債券や現金のように経済資産のひとつとなったと書かれています。

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 参考文献: 1.「つぶやき分析で相場予測」日経産業新聞1/5/12、2.Ameet Sachdev, Insureres try basing rates on individual cars' data, Los Angeles Times 10/10/11, 3. Rich Miller, Report:Google Uses About 900,000 Servers, Data Center Knowledge, 8/1/11, 4. Derrick Harris, Why Hadoop Users Shouldn't Fear Google's New MapReduce Patent, Tech News and Analysis 1/19/10, 5. Tim Adams, Can Google bread the computer language barrier? 12/19, 10, 6. Aaron Claassens, Google's research chief: The power of big data, Transcurve, 5/10/11 7. Clicking for gold, How internet companies profit from data on the web, The Economist 2/25/10, 8. George Lawton, Distributed data-analysis approach gains popularity, Computing Now February 2010 9. Why big data matters to companies in retail and media, A straightforward guide for business folk February 2012, Keplar LLP, 10.Richard Macmanus, The Coming Data Explosion, The New York Times, 5/31/10, 11.Rachael King, Getting a handle on big data with Hadoop, Bloomberg businessweek, 9/7/11, 12. ビッグデータ、スマホ、ソーシャルで進化する「デジタルクーポン」 日経デジタルマーケティング2011.8 13. 栗原潔、「クラウド系企業の「ビッグデータ」戦略」、ZDNNet Japan, 14. Doug Henschen, Hadoop Spurs Big Data Revolution, InformationWeek, 11/9/1 16.イアン・エアーズ「その数学が戦略を決める」 文春文庫 17. Steve Lohr, When There's No such Things as Too Much Information, The New York Times 8/23/11

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2012年1月29日 (日)

O2OではなくてO2Sの話です。最後に勝つのはネット専業ではなくて店舗小売業か?!

 

 O2Oという用語を見て、H2OとかC2Oとかいった化学式を思い出したとしたら、それは、あなたが常識ある人間だということです。これをオンラインToオフラインの略語だなんてフツ―思わないでしょう(って、そう思うのは私だけ?)

 2010年の夏に、米ベンチャー企業TrialPayのCEOが某雑誌に、「オンライン上の見込み客を店舗に誘導して購買にむすびつけるプロセスを、B2CとかB2Bにならって、私は、online-to-offline(O2O)コマースと呼びたい」と書いたのが、この新語の始まりだと言われます。

 (このTrialPayという会社のビジネスモデルはちょっと変わっていて、もしかしたらO2Sの話より面白いかもしれないので紹介します。たとえば、ネットで新商品を買うとして、通常はクレジットカードで支払う。だが、無料でゲットすることもできる。ただし、その場合は、TrialPayが提案するいくつかの商品やサービスの中から選んで購買しなくてはいけない。たとえば、ネットの花屋で50ドル分の花を買えば、新商品は無料になる。つまり、使ったこともない商品を買うべきかどうか迷っていても、バラの花を50ドル買えば無料にすると提案されれば、ためしに買ってみても損はないと思えるかもしれない。試用(Trial)を促すことになる支払システムだから、TrialPay。そして、この例では新商品販売会社は獲得した注文数に応じて広告料金をTrialPayに支払う・・・・フリー(無料)にも、アイデアしだいで、いろいろあるもんだ!)

 オンラインからオフラインに客を誘導するやり方は、2008年に創業したグル―ポンといった割引クーポン共同購入サービスが人気を呼び、注目されるようになりました。日本でも、2010年にリクルートのポンパレが登場。クーポン共同購入サービスは、広告と実際とがちがっているという問題が発生したこともあって、期待されたほどの成長はしていません。が、O2Oコマース普及のきっかけとなりました。

 その後、ケータイにGPS機能がついたり、スマホの利用が進むことによって、たんなる割引クーポンで誘導するだけでなく、それに+αをつけることによって、割引(価格)競争におちいるのを避ける試みも進んでいます。たとえば、ゲーム感覚にアピールするクーポン。アディダスジャパンのニュースレター登録会員に、ある日突然、時限クーポンつきメールがおくられてくる。時限クーポンの配信と同時にカウントダウンが始まり、店舗に到着するまでの速さによって、もらえる特典がちがってくる。 「最速で直営店にたどりつき、アディダス史上最大の会員特典をゲットせよ!」・・てなわけです。

 GPS機能付きのケータイなら、いまいる場所に近い店舗のクーポンを配信することができる。

 でも、ゲーム性を強調しようが、位置情報を利用しようが、割引は割引。結局は、どれだけ安いかで競うことになる。

 同じ、O2Oでも、サービスというか便利さを強調するものもあります。たとえば、アメリカ最大のドラッグストアチェーンのウォルグリーンは、スマホにRefill by Scan(スキャンして補充)というアプリを提供しています。処方箋についているバーコードの写真をとって、それをウォルグリーンに送信すれば、指示した最寄りの店舗で指定時刻にクスリがうけとれるシステムです。便利さがうけて、2010年3月に始めたサービスですが、2011年秋には200万人が利用しているそうです。

 日本でも、「Google ローカルショッピング」というアプリを利用すれば、自分が欲しい商品がいま自分がいる場所近くのどの店舗にいけば在庫があるかどうかがわかります。現在、東急ハンズ、マツモトキヨシ、無印良品やローソンの在庫情報が検索できるようになっています。

 ・・・・長々と書いてきましたが、この記事で書きたいのは、こういったO2O用のサービスとかアプリの話ではありません。(・・・ずっこけますよねえ? ゴメンナサイ)

 ネット専業小売業と店舗とネット(ウェブやケータイサイト)2つの販売チャネルをもっている小売業と、どっちが競争優位にたてるのか?・・・といった話にうつります。この話は、以前に、サイトから店舗へ(Site to Store)という記事で書いたことがありますが、そのつづきです。

 日本でも、良品計画(無印良品)が2011年5月から、ネットで注文をして指定した店舗で商品をうけとれるサービスを始めました。マルイは2009年から、「ネットで選んでマルイで試着」と、買う前に試着できることを強調するサービスをつづけています。ネットで注文した洋服が数日以内に指定店舗に届き、そこで商品をうけとる。実際に着てみないと似合うかどうか不安な洋服の場合などは試着してから購入できるわけです。

 アメリカでは、こういったO2S(online-to-store。私がつくった造語です。語呂も悪いので流行らないことまちがいなし!)サービスは2005年ごろから採用が進みました。2007年にはウォルマートが2年間のテストをへたうえで、全国展開を開始。テストでは、このサービスを利用する顧客の60%が来店したついでに平均$60の付加購買をすることがわかっています。いったん店舗に入れば、つい、ついで買いをしたり衝動買いをしたりする。それが$60の付加購買です。しかも、店舗までとりにきてくれるのだから、個別の配送費もかからない。

 こういったことから、当時でも、店舗もネットも含めたマルチチャネル販売をしているところは、ネット専業に比べて競争優位にたつのではないかと予測するアナリストもいました。

 その予測どおりというか・・・・。アマゾンは、2011年の7~9月四半期の売上高は前年対比44%と好調で「不景気にかかわらずやっぱり強い」と一般的には騒がれた。が、その実、純利益は、前年から73%減と大幅に下がっていた。アマゾンの純利益は、これで、3四半期連続して減益となっています。

 原因のひとつが、物流への投資。アマゾンは、翌日配送を可能にし、無料配送での経費負担を軽減するために(2010年の配送費は売上の4%)、物流センターを増大。2010年に52か所だったセンターを11年には69か所に増やす予定。こういった物流設備にかかる費用は前年対比で65%増です。

 それに比べて、ウォルマートはすでにあるプラットフォーム、つまり3800店舗や150の物流センターを利用できる。そのうえ、O2Sで店舗での商品うけとりを誘導すれば付加購買も期待できる。

 アマゾンの過去5年間の平均営業利益率はわずか4%。アメリカのディスカウント・ストアや百貨店の平均は6%だから、ネット専業としては低すぎる。(もっとも、日本の小売業の平均2%に比べればずっとまし)。

 考えてみれば、デジタル化をどれだけ進めても、どうしてもできないのは、物理的商品を梱包して配送するプロセス。スタートレックのようにテレポートできない限り、最後までのこる部分。つまり、どんなに進んだITを駆使するネット販売であろうと、デジタルでないリアルな商品を個別にしかも迅速に配送する経費は高く、利益率を大きく下げる。

 日本の通信販売の数字をみると、通販会社の対売上高物流コスト比率は2010年度で11.7%(日本ロジスティクスシステム協会調べ)。小売業のなかではむろんのこと、全業種のなかでも最も物流コストが高いことがわかる。

 つまり、ネット小売業でデジタル化できない商品を販売する場合には、物流がネックになる。だが、ある程度の数の店舗をかかえるマルチ小売業であれば、店舗を利用して物流経費を軽減あるいは、その経費をカバーするだけの付加販売をあげることができる。

 アマゾンは、世界一の総合小売業を目指して、1) 最大級の品ぞろえ、2) 低価格、3) 便利なショッピング体験・・・の3つを「うり」にしてきた。ウォルマートもおなじように品揃えや低価格を「うり」にしてきたが、ネット小売業、とくにアマゾンのような小売業に比べると、便利なショッピング体験という点では、負けっぱなしの感がある。

 が、ここにきて、2つの点から、ウォルマートの巻き返しが期待される。

 第1に、ウォルマートが本腰をあげてネットに力をいれるようになったこと。第2に、ネットスーパーへの進出です。

 2011年、ウォルマートはKosmixというeコマースやソーシャルメディア・テクノロジーに優れたシリコンバレーの会社を買収。その会社の創業者はウォルマート・グローバルeコマース担当上級副社長となり、すぐに、次の3つの仕事に着手している。

  1. レコメンデーションとかパーソナライゼーショといったアマゾン並みのインタフェースをWalmart.comサイトに採用する
  2. モバイル端末のマーケティング利用を促進するために、スマホ用のアプリ開発
  3. ソーシャルメディアを利用して来店を促す(たとえば、店舗商圏内のソーシャルメディア上での会話を分析して各商圏にそくした関連性高い品揃えをする)

 ウォルマートは、また、ネットと店舗との連動をうながすために、2011年2月より、各店舗の商圏内におけるネット売上をその店舗の売上として付加するようにしました。日本でも、店舗小売業がネットショッピングを採用しようとするとき問題になるのが、「店舗の人間」の抵抗です。O2Sのシステムをつくっても、店舗側の人間の協力がなかったら、効果は発揮できない。ウォルマートは、ネットの売上を店舗売上に加算するという思い切った決断をすることで、店舗側の人間が顧客にサイトの利用をすすめたり、iPad、iPhone、Facebookのアプリを積極的に紹介するように動機づけできる。

 国内市場の成長が頭うちのウォルマートは、まだ未開発の大都市市場に進出したい。そのためには、売上高の2%しかないネット販売を伸ばす必要がある。また、ネットスーパー(宅配サービス)も展開しなくてはいけない。ということで、カリフォルニア州サンホセで2011年にテストを始めています。

 そして、このネットスーパーの分野では、ウォルマートはアマゾンに比べて絶対的に競争優位にあるはずです。

 アマゾンは、一部の生鮮食品や日用雑貨品を宅配するサービス(日本でいうところのネットスーパー)を2007年からシアトル地域でテストしている(英国とドイツでは2010年に全国展開)。配送方法や配送費などいろいろ変えてテストをしているが、アメリカでも全国展開する用意があるといったあとで、否定したり、方針が定まっていない。2011年6月にはベソスCEOみずから、「ネットスーパーは非常に経費がかかるサービスだ」と認めています。

 この点、ネットスーパー世界一の小売店テスコが英国でしているように、店舗を物流センターとして利用できるウォルマートは、アマゾンより絶対的に有利な立場にあります。

 ということで、やっぱり、物理的商品を取り扱うならオンラインもオフラインのチャネルも利用できるマルチ小売業ということになる。が、日本の店舗小売業は、あまりにもオンラインチャネルの採用スピードが遅すぎる。逆説的にいえば、店舗をお荷物とみなし資産として前向きに利用しようという考え方がないから、オンラインチャネルの利用が遅れているのだ。なぜなら、店舗を資産として積極的に利用しようと考えれば、オンラインでの積極的活動が選択肢のひとつとして出てくるはずだから。

 デパートがやっとネット販売に力をいれ始めたといっても、店舗商品との連動ができないのでは、何の意味もない(場所を貸しているだけで、自社でリスクをとって仕入れている商品が少ないので、連動ができない)。

 また、マルチチャネル化が進んでいるファンケルやオルビスといった化粧品会社の場合、無印良品などに比べて品ぞろえが少ないので、店舗に誘導しても、衝動買いとかついで買いとかがあまり期待できない・・・という問題がある。 

 (それで思い出したが、ネットスーパーでの注文だと、買う食品が必要なものだけに限られてしまう傾向が高いらしい。店舗で買えば、ダイエットのためには食べてはいけないデザートとか揚げ物とか、つい衝動買いしてしまう。だが、ネットで注文するときにはその欲望を抑えらえるというわけだ。だから、ネットスーパーでも、自宅配送以外に、選択肢として、商品を袋にいれておくので、自宅への帰り道に立ち寄ってくれ・・・というのもある)。

 やっぱり、お店は大事なのだ。

 とはいえ、ネット専業小売業が店舗販売に進出するというのも、単純すぎる発想だ。店舗の運営は固定費が高い。たしかに、Appleはアップルストアで成功しているが、ある程度高額でしかも継続してつかってもらえるIT機器と、安い衣料品や日用雑貨品とは利益額も利益率もちがう。

 結局、レガシーシステムとして店舗を持っている企業が、一番競争優位にたっているということらしい。

 コンピュータ用語でレガシーシステムといえば、一時は、時代遅れとなった古いシステムであり、新しいシステムに更新すべきという議論がつよかった。が、「近年は、レガシーシステムは重要な情報資産であり・・・新規システムと連携・統合させ、いかにこれを有効活用すべきかといった形で論じられることが多くなった(@IT用語辞典)」そうだ。店舗とネットの関係みたい。

 でも、レガシーシステムをかかえていながらも、新しいシステムも採用できるという、ある意味矛盾したメンタリティーをもった企業というか経営陣って、なかなか存在しないんだよね。

 ・・・ということで、レガシーという言葉で、なんとか煮え切らない記事にうまくオチがついた。

 ホッ~(・・・と、一息つく)。

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参考文献: 1. Alex, Rampell, Dollar Opportunity, Techcrunch.com, 8/7/10, 2. Chris Gullo, Walgreens lets customers order refills via SMS, Mobihealthnews. com10/12/11、3.店舗とECの相互集客「O2O消費」を後押し、日経デジタルマーケティング2011年11月、4. John Letzing, Amazon's Spending Habit: Profit Plunges as Cost Rise, The  WSJ. com, 11/26/11、5. Wade Roush, Inside WalmartLabs: How the Former Kosmix Team Plans to Help the World's Largests Retailer Get Social and Mobile, Xconomy .com 8/1/11,  6. Sleeping Giant at Walmart Wakes--Its Vast Workforce, AdvertisingAge, 11/27/11,  7. Gareth Halfacree, Amazon looks to grocery shopping with Amazon Fresh, Expert Reviews 6/11

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2011年12月30日 (金)

TwitterやFacebookはそんなにエライのか? そして、「ええじゃないか」やAKB48との関係は?

 

 2011年のマーケティングは、TwitterとかFacebookといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)であけくれました。(純国産のMixiを忘れたわけではありません。でも、ローカルだしクローズドだし。そんなことでついつい・・・)。

 で、あまのじゃくの私としては、いちゃもんをつけたくなるわけです。年の終わりには。

 「アラブの春」とよばれた中東やアラブ諸国での大規模な反政府デモは、「Twitter革命」などとも呼ばれ、「SNSのおかげで独裁政権が崩壊」・・・とメディアは書きたてました(ソーシャルメディアと、限られた広告費用のぶんどり争いをしているライバルのマスメディアさえもそう断言しました)。

 が、どこにでも、私のようなあまのじゃくはいるものです。

 たとえば、日本でもベストセラーになった「ティッピングポイントーいかにして『小さな変化』が『大きな変化」を生み出すか」を書いたマルコム・クラッドウェル。流行やクチコミ現象の理論化で有名なジャーナリストですが、この人が、クチコミ・ツールであるTwitterやFacebookにはリスクの高い政治運動を引き起こすことはできないと断言したのです。

 しかも、2010年の10月、つまりチュニジアのジャスミン革命が発生する前に・・・です。雑誌「ニューヨーカー」でそういった内容の記事を書き、その後、チュニジアで政権が崩壊し、エジプトでも反政府デモが大規模化している最中にも、同じような内容のブログを投稿しています。

 かなりブーイングされたようです。

 でも、マルコム・グラッドウェルは、著書「ティッピングポイント」でも詳しく説明したように、「うわさや流行が世の中に拡散されるためには、弱いつながりをもったネットワークが必要である」ということを、政治運動を例にとって説明しただけなのです。

 弱いつながりに注目したネットワーク理論は、すでに1970年代に、マーク・グラノヴェッターという社会学者によって発表されています。彼は、282人のビジネスマンに「現在の職をどうやって見つけたのか?」と質問調査をしました。そして、家族、親せき、友人といったよく知っているひとからの情報ではなく、会ったこともないつながりのうすい人からの情報を元にして仕事をみつけた傾向が高いことを発見しました。

 よく知っている人同士は情報を共有していることが多いので、新しい発見はない。だが、あまりよく知らない人は自分の知らない新しい情報をもたらしてくれる可能性が高い。つまり、情報の拡散には「弱いつながり」が重要だということを明らかにしたのです(日本でも2011年10月にサービスを開始したSNSのリンクトインLinkedinなどは、まさに、この理論にのっとってつくられたようなものです)。

 マルコム・グラッドウェルは、ソーシャルメディアのプラットフォームは弱いつながりであり、だからこそ、新しいアイデア、イノベーションや情報が驚くべき効率で拡散される。だが、こういった弱いつながりは、リスクの高い、つまり命の危険をともなうような行動を引き起こさない。過激な反政府活動ではなくて、せいぜいいって平和なデモ行進に参加するのを促すくらい・・・だと書いたわけです。

 そして、メンバー同士のつながりが非常に強い草の根的組織がすでに存在していれば、SNSはそこに効果的に働いて政変を引き起こすことができる。そういった潮流がないところには、Twitterであろうとfacebookであろうと、急激な変化を引き起こすことができないと主張しました。

 たとえば、1989年の「ベルリンの壁崩壊」にしても、突然かつ自然発生的に起こった事件のように思われたかもしれないが、実際には、東ドイツに草の根的運動がすでに存在していた。東ドイツには政府打倒をかかげる十数人からなる小さなグループが数百もあり、この小さなグループのメンバ―同士は非常に強いきずなで結ばれていた。だが、各グループ間の接触頻度は非常に限られていた(当時、東ドイツの電話普及率は13%)。

 強いつながりをもったグループが弱いつながりで他のグループとつながる・・・・ベルリンの壁崩壊のときも、アラブや中東の政府崩壊のときも、弱いつながり以前に、強いつながりをもつ草の根的運動に従事するグループが存在していた。だから、TwitterrやFacebookが効果的に作用することができた・・・とマルコム・グラッドウェルは書いたのです。

 英国の新聞「ガーディアン」のジャーナリストも、インターネット=民主主義だと思いたいアメリカやシリコンバレーのひとたちの願望が、中東革命におけるネットの貢献を過剰に見すぎているという記事を書いています。(このコメントには、欧州人の米国に対するやっかみもちょっぴり入ってはいますが・・・)

 そして、中東やアラブ諸国の反政府活動家たちは、実際に時々会って相談していた…とも書いています。米政府や米国企業がそういった機会を提供していたとも書いています。たとえば、2009年にジョージソロス財団や米国政府が後援した会議には、チュニジアやエジプトの政治活動家やブロガーたちが(ヴァーチャルでなくリアルに)集まって、検閲から逃れる対策などを議論するのを実際に目撃したと書いています。2010年9月に、Googleがブタペストで開催した「表現の自由」大会には、中東の政治活動ブロガーたちが招待されていた。こういった集会や会議は以前からあったが、参加者の身の安全をまもるために、公表されなかった。だから、みんな知らなかっただけで、反政府活動家たちはヴァーチャルでなくてリアルに結びついていた・・・と書いています。

 そして、1917年のロシア革命のときには電報が、1979年のイラン革命のときにはテープレコーダが、1989年のベルリンではファックスが情報拡散に活躍した。ITはあくまでツールであり、それ以上でもないしそれ以下でもない・・・と、つけくわえています。

 それをいえば、日本でも、通信手段としては非常にスローな手紙しかなかった江戸時代に、総人口の10%の群衆が、同じ場所を目指して家出するという大規模騒動が発生しています。人間のクチからクチへとウワサがつたわるアナログ・クチコミで、300万人の日本人が伊勢神宮を目指して旅だったのです。

 日本史のクラスをとったことがある人なら、幕末の「ええじゃないか」群集行動とか、それと深い関係にある「おかげまいり」の話を覚えているかもしれません。

 「おかげまいり」というのは、家長である父、主人、夫の許可を得ないで伊勢神宮に参拝すること。許可なく参拝して帰ってきたあともとがめられることがない。道中、男性が女装したり、女性が男装したり、あるいは化け物じみた異様なかっこうをして(いまでいうコスプレ?)、「おかげさまでぬけたとさ」とうたいながら踊り進んだといいます。

 伊勢神宮に参拝することはよくあったことですが、それが特定の年に集中して、大規模な群衆行動となった場合は、とくに「おかげまいり」とよばれ、江戸時代には、60年ごとに、計4回発生したといわれます。1650年、1705年、1771年、1830年。

 1705年には362万人が伊勢神宮を目指したといわれます。当時の日本の人口は3000万人ですから、約10%が参加したことになります。いずれも、自然発生的かつ衝動的に発生したと考えられ、1830年の場合は、阿波国(いまの徳島県)で同じ寺子屋で勉強していた子供20人~30人が、3月20日に、参宮するといっていっしょに出かけたことがきっかけになって全国に波及したといわれます。

 おかげまいりは、飢饉、疫病、暴動、政変などが起こった年やその前後の年に発生しており、社会不安の増大からくる閉塞感、あるいは、封建支配に対する不満をガス抜きする作用があったのではないかと説明されています。

 こういったおかげまいりの伝統のうえに、幕末から明治に移行する1867年に、「ええじゃないか、今年は世直しええじゃないか」といったようにうたいながら踊り狂うことが、東海地方から近畿地方を中心として全国30か所にひろがりました。7月半ばにいまの愛知県の一地域で発生したのがあれよあれよというまに他地域にひろがり、1868年の4月ごろやっと終焉したといいます。

 この騒動が徳川幕府崩壊にどれだけ影響を与えたかは判断がむつかしいところです。が、民衆の騒ぎをおさえることができなかった幕府は、その無力ぶりを露呈したわけですから、間接的にでも、大政奉還をはやめることにつながったことになるでしょう。

 日本でも、メディアの有り無しに関係なく、人間がいる限り口コミがありウワサがある。結果、こういった群衆運動で既存政権崩壊が促されたということです。

 チュニジアがジャスミン革命なら、日本の「ええじゃないか」は徳川家の紋章をとって葵革命?

 マルコム・グラッドウェルもガーディアン紙の記者も、ソーシャルメディアのツールとしての力を、それを使う人間の力以上にみてしまってはいけないと指摘したかったのでしょう。

 話はちょっと変わりますが・・・・。

 「ソーシャルメディアは偉大だ」なんて過剰に重要視してしまうから、「傾聴」なんておおげさな言葉がつかわれるようになってしまったのだろうか?

 英語の聴く(listen)を傾聴と訳したのでしょうけれど、傾聴って耳を傾けて熱心に聴くって意味ですよね。でも、ソーシャルメディア・マーケティングでは、一生懸命聴くだけでは用をたさないわけで、消費者の声を聴いてそれにたいして何らかの反応をしなくてはいけない。ソフトバンクモバイルがしているように、ある程度リアルタイムにツイッタ―上を巡回して、あらかじめ選んだキーワードにひっかるツイッターはすべてチェックし、反応すべきものにはする(質問に答える、苦情に対処する、お礼を述べる)のが、本来すべき基本。

 モニター(英語のmonitorという言葉には、観察して、記録して、察知するという意味が含まれている)という言葉のほうが適切だけれども、監視しているような感じだし、すでに使いふるされている言葉だからからいやだったのかもしれない。しかし、傾聴なんてへんに感情がまじっているような言葉をつかうから、一生懸命耳を傾けていればそれでよしと思ってしまう。ソーシャルメディアをつかっていながら、ダイレクトメッセージやリトリートやコメントにもなんの反応もしない企業が多い。双方向のコミュニケーションがなくて、どこが、ソーシャルメディアマーケティングなのか、まったく理解不能。

 しかも、リスポンスとかコンバージョンとか適切な日本語に翻訳できる言葉にもカタカナをつかっているのに、どうして、ここだけ「傾聴」なのか? カタカナいっぱいのネット関連の記事や本を読んでいて、突然、傾聴なんて言葉が出てくると、ずっこけて椅子から落ちそうになってしまう。

 ついでにいえば、「共感」もおかしい。

 「情報が伝わるためには『共感』が必要になった」と書いてある資料を読むと、「TwitterのリツイートもFacebookの『いいね!ボタン』も共感しないと(消費者は)押さない」とつづく。たしかに、被災地に社員50人がボランティアでいきました・・というページをリツイートしたり「いいね!」ボタンをクリックするのは、その企業方針や情報内容に共感したからだといえるでしょう。でも、「500円クーポン進呈!」の販促情報をリツイートするのは共感したからだといえるだろうか? これが10円のクーポンになるとリツイート数が少なくなるとして、金額の少なさに共感しなかったから?

 販促情報をリツイートしたり「いいね!」ボタンを押すかどうかの判断には、「共感」は必要ないと思います。

 ソーシャルメディアに関しては、へんに感情まじりのおおぎょうな言葉がつかわれすぎると思っていたら、先に引用したガーディアン紙の記事に次のようなコメントがあって笑っちゃいました。

 どの市民革命にも、それぞれの時代における最先端テクノロジーやメディアが利用されている・・・というくだりで、「謄写版とかテープレコーダーやファックスとかに愛情はもてないけど、ソーシャルメディアを利用するということはスマホをふくめたケータイやiPadなどをつかっているわけで、スマホやiPadには愛着とか愛情を感じる傾向が高い。だから、『中東の春はソーシャルメディアがもたらした!』と考えたいし信じたいのだろう」と書いてあったのです。

 笑っちゃって・・・なんだか納得。 

 謄写版(って知っている人、もう、いないかも)やファックス機器には愛着なんて感じない。でも、スマホやiPadはちっちゃくていつも身近にあってすでに身体の一部。TwitterやFacebook = スマホやiPad。だから、ソーシャルメディアのことを話すときにも感情的になってしまう。愛を感じるから、つい、実際よりも重要な社会現象であるかのように思ってしまうし、それを説明するのにおおぎょうな言葉をつかってしまうんだ!

 なんだか、AKB48とソーシャルメディアがいっしょくたに思えてきた (おっとぉ~、冗談です。年の暮れのたわごとです。ブーイングなんてしないでくださいね)。

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参考文献 1.Evgenry Morozov, Facebook and Twitter are just places revolutionaries go, The Guardian 3/7/11 2.Malcolm Gladwell, Small Change, The New Yorker, 10/4/10, 3. 伊藤明己、民衆発露とコミュニケーションの回路ー想像の共同体意識と幕末おどり狂ー」中央大学大学院研究年報、4.「お陰参り、ええじゃないか」資料に学ぶ静岡県の歴史、静岡県立中央図書館 歴史文化情報センター編集 

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