「デザイン思考」とエジソンとアップルの系譜
「デザイン思考(Design Thinking)」という言葉を耳にするようになった。アメリカでも、今年の1月にTV報道番組「60 ミニッツ」でデザイン思考の特集が組まれてから、一般的に知られるようになった。
日本でも朝日新聞が8月6日に、デザイン思考を授業として教えているスタンフォード大学の工学部長とのインタビュー記事を掲載している。
スタンフォード大学で教えられている「デザイン思考」のパイオニアとしてあげられるのは、シリコンバレーにあるデザイン会社「IDEO」創立者のデイヴィッド・ケリー。そして、そのケリーが、「デザイン思考の授業は彼なしには誕生しなかった」として名前を上げるのがアップル創立者の故スティーブ・ジョブズだ。
1978年、ケリーがIDEOの元となる会社を創立したときの最初のクライエントは、当時PCメーカーとして急成長していたアップルのスティーブ・ジョブズだった。アップルの最初のマウスは二人の協働作業でつくったようなもの。TV番組「60ミニッツ」で、ケリーは当時をなつかしんでこう語っている・・・・ 「あのころは、二人とも独身だったからね。いいアイデアが浮かぶとスティーブは夜中の3時でも電話をしてきた。挨拶もなにもなく即本題。あの二つのパーツをつないでるネジのことが気になるんだ・・・って。それから、また、マウスの真ん中のボールがテーブルに置かれたときに出る音が気になるって言うんだ。彼の要望に応えるためにゴムを巻くことにしたんだけど、これが技術的に大変むずかしい作業で・・・」
スティーブ・ジョブズの要望に応えるのはいつも大変だった。でも、そのおかげで、デザインチームは成長した。「ある意味、IDEOをつくったのは、スティーブだったよ」
それから30年、二人は友人になっていた。ケリーの妻はスティーブが紹介してくれた女性だ。スティーブがガンで闘病生活をおくっているとき、ケリーも同じくガンであることがわかり、二人の友情はますます堅固なものになった。
ケリーは病気になったことで、これからの人生、何かもっと大きな意味あることをしたいと考えるようになり、スタンフォード大学に、「人間を中心に置くデザイン」を教えるスクールをつくることをもちかけた。ハッソ・プラトナーという富豪が3500万ドルを寄附してくれ、Hasso Plattner Institute of Design が2005年に創設されることとなった。
これが、「イノベーションをもたらすツールとなるデザイン思考」を教えることを専門とするアメリカで最初の教育プログラムです。
ビジネススクールのb.schoolに対してd.schoolと呼ばれるが、このプログラム(クラス)を修了しても学位はもらえない。この点に関しても、「スティーブ・ジョブズの意見を採用した」とケリーは言っています。「おまえのわけのわからないプログラムを修了したやつを採用したいなんて思わないね。でも、コンピュータサイエンスとかMBAとか、そいういった学位をもったうえで、デザイン思考の考え方も学んだというのなら、僕は、そんなやつを雇うことに、とっても興味があるね」と言われたそうです。
現在、スタンフォード大学では、MBA, 法学部、医学部、エンジニアリング、芸術などを専攻する修士課程の学生たちが、このプログラムに参加したいと押しかけてくる。年間700人が受講する超人気クラスとなっています。なぜなら、P&G、Google、ナイキ、フィデルティ投信のような一流企業がプログラム修了生を積極的に雇用しているからです。
結果、他の大学でも似たようなプログラムをこぞって提供するようになり、なかには修士課程を創設した大学もあるくらいです。また、スタンフォード大学を含めて多くの大学が、ビジネスマン向けに、高額な料金を徴収する4時間コースとか4日間コースとかを提供しており、教育機関にとってもお金を稼げるドル箱コースとなっています。
肝心のデザイン思考のクラスの内容をつぎに簡単に説明します。最初に警告しておきますが、説明を読んでも驚きはないと思います。「ちょっと変わった問題解決法かもしれないが、結局は、グループでブレインストーミングするっていうことじゃないか」と思われることでしょう。人間行動をデザイン(立案・企画と辞書には出ていますが、ここでは一応アイデア創造としておきます)にとりいれた革新的アプローチだと、気負って言うほどのことはないという感想をもたれることでしょう。
たしかに、その通りなのですが、最後まで辛抱強く読んでいただければ、「ふん、なるほど」と思う瞬間(?)もあるかもしれません・・・。
デザイン思考は4つのステップからなります。実例として、スタンフォード大学の学生が、「途上国において、2000万人の未熟児が生まれ、そのうちの400万人が一か月以内に死ぬ。保育器があればそのうちの多くを助けることができるのに」という問題をデザイン思考で解決した方法を紹介します。
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問題を定義する・・・解決すべき問題を正しく定義する。異なる観点から何度も執拗に質問をする。本当の問題点が明らかになるまで、まるで子供のように「なぜ?」「なぜ?」をくりかえす。未熟児問題では、このプロセスをとおして、課題の本質は赤ちゃんの体温を保つこと。高価な保育器もなく停電が常にある条件下において、電気をつかわずにいかにして赤ちゃんの体温を保つか?・・・これが真の問題なのだと定義されました。
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多くの選択肢をつくりだして考える・・・重要なことは人類学者のように「観察」すること。問題となっている人間が置かれている「コンテクスト(文脈)」を観察すること。赤ちゃんが置かれている貧困やインフラの問題など環境を観察して考えること。正しい答えだと思えたとしても、他の選択肢も考える。複数の観点やチームワークが重要。このとき、アイデアを言葉で説明しようとしないでビジュアル化するようにする。
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いくつかの選択肢をより洗練させる・・・過去の経験からそれはダメとアイデアをつぶさないで、それを育てるようにする。
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繰り返す・・・ステップ2とステップ3の間を行ったり来たりしてくりかえす。
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勝者を選択して製作する・・・スタンフォードの学生は、赤ちゃんをくるむ寝袋をつくり、背中のパウチに、(いったん加熱すれば)常に37度の温度を保つワックスのような素材をいれるやり方を考案。保育器は1台2000ドルかかるが、この簡易保育寝袋ならコストはわずか20ドルですむ。
「この方法のどこが革新的? やっぱり、昔からあるブレインストーミングでしょ?」 「まあ、そうなんですけど、違うところもあります。次のように・・・」
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多様性・・・異なる様々な経歴をもつ人をメンバーとする。日本の企業で、営業とか経理部、企画部、生産とか各部門から人を集めて多様性があるといってもダメ。日本生まれで日本育ちで会社で働いている限り人生経験とかが似通っている。「重要なことは文化の違いがあること」だとケリーは言っている。IDEOでは、エンジニア、マーケッター、人類学者、産業デザイナー、建築家、そして心理学者を雇うそうだ。アメリカ西海岸であれば、国籍も人種も異なる混成チームに自然となっていることでしょう。チームメンバーの協働作業を通じ様々な意見を積み上げていくことで創造力をうながす。スタンフォードでは、堅いイスとか小さなテーブルを用意して、座って話すのではなく仲間とまじりあい動作で自分のアイデアを表現することをうながしている。
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答えをビジュアル化する・・・パワポでの言葉によるプレゼンはダメ。白板に自分が想像する製品を絵で描いてみるとか、手元にある紙とかボードでプロトタイプをつくってみせる。病院での患者へのサービスを課題とするなら、患者体験をビデオ化してみせるといった具合。言語に頼らないことで、右脳、左脳ともに利用する。
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重要なことは観察とユーザーへの感情移入(共感)・・・人類学的手法で、そのコンテクストにおいて何が本当の問題かを洞察する
デザイン思考による問題解決法をビジネスに利用する可能性についての議論が活発化するなか、デザイン思考など必要ないと批判するわけではないが、この考え方は新しいものでもないし、その効果はすでに証明されているものだという意見も多くあります。
たとえば、ハーバート・サイモン。
ハーバート・サイモンは1978年にノーベル経済学賞を受賞していまが、その一方で、人口知能のパイオニアでもある。天才的頭脳の持ち主ですが、彼は、1969年に出版された著書「(日本語訳)システムの科学」においてデザイン・シンキング(Design Thinking)についてすでに語っています。
まず、最初に、デザインという言葉を「既存の状況から望ましい状況に変容させること」だと定義してから、「よって、デザイン・シンキングは、常に、改善された将来につながるものだ。分析プロセスでありアイデアを分解するクリティカル・シンキングとは異なり、デザイン・シンキングは、アイデアを積み重ねる創造的プロセスである。デザインシンキングでは評価・判定はしない。それによって、失敗の恐れを排除し、最大限のインプットと参加をうながす。ワイルドなアイデアが歓迎される。なぜなら、こういったアイデアが往々にしてもっとも創造的な答に導くからだ。誰もがデザイナーであり、デザイン・シンキングのやり方なら、現場のどの状況にもデザイン方法論を適用することができる」
19世紀後半から20世紀初めにかけて数多くの発明をしたトマス・エジソンも、デザインシンキングを実践していたパイオニアだといわれます。エジソンは電球を発明したことで知られていますが、彼は、電球を発明しても、発電機とか送電システムがなければ一般市民はそれを利用することができないとわかっていて、どちらも創造しました。つまり、彼は、一つの装置を発明することだけではなく、市場を頭に描いたうえで発明をしたのです。つまり、人間(市場)を中心においてイノベーション活動を実践していたのです。
エジソンの実験室は、従来からある「天才発明家は孤独なものだ」のイメージをくつがえすものでした。チームが一緒になって実験をくりかえしてイノベーションを求めるものでした。数千種類の実験材料を使って数千回の実験を行い、その全てが失敗に終わっても、彼はこれを決して無駄とは見なさず、「実験の成果はあった。これら数千種類の材料が全て役に立たないという事がわかったのだから」と語ったそうです。「99%の汗と1%のひらめき」というエジソンの天才の定義にあるように、試行錯誤をくりかえしてイノベーションを求めるものでした。エジソンは、芸術、工芸、科学、ビジネス感覚、そして、顧客や市場についての洞察力が混ざり合った結果としてイノベーションをもたらしたのです。
エジソンは狭義の専門的科学者ではなく、鋭いビジネス感覚をもったゼネラリストでした。ニュージャージーの彼の実験室には、さまざまな分野の人間が集まっていて、チームでイノベーションをおこしていました。彼のアプローチは仮設を証明するタイプのものではなく、新しい試みをくりかえすことで何か新しいことを学ぶようにするものでした。
スティーブ・ジョブズが率いるアップルも同じです。アップルには「デザイン」が先にありました。人間がコンピュータに何を求め、何を必要とし、何を欲しているか、コンピュータとどういったやり方で接したいか(インタフェース)を決めることに集中しました。デザインを決めたあとで、それを技術的にどう達成するかを考えた。デザイン・ターゲットがあり、それに到達するためにエンジニアリングをしたのです。スティーブジョブズは、「アップルには問題解決のシステムはなかったがプロセスはあった。・・・・答えは1000の選択肢にノーということからやってくる。最も重要なことに集中するためにはノーということが必要なのだ」
このプロセスが、「正気とは思えないほど素晴らしい製品」を創造したのです。
さて、ここで本題です(って、いまごろ、本題かよ?!)。エジソンが19世紀後半にすでに実践していたデザイン思考。ハーバート・サイモンが理論的に説明したデザイン思考。それが、なぜ、いまアメリカの大学で注目されているのでしょうか?
まず、第一にあげられるのは、金融危機以降、批判にさらされたビジネススクールの論理的思考方法からはじまってパワポプレゼンテーションなど、こういったものへの反省と反発です。
「デザイン」という言葉は日本語では名詞として、「デザインが優れている」とか「デザインがダサい」とか、モノを形容する時に使われる。が、英語ではデザインは動詞として使われることも多く、その場合、立案するとか企画するとか何かを作り上げるプロセスや行動を指す。そして、エジソン、ハーバート・サイモン、スティーブ・ジョブズの例からもわかるように、デザインという言葉は「行動する」ことを強調しています。シンキング(思考する)ことだけを中心においたビジネス・スクールへの反省として、思考して行動するのではなく、行動しながら考えることを重要視しているのです。人間をその人が置かれたコンテクストのなかで観察してデザイン・シンキングするのです。
そういった意味でいけば、デザイン思考の教育を最も必要とするのは日本の大学でしょう。
朝日新聞の記事では、東京大学監事で元東芝研究開発センター所長の有信睦弘氏が、意味ある発言をしていました。「(自分自身の)企業と大学での経験から、日本の場合、イノベーションは企業でしか起きないと改めて感じました・・・日本の大学は共同作業が苦手です。(なぜなら)他人と違うことが学問的鋭さであり、それを論文にして評価を得るいわば論文至上主義に支配されているからです。異分野間で協力して新しいものをつくっても論文になりにくいので評価されません。だから技術者はどうしても、より速く、より高密度に、という方向にどんどんすすんでいきがちです」。でも、この方向にイノベーションはない。だからこそ、企業との連携が必要だという発言はまさに核心をついていると思います。
さて、デザイン思考がアメリカの教育で重要視されているほかの理由もあげてみます。
自動車産業に象徴されるような製造業の衰退から、アメリカをけん引してきたIT機器産業が、新興国の台頭によっておびやかされてきたことも、もう一つの要因かもしれません。アメリカが今後も新しい産業のパイオニアとして経済成長をつづけるためには、アメリカの最大の強みであるイノベーション能力を再度強化する必要があると考えたからかもしれません。
アメリカでデザイン思考の教育が熱をもって語られるのは、もちろん、それが教育機関にとって金儲けができる「商品」であることです。この商品をスタンフォードに最初に提案したのはIDEOのケリーでした。そして、そのケリーはスティーブ・ジョブズがいたから、デザイン思考のクラスは実現したのだ考えています。デザイン思考はスティーブ・ジョブズと自分とが多くのイノベーションを生み出した(厳しかったけれど楽しい)協働作業を意味します。それを後世に伝えたいと考えるケリーの思いが、d.schoolを誕生させたものかもしれません。
TV報道番組「60ミニッツ」のインタビューで、レポーターはケリーにこう尋ねました。「スティーブ・ジョブズの要望に応じることができなくて、『きみの欲しいものを創りり出すことはできないよ。無理だよ』・・と、あなたが言ってたとしたら、ジョブズ氏はなんと答えたと思いますか?」。ケリーは楽しそうに笑って即答しました。「僕は、君たちは優秀だと思って雇ったんだ。がっかりしたよ・・スティーブなら、そう言ったんじゃないかな。君たちは僕の期待を裏切ったよって・・・」
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参考資料: 1.Charlie rose, Design Thinking: Ready for Prime-Time, Rotman Manaagement Fall 2013, 2. Melissa Korn, Forget B-School, D-School Is Hot, The Wall Street Journal, 6/7/12 3. Design Thinking...What is That?, Fast Company Com 3/20/06, 3. Tim Brown, Design Thinking, Harvard Business Review June 2008, 4. Stefan Thomke, Design Thinking and Innovation at Apple, Harvard Business School May 2012, 5. 「技術革新生む異才育てよ」朝日新聞8・6・13
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