Facebookのビジネスモデルに暗雲!?
「広告は美しさを損なうだけでなく、ユーザーの知性への侮辱であり思考の流れを妨げるものである。広告を販売する企業のエンジニアは、高度なデータ分析を駆使し、ユーザーのデータを収集するためのプログラムを書くのに大半の時間をついやしている・・・・そして、こういったすべての作業の結果は、デスクトップ型PCやモバイル画面に表示される広告なのだ。広告が関係してくるとき、ユーザーであるあなた自身が商品となることを忘れないでください」
これは、いま、米国以外の地域で人気が急増し、スマホでのフェイスブックの強力なライバルになるのではないかとウワサされるWhatsApp(ワッツアップ)の創業者たちの宣言です。「なぜ、自分たちは広告を販売しないのか」の理由を説明したブログ記事の一部です。
WhatsAppは日本のLINEと同じようなスマホ用のインスタントメッセージ用アプリです。LINEと同じように、写真、動画、音声メッセージなどマルチメディアを送ることもできます。LINEユーザーが世界市場で1億5000万人を超えたといいますが、2009年にサービスを開始したWhatsAppはツイッターの2億人ユーザー数をこえ、2012年8月には1日平均200億件以上のメッセージが送られたといいます。
WhatsAppが、LINEや他のインスタントメッセージ用アプリはむろんのこと、フェイスブックやグーグル、ツイッターといったメディアと大きく違うのは、広告を掲載しないこと。その代りにサービス料金を請求することです。
創業者の2人はヤフーで長年(2人合わせて20年)働いた経験があります。そして、一時はネットの寵児だったヤフーが、より効果的な広告を提供できる(つまり、ユーザーが何を検索しているかというデータを集めることでより効果的な広告を提供できる)、よってより多くの利益を稼ぐことができるグーグルに取って代わられるのを体験しました。広告スポンサーへのサービスが第一になり、ユーザーへのサービスは二の次になることを実感しました。だから、もう、広告を売るビジネスにはへきえきした・・・と言っています。
無料でサービスを提供するために、ユーザーのデータを収集し、そのデータを利用して広告を売るビジネスモデルはもうやめようと決め、WhatsAppを始めました。だから、料金を徴収します。1年間で99セント(ただし、iPhoneとかアンドロイド系スマホとか、どのプラットフォームをつかっているかによって、1年目は無料試用できる場合もあるし、アプリのダウンロードに99セント必要な場合もあります)。
WhatAppの創業者たちは、ユーザーのデータにはまったく関心がないと断言しています。
WhatsAppは、個人情報保護に厳しいヨーロッパはむろん、インドや南米でも人気を呼んでいます。「ソクラテスはネットの無料に抗議する」という本で、個人データと広告が交換されるビジネスモデルの問題を指摘した私としては、ちょっぴり天狗になっています(って、まあ、ほんのちょっと鼻が伸びたくらいの子天狗です)。
フェイスブックやグーグルが買収したがっているというウワサがありますが、いまのところWhatsAppにはその気がないようです。これまでのシリコンバレーの企業は、無料にすることで最初から驚異的に成長し、そのあとで、どう収益を上げるかを考える傾向にありました。が、WhatsAppは最初から収益計画をたてていたし、ビジネスモデルがシンプルなために、エンジニアも50人以下。クチコミでユーザーを増やしており広告費用は一切かかっていない。こういった事情もあり、将来、上場することはあっても、身売りすることはないのでは?・・・と考えられています。
WhatsAppのような新しいタイプの企業が現れる以前に、フェイスブックのビジネスモデルには暗雲が立ち込めるようになっていました。理由は2つあります。1つは、ユーザーの使用媒体がデスクトップ型からスマホやタブレットといったモバイル端末に移行していること。2つ目には、個人情報保護の問題です。個人データを保護しようとするグローバルな動きはもはや止めようもない流れになっており、2番目の問題はとくに深刻です。
まず、最初に、ユーザーのデスクトップ型PC離れと、それに関連して、若者のフェイスブック離れの問題です。
スマホはその小さなサイズのために、フェイスブックに限らず、多くのスポンサーにとって魅力的な広告媒体とはいえません。そのうえ、ウェブブラウザで使うクッキーは多くのスマホでは使用不可に設定されているし、スマホのアプリにクッキーを使うことは技術上不可能。ウェブ上なら、クッキーをつかってユーザーのオンライン上の行動を追跡することで、ユーザーの関心事にあった広告をタイミングよく表示することができる。こういったリターゲティング広告をスマホで採用することは、現在のところ、むつかしい。結果、スマホ広告への需要が低くなり広告料金も安くなる(PCの3分の1から5分の1といわれる)。
スマホは電話をかけたりメッセージ送るという行動志向の媒体であり機能重視の媒体なので、スマホをつかっているときのユーザーは、広告メッセージに注意を払う心理にはないといわれる。だから、PCやタブレットと比較すると、ユーザーがどういった状況下にあるかというコンテクストがより重要になる。たとえば、ゲームをしているときに、ゲーム内容に適した広告を出すのはコンテクスト的に適切かもしれない。また、GPS機能をつかってロケーションを限って、その場所に関係ある広告を表示するのも、コンテクスト的に適切かもしれない(とはいえ、消費者は、ときと場合によって、自分のモバイル媒体が自分がどこにいるかを教えるトラッキング機能を提供していることを思いだし、プライバシーを侵害されているとイヤな気持ちになることもあります)。
つまり、消費者の使用媒体がデスクトップ型PCからスマホに移行することは、フェイスブックのようなソーシャルメディアには不得意な環境に移ることを意味する。同じソーシャルメディアでも操作も機能もシンプルなツイッターとかFoursquareのようなメディアなら移行はスムーズにいく。LINEやWhatsAppのようなインスタントメッセージ用アプリにも有利な環境となる。
若者のPC離れとともに、フェイスブック離れも懸念されています。
米国の10代の若者にとって、フェイスブックはもはやクールではない。「メンドクサイ」メディアになってきているとする調査結果もあります。投稿した内容を友人や両親が見る可能性が高く、あとでなんだかんだと言われる。フェイスブックにはプライバシーがないとストレスをかかえる若者が増えている。こういった点は、日本でも、上司に友達申請され、しぶしぶ承知したけど、「いいね!」をつけられるたびに監視されているような気がして、ストレスを感じるようになったという社会現象に共通するところがあります。ユーザー数が増えすぎたメディアの、ある意味、贅沢な悩みです。
「フェイスブックは上場してから変わった」とアメリカではよく言われます(この言葉のひびきが「あなたは結婚してから変わったわね」に似ているのでちょっと笑えます)。フェイスブックは上場以降、株価の低迷に応える形で広告の威力をあげるために全力をあげています。広告スポンサーの気に入るように、一か月に4本以上買うワイン好きとか、ハワイ旅行の価格をチェックはしたがまだ購買していないユーザーとか、細かい条件でターゲティング広告を表示できる技術を開発しています。でも、その一方で、ユーザーよりも株主のほうに目が向いているのではないかという批判があります。
たとえば、2012年に、フィード購読ボタンを設置すれば、友人にならなくとも多くの人が自分の投稿を読むことができるサービスを始めました。が、2013年になって、フェイスブックは広告を優先して、その分、どのニュース(投稿)を流すかフィルターをかけて選択しているのではないかという疑惑が発生しています。
このように、株主重視、広告スポンサー重視と非難されていますが、フェイスブックはしぶとく頑張っています。この1年は、「モバイルで成功しなければ未来はない」というスローガンのもと、ニュースフィードのデザインをモバイルでも見やすく使いやすいように変更し、スマホ用のアプリも開発しました。2013年3月期の第一四半期の決算では、広告収入は前年同期比で43%の増収。しかも全広告収入の約30%はモバイル広告でした。この決算報告をみて、アナリストや投資家は、「おや、あんがい、やるじゃないか」とフェイスブック経営陣を見る目もちょっと変わったようです。
しかし、安心するのはまだ早い。
フェイスブックが今のビジネスモデルを続けることへのもっとも大きな障害は、ヨーロッパを中心として厳しくなっている個人データ保護の問題です。もちろんグーグルにとっても重要な問題で、両社ともに、すでに、いくつかの国でプライバシー規約の書き直しを命じられたり、個人データ保存期間に制限を設けられたり、米国で提供している機能の削除を命じられたりしています。
ヨーロッパでは、いままさに、世界で最も厳しいデータ保護法を採用することについての会議が継続審議中です。その法律が通れば、ターゲティング広告を提供するためにウェブ上でトラッキング(追跡)することは、消費者が事前に明示的に同意しない限りは禁止されることになります。この法律は、また、ヨーロッパの消費者に、新しい基本的権利としてデータポータビリティ(個人の投稿や写真や動画を一つのオンラインサービスから他のサービスに簡単に移すことができる権利)を授けることも含まれます。
つまり、この法律は、サービスを無料で提供する代わりにユーザーにターゲティング広告を出すことで収入を得ているグーグルやフェイスブックのビジネスモデルを無用化してしまうのです。
米国企業や広告会社がヨーロッパでの法規制の成立を妨げるためのロビー活動を展開するなか、2013年1月にスイスで開催された世界経済フォーラム(通称ダボス会議)で、個人データ保護に関するまったく新しい方向性をしめす提案が発表されました。
ビッグデータの時代に沿った新しい考え方です。
ビッグデータ環境においては、これまでのように企業が個人データを収集すること自体に制限をかけようとしても無理。そうではなくて、そのデータがどう使われるかに焦点をあて、自分のデータの利用について個人みずからが選択権を行使できるようにすべきだと提案しています。
30年前に個人情報に関する原則がつくられたときには、個人が調査に答えたり会員登録したりとか、書類に自ら記入することでデータは収集されました。が、いまでは、ウェブ上の行動データが自動的に収集され、ケータイのGPS機能によってローケーションデータが集められる。厖大な量の個人データが、人間の介在なしに、M2M(Machine to Machine)、つまりコンピュータ間で収集・交換されるようになっています。
70年代のコンピュータシステム環境における個人情報保護とは、データが収集される時点で個人が規約に同意するかどうかにあった。だが、どういったデータが収集されるかわからないビッグデータ環境では、こういった手法はもはや適切なものではない。また、テクノロジーの発展によって、データは分析・加工されて新しい情報を提供するようになる。収集される時点で、データの利用について同意をしたとしても、そのデータが隠しておきたい情報に変身する可能性も考えなくてはいけない。
たとえば、個人の識別ができない非個人情報だと思われていたデータでも、複数のデータを組み合わせると個人の識別ができるようになる。米国のDVDレンタルやオンライン映画配信をしているNetflixが、顧客のし好にあった映画をレコメンデーションするアリゴリズムのコンテストを2006年に開催したとき、テストデータとしてユーザーの購買履歴データを匿名化してコンテスト参加者に提供した。ところが、テキサス大学のグループがこのテストデータを分析することにより(オンライン上の行動をパターン化することにより)、一部の個人を特定することができた(結果、プライバシー侵害で会社は訴えられ、その後、このコンテストは中止になった)。
経済フォーラムが、消費者みずからが個人データ利用についての選択権を行使するためのひとつの方法として推薦しているのは、「パーソナルデータ保管庫」の利用だ。その保管庫にデータを集合し、保存し、自分のデータを欲しがる企業とは安全にシェアし、データ価値に見合った報酬を得る(パーソナルデータ保管庫については、「ソクラテスはネットの無料に抗議する」で具体的に説明しています・・・と、さりげなくというかあからさまに宣伝する)。
マイクロソフトは、広告収入に頼るグーグルやフェイスブックとは異なり、世界経済フォーラムで提案された方向性に強く賛同しています。すでに、Window 8に搭載されたExplorer10では、Web上の行動追跡拒否の意思を示す「Do not track」機能をデフォルトで有効にしています。マイクロソフトCEOのシニアアドバイザーは「プライバシー問題をかかえる現在のビジネスモデルは、個人情報保護の観点やテクノロジー上の観点からも、存続することはできないと考えています。新しいモデルが必要です。データの収集や保存を管理(コントロール)しようとするのではなく、その使用を管理することに移行すべきです」
消費者みずからが自分の個人データの使用を管理するという点からいえば、グーグルはフェイスブックより有利な立場にあります。検索データをつかって広告を出すということに限っていえば、こういった使用方法に同意する消費者はかなりいることでしょう。だから、グーグルはこういった使用方法に限れば、データと広告を交換するビジネスモデルを続けていくことはできる。しかし、ソーシャル(交際)な活動の中で発信されたデータと広告を交換することには賛同できない消費者が多いのではないでしょうか? いっそのこと、WhatsAppのように料金を徴収する。あるいは、パーソナルデータ保管サービスをフェイスブック自らが管理し、その管理料を消費者からとる・・・こういった方向性に向かわざるをえないのではないでしょうか?
フェイスブックの2012年度の広告収入は約43億ドル。そして、アクティブユーザー数は約10億人。年間8ドル徴収すれば、ユーザー数が半減するとしても40億ドル。広告販売しなければ、それだけ業務がシンプルになるので、人件費も減り、十分の利益が出ることでしょう。問題は、ユーザー数が減ることに経営者が耐えられるかどうかです。「アラブの春」を体験し(実際には、春じゃなくて冬の終わりくらいでしたが)、自分たちが世界に民主主義を広めることができるという高揚感を体験した経営者としては、有料にすることで世界中のユーザー数が減ることには大きな心理的抵抗を感じるかもしれません。
参考文献:1. Microsoft Debuts New Commercials on Privacy, With Google in the Crosshairs Bringing up Privacy to Draw a Distinction With Rival, AdvertisingAge 4/22/13, 2.Microsoft wants new model for online privacy, says current one'can't survive', Geekwire 3/7/13, 3. Firms Brace for New European Data Privacy Law, The New York Times, 3/13/13, 4. Google and Privacy: European Data Regulators round on Search Giant, The Gurdian 6/20/13, 5. Rise of WhatsApp could Slow Facebook's Quest for Mobile Growth,AdvertisingAge 6/10/13, 6.Facebook Still Seems On Track To Disappear in 4 Years From Now, Forbes 6/6/13, 7.Mobile Ads Help Propel Earnings at Facebook, The New York Times, 5/1/13, 8.Teens Tire of Facebook, but not enough to log off, Time 5/25/13, 9. Smartphone Ads and Their Drawbacks, The New York Times 9/15/12, 10, Disruption: As User Interaction on Facebook Drops,Sharing Comes at a Cost, The New York Times 3/3/13, 11. Facebook vs Twitter, Want Your Feed filtered or Unfiltered? Bloomberg Businessweek 3/8/13, 12, Mobile marketers race to offer true smartphone regargeting, Retargeting News 6/26/12
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