ブランドと感情と記憶 Feed

2007年11月17日 (土)

あの世の完璧な世界 (ブランドと感情と記憶No.9)

 完璧なブランドの実例を挙げるとしたら、2000年もの間、世界中で多くの信者(ファン)を維持してきた世界宗教しかない。

 ・・・ということで、「五感刺激のブランド戦略(ダイヤモンド社)」に基づいて、世界宗教がもつ10の構成要素のうち、5つまでを紹介した。

 その続きを書きます。

6.完璧であること

  世界宗教は完璧ではない。歴史をふりかえれば、聖職者や宗教団体の堕落や権力闘争はどの宗教にもみられる。だが、宗教は完璧な世界を約束してくれる。

 死んでからのことだけど・・・。

 通常、宗教は、神の(あるいは仏の)教えに従った人生をおくれば死後には完璧な世界である天国に住めることを約束する。そして、信者はその約束を信じて生きる。

 「五感刺激のブランド戦略」の著者マーチン・リンストロームは、ブランドは「消費者が完璧な世界であると考えるものを実現してくれる製品でなくてはいけない」と書いている。つまり、この製品を買えば(使えば)自分が夢見る世界が実現できると信じさせてくれるものでなくてはいけないのだ。

 ルイヴィトンやエルメスのバッグを持てば、自分が憧れるセレブの世界に近づける・・・そう信じれば、数十万円の値段は高くない(って、どう考えても、やっぱり高いでしょう)。昔の男たちは、かっこいい自動車を運転すれば女にもてると信じていた(最近はそんなことはありえないと悟ったようで、自動車はセックスとは無関係な製品になってきたようだ。これは、消費者と製品との感情的結びつきが減少していることであり、ブランドとしては危険な現象です)。

 現世において完璧な世界を提供できると考えてつくられたブランドもある。たとえば、ディズニーランド。ミッキーマウスがユビキタスに存在しているパーク内に入りさえすれば、そこは夢がかなう魔法の国。いま話題の三次元仮想世界のセカンドライフも完璧な世界を現世で提供する。その世界に入れば、自分のなりたい人間になれ、好きなビジネスやプロジェクトをはじめ、音楽や映画やロケットをつくり、仮想セックスを楽しみ、空を飛ぶこともできる。

 セカンドライフを創造したリンデンラボの創業者のフィリップ・ローゼンデールは興味深いことを言っている。「セカンドライフでは、最初の日から、あなたが欲しいもの何でも手に入れることができる。肝心なことは(セカンドライフの世界で)明日から何をするか・・・だ」。完璧な世界を一度経験してしまうと、その完璧性にかげりがさす。経験前に認識していた価値を維持することはむつかしい。セカンドライフの定期的利用者が登録者の数%に過ぎないのは、完璧な世界を手に入れた後、何をしてよいのか途方にくれるからだろう。

 世界宗教がこれほど長い間存続できた秘密のひとつは、完璧な世界を現世で提供しないからかもしれない。天国は、現世では手にとどかない世界だ。手に入らないからこそ、信者はずっと信者であり続ける。ブランドも、手に入らないからこそ、夢のブランドであり続ける。

 だからこそ、シリーズ第4回で書いたように、過去の記憶を思い出させてくれる商品は長寿ブランドになれるのだろう。だって、過去にあった出来事は絶対に二度と手に入れることはできないから・・・。そして、桑田佳祐が「明日晴れるかな」で歌ったように、「・・・在りし日の己れを愛するために、想い出は美しくあるさ・・・」。つまり、二度と手にすることができない過去はいつも完璧に美しい世界として思い出されるのだ。

7.感覚訴求

 宗教体験は五感を刺激する。

 天にそびえるゴシック教会のような宗教的建造物(視覚)、寺の線香の匂い(嗅覚)、読経や鐘、太鼓の音(聴覚)、そして数珠をまさぐる皮膚感覚。味覚はどうだろうか? キリストの血と肉とみなしてワインとパンを口にするカトリック教会はともかくも、仏教体験は味覚を刺激するだろうか? 仏教行事それぞれに、餅、酒、甘茶とか関係する飲食物はあるけれども・・・。

 密教の流れをくむ天台宗や真言宗で、護摩焚きをして燃える炎とリズミックに鳴らされる太鼓や鐘、お坊さんたちのお経の唱和をきくと、心がざわつき、原始的魂が鼓舞される思いがするものだ。密教のお経の唱和には独特の波動があると感じる人も多い。

 五感刺激はユニークな感情経験に導いてくれる。

8.儀式

 宗教に儀式はつきものだ。日本における仏教は、その教えを信じるひとは少なくても、葬式という儀式に使われることで社会に残っている状況にある。

 バレンタインにチョコレード、エンゲージリングにはダイヤモンド、祝い事にシャンペン、フランス料理でも「とりあえずビール」・・・・って、これは儀式じゃないかも。 いずれにしても、儀式につきものと思われるようになればシメタものだ。が、ここに挙げた例は、特定のブランドの売上には結びつかない。

 2002年ごろ九州の学生たちからクチコミで広まったとされる、受験戦争にキット勝つ「キットカット」。偶然とはいえ、毎年繰り返される儀式に関連づけられるようになったことは、ネスレにとっては超ラッキー。ということで、柳の下にどじょうで、他にもゴロ合わせがつくられるようになった。「受かーる」で明治の「カール」。笑えるのが、ロッテの「コアラのマーチ」で、「寝ていても落ちない」。

 東京タワーがライトダウンする瞬間を恋人といっしょに見ると幸せになれるという最近の都市伝説が流行らせた儀式は、東京タワーというブランドを有名にした。でも、売上にはつながらない。だって、タワーを一望できるところからいっしょに眺めるってことは、入場券を買わないってことだよね?

9.シンボル

 ルイヴィトンやシャネルとかになると、ファンはそのロゴのついたバッグを持ち洋服を着る。自ら宣伝媒体になってあげているというのに、お金をもらうどころか大金を払う。お人よしのバカ、アホ、アンポンタン・・・としか言いようがない。でも、まあ、ブランド・シンボルもそこまでくれば立派なもんです。

10.神秘性

 仏教のなかでも密教である真言宗とか天台宗になんとなく魅了されるのは、また、アメリカのセレブがチベット宗教に魅了されるのは、やっぱり、この神秘性でしょう。神秘的であればあるほど、消費者の好奇心は刺激される。

 在任期間が戦後歴代3位で平均支持率第1位に輝いている小泉元首相を首相ブランドとしてチェックしてみる。10の要素のうち、1)明確なビジョン、2)敵からパワーをもらう、3)真正さ(金銭に関する悪いウワサが出なかった)、4)一貫性・・・とそろっている。

 5)感覚訴求や6)シンボルもOKだろう。

 アメリカのエスクァイア誌はファッショナブルでインテリな若いエグゼクティブが読む雑誌だが、小泉元首相はこの雑誌の2005年の世界のベストドレッサー12位に選ばれている。これは、アジア系の男性としては最高位だ。選んだ理由として「彼が何を言っているかはさっぱり理解できないし(日本語だからわからないという意味)、あのヘアスタイルはいまいちだけど、だが、国家元首としてはジョン・F・ケネディー大統領以来のベストドレッサーだ」ってさ。日本の首相として国際社会で視覚的にアピールできたのは小泉クンが初めてだよ。それに、ライオンヘアーが立派なシンボルにもなっている。

 そのうえ、バツイチ独身でファーストレディーがいなかったぶん、私生活もなんとなくベールに包まれていた。ワンフレーズと批判されたけど、べらべら喋らなかったぶん、7)神秘性があった。

 というわけで、首相ブランドとして、小泉純一郎氏は10要素のうち7要素を持っていたことになる。これはやっぱり、歴代第1位だろう。

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参考文献: 1. Annalee Newitz, Your Second Life is Ready, Popular Science, 2005

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2007年11月10日 (土)

宗教は究極のブランド (ブランドと感情と記憶NO.8)

 ブランド関連の本を読んでいると、いつも眠くなる。

 ブランド・シンボルとかブランド・プロミスくらいはまだ理解できるが、ブランド・エッセンスとかブランド・パーソナリティとか書いてあると、頭にカスミがかかってくる.「ブランドシンボルフレームの体系化」なんて言葉が登場すると、完璧に脳が麻痺してくる。

 ブランド・マーケティングを理論化する試みにおいて、なぜ、こうも抽象的なくせにやけに複雑になるのか? なぜ、ブランド構築する作業が無味乾燥でつまらないものに思えてくるのか? 

 だいたいにおいて、ブランドとかヒット商品開発に関してのハウツー本が役に立つとは思えない。新商品をつくるための10か条とかあって、ターゲット顧客を変えてみるとか形を変えてみる・・・とか列挙される。そして、それぞれにおいて成功した商品名が具体例として挙げられる。

 でも、・・・それぞれの条項に失敗例も挙げることができる。

 つまり、マーケティングの歴史をひもとけば、同じようなことをして失敗した例もあれば、それと反対のことをして成功した例もあるのだ。

 機能を増やして成功したケータイもあれば、機能数を減らして成功したケータイもある。色をとって無色にして自然や健康を強調して成功した清涼飲料水もあれば、「ただの水みたいじゃん」とかいわれて失敗した清涼飲料水もある。

 だから、マーケティングの本で、成功するための10か条とか、ヒット商品をつくるための5か条とか書いてある本は、買わないほうがよいのだ。

 そう断言しながら、私はいま完璧なブランド10か条を紹介しようと考えている。

 ウソつき!

 だいたい、この世に、完璧なブランドなどないぞ!

 でも、あった。

 世界宗教。

 「五感刺激のブランド戦略(ダイヤモンド社)」の著者マーチン・リンストロームは、古今東西において究極のブランドは世界宗教である・・・と書いている。

 自分が翻訳した本だから賛成するわけではないが、世界宗教を完璧なブランドとみなすことは正しいと思う。なぜなら、キリスト教、仏教、イスラム教などは二千年前後の歴史をもち、世界中に信者(ファン)がおり、そのなかには熱狂的すぎる信者もいる。寿命の長さやファンの数からいっても完璧なブランドであろう。世界宗教を支える10の条件全部でなくても、そのうちのいくつかを備えていれば、グローバルな長寿ブランドになれること間違いなしだ。

 ・・・ということで、マーチン・リンストローム推薦の10の条件に従って、ブランティングについて考えてみる。

1.帰属意識

 どの宗教も共同体意識を育成することで強くなる。ユーザー同士が同じ共同体に属しているという意識が強いブランドの例として挙げられるのはハーレイダビッドソンとアップルだ。もっとも、アップルはiPodやiPhoneのヒットにより、従来の教育やデザイン分野で働くハイテクに精通した顧客以外にも、学生や一般サラリーマンのユーザーがふえた。顧客ベースの多様化と急激な膨張により、この共同体意識が薄れてきている。よって、ユーザーは以前ほどにはアップルという企業が犯す間違いに寛容ではなくなっているとビジネスウィークは報告している。

 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を支援する企業サイトは、購買者に帰属意識をもたらすことがひとつの目的だ。ゲーム機器というかゲームソフト購買者にも帰属意識があるといえるだろう。

 帰属意識が強ければ、かつてのアップル信者と呼ばれた忠実な顧客たちのように、ちょっとくらい欠陥があってもちょっとくらい使い勝手が悪くても辛抱強く改善されるのを待ってくれる。それどころか、どうやったら改良できるのかいっしょに考えてくれたりもする。

2.目的意識をもった明確なビジョン

 自分が信じている神の教えを布教するために、宣教師たちはどんな危険な地にも出かける。通常は、ビジョンの御旗をかかげ先頭にたつ指導者を必要とする。アップルのスティーブ・ジョブズとかヴァージン・グループのリチャード・ブランソンとか・・・。だが、多くの場合、ビジョンは、創業者が亡くなるとともに、消えていってしまう。ソニーのように・・・・(ごめんなさい! ソニー精神の復活を期待しています)。

 トヨタは、ビジョンの作り手や担い手に一人の人物を特定できない珍しい例だ。イエス・キリストの死後も、その教えをまとめた聖書をよりどころにして広がったキリスト教のように、トヨタの生産方式は「カンバン」や「カイゼン」といった名称で世界中に広がっている。

3.敵からパワーをもらう

 キリスト教とイスラム教は、互いに争うことによって強烈なパワーを得てきた。同じ世界宗教でも仏教が二者ほどにパワーがないのは、敵がいないからだろうか? 敵がいることによって、社内がまとまり一丸となってビジョンを達成しようとする。コカコーラにはペプシ、マイクロソフトにはアップル。日本では、アサヒに市場シェアをとられて俄然がんばったキリンビール。敵をつくることで総選挙に勝った小泉前首相(おっとぉ~、関係なかったですね)。

4.ホンモノ 

 Authenticityという言葉を、「五感刺激のブランド戦略」では、「真正」と訳しました。疑いの余地などまったくなく本物だと信頼できること・・・300年近い歴史があるという「赤福」さえウソをつくとなると、このくらいしつこく定義しなくてはいけない。

 いつの時代でも、エセ新興宗教が登場しますが、長続きするものはほとんどない。ホンモノだけが歴史による淘汰を生き延びるのだ。

 つい最近、「Authenticity」というタイトルの本がアメリカで出版された。日本でもベストセラーになった「経験経済(ダイヤモンド社)」の著者B.J.パインとJ.H.ギルモアの書き下ろしだ。まだ読んではいないが、紹介文によると、「顧客は、世界をホンモノかニセモノかで見分けるようになっている。ホンモノかどうかは、価格や品質と同じくらい、重要な購買判断の基準になっている」そうだ。

5.一貫性

 これは言うまでもありません。企業が発するすべてのメッセージの内容に一貫性があり、企業が送り出すすべての印刷物やすべての広告物において、ロゴ、色、シンボル・・・すべてに一貫性があること。

 えー、今回は5か条で終わりです。

 残りは次回に・・・(ブランドと感情と記憶シリーズ第9回に続く・・・・)

Ilm05_cb10029s_2 独断度100%のコメント

広告製作者さんたちは、ブランドエッセンスとかブランドパーソナリティとかよーくわかっていて、広告のターゲット消費者や制作意図とかについて理論的かつ雄弁に物語ることができる。先日、ネット広告で賞をもらったというクリエイターさんの話を聞く機会があった。そしたら、年齢が若干若いだけで、テレビや紙媒体の広告をつくる制作者さんたちと同じように、どうしてこういう広告をつくったかをカッコよいノリで話された。

 でも、なんだか軽い。

 この人は、自分のフィーリングや消費者のフィーリングを基準にして広告を作っているのではないかと思った。

 ブランドと感情と記憶シリーズ第6回に書いたように、消費者(人間)の心の奥にある無意識の感情(情動、emotion)と、表出した意識できる感情(feeling)とを混同してはいけない。表面に出てきている感情(feeling)だけに目を向けて広告をつくっても、消費者の購買決定に与える影響力は小さい。また、消費者の無意識の感情を意識はしていても、自分自身のフィーリングを基準にしている限り、同じく、影響力のある広告はつくれない。

 制作者だけではない。クライエントである企業の担当者で、若者をターゲットとする広告はフィーリングが大事だと考えているひともいる。敢えていわせてください。若者だって、いや、若者であるからこそ、表に出てきてはいないemotionに(自分では気づくことなく)突き動かされて行動しているのです。

 消費者のフィーリングや自分のフィーリングを基準にして広告をつくっていては、長寿ブランドになる可能性がある商品も早死にしてしまいます。

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参考文献: 1. Louise Lee, et al., A Bruise or Two on Apple's Reputation, Business Week 10/22/07

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2007年11月 2日 (金)

世代を超えるメガブランド (ブランドと感情と記憶No.7)

 世代別マーケティングという言葉はよく耳にする。日本ではとくに定年後の団塊の世代へのマーケティングに注目が集まっている。なんてったって人数が多い。お金もある程度持っているし・・・。

 だが、世代ごとに異なるビジネス・チャンスを見つけようとするのではなく、異なる世代に共通点を発見しようとする研究もある。

 ハーバードビジネスレビュー(2007年7-8月号)に発表されたいたもので、要約すると・・・・

  1. アメリカの歴史においては、1620年に清教徒がメイフラワー号で渡ってきてから今日まで、19の世代が存在した。
  2. 各世代を家族、文化、価値、リスク、社会活動に対しての態度によって性格づけをしたところ、19の世代を4つのグループ(元型)に区分することができた。
  3. 各元型に、その特徴によって「預言者」「放浪者」「英雄」「芸術家」という名前をつけた。ちなみに、日本でも知られている「ベビーブーマー世代(1943-60年生まれ)は「預言者」で、その次の「X世代(1961-81年生まれ)」は「放浪者」となっている。
  4. 最初の「清教徒世代 (1588-1617年生まれ)」から今日まで、一回の例外を除いて、世代の元型の順番は同じだった。つまり、ヴィジョン、価値、宗教といった言葉に象徴される「預言者」世代のあとには自由、生存、名誉に象徴される「放浪者」世代が、そして、「放浪者」世代のあとには共同体、富、テクノロジーに象徴される「英雄」世代が続く・・・ということだ。

 先行する世代の特徴への反動の形で次の世代が生まれる。つまり、子供は親を見て育ち、その親に反抗する形で大人になる。人間は自分が属する世代によって性格づけられるのではなく、二代前の世代によって形作られた一代前の世代によって性格づけられる。だから、元型の順番が変わらないのは偶然ではない・・・と研究者は分析している。

 研究者たちは、たとえば以前の「放浪者」世代の20代のときの態度や行動を調べ、それが40代、60代とどう変わっていくかを見れば、いまは二十代の「放浪者」世代が40年後に、どういった言動をとるようになるかが予測できると考えている。

 将来の社会傾向を予測する興味深い方法だ。

 しかし、この研究内容を紹介した理由は将来予測のためではありません。

 時代は変わっても、人間(消費者)は「異なっている」というよりは「似通っている」・・・ということを証明する根拠のひとつとして紹介したのです。

 シリーズ第六回にも書いたように、消費者は水平的(グローバルな)観点からも、互いに類似している。そして、垂直的(歴史的)観点からも・・・。

 ブランド戦略において「選択と集中」が合言葉のようになっている。ブランドを取捨選択して、マーケティング投資を限られたブランドに集中する。こういったメガブランドは、消費者に多様性をみるのではなく、世代を超え国を超えても変わらない共通性をみることによってしか生まれない。

 人間である消費者が共通して持っている心の奥深くにある感情(emotion)にアピールすることなしに、メガブランドになることはできないのです。

           (ブランドと感情と記憶シリーズ第8回につづく・・・・・)    

Ilm05_cb10029s_2独断度100%のコメント

 日本の消費財メーカーや小売業は消費者に「バラエティにとんだ、価格の割には高品質な商品」を提供する競争を展開してきた。その結果として、高級ブランドを除いては、外資は「厳しい日本市場」でシェアを獲得できずあえなく撤退。つまり、日本企業は、些細な点で差別化された商品を販売し続けることによって、外資を日本国内から排除することに成功してきたわけです。

 だが、国内市場における熾烈な競争は日本の消費財メーカーや小売業に(欧米企業に比べて)格段と低い純利益率をもたらこととなり、脆弱な財務体質は海外への積極的投資を遅らせる原因となっている。(野村證券の報告書をみると、2004年度においても、日本の主要企業のROEは6~7%、かたや、米企業は16%を超え欧州企業は14~15%です)。

 日本市場がアメリカについて第二位の消費大国であったときは、それでよかった。でも、少子化の進むなか、国内需要だけに頼るわけにはいかないでしょう。

 日本のメーカーは、消費者に奥深い感情(emotion)ではなく、表出した感情(feeling)にあった商品を次から次へと販売してきた、以前にも書いたことですが、日本の消費者(人間)が新しモノ好きで気うつりしやすいとしたら、それは、日本のビジネスマン(人間)も同じなのです。

 たしかに文化的に異なる国民性というものがあることは認めます。でも、著名なグローバル・ブランドは変わらない共通点に訴えることによって成功しているのです。たとえば、シャネルやグッチといった高級ブランドは「憧れ」「嫉妬」「プライド」「恥」といった誰もがもっている感情に強烈にアピールします。

 コカコーラはアメリカ固有の文化を強調して成功した・・・ともいえますが、それは、結局は、世界の消費者に共通する「憧れ」という感情に訴えたわけです。そして、アメリカという国がもっているイメージが、「ハッピーで楽しい、楽天的な」感情を喚起するから、世界の消費者がそれに「憧れ」た・・・・わけです。コカコーラのブランド戦略総括者は日経MJの質問に答えて、「(コカコーラが創業120年を超えた今もブランド価値が衰えない最大の要因は)常にハピネスを感じさせる独自の価値観を保持してきたブランドだから・・・」と答えている。

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参考文献: 1. Trond Riiber Knudsen, Confronting Proliferation...in Mobile Communication, The McKinsey Quarterly May 2007, 2.Neil Howe, et.al, The Next 20 Years: How Customer and Workforce Attitudes Will Evolve, Harvard Business Review July-August 2007 3.「 『幸福を感じさせる価値観保持」、日経MJ10/12/07

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2007年10月30日 (火)

似通った消費者たち (ブランドと感情と記憶No.6)

 新商品のヒット率が低くなったころから、「消費者の多様化」とか「個性化」が声だかに主張されるようになった。商品寿命が短くなったころから、「消費者は気まぐれだ」とか言われるようになった。

 ホントかなぁ?

 このさい、ついでに、「日本の消費者は世界一厳しい」というコメントについてもクエスチョンマーク(?)をつけておこう。

 日本市場で失敗した外資は、「世界一厳しい日本の消費者」と、きまったように言う。たとえば、進出して4年で日本市場から撤退していったフランスの大手小売業カルフールとか、西友を完全子会社化してもなおかつ撤退するかも・・・としつこく言われ続けているウォルマート。

 日本市場でがっぽりもうけているグッチとかエルメスとかルイヴィトンの経営者は、日本市場は厳しいなんて一切口にしない (スーパーと高級ブランドをいっしょくたにするな!っていう反論はあえて無視)。

 「日本の消費者は世界一厳しい」・・・・・・失敗したことへのたんなる言い訳じゃないかぁ? 

 ハーバード大学のジェラルド・ザルトマン名誉教授は、消費者の深層心理を探るために独自開発した調査手法を、アメリカ、英国、日本、中国を含めた10余国の市場で実際に使ってみた。その結果として、「心の奥深くを探れば、非常に異なった人々が実は多くの共通点をもっていることに驚きます」と語っている。

 「・・・表層レベルの調査法によって浮き彫りになる、消費者間で異なる思考や行動は、多くの場合、深層レベルでは消費者間に共通した特性を有している。こうした深層レベルで共有される特徴は、消費者行動に大きな影響を与え、時間がたってもほとんど変化しない」・・・・これは彼の著書「心脳マーケティング(ダイヤモンド社)」からの引用だ。

 新商品を開発するようなときには、こうした深層レベルにおいて消費者間に見出される共通項を基準にすべきだと、教授は続ける。

 以上のことを、「ブランドと感情と記憶シリーズ」の話の流れにそって書き直してみる。

 人間(消費者)の意思決定には、感情や記憶をつかさどる大脳辺縁系が大きな影響を与える。古い脳である大脳辺縁系は、人間の行動の方向づけをする欲求、動機、感情、ムードなどが喚起される場所だ。

 英語では、大脳辺縁系で喚起される感情をemotionとし、表に出てきた感情をfeelingとして区別する。Emotionはfeelingを含めて四つの形で表出される。

  1. 感情(feeling)。Emotionの意識的体験。
  2. 笑顔、泣き顔といったような顔の表情。あるいは、声のトーンや震え、動作や姿勢に表現される反応。
  3. ある種の感情に特定される一定の行動。たとえば、怒りは攻撃行動を、恐怖は逃避行動を喚起する。
  4. 恐怖を感じたときに汗をかいたり動悸が激しくなったりするような生理的変化。

 最近、人間の感情をコンピュータが判別する感情認識技術をコールセンターなどで試験運用し始めたという。たとえば、声のトーンや震えを声帯の周波数でチェックして喋っている人間の感情内容を数値化する。あるいは、顔の表情から客のいまの気分を見極め、それによって音声や画面上のコピー内容を変えるATM・・・いずれも、表に出た感情反応から内なる感情を判断しようとする試みだ。

 英語のemotionを「情動」と訳し、feelingを「感情」と訳しているのをよく見る。だが、emotionと日本語本来の「情動」の意味とは少し異なっているらしく、日本の専門家の間でも、訳し方については意見が分かれるらしい。したがって、内なる感情と表出された感情・・・というような言葉で区別することにする。

 奥深いところにある内なる感情を呼び起こすことができる商品でなければ、長寿ブランドにはなれない。好き嫌いといったような表に出てきている感情(feeling)に左右されて創られた商品は、すぐに飽きられる。

 ある心理学者がこう書いていた。

 「感情には限りがあり、もう新しい感情は生まれることがない」

 目からウロコ・・・・。

 世界中に何十億人いようとも、私たちがもっている基本的感情は、驚き、恐れ、怒り、喜び、悲しみといった限られたものだ。嫉妬や失望といった二次的感情を含めたとしても25種類くらいしかない(ただし、感情の種類については科学者たちの意見はいろいろで合意には達していない)。しかし、事実は、百万年たとうとも、いくら科学が発達しようとも、感情の種類が増えるということはないのだ。つまり、人間(消費者)は、深層心理においては、時代が変わろうと国が変わろうと、それほど異なってはいない。多様というよりは一様に近いのだ。

 もちろん、人間は感情だけで生きているわけではない。げんに、論理的思考をつかさどる進化的に新しい脳(大脳新皮質)は、基本的感情を抑制する作用があることもわかっている。たとえば、感情を余り大きく出すことをタブーとする文化に育てば、表に出てくる感情は国によって、あるいは時代によって異なってくる。

 しかしながら、以前に書いたように、意思決定においては、理性よりも感情が優位にたつことが多いのだ。

 ノキアは2007年初めにグローバル市場を12のセグメントに分けた。世界中からの77000人からなる消費者調査をして、ニーズ、態度、信念、ライフスタイルなどに基づいて12の異なるグループに分け、ターゲット・セグメントごとに適切な商品ポートフォリオを開発するそうだ。

 英国モバイルワールドの調査によると、世界のケータイ電話契約数は2007年末には32億を超え、世界人口の約半分がケータイを所有していることになるという(2007年6月27日発表)。通信サービスのインフラが未完成でケータイを固定電話代わりにつかっている新興国を含めてわずか12のセグメント・・・・これは、消費者の多様化説を否定するものではないだろうか?

   最近よく耳にするメガブランドは、消費者に多様性をみていては創造することはできないはずだ。P&Gは年間売上が10億ドルを超えるブランドをメガブランドと呼ぶ。異なる市場や異なる時代を超えた共通性にアピールしなければ、メガブランドというコンセプトは生まれないはずだ。

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参考文献: 1. Trond Riiber Knudsen, Confronting Proliferation...in Mobile Communication, The McKinsey Quarterly May 2007, 2.ジェラルド・ザルトマン(2005年)「心脳マーケティング」ダイヤモンド社 3.「人の感情を捉えて数値化」日経ビジネス5/7/07

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2007年10月26日 (金)

製品ライフサイクルなど存在しない! (ブランドと感情と記憶No.5)

 製品ライフサイクル理論(PLC理論、Product Life Cycle)はマーケティングの入門書にはいまでも必ず紹介されている。

 製品にも生物のように寿命というものがあって、導入期、成長期、成熟期、衰退期の4段階をへて死にいたる。だから、それぞれの段階にあったマーケティング戦略をとりなさいよ・・・・という考え方だ。

 製品ライフサイクル理論は60年代半ばまでには一般的に知られるようになっていたらしい。現代マーケティングの理論化に貢献したセオドア・レビット教授は1965年、ハーバードビジネスレビューに、ライフサイクル理論に基づいたマーケティング戦略について書いている。

 たとえば・・・・ナイロンは最初は軍事用のパラシュートとかロープ用として使われていたが、その後、女性用のストッキングとして使用されるようになった。カジュアル化が進み素足の女性が増えストッキング市場が衰退期に近づいてきたとき、メーカーのデュポンは、柄模様のついたストッキングやカラフルなストッキングを発売し、製品のファッション性を強調して寿命を延ばした。ストッキング以外にも、タイヤ、衣服用繊維、敷物など、ナイロンの新しい使い道を次から次へと開発していったことで、ナイロンは成長期を持続している・・・・・というぐあい。

 レビット教授は、「商品は自然にまかせれば死んでいってしまうのだから、適切なタイミングで新しい命を吹き込む努力をしなければいけない」と主張するために、ライフサイクル理論をガイドラインとして使ったのだ。

 だが、70年代半ばには、ライフサイクル理論の妥当性そのものについて疑問が出されるようになった。

 1976年には、「PCLなど忘れちまえ!」という論文で、次のような調査結果が発表されている。

  1. 食料品、美容健康関連の100種の商品カテゴリーにおいて、実際の売上とモデルとを比較したところ、PLCの4段階に従う商品はわずか17%しかなかった。
  2. いわゆるブランドと呼ばれる著名商品ではPLCの流れに沿うものはほとんどなかった。

 PLCはマーケティング活動の従属変数であり、マーケティング戦略とか計画に使う独立変数ではない・・・・と論文の著者は結論づけている。

 つまり、自分たちが充分な努力をしなかったために長寿ブランド創造に失敗した。なのに、「どんな商品も死ぬ運命なんだから」と、ライフサイクル理論のせいにすんなよ・・・ということだ。

 PLC理論は、1)新商品をむやみに発売することを正当化し、2)マーケティング努力の欠如を正当化する・・・とまで批判する学者もいる。

 P&Gの最高執行責任者(COO)で日本法人社長の経験もあるロバード・マクドナルド氏は、日経MJとのインタビューで「ブランド育成の秘訣は何か?」と聞かれて「顧客を徹底的に理解することです。ブランドにライフサイクルはありません。常に古くさくならないようによみがえらせ続けることが重要だ」と答えている。

 古臭くならないようによみがえらせる?

 言うは易し行うは難し・・・だ。

 実際のところ、多くの企業は消費者に公表しない目立たない形で商品をリニューアルしている。キリンビバレッジの「午後の紅茶」だって、20周年目に大々的に発表する形でリニューアルする以前に、すでに6度リニューアルしている。伊藤園の緑茶飲料「おーいお茶」も2005年に「16年ぶりの味と香りのリニューアル」とコマーシャルで訴える前に、幾度かマイナーチェンジし、2002年にはパッケージも一部変更している。

 コカコーラが1985年に新しい味のニューコークを新発売して消費者から大ブーイングをくらい、数ヵ月後には昔ながらのクラシックコークを再発売したことは有名な話だ。だが、実は、創業以来クラシックコークの味は何度も微妙に変えられている。

 消費者に気づかれない程度に・・・。

 パッケージとかロゴとかシンボルマークでも、気づかれないよう微妙なレベルで変えられることはよくある。30年前のものと比較して、こんなに変わっていたのだ・・・と初めて驚くことがある。

 そうかと思えば、大々的に鳴り物入りでリニューアルしなくてはいけない潮時というものもある。

 ブランドを若返らせるために定期的にエステを施し、プラセンタの注射をする。場合によっては、シワとりの整形手術をするかもしれない。でも、顔を変えるほどの大手術はいけない。

 「メルセデス・ベンツはメッキの施された重厚なフロントグリル、BMWは縦格子、アルファロメオは逆三角形、プジョーは猫目--。欧州メーカーはクルマの顔を大きく変えない。しかし、日本車のなかには全面改良のたびに『顔』まですっかり変わってしまうモデルが多い・・・・」と読売新聞(10/5/07)に書いてあった。

 「新・車社会論」というタイトルのその記事には、自動車評論家の千葉匠氏のコメントものっていた・・・「ブランドイメージを浸透させていくには繰り返しが大事なのに、日本のメーカーは『昨日とは違うこと』を追求して自ら深みにはまっている」。

 アウディのチーフデザイナーも「新モデルを発売したら7年間は売り続けるのが基本。売れないからとデザインで需要喚起を狙うのは邪道。ブランド価値が高まるデザインを目指している」といっている(朝日新聞10/13/07)

 日本の売り手(メーカー)はすぐに飽きる。

 入社以来ずっと同じ商品を売りづづけていれば飽きてくるかもしれない。同じ広告を制作しつづけるのにも飽きてくるかもしれない。でも、長寿商品のオロナミンCは1965年発売以来、ずっと、広告の基本テーマは「元気ハツラツ」だ。62年発売のリポビタンDは77年からずっと、広告テーマは「ファイト・一発!」だ。

 飽きるということは、その商品への愛着がないということだ。自分が愛着を感じない商品を客に売ることはできない。

 「あなたの手がけている商品は、あなたが死んでも生き続けるブランドになるかもしれないのです」

 商売(あきない)の極意は飽きないことです。

 だいたいにおいて、売り手が主張するほどに、日本の消費者は本当に飽き性なのか?

 ってゆーかぁ・・・、消費者は多様化しているとか、個性化しているというのは本当のことなのだろうか? 

 この点については、次回に考えてみたいと思います。

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参考文献 1.Nariman K. Dhalla, et al, Forget the Produc Life Cycle Concept!, Harvard Business Review Jan-Feb 1976  2.Theodore Levitt, Exploit the Product Life Cycel, HBR Nov-Dec 1965 3.「商品寿命短命のカラクリ」日経新聞朝刊7/5/05, 4.「成果出す業務改革の現場」日経情報ストラテジー11/24/2006, p.178-181 5.「男にも好かれる企業に」、日経MJ8/6/07

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2007年10月19日 (金)

長寿ブランドのヒミツ (ブランドと感情と記憶No.4)

 過去20年近く米国におけるブランド・エクイティ調査を続けているハリス・インタラクティブの2007年度の結果が発表された。39商品分類にわたる1000種のブランドの頂点に立ったのは、1907年生まれのハーシーのキス・チョコレートだ。

  • 総合第一位  キス・チョコレート(発売1907年)
  • 認知度第一位 コカコーラ(1885年)とハインツケチャップ(1875年)
  • 購買意図第一位  クラフト・フーズ(食品メーカーとしては米国ではNo.1。日本でも知られているブランドとしてはオレオクッキー1912年、リッツクラッカー1934年、フィラデルフィアクリームチーズ1880年などがある)
  • ユニーク度一位 自動車のベントリー (1919年)
  • 期待度一位 シアーズのクラフツマン工具(1912年)

 この調査結果で驚くのは、1)食べ物が多いこと、そして、2)100年以上の長寿商品が多いことだ。

 日本で、いまでもマス広告が見られ、ほとんどのスーパーやコンビにで買うことができる、つまり第一線で活躍している「長生き飲食料品」ということになると、明治チョコレート(発売1926年)、江崎グリコのポッキー(1966年)、キリンベバレッジの午後の紅茶(1986年)、ネスレのゴールドブレンド(1967年)など。明治チョコレートを除いては、たかだか40年くらいの歴史だ。

 日本の長生き飲食料品がそれほど長生きでもない理由はあとで考えるとして、まず、最初に、食品に長寿ブランドが多い理由を考えてみる。

 それは、子供のときに食べた食品の記憶はずっと長く保存される傾向があるからだ。

 食べることを五感刺激で考えてみると、主に味覚と嗅覚が関係してくる。だが、「味」の80~90%は「匂い」で作られているといわれるように、カゼをひいたりして匂いを感じられなくなると味さえも感じられなくなって、食欲不振に陥る。嗅覚障害があるために、味覚機能にまったく問題はないのに、味を感じることができなくなってしまうわけだ。

 食べ物を口にすると、食品の化学物質は味覚刺激を受け入れる細胞(味覚受容器)を刺激するだけではない。化学物質は口腔内から鼻に通じる道をとって鼻腔内の嗅覚受容器も刺激する。

 つまり、食べるということは鼻からも口からも嗅覚を刺激するということだ。そして、嗅覚は感情と記憶をつくる古い脳につながっている(シリーズ第三回参照)。

 つぎに、味覚刺激のことを考えてみる。

 五感のなかで、ただひとつ、味覚だけは脳の三つの部分に同時につながっている。食べることは生命の重大事。食べてはいけない毒物、食べられるが体の栄養にならないもの、そして生命の維持に大切なもの・・・こういった区別が常にできるように、どの感覚伝導路が損傷を受けても、予備の経路があるように三つもの伝導路が存在するのだろうと考えられている。味覚は大脳新皮質にも直結しているが、また、嗅覚と同じように感情と記憶をつくる古い脳である大脳辺縁系にも直結している。

 大脳辺縁系では届いた味覚刺激で快・不快の感情を区別する。つまり、毒物を食べて不快を感じたら、それを記憶して、次には食べないようにする・・・・といった大切な任務が実行されている。

 このように、食べ物の体験は記憶されやすく、とくに、子供のころに幸福感を感じた食体験や、あるいは子供のころ繰り返して食べたものへの記憶は長期保存される傾向が非常に高い。そして、子供のころ食べたものを食べれば、その嗅覚と味覚刺激は、子供のころのシアワセ感、愛情を感じた出来事、そんなものを瞬時になつかしく思い出させてくれる。

 だから、姑のつくる「おふくろの味」に嫁は打ち勝つことができないのだ。

 もっとも、共稼ぎ夫婦の増えたいま、「おふくろの味」なんてものも昔話になってきているらしい。

 森永のミルクキャラメルを買う五十歳以上の年齢層が多くなっている。それで、せんべいや和菓子などの売り場にも陳列してシニア層への取り込みに力を入れている・・・という新聞記事があった(日経MJ8/10/07)。団塊の世代が子供のころに食べた森永ミルクキャラメルに懐かしさ感じて購入しているのだ。映画「ALWAYS 三丁目の夕日」がヒットしたのと同じ理由だ。

 いまのシニア層がいくら買ってくれても、この世代が死に絶えてしまえば(ゴメンナサイ!)、森永ミルクキャラメルの売上げはまた下がる。

 団塊の世代が親になっていたころ・・・つまり、いまから三十年から四十年ほど前に、「あなたのお母さんがあなたに最初に食べさせてくれたキャラメル。母親の手作りに近い自然でシンプルなお菓子。それをあなたも自分の子供が食べる最初のお菓子にしたくはありませんか?」という森永ミルクキャラメルの広告宣伝をよく目にしていたら・・・? そこで、また、森永ミルクキャラメルを二十年後になつかしく思い出して自分の子供に食べさせる世代が創られていたかもしれない。

 長寿ブランドを創る問題点のひとつに、ブランドを愛用している消費者が年老いていくことがある・・・というコメントをどこかで読んだ。愛用者が年を取ると商品を使用しなくなる。それが商品の長寿化への妨げになるというのだ。

 このコメントはおかしい。

 新しい世代は常に生まれている。

  森永ミルクキャラメルを食べていた幼稚園児や小学生も、10歳ごろになったら、「ミルクキャラメルなんて子供っぽいもの、食べてらんない!」と、もっと刺激のあるスナック菓子に移っていくかもしれない。でも、キャラメルを口に入れたときの母さんの愛情に包まれていたあの甘いぬくもり。安心感や至福感の記憶はずっと残る。そして、自分が親になった時、それを思い出して、今度は自分の子供に与えるのだ。そして、母親から森永ミルクキャラメルを与えられた次の世代は、自分が親になったらまた自分の子供に与え、そしてまた・・・・。

 でも、大人になって、子供のころのことを思い出すためには、きっかけがいる。

 たとえば、広告・・・。

 「午後の紅茶」が2006年に20周年を迎えるのを機にリニューアルをした。「ヘルシーさを前面に押し出したリニューアルのおかげで、10~20年前に午後の紅茶を飲んでいた現在の中高年層がもどってきてくれた。それが前年比20%の売上げ増につながった」・・という記事があった(日経情報ストラテジー11/24/07)。

 中高年層が戻ってきた一番の原因は、リニューアルそのものではないだろう。リニューアルを機に大々的に宣伝した広告を見た中高年が、自分たちの青春時代のなつかい甘酸っぱい思い出を思い起こしたから、また、購買してくれた。このほうが事実により近いはずだ。

 長寿ブランドは世代から世代へと伝えられる商品だ。

 だから、売り手企業は、これはと思った商品が忘れられないように、定期的に広告宣伝活動をしなくてはいけない。消費者が買いたいときに店舗で見つけられるようにしておかなくてはいけない。常にマーケティング投資を怠ってはいけないのだ。

 日本の消費者は新らしモノ好きだというコメントは、そっくりそのままメーカーの経営者、マーケティング担当者にお返ししたいと思います。

 新しモノ好きで飽き性なのは売り手も同じだ。

 日本の売り手は飽き性で新しモノ好きだ。ちょっと売上げが落ちてくると、商品ライフサイクルの成熟期から衰退期に入ったとしてマーケティング投資を減らす。

 商品も生物と同じようにいつかは衰えて死ぬ・・・というライフサイクル理論は間違っている。P&Gの最高執行役員も2007年に日経MJのインタビューに答えて「ブランドにライフサイクルは存在しない」と断言している。(ライフサイクル理論の間違いについては、次回に書きます)。

 商売(あきない)は飽きないこと・・・という昔からの言い伝えは、けだし名言だ。

 売り手自身が同じものをつくって同じものを売るのに飽きる。同じ広告を掲載することに飽きる。そして売上げが下がると、消費者が飽きてきているとして、商品を「変える」ことを正当化する・・・・・これが長寿ブランドができない最大の原因だ。

 問題は、消費者側にあるのではなく、売り手側の心理にあるのです。

         (ブランドと感情と記憶シリーズ第五回に続く・・・・・・)

Ilm05_cb10029s_2独断度100%のコメント

 森永ミルクキャラメルさん、たまたま、新聞に記事が載っていたということで、あなたを実例として全面的に取り上げてしまいました。ゴメンナサイ。でも、1900年に発売されたあなたは、マーケティング投資が定期的に繰り返されていたならば、ハーシーのキスチョコレートのように、いまでも、ブランド・エクイティ調査でかなり上のランクに入っていたはずです。それだけの資格が充分ある素晴らしいブランド商品です。

 もっとも、ランクの順位では、チョコレート人気に後押しされている明治の板チョコには負けてしまうかもしれませんが・・・・。

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2007年10月15日 (月)

五感刺激は泣ける!(ブランドと感情と記憶No.3)

 夏の日の忘れられない思い出・・・・。

 沈む夕日を背に二人で歩いた砂浜。近くのホテルのプールサイドから流れてくるサザンの曲。・・・そして、突然の別れ話。

 号泣weepweepweep

 非常に感情的な出来事の場合、いつ、どこで、何が・・といった事件の詳細と、そのとき経験した感情と二種類の記憶ファイルがつくられる。

 記憶ファイル=情報ファイル(海馬)+感情のファイル(扁桃体)

 情報ファイルをつくる海馬も、感情の記憶ファイルをつくる扁桃体も、どちらも二億年前にさかのぼる古い脳に位置する大脳辺縁系にある (タツノオトシゴの形をしているので海馬と呼ばれ、アーモンドの形をしているのでアーモンドの和名である扁桃という名前がついている)。

 情報だけのファイルは消滅しやすいが、強い感情を伴っている場合は、長期的保存に耐え、ちょっとしたきっかけ(キュー)で検索される。たとえば、五感のうちのひとつが刺激されることによって、ファイル検索が始まる。よくあるのは聴覚への刺激。サザンオールスターの曲が流れてくると、突然、二十年前の「あの海辺でのひと夏の恋の終わり」が思い出される。

 同じような感情の体験も過去の同じような感情経験の情報ファイルを検索するきっかけとなる。たとえば、恋愛映画を見ていたら、ボーイフレンドに捨てられた主人公が号泣する場面。その主人公に共感したら、自身の過去の失恋体験を思い出して自分もweepweepweep

 強い感情を伴う体験の記憶の仕組みがわかったとして、ブランドづくりにそれをどう利用したらよいのか? 

 ・・・・えっとぉ、その前に、五感の話をしてみます。

 五感には、聴覚、視覚、嗅覚、味覚、そして皮膚感覚がある。

 皮膚感覚の代わりに触覚を使うことが多いようだが、触覚は、温覚、冷覚、痛覚といっしょになって皮膚感覚をつくっている。歌手のマドンナが来日して、新聞か雑誌のインタビューに答えて、「トイレに座って便座が温かいと、ああ、日本に来たんだ」と実感すると言っていた。日本で普及しているウォシュレットのことを指しているのだ。温覚も想起を促す重要な感覚刺激のひとつだから、無視してはいけない。

 (ウォシュレットはTOTOのブランド名でジェネリックネームにまで昇格したものだが、この間、これをITトイレットと呼ぶアメリカ人がいた。けっこう、いける名称だ)。

 五感のうちでも嗅覚への刺激によって思い出される記憶は、他の感覚刺激によって思い出される記憶よりもより鮮明でより感情的であるといわれる。なぜなら、五感のなかで嗅覚だけが、感情と記憶に関係する大脳辺縁系に直結しているからだ。まず古い脳に刺激を伝達し、その後で、他の感覚と同じように大脳新皮質のほうに刺激を送る。

 その理由は・・・、二億年前に登場した原始的哺乳類は夜活動する夜行性。したがって、自分を守るためにまず最初に必要としたのが視覚ではなく嗅覚。敵を察知したり食物を手に入れるために大切な感覚だったのだろう。だから、嗅覚が最初に発達し、古い脳である大脳辺縁系につながった。

 そして、その場所は、感情と記憶に深く関係する場所だ。

 長寿ブランドに食品が多いのは、嗅覚が大いに関係してきます。

 この話は次回に(ブランドと感情と記憶シリーズ第四回に続く・・・・)

Ilm05_cb10029s_2トレビアかもしれないけど「話のネタになるかも」エピソード

 いまワイドショーで話題のスモウが大好きで横綱審議委員をしている内館牧子さんが、朝日新聞(3/6/2006)で、嗅覚と記憶の関係にぴったりの話を披露していた。・・・1963年に半年間の休暇をとってパリでホテル暮らしをしていたとき、和食レストランに入ったら、焼き鳥の匂いが漂ってきた。突然、「もうすぐ夏場所が始まる!」と思い出した。なぜなら、大学生のころ、東京での本場所の最中はほとんど毎日国技館に通っていた。いつも午前6時ごろから配られる整理券を求めて、列に並ぶ。そこに漂っていたのが、鬢付け油の匂いと焼き鳥の匂い。

 パリで焼き鳥の匂いをかぎ、いてもたってもいられず、半年の休暇を切り上げて、夏場所に間に合うように帰国した・・・・そうです。

  ちなみに、「五感刺激のブランド戦略(ダイヤモンド社)」によると、日本を含めた世界13カ国で2003年に実施された調査では、25歳~40歳の消費者が重要と考える感覚は、視覚が58%でトップ。第二位は嗅覚が45%で聴覚の41%を上回っていました。皮膚感覚は25%で最下位ですが、衣服などでは外見(視覚)よりも皮膚感覚を重要視する消費者が増えている。また、電話機や自動車では皮膚感覚を重要と考える消費者が50%近くになってきているのが世界的傾向だそうです。

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参考文献:1.ルディー和子(2005)「マーケティングは消費者に勝てるか?」ダイヤモンド社 2.Giep Franzen, et al, The Mental World of Brands, 2001, World Advertising Research Center

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2007年10月 9日 (火)

パワーブランド=記憶+感情 (ブランドと感情と記憶No.2)

 ブランドという言葉はあまりにも安っぽく使われ過ぎて、ほとんど商品と同意語になってしまった。もともと、所有権を明確にして盗まれたときなどに困らないように「可愛そうな牛さん」に押した焼印を指す言葉だ。だから、名前、デザイン、パッケージなどで他商品と区別できれば、ただの商品じゃなくてブランドだと主張しても許される。

 でも・・・。

 「ブランドをつくる10のルール」とか「誰でもできるブランド構築」なんてタイトルの本を読んでみると、一般的商品開発や商品販売のハウツーものと変わりないことがよくある。 ~これらの本のタイトルは全て架空のものです。アマゾンでチェックして、同じタイトルがないことを確認して使っていますが、もし、偶然に同じタイトルの本があったらゴメンナサイ~

 いやしくもブランドというからには、少なくと数十年は市場に存在し、なおかつその名前を聞くだけで、消費者の心のなかに、シンボルマークやカラー、その他のブランドに関する情報が浮かび、大好きとかあるいはその反対に大嫌いとか、憧憬や興奮といった感情が心の中に生まれるものでなくてはいけない。

 そのなかでも、パワーブランドと呼ばれる強いブランドには、そのブランドに関する個人的思い入れ・・・つまりそのブランドに関わる個人的体験とそれに伴う感情をすぐに喚起する力がなくてはいけない。

 強いブランドは記憶と感情の組み合わせで生まれる。

 それを証明するために、脳科学の最新テクノロジーを使った3つの実験を紹介しよう。

1.コカコーラとペプシ

コカコーラとペプシの味比べの実験は昔から有名だ。ブランド名を教えずに、ガラスのコップに入った液体を飲ませるると、多くの被験者がペプシのほうが味が良いと答える。だが、ブランド名がわかると(さっきはペプシのほうがおいしいと言ったくせに)やっぱりコカコーラのほうがおいしかったとコークファンは恥じらいもなく断固主張する・・・・ってやつだ。

同じような実験において、被験者の脳のなかをfMRIで調べてみる。すると、ブランド名を教えないときには、コークを飲んでいようとペプシを飲んでいようと、コーラが好きな被験者の場合には脳内の報酬系が活性化する(消費者調査シリーズ第一回参照)。つまり、自分の味覚に合ったおいしい飲み物を飲んでいるので、報酬系が活性化して快の感情を感じているのだ。

このとき、ブランド名を教えると、コークを飲むコカコーラ・ファンの場合は、報酬系だけでなく、記憶と感情に関係する部位の神経細胞(ニューロン)も活性化する。きっと、コカコーラに関しての過去の(なんらかの感情を伴う)体験を思い出しているのだろう。たとえば、子供のころ家族でディズニーランドに行って花火を眺めながら飲んだコーク。あるいは、高校生のとき、彼女とのはじめてのデートで映画を見ながら飲んだコーク・・・。

2.日本の高級小売店  

日本の高級小売店の顧客を態度調査で、店舗にどれだけ強く感情的に結びついているかのレベルで3つのグループに分けた。そのなかで、「感情的に強く結びついてる顧客」つまり、ロイヤルティの高い顧客グループに質問し、それに答えるときの脳内の活動をfMRIでチェックしてみた。感情的に強く結びついている客の場合、小売店のことを考えているときには、「感情」と「記憶」に関する部位の神経細胞が強く活動していた。ちなみに、自己申告による財布シェアの割合と感情的に結びついている度合いとの相関関係は0.6という高い数値を示していた。

3.英国のスーパーマーケット

スーパーで買い物をする客に協力してもらってfMRIで脳のなかをチェックしてみた。小麦粉とか砂糖とかブランド名にこだわらない商品を購買する場合は、記憶に関係する部位だけが活性化する。たぶん、過去にお菓子をつくったときに使いやすかったかどうかといった経験を思い起こしているのだろう。だが、洗剤とかコーヒーとかいったブランドの違いが関係してくる商品を買うときになると、記憶と感情と二つの関係部位が活性化するのを見ることができた。

 

 広告も記憶と感情を生むことはできる。だが、コマーシャルが「面白い」とか「コマーシャルの女優さんみたいにきれいになりたい」といった憧れの感情は、(たとえば、自分のボーイフレンドを盗み取った)元友人よりもきれいになりたいという個人的体験に基づいた感情ほどには強くない。だから、すぐに忘れる。忘れられないためには何度も繰り返す。もちろん、それだけ宣伝広告費は高くなるから限度ってものがある。それで、一定期間が過ぎて宣伝を止めれば、ブランド名は記憶から消えていってしまう。

 長期にわたって記憶してもらうためには・・・・

  1. そのブランドに関しての個人的体験、しかも、あるレベル以上の強い感情を伴う個人的体験が必要。 あるいは・・・
  2. 広告宣伝を何度も繰り返すことが必要

 そして、いったん長期記憶に固定化されたとしても、無意識の領域にある記憶を意識の領域に呼び起こすためのキュー(消費者調査シリーズ第二回参照)が必要。そのキューのひとつとなりうる広告宣伝活動を継続しなければ、ブランドの記憶は無意識の世界に取り残されているだけで終わってしまう。

           (ブランドと感情と記憶シリーズ第三回に続く・・・)

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独断度100%のコメント

 繰り返せば感情が伴わなくても長期記憶を作り出すことができるという事実は、誰にでも経験があるはずだ。受験勉強のときに、「イイクニ~1192年~鎌倉幕府成立」とか、「奈良をナクシて平安遷都~794年~平安時代の始まり」とゴロ合わせで覚えた。あまりに何度も繰り返したから、数十年たったいまでも思い出すことができる。(もっとも、最近の新聞記事を読んでいたら 鎌倉幕府が1192年に始まったという説には疑問が多く、1185年を使っている教科書もあるようです)。

 だから、宣伝は繰り返せばそれだけの効果がある。資生堂TSUBAKI(ツバキ)を販売するにあたって、ヘアケア製品としては過去最大の50億円という宣伝費を投入。結果、初年度の出荷額は目標を上回り市場シェアも上がっているという。だが、広告によってつくられた記憶は、新発売キャンペーン的宣伝を止めたら消えていってしまう。

 ツバキの初期段階における成功は広告費をたくさん使ったからだと、皮肉っているわけではない。たくさん使っても、いまのところ契約数の減少をくい止めることができないドコモ2.0の例もある。だが、ブランド構築において、広告宣伝費をたくさん使うことは成功するための非常に大きな第一条件であり、そして、また、一度成功しても、広告宣伝活動を継続しなければ、結局は忘れられてしまうということは、否定できない厳然たる事実なのです。ブランドという地位を築きやすい商品カテゴリーであるグッチとかシャネルでさえも高級ファッション誌すべてに毎号広告を掲載しているではないですか。いわんや日用品や食料品においてをや・・・です

 ブランドについての本で、一定のレベル以上の広告宣伝費を使わなければ他の条件がそろっていてもブランドを確立するのはむずかしいですよ・・・・と書いてないとしたら、それは余りにきれいごとすぎると思うのです。

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参考文献:1.John H. Fleming, et al. Manage Your Human Sigma, Harvard Business Review July-August 2005  2.Malenie Wells, In Search of the Buy Button, Forbes 9/1/03 

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2007年10月 5日 (金)

消費者も進化の歴史から逃れられない(ブランドと感情と記憶No.1)

 人間の脳は大きく3つに分けることができる。

  1. 脳幹・・・・・呼吸や心臓の動き、体温調節など、生きていくために必要な基本的機能をつかさどる。5億年前の魚類に登場し、その後進化を続け、2億5000年前の爬虫類で完成。
  2. 大脳辺縁系・・・・・2億年から1億5000万年前に地球上に出現した小さなネズミに似たもっとも原始的な哺乳類に登場。感情や記憶をつかさどる。
  3. 大脳新皮質・・・・・このなかでも、前頭前野は「脳の中の脳」と呼ばれ論理的思考など高度な精神活動をつかさどる。ヒトの脳の大きさは、200~300万年前ほどから急速に大きくなり始め、大脳の大きさは3倍にもなった。が、その間、前頭前野は6倍も大きくなっている。前頭前野の発達がヒトをヒトとして特徴づけ他の類人猿との違いを決定的なものにしたといえる。認知症予防のためのゲームとか本とかは、この前頭前野を活性化させるための訓練をするタイプが多い。

 本能をつかさどる爬虫類の脳、感情をつかさどる哺乳類の脳、そして、理性をつかさどるホモ・サピエンスの脳・・・・・と単純に分けて話を進める (脳科学者には叱られそうだけど)。

 消費者(人間)は、感情をつかさどる部位と理性をつかさどる部位とが協力しあうことで、初めて、意思決定をすることができる。事故や病気でどちらかの部位に損傷を受けた場合、どんなに簡単な決定もできない。これは、実際の症例で明らかになっている。

 だが、感情に関係する脳の領域は一億年を越す歴史があるのに比べ、理性をつかさどる部位はたかだか数百万年の歴史。後輩が先輩に逆らえないのはスモウの世界だけじゃない。どうしても、感情のほうが優位に立つことが多い。ある心理学者はこれを「理性と感情のダンス」と名づけた。迷っているときには、最終的には、必ず感情がリードする・・と断言する学者もいる。 

 「経験経済」とか「経験価値マーケティング」といった本が書かれ、感情に訴える経験を提供するというテーマがマーケティングに登場するようになったのは、90年代以降のこういった脳科学の新しい発見が背景にあるからだ。

 感情と強く結びついた経験の記憶は半永久的に保存される。

 「記憶と情動の脳科学(講談社)」という本を読んでいたら、中世のヨーロッパにおいて、記録を文書で書き残す習慣がなかったときに、重要な出来事を記録するためには7歳くらいの子供を選び、その子に記録したい行事をきちんと観察させ、そのあとで川の中に投げ込んだ・・・という箇所があった。たまたまその後、アメリカの雑誌を読んでいたら、「中世のフランスの村では、重要な出来事を長く記憶しておくために、覚える役割を負った子供の耳をぶんなぐった」と書いてあった。

 子供に恐ろしい体験をさせて重要な出来事を記憶させるという方法は、ヨーロッパ各地で見られた習慣だったようだ。

 子供にトラウマ体験をさせるってことだ。

 一生忘れられない記憶をつくるために・・・。

 ここで考えてみてください。

 モノを販売するときに楽しい嬉しい感動を与える経験を提供すれば、それがずっと記憶として残り、その店であるいはそのブランドをずっとずっと買い続けてくれる。

 ホントに?

 んなわけないでしょう。

 子供のときに理由もなく突然川に投げ込まれる恐怖、驚き、悲しみ・・・・こんな体験に匹敵するような(といってもトラウマ体験のような否定的なものではなく、その反対の肯定的な意味での)感動的な経験や体験を提供できるビジネスなんて存在するでしょうか?     ディズニーランド以外に・・・。

 それでも、売り手企業は、ブランドやサービスを通じて、長く記憶に残るような肯定的感情に強く結びつく経験を顧客に提供しなくてはいけないのです。(しつこくずっと覚えていられるような否定的感情に結びつく経験を与えるのは、なぜか、すこぶる簡単なのですが・・・)。

 「ブランドと感情と記憶」シリーズでは、こういったことを考えていきたいと思います。

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