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2008年12月23日 (火)

「スターバックスと経済危機との関係」理論

Stnd007sスターバックスの店舗数が多い国ほど、今回の「未曾有の経済危機」の被害が大きい・・・という「スタバと経済危機との関係」理論がある。

 アメリカの不動産市場バブルとニューヨークを中心とする金融市場バブルとがペアを組んだ結果が金融危機を生んだわけだが、この二つのバブルを象徴するブランドを一つ挙げろといわれたら、それはスターバックスだそうだ。スタバ店舗は住宅地の不動産開発の後に続くようにして郊外に広まり、また、大都市のビジネス街、とくにウォールストリートのような金融センターに密集している。NYのマンハッタンだけでも200店舗あった。そして、海外のスターバックスの店舗数を調べてみると、店舗数の多い国ほど、とくに金融センターにおける店舗数が多い国ほど、経済危機の被害が大きい。たとえば、英国・・・ロンドンだけでも256店舗ある。スペインのマドリッドには48、金ピカ豪華絢爛都市のドバイには48、韓国にも253店舗ある。だが、アフリカなどは大陸全体で3店舗あるのみ。中央アメリカはゼロ。イタリアはゼロ。デンマークは2、オランダは3、スカンジナビア3国はゼロ・・・。

 だから、経済評論家のこむずかしい予測を拝聴しなくとも、経済問題が発生する国がないかどうか知りたかったら、スターバックスのホームページで各国の店舗数を検索してみるとよい・・・・というのが「スタバと経済危機の相関関係」理論だ。

 もちろん、半分というかほとんどジョークです。この理論を提案したジャーナリストは、ピューリッツァー賞を受賞したこともある著名ジャーナリストが1996年に発表した「マクドナルドと戦争と平和」理論のマネをしてみただけだ。これは、マクドナルド店舗が存在する国同士は国際紛争を解決するために戦争には至らないという理論。ビッグマックを買うことができる中流階級が一定規模存在する国は、その繁栄度やグローバル度からみて、国際紛争を平和的に解決する・・・というマジメな意味合いも含まれている。ただし、イスラエル対レバノンとかロシア対グルジアの戦闘で、この理論は見事に粉砕しました。

 前置きが長くなりましたが、そのスターバックスが今回の経済危機でアメリカ本土で苦闘している。$4のラテを毎日のように飲んでいたヘビーユーザーの数が減ったのだ。来店頻度は一ヶ月に3回かそれ以下になり、多くが自宅でオンデマンドコーヒー(「小売とメーカーのバトルシリーズ第7回」参照)を飲むか、$1でも品質のめっきりよくなったマクドナルドのプレミアムローストコーヒーを飲むようになったのだ。

 もっとも、スタバの問題は経済危機発生以前からあった。

 スタバのピークは2006年の春で、それ以降は急激に業績が落ち込んでいる。理由は店舗数を広げすぎたから。2007年2月に実質的創業者のハワード・シュルツ会長は、「スターバックス体験のコモディティ化」というタイトルのメモを幹部宛てに出した。そこには、「過去10年間に店舗数を1000店から13000店に急拡大したことがブランドの希薄化を招き・・・・手で使うエスプレッソマシンをスピード効率を上げるために自動マシンに変えたことによって、コーヒーを煎れるというショーがなくなってしまい、店頭からロマンスと舞台効果が失われた・・・・我々はスターバックス体験にかつてあった情熱や伝統を復活させるために変革を起こさなくてはいけない」と書かれていた。

 このメモが書かれた2007年には、アメリカにおける既存店の売上成長率は過去最低で株価は42%も下落した。コンシューマー・レポート誌には、フィルターコーヒーではマクドナルドのほうが味が良いという評価まで下された。2007年第三四半期決算において、スタバのCFOは「販売店件数の増加の販売効果は1%未満しがあがっていない」と語っている

 実質的創業者のハワード・シュルツは2008年1月にCEO兼会長に復帰し、アメリカで600件閉店し人員も1000人削減することを発表した。しかし、コーヒーショップの高級ブランドであるスタバは経済危機の直撃を受けやすく、9月期第四四半期において既存店の売上は8%落ち、利益は前年対比でなんと97%も減少した。それでも、シュルツは、1)価格を下げるつもりはないこと、2)ブランドを立て直すといういまの戦略を推し進めることにより、スターバックスは蘇ると宣言している。

 ブランド再生のための戦略は・・・・

  1. 価格競争はしない・・・2008年1月にシアトル地域のみで、$1コーヒーとお代わり無料のテストをした。が、低価格戦略は、マクドナルドと価格競争に巻き込まれるだけで、ブランドイメージを回復不可能なレベルに低下させることになると判断した。
  2. 2007年11月に、会社創立以来初めてTVコマーシャルを全国放送した。2008年度に2億ドルのコスト削減を実行したにもかかわらず、ブランドイメージを向上するためのTVコマーシャルは継続している。
  3. 優良顧客を優遇するためにカードを発行。4月には無料のレギュラーカード発行した。カード会員になれば、ブレンドコーヒーのお代わり無料といった特典がある。
  4. カード利用の実態を調査したうえで、11月にはヘビーユーザーを優遇するためのゴールドカードを発行。ゴールドカードは年会費25ドルだが、会員はほとんどすべての商品を10%割引で買うことができる。つまり、一年間に250ドルの購入をすればトントンになるということだ。$4のラテなら、年62回。つまり、週に1回以上ラテを飲む客なら、25ドルの会費を払っても得になるということだ。

 シュルツが採用している戦略は、ブランド再生を目的とする場合、適切なものだ。値段を下げる誘惑に負けなかったこと、コスト削減を進めるなかでテレビコマーシャルには投資したこと、ヘビーユーザーに的をしぼったヘビーユーザーだけが価値をエンジョイできるカードを発行したこと・・・・など、メリハリのきいた戦略はなかなか採用できるものではない。

 だが、そもそも、もっとブランドを大事にしていれば、こんな事態には至らなかったのだ。なぜ、店舗数をここまで増やし続けたのか? 高級ブランドはターゲット・セグメントの規模が限られるから高級なのだ・・・という厳然たる事実を、なぜ、無視したのか?

 ・・・と、第三者が批判するのはたやすい。しかし、ブランドを所有している経営者というものは往々にしてこの間違いを犯す。オートクチュールから始まった高級洋服ブランドだったのが、ハンドバッグはまだしも、ハンカチ、エプロン、シーツ、スリッパにまで手をひろげ、かつては栄光ある高級ブランドのイメージを下げてしまった実例はたくさんある。高級料理店が店舗数をふやすことによって、どこにでもある店になってしまい、ブランド力もなくしてしまう例もたくさんある。

 自分のブランドや会社を大きくしたいという欲望を、経営者、とくにその会社やブランドを立ち上げた起業家は持っている。そもそも、そういった欲望を持っていない者が起業に成功することはまずない。大きくしたい・・・というのは売上を上げたい、お金持ちになりたいという金銭への執着では必ずしもない。自分のつくったビジネスをもっと大きくして、社会的に認められたいという「認知」「尊敬」「地位」ということに関係する感情のほうが強い。そして、こういった感情を抑えて、「一定の規模以上をターゲットとすることはブランドの希薄化を招く。だから大きくしてはいけない」という論理に従うことは、非常にむつかしいことなのだ。

 高級ブランドのスターバックスの場合、会社を大きくしたかったら、違うブランド名で、たとえば、サンドイッチ専門店チェーンをつくるとか、低価格コーヒーチェーン店をつくるべきだったのだ。

 ところで、最初の「スタバと経済危機相関関係」理論には例外もある。たとえば、ロシア。バブル崩壊の規模はかなり大きかったが、スタバは6店舗しかない。それから、我が日本国はどうなのか? 2008年3月現在で776店舗もある。金融センターを含む千代田区や中央区だけでも55件ある。シュルツは、「日本市場はブランド力も健在で、2010年に1000店達成する目標は変えない」と言っているが、本当に大丈夫かなあ?

 経済危機の影響は諸外国に比較して少ないとかいってたけど、対策も他国に比べるともたもたしているようだし、最終的には日本の景気回復が一番遅かった・・・なんてことになるんじゃないだろうなあ? 「スタバと経済危機相関関係」理論は日本にもぴったり当てはまったよ・・・なんてことになりませんように!!!

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参考文献: 1.Daniel Gross, Will Your Recession Be Tall, Grande, or Venti?, Slate 10/20/08, 2. Mark Rice-Oxley, War and McPeace: Russia and the McDonald's theory of war, The Guardian, 9/6/08, 3. Thomas L. Friedman, Foreign Affairs Big Mac 1, The New York Times, 12/8/1996, 4. Andrew Ward, Financial Times, 2/26/07, 5. Coffee Wars, Economist 1/10/08, 6. Starbucks testing $1 coffee, free refilles, Reuters 1/23/08,7.Street debates if better days ahead at Starbucks, The Washington Times, 11/11/08. 8. Jennifer Ordonez, The Latte Wars, News week, 1 Jennifer Ordonez, The Latte Wars, News week, 1/1 Ordonez, The Latte Wars, News week, 1/11/08, 9. Bruce Horocitz, Starbucks' New Gold Card part of holiday savings strategy, USA Today, 10/17/08,

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2008年12月14日 (日)

「大恐慌」時代に成功したマーケティング戦略

Stnd007s100年に一度の経済危機といわれ、株価の低落、内定取り消し、派遣社員の契約打ち切り・・・・といったニュースが毎日流れる。それによって、まだ、自らは実際的被害をこうむってはいないフツーの市民も、「先行きがなんとなく不安」で買い控えをする。こういった消費の減退に呼応して、小売業者やメーカーの合言葉は「低価格」と「コスト削減」だ。

 いまの経済危機はアメリカで1929年10月24日の株価暴落から始まった大恐慌(Great Depression)の再来か? いや、そうはならない・・・といった議論を耳にする。そういった議論は経済学者にまかせるとして、マーケティングにかかわる人間として気になるのは、大恐慌の時代から学ぶべき教訓みたいなものがあるのか? あるとしたら、それは何か?・・・ということだ。1929年にアメリカで始まった恐慌は世界に飛び火し、32年後半から33年春にかけてピークを迎えている。その後の回復もぐずぐずしたもので、景気が本格的に良くなるのは、第二次世界大戦による戦争特需が生まれるようになってからだ。

 この長期にわたる不況の時代に、恐慌が始まった1929年以前よりも成長を遂げた企業がいる。そういった企業は、他の企業に比べて、どういった異なるマーケティング戦略を採用したのだろうか? これについては、恐慌再来が叫ばれるようになった2008年春ごろから、アメリカでも、いくつかの記事が書かれている。そして、面白いことに、ほとんどすべてが同じ結論に達している。

 簡単にまとめると、大恐慌を生き抜いただけでなく繁栄した企業は、「不景気などまるで存在していないかのように、一般大衆が消費できるお金を以前と同じくらい持っているかのようにふるまった会社」なのだ。「他の企業がコスト削減から広告費を減らしたなかで、広告をし続けた会社」なのだ。競合他社の広告が消費者には見えにくくなっていくなかで、以前と同じように広告するから目立つ。他の企業が消極的に対応するなか、積極的なマーケティングを展開することで、こういった企業は低いコストで市場シェアやROIを向上することができた・・・・というのが共通する結論だ。

 「不況は、ノイズが比較的少ない環境でマーケティングできるという絶好の機会を提供してくれる」と「アドバタイジング・エイジ/AdvertisingAge」は書いている。でも、あの雑誌なら広告の擁護をするのが当然。なんとなく信憑性がない。だが、大恐慌を含めて不況時に広告投資を継続した会社が成長したことを証明する調査結果や逸話がいくつかある。

(1)まず、最初に、大恐慌におけるエピソード・・・P&Gの売上は、大恐慌が始まった最初の3年間で$1億9200万ドルから$9400万ドルへと50%以下に落ちた。だが、広告予算を削減しないどころか、1933年には、当時、最も新しいメディアであったラジオを使い、メロドラマの連続番組の全国放送を始めている(ちなみに、こういったラジオ番組では石鹸(Soap)の宣伝をよくしたために、放送されたメロドラマはソープ・オペラ(Soap Opera)と呼ばれるようになった)。「P&Gが、アメリカのこれまでの主な不況時ごとに大きな成長を遂げてきたのは、偶然の結果ではありません。P&Gは、現在でも、不況時に広告予算を削減しないという哲学を保持しています」と断言するマーケティングコンサルタントもいる。

 1920年代、自動車のフォードの売上はシボレーの10倍あった。しかし、恐慌にもかかわらずシボレーは広告予算をふやし、財務数値のかんばしくないフォードが対抗措置をとることができないのを尻目に、1931年にはフォードの売上を抜いた。

 20世紀初頭、朝食用シリアル業界にはケロッグを含め42の競合企業がひしめいていた。恐慌が始まったとき、ケロッグはいったんは広告宣伝費削減を決めたが、すぐに撤回し、反対に予算を増やして積極的に広告し続けた。ケロッグの売上は競合他社を大きく引き離し、恐慌の最中も右肩上がりで上昇しつづけ、20年代末に$430万だった利益は、30年代初めには$570万に増大していた。

(2)アメリカの不況時のB2B分野における調査結果・・・・米出版大手マグローヒル社が産業財企業600社を調査した。それによると、1981年ー82年の不況時に広告費用を維持したか増やした企業の売上は、不況の最中とそれに続く3年の間に、広告を削減した企業と比較して256%も増大している。

 ちょっと期待はずれ?

 でも、マーケティングの「成功の鍵」なんて、みんなそんなもんです。当たり前のことを「基本は守らなくっちゃ」・・・と、きちんと実行する企業が成功するのです。だいたいにおいて、不況に突入しても広告活動が継続できるということは、財務的にも余裕があるということであり、それは、その会社がもともと優良企業であるという証です。最近の調査結果がそれを裏付けてくれます。

 米ビジネススクールの2002年の調査・・・様々な業種企業の上級マーケティング担当者150人を対象に、直近の不況時前後の業績と経営内容に関して調査した。結果、明確なマーケティング戦略、現金、革新や冒険を怖れない企業文化、余裕ある人員と生産能力といった要素をもって不況を迎えた企業は、不況をチャンスと考え、マーケティング投資を積極的に増やすことで顕著な業績を達成することに成功している・・・という事実が明らかになっている。

 米「大恐慌」時の消費者の所得レベルと購買行動を調べた結果によると、1)生活に困らないレベル以上の所得者は以前と変わらぬお金の使い方をした、2)所得レベルが一番低い層はギリギリの生活レベルに陥落し、3)中間レベルは通常の購買を先延ばしする傾向が高くなった。しかし、商品タイプ別に、恐慌以前の1928年の消費金額が恐慌ピークの1932年にどのくらい下がったかを比較してみると、いまの私たちが思うほどには落ちていない。

  1. 消耗品      下落率 6%
  2. 準耐久品         13%
  3. 耐久品           24%
  4. サービス           8%     総合平均下落率   9% 

 もちろん、モノ余り時代で情報が世界同時に伝達される現代と1920年代とを同じレベルで比較することはできない。だが、市場環境の違いを考慮しながらも、そこに消費者心理の共通点を探してみることは悪いことではない。たとえば、日本でも最近、消費者の買い控えが嘆かれるなか、高級化粧品(数万円するクリーム)は売れているという記事が出ていた。アメリカの恐慌時、最悪の経済状態だといわれた1933年においてさえも、化粧品の(インフレ調整済み)売上は1929年以前よりも高かった・・・というデータがある。

 パーミッション・マーケティングのセス・ゴーディンを含め、多くのマーケターは、不況時だからといって、消費者は価格そのものを購買選択の基準としているわけではないといっている。消費者は、安いかどうかというよりは、その値段に見合う価値があるかどうかを以前よりは慎重に判断するようになっている。基本的に、自分も配偶者も失業していないフツーの消費者は(そして、ニュースはこのフツーの消費者を取り上げることはない。フツーじゃないからニュースになるのだ)、漠然とした不安にとりつかれているだけで、行動経済学でいうところの「損失回避性」が高くなっている。リスクをとることを恐れるモードになっているのだ。「不可解な消費者行動シリーズ第2回 失うことを恐れる消費者」で説明したように、ほんのわずかでも損をする可能性があるのなら、「何もしないほうが得」という「現状維持」の傾向が非常に強く出ているのだ。

 だからこそ、このブランドや企業と取引をすることで損をすることなど絶対にない・・・という安心感を与えなくてはいけない。そういったときに、以前よりも広告をしないことは、消費者に不安感を与えることにつながる。

 ハーバード大学のクウェルチ教授は、「不安定な心理状態でいろんなことに確信がもてない消費者は、よく知っているブランドがもたらしてくれる安心感を必要とします」と書いている。

 「不況、いや、恐慌がやってくるぞ!」とニュースが声高に叫び、その不況がどこまで広がるのかどれだけ長く続くのか?ということが不確実なときには、消費者の損失回避ムードが最も高まる。クウェルチ教授はアメリカでも、不況時には家族や友人とのつながりを大事にするようになり、自分の小さな社会に引きこもる傾向が高くなるといっている。したがって、広告は、不安モードを払ってくれる安心・安全・愛情・信頼を与えるものでなくてはいけない。ところが、不況も底をつき、後は上がるだけ・・・といったある種の確実性が感じられるようになると、「たまには気晴らしが必要よ」といった開き直りが出てきて、贅沢品や高級サービス消費が購買されるようになる。広告も、現実逃避を正当化するような内容に変える必要が出てくる。

 人間心理は面白い。不確実なことは不安を呼ぶ。反対に、たとえ最悪の状況でも、最悪であることが確実であれば、それなりに受け入れることができるし、不安もやわらぐのだ。

 マラソンで他の走者を引き離すチャンスは一番辛い上り坂。競合相手がコスト削減しているときに広告を増やしたブランドは、一気に坂道を駆け上がり勝者としてテープを切ることができる。

 たとえば・・・このままでいくと、この苦しい上り坂を登る間に、サントリーが積極的にマーケティング投資をしているプレミアム・モルツは、台所事情の苦しいサッポロのエビスビールから高級ビール市場のシェアを奪うことに成功するかもしれない。また、衣料品市場では、ヒット商品も出し広告活動も継続しているユニクロが独走し、ファーストリティリングは豊かになった財布を懐に、海外の高級ブランドを(競う相手もいなくなって、割安に)買収するのに成功する。そして、景気がよくなったときには、その高級ブランドで世界市場でも売上を上げるという「繁栄の循環」を達成するかもしれない。同じようなことは、ウォルマートにもいえる。他社を圧倒する低価格で独り勝ちする一方で、念願の高級PBへのマーケティング投資を続ける。そして、景気がよくなったときには、利益性の高い高級PBを成功させてまた儲ける。ウォルマートの子会社である西友にとって、今回の不況は浮上するビッグ・チャンスとなることだろう。それがわかっているからこそ、12月4日から、同じ商品を他店で安く販売していたら同じ値段にします(実際には、もう少し複雑な条件がある)という価格保証の販促を始めたのだろう。だが、この販促で「西友の商品は安い!」というイメージを消費者に認知してもらうためには、積極的に広告をしなくてはいけない。西友が、この不況が提供してくれるラストチャンスに売上を伸ばせるかどうかは、この価格保証について、どれだけマーケティング投資できるか・・・にかかっている。

 日経新聞(12/9/08)記事によると、花王、ユニチャーム、コーセーといった日用品・化粧品メーカーが広告宣伝費を減らしている。とくにテレビ広告を減らし、そのぶん、ネットや店頭販促費用の比率を高めているという。一方、資生堂は広告宣伝費は前年並みを継続し、新ブランド発表などにはとくにテレビ広告を強調する方針らしい。資生堂は不況に採用するべき積極的マーケティングを実行するわけだ。

 かくして、大きい企業はまた大きくなり、優良企業はますます優良になる。

 でも、忘れてました。不況時は新しい革新的企業が誕生するチャンスでもあるそうです。少なくとも、アメリカでは・・・。GEは「パニック」と呼ばれた1873年の経済危機に、ディズニーは1923-24年の不況に、HPは恐慌の最中に、そして、マイクロソフトは1975年の不況のときに生まれています。

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 参考文献: 1.「西友の値引き、どこまでOK?] 日経MJ12/12/08, 2.「広告宣伝費が減少」日経新聞 12/9/08, 3.Dave Chase, How brands thrived during the Great Depression, iMedia  Connection, 10/17/08, 4. Jack Neff, Recession Can Be a Marketer's Friend, Advertising Age 3/24/08, 5. John Quelch, Marketing Your Way Through A Recession, Working Knowledge, 3/3/08

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2008年12月 6日 (土)

マックの「クォーターパウンダー」の価格と広告

Stnd007s日本マクドナルドが11月28日に、通常の2.5倍の重さ(約110g)のビーフパティが入っている「クォーターパウンダー」を発売した。肉2枚とチーズが入る「ダブルクォーターパウンダー・チーズ」は490円で、マックの全商品のうち最も高額な商品となる。外食不況が深刻化するなか、マクドナルドの売上高は2008年も好調に推移しており、11月末時点で、対前年比は既存店で2007年1月より23ヶ月連続でプラス、全店では34ヶ月連続プラスの記録を更新した。

 好調の原因としては、24時間営業の拡大とか、新商品や期間限定商品をこまめに発売することによる来店客数や来店頻度の増大などを挙げることもできる。だが、今年に入って消費者心理が異常に冷え込むなか、マックだけが独り勝ちしているのは、やっぱり、100円バーガーや100円コーヒーといった低価格品や新聞折込やケータイで配布している割引クーポンが貢献している・・・・と誰もが考えることだろう。

 だからといって、「やっぱり不景気は低価格で乗り切るしかないんだ」なんて単純な結論を出してはいけない。安いモノを売っているだけでは、未曾有(ミゾウ。一応、念のためルビをふっておきます)の経済状況では生き残ってはいけない。こういったときだからこそ、高額品を販売する。日本マクドナルドの原田CEOは、会見において、今後もチキンの高額品を出すなどしてプレミアム商品の品揃えを強化するとともに、百円商品もさらに強化して幅広い需要を取り込むつもりであることを強調した。「プレミアム商品と並んで、今後はコア(中核)商品や割安なヴァリュー商品も更に強化していきたい」(日経MJ、11/28/08)というコメントから考えると、マックは3つの価格帯の品揃えを考えていることになる。

 これは、不景気がどこまで拡大するか、あるいはどれだけ長期化するか予測不可能な「不確実性の時代」において、効果的な価格戦略なのだ。

 不景気が進む中、「低価格」が合言葉のようになってきているが、粗利益率も利益金額も低い商品に専念していては、ただでさえ脆弱(これもルビをふっておいたほうがよいかも?でも、某首相が読むわけじゃないから大丈夫か・・・・)な消費財関連企業の財務体質はますますやせ細っていってしまう。低価格品を強化する一方で、利益を確保できる高価格帯の品揃えもきちんとするのが、不確実性市場で生き残るための重要ポイントだ。

 世界的にみられる消費者の二極化や消費の二極化の傾向は、不景気によって消滅するわけではない。また、消費者も、なんでも低価格品が良いと思っているわけではない。たとえば、食べ物を例にとれば、11月中旬に実施された三井物産戦略研究所の調査では、野菜や果物の選択において、20代から60代の主婦の62.5%が「価格が1割高くても生産履歴が確認できるものを買う」と答え、21.5%が2割以上高くても買うと答えている。野菜や果物を買うときに重視する要因は、「生産国」が最も多くて44.5%、「農薬や肥料の使用状況」が12.0%・・・・そして、「価格」は9%だった。2割高くても買うという21.6%のセグメントにオーガニックで高品質な食品を適切な利益が出る価格で販売していく・・・・低価格品を強化しながらも、その一方で、価格感受性の低い(よって利益性の高い)セグメントに、そのニーズにそった高額商品を提供するという戦略をとらなかったら、企業はいまの経済状況を乗り越えていくことはできない。

 マックが日本の外食産業で独り勝ちしているとして、アメリカの小売業で独り気炎をあげているのはウォルマートだ。アメリカの11月のデパートを含めた主要小売業の既存店売上高は前年同月比で2.7%減。この減少率は1969年以来最大だという。そのなかで、3.0%の成長を達成したのはウォルマート唯一つ。景気の深刻化を受けて、徹底的な安売り作戦をとったのが成功の要因だ。が、だからといって、ウォルマートが昔ながらの低価格路線に逆戻りしたというわけではないだろう。

 ウォルマートは(小売とメーカーのバトルロワイヤルシリーズ第9回で書いたように)、2007年に、低価格一辺倒の従来の路線を軌道修正し、スローガンも「いつも低価格」から「節約して良い暮らしを!」に変更した。それは、低価格を買う既存の層を失うことなく、1)価値ある(値段もちょっと高い)ブランドや、2)食料品だけでなく衣料品やエレクトロニクス製品といった高単価な商品カテゴリーをも購買してくれる層にアピールすることにより、将来的成長を持続するためだった。

 ウォルマートはこういった基本方針を決めるために2億人といわれる顧客を7つのセグメントに分け、そのうちの3つのセグメントをターゲットと定めた。

  1. 全顧客の14%を占める低価格しか買えないセグメント
  2. 29%を占める低所得者だがブランドにこだわるセグメント
  3. 11%を占める価格に敏感な高額所得者セグメント

 アメリカのいまの景気では、②のセグメントの一部が①に流れ、他店からも①のセグメントに移行してきて、①のセグメントの顧客数は増大しているかもしれない。だが、いまでも、②と③のセグメントは存在している。とくに、③のセグメントには、他店から高額所得者が移行している可能性も高い。他セグメントより価格感受性の低いこのセグメントに高額品を販売することは利益性の高いビジネスになる。また、景気はいつかは必ずよくなる。そのとき、③のセグメントは再度重要となる。だから、たとえいまは低価格商品が売れ筋だとしても、③のセグメントのニーズにこたえる商品はそろえておかなくてはいけない。

 著名コンサルティング会社マッキンゼーも、100年に一度といわれる今の経済環境で生き残るためには、1)利益性ある顧客セグメントを見つけて、そこに投資をすること、2)常に変化する不確実な状況においては、最優先するべき顧客セグメントは誰でどこにあるかを常に再チェックすること・・などを挙げている。顧客を価格への感受性で分類し、感受性の低いセグメントから利益をあげ、感受性の高いセグメントには売上規模を上げるために低価格品を提供し割引クーポンを配布する・・・といった、まさにマクドナルドがとっているような価格戦略が重要となる。

 最後に、クォーターパウンダーの広告の話です。

 新聞一面に、水泳の北島康介選手を使った大きな広告が掲載された。テレビ広告も始まった。Big Mouthがキーワードで、「サイズの大きいクォーターパウンダーをでっかく口をあけて食べよう」という意味と、「その口で、でっかい夢を大胆に語っていこう!」という二つの意味が含まれている。「新しいハンバーガーがこの国の生きかたかを変える。Big Mouth!でいこう」という社会の閉塞感を吹き飛ばそうとするコピーがいい。

 消費者の声に耳を傾けて低価格品を提供するのもいいけれど、消費者の言動に忠実に従うことだけがマーケティングだろうか? 企業にとって望ましい行動をとってもらうために、消費者を説得して誘導することもマーケティングではなかったか? かつて、マーケティングはもっと原始的でもっと情熱的なものだった。売り手が買い手の心理を考えながら買い手を自分の意に沿うように誘導していく力があった。消費者に自分が提供するモノを自分の条件で買わせようとする迫力が感じられた。それが、いつのまにやら、消費者の言うことに耳を傾けるだけの消極的で上品なものに変わってしまった。消費者の要望だからといって、ほとんど利益の出ない低価格品を提供してそれを買ってもらうだけなら、マーケティングなど必要ない。

 そのうえ、それが本当に消費者のニーズに沿っているかどうかも怪しいものだ。質問されれば、金持ちでも(いや金持ちだからこそ?)「安いほうを選択する」と答える。深層心理をさぐれば、低価格とか不景気という言葉はもううんざりだと思っている消費者もいるはずだ。「100円バーガーばかり食べていないので、たまには豪勢にビーフをたっぷり食べて元気を出そう。そして、頑張って、いまの困難を乗り越えていこうじゃないか!」・・・そう語りかけて、「そうだ、頑張ろう!」という気分にさせるのもマーケティングの力であり醍醐味ではなかったのか?

 クォーターパウンダーの広告は、マーケティングの原点に戻った感じで好きです(とはいいながら、半分ベジタリアンの私は、ハンバーガーは食べません)。

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参考文献: 1.「マック、高級バーガー本格発売、価格展開幅広く」、日経MJ11/28/08、2.「日本マクドナルドCEO原田頴泳幸氏・・・高価格路線への転換ではない」、日本経済新聞11/27/08、3.「1割高く手も買う。62%」、朝日新聞 12/5/08, 4.David Count, The downturn's new rules for marketers, The McKinsey Quarterly December 2008、5. Jack Neff, Wal-Mart Grinning Big Throught the Tough Times, AdvertisingAge 10/6/08

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