マーケティング2008 Feed

2008年12月23日 (火)

「スターバックスと経済危機との関係」理論

Stnd007sスターバックスの店舗数が多い国ほど、今回の「未曾有の経済危機」の被害が大きい・・・という「スタバと経済危機との関係」理論がある。

 アメリカの不動産市場バブルとニューヨークを中心とする金融市場バブルとがペアを組んだ結果が金融危機を生んだわけだが、この二つのバブルを象徴するブランドを一つ挙げろといわれたら、それはスターバックスだそうだ。スタバ店舗は住宅地の不動産開発の後に続くようにして郊外に広まり、また、大都市のビジネス街、とくにウォールストリートのような金融センターに密集している。NYのマンハッタンだけでも200店舗あった。そして、海外のスターバックスの店舗数を調べてみると、店舗数の多い国ほど、とくに金融センターにおける店舗数が多い国ほど、経済危機の被害が大きい。たとえば、英国・・・ロンドンだけでも256店舗ある。スペインのマドリッドには48、金ピカ豪華絢爛都市のドバイには48、韓国にも253店舗ある。だが、アフリカなどは大陸全体で3店舗あるのみ。中央アメリカはゼロ。イタリアはゼロ。デンマークは2、オランダは3、スカンジナビア3国はゼロ・・・。

 だから、経済評論家のこむずかしい予測を拝聴しなくとも、経済問題が発生する国がないかどうか知りたかったら、スターバックスのホームページで各国の店舗数を検索してみるとよい・・・・というのが「スタバと経済危機の相関関係」理論だ。

 もちろん、半分というかほとんどジョークです。この理論を提案したジャーナリストは、ピューリッツァー賞を受賞したこともある著名ジャーナリストが1996年に発表した「マクドナルドと戦争と平和」理論のマネをしてみただけだ。これは、マクドナルド店舗が存在する国同士は国際紛争を解決するために戦争には至らないという理論。ビッグマックを買うことができる中流階級が一定規模存在する国は、その繁栄度やグローバル度からみて、国際紛争を平和的に解決する・・・というマジメな意味合いも含まれている。ただし、イスラエル対レバノンとかロシア対グルジアの戦闘で、この理論は見事に粉砕しました。

 前置きが長くなりましたが、そのスターバックスが今回の経済危機でアメリカ本土で苦闘している。$4のラテを毎日のように飲んでいたヘビーユーザーの数が減ったのだ。来店頻度は一ヶ月に3回かそれ以下になり、多くが自宅でオンデマンドコーヒー(「小売とメーカーのバトルシリーズ第7回」参照)を飲むか、$1でも品質のめっきりよくなったマクドナルドのプレミアムローストコーヒーを飲むようになったのだ。

 もっとも、スタバの問題は経済危機発生以前からあった。

 スタバのピークは2006年の春で、それ以降は急激に業績が落ち込んでいる。理由は店舗数を広げすぎたから。2007年2月に実質的創業者のハワード・シュルツ会長は、「スターバックス体験のコモディティ化」というタイトルのメモを幹部宛てに出した。そこには、「過去10年間に店舗数を1000店から13000店に急拡大したことがブランドの希薄化を招き・・・・手で使うエスプレッソマシンをスピード効率を上げるために自動マシンに変えたことによって、コーヒーを煎れるというショーがなくなってしまい、店頭からロマンスと舞台効果が失われた・・・・我々はスターバックス体験にかつてあった情熱や伝統を復活させるために変革を起こさなくてはいけない」と書かれていた。

 このメモが書かれた2007年には、アメリカにおける既存店の売上成長率は過去最低で株価は42%も下落した。コンシューマー・レポート誌には、フィルターコーヒーではマクドナルドのほうが味が良いという評価まで下された。2007年第三四半期決算において、スタバのCFOは「販売店件数の増加の販売効果は1%未満しがあがっていない」と語っている

 実質的創業者のハワード・シュルツは2008年1月にCEO兼会長に復帰し、アメリカで600件閉店し人員も1000人削減することを発表した。しかし、コーヒーショップの高級ブランドであるスタバは経済危機の直撃を受けやすく、9月期第四四半期において既存店の売上は8%落ち、利益は前年対比でなんと97%も減少した。それでも、シュルツは、1)価格を下げるつもりはないこと、2)ブランドを立て直すといういまの戦略を推し進めることにより、スターバックスは蘇ると宣言している。

 ブランド再生のための戦略は・・・・

  1. 価格競争はしない・・・2008年1月にシアトル地域のみで、$1コーヒーとお代わり無料のテストをした。が、低価格戦略は、マクドナルドと価格競争に巻き込まれるだけで、ブランドイメージを回復不可能なレベルに低下させることになると判断した。
  2. 2007年11月に、会社創立以来初めてTVコマーシャルを全国放送した。2008年度に2億ドルのコスト削減を実行したにもかかわらず、ブランドイメージを向上するためのTVコマーシャルは継続している。
  3. 優良顧客を優遇するためにカードを発行。4月には無料のレギュラーカード発行した。カード会員になれば、ブレンドコーヒーのお代わり無料といった特典がある。
  4. カード利用の実態を調査したうえで、11月にはヘビーユーザーを優遇するためのゴールドカードを発行。ゴールドカードは年会費25ドルだが、会員はほとんどすべての商品を10%割引で買うことができる。つまり、一年間に250ドルの購入をすればトントンになるということだ。$4のラテなら、年62回。つまり、週に1回以上ラテを飲む客なら、25ドルの会費を払っても得になるということだ。

 シュルツが採用している戦略は、ブランド再生を目的とする場合、適切なものだ。値段を下げる誘惑に負けなかったこと、コスト削減を進めるなかでテレビコマーシャルには投資したこと、ヘビーユーザーに的をしぼったヘビーユーザーだけが価値をエンジョイできるカードを発行したこと・・・・など、メリハリのきいた戦略はなかなか採用できるものではない。

 だが、そもそも、もっとブランドを大事にしていれば、こんな事態には至らなかったのだ。なぜ、店舗数をここまで増やし続けたのか? 高級ブランドはターゲット・セグメントの規模が限られるから高級なのだ・・・という厳然たる事実を、なぜ、無視したのか?

 ・・・と、第三者が批判するのはたやすい。しかし、ブランドを所有している経営者というものは往々にしてこの間違いを犯す。オートクチュールから始まった高級洋服ブランドだったのが、ハンドバッグはまだしも、ハンカチ、エプロン、シーツ、スリッパにまで手をひろげ、かつては栄光ある高級ブランドのイメージを下げてしまった実例はたくさんある。高級料理店が店舗数をふやすことによって、どこにでもある店になってしまい、ブランド力もなくしてしまう例もたくさんある。

 自分のブランドや会社を大きくしたいという欲望を、経営者、とくにその会社やブランドを立ち上げた起業家は持っている。そもそも、そういった欲望を持っていない者が起業に成功することはまずない。大きくしたい・・・というのは売上を上げたい、お金持ちになりたいという金銭への執着では必ずしもない。自分のつくったビジネスをもっと大きくして、社会的に認められたいという「認知」「尊敬」「地位」ということに関係する感情のほうが強い。そして、こういった感情を抑えて、「一定の規模以上をターゲットとすることはブランドの希薄化を招く。だから大きくしてはいけない」という論理に従うことは、非常にむつかしいことなのだ。

 高級ブランドのスターバックスの場合、会社を大きくしたかったら、違うブランド名で、たとえば、サンドイッチ専門店チェーンをつくるとか、低価格コーヒーチェーン店をつくるべきだったのだ。

 ところで、最初の「スタバと経済危機相関関係」理論には例外もある。たとえば、ロシア。バブル崩壊の規模はかなり大きかったが、スタバは6店舗しかない。それから、我が日本国はどうなのか? 2008年3月現在で776店舗もある。金融センターを含む千代田区や中央区だけでも55件ある。シュルツは、「日本市場はブランド力も健在で、2010年に1000店達成する目標は変えない」と言っているが、本当に大丈夫かなあ?

 経済危機の影響は諸外国に比較して少ないとかいってたけど、対策も他国に比べるともたもたしているようだし、最終的には日本の景気回復が一番遅かった・・・なんてことになるんじゃないだろうなあ? 「スタバと経済危機相関関係」理論は日本にもぴったり当てはまったよ・・・なんてことになりませんように!!!

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参考文献: 1.Daniel Gross, Will Your Recession Be Tall, Grande, or Venti?, Slate 10/20/08, 2. Mark Rice-Oxley, War and McPeace: Russia and the McDonald's theory of war, The Guardian, 9/6/08, 3. Thomas L. Friedman, Foreign Affairs Big Mac 1, The New York Times, 12/8/1996, 4. Andrew Ward, Financial Times, 2/26/07, 5. Coffee Wars, Economist 1/10/08, 6. Starbucks testing $1 coffee, free refilles, Reuters 1/23/08,7.Street debates if better days ahead at Starbucks, The Washington Times, 11/11/08. 8. Jennifer Ordonez, The Latte Wars, News week, 1 Jennifer Ordonez, The Latte Wars, News week, 1/1 Ordonez, The Latte Wars, News week, 1/11/08, 9. Bruce Horocitz, Starbucks' New Gold Card part of holiday savings strategy, USA Today, 10/17/08,

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2008年12月14日 (日)

「大恐慌」時代に成功したマーケティング戦略

Stnd007s100年に一度の経済危機といわれ、株価の低落、内定取り消し、派遣社員の契約打ち切り・・・・といったニュースが毎日流れる。それによって、まだ、自らは実際的被害をこうむってはいないフツーの市民も、「先行きがなんとなく不安」で買い控えをする。こういった消費の減退に呼応して、小売業者やメーカーの合言葉は「低価格」と「コスト削減」だ。

 いまの経済危機はアメリカで1929年10月24日の株価暴落から始まった大恐慌(Great Depression)の再来か? いや、そうはならない・・・といった議論を耳にする。そういった議論は経済学者にまかせるとして、マーケティングにかかわる人間として気になるのは、大恐慌の時代から学ぶべき教訓みたいなものがあるのか? あるとしたら、それは何か?・・・ということだ。1929年にアメリカで始まった恐慌は世界に飛び火し、32年後半から33年春にかけてピークを迎えている。その後の回復もぐずぐずしたもので、景気が本格的に良くなるのは、第二次世界大戦による戦争特需が生まれるようになってからだ。

 この長期にわたる不況の時代に、恐慌が始まった1929年以前よりも成長を遂げた企業がいる。そういった企業は、他の企業に比べて、どういった異なるマーケティング戦略を採用したのだろうか? これについては、恐慌再来が叫ばれるようになった2008年春ごろから、アメリカでも、いくつかの記事が書かれている。そして、面白いことに、ほとんどすべてが同じ結論に達している。

 簡単にまとめると、大恐慌を生き抜いただけでなく繁栄した企業は、「不景気などまるで存在していないかのように、一般大衆が消費できるお金を以前と同じくらい持っているかのようにふるまった会社」なのだ。「他の企業がコスト削減から広告費を減らしたなかで、広告をし続けた会社」なのだ。競合他社の広告が消費者には見えにくくなっていくなかで、以前と同じように広告するから目立つ。他の企業が消極的に対応するなか、積極的なマーケティングを展開することで、こういった企業は低いコストで市場シェアやROIを向上することができた・・・・というのが共通する結論だ。

 「不況は、ノイズが比較的少ない環境でマーケティングできるという絶好の機会を提供してくれる」と「アドバタイジング・エイジ/AdvertisingAge」は書いている。でも、あの雑誌なら広告の擁護をするのが当然。なんとなく信憑性がない。だが、大恐慌を含めて不況時に広告投資を継続した会社が成長したことを証明する調査結果や逸話がいくつかある。

(1)まず、最初に、大恐慌におけるエピソード・・・P&Gの売上は、大恐慌が始まった最初の3年間で$1億9200万ドルから$9400万ドルへと50%以下に落ちた。だが、広告予算を削減しないどころか、1933年には、当時、最も新しいメディアであったラジオを使い、メロドラマの連続番組の全国放送を始めている(ちなみに、こういったラジオ番組では石鹸(Soap)の宣伝をよくしたために、放送されたメロドラマはソープ・オペラ(Soap Opera)と呼ばれるようになった)。「P&Gが、アメリカのこれまでの主な不況時ごとに大きな成長を遂げてきたのは、偶然の結果ではありません。P&Gは、現在でも、不況時に広告予算を削減しないという哲学を保持しています」と断言するマーケティングコンサルタントもいる。

 1920年代、自動車のフォードの売上はシボレーの10倍あった。しかし、恐慌にもかかわらずシボレーは広告予算をふやし、財務数値のかんばしくないフォードが対抗措置をとることができないのを尻目に、1931年にはフォードの売上を抜いた。

 20世紀初頭、朝食用シリアル業界にはケロッグを含め42の競合企業がひしめいていた。恐慌が始まったとき、ケロッグはいったんは広告宣伝費削減を決めたが、すぐに撤回し、反対に予算を増やして積極的に広告し続けた。ケロッグの売上は競合他社を大きく引き離し、恐慌の最中も右肩上がりで上昇しつづけ、20年代末に$430万だった利益は、30年代初めには$570万に増大していた。

(2)アメリカの不況時のB2B分野における調査結果・・・・米出版大手マグローヒル社が産業財企業600社を調査した。それによると、1981年ー82年の不況時に広告費用を維持したか増やした企業の売上は、不況の最中とそれに続く3年の間に、広告を削減した企業と比較して256%も増大している。

 ちょっと期待はずれ?

 でも、マーケティングの「成功の鍵」なんて、みんなそんなもんです。当たり前のことを「基本は守らなくっちゃ」・・・と、きちんと実行する企業が成功するのです。だいたいにおいて、不況に突入しても広告活動が継続できるということは、財務的にも余裕があるということであり、それは、その会社がもともと優良企業であるという証です。最近の調査結果がそれを裏付けてくれます。

 米ビジネススクールの2002年の調査・・・様々な業種企業の上級マーケティング担当者150人を対象に、直近の不況時前後の業績と経営内容に関して調査した。結果、明確なマーケティング戦略、現金、革新や冒険を怖れない企業文化、余裕ある人員と生産能力といった要素をもって不況を迎えた企業は、不況をチャンスと考え、マーケティング投資を積極的に増やすことで顕著な業績を達成することに成功している・・・という事実が明らかになっている。

 米「大恐慌」時の消費者の所得レベルと購買行動を調べた結果によると、1)生活に困らないレベル以上の所得者は以前と変わらぬお金の使い方をした、2)所得レベルが一番低い層はギリギリの生活レベルに陥落し、3)中間レベルは通常の購買を先延ばしする傾向が高くなった。しかし、商品タイプ別に、恐慌以前の1928年の消費金額が恐慌ピークの1932年にどのくらい下がったかを比較してみると、いまの私たちが思うほどには落ちていない。

  1. 消耗品      下落率 6%
  2. 準耐久品         13%
  3. 耐久品           24%
  4. サービス           8%     総合平均下落率   9% 

 もちろん、モノ余り時代で情報が世界同時に伝達される現代と1920年代とを同じレベルで比較することはできない。だが、市場環境の違いを考慮しながらも、そこに消費者心理の共通点を探してみることは悪いことではない。たとえば、日本でも最近、消費者の買い控えが嘆かれるなか、高級化粧品(数万円するクリーム)は売れているという記事が出ていた。アメリカの恐慌時、最悪の経済状態だといわれた1933年においてさえも、化粧品の(インフレ調整済み)売上は1929年以前よりも高かった・・・というデータがある。

 パーミッション・マーケティングのセス・ゴーディンを含め、多くのマーケターは、不況時だからといって、消費者は価格そのものを購買選択の基準としているわけではないといっている。消費者は、安いかどうかというよりは、その値段に見合う価値があるかどうかを以前よりは慎重に判断するようになっている。基本的に、自分も配偶者も失業していないフツーの消費者は(そして、ニュースはこのフツーの消費者を取り上げることはない。フツーじゃないからニュースになるのだ)、漠然とした不安にとりつかれているだけで、行動経済学でいうところの「損失回避性」が高くなっている。リスクをとることを恐れるモードになっているのだ。「不可解な消費者行動シリーズ第2回 失うことを恐れる消費者」で説明したように、ほんのわずかでも損をする可能性があるのなら、「何もしないほうが得」という「現状維持」の傾向が非常に強く出ているのだ。

 だからこそ、このブランドや企業と取引をすることで損をすることなど絶対にない・・・という安心感を与えなくてはいけない。そういったときに、以前よりも広告をしないことは、消費者に不安感を与えることにつながる。

 ハーバード大学のクウェルチ教授は、「不安定な心理状態でいろんなことに確信がもてない消費者は、よく知っているブランドがもたらしてくれる安心感を必要とします」と書いている。

 「不況、いや、恐慌がやってくるぞ!」とニュースが声高に叫び、その不況がどこまで広がるのかどれだけ長く続くのか?ということが不確実なときには、消費者の損失回避ムードが最も高まる。クウェルチ教授はアメリカでも、不況時には家族や友人とのつながりを大事にするようになり、自分の小さな社会に引きこもる傾向が高くなるといっている。したがって、広告は、不安モードを払ってくれる安心・安全・愛情・信頼を与えるものでなくてはいけない。ところが、不況も底をつき、後は上がるだけ・・・といったある種の確実性が感じられるようになると、「たまには気晴らしが必要よ」といった開き直りが出てきて、贅沢品や高級サービス消費が購買されるようになる。広告も、現実逃避を正当化するような内容に変える必要が出てくる。

 人間心理は面白い。不確実なことは不安を呼ぶ。反対に、たとえ最悪の状況でも、最悪であることが確実であれば、それなりに受け入れることができるし、不安もやわらぐのだ。

 マラソンで他の走者を引き離すチャンスは一番辛い上り坂。競合相手がコスト削減しているときに広告を増やしたブランドは、一気に坂道を駆け上がり勝者としてテープを切ることができる。

 たとえば・・・このままでいくと、この苦しい上り坂を登る間に、サントリーが積極的にマーケティング投資をしているプレミアム・モルツは、台所事情の苦しいサッポロのエビスビールから高級ビール市場のシェアを奪うことに成功するかもしれない。また、衣料品市場では、ヒット商品も出し広告活動も継続しているユニクロが独走し、ファーストリティリングは豊かになった財布を懐に、海外の高級ブランドを(競う相手もいなくなって、割安に)買収するのに成功する。そして、景気がよくなったときには、その高級ブランドで世界市場でも売上を上げるという「繁栄の循環」を達成するかもしれない。同じようなことは、ウォルマートにもいえる。他社を圧倒する低価格で独り勝ちする一方で、念願の高級PBへのマーケティング投資を続ける。そして、景気がよくなったときには、利益性の高い高級PBを成功させてまた儲ける。ウォルマートの子会社である西友にとって、今回の不況は浮上するビッグ・チャンスとなることだろう。それがわかっているからこそ、12月4日から、同じ商品を他店で安く販売していたら同じ値段にします(実際には、もう少し複雑な条件がある)という価格保証の販促を始めたのだろう。だが、この販促で「西友の商品は安い!」というイメージを消費者に認知してもらうためには、積極的に広告をしなくてはいけない。西友が、この不況が提供してくれるラストチャンスに売上を伸ばせるかどうかは、この価格保証について、どれだけマーケティング投資できるか・・・にかかっている。

 日経新聞(12/9/08)記事によると、花王、ユニチャーム、コーセーといった日用品・化粧品メーカーが広告宣伝費を減らしている。とくにテレビ広告を減らし、そのぶん、ネットや店頭販促費用の比率を高めているという。一方、資生堂は広告宣伝費は前年並みを継続し、新ブランド発表などにはとくにテレビ広告を強調する方針らしい。資生堂は不況に採用するべき積極的マーケティングを実行するわけだ。

 かくして、大きい企業はまた大きくなり、優良企業はますます優良になる。

 でも、忘れてました。不況時は新しい革新的企業が誕生するチャンスでもあるそうです。少なくとも、アメリカでは・・・。GEは「パニック」と呼ばれた1873年の経済危機に、ディズニーは1923-24年の不況に、HPは恐慌の最中に、そして、マイクロソフトは1975年の不況のときに生まれています。

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 参考文献: 1.「西友の値引き、どこまでOK?] 日経MJ12/12/08, 2.「広告宣伝費が減少」日経新聞 12/9/08, 3.Dave Chase, How brands thrived during the Great Depression, iMedia  Connection, 10/17/08, 4. Jack Neff, Recession Can Be a Marketer's Friend, Advertising Age 3/24/08, 5. John Quelch, Marketing Your Way Through A Recession, Working Knowledge, 3/3/08

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2008年12月 6日 (土)

マックの「クォーターパウンダー」の価格と広告

Stnd007s日本マクドナルドが11月28日に、通常の2.5倍の重さ(約110g)のビーフパティが入っている「クォーターパウンダー」を発売した。肉2枚とチーズが入る「ダブルクォーターパウンダー・チーズ」は490円で、マックの全商品のうち最も高額な商品となる。外食不況が深刻化するなか、マクドナルドの売上高は2008年も好調に推移しており、11月末時点で、対前年比は既存店で2007年1月より23ヶ月連続でプラス、全店では34ヶ月連続プラスの記録を更新した。

 好調の原因としては、24時間営業の拡大とか、新商品や期間限定商品をこまめに発売することによる来店客数や来店頻度の増大などを挙げることもできる。だが、今年に入って消費者心理が異常に冷え込むなか、マックだけが独り勝ちしているのは、やっぱり、100円バーガーや100円コーヒーといった低価格品や新聞折込やケータイで配布している割引クーポンが貢献している・・・・と誰もが考えることだろう。

 だからといって、「やっぱり不景気は低価格で乗り切るしかないんだ」なんて単純な結論を出してはいけない。安いモノを売っているだけでは、未曾有(ミゾウ。一応、念のためルビをふっておきます)の経済状況では生き残ってはいけない。こういったときだからこそ、高額品を販売する。日本マクドナルドの原田CEOは、会見において、今後もチキンの高額品を出すなどしてプレミアム商品の品揃えを強化するとともに、百円商品もさらに強化して幅広い需要を取り込むつもりであることを強調した。「プレミアム商品と並んで、今後はコア(中核)商品や割安なヴァリュー商品も更に強化していきたい」(日経MJ、11/28/08)というコメントから考えると、マックは3つの価格帯の品揃えを考えていることになる。

 これは、不景気がどこまで拡大するか、あるいはどれだけ長期化するか予測不可能な「不確実性の時代」において、効果的な価格戦略なのだ。

 不景気が進む中、「低価格」が合言葉のようになってきているが、粗利益率も利益金額も低い商品に専念していては、ただでさえ脆弱(これもルビをふっておいたほうがよいかも?でも、某首相が読むわけじゃないから大丈夫か・・・・)な消費財関連企業の財務体質はますますやせ細っていってしまう。低価格品を強化する一方で、利益を確保できる高価格帯の品揃えもきちんとするのが、不確実性市場で生き残るための重要ポイントだ。

 世界的にみられる消費者の二極化や消費の二極化の傾向は、不景気によって消滅するわけではない。また、消費者も、なんでも低価格品が良いと思っているわけではない。たとえば、食べ物を例にとれば、11月中旬に実施された三井物産戦略研究所の調査では、野菜や果物の選択において、20代から60代の主婦の62.5%が「価格が1割高くても生産履歴が確認できるものを買う」と答え、21.5%が2割以上高くても買うと答えている。野菜や果物を買うときに重視する要因は、「生産国」が最も多くて44.5%、「農薬や肥料の使用状況」が12.0%・・・・そして、「価格」は9%だった。2割高くても買うという21.6%のセグメントにオーガニックで高品質な食品を適切な利益が出る価格で販売していく・・・・低価格品を強化しながらも、その一方で、価格感受性の低い(よって利益性の高い)セグメントに、そのニーズにそった高額商品を提供するという戦略をとらなかったら、企業はいまの経済状況を乗り越えていくことはできない。

 マックが日本の外食産業で独り勝ちしているとして、アメリカの小売業で独り気炎をあげているのはウォルマートだ。アメリカの11月のデパートを含めた主要小売業の既存店売上高は前年同月比で2.7%減。この減少率は1969年以来最大だという。そのなかで、3.0%の成長を達成したのはウォルマート唯一つ。景気の深刻化を受けて、徹底的な安売り作戦をとったのが成功の要因だ。が、だからといって、ウォルマートが昔ながらの低価格路線に逆戻りしたというわけではないだろう。

 ウォルマートは(小売とメーカーのバトルロワイヤルシリーズ第9回で書いたように)、2007年に、低価格一辺倒の従来の路線を軌道修正し、スローガンも「いつも低価格」から「節約して良い暮らしを!」に変更した。それは、低価格を買う既存の層を失うことなく、1)価値ある(値段もちょっと高い)ブランドや、2)食料品だけでなく衣料品やエレクトロニクス製品といった高単価な商品カテゴリーをも購買してくれる層にアピールすることにより、将来的成長を持続するためだった。

 ウォルマートはこういった基本方針を決めるために2億人といわれる顧客を7つのセグメントに分け、そのうちの3つのセグメントをターゲットと定めた。

  1. 全顧客の14%を占める低価格しか買えないセグメント
  2. 29%を占める低所得者だがブランドにこだわるセグメント
  3. 11%を占める価格に敏感な高額所得者セグメント

 アメリカのいまの景気では、②のセグメントの一部が①に流れ、他店からも①のセグメントに移行してきて、①のセグメントの顧客数は増大しているかもしれない。だが、いまでも、②と③のセグメントは存在している。とくに、③のセグメントには、他店から高額所得者が移行している可能性も高い。他セグメントより価格感受性の低いこのセグメントに高額品を販売することは利益性の高いビジネスになる。また、景気はいつかは必ずよくなる。そのとき、③のセグメントは再度重要となる。だから、たとえいまは低価格商品が売れ筋だとしても、③のセグメントのニーズにこたえる商品はそろえておかなくてはいけない。

 著名コンサルティング会社マッキンゼーも、100年に一度といわれる今の経済環境で生き残るためには、1)利益性ある顧客セグメントを見つけて、そこに投資をすること、2)常に変化する不確実な状況においては、最優先するべき顧客セグメントは誰でどこにあるかを常に再チェックすること・・などを挙げている。顧客を価格への感受性で分類し、感受性の低いセグメントから利益をあげ、感受性の高いセグメントには売上規模を上げるために低価格品を提供し割引クーポンを配布する・・・といった、まさにマクドナルドがとっているような価格戦略が重要となる。

 最後に、クォーターパウンダーの広告の話です。

 新聞一面に、水泳の北島康介選手を使った大きな広告が掲載された。テレビ広告も始まった。Big Mouthがキーワードで、「サイズの大きいクォーターパウンダーをでっかく口をあけて食べよう」という意味と、「その口で、でっかい夢を大胆に語っていこう!」という二つの意味が含まれている。「新しいハンバーガーがこの国の生きかたかを変える。Big Mouth!でいこう」という社会の閉塞感を吹き飛ばそうとするコピーがいい。

 消費者の声に耳を傾けて低価格品を提供するのもいいけれど、消費者の言動に忠実に従うことだけがマーケティングだろうか? 企業にとって望ましい行動をとってもらうために、消費者を説得して誘導することもマーケティングではなかったか? かつて、マーケティングはもっと原始的でもっと情熱的なものだった。売り手が買い手の心理を考えながら買い手を自分の意に沿うように誘導していく力があった。消費者に自分が提供するモノを自分の条件で買わせようとする迫力が感じられた。それが、いつのまにやら、消費者の言うことに耳を傾けるだけの消極的で上品なものに変わってしまった。消費者の要望だからといって、ほとんど利益の出ない低価格品を提供してそれを買ってもらうだけなら、マーケティングなど必要ない。

 そのうえ、それが本当に消費者のニーズに沿っているかどうかも怪しいものだ。質問されれば、金持ちでも(いや金持ちだからこそ?)「安いほうを選択する」と答える。深層心理をさぐれば、低価格とか不景気という言葉はもううんざりだと思っている消費者もいるはずだ。「100円バーガーばかり食べていないので、たまには豪勢にビーフをたっぷり食べて元気を出そう。そして、頑張って、いまの困難を乗り越えていこうじゃないか!」・・・そう語りかけて、「そうだ、頑張ろう!」という気分にさせるのもマーケティングの力であり醍醐味ではなかったのか?

 クォーターパウンダーの広告は、マーケティングの原点に戻った感じで好きです(とはいいながら、半分ベジタリアンの私は、ハンバーガーは食べません)。

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参考文献: 1.「マック、高級バーガー本格発売、価格展開幅広く」、日経MJ11/28/08、2.「日本マクドナルドCEO原田頴泳幸氏・・・高価格路線への転換ではない」、日本経済新聞11/27/08、3.「1割高く手も買う。62%」、朝日新聞 12/5/08, 4.David Count, The downturn's new rules for marketers, The McKinsey Quarterly December 2008、5. Jack Neff, Wal-Mart Grinning Big Throught the Tough Times, AdvertisingAge 10/6/08

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2008年11月27日 (木)

「ロングテール」が招いた幻想

Stnd007s ロングテールという本がベストセラーになった理由の半分は、そのタイトルにある。そして、残りの半分は、インターネットがこれまでにない何か新しいことを可能にしてくれる・・・という希望とロマンを提供したところにある。

 だが、長いシッポ理論が描いた「新しい世界」は幻想であることが、わかってきた。インターネットは、誰もが平等に戦える機会が均等に与えられた市場ではなかったのだ。オンライン市場は、ある意味でオフラインの競争市場よりも、不平等性がより極端に現れる市場だということが明らかになってきた。

 オンライン市場の不平等性については、グーグルエリック・シュミットCEOが、マッキンゼーとのインタビューに答えて、「残念ながら・・・・」と次ぎのように認めている(McKinsey Quarterly 2008年9月)。

 「インターネットは(市場参入への)障壁を取り払ったことにより、市場をより民主的なものにするのでしょうか?」という質問に答えて、グーグルのCEOは「インターネットは、多様性や個性を重視するロングテール理論が現実となる場所であり、ネットは公平で平等な競争市場をもたらした・・・と答えられればよいなと思います。しかし、残念ながら、現実はそうはなっていません。実際に起こっていることは、(たとえば、売上の80%がわずか20%の売れ筋商品からもたらされるという、いわゆる80/20の)ベキ乗則なのです。新しいネットワーク市場のほとんどは、このベキ乗則に従っているのです・・・・・我々はテールに関心を持っており無視することはありません。が、収益のほとんどはヘッドに集中しているのです。ロングテール戦略を採用するかどうかは自由ですが、実際問題として、ヘッドを持たなければビジネスは成り立たないのです」

 シュミットCEOはもっとショッキングな事実を認めている・・・・「インターネットはヒット商品をよりヒットさせ、特定ブランドへの集中度をより高めることになるでしょう。ネットワークでより大きい市場に到達することが可能になったというのに、(多様性が増すのではなく単一性が強まるという)この事実は大半のひとには理解できないことでしょう。しかし、どれだけ多くの人間を集めたとしても、やっぱり、誰もが同じスーパースターが好きなのです。だから、アメリカだけのスーパースターではなく、世界的スーパースターになるのです」。

 ネットでは、80/20のルールではなく90/10のルールになる・・・・とシュミットはいっているのだ。

 シュミットCEOが認めたことは、すでに、注目のキーワード11「ロングテール理論への反論」で詳しく書いたように、ハーバード大学のエルバース準教授によって、実証されている。彼女は音楽配信やDVDレンタルサービスのデータを使って、1)オフラインからオンラインへ移行することによってテールはより長くはなっているが太くはなっていない、2) ヘッド部分のヒット商品への集中度はオンラインにおいてオフラインよりもより大きくなっていること。つまり、売れるものはより売れる傾向が促進されていること、3)ヒット商品を買っている客がニッチ商品を購買している割合が高いこと、よって、クリス・アンダーソンのいうように「これからは、ニッチ・セグメントを攻略する企業が繁栄する」なんてことにはならない・・・・など3つの点を証明した

 ロングテール理論自体は、もとからあるベキ乗則のシッポにスポットライトをあてただけだ。そして、ネット社会の現実は、ヘッドにスポットライトが当たるようになっていることを実証している。

 たしかに、ネットを利用することで、ニッチ市場相手に商売することはたやすくなった。だが、ニッチ市場での成功は限られいる。一定以上大きくはなれないのだ。そして、ヘッド商品に加えて長く続くテール商品をも販売することができる大企業が、オンラインにおいては、異常に大きく成長することができるのだ。

 実際、マッキンゼーの調査結果によると、様々な産業や市場において、株価、収益、利益、資産などの数値をつかって企業をランキングすると、(当然のことながらベキ乗則に従ったカーブを描くことになるが)、そのヘッドがより短くなり、急激に長いテールに落ち込む傾向が年々高まっているという。つまり、より少数の大企業に収益が集中し、大半の企業の業績は平均以下になるという不平等さが、より顕著になってきているということだ。しかも、産業の開放性や競争の度合いが高いほど、その傾向が高い。競争相手の数が多いほど、また、消費者の選択肢が多いほど、分布曲線は平坦になるだろうと予測するであろうが、実際には、その反対になってきているのだ。

 日本においても、日本通信販売協会が最近発表した調査結果によると、ネット通販市場において、三大モールサイト(楽天、アマゾン、ヤフー)の利用率が95%にも達していることがわかった。寡占化が進む中、モールに属さない独立運営のサイトは新規客を獲得することにおいて、非常に不利な条件を背負っていることになる。

 ネットは平等をもたらすのではなく、より大きな不平等をもたらす・・・・この事実は、インターネットをビジネスに使うことで成功した初期の起業家たちにとってはショッキングな結果かもしれない。しかし、こういった現象は、人類の本質を知れば当然のことだと理解できる。

 人間(消費者)はよくいわれるように、「多様化」や「個性化」しているわけではなく、行動の動機付けに強い力を発揮する無意識の内なる感情レベルにおいては、非常に似通っている(「ブランドと感情と記憶シリーズ」を参照してください)。また、他人と同じことを考え他人と同じように行動したいという本能を持っている(「不可解な消費者行動シリーズ」を参照してください)。よって、よりスピーディーにより広くアイデアが広がるネット社会においては、ヒット商品は、国内的ヒットではなく、世界的ヒットになり、大企業は国内だけでなくグローバルな大企業になる。大きいものはより大きくなっていくのだ。したがって、ネット産業も、所詮は、独占禁止法によって管理されなければいけない産業の域を出ないのだ。

 もちろん、ネットのおかげで市場への参入がたやすくできるようになったこと、消費者が様々な選択肢を享受できるようになったことは事実だ。しかし、これが起業家や消費者の幸福感につながるかどうかは別問題だ。起業家は大きくなりたいという欲望が強い。ニッチ市場を征服するだけでは不満足だろう。ニッチ市場の枠を超えて成長しようとするとき、ベキ乗則に従う産業構造に挑戦しなくてはいけない。そして多くが失望感を味あう結果となることだろう。消費者は、選択肢の余りの多さに、行動経済学でいうところの「選択のパラドックス」に陥り、何を選んでよいかがわからなくなり、購買するという行動を起こすこと自体を躊躇するようになるかもしれない。

 数百万年の歴史をへて出来上がった人類の脳の仕組みが変化しないかぎり、インターネットという新しい道具が登場するぐらいでは、産業構造の仕組みは変わらない。人類の本能的行動によって、ネットが不平等性をより拡大するという予期せぬ結果がもたらされた。これは、ネット関係者のインターネットに寄せるロマンを幻滅させたかもしれない。でも、人類の進化の歴史に思いをはせる(私の個人的)ロマンはちょっと高まったかも・・・。

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参考文献: 1. Google's view on the future of business: An interview with CEO Eric Schmidt, The McKinsey Quarterly September 2008, 2.Michele Zanini, Using 'power curves' to assess industy dynamics, McKinsey Quarterly November 2008、3、3大サイト利用率95%、日経MJ11/26/08

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2008年11月16日 (日)

ネットにおける無料顧客の価値?

Stnd007sネットでは、無料の情報とかサービスを提供することで、不特定多数の客をコスト安に集めることができる。この「客」というのは、たんなる「アクセス客」である場合もあるし、最終的には購買客になる「見込み客」である場合もある。どちらのタイプの客も企業にとっては価値がある。

 たとえば、@コスメのようなクチコミサイトでは、アクセス客が多ければ、それが記事になり話題になり、結果、より多くのアクセス客が集まることになる。そして、アクセス客が多くなればなるほどサイトの広告メディアとしての価値が高まり広告収入も増える。また、@コスメサイトで気に入った商品がみつかって購入すれば、アクセス客は見込み客だった、そして購買客になってくれた・・・ということになる。どちらのタイプの客も企業に収益をもたらしてくれる「価値ある客」だ。

 だが、基本的にアクセス客自体は、お金を支払ってくれない無料(タダ)の客だ。

 最新のハーバードビジネスレビュー(1008年11月号)では、この無料客の価値について面白い論文が掲載されていた。そして、なんと、あの「ロングテール理論」のクリス・アンダーソンも興味をもったらしく、自分のブログ(11月4日付け)で、論文の次ぎのような箇所を紹介している。

 「他の客の支払う金によって補助されている自分自身はほとんどなにも支払わない客。こういったタイプの客が必要不可欠だというビジネスはけっこうたくさんある・・・・・・こういったビジネスモデルは、世界の大手100社のうちの60社の収益の大半をもたらしているという推定もある。ネット上で無料サービスの提供が爆発的に増大していることによって、いわゆる市場の二面性(two-sided market)といわれるビジネスモデルはますます一般的なものとなることであろう」

 Two-sided marktは「市場の二面性」と訳されているようだけれど、素直に「二つの側面をもった市場」にしたほうがわかりやすい思う。

 まあ、それはさておき・・・。

 たとえばクレジットカード会社の場合、客には2種類ある。カード会員である消費者と加盟店だ。会員はカードがどこでも使えることを望む(つまり、より多くの加盟店が必要)、また、加盟店のほうもより多くのカード会員が存在することを望む。だから、カード会社は、会員数を増やすために年会費を無料にすることがある。それが、結局は、加盟店を増やすことにつながり、加盟店からの手数料収入が会員の獲得維持費用を補って余りあるものになることを見越しているからだ。こういった「2つの側面をもった市場」は、不動産業、IT産業、オークションハウス、印刷媒体、就職斡旋業など数多くある。

 ニューヨークタイムズは2007年にネット読者に記事を無料公開することにした。同じく、フィナンシャルタイムズも一ヶ月30件の記事までは無料提供とした。ウォールストリートジャーナルでさえも、オンライン記事を無料提供することで、毎日アクセスしてくる読者数を100万人から1000万人に増やす計画があるという。アクセス数がふえれば、広告収入がふえるからだ。また、オークションサイトでは、有料顧客というのは出品料や売れたときの手数料などを払ってくれる売り手だ。だが、より多くの売り手を集めるためには、何も支払ってくれない買い手(入札/落札客)を多く集める必要がある。

 クリス・アンダーソンは論文の次ぎの箇所も引用している。

 「・・・(こういったビジネスモデルは)、1)ある顧客セグメントに料金を課さないことによって、大規模な顧客を引き寄せるのに必要なクリティカルマスの顧客を獲得できる、2)そして、後者からの収益が、前者を獲得してサービスを提供する経費をまかなって余りあるものとなるはず・・・という理論的根拠に基づいている」

 たとえば、有名な例はAdobeのPDFだ。発売当初は読者にも書き手にも料金を課したためになかなか普及しなかった。当然売上はあがらない。そこで、読者には無料で提供することにし、それによって、書き手からの売上が急激に増大することとなった。

 「問題は、この「無料客」の価値を計算する方法を見つけることだ。経営者は無料客が必要だとわかってはいても、その重要性を軽く見る傾向にある。その理由は、1)当然のことながら、収益をもたらしてくれる顧客のほうについ集中してしまうし、2)無料客の生涯価値を計算する厳密な方法がわからないからだ・・・・・」

 無料客を集めるのにどれだけの経費をかけられるか? を知るために、無料客の生涯価値を計算する。そのためには、無料客がどれだけ他の無料客や有料顧客を集めることができるかを知らなくてはいけない。そのとき、1)無料客が無料客を集め、有料客が有料客を集める直接的ネットワーク効果だけでなく、2)無料客が有料客を集め、有料客が無料客を集める間接的ネットワークも計算にいれなくてはいけない。

 論文では、某オークションサイトにおいて過去のデータ(売り手と買い手の数、各グループの増加率、売り手への請求額、両グループを集めるためのマーケティング投資額など)を分析した。その結果として・・・

  1. 買い手間の直接的ネットワーク効果は売り手間の効果より大きい。
  2. より多くの買い手はサイトを魅力的なものにして、より多くの売り手をひきつける間接的ネットワーク効果がある。
  3. 買い手は、とくに初期において、売り手と買い手両方を集める大きな影響力を発揮する。たとえば、初期に獲得した買い手客の価値を$2500とすると、50ヵ月後に獲得した買い手客の価値は半分の$1360、100ヵ月後に獲得した買い手客の価値は$200前後となる。つまり、早期にクリティカル・マスに到達することが重要であり、たとえ損失を出しても最初の集客投資が必要。
  4. 売り手への料金を決めるにあたっては、浸透価格戦略を採用する。初期に安くすることでより多くの売り手が集まる。それがまた多くの買い手を集めることになる・・・

 といったような内容なのだが、クリス・アンダーソンは、「ビジネススクールの教授らしく、わかりきった結論に持っていくまでに時間をかけすぎる」と批判しながらも、「無料サービスに魅了された初期採用者は後期採用者よりも他の買い手や売り手をひきつけるのには重要という結論は、ネットワーク効果の基本で前からわかっていたことだ。だが、この記事では少なくともその理論を数値化して、無料客の価値を数字で出している」と、それでも、ちょっぴりほめている。

 70年代末から80年代初めに「データベースマーケティング」なる考え方が登場したときには、新規客を獲得したら、ひとり一人のデータを利用しながらパーソナルなサービスを提供して(大切に)優良顧客に育てていく・・・ことが顧客戦略だった。そして、優良顧客の生涯価値を計算して、よって、新規客獲得にどれだけのマーケティング投資をかけられるか、顧客の維持にどれだけの投資をすることができるか?・・・・を考えた。

 それが、インターネットが普及するようになってから、とくにケータイサイトの利用が進む中、情報を提供することで不特定多数の見込み客がコスト安に集まるようになった。たとえば、TSUTAYAが1999年にツタヤオンラインを開始し、登録会員には映画の新作情報や優待割引情報などを無料で提供するサービスを始めた。ケータイ・サイトで同じサービスを開始するようになり、短期間のうちに、数百万人の会員を獲得して話題になった。そのころからだ。多数の見込み客をふるいにかけ、そのなかから優良顧客を見つけていくという顧客戦略も選択肢のひとつになったのは・・・。

 そして、いま、無料客にも価値があるとされ、無料客の生涯価値が計算されるまでになっている。顧客戦略もテクノロジーの変化とともに当然のことながら変わってきている。

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 参考資料: Sunil Gupta and Carl F. Mela, What is a free customer worth?, Harvard Business Review, Nov. 2008

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2008年9月19日 (金)

ファストファッション(H&M/へネス&マウリッツ)

 「世界3位のカジュアル衣料品専門店H&Mが9月13日、東京銀座に日本1号店オープン」・・・開店を待って長蛇の行列ができたということで、新聞各紙に記事が出たのはまだしも、NHKのニュースにも登場したのには驚いた。

 H&Mって日本でそんなに知名度あったっけ?

 しかも、行列に並んだ人数が、読売、朝日、日経で1000人から3000人の開きがあって、H&Mのホームページでは5000人が並んだと書かれていて笑ってしまった。デモの人数で主催者側発表と警察側発表でケタが違うことはよくあるけど・・・。

 数の違いはさておき・・・・

 日本国内ではそれほど有名でもないH&Mの開店になぜ行列ができたのか? もともとPR上手、つまり話題づくりが上手なことでは定評のある会社なので、調べてみたら、やっぱり・・・。それなりの準備をきちんとしていた。

  1. 7月18日にモバイルサイトを開設。もちろん、PCサイトも開設して、そこで、ブランドや銀座店開店についての情報を提供するのはむろん、会員になれば特典があるとして会員登録をうながす。
  2. 9月11日にオープニングレセプションパーティを開催するので、限定200名を招待するというメールを会員に送付。セレブも参加したパーティでは商品を25%割引で買うことができた。
  3. 9月13日の開店時に、先着500名にTシャツをプレゼントするという案内メールを会員に送付。

 行列ができたはずだ。Tシャツがもらえたのだ。中間に並んでいたTシャツをもらい損ねたひとたちには折畳み傘がプレゼントされたというから、H&Mの予測以上の人たちが並んだので、感謝の意を表して傘を急遽プレゼントすることにしたのだろうか? いずれにしても、米ビジネスウィークの記事(9/8/08)には、日本にはすでに2万人のファンクラブが存在していると書いてあった。たぶん、サイトで登録した会員数のことだろう。

 前述したようにPRが上手な会社で、2004年から著名デザイナーであるカール・ラガーフェルド(シャネルのデザイナー)、2005年ステラ・マッカートニー(ポール・マッカートニーの娘)、2006年ヴィクター・ロルフ、2007年にはマドンナがデザインするラインを発表している。そういった商品ラインはルイ・ヴィトンのリミテッドエディションと同じように一回限りの数も限られた商品ラインだからすぐに売り切れる。入荷の日には、早く行かないと売り切れることを知っている顧客で店舗前に行列ができ、店内は商品の奪い合いでごったがえす・・・その様子がニュースや記事になる。

 H&Mは低価格ブランドかもしれないが、マーケティング戦略は、セレブと希少価値を最大限に利用する高級ブランド・マーケティングと同じだ。

 ちなみに、2008年秋は日本での開店を記念してかもしれないが、「コム・デ・ギャルソン」の川久保玲のデザインになるラインを発売することになっている。もちろん店舗数も限定して世界市場30カ国1600店舗のうち取り扱い店舗は200店のみとなっている。

 どの新聞でも「世界3位のカジュアル衣料品専門店」と紹介されたように、No.1は米Gap(ギャップ)、No.2はスペインのZara(ザラ)で、No.3がスウェーデンのH&Mとなっている。が、この順番はつい最近変動があって、2008年第一四半期の売上においてザラの親会社のインディテックス(Inditex)がギャップを抜いて1位になった。ザラは2005年にH&Mを抜いてヨーロッパでのNo.1となり、その後も世界市場で積極的に店舗拡張を進め、アメリカにおける消費者市場の不振を受けたギャップが落ち込んだところを捕まえた形だ。

 ザラは洋服のデザインから店頭に並ぶまでの期間が14日ということで有名になったが、ちなみに、H&Mは20日、ユニクロは6週間、ギャップは3ヶ月かかるといわれる。ただし、このなかで一番低価格なのはH&Mだろう。ザラやH&Mの衣料品は「チープシック」と呼ばれることが多いが、ザラは海外ではスペイン国内よりも高い値付けをしており、H&Mよりも30~50%高い。

 ユニクロ(ファーストリテイリング)の柳井社長が「うちとH&Mとでは持ち味が違う」から競合関係にはない・・・と日経MJ(9/3/08)で語っていたが、ギャップとユニクロがカジュアル衣料品ならザラとH&Mは欧米では「ファストファッション Fast Fashion」と呼ばれる。つまり、ファッションショーでモデルが着たトレンディな服を14日~20日後には店頭に並べるということだ。(ユニクロは、フリースから始まって最近のブラトップまで、ヒットしているは機能性商品だ。その点からみても、H&Mとは異なる。もっとも、世界市場を目指すユニクロとしてはもっとデザイン性を強調したいのかもしれないけれど・・)。 

 ザラとH&Mは「チープシック」で「ファストファション」なのだ。数の限られた新しい商品が常時陳列される結果として、ファストファッションの店舗への来店頻度は高くなる。2004年のロンドン中心街における調査では、消費者の他商店への平均来店頻度は年間4回だったが、ザラの店舗には17回も来店していた。

 H&Mはザラよりも価格が安く、年に50万種のデザインの異なる商品を販売し、2週で商品を入れ替え、大型店は一日2回の納品(旗艦店では1日3回)、そのうえセレブやメディアを利用した派手なPR活動のおかげで目立つ。そのせいか2003年ごろには、「チープシック」を越して「使い捨てシック disposable chic」と命名されたりした。つまり、若者を最新のトレンディなかっこうで常にきめていなくてはいけない気持ちにさせ、ニ・三回着たらポイ捨てして次ぎの旬の服を買わせる(品質が悪いので、長くはもたない・・・という皮肉も含まれている)。「使い捨てシック」には資源の無駄づかいで「地球に優しくない」という批判も含まれている。

 そういう批判に応えて商品改良を進めているのか、「H&Mは品質が劣る」という評判は過去形になってきているともいわれる。「日経トレンディー(5/1/08)」がユニクロ商品と比較して、縫製、洗濯後の縮み、色落ち・変色などきちんとした検査をした結果を掲載している。その比較調査によれば、H&M製品はユニクロに比べてやや劣る部分もあったが、それほど変わりはなかった。

 NHKが深夜に放送する「Tokyoカワイイ」という番組をみていると、原宿に出没するいわゆるクールジャパンを代表する女の子たちは、安い洋服を買ってきて、それを自分たちでいろいろ加工して「自分だけの洋服」をつくり着ているようだ。彼女たちは案外に器用で、リボンやビーズをてんこ盛りにした長いツケ爪を苦にすることもなくミシンをあやつり、摩訶不思議なオリジナル洋服をつくっている。どう見ても、ドライクリーニングなどに出したら二度と同じシルエットは戻りそうもない複雑怪奇なデザインだ。彼女たちなら、H&Mがトレンディーでクールでありさえすれば、ちょっとくらい縫製に問題があっても平気だろう。

 H&Mのロルフ・エリクセンCEOは日経MJのインタビュー(9/17/08)で「H&Mの主な顧客は30代ー40代の子供もいる働く女性」と語っていたが、日本ではそこから十歳は引いたほうがよさそう。ジーンズのすそあげなどの無料サービスは世界中でしていないので日本でもしない方針だそうだが、東京に住んでいる働く女性は自分ですそ上げなどしないと思う。だけど、原宿当たりを内股歩きで闊歩する「意外と手先が器用な女の子」たちならOKどころか、ジーンズのすそにも自分の好みでいろいろくっつけたりすると思うけどね。

 ところで、世界の低価格ファッション市場は、どうやら、スウェーデンのH&Mとスペインのザラの戦いになりそうなので、その2社の違いを比較してみる。

  1. 工場: ザラは自前の工場でしかも、スペインや近隣の国にある。製造経費は高くなっても、倉庫や物流センター(すべてスペインにある)に近いために、割増経費は相殺されるという。H&Mは自前の工場を持たずすべてアウトソーシング。700件のサプライヤーの三分の二はアジアにある。自前の工場をもたないぶん、先行き不安な不確実性の時代には融通性があって良いという意見もある。ザラの役員は、「アジアでの店舗がもっと増えれば物流センターをアジアに開ける必要があるかもしれない。だが、2013年まではいまの体制で大丈夫だ」と語っている。逆発想サプライチェーンシステムで世界中のビジネススクールの教材となっているザラのことだから、将来のことはきちんと考えていると思うけれど・・・。
  2. デザイナー: どちらも社内デザイナー。H&Mは100人。ザラは200人。
  3. 広告活動: ザラは広告はほとんどしない。通常売上の3~4%といわれるがザラは0.3%(2004年現在)。店舗が広告媒体であるとし、ブティックのような店作りを心がける。本社のデザイナーが店舗レイアウトやウィンドウディスプレイを決め、二週間ごとに変え、その写真を世界中の各店舗にメール送付する。H&Mは前述したように、高級ブランドと同じような宣伝活動を採用している。
  4. ブランドの多様化: ザラはインディテックスの売上の60%を占める。それ以外にも、より高級なブランドと若者向けのブランドなど7つのブランドを所有。ザラを目標として拡大成長をめざすH&Mも、2007年に、既存ブランドより高額で年齢も高目のブランドCOS(Collection of Style)を発売し、また、十代の女性向けブランドなどを所有するスウェーデンの会社を買収している。

  いずれにしても、H&Mは2007年度の売上119億ドル(1兆3700億円)で14.5%増。価格がライバルよりも安いため、景気低迷は拡大のチャンスととらえていて(より良い条件で一等地に店を構えることが可能)、2009年にかけて店舗数を15%増大する計画だという。

 H&Mの店内の混雑ぶりとかサービスのおおざっぱさは、欧米でもよく話題になる。面白いエピソードをふたつ紹介しよう。

 パリの旗艦店は一日3回商品が入荷されるくらい人気店舗だが、バーゲンのときとか限定ラインが入荷するときは、試着のために長い行列ができる。うんざりしていたら、店員が「30日以内なら返品できますから」と叫んでいたそうだ。つまり、試着しなくても家に帰って着てみて気に入らなかったら30日以内に返品すればよい・・・ということだ。

 スウェーデンの広報担当者が、著名デザイナーによる洋服の限定販売のときすぐ売り切れるという苦情に応えて、「ウェブサイトを事前にチェックして、いつ入荷されるか調べてから早目に来店してください。もし売り切れていたら、次ぎの日に再度来店してください。返品が戻ってきているから」

 こういうおおようなところ、現地で経験すると、日本の生真面目さに比べてどこか人間的で良いと感動したりするけれど、日本で経験するとけっこう頭にくるのが不思議だ。

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参考文献: 1.Kasra Ferdows, et al., Rapid-Fire fulfillment, HBR November 2004, 2.Kelly Nolan, H&M expands global reach, readies new banner, DSN Retailing Today 7/10/06, 3. Cecilie Rohwedder and Keith Johnson, Pace-Setting Zara Seeks More Speed To Fight Its Rising Cheap-Chic Rivals, Wall Street Journal 2/20/08, 4. Kerry Capell, H&M Defies Retail Gloom, Spiegel Online, 9/4/08, 5. Graham Keeley, Zara overtakes Gap to become  world's largest clothing retailer, Guardian .co.uk.8/11/08, 6. Cari Simmons, Swedish H&M takes the catwalk to the sidewalk, Sweden.SE 11/3/06 7. Sarah Raper Larenaudie, Inside The H&M Fashion Machine, Time Magazine 2/9/04 , 8. Store Wars: Fast Fashion, BBC News 2/19/03, 9.「最強アパレル、上陸」、日経ビジネス9/15/08

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2008年7月 8日 (火)

ロングテール理論はまちがっている!

 いまさら「ロングテール」もないだろう・・・・って?

 たしかに、「長いシッポの話」は充分以上に語りつくされた感がある。でも、シッポをキーワードに選んだのには理由があるのです。シッポが長いだけじゃなくて太くなったかどうか?・・・・という議論がつい最近闘わされたのです。

 ハーバード・ビジネス・レビュー最新号に、「ロングテール理論からクリス・アンダーソンが出した結論は間違っている」という論文が掲載された。著者はハーバード・ビジネススクールのアニタ・エルバース準教授。「ロングテールに投資すべきか?」というタイトルの論文なのだが、これに対して、クリス・アンダーソン自らがブログで短い反論を書き、それに対してエルバース準教授がまた反論を書いた。この二人のやりとりは、互いに最大級の賛辞を送りながらも相手の間違いはしっかりはっきり皮肉をまじえて指摘する・・・・・英国での国会討論のように火花がチチッと散らされた感じでけっこう面白い。

 どちらの意見に賛同するか?

 もちろん、私は、アニタ・エルバース派です。

 だって、クリス・アンダーソンは物理学に精通している超優秀な頭脳をもった「テックのひと」かもしれないけど、「モノを売る」ことを知ってはいない(って、こんな大胆なことが言えるのは、本人が日本語で書かれたブログを目にすることなど1000%ないとわかってるからですよ。むろん)

 2006年に「ロングテール」の本が出版されたときから、ひっかかるものがあった。あの本で証明されたのは、3つの条件: 1)膨大な選択肢(提供される商品アイテム数が多い)、2)地理的制限なく集められる大規模な数の顧客、3)(デジタル商品を中心とするために)在庫や物流コストは無視できる・・・という3つの条件の下において、たとえば、音楽配信サービスの場合、商品アイテム(曲)とその販売個数(ダウンロード数)をグラフにしてみると、テールが非常に長くなっている・・・という事実だけだ。(3つの条件といったが、現実的には、これに4つ目の条件も付け足さなくてはいけない。つまり、検索エンジンやレコメンデーションを利用することによって、顧客が選択肢の多さに圧倒されることなく、簡単にニッチ商品を見つけることができる・・・が4番目の条件となる)。

 この事実に基づいて、ネット販売ならニッチ商品もたくさん売れる。よって、テールが長くなるだけでなく太くなる。これからはニッチ・セグメントを攻略する企業が繁栄する・・・と予測されたのだ。

 この考え方には、そういった商品を買う「顧客」がまったく抜けている。ニッチ商品を買う顧客がヒット商品も買っているかもしれない可能性は考慮されていない。ニッチ商品を買っている顧客の多くがヒット商品を買う顧客でもあったとしたら、アンダーソンのいうような「繁栄をもたらすだけの規模があるニッチ・セグメント」などは存在しなくなるのだ。

 ロングテールが存在することに反論する者はいないだろう。また、クリス・アンダーソンのロングテールについての説明が間違っていたわけでもない。だが、そこから導いた結論・・・・たとえば、「将来は、ニッチ商品を提供する企業のほうがヒット商品を提供する企業よりも繁栄するであろう」とか「市場は無数のニッチ市場に細分化されるであろう」という結論にはクビをかしげる。

 マーケティングの人間なら絶対いちゃもんがつけたくなる・・・はずだ。

 そしたら、やっぱり・・・。

 エルバース準教授は、音楽配信サービスとDVDレンタルサービスや、オンラインだけでなくオフラインを含めた音楽やDVD業界全体における調査を通じて、次ぎのような結果を得ている。

  1. (物理的スペースが限られており品揃えも限定される)オフラインのリアル店舗から、(膨大な商品アイテムを提供することができる)オンラインチャネルへ需要が移行することによって、テールはより長くなってはいるが、太くはなっていない。
  2. 反対に、ヘッド部分のヒット商品への集中度はより大きくなっている(音楽販売においての調査では、この傾向は、デジタル配信に特に顕著にみられる。これは、レコメンデーションやレビューのようないわゆるクチコミ効果によって、「売れるものはより多く売れる」傾向が促進されているのではないかと示唆されている)。
  3. DVDレンタルサービスの購買タイトル別に購買客を分析したところ、ニッチタイトルを借りた顧客の47%は人気タイトルを借りる顧客であった。また、ニッチタイトルを借りる顧客は、一般的に、ヘビーユーザーであることもわかった。人気タイトルを選択する顧客は6ヶ月間に平均して20タイトル借りる。だが、テールの先のほうの非常にニッチなタイトルを借りる顧客は平均して50タイトル借りる。つまり、ニッチ商品を借りる「稀有なニッチ客」がいるのではなく、嗜好の許容範囲の広い客が(こういった客はヘビーユーザーで)ニッチタイトルも借りているのだ。(・・・・ということは、アンダーソンのいうようなニッチ市場が存在しているわけではない)。

 もちろん、彼女の調査のやりかたには異議を挟む点は多々ある。だが、重要なことは、彼女がロングテール理論にマーケティングの観点からの疑問を投げかけ、その疑問の正当性を調査によってある程度証明した・・・・ということだ。

 リアル店舗においてはニッチ商品から儲けを出すことはむつかしかった。オンラインメディアはそういた商品を販売する障害を低くした。利益を出しながら付加販売する可能性を提供したのだ。だが、そのニッチ商品だけで十分な規模のビジネスができるかどうかはロングテール理論ではまったく証明されていない・・・そういった問題点を彼女は指摘したのだ。

 アニタ・エルバースは、結論として、小売業者は商品ポートフォリオにおいて、人気商品を欠くことはできない。ある意味、(ネットコミによって人気商品への集中度は高くなる傾向があるから)人気商品は以前にまして重要だ。人気商品もニッチ商品もふくめて品揃えを豊富にすることがヘビーユーザーの要求を満たすことになる・・・と書いている。

 つまり、彼女の説でいけば、他社との差別化をニッチ商品でするのではなく、選択肢をふやすことで差別化するということだ。かくして、大規模小売業の競争優位性は、ネットにおいては倍増どころからベキ乗に増大する。

 ロングテールが流行したら、日本のビジネス誌でも、ニッチ商品やニッチ市場で儲けている企業の成功例が(しかも、そのほとんどがネットとは無関係の企業)、次から次へと紹介されるようになった。これは、「大企業じゃなくても競争に勝てる、しかも、オフラインでも・・・」というロマンが多くの読者に好まれるからだろう。だが、はっきり心に留めてほしい。こういった企業は例外だから儲かっているのだ。つまり、他に同じようなことをしている企業が少ないかほとんど存在しないから、小さなニッチ市場のシェアを独占できるから儲かっているのだ。同じような企業が出てきたら、小さな市場をとりあいになり、価格やサービスでの競争が熾烈になり儲からなくなる。競合企業が出てこなくても、現実には、ニッチ市場をターゲットとする企業は、ある一定規模以上に大きくなることはできない。もちろん、ネットを通じてグローバルに拡大していくことはできる。が、そのとき、物理的形あるものを販売しているとしたら、製造コストや物流コストを考慮しないと、拡大することによって利益率が低くなる可能性は大いにある。

 ウォールストリードジャーナル(7/2/08)はHBRの論文を早速とりあげて、ロングテールが人気を呼んだ理由のひとつは、「インターネットがすべてを変えると示唆することで、読者・・・その多くはテック業界の人たちだが、その読者を喜ばせたからだ」と書いている。そして、「ウェブはあきらかに消費パターンを変化させてはいあるが、その変化のなかには、ロングテールで予測されたような需要曲線の極端なフラット化は含まれていないようだ」と結論づけている。

 ここで、テーマを変えます。「テックのひとたち」の不思議な顧客観について書いてみます。結論からいうと、「お客様にモノを売る」ことに関して、最も新しいチャネルであるネット販売のひとたちのメンタリティは、もっとも古いチャネルである店舗販売のひとたちに類似している・・・・ということです。

 クリス・アンダーソンの本には顧客が抜けていると指摘しました。「ネットフリックス、アマゾン、ラプソディ(といったネット販売企業は)、店舗型小売業者が提供しない商品の販売で総収入のおよそ四分の一から二分の一を得ており・・・・・言い換えれば、インターネットビジネスのいちばんの成長分野は、物理的な店舗で手に入らない商品の販売なのである」・・・・といったコメントには、その商品を買っている顧客の購買行動がまったく考慮にはいっていない。だから、そういった(ニッチ)商品を買っている顧客が、もし、そういった商品だけに特化して販売した場合、果たしてまだ買ってくれるかどうか? それだけでビジネスがなりたつだけの顧客を集められるかどうか? という検証はまったく排除されているのだ。

 アマゾンのような大規模ネット小売業は基本的に顧客を見ていない。その良い例がレコメンデーションだ。アマゾンのレコメンデーションには協調フィルタリング手法が使われている。そして、協調フィルタリングにはユーザーベースとアイテムベースとがある。アマゾンはユーザーベースのほうを使っている・・・・というと、いかにも、アマゾンは顧客ベースでレコメンデーションしているように思える。だが、それはマーケッターが考える顧客ベースとはまったく違う。ユーザーベースの協調フィルタリングというのは、ユーザーが過去購買した商品を比較して同じようなタイプの商品を購買している比率でユーザー間の類似度を決め、Aに類似しているとされたBが買っていてAが買っていない商品をAに推薦する。ユーザー単位で購買商品内容を比較しているだけで、顧客ひとり一人の属性はむろん、過去2年間の購買商品の流れをみて嗜好が変わってきているかどうかとか、購買頻度が向上してきているとかその反対だとか、そういった顧客の時系列的な変化を見てはいない。

 これを悪いといっているわけではない。大規模ネット小売業のメンタリティは基本的に店舗小売業と変わらないと思うだけだ。受身なのだ。来店客(アクセス客)を丁寧に扱うのが顧客志向であり、それ以上でもそれ以下でもない。店舗小売業でポイントカードを発行して顧客データを個客ベースで蓄積保存しているところでも、それをきちんと分析して顧客の継続化をはかるために個客単位にパーソナライズされたコミュニケションをする・・・とこまでしている例は少ない。それはネットも同じだ。

 これは、顧客データベースを基本とするダイレクトマーケティングとかデータベースマーケティングの観点からみると非常に奇異である。だが、間違っているとは思わない。大規模小売店チェーンにしても大規模ネット販売企業にしても、顧客の継続化・・・・はしなくてはいけないことではあるが、それよりも、なるべく多くのひとたちに来店してもらい(サイトにアクセスしてもらい)、来店客(アクセス客)に良いサービスを提供し店内販促(サイト上の広告やレコメンデーションなど)を通じてたくさん買ってもらうことがまず第一なのだ。継続化よりも新規客を含めた来店客の増大が売上につながる最重要事項なのだ。

 だが、ネット販売でも継続して購買してもらわなくては商売が成り立たないビジネスモデルもある。そういったサイトを運営する場合、顧客ベースでマーケティングを考えなくてはいけない。最近、テックのひとたちのなかでも、ダイレクトマーケティングを勉強しようというひとたちがふえてきたのは、その兆候だろう。ダイレクトマーケティングをずっとやってきている私としては、ちょっと嬉しい。だいたいにおいて、マーケティングの人間は、私のようにテクノロジーには非常に弱いひとが多いのだから、こっちからテックのひとたちに近づくことはできない。オタクが多いっていうしフツーの会話できないっていうし(って、ジョークですよ。・・半分)。どちらにしても、テックのひとたちのほうからこっちに近づいてきてくれないと・・・ね♡♡

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参考文献:1.Anita Elberse, Should You Invest in the Long Tail?, HBR July-August 2008, 2.クリス・アンダーソン、「ロングテール 売れない商品を宝の山に変える新戦略」早川書房2006,3.Lee Gomes, Study Refutes Niche Theory Spawned by Web, The Wall Street Journal 7/2/08

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2008年5月17日 (土)

レラバンスと行動ターゲティング

Ilm03_bf02021s レラバンス(Relevance)とは関連性とか適切性とかいった意味。米ダイレクトマーケティング協会は、すべてのマーケティングがダイレクトマーケティング化しているのは「ダイレクトマーケティングには3つのRがあるからだ」といっている。

3つのRとは・・・

  1. Relevance・・・・ダイレクトマーケティングは顧客ひとり一人に、関連性が高い商品/サービスに関するメッセージを適切なタイミングで発信する。
  2. ROI(Return On Investment、投資利益率)・・・・顧客へのコミュニケーション(販促)活動の費用対効果が数値化できる。つまり、マーケティング投資の投資利益率を明確にできる。
  3. Responsibility(責任)・・・・ダイレクトマーケティング企業は、上記2点を可能にすることに伴う弊害を常に意識しなくてはいけない。つまり、適切なタイミングで各顧客に適切なメッセージを発信するためには、顧客データを収集し保存・蓄積しなくてはいけない。こういったデータが外部に漏れないようにする責任は無論のこと、利用方法においても、企業には顧客との約束を守る義務がある。そういった責任を守らなければ、プライバシーの侵害だと消費者から反発され、ダイレクトマーケティングは力を発揮することができなくなる。

 顧客ひとり一人に関連性の高い商品・サービスを適切なタイミングで販売する・・・・あらゆるマーケッターにとっての夢である。だが、夢はなかなか実現できないから夢なのだ。顧客データベースを活用してきた企業ならわかっているはずだ。過去の購買データやデモグラフィック・データを分析して、次にA商品を買ってくれる顧客を、たとえば90%の確率で選択することはできる。だが、一週間以内に買ってくれるのか1ヶ月から3ヶ月以内に買ってくれるのか、タイミングを予測することは非常にむつかしい・・・のだ。

(ちなみに、デモグラフィック・データというのは性別、年齢、家族構成、職業、所得といった人口統計学的データのことだが、こういったデータの大半は、顧客データには含まれていないことが多い。「年齢」も最近は尋ねられないし、尋ねても本当のことを答えてくれない。我輩なども、ネットで質問されるとき、生年月日はその日の気分次第で変えている《どんな気分でも、実年齢より多く書くことは絶対にないけどね》。どちらにしても、デモグラフィック・データの需要予測能力は低い。つまり、その顧客が次にどういった行動をとるかを予測する能力が低いのだ。ただし、銀行、保険、証券会社といった金融サービスの場合は、人生のライスステージによって必要とされる金融商品がある程度決まってくるので、デモグラフィック・データは次ぎの行動を予測する重要な手がかりとなる)

 ボーナスが出たらバッグを買いたいと思っていたとしても、実際に買うという行動に移るときには、ちょっとしたきっかけがトリガー(引き金)となっていることが多い。たとえば、会社の同僚が新しいバッグを買った。それを見たら、自分のバッグが余計にみすぼらしく思えて、ボーナス前なのに買ってしまった。それとは反対に、ボーナスが出る前日にTVをみていたら、世界的に景気が悪化しているというニュースが流れ、貯金をしなくてはいけないという気分に陥ってしまいバッグを買うのは止めにした。・・・・よくあることだ。カタログ販売やネット販売企業は、彼女の過去の購買データから、彼女が単価いくら以上のどういったタイプのバッグを購買する傾向が高いのかを分析できても、実際のタイミングを(販売促進メッセージを発信するタイミング)を計算することは非常にむつかしいのです。

 タイミングを予測できないからといって、購買傾向が高いと分析された顧客には販促メッセージを頻繁に送ればよいというものではない。メッセージ発信の頻度が多すぎると、見もしないで捨てたり消去されたりしてしまう。

 ダイレクトマーケティング企業は90年代半ばころから、EBM(Event Based Marketing)という手法をさかんに採用するようになった。これは、「顧客がいま強く認識しているニーズ」、「顧客が近日中に起こそうとしている行動」、「高い購買傾向」を示唆するイベント(Event、出来事や事象)を察知して、顧客が行動を起こしてしまう前に顧客ひとり一人にパーソナライズされたメッセージを発信する方法です。たとえば、某銀行で、ATM取引に異常なパターンが現れた顧客がいる。これまでは東京都内のATMから現金が引き出されていたのに、この四週間くらいずっと名古屋のATMが使われている。この顧客は名古屋に引っ越したのかもしれない。そうであれば、他の銀行に口座を移す傾向が高い。過去データを分析して、引き止めたい顧客であれば、顧客の選好するチャネル(DM,eメール、電話)で即コミュニケーションを開始する。

 EBMが採用される理由は3つある。

  1. 適切な商品は予測できても、タイミングの予測はむつかしい
  2. 情報過多やプライバシー問題・・・・商品を買う傾向が高いグループだからといって、余りに頻度多くメッセージを発信すれば、情報過多な環境に身をおく消費者に嫌われる。だからタイミングとターゲットを絞る。
  3. レラバンシーが高いぶん、リスポンスが高い・・・・伝統的なダイレクト・コミュニケーションと比較してリスポンス(反応)が5倍高いという調査結果も出ている。

 顧客の行動を察知する方法には様々なものがある。顧客の購買頻度の変化や利用パターンの変化を観察して異常を察知するジミメなものから・・・

  • 保険会社にとって顧客からの住所変更届けは重要な手がかりです。住所変更をしたということは、結婚したり子供が誕生してスペースの大きな住居が必要になったのかもしれない。あるいは、転職したかもしれない。いずれにしても、契約者は人生の大きな転換期にあるわけで、既存の保険内容がそぐわなくなり、解約する可能性も高い。すぐに、コンタクトをとりましょう! 
  • カタログ販売企業の某顧客の購買商品の内容が従来のものとは大きく変化した。これまで買ったことのない男性衣料品やベビー用品を買うようになった。結婚したかもしれない、あるいは、赤ちゃんが生まれたのかもしれない(あるいは、できちゃった婚かもしれない!)。この顧客には、男性用品やベビー用品を特集した情報を送るとよいかもしれません。
  • おつきあいしている彼女をデートに誘ったら、急用ができたと断られた。そういえば、先週金曜日に会ったときにはやけに無口だった。またまたそういえば、先々週のデートのときに、「たまには洒落たレストランに行きたいわ」と口をとんがらせていた。三つの出来事を足すと・・・ムムッ! これは「いまそこじゃなくってここにある危機」だ。彼女の気持ちがボクから離れていっている。そこで、即座に深紅のバラの花束を贈り、「来週の金曜日、ミシュラン推薦のフレンチを予約したよ」と書いたカードを添える。・・・・もっとも、まず最初に、そこまで引き止めたいと思うほど価値ある彼女かどうか見極める必要がありますけどね。(現代マーケティングの理論化に貢献したレビット教授が夫婦の関係にたとえたように、企業と顧客の関係は男女の関係にたとえるとピンときます。ただし、企業が片思いしてつくして捨てられることが多いのですが・・・・)。

 EBMではAというイベントが発生したらCメッセージを送るというルールをつくり、こういったルールデータベースを、顧客データベースにリアルタイムにあるいは定期的に重ねます。そのときに、各顧客の基本情報(売上への貢献度、利用チャネルなど)にもとづいて、このひとは貢献度が低いからメッセージを発信しない、このひとにはDMではなくてeメールを利用する、この人には5%割引のオファーを提供する・・・といったふうに、利用チャネルやメッセージ内容を顧客ごとに変えます。つまり、EBAはパーソナライズされた販促活動の自動化を目指しているのです。

 でも、肝心なことは、いかにタイミングよくメッセージを発信するかということ。イベントが発生した後、24時間以内にメッセージを発信した場合のリスポンス率を60~70%とすると、48時間後ではリスポンスは40%以下に落ち、10日たつとわずか5%に落ち込んでしまうという調査結果もあります。

 グッド・タイミング・・・これがEBA、そして、いま流行りの「行動ターゲティング」のすべてなのです。

 やっと、ここで、本題の「行動ターゲティング」にたどりつきました。

 EBMを10年以上経験してきたダイレクトマーケターにとって、サイト上で「行動ターゲティング」ができることは、「すっげえ」ことなのです。上に紹介した調査結果にもあるように、消費者がなんらかの行動を起こしたときに、いかに素早く反応をおこすかによってリスポンスが違ってくる。「鉄は熱いうちに打て」のコトワザのとおり、消費者が興味を示したところで(たとえば、XX区のマンションの情報ページを見る行動が続いたその日、あるいは翌日)、提携サイト内のまったく関係ないページを見ているところに、適切なマンションのディスプレイ広告を出す。こういった広告の出し方をすると、その広告がクリックされる確率は通常の広告に比べて非常に高い。日本のヤフーの場合、クリック数は2.5倍になるという。

 当然のことだろう。

 顧客の次の行動を予測する能力があるデータは、なんといっても行動データなのだから・・・。

 それに比べると、デモグラフィックデータとかジオグラフィックデータとかの需要予測能力はかなり落ちる(だから、デモグラフィックやジオグラフィックは行動データと組み合わせて使われる)。まして、消費者の心理を探ろうとするサイコグラフィックデータや(サイコグラフィックと同じような意味で使われることも多く、意味そのものが非常にあいまいな)ライフスタイル・データの需要予測能力は非常に低い。この二つのデータのもともとの役割は需要予測にはないのです。たしかに、行動データから、その顧客のライフスタイルを推察することはできる。あるいは、また、アンケート調査をして、サイコグラフィック・データライフスタイル・データを集め、その結果から、顧客をライフスタイル分類することもできる。だが、こういった分類をすることの目的は、需要予測能力を高めることにはないのです。

 なのに、なぜか、日本で行動ターゲティングを説明している記事には、サイコグラフィックとかライフスタイルとかいう言葉がやたら登場するのです。日本のネットマーケティングのひとたちは、80年代から(いや、通信販売会社を例にとれば、コンピュータが登場する以前から)顧客の行動予測の精度をあげるために、つまりレラバンスの高いメッセージを送るために、顧客データを分析し検証する経験をしてきたダイレクトマーケティングの専門家の意見に耳を傾けるべきです。ダイレクトマーケターは、すでに、80年代、行動予測することとライフスタイル・セグメンテーションとをゴチャマゼにするという同じような失敗を経験しています。

 行動ターゲティングはその言葉どおり、行動にあわせてタイムリーに反応することがウリなのです。英語でBehavioral Targetingを検索しても、サイコグラフィックとかライフスタイルなんて言葉はほとんど登場しない。アメリカのYahoo, MSN, Googleだって、行動ターゲティングサービスに関して語るとき、サイコグラフィックとかライフスタイルとかいう言葉は使っていません。

 ちなみに、Gooleはプライバシー問題に配慮して、YahooやMSNとは一線を画し、行動ターゲティング広告は、そのセッションだけに限る。つまり、昨日サイトでどういった行動をとったかということは、何も記録しないし、何も保存しないし、何も思い出さない・・・と、2007年には言っている。「そのとき、その場のユーザーの行動に基づいて広告を出すほうがよりレラバンスが高いと我々は考えています」と担当者は答えている。もっとも、この言葉をそのまま素直に受け取っている業界人はいないようだ。当時、検索の王者グーグルは、ディスプレイ広告のダブルクリックを買収することへの、ヨーロッパやアメリカの公共機関からの了承をとりつけている最中だった。消費者団体は、この買収が承認されれば、グーグルは遅れをとっていたディスプレイ広告にも積極的に進出でき、自分たちがもっているユーザーの検索結果情報を広告主に提供するのではないかと懸念を表していた。だから、2007年夏には、関係者を刺激しないように、行動ターゲティング広告はそのセッション限り・・・と宣言したのではないかと疑ったのだ。そして、2008年4月、ダブルクリック買収は晴れて認められた。

 サイトで検索に使っている時間はわずか5%といわれる。そしてサイトに滞在中、ネットユーザーの85%はダブルクリックが提供する広告と頻繁にコンタクトしているといわれる。検索の王者グーグルは、ダブルクリックを買収することで、残りの95%の時間においてもお金儲けをすることができるようになったというわけだ。

 最後に、私が好きなレラバンスの高い広告を紹介します。行動ターゲティング広告などというレベルのものではありません。インターネットが普及して、ディスプレイ広告のインタラクティビティが話題になったころの昔の話です。ビジネス・経済ニュースのサイトの株式ページで、平均株価がたとえば20ポイント以上下がると、頭痛薬の広告が出る・・・・それだけのことです。でも、ユーモアがあるから好きです。もっとも、株で大損をしたひとには、ブラックユーモア過ぎてついていけないかも・・・。

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参考文献:1. Lisa Loftis, Let's Get Personal Event Based Marketing, Intelligent Solutions, Inc., 8/29/07, 2.Rich Tehrani, Google Achieves Behavioral Targeting Nirvana, TMCnet, 8/16/ 07, 3.  Eric Auchard, Google wary of Behavioral Targeting in Online Ads, Reuters, 7/31/07, 4. Louise Story, To Aim Ads, Web is Keeping Closer Eye on You, The New York Times, 3/10/08,5. 「ヤフー、行動ターゲティング広告に地域・属性を掛け合わせ」、CNET 11/01/07

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2008年4月 1日 (火)

増殖するメディア(なんでもメディアになれる)

 消費者とのタッチポイントすべてを宣伝広告の機会と心得よ!

 これが、消費財メーカーや広告業界の最近の合言葉だ。マス媒体の威力が減少するなか、消費者との接点(タッチポイント)で広告を出す。その結果として、メディアの増殖(Proliferation of Media)が起こっている。

 たとえば、タマゴだってメディアになれる。

 2007年2月にテストされた「たまご広告」。300万個のタマゴに貼られたシールに日清食品「チキンラーメン」の広告が印刷されている。タマゴとラーメン・・・・レラバンス(Relevance、関連性、適切性)はバツグンだ。

 アメリカでは、2006年に、タマゴにレーザーで直に刻印する「たまご広告」が始まっている。3500万個のタマゴに、CBSテレビの番組広告がレーザー印刷された。朝食に卵料理でもつくろうかと冷蔵庫からタマゴを取り出すと、「毎晩8時の目玉(焼き)番組はなんといってもCBSニュース」というコピーが目に入ってくる。あるいは、「エッグいドラマが月曜夜9時に始まったよ」といった具合。たまご広告はどことなくユーモアがある。

 ペーパー・ナプキンだってメディアになれる。

 アメリカでは、2007年、レストランやバーでカクテルグラスを置く紙ナプキンにカラー印刷された広告が登場した。タッチポイントに広告を出すときは、1)消費者と接触している時間の長短、2)他の広告との競争の有無、3)消費者の注意をひきつけるクリエイティブが肝要だ。日本でいま伸びている屋外・交通広告で、電車の中づり広告は接触時間は長いが、他広告との競争には厳しいものがある。たまご広告は接触時間は短くても、競争が少ない。ペーパー・ナプキン広告は、消費者との接触時間が長いし競争も少ない。とくに、バーでお酒を一人で飲んでいるとき。バーテンダーとの話もつき、手持ち無沙汰のときはナプキンの広告をじっと見る。そこに、ウォッカや南国のリゾート地の広告でもカラー印刷されていれば、そのときその場の消費者の心理にスッと入っていける・・・かも。(もっとも、いまの日本なら、一人で手持ち無沙汰のときにはケータイで手遊びを始める傾向大。ナプキン広告の競争相手はケータイだ)。

 こういった「タッチポイントを利用したメディア」を使うときの問題点は、自己満足に陥りやすいこと。ROIを明確にしにくいこともあって、面白かった、話題になった・・・だけで終わってしまう。

 ROIが数値化でき、なおかつ、ターゲット・セグメントに見てもらえる確率100%、そのうえマス媒体顔負けの到達数を誇るメディアとして、アメリカで最近注目されているのがインサート・メディアだ。そして、アマゾンは、このメディアを提供することでオフラインでも広告収入を得ている。

 米アマゾンは、本を送るときのパッケージに他社の広告をインサート(挿入)するサービスを、2年の実験をへて、2004年1月に本格的に開始した。顧客に配送する本が入っているパッケージ・ボックスの中にパンフレットやサンプルを入れたり、また、ボックスの片側に広告を印刷できる。米アマゾンは、11月12月のクリスマスシーズンを除いて、毎月平均300万個のパッケージを出荷している。2007年には年間8000万個のパッケージが送り出されたという。

 メディア所有者としてのアマゾンの「売り」は:

  1. 顧客は高等教育を受けたどちらかというと高額所得者で、しかもオンライン購買者である。
  2. (自分が買ったものを見ないバカはいないのだから)、当然のことながら、開封率が100%。
  3. パッケージ一個につきインサート広告は1-4枚しか入れないから、顧客の注目を奪い合う競争が少ない
  4. 料金は一パッケージ当たり$0.04から$0.075で安い。しかも、大口割引がある

 いまはまだやっていないが、近い将来、購買した本でセグメンテーションできるようになれば、広告主はより関連性の高いセグメントだけに広告を出すことができる。しかも、到達数もマス媒体並みだ。だから、アマゾンも威張っていて、到達数最低100万人以上でなければ注文は受けない。しかも、大手メーカーや小売業の有名ブランドにしか広告サービスは提供しない。結果として、申し込み企業の80%はお断りしている状態だという。

 いったん、莫大な数の消費者を集めることに成功すれば、オンラインでもオフラインでも広告で商売ができる・・・ということだ。

 莫大な数の消費者とのタッチポイントを毎月創造することができる銀行やクレジットカード会社も、広告で付加収入を得ることができる。アメリカの銀行やクレジットカード会社が、顧客に送る利用代金明細書は、毎月合計して1億2500万通になるという。そして、小売業発行のクレジットカードの明細書は、毎月6000万通。到達数もハンパじゃない。アマゾンと同じく一流金融企業からの郵送物ということでイメージや信用度も高い。100%に近い開封率。しかも、郵便料金の関係からインサートは2-3枚しか挿入しないから競争も少ない。そのうえ、セグメンテーションもできる。

 実は、経費削減を考える金融サービス企業は、2000年ごろまでは、取引明細はネットでチェックしてもらおう・・・と考え、顧客を紙媒体からネットに誘導する方針で進めていた。だが、これだけネット利用が増えたアメリカでも、消費者は、(とくに金融関連の書類に関しては)書類を郵送してもらうことを好むことが調査結果で明らかになった。 

    紙媒体を選好する割合      99年       07年

    新商品の案内           77%        73%

    金融関連書類           93%        86%

            (ICR mail Preference Survey 2007)

 請求書や取引明細書をネットでチェックすればよいと答えた消費者は25%、書類を郵送してほしいが35%、ネットでチェックもするが書類も送ってほしいが40%。結局、経費がかかっても書類の郵送はやめられない。だったら、せっかくのタッチポイントの機会を生かして、広告料金を稼いで、経費の足しにしようというわけだ (ただし、紙の無駄使いについては、最近、とみにうるさくなってきている。今後、環境問題が深刻化するにつれて、ネットでチェックするだけで我慢しよう・・・という消費者のほうが多くなっていく可能性は非常に高い)。

 インサート・メディアの人気で、Transpromoという新語も生まれている。Transaction(トランズアクション/取引)に関する書類をPromotion(プロモーション/販促)にも利用するという意味。「転んでもタダでは起きない」精神を具体化した言葉だ。受取人一人一人に合わせたパーソナライゼーションや各セグメントごとに関連性の高い内容に変えることができるバリアブル・プリンティングの利用が進み、インサート・メディアの価値は余計に高まっている。

 メディアが増殖する社会では、どこをむいても、何を受け取っても広告ばかり。情報が氾濫する環境にいると、日本の保険会社や銀行が送ってくる、味もそっけもない通知文とか告知文風のパンフレットの入ったDMを受け取ると、なんだかホッとする・・・(って、むろん、皮肉です。お客様に対して、「お上からの御達し」ふうのDMを送ってくるなんて、ふんと、けしからんですよ、日本の大手金融サービス企業は・・・)。

 で、ここからは、「トレビアの泉」。たんなる話のネタです。

 道端で配るティッシュ広告は日本で60年代末に生まれたものだそうです。「ジャパンタイムズ4/21/07」の記事によると、高知県の紙製品メーカーが、当時、無料で配布されていた広告入りマッチ箱からヒントを得て、ティッシュを折りたたんでポケットサイズのパッケージにいれる機械を開発したのが始まりだそうです。そして、2004年、伊藤忠子会社のAdpack がティッシュ広告をアメリカで初めて配ってみた。最初は、ゲリラマーケティングの一種とみなされたようだが、いまでは、銀行やNOP団体などに利用されているらしい。

 んなこと、知らなかったなあ・・・。でも、「へえ~」度は2回くらいかな?

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 参考文献: 1.日本発の「たまご広告」、日本食糧新聞 2/5/07、2.Erik Sass, Wipe Me: Napkin Ads Extend Consumer Awareness, Media Post Publication, 11/27/07, 3.Alice Gordenker, Pokect Tissues,Japan Times Online 4/21/07,4.David S. Joachim, For CBS's Fall Lineup, Check Inside Your Refrigerator, The New York Times, 7/17/07, 5,Amazon Embraces Insert Opportunities, Media Buyer Planner 3/7/07,6.Amazon Rolls Out a Pakage-Insert Markeing Program for Other Retailers, Internet Retailer 3/9/04, 7.Jackie Kern, A Look Inside Statement Insert Programs, Target Marketing, 5/31/06 8.Research Shows that Mail is Still the Best Way to Reach Consumers, Pitney Bowes Homepage

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2008年2月16日 (土)

コカコーラ・ゼロとグローバルリサーチ

 アメリカで2005年に発売されたコカコーラ・ゼロは、米コカコーラ本社にとって、実に23年ぶりのヒット商品となった。1982年にダイエットコーラを出してから、1)ライムコークとかバニラコークを発売してもヒットせず、2)非炭酸飲料メーカーの買収交渉でモタモタしているうちに、ライバルのペプシコ(PepsiCo)に先に買われてしまった。先進国市場では炭酸飲料の売上が落ちてきているにもかかわらず、コカコーラ社の利益の85%は炭酸飲料からきており、2004年の株価はピークだった1998年の半分にまで落ち込んでいた。

 コカコーラが販売している飲料が、世界200カ国において、毎日140億回、人類のノドをうるおしているとはいっても、企業の将来的成長に期待が持てないから株価が落ちる。いくらコカコーラが高齢だといっても(2006年には生誕120歳)、取締役会の平均年齢が68歳は高すぎる。だって、ペプシコの役員の平均年齢は59歳だ。コークの役員たちは年寄りで革新的な戦略がとれなくなっている・・・と、ウォールストリートの投資家たちは批判し始めていた。

 だが、2004年にネビル・イズデルがCEOになり、老舗企業の変革に着手する。マーケティングと新商品開発に4億ドルの予算を追加し、非炭酸飲料ビタミンウォーターの大型買収を進め、アジア市場の最高責任者を本社に呼び戻してCMO(Chief Marketing Officer)とし、そして、コカコーラ・ゼロという新商品がグローバル市場でヒットした。

 イズデル新CEOが2005年にマーケティングのトップに任命したメアリー・ミニックの前職はアジア市場全体における最高責任者。それ以前には、日本市場のトップだった。彼女は、2000年に日本コカコーラの社長に就任し、非炭酸飲料からの利益が大半を占める日本市場において、缶コーヒー、お茶、ビタミン飲料の開発や販売についての経験を積んでいる。

 非炭酸飲料を強化したいコカコーラには最適の人材ではないか?

 2006年ころからよく耳にするようになったコークの新しいリサーチ手法CBLは、どうやら、彼女が推進したものらしい。この手法については、日本でも日経情報ストラテジーとか日経MJで紹介されたから、読んだひともいるだろう。一応、記事の要約を紹介します。

 CBLという名前自体にはたいした意味はありません。Consumer Bevarage Landscapeの略で、清涼飲料水消費市場状況みたいな感じです。で、CBLリサーチとは・・・

  1. 年数回、数千人規模での調査(日本ではネット調査)。調査対象者には一週間、毎日24時間あたりに飲んだ飲料すべてを記入してもらう。各飲料の飲用場所、購入場所、購入動機、飲用時の気分など約100項目の質問にも答えてもらう。
  2. こういったデータを、飲用動機データやそのときの感情などを基本として、消費者の19の基本的欲求(ニーズ)に分類して、製品ポジショニングのときに使うような知覚マップを作成する。
  3. 飲用量も聞いているでの、各ニーズごとの数量ベースの市場規模、ついで、店頭の平均価格を使って各ニーズごとの金額ベースの市場規模が計算できる。また、各ニーズと年齢、性別、飲用時間、購入場所といったデータとを組み合わせることによって、さまざまな情報を加工することができる。

 19の基本的欲求(ニーズ)として、「名誉を手にいれたい」「元気でいたい」「安心したい」とかいった例が挙げられているので、マズローの理論に似た・・・というか人間の行動を動機づける欲求を5つに分けたマズロー理論の現代版のような枠ぐみを使っていると考えられる。

 マズローは、人間は5つの基本的ニーズを持っており、満たされないニーズを充足させようとすることが行動を起こす動機となる・・・として、生理的欲求、安全への欲求、帰属への欲求、自我の欲求、自己実現への欲求という5つのニーズをあげた。そういった動機付け要因をコークの場合19としたわけだ。で、飲用動機には、たとえば、「気分を一新させるため」とか「栄養補給のため」とか「肌をきれいにしたい」とかいろいろあるが、それを、マップ上で、19の基本的ニーズ(欲求)に分類する。これが「ニード・ステート・マップ(Need State Map)」だ。

 アメリカでは、3600人に日記をつけてもらいニード・ステート・マップをつくったところ、マップ上に4万件もの異なる場があることが判明したという。このうち、市場規模が大きいと判明した場を充足する商品がなければ、新商品として開発することになる。

 マッピング作成の基本となる考え方自体は、目新しいものではない。だが、世界20カ国で6万人の消費者による50万回の消費経験から作成されたニードステートマップは、水からヨーグルトドリンクやビールまですべての飲料水が24時間という時間枠のなかで、なぜ消費されるか? その機能的あるいは感情的理由を明らかにしてくれる・・・・といわれると素直に感心してしまう。世界各国に共通するのは19のうち10のニーズだそうだ。この10のニーズを満たす商品はグローバル商品になれる可能性有。

 ミニックCMOは、世界の200市場を代表するマーケターが集まった2006年の会議において、「清涼飲料水(この場合、水やアルコールも含む)を既存のカテゴリーで考えるのではなく、基本に戻って、そもそも、消費者はなぜ清涼飲料水を飲むのか?と考えることから始めましょう」と促している。消費者の基本的欲求それぞれを満たす飲み物を創造することは、既存のものとは異なるまったく新しいカテゴリーを発明することにつながるかもしれない。「たとえば、顔につける美容クリームと同じような効果を提供するビタミンや栄養素を含んだ飲み物をつくることもできます」・・・と語ったそうだ。もしかして、日本で開発されロングセラーを続けている爽健美茶のことなんかを念頭に言ったのかも・・・。いずれにしても、コークというトレードマークがついた商品で、すべてのニード・ステートを充足する。すべてのニーズにこたえることによって、コークのブランドロイヤルティを維持することができる・・・と熱弁をふるったという。

 ということで、長い回り道をしましたが、コカコーラ・ゼロに話を戻します

 コカコーラ・ゼロは2005年、ミミックが本社に戻る数ヶ月前に米国内で発売されている。そのせいかどうか、ゼロが発売されたときには、マーケティング戦略は明確とはいえないものだった。

 まず第一に、当時は、ダイエットコーラとの差別化が明確でなかった。米本社の発表では、ダイエットコーラは女性がメインターゲット。コカコーラゼロは、味は通常のコーラとまったく同じでいてカロリーはゼロ。だから、ダイエットコーラを好まない24・5歳の若者向け・・・という設定だった。つまり、ダイエットなんてクールじゃないと感じる若者向けのダイエットコーラというポジショニングだったのだ。しかし、味は通常のコーラと同じということは余り強調しなかったし、ロゴのデザインも、ダイエットコーラと同じ白基調だった。だから、発売当時は、ダイエットコーラとどこが違うの? 差別化されてないから共食いするのでは? という批判も多く、売上も発売直後はよかったがその後は停滞気味だった。

 こういった不明瞭な戦略がピシッと明確になったのは、コカコーラゼロが2006年に英国やオーストラリアで発売されたときからだ。ターゲットは男性だということを明確にするために、ボトルも黒を基調としたデザインに変えた。そして、ダイエットという言葉は女々しいイメージがあると嫌う男たちにアピールするためにカロリーゼロではなく「糖質ゼロ」に変えた。だけど、味はフツーのコークとまったく同じだよ・・・と、味についても強調宣伝された。

 英国やオーストラリアでの大ヒットを受けて、アメリカ市場においても、「男の(ダイエット)コーラ」として、ロゴも白から黒に変え、女性向けのダイエットコーラとは明確に異なるポジショニングがなされた。結果、アメリカにおけるコカコーラゼロの2007年第三四半期までの売上は2006年度にくらべて34%も上がった。

 ここからは、私の個人的推測です。

 アメリカにおけるゼロのポジショニングの明確化は、CBLリサーチの結果かもしれない。アメリカで2005年にゼロ発売後、調査して、マッピングしてみたら、ダイエットコーラとの棲み分けがきちんとできていないことに気がついた。あるいは、ダイエット志向はあるけどダイエットコーラを飲むのはいやだという男性セグメントがけっこういることに気がついた。それで、パッケージを黒基調に変え、宣伝コピーもカロリーゼロから糖質ゼロにした。

 もし、この推測が正しければ、メアリー・ミミックCMOは、世界的に好評な「Coke side of Life (コークのきいた人生を)」キャンペーンや、コーヒー飲料Coke Blakを開発しただけじゃなくて、コカコーラ・ゼロのヒットにも貢献したことになる。

 しかしながら、メアリー・ミニックはもうコカコーラにはいない。一時はコカコーラの次期CEOとも評されたミニックは、社内の権力闘争に負けて、2007年の4月にコーラを去っている。・・・ということは、CBLリサーチ手法も、積極的に利用を促すひとがいなくなって、もしかして、消えてしまうかも・・・? 

 ところで、コカコーラゼロは日本では2007年に発売されたけど、あのちょんまげのCMはいまいちねえ。福山雅治のペプシネックスのCMのほうが、男のダイエットコーラってポジショニングがずっと明確だったような気がする。

 あっ、そうでしたね。スミマセン。私はどちらのCMのターゲットでもありませんでした。肝心なのは、男性が「オレらのコーラだ」と思うかどうかですものね。私は、たんに、「福山クン、かっこいいheart01」と思っただけのことでした。しかも、炭酸飲料は過去ウン十年、クチにしたことありません。まったくターゲットからはずれまくった人間の言うことですから、徹底的に無視してください・・・。

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参考文献:1.「コカコーラ消費者調査に新手法」日経MJ3/23/07、2.「事例に見る競走戦略賢く戦い優位に立つ」日経情報ストラテジー、2007年12月、3,Soft Drink Hard Sell, The Observer, 7/9/06, 4.Andrew Martin, Coke Struggles to Keep Up With Nimble Rivals, The New York Times, 5.Dean Foust, Queen of Pop,  Business Week, 8/7/06, 6.Renuka Rayasam, The Puase That Refreshes,U.S. News 5/20/07, 7. Theresa Howard, Coke Finally Scores Another Winner,USA Today, 10/28/07 8.Isdell Discusses Leadership and Transformation at CIES Summit, The Coca Cola Company, 6/30/06

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