サービスの科学 Feed

2009年12月 8日 (火)

ユニクロの行列

  以前は、一日の販売個数が限定されたバームクーヘンだからといって、行列に並んでまで買うひとは少なかった。まして、洋服を買うために列をつくるなど、いわゆるファストファッション企業がネットを利用したクチコミ・マーケティングをしかけるようになってからではないかな? 昔もセールを目当てに開店前に店先に並ぶ人たちはいたけど、いまのように、行列をつくることをイベントとして楽しむといった雰囲気はなかったような気がする。

 でも、いまは、食べ物やファッションを求めて、行列に並ぶことはクールなことらしい。TVニュースでも話題になる。最近では、ユニクロ・ブランドを販売しているファーストリテイリングが創業60周年への感謝祭と銘打って、11月21日に午前6時からの早朝セールを開催。銀座店に2000人、新宿西口店に1200人、大阪梅田店には650人が行列をつくったという。

 先着100人にあんパンと牛乳が無料で配られた。クロワッサンとコーヒーじゃないところが、そこはかとなく、ユニクロらしい。以前にも、ユニクロは製造業のメンタリティをもった会社であり、ヒートテックのような機能的製品を開発するのには優れていても、デザイン性を強調したファッション製品に成功するメンタリティは持ち合わせていないのではないか?・・・と書いたことがあります。1984年に広島にユニクロ1号店が開いたとき、朝早くから並んでくれたお客様への感謝の気持ちを込めて、アンパンと牛乳を配った。それを再現した・・・・ということだけど、ジル・サンダーがデザインした服を売り始めたんだから、せめてクッキーとコーヒー、いや、経費がかかりすぎというのならカフェラテ一杯でもよかったのに・・・。

 誤解を招くといけないのでしつこく説明すると、アンパンがダサいといってるのではないのです。シャネルがアンパンとグリーンティーを提供すればクールだけど、いまのユニクロの「安い衣料品を売る店」のイメージでは、アンパンと牛乳はあまりにはまりすぎ。セール目当てに並んだひとたちにアンパンを配るなんて、どことなく「みすぼらし~」感じじゃないですか。そのせいか、ニュースで「お祭りみたいで楽しかった」とコメントしていたひとは、お洒落には縁のなさそうなおっさんみたいなお兄さんだった。

 デザインにも優れたファッション衣料品を売っていくのなら、お願いだから、配るものにも神経を使ってほしい・・・・って、この話をしたいわけじゃなかったんだ!

 行列の話をしようと思っていたのです。

 なぜなら、サービス・システムを説明するときに、「行列」を例にとって説明すると非常に理解しやすくなるのです。サービスの場合は、サービスの提供者(医療サービスの場合は、医者や看護士その他の医療機関に働くひとたち)とサービスを受ける客(患者)の協働作業によって価値(患者の健康)が創造される。実際には、検査や治療に関係するテクノロジーもこの協働作業にかかわってくるわけで、よって、サービスは、こういった互いに作用しあうテクノロジーと人間の相互システムとみなされるわけです。だから、サービス・システムの設計や運営をするときには、1)エンジニアリング、2)人間社会のあらゆる側面を研究する社会科学、そして、3)マネジメントの3つの科学が必要だといわれます。

 行列を例にとって考えて見ます。

 何かを得るために列をつくって待つことは基本的に苦痛です。だから、行列をつくっている客をなるべく楽しい気分にさせる。少なくとも、苦痛を軽減させるような対策を、サービス提供者はとらなくてはいけません。対策は2つに分けることができます。

 まず第一に、実際の待ち時間を減らすようにする。これは、エンジニアリングとマネジメントとの問題です。

  1. エンジニアリング・・・たとえば、銀行がサービス向上をめざして調査をしたところ、待ち時間を減少してほしいという要求がトップだった。同じ調査によって、顧客の満足度は待ち時間が1分減るごとに急激に向上するが、待ち時間が10分を切ると、それ以降は、待ち時間が減る割には満足度は向上しないことがわかった。そこで、待ち行列理論を使って、平均待ち時間を10分にするためには、窓口の銀行員が何名必要で、ATMは何台必要か計算する。ついで、その目的を達成するためにかかる投資や経費、満足度が向上することによる売上や利益といった効果も算出して、短期的あるいは長期的に最大利益をもたらすように、つまりコストと効果の最適化をもたらすようなサービス・システムを設計する。
  2. 需要のマネジメント・・・たとえば、旅館やホテルを含めた旅行業者がやるように、需要が集中するのをふせぐために、ピーク時(お正月や夏休み)の価格を高くする。あるいは、また、待ち時間を表示することで、すいている時間に来ることを促すようにする。年金問題の相談を受ける社会保険庁では、年金の記入漏れなどが大きな社会問題となっていたときに、曜日や時間帯別に最近の待ち時間をネット上で公開し、混雑しないときに来訪するよう促した。

 そして、二番目の対策は待つという経験をできるだけ楽しいものにする。少なくとも、行列をつくっている客がイライラして怒り出したりしないようにする。これは、社会科学(心理学、哲学、政治学、人類学、その他人間社会を研究するもろもろの学問)の問題となる。

 たとえば、時間を長く感じるとか短く感じるとよく言うように、時間の長短は実際の長さではなく知覚の問題となる。だから、役所で30分待つのと、ディズニーランドで30分待つのとでは、同じ30分でも、役所で待つほうが非常に長く感じられるのだ。つまり、待ち時間が短く感じられるような対策をとればよいとこうことだ。有名な実験に、ホテル内でのエレベータでの実験がある。

 ある著名なホテルチェーンでエレベータがなかなか来ないという苦情が客からあいついだ。エレベータの台数を増やせばよいわけだが、投資が大きすぎるし、すぐになんとかできる問題ではない。そこで、エレベータホールに全身が映る大きな鏡をつけた。エレベータを待っている客は、自分の服装やヘアスタイルなどをチェックする結果として、待ち時間が短く感じられ、苦情は少なくなった。

 ティズニーのようなテーマパークでは、行列を短く感じさせるために、直線の長い列ではなく、階段を上らせたりコーナーを曲がらせたりして、目に見える列の長さが短くなるように工夫する。

 行列が進む速度が速いことも錯覚を起こさせる。たとえば、チケットを販売する受付窓口が10あるとして、それぞれに行列がつくられているとしよう。この場合、列の長さは10分の一になるが、1列に並んでいるときに比べると、行列が進む速度も10分の一になる。どちらの並び方も、結果としての待ち時間は同じになるが、実際に並んでいるときには、進み具合が速いほうがイライラしない。また、列が10列あると、他の列の進み具合が気になる。他の列の進み具合が早いような気がするのが人間心理で、これも、また、イラつきの原因となる。結果、銀行のATMの前でみられるような「フォーク並び」・・・1列で待ち、先頭から空いた機械に向かうという並び方が一般的によく利用されるようになっているのです。

 最近流行の食べ物やファッションをゲットするための行列は、1)客自身が価値あるものを獲得することができるという期待感を抱いている、また、 2)1人よりもグループで待つほうが短く感じられるし、いっしょに待っているひとたちの間で共同体意識が生まれやすい・・・・という要因によって、行列を作ること自体がイベントになり、行列に並ぶこと自体が目的となっている傾向が高い。だから、企業側は価値を感じさせるような企画を考えることに集中すればよい。

 とはいえ、グループで待つほうが時間が短く感じられるという2番目の要因を達成するためには、イベントがクチコミでひろがるように工夫する必要がある。そのほうが、広告でしらしめるより、共同体意識をもちやすい類似したタイプのひとたちが自然と集まるようになるからだ。広告というよりは広報活動が中心になる。2008年にマクドナルドがバイトをやとってやらせで行列をつくった・・・と非難されたことがあった。クチコミを促すための広報活動を強調すると、こういった勇み足になりやすいから気をつけなくてはいけない。

 価値を感じてもらえば行列が苦にならなくなるといっても、「価値あることが低価格だけでは淋しすぎる。・・・・というか、行列待ちの苦痛を軽減するには、セールスだけでは不十分だ。なぜなら、お金に余裕があれば、安売り商品を求めて寒い朝に早起きしてまで並ぶ必要などない。ある意味、仕方なく並んでいるのだ。だから、セールス目当てで行列に並ぶひとたちは、目当ての安売り商品が自分たちが店内に入ったときには売り切れていた・・・というとプッツン切れて怒り出したりする。著名デザイナーがデザインした服の限定販売とか、低価格だけでなく、それに+アルファがつくことによって、初めて、楽しい雰囲気が出てくる。

 あっと、また、なにげに、ユニクロの陰口になってしまった。

 陰口ついでにいえば、ユニクロは最近安いことを宣伝しすぎ。ユニクロ人気にあやかろうとする模倣商品ぽいものが次から次へと登場してマス広告で大きく宣伝もしているから、こういった恥ず知らずの会社にユニクロの実力を思い知らせてやろうという気持ちもあるかもしれない。でも、マス広告で余りに宣伝しすぎると、いくら機能的商品といえども消費者は飽きる。60周年で安売りを大々的に宣伝しすぎると、ユニクロ=安い商品というイメージがあまりに明確になりすぎてしまう。ファッショナブルな服を売るときの妨げになるのではないだろうか?

 行列の例でもわかるように、サービス・システムが複雑で面倒くさいシステムなのは、システムをつくっている人間とテクノロジーのうち、人間を管理することがむつかしいからです。人間社会を研究する社会科学を総動員しても、人間を理解し管理することが難解だからです。行列でいえば、行列に並ぶ体験を楽しくするのも苦しくするのも、並ぶ人間の感情であり心理の状態にかかっている。これを企業側がマネッジメントすることは非常にむつかしいのです。

 行列の話はまだまだあります。行列の話は奥が深いのです。

 また、次回に続けさせていただます。

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参考文献: 1.ユニクロ・早朝セールに大行列、毎日新聞 11/21/09、2.Richard C. Larson, Holistic Trinity of Services Sciences: Management, Social & Enfineering Sciences, 3. David Maister, Management, Social & Enfineering Sciences, 3. David Maister, The Psychology of Wairing Lines, Harvard Business School

 

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2009年11月17日 (火)

アマゾンが目指すパラレル型物流センター

 先日、某通販業のカタログを見て4個の商品をファックスで注文した。ファックスを使った理由は深夜で電話での受付は終了していたから(なぜ、ネットで注文しなかったのかって? その理由はあとで・・・)。 1週間後に電話がかかってきて、注文した4個の商品の1個の商品番号が1ケタ抜けているので確認したいとのこと。「なぜ、もっと早く電話をかけてこないの? ネットでの注文なら、とっくの昔に配送されているわよ!」と、昔ならプッツン切れて怒鳴っているところだが、年齢を重ねたぶん丸く(?)なっている。まあ、そのぶんズルくもなっていてるわけで、タラタラ文句をいってから、「おたくの注文処理の効率が悪いんだから、そのぶん、特別の配慮をもって早く送って」と強く言ったら、数日後には4個とも配達された

 やろーと思えばできるんじゃない~~。

 そのとき、そもそも、なぜ、この企業のウェブサイトで注文しなかったのかを思い出した。一度、試みたのだが、ネット注文する場合は、あらためて会員登録をしなくてはいけないのだ。すでに長年、注文していて、「お客様番号」だって持っている。なのに、ネットは別物だからと、再度、住所・氏名、その他を記入しなくてはいけない。めんどくさいから途中で止めたのだった。

 アマゾン創立者のベゾスCEOが好んで使う言葉は顧客体験(Customer Experience)だが、それでいえば、この某通販企業の顧客体験は余り良いものだとはいえない。

 ネット通販が伸びているのは、必ずしも安いからだけじゃない。アメリカでも日本でも、ユーザーは価格を比較はしても、多くの場合、常日頃使っているサイトに戻って購入していることが多い。①使い勝手が良いインタフェース、②迅速な配送、③安い(顧客は商品の安さよりも、配送費無料のほうを好むという報告がある)、そして、④商品の選択肢がたくさんあること。顧客志向どころか顧客にとりつかれているといわれる男をCEOに持つアマゾンは、この4点を提供することを目標として、(そして、⑤その過程で問題が発生したときには迅速に対応することによって)、顧客に安心感・信頼感を与えることでリピート購買率を高めることに成功している。

 この5つの顧客体験を満足いくものにするためには、かなりの先行投資が必要で、米アマゾンは、①ウェブサト(インターフェース)、②物流センター、③サーバー、④顧客サービスセンター(コールセンター)にお金をかけたために、1995年の創業から、利益を出すまでに10年かかっている。2000年には20億ドルの借金があり、そのくせ、配送費の低減化を積極的に進めたために、ウォール街のアナリストのなかには、現金がなくなって会社はつぶれるだろうと予言する者さえ登場したくらいだ。

 さすがのベゾスCEOもこのままではいけないと思ったのだろう。フルフィルメント・プロセスの効率や生産性を上げるための人材を外部からスカウトした。客から注文を受けてから商品の配達を完了するまでのフルフィルメント・プロセスにかかる経費は、ネット販売企業にとって販売管理費で最も大きな割合を占める。人件費ひとつをとっても、米アマゾンの物流センターに働く従業員は、全従業員数の40%を占める。当時、フルフィルメント経費は売上の15%。そのせいもあって、アマゾンの営業利益率は2000年にはウォルマート並みの3%。とてもハイテック企業の利益率とは思えないほど低いものだった。

 シックスシグマと在庫管理の専門家としてジェフ・ウィルケがオペレーションの最高責任者としてスカウトされた。ウィルケは、ばらつきをなくす従来のシックス・シグマに、無駄をなくすトヨタ方式(リーン方式)を組み合わせたリーン・シックスシグマを採用して、フルフィルメント・プロセスの効率化をはかり、フルフィルメント経費の割合を売上の15%から8.9%に落とし、結果、営業利益率も2000年の3%から2008%年には6%にまで増大した。

 コスト削減に成功した結果として、配送費を無料化に限りなく近づけ、また、利益を出しながら商品を安く売ることができるようになった。もちろん、フルフィルメント・プロセスの効率を上げることで、翌日配送も可能になった。

 ネットで注文してから商品が客に届くまでのプロセス全体をみると、フロントエンドとバックエンドの大きなギャップに驚かされる。フロントエンドでは処理能力の高いコンピュータ・システムに支えられ、使い勝手のよいパーソナライズされたインタフェースが実現されている。だが、その後に続くバックエンド、とくに物流センターでの作業は基本的に昔のまま。ピッカーが商品が置いてある棚に出向いて、商品をピックアップして、ベルトコンベアにのせ、パッカーが梱包して発送する。バーコードやスキャナーを使いIT化が進んだとはいえ、基本的な作業の流れは100年前と変わらない。つまり、ネット販売会社を含め通販会社の物流センターは、1908年にヘンリー・フォードがT型フォードを大量生産するために開発した流れ作業方式(ベルトコンベアに部品をのせ順番に単純作業を加えていくシリアル方式)をいまだに使っているのだ。

 だから皮肉なことに、ニューエコノミーの代表格のアマゾンすらも、在庫管理やシックスシグマの教えを乞うためには、オールドエコノミーの企業で在庫管理やシックスシグマを専門としたジェフ・ウィルケの力を借りたのだ。

 フロントエンドはWeb2.0でも、バックエンドは、チャプリンの映画「モダン・タイムス」の「オートメーション」のままなのだ。

 商品をベルトコンベアで運ぶシリアル方式は、膨大な種類の商品を膨大な数の個人客にコスト安に同日発送することへの限界壁となっている。もちろん、アマゾンもそれなりに工夫している。たとえば米アマゾン物流センターのなかには、複数商品の一括配送に特化しているセンターがある。そういった倉庫の棚には、本が置いてあるかと思うと、その隣にはスターウォーズのフィギュア、その下には寝袋といった具合。カテゴリーのまったく違う商品が同じ棚に置いてあるデータ分析して、一人の顧客がいっしょに買う確率が高いものを近いところに置く。そうすれば、ピッカーがピックアップしやすい。そして、センター内の異なる場所で異なるピッカーによってピックアップされた商品アイテムが、ベルトコンベアにのり、最終的に同じシュートに到着することを可能にする高度なソフトウエアが開発されている。シュートで待機しているパッカーは一人の顧客が注文した複数商品が集まってくるのを待ち、それを梱包して、発送用のベルトコンベアにのせる。

 基本的にはシリアル方式だが、まあ、少しは、パラレル型に近づいている。

 2003年、本当の意味でシリアル方式から180度転換したパラレル方式の物流センターを提供できる企業が創立された。ボストンに本社を置くキーバ・システム(Kiva Systems)だ。創立者のミック・マウンツCEOは、インタビューで、21世紀型物流センターの仕組みを思いついた理由を次ぎのように話している。

「ブレインストーミングで、労働力の安い中国で物流センターを作るとしたら、どうするか?って話になったんです。そのとき、ボクはこう言ったんです。数百人の人間を大きな倉庫に並ばせ、一人一人に異なる商品を持ってもらう。そして、ボクが注文データを見ながら、倉庫中にひびく大声で叫ぶんです。商品番号112番と、1500番と561番の商品をもっているひと、ボクのそばにきてくれ!って」

 彼は、安い労働力の人間を、オレンジ色の「お掃除ロボット」のようなモバイル・ロボットに変えた。そして、数百個のロボットがコンピュータの指令に基づいて、物流センターのあちこちにおいてある小さな棚の下にもぐりこみ、棚をひょいと持ち上げて、ピッカーがいる場所まで持ってくる。人間が在庫を取りに行くのではなく、在庫のほうから人間のほうにやってくるのだ。そして、棚を戻すときにも、どこに戻すべきかは、スピードや生産性が上がるようにコンピュータが制御する。回転の速い在庫がのっている棚はピッカーの近くに置かれ、回転の遅い在庫棚は倉庫の片隅に配置される。下のURLで紹介ビデオを見れば、英語の説明がわからなくても、ピンと理解できる。http://www.kivasystems.com/demo/index.html ピッカーのそばに、棚がやってきて自分の順番を待つ。行列の先頭の棚から商品がピックアップされてその棚が去っていくと、待ちかねたように後ろの棚がしゃしゃり出る。棚が生き物に変身したみたいでカワイイ。

 シリアルじゃなくてパラレル・プロセス・・・つまり、複数の作業が同時に進行するのだ。

 ベルトコンベヤーのような固定された自動化設備を設置する必要もなく、一人の従業員で一時間当たり2~3倍の注文を処理することができるから、従業員数も少なくてすむ。高度な制御ソフトウェアで動くモバイルロボットを数百個必要とするだけだ。通常なら完成するのに一年以上かかるのに、キーバ・システムだとコンクリートづくりの倉庫を4ヶ月で稼動可能な物流センターに変えることができる。

 商品棚がやってくると、ピックアップするべき商品がどれかセンサーが光るようになっているから、間違いも減る。スピードも正確性も向上する。商品棚の動き(つまり、モバイル・ロボットの動き)を制御をしているサーバーには、顧客が注文をすればそのデータがリアルタイムで入ってくる。顧客のコンピュータと物流センターのコンピュータが直結しているのだ。すでに、ウォルグリーンやステープルなど大手企業が採用しており、キーバシステムは2009年にアメリカで最も急成長している企業500社のうち6位にランクされた。

 このキーバシステムを採用した物流センターを、靴のネット通販としてこれまた急成長しているザッポスが2008年に採用した。そして、このザッポスをあのアマゾンが2009年7月に買収してる(ザッポスについては、『サービスを科学するシリーズ2』を参照してください)。結果、ザッポスのモバイル・ロボット方式のパラレル型物流センターをアマゾンが利用するようになるだろうといわれている。ベゾスは、2009年夏に、自分の資金700万ドルを、産業用ロボットを作っている会社に投資したとも報じられている。つまり、モバイル・ロボットをつかった物流方式の将来性を強く感じているということなのだろう。

 フルフィルメントは通販企業にとって、コスト的にも時間的にもボトルネックだった。ネット通販において、よりいっそうの、1)配送時間の短縮と、2)商品アイテム数の増大が進む中、この二つをコスト効率よく実現するパラレル型物流センターは、やっぱり注目度No.1なのではないでしょうか・・・

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参考文献:1.Zappos.com Implements Kiva Mobile Fulfillment System in Four Months, Business Wire 6/24/08, 2. Mick Mountz, Fulfillment: The Unexpected Key to Successful E-Commerce, E-Commerce Times 2/11/08, 3. Nick Wingfield, Amazon Prospers on the Web by following Wal-Mart's lead, The Wall Street Journal 11/22/02, 4. Joe Nocera, Put Buyers First? What a Concept, The New York Times 1/ What a Concept, The New York Times 1/5/08, a Concept, The New York Times 1/5/08, 5. Brad Stone, Can Amazon be the Wal-Mart of the Web? The New York Times 9/20/09参考文献:1.Zappos.com Implements Kiva Mobile Fulfillment System in Four Months, Business

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2009年9月29日 (火)

ワンコイン健診とリテール・クリニック

 中野ブロードウェイにある4坪の店舗。白い壁に白いカウンター。ここで健康診断が受けられる。

 500円からチェックしてもらえる「ワンコイン健診」については、マスコミでも最近よく取り上げられている。医師はいない。でも、看護士はいる。でも、医師の指導なしに看護士が血液検査をすることは医師法に抵触してできない。だから、客がみずから自分の血を採取する(糖尿病患者が自己採血するように作られたキットがあるから、簡単にできる)。そして3分ほど待てば、「血糖値」、「総コレステロール」、「中性脂肪」などの数値がわかる。その他、「血圧、肥満度、骨密度」などもチェックしてもらえる。

 1項目調べるのに500円。だから、ワンコイン健診。客の80%は4項目すべてを調べるという。合計2000円になる計算だが、セットで頼めば1500円。来店客(というか、受診者)は、フリーター、主婦、健康保険証を持たない外国人など。客層は最初の狙いどおりで、健康診断を受ける機会の少ない人たちが中心。2008年11月にサービスを始めて2009年8月までの受診者は述べ5000人だという。

 こういった簡易クリニックを始めた川添氏は元看護士で、研修のために訪問したアメリカでスーパーやドラッグストアのなかに診療所があったのを見て、アイデアを思いついたという。

 アメリカで、リテール・クリニック(Retail Clinic)と呼ばれる簡易診療所は、大規模チェーン店や空港などにあり、週7日、つまり毎日開業しているし、夜も8時ごろまで開いている。基本的に、医師は常駐しないで、ナース・プラクティショナー(Nurse Practitioner)と呼ばれる上級実践看護婦がいて、一定レベルの診断、処方、投薬をする。風邪、気管支炎、中耳炎、尿道炎、膀胱炎、アレルギー、ワクチン注射・・・提供できる医療サービスには限度がある、だが、待ち時間はないし、あったとしても店内でショッピングをしていれば、順番が来ると呼び出してくれる。病院のように、書類に記入しなくては手続きそのものが始まらないという面倒くささもない。

 最大手チェーンにワン・ミニット・クリニック(One minute clinic)という名前がついているように、1分は無理だが、10分単位で素早く終わる。非常に便利。しかも、安い。どの診療の場合はいくらという価格表も明示されている。1回の診察当たり(処方薬を除いて)$45~$75。保険も使える。

 安くて便利。

 2009年9月1日現在、アメリカには、1110件のリテールクリニックがある。そして、こういったクリニックで診察を受ける患者は、米人口の7%から(2007年)、2009年には14%に増大している。しかも、9月に発表された第三者機関による調査によると、消費者の満足度は90%を越えている。

 ヘルスケアサービスのマクドナルドを目指している・・・ということで、こういった簡易クリニックを例にとって、サービスにおけるアート(Art)とサイエンス(Science)について考えてみたいと思うのです。

 サービス・サイエンスの主要テーマというか目的は、サービスを提供するプロセスを標準化することにある。プロセスが標準化されれば、プロセスすべてを機械化する(つまり機械にやってもらう)ことができるかもしれない。ないしは、パートやアルバイトという経費の低い従業員によっても達成できるかもしれない。プロセスの標準化のために、現在、多くの企業で採用されているのは、工場の製造プロセスで使われたシックスシグマとか「ジャストインタイム」に代表されるトヨタの生産方式だ。たとえば、アマゾンのベソスCEOはシックスシグマを採用して、客が人間、つまり従業員とコンタクトする必要が(ほとんど)ないビジネスモデルを実現した。標準化かかつ機械化できたプロセスはサイエンスの部分だ。標準化かつ機械化できなかった部分が、FAQでは自分の問題は解決されていないと考える顧客と、eメールや電話でコミュニケーションする部分だ。そこには、どうしても、人間が登場しなくてはいけない。これが、アートの部分だ。

 サービス・プロセス=アート + サイエンス

 サイエンスは科学でよいとして、アートをどういった日本語にするか、ちょっと悩む。アートの部分においては、プロセスのインプット、アウトプット、ともに一定ではない。「サービスを科学するシリーズ(3)」でも書いたように、「ばらつき(Variability)」がある。そして、ばらつきがもたらされる原因は顧客あるいは従業員にある。よって、アートがアートであるゆえんは、そのプロセスに関わっているというか、そのプロセスを構成しているのが人間だからだ。・・・ということで、アートを人文系として、プロセス=文系(人文系) + 理系(理工系)というのはどうでしょうか? あるいは、アートを人間系としてもよいかもしれない。

 多くのサービス企業が、人文系プロセスと理工系プロセスの境界の線引きをどこにするかを再評価することによって、より安い、より便利なサービスを実現しようとしている。たとえば、医療サービスでは、サービス提供者が圧倒的に人間である(しかも、提供する側の医者、看護士は高経費でかつ人数には限りがある)という制限があった。したがって、サービスを提供できる時間が限られ、待ち時間も長かった。

 医療サービスの標準化をはかるためには、まず、提供するサービスの内容を分轄する。

 そして、医者の半分の報酬で雇用できるナース・プラクティショナーが提供できるサービス内容に絞ることで、リテール・クリニックが実現した。一人のナース・プラクティショナーだけで機能できるようにするために、コンピュータの助けを借りる。IT機器を使うことで、ナース・プラクティショナーは、受診者の過去のカルテ・データをチェックし、処方箋や請求書を印刷するまで、一人でやる。最近では、患者が長期にわたり定期的に来訪してくれる可能性の高い生活習慣病、たとえば、糖尿病、喘息などの患者も診察できるように、つまり、より高度な診療がナース・プラクティショナーでもできるように、意思決定支援のソフトウェアを開発している。このソフトウェアは、看護士が、段階を追いながら、正確に診断を下し、治療をし、処方薬を出すことができるようにつくられている。

 顧客を感動させるサービスを提供する模範とすべき企業として、リッツカールトンがよく紹介される。が、これは、明らかにナンセンスだ。

 リッツカールトンはサービス・プロセスのなかで人間系(人文系)を強調することで他ホテルとの差別化をはかっている。そのために、リッツカールトンの現場の、つまりフロントラインの従業員は、顧客に満足してもらうために、どういった対応をしたらよいか、独自で判断できる裁量権がある程度のレベルまで与えられている。具体的にいえば、従業員は顧客の抱えている問題を解決し満足度を高めるために2000ドルまで使える権限が与えられているという。もちろん、その経費がそれなりの効果をもたらすように、企業の理念にそった行動がとれるよう、最初の一年のうちに4~5週間の訓練をする。

 こんな経費がかけられるのは、リッツが、高い宿泊料金や高級レストランで食事をするのをいとわない客をターゲットとしているからだ。顧客一人当たりの粗利益率も利益金額も高いビジネスだからできる人間系サービスだ。つまり、リッツのような売上単価も利益金額も高い企業が素晴らしい人間系サービスを提供しているからといって、売上単価も利益率も低い企業がそれを理想モデルとして目指すのはバカげている。

 そういった意味で、リッツカールトンをサービス業の模範とするのはナンセンスだと思う。リッツは、アートの部分を強調することで差別化をはかっているサービス企業なのだ。

 重要なことは、アートのコストとアートがもたらす顧客への価値との比較をしながら、アートのなるべく多くの部分をサイエンスに転換できるかどうかを考えること。アートのプロセスのなかでも、テクノロジーを利用して、なるべく少ない人間、それも経費の低い人間を使う可能性を考えること。これが、サービスを科学することだと思う。

 マクドナルドはアルバイトやパートを上手に使うことで有名だ。上手に使うためのノウハウとして、やる気を引き起こす人事制度とか訓練、それから、マニュアルなどが挙げられる。マニュアルは、サービスの標準化をもたらすために作成されているわけだが、その標準化を嫌う声もある。たとえば、「バーガーを買えば、フライはいかがですか?と誰もが同じ事を尋ねる」とか。「コーヒーを買うと、必ずデザートを勧められる」とか。何を勧めるかはあらかじめ決められている。それが標準化である。誰もが、同じことを繰り返すのは仕方がないことだ。

 でも、そこであきらめない。ここでテクノロジーを利用してみる。

 たとえば、アメリカのファストフードチェーンが実験的に使用しているレジ搭載のソフトウェアでは、顧客が注文した金額によって、店員が勧める商品が異なってくる。たとえば、日本円に直していえば、注文金額が830円だとして、1000円札を出せばおつりは170円。そこで、すかさず、レジ画面に定員への指示が出る。「200円のコーヒーを170円にいたしますが・・(そうすれば合計1000円でおつりは出ません)」。注文金額が710円で1000円札を出せばおつりは290円。この場合は、レジ画面に「330円のパフェを290円にしますが・・・」というセリフが出てくる。注文した商品とつり銭の金額をチェックしながら、どの金額のどの商品を勧めるのが最適かソフトウェアは分析して教えてくれる。

 消費者は、お札の価値を同額のコインの価値より高くみる、そして、コインがポケットや財布にたまるのをいやがる。アメリカの大学での実験では、25セントコインが4個ある場合は71%の学生がそれでチョコレートを買うが、1ドル紙幣の場合は29%しか買わないという結果が出ている。

 そういった消費者心理に基づいて開発された「つり銭無用」パッケージソフトだ。ファストフード店における使用実験では、35%の客がオファーを受け入れ、売上が3%から5%増大し、利益は30%増大したそうです。

 各国のお札とコインの発行事情や、顧客別に価格を変えることへの規制とかいろいろあって、どの国でも実行可能なソフトウェア・プログラムではない。この例で強調したかったことは、サービスプロセスを標準化するといっても、テクノロジーの利用の仕方によって、そこにある程度のパーソナライゼーションも実現できるということ。「つり銭無用」プログラムを紹介したハーバードビジネスレビューの記事には、一番最初に、「レジで、顧客に衝動買いをさせるということは、サイエンスというよりはアートの問題だった」と書いてある。つまり、各店員のセールス能力の問題だったということだ。しかし、新しいテクノロジーのおかげで、多くの店員も衝動買いを促すことができるようになった。サイエンスとアートが結びついたということだ。

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参考文献: 1.Terri C. Albert & Russell S. Winer, Capturing Customers' Spare Change, Harvard Business Review 2005, 2. Jullies Schmit, Could Walk-in Retail Clinics Help Slow Rising Health Costs? USAToday 8/28/06, 3.Greg T. Spielberg, Wal-Mart Medical Clinics Stunble, Business Week 7/17/09 4. Katherine Harmon, Sore Throat on Aisle 4: Retail Clinics Match Quality of Doctor's Office, Scientific American 9/1/09, 5. Joseph M. Hall and M. Eric Johnson,  When Should a Process be Art, Harvard Business Review March 2009, 6. ケアプロの簡易検診サービス、日経消費ウォッチャー 9/10/09 7.ケアプロ株式会社、日本の健康診断費をワンコインにする男、週刊東洋経済 8/29/09

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2009年8月26日 (水)

ばらつき問題(サービスの品質)

Ilm06_ca07034s_6 工場で製品を製造するときの品質管理は、サービスにおける品質管理より、ある意味、ずっと簡単だ。なぜなら、管理者である企業が目標を決め計画して実行努力すればよい。だが、サービスの場合は企業が勝手に管理できるものではない。サービスの製造(生産)過程には顧客がからんでくる。マクドナルドの店員がマニュアルに従って客に応対するとして、どの店でも同じような応対であることに安心感を覚える客もいれば、非人間的だと嫌悪を感じる客もいる。まったく同じサービス内容でも、そのサービスを受ける客によって、知覚される品質が変わる。良いサービスとなることも、まったくその反対の悪いサービスになることもあるのだ。

 サービスは企業と顧客との協働作業で完成するわけで、そのぶん、品質管理がむずかしくなる。

 工業製品の製造過程においては、「ばらつき(標準偏差)」をなくすことが品質管理につながる。つまり、2mmの厚さの鋼をつくることが目標だとして、0.1mm薄いものや厚いものができれば、厚さに「ばらつき」が出ているわけで、この出現率を一定以内に抑えることが品質管理の目標となる。だが、サービスにおいては、そのまったく反対で、この「ばらつき」を排除しないことが良いサービスだと知覚される要因となる。なぜなら、サービスの生産過程に「ばらつき」をもたらしているのは、顧客自身だからだ。

 美容院の開店時間帯ひとつをとっても、出勤前にシャンプーセットをしてもらいたいので朝8時に開店してほしいという客もいれば、仕事が終わった8時過ぎにカットをして欲しいという客もいる。すべての客の要求を満足させようとすれば、7-11タイプの美容院になってしまい、人件費を含めた経費が増大して利益が出なくなる。あるいは、人気美容師が過労死することになる。

 サービスの品質は、客がもたらす「ばらつき」にどれだけ応えるかによって決まる。そして、また、「どれだけ応えるか」によって、サービスを提供する企業の利益率や利益額も決まってくる。なのに、(サービスは企業と顧客との協働作業によって生産されるといいながらも)、顧客は企業の損益にはまったくもって無関心で無頓着なのだ。

 このように、サービス業は、「出来うる限り『ばらつき』を排除しない、だが、利益は出さなくてはいけない」という製品製造業とは異なる大きな課題にチャレンジしていかなくてはいけない。

  美容院の例は、「時間」に関するばらつきだ。店舗小売業というサービスでは、この時間のばらつきの管理は大きな問題となる。開店や閉店の時間を決めるために、なるべく多くの客の要望に応えなくてはいけない。また、各時間帯における店員の生産性の問題もある。午前中は客数が少なくて手持ち無沙汰の店員がいるかとおもえば、午後の6時ごろからは混雑して「質問しようとしても店員が見つからない」と客が苦情をいうようになる。

 来店数の「ばらつき」を100%近く予測できればよいのだが、はずれることもある。コールセンターでも同じような問題は常に発生して、客の待ち時間が長くなると苦情が出る。

 しかし、混雑したり行列が長くなって待ち時間が長くなることが悪いことかというと、そうでない場合もある。店が混雑したり行列をつくって待つからといって、それを苦に思わないどころか、一種の快感や興奮を感じる客もいる。H&Mのようなファストファッションの店舗では、こういったターゲット客の心理を利用して、行列ができるように、また店舗が混雑するように、わざと仕組む。それによって、客の消費意欲がわき、購買したことへの満足感がわくようになる。これは、「時間のばらつき」ではなく、「客の選好のばらつき」を考慮したマーケティングだ(ちなみに、マクドナルドは、アルバイトを雇って行列に並ばせるというやらせ行為をしてマスコミに批判された)。

 ハーバード大学でサービス・マネジメントを教えるフランシス・フレイ教授は、客がもたらす「ばらつき」を5つに分類している。

  1. 時間・・・・・顧客は自分が好きなときに来店したり電話をかけてきたりする。企業側としてはヒマなときも応対しきれないときも出てくる。業種によっては、予約制度を採用できる。美容院のなかには、予約どおりに来店した場合にはいくらか割引し、予約を変更した場合には割引なしという賞罰制度をとって、客が予約を守ることを促すところもある。コールセンターにおいて「時間のばらつき」は頭の痛い問題だ。アマゾンの場合は、客がサイト上で望む時間を(いますぐ、10分後、15分後・・・に電話して欲しいと)指示すれば、オペレータのほうから連絡してくる。こういったシステムを採用することで、「時間のばらつき」の管理調整権の一部を企業側が持てるようにする。
  2. 要求内容・・・・・高級レストランでは、客の好みによって、使用材料や味付け、その他を変えてくれる。しかし、そういった要求に答えることはコスト高になるから、値段の低い飲食業は、要求内容の「ばらつき」には基本的には応えられない。ファストフード店舗では、客に一定レベルの選択肢を与えることによって、サービスレベルが高いと錯覚させる仕組みを採用しているところがある。たとえば、アイスクリームにナッツ、チョコレートシロップ、マシュマロ・・・など、8種類くらいのトッピングを用意し、そのなかから選べるようにする。実際には、選択肢の数は決まっているのだが、客は自分に選択権があるという事実だけで、自分の好みに答えてもらえる、楽しい良いサービスだと錯覚する。そのうえ、企業は、いくつかのトッピングには+50円として付加料金を課すことさえもできる。
  3. 知識や能力のレベル・・・・・この「ばらつき」は、ITサポートのコールセンターに深く関係してくる。たとえば、PCの操作や不具合に関する質問を電話してくる客がいたとして、その客のコンピュータ・リテラシーの高低によっては、説明の仕方や時間がまったく違ってくる。高度な知識をもっている客には基本的項目を省いてすぐに本題に入ることもできるが、イロハから説明しなくてはいけない客には時間をかけないと、「説明が不親切だ。なんてサービスの悪い企業だろう」という苦情になる。知識や能力レベルで分けて、「初心者用」「上級者用」とかける電話番号を変える。そして、応対する担当者のレベルを変えることで、人件費の効率化をはかることができる。
  4. 積極的に協力・参加してくれるレベル・・・・・サービスにかかるコストを削減するために、ITシステムを取り入れるにしても、そういった企業側の提案に客がどのくらい協力してくれるかによっては、大きな違いが出てくる。銀行がATMを導入して窓口取引を減らし、人件費を下げようとしたとき、客によっては積極的にATMを利用してくれるひともいれば、いつまでたっても使ってくれない客もいた。日本では、ATM機のそばに行員が立ち、客に呼びかけ、使い方を説明する方法をとっていた。アメリカでは、短期間に利用客が増えれば、それだけコスト削減が早く可能になるということで、ATMを利用してくれれば、記念の一ドルコインを進呈するというインセンティブを提供することにし、新規の行動を促すDMを出した銀行もあった。                            (ATM利用に関しては皮肉な話もある。ヨーロッパの銀行では、あまりにATMが便利なので、窓口を利用しているときにくらべると、取引回数が増えてしまった。つまり、以前なら、開店時間内に店舗を訪問しなくてはいけないし、順番を待つ時間も長い。だから、入出金にしても、客のほうである程度まとめて来店頻度を少なくした。だが、いまでは、ATMを気軽に利用できるようになった結果、利用頻度が多くなり、全体としての取引コストが以前より高くなってしまった・・・という銀行側の最初のもくろみとは逆の結果も出ている)。
  5. 顧客の選好・・・・・お金を払ってでも、細かいところまで気の利いたサービスをしてほしいと望む客もいれば、基本だけきちんとしてくれれば安いほうがよいという客もいる。たとえば、美容院でも、シャンプー後にマッサージをしてくれたり、途中でコーヒーを出してくれるのを喜ぶ客もいれば(もちろん、値段は高くなる)、反対に、余分なものはいらない、カットだけしてくれればいい・・と考える客もいる。こういったすべての顧客の選好に答えながら利益を出すことはむつかしい。だから、市場をセグメンテーションしてターゲット顧客の好みだけに答えることで安値を実現する企業もある。1000円カットの美容院や、エステ器機をセルフサービスで使えるようにするセルフエステが良い実例だ。

 「客の好みの違いにおけるばらつき」では、ターゲットを絞って、ニッチ市場の好みに応えることで成功している企業がある。とくに航空業では、提供するサービスを単純化することで安値を実現して成長した会社が欧米にはいくつかある。そのなかでも有名なのは、アメリカのサウスウェストエアライン。2007年度調べでは、年間の搭乗客数は世界一、2009年1月現在で過去36年間連続して利益を出し続けてきた利益性の最も高い航空会社のひとつとなっている。(ちなみに、日本でも90年代末に規制緩和で安値を売り物にした航空会社の新規参入が続いた。だが、そのうちいまでも残っているのは、スカイマークだけである)。

 こういった格安航空会社は、食事や飲み物を出さないとか、乗務員がユニフォームを着ていないとか、全席自由席だとかいったようなことが象徴的に強調される。が、それだけで安値が実現できるわけではない。

 サウスウェスト航空が安値を実現できるのには主に6つの理由がある。

  1. ボーイング737という一種類の飛行機だけを使用することで、維持費を年間数百万ドル節約することができる
  2. ノンストップの直行便だけで乗り換え便をなくす。それによって、混雑する大空港を避けることができる。結果、飛行機が地上に留まる無駄な時間を短縮することができる。そのうえ、出発時刻や到着時刻が遅れることなく、他のどの航空会社よりも高い割合で(2008年6月には定刻どおりだった割合は78%だった)守ることができる。
  3. 座席のクラスもなく指定席もなく、スナックと飲み物だけのシンプルなサービス。それによって、荷物の搬出、掃除、荷物の搬入、客の搭乗に他の航空会社が90分かかるところを、20分ですませることができる。
  4. 片道料金しかないし、その料金も基本的に同じ。他の航空会社のようにいくつかの条件によって割引率が異なる複雑な料金体制をとっていない。シンプルなぶん、管理費が節約できる。
  5. 比較的ハッピーな従業員。業界で給料は最も高い。ストライキもしない。飛行機一機あたりの従業員数は他の競合相手よりも30%も低い。よって、一マイル当たり一席当たりの(燃料費以外の)コストは、他の大手航空会社のなかで最も低い額になっている。 
  6. 燃料をヘッジングすることで燃料費の削減をしてきた。もっとも、最近の石油価格の乱高下で、さすがのサウスウェストもヘッジングがうまくいかなくて損失を出すこともある。

 このサウスウェストエアラインで興味深いのは、苦情がすべての航空会社のなかで最も少ないことだ。米航空業界全体では、客10万人当たりで0.88件の苦情。サウスウェストへの苦情は最も少なく、2006年には10万人当たりで0.11件だった。理由のひとつは、サウスウェストが、「サービスをしないかわりに安い」ということを広告その他で強調してきており、そのイメージが定着しているからだろう。つまり、客は最初から期待をしていない。いないから、そのぶん、「思ったより良いサービスじゃないか」と考える。フルサービスを売り物にしている通常の航空会社の場合、客によっては期待するレベルも内容も違う。だから苦情が出やすくなる。

 サウスウェストが値段が安いのは上記にあげたように6つの理由がある。しかし、新規参入したときにピーナッツしか出さないことを象徴的に強調することで、「サービスをしないかわりに安い」というイメージを消費者に植えつけるのに成功した。

 サービスに関する金言をひとつ: 客の期待より良い、あるいは悪いかがサービスの品質のよしあしの判断となる。そして、客の期待の基準をつくるのは、企業側の広告、PR,そこから発生する世評である。

 ばらつき問題とは違う話だが、サービスに対しての苦情を少なくするもうひとつの方法は、客に選択権を持たせる、あるいは自分が選択権を持っていると感じさせるようにすることだ。たとえば、レンタルビデオ。店舗を使っての通常のレンタルサービスの場合、延滞すれば料金をとる。それどころか、「早く返却してください」と催促の電話をしてくる店もある。客にしてみれば、「延滞料金をとるんだから、そっちは得するくらいじゃないか。返却の催促をするなんて失敬だ」ということになる。最近、TVでもさかんにコマーシャルを流しているツタヤオンラインのレンタルサービスの場合は、毎月一定料金を払えば、3日で返却するか、1ヵ月後かは、客が決める。損得を計算すれば、短期間で返却すれば、一ヶ月にまったく同じ料金で最大16本の映画が見られる。だが、見る時間がなかなかみつからなくて、1ヶ月に2本しか見られないこともある。自分にとって何が得なのか、決めるのは客だ。選択権が自分にあれば(たとえ、それが、錯覚だとしても)、苦情は少なくなる。

 サービスに関する金言、その2・・・客に選択権を持たせる、ないしは、選択権を持っていると感じさせる(錯覚させる)。自分に選択権がある場合には、結果が悪いのは自分の責任ということで苦情が少なくなる。

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参考文献: 1. Frances X. Frei, Breaking The Trade-Off Between Efficiency and Service, Harvard Business Review November 2006 , 2.Barry Meier, A No-Frills Airline Has Few Complaints, The New York Times, February 8,  Complaints, The New York Times, February 8, 1992, 3. Joe Brancatelli, Southwest Airlines's Seven Secrets for Success, Portfolio.com 7/8/08

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2009年8月17日 (月)

コールセンターの恋人

Ilm06_ca07034s_6 「コールセンターの恋人」という小泉孝太郎(heart01 けっこう好きです。弟もイケメンだし、私が川崎に住んでいたら、絶対、清き一票を入れます。「政治家は顔かよ~?」「あったりめーさ。顔以外に何があるってゆーのさ」)・・・その小泉孝太郎主演のTVドラマが放映されています。テレビショッピングや通販会社にしてみればオーバーなところもあって心外に感じるところもあるかもしれません。でも、基本的には、電話でお客様の相談を受ける部署がいかにお客様を大事にしているかがエピソードの中心になっている。企業の人間性が強調され、業界に好意を抱いてもらえる内容になっていると思います。しかし・・・です。あんなふうにお客様一人一人にパーソナルなサービスを提供していたら、生産性なんて上がるわきゃない!と、つくづく考えてしまう内容でもあります(ドラマでも小泉くんが「マニュアルに従って電話にかける時間はX分以内にしてください!」とよく叫んでいます)。

 不況にもかかわらず乳酸菌飲料ヤクルトの販売本数が増えていることが、朝日新聞(7/29/09)に掲載されていた。ヤクルトレディーが取り扱う宅配専用品「ヤクルト400」の2009年(4~6月)の一日当たり平均販売本数は約300万本。経済危機以前の2007年度の平均より30%は増大している。反対にヤクルトレディ-の数は73年度の6万700人をピークに減少傾向にあり、現在は約4万2500人。つまり、人数を増やさずに販売本数を増やしたことになる。もっとも、販売員のやる気を起こすために、企業内保育所を設けたり、配達が楽になるように電動アシスト自転車を特注したり・・・ということで、販売経費が少なくなったわけではない。

 不況でもヤクルトの売上個数が増大している理由は、人間(販売員)と人間(お客様)との信頼関係が築かれていることがあげられる。地道に築いたネットワークだ。

 世界的調査会社ギャラップが日本医科大学に協力してもらい、東京の都心デパートの顧客のなかで、そのデパートに感情的つながりを感じていると(アンケート調査に基づいて)判断された顧客の脳の中を機能的MRIを利用してチェックしました。顧客がデパートついて考えているときに脳のどの部位が活性化するかを調べたのです。デパートについて質問されているとき、顧客の脳のなかでは、感情に関係する部位(詳しく言えば、大脳辺縁系にあって感情と論理的思考とを統合する役割があるとされる前頭葉眼窩皮質)の神経細胞が活性化していた。それとともに、側頭葉にある紡錘状回と側頭極も活性化していた。紡錘状回は顔を見分ける機能があり、側頭極は顔認識や記憶、また、話し言葉の記憶に関係していると考えられています。

 つまり、デパートと感情的に結びついている顧客は、自分がよく訪れるカウンターで応対してくれる特定の店員さんたちの顔、そのひとたちとの言葉のやりとりを思い出しているのだとみなすことができます。

 テレビドラマの「コールセンターの恋人」でも、ギャラップの調査においても、人間である顧客に感動を与えるとまではいかなくても、少なくとも感情に訴えることができるのは、やっぱり人間だ・・・という結論が導かれているわけです。

 これは当然の結論ではありますが、サービスの生産性を上げようという意気込みを萎えさせる結果でもあります。

 約3ヶ月前に書いた「サービスを科学するシリーズ1」では、サービスにおける大きな問題点として、サービスを提供するのもサービスを受けるのも人間。サービスは「人間」という管理しにくい要素から成り立っている。よって、1)感情の問題、2)品質のばらつきの問題、3)経費の問題・・・がサービスの生産性向上を妨げていると書きました。

 当然のことながら、こういった問題を少なくして生産性を上げるために人間とICTとを組み合わせようとしているわけですが、このバランスがなかなかうまくいきません。(株)アイ・エム・プレスの調査によれば、消費者の企業の電話対応への不満のトップに上がっているのが、電話がつながりにくい(71.4%)。二番目が用件に見合った窓口にたどり着くまで何度もプッシュボタンを押さなくてはいけない(61.6%)。つまり、セルフサービスシステムへの不満と、そういったシステムを積極的に採用しても、顧客ベースが増大すれば、人間(オペレータ)の数も増大しなくてはいけない(そうしなければ、電話がつながりにくいという問題が発生する)・・・ということなのです。

 不況になって、企業が最初にコスト削減しようとするのは、「儲けにならない」コールセンターです。米国でも、デルのように、顧客サービスの質の低下を招くとわかってはいても、やむなくコールセンターを閉鎖している企業が多く、日本でもコールセンターの閉鎖、人員削減、時給の低下が進んでいます。ちなみに、コールセンターの就労者は国内で70万~100万とされますが、2007年に企業が採用したオペレータのうち正社員はわずか7.1%でした(「コールセンター白書」リックテレコム)。

 しかし・・・・です。不況のなかでも、人間を前面に押し出したサービスを提供することで、顧客サービス・ランキングでトップに躍り出るだけでなく、売上を伸ばしている企業もあるのです。顧客サービスで優秀な企業といえば、一対一の対面コンタクトを中心とする高級ホテルとか高級高額品販売企業の名前が挙がります。こういった企業は、きちんと訓練された人間をおしげもなく使っても、粗利益率も粗利益額も高いのでコスト的に問題ありません。しかし、2009年度のビジネスウィークの「米顧客サービス・チャンピオン」では、リッツカールトン(5位)やジャガー(3位)、レクサス(4位)を尻目に、ネット販売企業2社がNo.1とNo.7の座を獲得しました。

 ネット企業が人間を前面に押し出すとしてもコールセンターくらいしかありません。そのハンディにもかかわらず、一対一の対面コンタクトを採用している高級ホテルや高級自動車販売企業と比較されたうえで、アマゾンが1位、ザッポスが7位と、ネット企業が勝利をおさめたのです。

 アマゾンは、つい5・6年前では、電話番号を公開しない、もしくは、よほどの決意をもってサイト上を探さないと見つからない・・・と批判され、どちらかといえば、顧客サービスの劣る企業とみなされていました。が、数年後のいまは、文句のつけようがないサービスを提供しています。創業者でCEOのジェフ・ベゾスは、最近では、「顧客の欲求に答えるのに執念を燃やす男」とすら形容されるようになっています。

 今から考えると、投資の順番があったのでしょう。まず、サイトの使い勝手とかフルフィルメントの迅速さ正確さに投資した。コールセンターまでお金がまわらなかった・・・ということだったのでしょう。ジェフ・ベゾスがアマゾンのシステム全体を構築するにあたって目指したのは、「従業員(人間)とコンタクトすることなしに、顧客は自分が望むものを手に入れることができる」環境であり、「どうしても、人間と話す必要があるような問題が発生したときだけ」従業員と話すことができる。そういったシステムを実現することでした。

 数年前には電話番号も公開し、現在では、それがうまく機能している。私も、間違った本が届くという問題が発生して米アマゾンに電話をしたことがあります。電話のオペレータが返品したら本代と返送料を返却するというので、「そちらが間違った処理をしたのだから、先に料金を返金してほしい」といったら、上司と話した後にすぐにOKがでた。そのときの印象では、マニュアルというものはあるが、顧客が不満足で強く抗議するようだったら、客の言うとおりにしろ・・・というすべての事項を超越する基本ルールがあるようだった。アマゾンもコールセンターは人件費の安い地方や海外に置かれている。細かいマニュアルはあっても、顧客が不満足なら相手の言うとおりにしろ・・という大雑把なルールは、ある意味、一番、問題が大きくならない即効法である。

 ジェフ・ベゾスCEOは「顧客サービス/Customer Service」ではなくて、「顧客経験/Customer Experience」という言葉を使う。顧客経験は、低価格、迅速な配送、膨大な種類の商品を提供することによる豊富な選択肢、信頼できるシステムだから人間とコンタクトして話す必要はない・・・といった要素から成り立っている(その基準からすると、日本のアマゾンは、商品検索の的確さがいまいちいまに、いま三時・・・で、サイト上での顧客経験がまだまだ劣る)。

 ベゾスCEOを含めて、アマゾンのすべての社員は、二年に一度、二日間、電話口でオペレータとして働くことが義務づけられている。そのベソスが敬意を表して「学ぶことがたくさんある」とするザッポスの顧客サービスとはどういったものなのか? ベゾスが「顧客の欲求の答えることに憑りつかれた男」と形容されるとしたら、ザッポスのCEOのトニー・シェイの顧客中心主義は「狂信的」で「オカルトの域にある」とさえ評されています。

 1999年に創業したザッポス(Zappos/スペイン語で靴という意味)は、最初は靴のネット販売から始め、現在では、ハンドバッグ、衣料品、アクセサリーなど1136ブランドで300万アイテムを取り扱っている。2000年の160万ドルの売上が2008年には10億ドルを超えるという急激な成長をとげた。すべてが「信じられないくらいの顧客サービス」のせいだという。注文の50%は既存客からのもので、20%は既存客から紹介された新規客からだ。

 配送費、返品配送費、ともに無料。リピート顧客のほとんどに、航空便による翌日配送が無料で提供される。コールセンターは「非常に重要な部署なので」本社と同じところにある。コールセンターの従業員はマニュアルに従う必要はない。ただし、4週間の訓練と24時間年中無休で稼動している物流センターで一週間訓練を受ける。従業員の福利厚生は非常に良いもので(医療保険は100%会社負担)、グーグルと同じく、ランチやスナックはすべて会社が提供している(日本でも、昔から「同じ釜の飯を食った仲」とか「一宿一飯の恩義」とかいうけれど、アメリカでも食べ物を無料で提供するということは、従業員の会社へのロイヤルティや従業員同士の絆を強くするものらしい。これは、研究に値するテーマかも?)。

 無料配送が利益を圧迫することは当然のことで、アマゾンも無料配送を始めたときには、営業利益率は3%の低さになり、2000年半ばには、キャッシュフローに困るだろうと予測するアナリストもいた(ちなみに、2007年度に本来なら客から配送費として入ってくるべき現金は6億ドルだったという)。しかし、顧客ベースと売上が伸びることによって、1)R&D費用の増大が売上の増大よりやっと低くなった、2)粗利益率の高いマーケット・プレイスの運営やウェブサービス・ビジネスの成長により、営業利益率は6%まで上がっているとされる。顧客ベースと売上が伸びたのは、「顧客経験」の向上によるとされるのだから、配送費を無料にするだけの価値ある結果を得ることができたわけだ。

 話をもどして・・・・アマゾンは今年7月にザッポスを8億4700万ドルで買収しました。アマゾンのCEOジェフ・ベゾス氏は創業以来最大の買収をした理由として、「ザッポスの顧客サービスの素晴らしさ」を上げています。が、もちろん、業界アナリストとしては、それ以外の理由を詮索したくなるものです。たとえば、急激に伸びてきたネット販売企業、しかも、アマゾンがうまくいっていない靴、バッグ、アクセサリー、衣料品で成長している。ザッポスが強敵になる前に先手をうって味方につけておいたほうがよい・・・・・それがベゾスの判断だといった見方もされています。

 だらだら続いた話をまとめると・・・

1) 対面コンタクトはなくても、企業の人間性を強調することができる。アマゾンやザッポスの場合、顧客は企業を無機質なコンセプトとしてではなく「人間」として捕らえることができ、それによって、企業と人間(顧客)との間に感情的絆が築かれている。

 もっとも、ベゾスやシェイが自分の個性を企業方針に強烈に発散することができるのは(だから、人間性の強い企業が実現できる)、彼らがある意味オーナー社長だからだ。ザッポスは非上場だし、ベゾスはアマゾンの1億株を所有しており、個人としては最大株主だ。ザッポスのシェイは、また、Twitter愛用者としても有名で、彼の書き込みには100万人がリンクしているという。会社やブランドをPRする箇所はまったくない、ごくフツーに自分の日常の出来事を書いているだけだが、セレブの記事並に読まれている。シェイ自身はただたんにTwitter大好き人間であったとしても、結果として、ザッポスという企業の人間的要素が強調される結果となっている。

2)アマゾンは本という問題が余り発生しないタイプの商品を最初に取り扱った。だから、最初はコールセンターを採用する必要度が低かった。また、ザッポスが最初に扱った靴は(日本の事情はよく知らないが、アメリカでは)粗利益率が50%と高い。ブランドロイヤルティも高いので、リピート率も高い。ザッポスがネット販売を始めた当時はSEMが登場しはじめたころで、ブランドロイヤルティの高い靴の購買客をSEMを先駆的に利用することでコスト安に集客できた。だから、ザッポスは最初からコールセンターを強調するだけの経済的余裕があった。(日本でも、日経ビジネス2009年度アフターサービス満足度ランキングのネット通販部門では、オルビスとかファンケルといった化粧品会社が1位、2位を占めている。化粧品は粗利益率が高いので、それだけ、サービスにお金がかけられる)。

 企業に「人間性」が感じられるようになると、顧客の感情を喚起しやすくなり、ブランド・ロイヤルティが確立され、結果、顧客ベースが増大し、顧客サービスをコスト安に提供しやすくなる・・・・。だが、株式会社で大企業で経営者が個性を発揮できない企業では、企業の「人間性」を「売り」にすることは難しい。また、たとえ個性的な経営者がベンチャー企業を始めたとしても、黒字になるのを10年近くも耐えて待ってくれるような投資家はなかなか見つけられない(アマゾンの場合は、夢を売ることが上手なベゾスのおかげで、投資家は待ってくれた)。短期的に利益を出そうとすれば、顧客サービスはおざなりになってしまうのだ。

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参考文献: 1.「堅調ヤクルトレディー」、朝日新聞7/27/09、2.「不況期はサービスで」、日経ビジネス8/3/09、3.「コールセンターに見る「消費者重視」の真実」、日経ビジネス2/16/09、4.Joe Nocera, Put Buyers First? What a Concept, New York Times 1/5/08, 5 Kinberly Weisul, A Shine On Their Shoes, Business Week 12/5/05, 6. Heather Green, How Amazon Aims to Keep You Clicking, Business Week 2/19/09, 7. Amazon.com Tops BusinessWeek's List of Customer Service Champs, Reuters, 2/19/09, 8. Pete Blackshaw, IsCustomer Service a Media Channel? Advertising Age 7/23/09

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2009年5月 7日 (木)

製造業の人間はサービス業には移れない!

 先進国における第三次産業(サービス業)のGDP(国内総生産)に占める割合が60%を越したということで、今世紀に入ってからのサービス業への関心には高いものがあります。

 日本においても金融や通信サービス業を除く狭義のサービス業は2005年にGDPの23.2%となりました。製造業は22.7%で、5年前に比べると、立場が逆転したことになります。 

 問題は、日本のサービス業における労働生産性が他先進国に比べると見劣りすることです・・・・と、これまでは、こう続くのが通常でした。そして、次ぎのような統計数値が紹介されます。

  • 経済協力開発機構(OECD)の調査によると、1995年ー2003年のサービス業の生産性の伸び率を製造業の伸び率と比較してみると、日本は製造業で年率4%強で米国の3%強や英国の2%強より高い。しかし、同じ期間のサービス業の伸び率は、日本は年率0.8%で2%強の米国や1%強の英国より低い。

 つまり、日本は製造業での生産性は他国よりも高いが、サービス業では落ちる・・・というのが定番のコメントでした。ところが、最近の発表をみると、2000年前後から他の先進国のサービス業における生産性が落ちており、1991年から2005年の統計数値をみると米国(マイナス0.5%)、英国(マイナス0.4%)、フランス(マイナス0.1%)で、15年間、ほとんど成長なしという結果になっています。

 どの国もサービス業の生産性向上には苦労しているということです。だからこそ、サービス・サイエンスといったサービスに科学をとりいれることで、もっとコスト効率がよくならないか?という研究は、国家的プロジェクトにまでなっているわけです。

 このサービス業について、最近読んだ面白いコメントをいくつか紹介します。

1. 劇作家・演出家の平田オリザ氏(朝日新聞2009年4月29日)・・・「政治家を演じる」という寄稿のなかで、製造業に従事していた非正規社員が失業すると再就職が難しいことに関して、次ぎのように書いています。

 「・・・なぜ他の産業に転職がきかないかといえば、それは端的に言って、コミュニケーション能力の問題なのだと思う・・・・産業構造が大きく変わったにもかかわらず、日本の教育制度は工業立国のスタイルのままではないか・・・・派遣村の問題は、だから根本的には、コミュニケーション教育を放棄してきた教育行政の失政であり、その失政のつけを、個々人が払わされる由縁はない・・」

2. みずほ総合研究所チーフエコノミスト中島厚氏(日本経済新聞2009年1月9日)・・・日本の過剰サービス社会を批判して、次ぎのように語っています。

 「(過剰サービスを廃止すれば)まずコストを低減できます。さらに手厚いサービスには追加的な出費が必要だと皆が了解すれば、高付加価値型のサービス産業が今より成り立ちやすくなるでしょう。いずれもサービスの生産性を上げるのに役立ちます・・・・過剰サービスは日本人をひ弱にしてはいないでしょうか。手厚いサービスや気配りに満ちた日本社会は住み心地が良い・・・しかし、世界の標準は違う・・・あらゆるサービスは本来、有料なのです。そう自覚したほうが、気配りが身に染み、今のように『サービスは無料で与えられて当然』と考え続けるよりも他人への思いやりの心も育つのではないでしょうか」

3. ビジネスウィークは2007年10月22日に「急成長の煽りで顧客サービスが低下? 米アップル、評判に陰り」という見出しの記事を掲載した。そして、アップルは熱狂的なファンがいることで有名で、そういったファンはアップルがたとえ欠陥商品を販売しようがそれを許してくれた。が、iPhone人気で顧客ベースが急激に増大し、以前ほどにはアップルのすることに寛容ではない顧客が増えた。それにともない、苦情も増え、顧客満足度も落ちている・・・と指摘しました。

 ですが、つい最近発表された調査によると(Forrester Research)、PC産業におけるアップルの満足度は80%で第二位のゲートウェイの66%に大きく差をつけています。しかし、この満足度は、他の産業に比べて非常に低いもので、PC産業よりも低いのはインターネット接続業、ケーブル/衛星TV,保険サービスだけだそうです。

 ちなみに、すべての産業をひっくるめての顧客満足度ランキングで晴れてNo.1に輝いたのはバーンズ&ノーブル(書籍のチェーン店兼ネット販売)で、3位のアマゾンを抜きました。アップルは23位、ウォルマートが35位、デルが93位になっています。

4. 読売新聞2008年1月27日「電話窓口を閉ざす企業」では、ヤフーやミクシィーといった著名ネット企業が消費者に電話番号を明かさず、苦情や問い合わせの窓口をメールを限定していることについて特集記事が書かれていました。ヤフーオークションに苦情のメールを出してもその返答に一ヶ月以上かかったという顧客の経験を紹介し、ヤフーは「電話が殺到すると業務の混乱をきたす」として今後も電話番号を公開する予定はないとしていると伝えています。読売新聞が大手IT企業26社を調べたところ、ヤフーやミクシィーなど6社が公式サイトで電話を掲載せず、うち、5社は番号案内(104)にも登録していなかったそうです。

 顧客ベースの大きいところは、電話で受付を始めれば、莫大な経費がかかるようになります。不況のなか、これまで電話での対応を顧客サービスの一環として積極的に取り入れていた企業のなかでも、コールセンターの閉鎖、人員削減をするようになっています。

 昔はコスト・センターと厄介者扱いだったコールセンターがCRMとか顧客サービスとか叫ばれるようになってプロフィット・センターになった・・・・などと言われたものですが、不景気になると、やっぱり、コスト・センターに戻ってしまうようです。

 いずれにしても、利益を生み出す「顧客サービス」は、多くの企業にとって「永遠の課題」です。サービスを提供するのも人間(なるべく機械を使いたくても、いまのところ品質の良いサービスは人間の介入なしには成り立っていません)、サービスを受けるほうも人間。どちらも人間というややここしい要素から成り立っているために、1)感情の問題、2)品質のばらつきの問題、3)経費の問題・・・がサービスの生産性向上を妨げています。

 ということで、サービスを科学するシリーズを書いて見たいと思っています。海外でのいろいろな新しい試みとか研究例をご紹介できたら良いなと思っています。でも、二回目はもしかして一ヵ月後になってしまうかもしれません。夏に公開する映画をいまから宣伝する予告編みたいな感じになってしまい・・・・ホントにどーも、スイマセン(三平ふうに・・・・)

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