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2007年12月18日 (火)

iPhoneと触覚

 アップルiPhoneは日本では未販売。だから、話題となったタッチスクリーンを実際に体験した者はそれほどいない。だが、10月にiPod touchが発売されたことによって、「指のバレエ」と評された指さばきを試してみることができるようになった。

 朝日新聞(10月20日朝刊)には、「官能的なまでの操作感」という見出しで、「3.5インチのタッチパネル液晶に親指とひとさし指を当て、押し広げるように指の間隔を開くと、表示された写真が拡大。つまむように指の間隔を狭めると写真も縮小する。官能的なまでに手になじむ動きが、デジタル関係者を夢中にさせた」という記事が掲載された。

 うーん、その気になって読むと、描写自体も、なんかちょっと官能的。

 (記事を書いたひとに失礼があってはいけないので辞書をチェックしたら、「官能」って言葉の意味には二つあった。私みたいに、「官能」って言葉ですぐにセックスを連想したとしたら、あなたもけっこうな俗物です)。

 iPod touchのタッチ(touch)には触覚という意味もある。

 触覚は皮膚感覚の一部だが、人間の指先にはその皮膚感覚(触覚、圧覚、温度感覚、痛覚)受容器がたくさん集まっている。指先の皮膚1平方センチの面積のなかには、皮膚感覚受容器が一番感度の鈍い背中の100倍も集中している。人間は、それだけ、指先から多くの情報を集めている・・・ということだ。

 日本を含めた世界13カ国で2003年に実施された調査では、25歳~40歳の消費者が重要と考える感覚は、①視覚(58%)、②嗅覚(45%)、③聴覚(41%)、④味覚(31%)、⑤皮膚感覚(25%)。皮膚感覚は最下位だが、衣服などでは外見(視覚)よりも手ざわり(皮膚感覚)を重要視する消費者がふえているのが世界的傾向だそうだ。日本でも、清涼飲料水のボトルは、手で持つときの感触を考えてデザインされるようになってきている。自動車でも、ハンドルやシフトレバーを操作するときの手への感触が重要視される。

   皮膚感覚をある程度~非常に重要と考える消費者の割合(商品タイプ別

  1. スポーツ衣料       82.2%
  2. 石鹸            61.5% 
  3. 自動車          49.1%
  4. 電話            43.9%  
  5. アイスクリーム      21.7%
  6. 清涼飲料水       15.1%  
  7. クロモノ家電       11.6% 

 当然のことながら、IT機器のインタフェースを設計するとき、指を含めた手の皮膚感覚は重要な意味をもつ。

 iPhone以前にもタッチスクリーンのケータイ電話は発売されていた(2006年に世界中で出荷されたケータイ電話の4%はタッチスクリーン方式)。だが、そのほとんどは抵抗膜方式(resistive )で、指やペンでスクリーンを押すものだ。iPhoneやiPod touchの静電容量方式(capacitive)は、電流量の変化を利用している。だから、軽く指先を触れるだけで充分。実際には、静電容量方式の場合、物理的接触も必要ない。指が、2ミリ近づくだけで感知することができる。この技術だからこそ羽のような軽い動きで充分なわけで、指やペンでスクリーンを押さなくてはいけない抵抗膜方式よりも直感的に操作することができる(直感的に使いやすいことの重要性については、「注目のキーワード1」を参照)。

 静電容量感知方式のタッチスクリーンのケータイ電話はアップル以外からも発売されている。だが、現在、同時に2本以上の指が使えるのはiPhoneだけだそうだ。2本の指でつまんだり広げたりすることでウィンドウのサイズを変えることができるマルチタッチ技術はごく最近開発されたもので、この技術の特徴を最大限に活用できるアップリケーションソフトを開発して商用化したのはアップルが最初・・・ということになる。

 「技術的には、うちだってiPhone並みのケータイを開発することはできる」と主張するIT企業のコメントをよく耳にする。だけど、やっぱり、最初にするってことが重要だよね。

 ノキアの戦略的マーケティング担当上級副社長は、マッキンゼーのインタビューに答えて、「我々人類の祖先と他の霊長類とを区別させたのは、親指を動かし、ものをつかみ、道具を巧みに使うことができるようになったことです。手を使うことを通して、人類は種として進化し、脳の大きさが発達したのです。 だから、IT機器をデザインするとき、手の中でのその機器がどう感じられ、指や手がその機器をどう操作するかが非常に重要になるのです。新しい機器を誰かに渡してごらんなさい。誰もが最初にすることは、それを手に取り、ちょっと動かして重みを測り、それから手のひらの中で転がしてみたりします。こういった動作を人間は無意識にします。その様子を観察をすることで、(人間と機械とのインタフェースについて)重要な洞察を得ることができます」 

 iPhoneでは同時に2本以上の指を使えるわけだが、アップルは、このマルチタッチ技術に関する特許を、指だけでなく手全体にまで広げて申請するのではないか?・・・と考えられている。そして、手も指もつかえるマルチタッチ技術を採用したパソコンを2008年1月に発売するのではないかとウワサされている。

 2002年に公開された映画「マイノリティ・レポート」を見ましたか? トム・クルーズが薄手の手袋をはめて透明の巨大スクリーンの画面を両手で操作し、スクリーン上の情報を次から次へと探索して犯罪を解決していく。トム・クルーズが華麗な動きで、画面を指差してズームインさせたり、右手首をまわしてビデオを早送りしたり、両手を左に払うようにして画面を消し去ったりした場面・・・・覚えていますか? 映画は近未来のストーリーだが、あの場面は想像ではなく現実に基づいていました。映画に現実味をもたせたいスティーブン・スピルバーグ監督が、直感的インタフェースとしてジェスチャー技術を研究していたジョン・アンダーコフラーをテクニカル・コンサルタントとして雇った。その結果が、あの場面につながったのです。

 この話はまだ続きます。

 米軍需産業の大手企業のエンジニアが「マイノリティ・レポート」を見て、直感した。この技術は軍事作戦に利用できる! 実際の戦闘現場で大きな問題は、情報が多すぎるこ。衛星、偵察機、兵士、その他さまざまな情報源から刻々と入っている情報を的確にコントロールして迅速に作戦を決定しなくてはいけない。「ジェスチャー技術はきっと役立つ」・・・そう考えた軍需産業企業はアンダーコフラーの研究に投資することを決めたそうだ。

 「キーを叩いたりマウスをクリックする動作は自由度を狭めます・・・・手は5から6個のマウスの役割をしてくれます。」とアンダーコフラーはいう。現在、それぞれが数式に対応する20以上のジェスチャー言葉を発明したそうだ。

 手は5から6個のマウスに匹敵する・・・と聞いて、フッと浮かびました。

 だったら、手は2本じゃくて、何本もあったほうがよいのでは?より多くの情報をスクリーン上でもっとすばやく操作できるんじゃないの?

 昔からSF小説では、火星人といえば手が何本もあるタコのような形で描写てきた。触手をもったタコ型火星人を創作したのは「宇宙戦争(1898)」を書いたSF作家H.G. ウェルズだそうだ。考えてみると、何本もの触手をもった火星人って、IT機器を操作するにはぴったりじゃないか! 火星人は人間よりも高度に進化していると想定されているんだし。

 いまから110年も前に、IT機器をあやつる未来の人類の姿形を、H.G. ウェルズは想像することができた。「サイエンス・フィクションの父」と称されるだけのことはある。SF作家の想像力ってやっぱり常人の枠を超えているね!

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参考文献:1.Jonathan Karp, Minority Report  Inspires Technology Aimed at Military, The Wall Street Journal, 4/12/2005, 2. May Wong, Touch-Screen Phones Poised for Growth, Washingtonpost.com. 6/21/07, 3. Creative touch, The Engineer Online 3/12/07 4.Trond Riiber Knudsen, Confronting proliferation...in mobile communications, The McKinsey Quarterly, May 2007, 5. マーチン・リンストローム(2005)「五感刺激のブランド戦略」ダイヤモンド社

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2007年11月24日 (土)

サイトからストアへ

 アメリカでクリスマス商戦が始まった・・・とTVニュースで報道されていた。今年は、サブプライム問題で消費の冷え込みが懸念され、商戦開始を早めて10月初めからおもちゃのセールを始めた大手小売店もあるようだ。

 一年の売上の三分の一が、11月末の感謝祭からクリスマスまでの一ヶ月間に集中するお国柄だ。プレゼントを贈らなくてはいけない親戚・友人・知人・アカの他人たちのリストを手に、混雑する店から店を何日も歩き回る・・・苦痛以外の何ものでもない! クリスマスじゃなくて「苦しみます」だ・・・なんて日本語ダジャレをアメリカ人が言うわきゃない。でも、ショッピングが苦痛であることに変わりはない。

 そんなときには、大手小売店シアーズの「5分で完了」サービスをご利用ください。

 ネットで商品の購買をすませ、あとで送られてくるeメールの確認書をもって最寄の店舗にいけば5分以内に商品が受け取れる。もし、5分以上時間がかかった場合は、ごったがえす店内に長時間の滞在をよぎなくされたお詫びのしるしとして5ドルの金券がもらえる。

 ウェブサイトで注文してお店で商品を受け取るサービス(サイトからストアへ/Site to Store サービス)を採用する小売店は、2005年ごろから増えてきた。それが、今年の夏に、ウォルマートが全国展開を始めたことで、俄然、ホットな話題となっている。ウォルマートによると、ネット購買者顧客の三分の一がこのサービスを利用しているそうだ。

  1. 客側のメリット: 1)ネットで購買すれば店舗よりも品揃えが豊富だ。たとえば、ハイビジョンTVは店には数種類しか置いてないが、ネットなら44種類のなかから選択できる。 2)配送料金が無料になる。
  2. 企業側のメリット: 1)実物を見ることができないからとネット購買を避けていた消費者の三分の一を獲得することができる。とくに、衣料品とか家具の販売に良い影響を与えるだろうと期待されている。 2)このサービスを利用する客の60%が、来店したついでに平均$60の付加購買をしてくれる

 企業側のメリットとして記されている数字は、過去2年間のテストで得た結果だ。こういったテスト数字に基づいてROI計算をするから、かなりの額のシステム投資を思い切って決断できる。ここがウォルマートの強いところだ。

 (だから、やっぱり、日本市場における投資にも勝算があるんだろうなぁ?って、みんな思っているんだけど・・・。でも、今年10月に西友を完全子会社化したことは、アメリカの株主や証券アナリストの間では評判が悪いようだ。基本的にウォルマートは先進国市場では失敗している。もともとスーパーマーケットチェーン第三位だったアズダを買収することで成功した英国以外では、ドイツでも韓国でもうまくいかなくて撤退している。アメリカでも大都市進出はまだ果たしていないし・・。先進国で大都市の東京商圏で、一生懸命勉強しているのかな?)

 話しを元に戻します。

 「サイトからストアへ」サービスは、消費者にとっても企業にとってもメリットがある・・・ということで、米小売業界でビッグヒットになっている。このサービスは、マルチチャネル展開をしている店舗小売業者をネット販売業者に対して競争優位に立たせるだろう・・・と考える専門家もいるようだ。

 つまりぃ・・・、アマゾンに代表されるようなネット販売業者は、ほとんどの場合、仕入れ商品を低い利益率で、しかも、かなりの割引価格で販売しているわけです。そのうえ、商品配送サービスは無料ないしはそれに近い料金システムになっている。つまり、ネット販売業者の実態は利益率が非常に低い薄利多売なのだ。かたや、マルチチャネル展開をしている店舗小売業は「サイトからストアへ」サービスを採用することによって、店舗での付加販売金額を考えると、ネット並みに安い価格をつけても、利益率はネットよりも高くなる・・・という理屈です。

 日本でもネットで注文してコンビニで受け取るサービスがあります。本などは、たとえ一冊でも送料無料が「売り」です。最近、DVDやCDをオンライン・レンタルしているTSUTAYAが、通常は、郵送で返却するDVDなどを店舗にもっていけば、もう一枚無料で借りられるサービスを実験的に始めました。でも、顧客はもともと郵送料金は払わなくてもよいシステムになっていたし、いくらもう一枚無料といわれても、店舗にわざわざ出向くかなあ? お店にいっても、売っているのは、ネットでも借りられるDVD、CD、ゲーム、それと本くらいでしょう? ついで買いもあまりないんじゃないかな? 反対に、店舗でレンタルしているひとが、来店する時間がないときは郵送返却してもOK・・・っていうのは便利なサービスだと思うけどね。

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参考文献: 1.Bob Tedeschi, Retailers Shortcut  From Desktop to Store, The New York Times, 9/24/07, 2.Chantal Tode, Wal-Mart touts site-to-store, DMNews, 7/24/07

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2007年11月 6日 (火)

ムードとマルチチャネル

 ムード(Mood)は顧客の購買決定に大きな影響を与える。ムードは「気分」と日本語訳されるが、「今日、一日、憂鬱な気分だった」とかいうように、ある程度の期間持続する点で、感情とは区別される。

 ムードとマルチチャネルとどういう関係があるのか? 早く結論を出せって?

 やけに短気ですねえ。

 もしかして、脳内のセロトニンの量が少ないのかもしれません。

 脳のなかには確認されているだけでも50種類以上の化学物質(神経伝達物質)があり、外からの刺激によって、特定の脳内化学物質が放出され、その組み合わせによって特定のムードや感情が喚起される。セロトニンが慢性的に欠乏するとウツ状態になり、ドーパミンが放出されると気分がよくなる。

 こういった脳内物質がどういった組み合わせでどのくらいの量が放出されているかによって、ムードは異なってくる。

 「若きウェルテルの悩み」も、ハムレットの「生きるべきか死ぬべきか・・」も、ある程度は、脳内物質のブレンドで決まるわけだ。深刻ぶるのがバカらしくなってくる。

 もっと、面白い事実があります。

 感情をともなう記憶ファイルには、その記憶を思い出したときに、どの脳内物質をどのくらい放出するかの指示内容まで入っているそうだ。楽しい記憶を思い出すときには楽しい気分に、悲しい記憶を思い出すときには悲しい気分になるのは、こういった仕組みがあるからだ (ブランドと感情と記憶シリーズ第3回参照)。

 脳は、そのときのムードによって、そのムードに沿った記憶ファイルを検索する。ウツ状態にある脳は、憂鬱な気分にさせるようなファイルばかり検索する。さらによけい惨めな気分にさせるようなことばかり思い出したり考えたりするのだ。いわゆるマイナス思考ってやつだ。

 脳はいちどきにひとつの感情しか感じることはできない。だから、ウツな気分から抜け出したいときには、楽しくなるような外部刺激を意識的に選ばなくてはいけない。たとえば、楽しい出来事を思い起こさせてくれるような音楽を聴くとか、あるいはドーパミンを放出してくれるようなアクション映画を見るとか・・・。

 でも、ネガティブなムードをポジティブなムードに変えることは非常にむつかしい。何もしたくない厭世気分にある消費者をクリスマス・モードに変えて、パーティ用のドレスやジュエリー、あるいはケーキやシャンペンを購買する気にさせることはできるのか? 

 広告にそれができるのか?

 できます。いつでも誰にでも効果があるわけではありませんが。

 たとえば、クリスマスに話を戻せば・・・・。

 今年のアメリカのクリスマス商戦で話題になっているのが、往年のクリスマス・カタログの復活だ。大手小売業のシアーズが14年ぶりに大型の分厚いカタログを発行した。「子供のころを思い出す」と、ベビーブーマー世代には好評のようだ。この場合は、クリスマスカタログという広告が、ノスタルジックな感情を喚起することに成功している。

 高級デパートのニーマン・マーカスもクリスマス・カタログのページ数をふやした。毎年、度肝を抜く商品を掲載することで有名だが、今年の話題は、キーロフ・オーケストラのプライベートコンサート($1,590,000)。お高くって手が出ないようなら、7.2カラットのダイアモンドがちりばめられたケータイ電話($73,000)はいかが?

 EBayやRed Envelopeのような高級品も扱うネット企業は、ウェブサイトよりも商品写真に高級感が出る・・・といって、カタログを特定顧客セグメントに送ります。

 高級カタログを見ていたら、店舗に出かけてみる気分になりましたか? 

 そうだとしたら、自分のいまの厭世気分をなんとかしなくちゃ・・という気持ちがあなたにはもともとあったということです。ネガティブなムードをポジティブなムードに変えるのには、本人の「自分はもっと楽しい気分になりたい!」という気持ちが必要です。

 店舗に出かければ、入り口ではサンタクロースに迎えられ、ホールでは合唱団がクリスマスソングを歌う。一階の化粧品売り場には香水の匂いが漂い、外を見るとライトアップされたイルミネーション(終わりのほうは、アメリカのデパートというよりは、日本の新宿髙島屋になっています)。

 五感を刺激する店舗の雰囲気に酔い、脳のなかは、適度に放出されたドーパミンでハイの状態。お買い物ムード満開だ。

 マルチチャネル化が話題になった90年代半ば、すべてのチャネルはウェブサイトに集約される・・・といわれた。が、最近、アメリカの小売業者は、紙媒体であるカタログや、歴史的には最古の販売チャネルである店舗の重要性を再認識するようになっている。

 ネットで注文して店舗で商品を引き取るサービスの評判は消費者の間でも高く、ウォルマートのサイトで注文をする顧客の三分の一が店で商品を受け取るのを選択する。そして、そういった客の60%は店舗で平均60ドルの付加購買をしていくという。店舗内での五感刺激の効果でしょうか・・・・。

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2007年10月23日 (火)

地球温暖化と衣料品ビジネス

 まだ多くの企業が地球温暖化をCSR(企業の社会的責任、Corporate Social Responsibility)の問題と考えているようだ。「環境保護にうるさい消費者グループへの対策として何をするか?」といったレベルだ。

 だが、「競争の戦略」で有名なマイケル・ポーターは、地球温暖化はもはやCSRの問題ではないとハーバード・ビジネス・レビュー(2007年10月号)に書いている。気候問題はビジネスへの機会や脅威として戦略的に考えなくてはいけないレベルにきている・・・そうだ。

 地球温暖化をビジネスへのチャンスとしてとらえてハイブリッド・カーが誕生した。だが、温暖化を脅威としてとらえ、新しいビジネスモデルの開発に迫られているのは、衣服を扱うアパレル産業だろう。

 日本でも、8月期の中間決算が発表されたが、「ユニクロ」や「しまむら」といったSPA大手二社とも業績予測を下回った。また、百貨店や総合スーパーも衣料品部門の不振に足を引っ張られた形で、業績予測を達成できなかった。

 そして、誰もが、天候不順を要因のひとつとしてあげた。

 ファーストリテイリングの柳井会長兼社長は「昨年の暖冬から続く天候不順も響いた」と語っている(日経ビジネスオンライン10/22/07)。ユニクロは一年前の冬には、厳冬のおかげで単価が高い防寒衣料品が売れたこともあって、2006年2月期に増益となっている。柳井社長は以前に「自社の商売にとって気がかりなのは景気よりも天気」と語ったそうだが、さも、ありなん。天候ひとつで衣料品ビジネスは上下する。

 地球温暖化の問題点は、暖かくなって四季がなくなっていくということだけではない。それが、温暖化のせいかどうかは結論が出ていないらしいが、気象の長期予報が当たらなくなっていることは事実だ。

 気象予報が当てにできないということは、商品計画が立てられない。アパレル産業にとっては、実に由々しき問題なのだ。

 アメリカでは、2006年のクリスマス・シーズンに、暖冬でコートなどが売れず、売上予測が20%以上もはずれた。これが、アパレル業界が気候リスクを身にしみて考えるきっかけになったという。

 もともと、カジュアル化が進んでいたところに温暖化・・・アメリカの消費者は冬のコートと夏のワンピース以外には、季節性のある洋服を持たなくなってきている。

 季節性のないシーズンレスな洋服だって?!

 それでは、洋服を数多く持つ必要がなくなる。

 季節ごとに商品を入れ替え、商品回転率の頻度を高め,流行創造による計画的陳腐化で繁栄してきたファッションビジネスは、地球温暖化によって、今後、どうなっていくのか?! と、ウォールストリートジャーナルは警報を鳴らしている。

 リズ・クレイボーンとかターゲットなどは、気象コンサルタントに生地の選択やデザインの相談をしたり、気象と連動した分析ツールを使って値下げやチェーン店舗への配送のタイミングを決める方法を模索しているらしい。JCペニーは、四つの季節ごとではなく、毎月商品を入れ替える方針に変更した。セオリーでは、寒い冬用の衣料は販売商品のわずか20%だけになるだろうと予測している。

 服の生地は一年中ほとんど変わらず軽いものになり、季節は色で表現されるようになるという。高級ファッションのアルマーニはマイクロクロファイバーとかレーヨンを使ったシーズンレスな服をすでに制作販売している。

 同じ高級ファッションでも、グッチとかプラダの場合、売上げの大半は、衣服ではなくて、ハンドバッグとか靴からあがってきている。だから、気候の影響は少なく心配していないようだ。シャネルにしたって、シャネルの服を愛用する客なら、暖冬でもファッションのためには我慢して毛皮つきジャケットを着るかもしれない。

 だいたい、お金持ちは、働きやすい服を選ぶほど汗水たらして働いてはいないのだから・・・(ハイハイ、ひがみ根性出てますよ)。

 柳井社長が高級ブランドを買収したがっているはずだ。また、靴ビジネスを買収したはずだ(業績はまだ上がってないけど・・・)。どちらも、地球温暖化の影響を「ユニクロ」ブランドほどには受けないタイプの商品だから。

 いずれにしても、アパレル産業は、地球温暖化でも常に利益を上げられるようなビジネスモデルの開発を早急に求められている。

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参考文献 1.Teri Agins, Warming Trend:White Jeans Year Round, The Wall Stree Journal Online, Aug.30,2007 2. 「大手小売中間決算」日経MJ10/19/07 3.「衣料不況が示す消費減速」日経ビジネス10/22/07

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2007年10月11日 (木)

環境とブランド(トヨタとウォルマート)

読売新聞」(10/20/07)に「トヨタ学、世界が研究」という記事が掲載されていた。

20年以上にわたってトヨタを研究したアメリカの教授が「ザ・トヨタウェイ」という本を出版した。その「トヨタ学」の権威者が「トヨタの強さは貪欲な効率の追求にある」と語った・・・と、その記事に書いてあった。

 貪欲なまでの効率の追求・・・という言葉で思い出すもうひとつの企業は? 

 もちろん、世界最大の小売業ウォルマートですよね。

 そのウォルマートは、いま、環境問題に非常に熱心である。2006年に、1)自社所有の物流トラックの燃費効率を10年以内に2倍に向上、2)店舗におけるエネルギー使用を30%削減 3)、店舗から出るゴミを25%削減する・・・と発表した。取り扱い商品も有機ミルクとか有機綿。アメリカ人が好きな白熱電球より省エネな電球型蛍光灯を奨励販売するそうだ。

 「環境」は、アメリカ市場におけるトヨタ自動車のブランディングにも大いに貢献している。

 トヨタは価格と機能において他自動車メーカーに圧倒的差をつけ、アメリカ市場で成功した。だが、本当の意味で、ブランド・メーカーとしての地位を確立したのは、高級車レクサスを発売してからだ。そのレクサスも、他のチョー高級車とまったく同じ価格帯で真っ向から勝負して勝てるようになったのは、ハイブリッドカーを発売するようになってからだ。2007年夏に発売したLexas LS600hlは、メルセデスベンツSクラス、BMW7シリーズといったもっとも高いモデルと同じ価格ライン。ただし、ライバルよりも70%もクリーンなクルマなのだ。

 環境に配慮したグリーン・カーは、アメリカの高額所得者の「感情」に強くアピールすることができる。

 環境問題は「感情」ではなくて」「理性」に訴える問題のような気がする。だが、アメリカでは違う。ハイソやセレブの社会に受け入れられる人間は、教養や品格が求められる(パリス・ヒルトンを除いては・・・(^o^))。チャリティーとか社会性ある行動をとることは、高額所得者層においては「クール」なことなのだ。環境にやさしい高額商品を使わないなんて、上流社会においては恥ずかしいことなのだ。

  ウォルマートは、国内市場では、都市部に進出することが最重要事項となっている。だが、これまでのところ成功していない。大都市部の比較的所得の高い市民にアピールするためには「環境」に配慮するグリーンなイメージは重要な条件だ。ちなみに、ウゥルマートのCEOリー・スコット氏は、地球温暖化の勉強をしたあとで、これまで乗っていたフォルクスクスワーゲン・ビートルをハイブリッド・レクサスSUVに代えた・・・・そうです。

 ソニー・アメリカも、2007年9月より自社商品すべてを無償でリサイクルすると発表した。家電すべてを無償リサイクルするのはアメリカでも初の試みで、ソニーはブランドイメージ向上を狙っているのだろうと日経新聞(8/18/07)も報告している。

 アメリカで高額所得者市場の「感情」にアピールするブランドをつくるには、「環境」がキーワードなのです。

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参考文献:1.Marc Gunther, The Green Machine, Fortune Magazine 7/31/2006, 2. Ian Rowley, High Tech Lexus, BusinessWeek 7/13/07

2007年9月27日 (木)

IT製品のキーワードは「直感的に使いやすい」

  「intuitively easy-to-use」・・「直感的に使いやすい」と直訳できる。

最近、欧米のIT製品や家電製品メーカーのマーケティングについての記事を読んでいると、この言葉がよく目につく。

「アップル、ノキア、フィリップスなどグローバルなIT製品メーカーは、心理学者や人類学者のアドバイスを得て、直感的に使いやすい製品を設計している・・」といったふうに使われる。ぶ厚い文書マニュアルを読まなくても(つまり、意識的に考える努力をしなくても)、直感的にこのボタンを押せばいいだろうとか、次はこのキーを押すのだろう・・・と感じて使えるような製品デザインを設計する。

アップルのi フォンはintuitively easy-to-useな製品だ・・・といわれる。

i フォンがアメリカで発売されたときに、「高い技術力、世界に通じず」とか「技術至上の日本に教訓」といったような見出しが日本の新聞を飾った。日本のメーカーは十一社を合計しても、ケータイ電話世界市場で7%しかシェアを獲得できていない。その現状を嘆いているわけだ。

「日本のメーカーは技術は優秀だが・・・」という言葉は日本だけでなく欧米の新聞や本でも見られるようになっている。ソニーがプレイステーション3を発売した週明けのニューヨークタイムズ(2006年11月20日付)は「PS3はたしかに世界でもっともパワフルなゲーム機器ではあるが、世界一楽しい魅惑的な経験を提供するものではない。この二つの間には大きな違いがあり、その違いにソニーは気づいていない」と書いた。

痛っ!

五感刺激のブランド戦略(ダイヤモンド社)」には、ソニーやパナソニックといった日本のAV機器は視覚聴覚といった感覚にアピールする技術を(つまり、AV機器として伝統的に強調してきた特徴を)極めてはいるが、そういった技術レベルはある高さ以上になると、消費者にはその違いがわからなくなる。結果、それ以外の感覚にアピールしているメーカーの製品のほうが差別化に成功している・・・・と書かれている。

そんなの関係ねえ・・・と言うこともできる。

たとえば、ケータイ電話の話に戻れば、ノキアやモトローラといった電話機の部品、つまり、セラミックコンデンサー、水晶部品、カメラユニット、その他主要部品の多くが日本企業製だ。セラミックコンデンサーにいたっては日本メーカーが世界シェアの8割を占めているという (日経新聞2007年8月27日)。日本のケータイメーカーが世界に先駆けて高機能化を進め、その結果として、部品メーカーの国際競争力が強化されたと考えられている。

誰もがブランドメーカーになる必要はない。

技術をとことんまで極めていくことが日本人の資質に合っているのなら、それでもよいのではないか。一つのことに集中するほうが、いろんな意味で効率がよい。それに、消費者に対応するよりは、企業顧客を理解するほうがずっと簡単なことは事実だし・・・。

グローバルなブランドメーカーが頼る日本の部品メーカー・・・というのも非常にスマートな選択肢ではないだろうか。

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