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2009年8月17日 (月)

コールセンターの恋人

Ilm06_ca07034s_6 「コールセンターの恋人」という小泉孝太郎(heart01 けっこう好きです。弟もイケメンだし、私が川崎に住んでいたら、絶対、清き一票を入れます。「政治家は顔かよ~?」「あったりめーさ。顔以外に何があるってゆーのさ」)・・・その小泉孝太郎主演のTVドラマが放映されています。テレビショッピングや通販会社にしてみればオーバーなところもあって心外に感じるところもあるかもしれません。でも、基本的には、電話でお客様の相談を受ける部署がいかにお客様を大事にしているかがエピソードの中心になっている。企業の人間性が強調され、業界に好意を抱いてもらえる内容になっていると思います。しかし・・・です。あんなふうにお客様一人一人にパーソナルなサービスを提供していたら、生産性なんて上がるわきゃない!と、つくづく考えてしまう内容でもあります(ドラマでも小泉くんが「マニュアルに従って電話にかける時間はX分以内にしてください!」とよく叫んでいます)。

 不況にもかかわらず乳酸菌飲料ヤクルトの販売本数が増えていることが、朝日新聞(7/29/09)に掲載されていた。ヤクルトレディーが取り扱う宅配専用品「ヤクルト400」の2009年(4~6月)の一日当たり平均販売本数は約300万本。経済危機以前の2007年度の平均より30%は増大している。反対にヤクルトレディ-の数は73年度の6万700人をピークに減少傾向にあり、現在は約4万2500人。つまり、人数を増やさずに販売本数を増やしたことになる。もっとも、販売員のやる気を起こすために、企業内保育所を設けたり、配達が楽になるように電動アシスト自転車を特注したり・・・ということで、販売経費が少なくなったわけではない。

 不況でもヤクルトの売上個数が増大している理由は、人間(販売員)と人間(お客様)との信頼関係が築かれていることがあげられる。地道に築いたネットワークだ。

 世界的調査会社ギャラップが日本医科大学に協力してもらい、東京の都心デパートの顧客のなかで、そのデパートに感情的つながりを感じていると(アンケート調査に基づいて)判断された顧客の脳の中を機能的MRIを利用してチェックしました。顧客がデパートついて考えているときに脳のどの部位が活性化するかを調べたのです。デパートについて質問されているとき、顧客の脳のなかでは、感情に関係する部位(詳しく言えば、大脳辺縁系にあって感情と論理的思考とを統合する役割があるとされる前頭葉眼窩皮質)の神経細胞が活性化していた。それとともに、側頭葉にある紡錘状回と側頭極も活性化していた。紡錘状回は顔を見分ける機能があり、側頭極は顔認識や記憶、また、話し言葉の記憶に関係していると考えられています。

 つまり、デパートと感情的に結びついている顧客は、自分がよく訪れるカウンターで応対してくれる特定の店員さんたちの顔、そのひとたちとの言葉のやりとりを思い出しているのだとみなすことができます。

 テレビドラマの「コールセンターの恋人」でも、ギャラップの調査においても、人間である顧客に感動を与えるとまではいかなくても、少なくとも感情に訴えることができるのは、やっぱり人間だ・・・という結論が導かれているわけです。

 これは当然の結論ではありますが、サービスの生産性を上げようという意気込みを萎えさせる結果でもあります。

 約3ヶ月前に書いた「サービスを科学するシリーズ1」では、サービスにおける大きな問題点として、サービスを提供するのもサービスを受けるのも人間。サービスは「人間」という管理しにくい要素から成り立っている。よって、1)感情の問題、2)品質のばらつきの問題、3)経費の問題・・・がサービスの生産性向上を妨げていると書きました。

 当然のことながら、こういった問題を少なくして生産性を上げるために人間とICTとを組み合わせようとしているわけですが、このバランスがなかなかうまくいきません。(株)アイ・エム・プレスの調査によれば、消費者の企業の電話対応への不満のトップに上がっているのが、電話がつながりにくい(71.4%)。二番目が用件に見合った窓口にたどり着くまで何度もプッシュボタンを押さなくてはいけない(61.6%)。つまり、セルフサービスシステムへの不満と、そういったシステムを積極的に採用しても、顧客ベースが増大すれば、人間(オペレータ)の数も増大しなくてはいけない(そうしなければ、電話がつながりにくいという問題が発生する)・・・ということなのです。

 不況になって、企業が最初にコスト削減しようとするのは、「儲けにならない」コールセンターです。米国でも、デルのように、顧客サービスの質の低下を招くとわかってはいても、やむなくコールセンターを閉鎖している企業が多く、日本でもコールセンターの閉鎖、人員削減、時給の低下が進んでいます。ちなみに、コールセンターの就労者は国内で70万~100万とされますが、2007年に企業が採用したオペレータのうち正社員はわずか7.1%でした(「コールセンター白書」リックテレコム)。

 しかし・・・・です。不況のなかでも、人間を前面に押し出したサービスを提供することで、顧客サービス・ランキングでトップに躍り出るだけでなく、売上を伸ばしている企業もあるのです。顧客サービスで優秀な企業といえば、一対一の対面コンタクトを中心とする高級ホテルとか高級高額品販売企業の名前が挙がります。こういった企業は、きちんと訓練された人間をおしげもなく使っても、粗利益率も粗利益額も高いのでコスト的に問題ありません。しかし、2009年度のビジネスウィークの「米顧客サービス・チャンピオン」では、リッツカールトン(5位)やジャガー(3位)、レクサス(4位)を尻目に、ネット販売企業2社がNo.1とNo.7の座を獲得しました。

 ネット企業が人間を前面に押し出すとしてもコールセンターくらいしかありません。そのハンディにもかかわらず、一対一の対面コンタクトを採用している高級ホテルや高級自動車販売企業と比較されたうえで、アマゾンが1位、ザッポスが7位と、ネット企業が勝利をおさめたのです。

 アマゾンは、つい5・6年前では、電話番号を公開しない、もしくは、よほどの決意をもってサイト上を探さないと見つからない・・・と批判され、どちらかといえば、顧客サービスの劣る企業とみなされていました。が、数年後のいまは、文句のつけようがないサービスを提供しています。創業者でCEOのジェフ・ベゾスは、最近では、「顧客の欲求に答えるのに執念を燃やす男」とすら形容されるようになっています。

 今から考えると、投資の順番があったのでしょう。まず、サイトの使い勝手とかフルフィルメントの迅速さ正確さに投資した。コールセンターまでお金がまわらなかった・・・ということだったのでしょう。ジェフ・ベゾスがアマゾンのシステム全体を構築するにあたって目指したのは、「従業員(人間)とコンタクトすることなしに、顧客は自分が望むものを手に入れることができる」環境であり、「どうしても、人間と話す必要があるような問題が発生したときだけ」従業員と話すことができる。そういったシステムを実現することでした。

 数年前には電話番号も公開し、現在では、それがうまく機能している。私も、間違った本が届くという問題が発生して米アマゾンに電話をしたことがあります。電話のオペレータが返品したら本代と返送料を返却するというので、「そちらが間違った処理をしたのだから、先に料金を返金してほしい」といったら、上司と話した後にすぐにOKがでた。そのときの印象では、マニュアルというものはあるが、顧客が不満足で強く抗議するようだったら、客の言うとおりにしろ・・・というすべての事項を超越する基本ルールがあるようだった。アマゾンもコールセンターは人件費の安い地方や海外に置かれている。細かいマニュアルはあっても、顧客が不満足なら相手の言うとおりにしろ・・という大雑把なルールは、ある意味、一番、問題が大きくならない即効法である。

 ジェフ・ベゾスCEOは「顧客サービス/Customer Service」ではなくて、「顧客経験/Customer Experience」という言葉を使う。顧客経験は、低価格、迅速な配送、膨大な種類の商品を提供することによる豊富な選択肢、信頼できるシステムだから人間とコンタクトして話す必要はない・・・といった要素から成り立っている(その基準からすると、日本のアマゾンは、商品検索の的確さがいまいちいまに、いま三時・・・で、サイト上での顧客経験がまだまだ劣る)。

 ベゾスCEOを含めて、アマゾンのすべての社員は、二年に一度、二日間、電話口でオペレータとして働くことが義務づけられている。そのベソスが敬意を表して「学ぶことがたくさんある」とするザッポスの顧客サービスとはどういったものなのか? ベゾスが「顧客の欲求の答えることに憑りつかれた男」と形容されるとしたら、ザッポスのCEOのトニー・シェイの顧客中心主義は「狂信的」で「オカルトの域にある」とさえ評されています。

 1999年に創業したザッポス(Zappos/スペイン語で靴という意味)は、最初は靴のネット販売から始め、現在では、ハンドバッグ、衣料品、アクセサリーなど1136ブランドで300万アイテムを取り扱っている。2000年の160万ドルの売上が2008年には10億ドルを超えるという急激な成長をとげた。すべてが「信じられないくらいの顧客サービス」のせいだという。注文の50%は既存客からのもので、20%は既存客から紹介された新規客からだ。

 配送費、返品配送費、ともに無料。リピート顧客のほとんどに、航空便による翌日配送が無料で提供される。コールセンターは「非常に重要な部署なので」本社と同じところにある。コールセンターの従業員はマニュアルに従う必要はない。ただし、4週間の訓練と24時間年中無休で稼動している物流センターで一週間訓練を受ける。従業員の福利厚生は非常に良いもので(医療保険は100%会社負担)、グーグルと同じく、ランチやスナックはすべて会社が提供している(日本でも、昔から「同じ釜の飯を食った仲」とか「一宿一飯の恩義」とかいうけれど、アメリカでも食べ物を無料で提供するということは、従業員の会社へのロイヤルティや従業員同士の絆を強くするものらしい。これは、研究に値するテーマかも?)。

 無料配送が利益を圧迫することは当然のことで、アマゾンも無料配送を始めたときには、営業利益率は3%の低さになり、2000年半ばには、キャッシュフローに困るだろうと予測するアナリストもいた(ちなみに、2007年度に本来なら客から配送費として入ってくるべき現金は6億ドルだったという)。しかし、顧客ベースと売上が伸びることによって、1)R&D費用の増大が売上の増大よりやっと低くなった、2)粗利益率の高いマーケット・プレイスの運営やウェブサービス・ビジネスの成長により、営業利益率は6%まで上がっているとされる。顧客ベースと売上が伸びたのは、「顧客経験」の向上によるとされるのだから、配送費を無料にするだけの価値ある結果を得ることができたわけだ。

 話をもどして・・・・アマゾンは今年7月にザッポスを8億4700万ドルで買収しました。アマゾンのCEOジェフ・ベゾス氏は創業以来最大の買収をした理由として、「ザッポスの顧客サービスの素晴らしさ」を上げています。が、もちろん、業界アナリストとしては、それ以外の理由を詮索したくなるものです。たとえば、急激に伸びてきたネット販売企業、しかも、アマゾンがうまくいっていない靴、バッグ、アクセサリー、衣料品で成長している。ザッポスが強敵になる前に先手をうって味方につけておいたほうがよい・・・・・それがベゾスの判断だといった見方もされています。

 だらだら続いた話をまとめると・・・

1) 対面コンタクトはなくても、企業の人間性を強調することができる。アマゾンやザッポスの場合、顧客は企業を無機質なコンセプトとしてではなく「人間」として捕らえることができ、それによって、企業と人間(顧客)との間に感情的絆が築かれている。

 もっとも、ベゾスやシェイが自分の個性を企業方針に強烈に発散することができるのは(だから、人間性の強い企業が実現できる)、彼らがある意味オーナー社長だからだ。ザッポスは非上場だし、ベゾスはアマゾンの1億株を所有しており、個人としては最大株主だ。ザッポスのシェイは、また、Twitter愛用者としても有名で、彼の書き込みには100万人がリンクしているという。会社やブランドをPRする箇所はまったくない、ごくフツーに自分の日常の出来事を書いているだけだが、セレブの記事並に読まれている。シェイ自身はただたんにTwitter大好き人間であったとしても、結果として、ザッポスという企業の人間的要素が強調される結果となっている。

2)アマゾンは本という問題が余り発生しないタイプの商品を最初に取り扱った。だから、最初はコールセンターを採用する必要度が低かった。また、ザッポスが最初に扱った靴は(日本の事情はよく知らないが、アメリカでは)粗利益率が50%と高い。ブランドロイヤルティも高いので、リピート率も高い。ザッポスがネット販売を始めた当時はSEMが登場しはじめたころで、ブランドロイヤルティの高い靴の購買客をSEMを先駆的に利用することでコスト安に集客できた。だから、ザッポスは最初からコールセンターを強調するだけの経済的余裕があった。(日本でも、日経ビジネス2009年度アフターサービス満足度ランキングのネット通販部門では、オルビスとかファンケルといった化粧品会社が1位、2位を占めている。化粧品は粗利益率が高いので、それだけ、サービスにお金がかけられる)。

 企業に「人間性」が感じられるようになると、顧客の感情を喚起しやすくなり、ブランド・ロイヤルティが確立され、結果、顧客ベースが増大し、顧客サービスをコスト安に提供しやすくなる・・・・。だが、株式会社で大企業で経営者が個性を発揮できない企業では、企業の「人間性」を「売り」にすることは難しい。また、たとえ個性的な経営者がベンチャー企業を始めたとしても、黒字になるのを10年近くも耐えて待ってくれるような投資家はなかなか見つけられない(アマゾンの場合は、夢を売ることが上手なベゾスのおかげで、投資家は待ってくれた)。短期的に利益を出そうとすれば、顧客サービスはおざなりになってしまうのだ。

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参考文献: 1.「堅調ヤクルトレディー」、朝日新聞7/27/09、2.「不況期はサービスで」、日経ビジネス8/3/09、3.「コールセンターに見る「消費者重視」の真実」、日経ビジネス2/16/09、4.Joe Nocera, Put Buyers First? What a Concept, New York Times 1/5/08, 5 Kinberly Weisul, A Shine On Their Shoes, Business Week 12/5/05, 6. Heather Green, How Amazon Aims to Keep You Clicking, Business Week 2/19/09, 7. Amazon.com Tops BusinessWeek's List of Customer Service Champs, Reuters, 2/19/09, 8. Pete Blackshaw, IsCustomer Service a Media Channel? Advertising Age 7/23/09

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コメント

いつも拝見させていただいております。
勉強不足で、ザッポスという会社は初めて知りました。
と、思ったら、今年のJADMAのアメリカ企業視察はザッポスに行くようです。
なんてタイムリー!と思い、書き込みしました^^

サービス産業に限らず、CRMで“顧客”が求めらる(求めていると、信ずる)ものの一つは、提供者側の「人間的な側面」だと思っています。
ICTは、携わる人間の「心(働く喜び)」に、気付きを与えてくれるもの。
たとえ「クレーマー」であろうとも、スタッフに喜びと自信が無ければ、機能しません。
経営者の「思い」が無い会社は、スタッフに伝わりません。
脱線ですが、ウォール街の(見た事も、聞いた事もありませんが)住民は、顧客の事を考えていたのだろうか?
私は、TOYOTA LEXUS店のサービスマニュアルに、未来を感じています。
24時間フルサービス、人間対応のコンシュルジュ・サービス。(オーナーデスクという呼称です)
T社さんは、採算に合っているのでしょう。ディーラーさんの人材ではないと思うので。
財源を考えれば、粗利益が高くないと無理なのでしょう。
卑近な例では、家電ディスカウント店では、「コンシュルジュ」店員を配置する事が困難で、お客様のICT技に頼るだけです。
私は、ジャパネット高田やTV通販事業社の広告スタッフのようなサービスは、全てのサービス事業者が出来る様に思えます。
「おじさん、今日のお勧めは?」という行動を、情報誌でなく、自分で「問いかける」ようになれば、日本の未来は開けると思います。
それが(消費者が作る)「ご贔屓」だと思います。
ご贔屓さんは、提供者側の苦境をも、協力するものです。
騙しは、筒抜けです。
有難うございました。

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