不況下で巣ごもる消費者にモノを売る
一度、実験してみたいと思う。政府や日銀が発表する経済指標が明らかに景気後退を示しているときに、不景気とか不況とかにまったく関係ないニュースを流す。日比谷公園に集まる仕事も住居もない人たちにインタビューする代わりに、お正月休暇に海外(しかも、韓国とか台湾とかいった近場じゃなくて遠くヨーロッパまで)出かけるひとたちにインタビューして、ファーコートに身を包んだ美人が「ウィーンでニューイヤーコンサートを聴いてきます」と答える。あるいは、「オーストラリアで夏を楽しんできます。青いサンゴ礁が待ちきれなくって・・・。毛皮の下は水着ですわ」なんてのもいい。
景気のよいニュースばかり流れてきたら、買い控えはもっと少なくなるかもしれない。なんたって、日本人の一世帯当たりの平均金融資産は1259万円(2007年度)で、この金額はアメリカの三分の一程度だが、英国、ドイツ、フランスよりも高い。しかも、この1259万円の5割をしめる預貯金額だけを比べると、アメリカよりも高い。つまり、日本人はゲンナマをもってるってことだ。(ひたすら自分の論理を追求していきたい私としては、日本人は、住宅ローンとか老後の暮らしのために貯金が必要だというような論理の邪魔になる話はシカトする)。
要は、私が言いたいことは、生活に余裕があるひとはけっこういる・・・ということだ。
消費者調査をすれば、「高いものは買えません」とか「生活は以前より苦しくなった」と答える割合が多いことは事実だ。だが、「100円でも安いものを買い求める」と答えたひとが、人気のバームクーヘンを買うために行列に並んだり、改築前の歌舞伎座での「さよなら公演」を見るために一万円以上のチケットを買っているのも事実なのだ。
日本社会は全体的に「不況なんだからそれに似合った行動をとらなくてはいけない」ムードに陥っている。そして、まわりに同調することで文明を築いてきた人間としては(同調については「不可解な消費者行動シリーズNo.5」、ムードについては「注目のキーワード4」を読んでみてください)、そのムードから逸脱した考え方をすることはできない。たとえ、自分にはコートを買う金銭的余裕があったとしても・・・だ。
そういった不況ムードに陥った(お金を持っている)消費者セグメントに、どう対応したら、モノを買ってもらえるのか?
まず大事なことは、購買を正当化してあげること。
クビになった派遣社員たちの様子が連日ニュースで報道されれば、必需品でもないものを買うことに罪悪感を感じるようになる。だから、消費者は、無意識のうちに購買を正当化する理由を探している。食料品だと高級・高額品でも売れるのは正当化しやすいからだ・・・「病気をして医療費を払うよりは、品質のよいもの」、あるいは「たまには栄養価の高いお肉も食べなくっちゃ」。同じ理由で、健康関連商品も正当化しやすい。自分だけのためではなく、家族のための消費も正当化しやすい。任天堂のWiiは、家族と遊ぶ、健康のために使う・・・・など、購買を正当化する理由をいくつも挙げられる不況にも強い商品だ。
アメリカでの実験: 消費者は生活や仕事の必需品(need)と自分の欲望を満たす贅沢品(want)とを同時に並べられると、たとえ、贅沢品のほうが買いたくても、購買が正当化できる必需品のほうを選択する。また、必需品は定価で買うが、自分の楽しみのために買う贅沢品は割安になっているほうが正当化しやすいので買う率が高くなる。また、贅沢品を買うときには、正当化できる効用を強調しようとする。たとえば、高級スーツを買うときに、「これなら、ちょっとしたパーティにも着られるし、仕事で大事なクライエントに会うときにも着られる」・・・本当の目的は同窓会に着るためだが、仕事の必需品でもあると購買を正当化できる言い訳を考える。
アメリカでは不況だと口紅が売れるという。数百ドルする洋服は買い控えるが、「それに比べれば口紅2本で気分がハイになれば安い買い物だ」と正当化しやすいからだ。ちなみに、厳しい経済情勢にある韓国では、いま、赤い口紅が非常に売れているそうだ。
「あなたがこれを買うことが社会に役立つことになる」と正当化してあげるために、購買金額の1%はXXXに寄付されます・・・という仕組みが使われる。ただし、環境保護団体に寄付されますという漠然としたものよりは、非正規労働者の雇用促進を進めるXXXに寄付されますとか・・・なるべく具体的に説明したほうが、罪悪感を消滅させる効果が高い。
不況時にはネット販売が伸びる。その理由を、低価格とか、配送費無料とか交通費がいらないとかいったお金の観点からだけで考えるから、「だったら、自分たち店舗小売業はもっと価格を安くしなくっちゃ」・・・となり価格競争の底なし沼に足を突っ込むことになる。
日本でも昨年のボーナス商戦において、デパートの不振をよそにネット通販が売上最高を示したそうだ。野村総合研究所は、2008年にネット通販は前年比21.6%増の6兆二千億円に達するとしている。ネット通販が不景気のときに伸びると、必ず付け加えられるコメントが店舗販売に比べて「販売価格が安い」とか「交通費がかからない」だ。だが、こういった理由は、実は、消費者のもっと強い動機を無視している。
日米の調査・実験によって、ネット上で消費者は価格を比較して一番安いものを買っているわけではないことがわかっている。
- アメリカでの調査: ネットにより価格の透明化が進み、ショッピング・ボットの普及が進んでいるにもかかわらず、オンライン購買者は同一商品に異なる価格を支払うことに抵抗がない。たとえば、書籍市場においては、オフライン店舗間よりもオンライン店舗間における価格のばらつきが大きく、高い価格を提供しているサイトが市場シェアを拡大しているケースもみられる。
- 日本での実験:一ツ橋大学物価研究センターと価格ドットコムとの共同研究によって、「ネット上で簡単に価格が比較できるようになった結果、一番安い価格を提示する店が顧客を奪いとることになり、他店舗は淘汰されるであろう」という予想は間違っていたことが明らかになった。2つの店舗間比較で価格が高いあるいは低いときの価格差とクリック率のデータを分析した結果、消費者は最安値のオンライン店舗で購入するとは限らないことがわかったのだ。
つまり、低価格だけがネットで買う理由ではないということだ。ショッピングに外出するという活発な行動を取りたくないムードにあるから、消費者はネットを利用するのだ。ちなみに、アメリカにおいては、大恐慌以降の6回の不況時すべてにおいて、ダイレクトマーケティングが前年対比で成長している。
まず、最初に理解しなくてはいけないのは、不況時には消費者がいつも以上に「損失回避性」ムードになっていることだ。最近人気の行動経済学で最も重要な概念は「人間は損失を同額の利益より大きく評価する」ということだ。1万円を得するのと損するのとでは、損することから得る不満足は得することから得る満足感より2~2.5倍は大きいという。現状からの変化は悪くなる可能性も良くなる可能性もある。しかし、「損失回避性」のある消費者は悪くなる可能性が少しでもあれば、たとえ、その確率が低くても、現状がよほどいやでもない限り現状を維持しようとする。
「巣ごもり状態」にある消費者は、みな、この「現状維持バイアス」、つまり惰性にとらわれている。英語でいうところのコクーン(cocoon /カイコなどの繭)状態にある消費者は、外に出て行きたい気持ちもあるのだが、面倒くささが先にたつ。
ダイレクトマーケティングが不況に強いのは、巣ごもりする消費者がカタログやデジタルメディアで自宅で買い物ができるからだ。不況時こそ、ネットで安いものばかり販売しないで高価格品や贅沢品を販売するチャンスなのだ。ただし、購買を正当化するために、割安にすることは重要だ。贅沢品なら割引しても充分な利益が出るはずだし・・・。そして、店舗小売業は利益の出ない低価格品販売に焦点をあわせてばかりいないで、巣ごもりしている消費者のニーズにあわせてネットスーパーを強調し、同じ食品や日用雑貨品でも高額・高級タイプのものが売れるように仕向ける。
一歩足を踏み出すのをためらっている「現状維持バイアス」に陥っている消費者には、「大丈夫だよ。行動を起こしても・・・」 という安心感を与えるメッセージを発信して、背中を一押ししてあげなくてはいけない。
アメリカで経済危機が発生してからのコマーシャルで評判になったのはチャールズ・シュワッブ証券会社のコマーシャルだ。創業者で現在70歳になるシュワッブ本人が(この人は学習障害児であったが成功し、また、慈善活動に熱心なことでも知られている)登場して、「私はこういった危機的状況を少なくとも9回は経験している・・・忍耐強くあれ・・・でも、楽観的であることも必要だ」といったようなことを淡々と物静かに話すだけのインタビュー形式のコマーシャルです。しかし、その率直で正直な話し方は(人格者と尊敬されているがゆえに)、消費者に安心感と希望を与えるものです。日本でいえば、たとえば、松下幸之助が生きていて、「あんたがお金を使ってくれることが景気を良くすることになるのです」とか言って、購買を正当化してくれたほうが、定額給付金をばらまくよりはよっぽど消費向上には役立つでしょう。
ところで、アメリカで不況のときの良く売れるといわれる商品のなかで面白いものを3つ紹介します。
- スープ・・・安い値段で満腹感が味わえるからでしょう。スープの一種ともみなされるラーメンもよく売れています。とくに東洋水産のマルチャンラーメン(maruchan rahmen)は70年代や80年代の不況のときも大人気。今回も種類によって違いますが5%から40%売上が高くなっているそうです。
- 便秘薬・・やっぱりストレス性の便秘でしょうか?便秘薬は不況時にはいつも売れ、昨年秋には20%以上も伸びたそうです。
- スパム・・・迷惑メールじゃなくて、沖縄のゴーヤチャンブルに使われる缶詰のポークランチョンミート。もとも、1937年の大恐慌の最中に発売されたもので、第二次世界大戦にアメリカ兵時の常備食(だから、沖縄に普及した)で、すでに71年の歴史がある。現在、売上は二桁台の成長で、ミネソタ州の工場は一週7日無休のダブルシフトでフル稼働しているそうだ。このスパムが売れるのは安いからではなくて、不況時に食べるものだというブランドイメージが定着しているからだという説がある。つまり、100g当たりの値段を比べると、実際には豚肉やひき肉を買ったほうが安かったりする。だが、缶詰のデザインも昔から変わらず、なんとなくリッチじゃない雰囲気がそこはかとなく漂っていて、それが不況時に売れる理由なのだともいわれている。
このスパムの例からもわかるように、消費者は必ずしも値段をきちんと比較して安いから買っている訳ではないのだ。安いというイメージで買っているのだ。不景気のときに買うべき商品であるスパムを買うことで、自分が正しいことをしているという良心の悦びを楽しんでいるのだ。消費者心理を理解する点において、これは非常に興味深いヒントだ。
ところで、スパムを製造しているホーメルフーズは2008年12月に伊藤忠商事と輸入代理店契約をして、日本市場で本格販売を開始すると発表したそうです。景気サイクルが短くなる時代において、日本にも不景気にふさわしいイメージのブランドが必要だと思ったのかな? でも、それだったら、日本にも、コンビーフの缶詰がある。昔ながらの牛のデザインの缶詰は、レトロでつましい雰囲気をかもし出している。
「ノザキのコンビーフよ。スパムに負けるな!」
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参考文献: 1.Matthew Creamer, Spam: The Ultimate survivor, AdvertisingAge 6/16/08,2. Arvind Sahay, How to Reap Higher Profits with Dynamic Pricing, MIT Sloan Management Review Summer 2007, 3.Recession-Proof Business, AdvertisingAge 12/15/08, 4.Laura Petrecca, Some ad campaigns rose above the bad times in 2 ad campaigns rose above the bad times in 2008, USA Today 12/28/08,.5. Natalie Zmuda, Why It's No Time to Neglect Cause Efforts, AdvertisingAge, 10/13/08. 6. Emily Bryson York, Economy May Be Rotten, but It's Ripe for Package Food, AdvertisingAge, 9/22/08, 7.Erica Mina Okada, Denying the Urge to Splurge, Harvard Business Review, Sept. 2005,8. 渡辺努、水野貴之、比較サイト普及とネット上での価格形成、日経新聞、11/28/08、9.ネット通販は売上最高、日経新聞、12/19/08
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