コカコーラ・ゼロとグローバルリサーチ
アメリカで2005年に発売されたコカコーラ・ゼロは、米コカコーラ本社にとって、実に23年ぶりのヒット商品となった。1982年にダイエットコーラを出してから、1)ライムコークとかバニラコークを発売してもヒットせず、2)非炭酸飲料メーカーの買収交渉でモタモタしているうちに、ライバルのペプシコ(PepsiCo)に先に買われてしまった。先進国市場では炭酸飲料の売上が落ちてきているにもかかわらず、コカコーラ社の利益の85%は炭酸飲料からきており、2004年の株価はピークだった1998年の半分にまで落ち込んでいた。
コカコーラが販売している飲料が、世界200カ国において、毎日140億回、人類のノドをうるおしているとはいっても、企業の将来的成長に期待が持てないから株価が落ちる。いくらコカコーラが高齢だといっても(2006年には生誕120歳)、取締役会の平均年齢が68歳は高すぎる。だって、ペプシコの役員の平均年齢は59歳だ。コークの役員たちは年寄りで革新的な戦略がとれなくなっている・・・と、ウォールストリートの投資家たちは批判し始めていた。
だが、2004年にネビル・イズデルがCEOになり、老舗企業の変革に着手する。マーケティングと新商品開発に4億ドルの予算を追加し、非炭酸飲料ビタミンウォーターの大型買収を進め、アジア市場の最高責任者を本社に呼び戻してCMO(Chief Marketing Officer)とし、そして、コカコーラ・ゼロという新商品がグローバル市場でヒットした。
イズデル新CEOが2005年にマーケティングのトップに任命したメアリー・ミニックの前職はアジア市場全体における最高責任者。それ以前には、日本市場のトップだった。彼女は、2000年に日本コカコーラの社長に就任し、非炭酸飲料からの利益が大半を占める日本市場において、缶コーヒー、お茶、ビタミン飲料の開発や販売についての経験を積んでいる。
非炭酸飲料を強化したいコカコーラには最適の人材ではないか?
2006年ころからよく耳にするようになったコークの新しいリサーチ手法CBLは、どうやら、彼女が推進したものらしい。この手法については、日本でも日経情報ストラテジーとか日経MJで紹介されたから、読んだひともいるだろう。一応、記事の要約を紹介します。
CBLという名前自体にはたいした意味はありません。Consumer Bevarage Landscapeの略で、清涼飲料水消費市場状況みたいな感じです。で、CBLリサーチとは・・・
- 年数回、数千人規模での調査(日本ではネット調査)。調査対象者には一週間、毎日24時間あたりに飲んだ飲料すべてを記入してもらう。各飲料の飲用場所、購入場所、購入動機、飲用時の気分など約100項目の質問にも答えてもらう。
- こういったデータを、飲用動機データやそのときの感情などを基本として、消費者の19の基本的欲求(ニーズ)に分類して、製品ポジショニングのときに使うような知覚マップを作成する。
- 飲用量も聞いているでの、各ニーズごとの数量ベースの市場規模、ついで、店頭の平均価格を使って各ニーズごとの金額ベースの市場規模が計算できる。また、各ニーズと年齢、性別、飲用時間、購入場所といったデータとを組み合わせることによって、さまざまな情報を加工することができる。
19の基本的欲求(ニーズ)として、「名誉を手にいれたい」「元気でいたい」「安心したい」とかいった例が挙げられているので、マズローの理論に似た・・・というか人間の行動を動機づける欲求を5つに分けたマズロー理論の現代版のような枠ぐみを使っていると考えられる。
マズローは、人間は5つの基本的ニーズを持っており、満たされないニーズを充足させようとすることが行動を起こす動機となる・・・として、生理的欲求、安全への欲求、帰属への欲求、自我の欲求、自己実現への欲求という5つのニーズをあげた。そういった動機付け要因をコークの場合19としたわけだ。で、飲用動機には、たとえば、「気分を一新させるため」とか「栄養補給のため」とか「肌をきれいにしたい」とかいろいろあるが、それを、マップ上で、19の基本的ニーズ(欲求)に分類する。これが「ニード・ステート・マップ(Need State Map)」だ。
アメリカでは、3600人に日記をつけてもらいニード・ステート・マップをつくったところ、マップ上に4万件もの異なる場があることが判明したという。このうち、市場規模が大きいと判明した場を充足する商品がなければ、新商品として開発することになる。
マッピング作成の基本となる考え方自体は、目新しいものではない。だが、世界20カ国で6万人の消費者による50万回の消費経験から作成されたニードステートマップは、水からヨーグルトドリンクやビールまですべての飲料水が24時間という時間枠のなかで、なぜ消費されるか? その機能的あるいは感情的理由を明らかにしてくれる・・・・といわれると素直に感心してしまう。世界各国に共通するのは19のうち10のニーズだそうだ。この10のニーズを満たす商品はグローバル商品になれる可能性有。
ミニックCMOは、世界の200市場を代表するマーケターが集まった2006年の会議において、「清涼飲料水(この場合、水やアルコールも含む)を既存のカテゴリーで考えるのではなく、基本に戻って、そもそも、消費者はなぜ清涼飲料水を飲むのか?と考えることから始めましょう」と促している。消費者の基本的欲求それぞれを満たす飲み物を創造することは、既存のものとは異なるまったく新しいカテゴリーを発明することにつながるかもしれない。「たとえば、顔につける美容クリームと同じような効果を提供するビタミンや栄養素を含んだ飲み物をつくることもできます」・・・と語ったそうだ。もしかして、日本で開発されロングセラーを続けている爽健美茶のことなんかを念頭に言ったのかも・・・。いずれにしても、コークというトレードマークがついた商品で、すべてのニード・ステートを充足する。すべてのニーズにこたえることによって、コークのブランドロイヤルティを維持することができる・・・と熱弁をふるったという。
ということで、長い回り道をしましたが、コカコーラ・ゼロに話を戻します
コカコーラ・ゼロは2005年、ミミックが本社に戻る数ヶ月前に米国内で発売されている。そのせいかどうか、ゼロが発売されたときには、マーケティング戦略は明確とはいえないものだった。
まず第一に、当時は、ダイエットコーラとの差別化が明確でなかった。米本社の発表では、ダイエットコーラは女性がメインターゲット。コカコーラゼロは、味は通常のコーラとまったく同じでいてカロリーはゼロ。だから、ダイエットコーラを好まない24・5歳の若者向け・・・という設定だった。つまり、ダイエットなんてクールじゃないと感じる若者向けのダイエットコーラというポジショニングだったのだ。しかし、味は通常のコーラと同じということは余り強調しなかったし、ロゴのデザインも、ダイエットコーラと同じ白基調だった。だから、発売当時は、ダイエットコーラとどこが違うの? 差別化されてないから共食いするのでは? という批判も多く、売上も発売直後はよかったがその後は停滞気味だった。
こういった不明瞭な戦略がピシッと明確になったのは、コカコーラゼロが2006年に英国やオーストラリアで発売されたときからだ。ターゲットは男性だということを明確にするために、ボトルも黒を基調としたデザインに変えた。そして、ダイエットという言葉は女々しいイメージがあると嫌う男たちにアピールするためにカロリーゼロではなく「糖質ゼロ」に変えた。だけど、味はフツーのコークとまったく同じだよ・・・と、味についても強調宣伝された。
英国やオーストラリアでの大ヒットを受けて、アメリカ市場においても、「男の(ダイエット)コーラ」として、ロゴも白から黒に変え、女性向けのダイエットコーラとは明確に異なるポジショニングがなされた。結果、アメリカにおけるコカコーラゼロの2007年第三四半期までの売上は2006年度にくらべて34%も上がった。
ここからは、私の個人的推測です。
アメリカにおけるゼロのポジショニングの明確化は、CBLリサーチの結果かもしれない。アメリカで2005年にゼロ発売後、調査して、マッピングしてみたら、ダイエットコーラとの棲み分けがきちんとできていないことに気がついた。あるいは、ダイエット志向はあるけどダイエットコーラを飲むのはいやだという男性セグメントがけっこういることに気がついた。それで、パッケージを黒基調に変え、宣伝コピーもカロリーゼロから糖質ゼロにした。
もし、この推測が正しければ、メアリー・ミミックCMOは、世界的に好評な「Coke side of Life (コークのきいた人生を)」キャンペーンや、コーヒー飲料Coke Blakを開発しただけじゃなくて、コカコーラ・ゼロのヒットにも貢献したことになる。
しかしながら、メアリー・ミニックはもうコカコーラにはいない。一時はコカコーラの次期CEOとも評されたミニックは、社内の権力闘争に負けて、2007年の4月にコーラを去っている。・・・ということは、CBLリサーチ手法も、積極的に利用を促すひとがいなくなって、もしかして、消えてしまうかも・・・?
ところで、コカコーラゼロは日本では2007年に発売されたけど、あのちょんまげのCMはいまいちねえ。福山雅治のペプシネックスのCMのほうが、男のダイエットコーラってポジショニングがずっと明確だったような気がする。
あっ、そうでしたね。スミマセン。私はどちらのCMのターゲットでもありませんでした。肝心なのは、男性が「オレらのコーラだ」と思うかどうかですものね。私は、たんに、「福山クン、かっこいい」と思っただけのことでした。しかも、炭酸飲料は過去ウン十年、クチにしたことありません。まったくターゲットからはずれまくった人間の言うことですから、徹底的に無視してください・・・。
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参考文献:1.「コカコーラ消費者調査に新手法」日経MJ3/23/07、2.「事例に見る競走戦略賢く戦い優位に立つ」日経情報ストラテジー、2007年12月、3,Soft Drink Hard Sell, The Observer, 7/9/06, 4.Andrew Martin, Coke Struggles to Keep Up With Nimble Rivals, The New York Times, 5.Dean Foust, Queen of Pop, Business Week, 8/7/06, 6.Renuka Rayasam, The Puase That Refreshes,U.S. News 5/20/07, 7. Theresa Howard, Coke Finally Scores Another Winner,USA Today, 10/28/07 8.Isdell Discusses Leadership and Transformation at CIES Summit, The Coca Cola Company, 6/30/06
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