ムードとマルチチャネル
ムード(Mood)は顧客の購買決定に大きな影響を与える。ムードは「気分」と日本語訳されるが、「今日、一日、憂鬱な気分だった」とかいうように、ある程度の期間持続する点で、感情とは区別される。
ムードとマルチチャネルとどういう関係があるのか? 早く結論を出せって?
やけに短気ですねえ。
もしかして、脳内のセロトニンの量が少ないのかもしれません。
脳のなかには確認されているだけでも50種類以上の化学物質(神経伝達物質)があり、外からの刺激によって、特定の脳内化学物質が放出され、その組み合わせによって特定のムードや感情が喚起される。セロトニンが慢性的に欠乏するとウツ状態になり、ドーパミンが放出されると気分がよくなる。
こういった脳内物質がどういった組み合わせでどのくらいの量が放出されているかによって、ムードは異なってくる。
「若きウェルテルの悩み」も、ハムレットの「生きるべきか死ぬべきか・・」も、ある程度は、脳内物質のブレンドで決まるわけだ。深刻ぶるのがバカらしくなってくる。
もっと、面白い事実があります。
感情をともなう記憶ファイルには、その記憶を思い出したときに、どの脳内物質をどのくらい放出するかの指示内容まで入っているそうだ。楽しい記憶を思い出すときには楽しい気分に、悲しい記憶を思い出すときには悲しい気分になるのは、こういった仕組みがあるからだ (ブランドと感情と記憶シリーズ第3回参照)。
脳は、そのときのムードによって、そのムードに沿った記憶ファイルを検索する。ウツ状態にある脳は、憂鬱な気分にさせるようなファイルばかり検索する。さらによけい惨めな気分にさせるようなことばかり思い出したり考えたりするのだ。いわゆるマイナス思考ってやつだ。
脳はいちどきにひとつの感情しか感じることはできない。だから、ウツな気分から抜け出したいときには、楽しくなるような外部刺激を意識的に選ばなくてはいけない。たとえば、楽しい出来事を思い起こさせてくれるような音楽を聴くとか、あるいはドーパミンを放出してくれるようなアクション映画を見るとか・・・。
でも、ネガティブなムードをポジティブなムードに変えることは非常にむつかしい。何もしたくない厭世気分にある消費者をクリスマス・モードに変えて、パーティ用のドレスやジュエリー、あるいはケーキやシャンペンを購買する気にさせることはできるのか?
広告にそれができるのか?
できます。いつでも誰にでも効果があるわけではありませんが。
たとえば、クリスマスに話を戻せば・・・・。
今年のアメリカのクリスマス商戦で話題になっているのが、往年のクリスマス・カタログの復活だ。大手小売業のシアーズが14年ぶりに大型の分厚いカタログを発行した。「子供のころを思い出す」と、ベビーブーマー世代には好評のようだ。この場合は、クリスマスカタログという広告が、ノスタルジックな感情を喚起することに成功している。
高級デパートのニーマン・マーカスもクリスマス・カタログのページ数をふやした。毎年、度肝を抜く商品を掲載することで有名だが、今年の話題は、キーロフ・オーケストラのプライベートコンサート($1,590,000)。お高くって手が出ないようなら、7.2カラットのダイアモンドがちりばめられたケータイ電話($73,000)はいかが?
EBayやRed Envelopeのような高級品も扱うネット企業は、ウェブサイトよりも商品写真に高級感が出る・・・といって、カタログを特定顧客セグメントに送ります。
高級カタログを見ていたら、店舗に出かけてみる気分になりましたか?
そうだとしたら、自分のいまの厭世気分をなんとかしなくちゃ・・という気持ちがあなたにはもともとあったということです。ネガティブなムードをポジティブなムードに変えるのには、本人の「自分はもっと楽しい気分になりたい!」という気持ちが必要です。
店舗に出かければ、入り口ではサンタクロースに迎えられ、ホールでは合唱団がクリスマスソングを歌う。一階の化粧品売り場には香水の匂いが漂い、外を見るとライトアップされたイルミネーション(終わりのほうは、アメリカのデパートというよりは、日本の新宿髙島屋になっています)。
五感を刺激する店舗の雰囲気に酔い、脳のなかは、適度に放出されたドーパミンでハイの状態。お買い物ムード満開だ。
マルチチャネル化が話題になった90年代半ば、すべてのチャネルはウェブサイトに集約される・・・といわれた。が、最近、アメリカの小売業者は、紙媒体であるカタログや、歴史的には最古の販売チャネルである店舗の重要性を再認識するようになっている。
ネットで注文して店舗で商品を引き取るサービスの評判は消費者の間でも高く、ウォルマートのサイトで注文をする顧客の三分の一が店で商品を受け取るのを選択する。そして、そういった客の60%は店舗で平均60ドルの付加購買をしていくという。店舗内での五感刺激の効果でしょうか・・・・。
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