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2009年12月 8日 (火)

ユニクロの行列

  以前は、一日の販売個数が限定されたバームクーヘンだからといって、行列に並んでまで買うひとは少なかった。まして、洋服を買うために列をつくるなど、いわゆるファストファッション企業がネットを利用したクチコミ・マーケティングをしかけるようになってからではないかな? 昔もセールを目当てに開店前に店先に並ぶ人たちはいたけど、いまのように、行列をつくることをイベントとして楽しむといった雰囲気はなかったような気がする。

 でも、いまは、食べ物やファッションを求めて、行列に並ぶことはクールなことらしい。TVニュースでも話題になる。最近では、ユニクロ・ブランドを販売しているファーストリテイリングが創業60周年への感謝祭と銘打って、11月21日に午前6時からの早朝セールを開催。銀座店に2000人、新宿西口店に1200人、大阪梅田店には650人が行列をつくったという。

 先着100人にあんパンと牛乳が無料で配られた。クロワッサンとコーヒーじゃないところが、そこはかとなく、ユニクロらしい。以前にも、ユニクロは製造業のメンタリティをもった会社であり、ヒートテックのような機能的製品を開発するのには優れていても、デザイン性を強調したファッション製品に成功するメンタリティは持ち合わせていないのではないか?・・・と書いたことがあります。1984年に広島にユニクロ1号店が開いたとき、朝早くから並んでくれたお客様への感謝の気持ちを込めて、アンパンと牛乳を配った。それを再現した・・・・ということだけど、ジル・サンダーがデザインした服を売り始めたんだから、せめてクッキーとコーヒー、いや、経費がかかりすぎというのならカフェラテ一杯でもよかったのに・・・。

 誤解を招くといけないのでしつこく説明すると、アンパンがダサいといってるのではないのです。シャネルがアンパンとグリーンティーを提供すればクールだけど、いまのユニクロの「安い衣料品を売る店」のイメージでは、アンパンと牛乳はあまりにはまりすぎ。セール目当てに並んだひとたちにアンパンを配るなんて、どことなく「みすぼらし~」感じじゃないですか。そのせいか、ニュースで「お祭りみたいで楽しかった」とコメントしていたひとは、お洒落には縁のなさそうなおっさんみたいなお兄さんだった。

 デザインにも優れたファッション衣料品を売っていくのなら、お願いだから、配るものにも神経を使ってほしい・・・・って、この話をしたいわけじゃなかったんだ!

 行列の話をしようと思っていたのです。

 なぜなら、サービス・システムを説明するときに、「行列」を例にとって説明すると非常に理解しやすくなるのです。サービスの場合は、サービスの提供者(医療サービスの場合は、医者や看護士その他の医療機関に働くひとたち)とサービスを受ける客(患者)の協働作業によって価値(患者の健康)が創造される。実際には、検査や治療に関係するテクノロジーもこの協働作業にかかわってくるわけで、よって、サービスは、こういった互いに作用しあうテクノロジーと人間の相互システムとみなされるわけです。だから、サービス・システムの設計や運営をするときには、1)エンジニアリング、2)人間社会のあらゆる側面を研究する社会科学、そして、3)マネジメントの3つの科学が必要だといわれます。

 行列を例にとって考えて見ます。

 何かを得るために列をつくって待つことは基本的に苦痛です。だから、行列をつくっている客をなるべく楽しい気分にさせる。少なくとも、苦痛を軽減させるような対策を、サービス提供者はとらなくてはいけません。対策は2つに分けることができます。

 まず第一に、実際の待ち時間を減らすようにする。これは、エンジニアリングとマネジメントとの問題です。

  1. エンジニアリング・・・たとえば、銀行がサービス向上をめざして調査をしたところ、待ち時間を減少してほしいという要求がトップだった。同じ調査によって、顧客の満足度は待ち時間が1分減るごとに急激に向上するが、待ち時間が10分を切ると、それ以降は、待ち時間が減る割には満足度は向上しないことがわかった。そこで、待ち行列理論を使って、平均待ち時間を10分にするためには、窓口の銀行員が何名必要で、ATMは何台必要か計算する。ついで、その目的を達成するためにかかる投資や経費、満足度が向上することによる売上や利益といった効果も算出して、短期的あるいは長期的に最大利益をもたらすように、つまりコストと効果の最適化をもたらすようなサービス・システムを設計する。
  2. 需要のマネジメント・・・たとえば、旅館やホテルを含めた旅行業者がやるように、需要が集中するのをふせぐために、ピーク時(お正月や夏休み)の価格を高くする。あるいは、また、待ち時間を表示することで、すいている時間に来ることを促すようにする。年金問題の相談を受ける社会保険庁では、年金の記入漏れなどが大きな社会問題となっていたときに、曜日や時間帯別に最近の待ち時間をネット上で公開し、混雑しないときに来訪するよう促した。

 そして、二番目の対策は待つという経験をできるだけ楽しいものにする。少なくとも、行列をつくっている客がイライラして怒り出したりしないようにする。これは、社会科学(心理学、哲学、政治学、人類学、その他人間社会を研究するもろもろの学問)の問題となる。

 たとえば、時間を長く感じるとか短く感じるとよく言うように、時間の長短は実際の長さではなく知覚の問題となる。だから、役所で30分待つのと、ディズニーランドで30分待つのとでは、同じ30分でも、役所で待つほうが非常に長く感じられるのだ。つまり、待ち時間が短く感じられるような対策をとればよいとこうことだ。有名な実験に、ホテル内でのエレベータでの実験がある。

 ある著名なホテルチェーンでエレベータがなかなか来ないという苦情が客からあいついだ。エレベータの台数を増やせばよいわけだが、投資が大きすぎるし、すぐになんとかできる問題ではない。そこで、エレベータホールに全身が映る大きな鏡をつけた。エレベータを待っている客は、自分の服装やヘアスタイルなどをチェックする結果として、待ち時間が短く感じられ、苦情は少なくなった。

 ティズニーのようなテーマパークでは、行列を短く感じさせるために、直線の長い列ではなく、階段を上らせたりコーナーを曲がらせたりして、目に見える列の長さが短くなるように工夫する。

 行列が進む速度が速いことも錯覚を起こさせる。たとえば、チケットを販売する受付窓口が10あるとして、それぞれに行列がつくられているとしよう。この場合、列の長さは10分の一になるが、1列に並んでいるときに比べると、行列が進む速度も10分の一になる。どちらの並び方も、結果としての待ち時間は同じになるが、実際に並んでいるときには、進み具合が速いほうがイライラしない。また、列が10列あると、他の列の進み具合が気になる。他の列の進み具合が早いような気がするのが人間心理で、これも、また、イラつきの原因となる。結果、銀行のATMの前でみられるような「フォーク並び」・・・1列で待ち、先頭から空いた機械に向かうという並び方が一般的によく利用されるようになっているのです。

 最近流行の食べ物やファッションをゲットするための行列は、1)客自身が価値あるものを獲得することができるという期待感を抱いている、また、 2)1人よりもグループで待つほうが短く感じられるし、いっしょに待っているひとたちの間で共同体意識が生まれやすい・・・・という要因によって、行列を作ること自体がイベントになり、行列に並ぶこと自体が目的となっている傾向が高い。だから、企業側は価値を感じさせるような企画を考えることに集中すればよい。

 とはいえ、グループで待つほうが時間が短く感じられるという2番目の要因を達成するためには、イベントがクチコミでひろがるように工夫する必要がある。そのほうが、広告でしらしめるより、共同体意識をもちやすい類似したタイプのひとたちが自然と集まるようになるからだ。広告というよりは広報活動が中心になる。2008年にマクドナルドがバイトをやとってやらせで行列をつくった・・・と非難されたことがあった。クチコミを促すための広報活動を強調すると、こういった勇み足になりやすいから気をつけなくてはいけない。

 価値を感じてもらえば行列が苦にならなくなるといっても、「価値あることが低価格だけでは淋しすぎる。・・・・というか、行列待ちの苦痛を軽減するには、セールスだけでは不十分だ。なぜなら、お金に余裕があれば、安売り商品を求めて寒い朝に早起きしてまで並ぶ必要などない。ある意味、仕方なく並んでいるのだ。だから、セールス目当てで行列に並ぶひとたちは、目当ての安売り商品が自分たちが店内に入ったときには売り切れていた・・・というとプッツン切れて怒り出したりする。著名デザイナーがデザインした服の限定販売とか、低価格だけでなく、それに+アルファがつくことによって、初めて、楽しい雰囲気が出てくる。

 あっと、また、なにげに、ユニクロの陰口になってしまった。

 陰口ついでにいえば、ユニクロは最近安いことを宣伝しすぎ。ユニクロ人気にあやかろうとする模倣商品ぽいものが次から次へと登場してマス広告で大きく宣伝もしているから、こういった恥ず知らずの会社にユニクロの実力を思い知らせてやろうという気持ちもあるかもしれない。でも、マス広告で余りに宣伝しすぎると、いくら機能的商品といえども消費者は飽きる。60周年で安売りを大々的に宣伝しすぎると、ユニクロ=安い商品というイメージがあまりに明確になりすぎてしまう。ファッショナブルな服を売るときの妨げになるのではないだろうか?

 行列の例でもわかるように、サービス・システムが複雑で面倒くさいシステムなのは、システムをつくっている人間とテクノロジーのうち、人間を管理することがむつかしいからです。人間社会を研究する社会科学を総動員しても、人間を理解し管理することが難解だからです。行列でいえば、行列に並ぶ体験を楽しくするのも苦しくするのも、並ぶ人間の感情であり心理の状態にかかっている。これを企業側がマネッジメントすることは非常にむつかしいのです。

 行列の話はまだまだあります。行列の話は奥が深いのです。

 また、次回に続けさせていただます。

New! 「ソクラテスはネットの無料に抗議する」を出版しました。内容については をクリックしてください

 

参考文献: 1.ユニクロ・早朝セールに大行列、毎日新聞 11/21/09、2.Richard C. Larson, Holistic Trinity of Services Sciences: Management, Social & Enfineering Sciences, 3. David Maister, Management, Social & Enfineering Sciences, 3. David Maister, The Psychology of Wairing Lines, Harvard Business School

 

Copyright 2009 by Kazuko Rudy. All rights reserved.

 

 

 

 

2009年12月 2日 (水)

売り方は類人猿が知っている(お知らせ)

  表紙
12月9日に、日本経済新聞出版社より「売り方は類人猿が知っている」という本を出版いたしました。日経プレミアシリーズでいわゆる新書版ですから、安いです。850円です。だから、買ってください(わっ、これじゃあ、ブログで散々批判してきた「芸のない安売り」と変わりありませんね)。

 ・・・では、今度は、「品質」でアピールしてみます。

 「自動車の売上とセックス頻度の関係」を解き明かす章もあります。S・E・Xの3文字を見ただけで、もう、買おう!って決めてませんか? なんといっても、エス・イー・エックスは売れるって、昔から広告関係者は言ってましたものね。この3文字に関係する実験とかエピソードはたくさん出てきます。でも、早とちりして買うとガッカリしますよ。基本的には、日本で自動車の売上が落ちているのは、世界各国のなかでも際立つセックスへの無関心が関係しているという、進化心理学や人類学にもとづくマジメな話です。

 不況になるとお金に不自由していない層までもが買い控えをする現象を、神経経済学の実験や進化心理学から、じっくり解明する章もあります。章のタイトルは「金持ち父さんは貧乏父さんのことがとても気になる」(白状します。他の本のタイトルをパクってます)。11月22日の読売新聞に、山梨大学の研究で、社会の所得格差が大きくなると、貧困層だけでなく、中間層や高所得者層でも死亡する危険率が高まることが明らかになった・・・という記事がありました。ストレスが高まることが原因らしいということです。不況になると、なぜ、高所得者層のストレスが高まるのか? その結果、なぜ、お金をもっているひとたちまでもが「巣ごもり」してしまうのか? この本を読んでいただければ、すぐにわかります。(宣伝ムード満開!)。

 不確実な時代には、不安なホモサピエンスはモノを買いません。

 それは、お金がない・・という理由よりも、いま所有しているものを失いたくないからです。現状を維持したいからです。人間は、予測できない世界に耐えられません。だから、無意識のうちに意味のないものに意味を見ようとするのです。だから、予測不能な不確実な時代には、よりいっそう、「ちゃらんぽらん」で「ちぐはぐな」消費行動をとるようになるのです。

 人間がそういった行動をとることを、神経科学や行動経済学、そして、その2つをプラスした神経経済学での実験が明らかにしてくれました。でも、その理由を教えてくれるのは90年代から注目を浴びるようになった進化心理学です。

 数十万年前から数百万年という太古の昔にもどって、私たちの祖先がしたことや学んだこと、環境の変化に心の仕組みが適応してきた歴史を知れば、現代の不可思議な消費行動が明らかになります。企業は、こういった研究成果をじっくり考えることによって、これからも続くであろう不確実な時代に生きる消費者たちに、どう対処したらよいのか?・・・ヒントを得ることができるはずです。

 わからないことはご先祖さまに聞いてみる。

 私たちの遠い祖先である類人猿や原人たちが教えてくれる「消費学」を1冊の本にまとめてみました。

 クチコミの歴史は数百万年前にサルの毛づくろいにさかのぼる・・・という話もあります。人間はゴシップ好きなDNAを受け継いでおり、また、他人といつも「つながっていたい」願望を、4百万年前に集団生活を始めるようになったころから持っています。だから、ケータイやTwitterでゆるくつながる現象は全然新しいことではない。ある意味、工業文明が始まることで崩壊した「村の暮らし」を、個人の自由が束縛されるといった欠点なしに再現することができたぶん、ホモサピエンスの歴史上、画期的なことかもしれない・・・などという話もあります。

 人間の進化の歴史をふりかえることで、現代の消費者とどう向き合うべきか、なんらかのヒントを得ていただくことができればよいなあ・・・というのが筆者の願いです。

 新しいアイデアを得られるかどうかは保証できません(逃げてる~)。でも、ミステリーを解読するみたいに、面白く楽しく読んでいただけることは、確率85%で保証できます(ちょっと宣伝しすぎだよ~)。ウソだと思ったら、買って読んでみてください(ああ、そうくるのか~)。

 本を読んでいただいた方で、ご意見、ご感想、ご質問とかありましたら、このページのコメント欄にコメントを寄せていただければとても嬉しいです。私もコメント欄で必ずお返事させていただきます。

 ・・・ということで、よろしく、よろしく、お願い申し上げます(見えないかもしれませんが、土下座しています)。

 

「売り方は類人猿が知っている」 日経プレミアシリーズ 

日本経済新聞出版社¥850

  目次
  1. 不安なホモサピエンスはモノを買わない
  2. 人間もサルも「得る」よりも「失う」を重く考える
  3. 金持ち父さんは貧乏父さんがとても気になる
  4. 自動車の売上と孔雀の羽の関係
  5. 感情と記憶が長寿ブランドをつくる
  6. 人間も進化の歴史から逃れられない