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2008年5月17日 (土)

レラバンスと行動ターゲティング

Ilm03_bf02021s レラバンス(Relevance)とは関連性とか適切性とかいった意味。米ダイレクトマーケティング協会は、すべてのマーケティングがダイレクトマーケティング化しているのは「ダイレクトマーケティングには3つのRがあるからだ」といっている。

3つのRとは・・・

  1. Relevance・・・・ダイレクトマーケティングは顧客ひとり一人に、関連性が高い商品/サービスに関するメッセージを適切なタイミングで発信する。
  2. ROI(Return On Investment、投資利益率)・・・・顧客へのコミュニケーション(販促)活動の費用対効果が数値化できる。つまり、マーケティング投資の投資利益率を明確にできる。
  3. Responsibility(責任)・・・・ダイレクトマーケティング企業は、上記2点を可能にすることに伴う弊害を常に意識しなくてはいけない。つまり、適切なタイミングで各顧客に適切なメッセージを発信するためには、顧客データを収集し保存・蓄積しなくてはいけない。こういったデータが外部に漏れないようにする責任は無論のこと、利用方法においても、企業には顧客との約束を守る義務がある。そういった責任を守らなければ、プライバシーの侵害だと消費者から反発され、ダイレクトマーケティングは力を発揮することができなくなる。

 顧客ひとり一人に関連性の高い商品・サービスを適切なタイミングで販売する・・・・あらゆるマーケッターにとっての夢である。だが、夢はなかなか実現できないから夢なのだ。顧客データベースを活用してきた企業ならわかっているはずだ。過去の購買データやデモグラフィック・データを分析して、次にA商品を買ってくれる顧客を、たとえば90%の確率で選択することはできる。だが、一週間以内に買ってくれるのか1ヶ月から3ヶ月以内に買ってくれるのか、タイミングを予測することは非常にむつかしい・・・のだ。

(ちなみに、デモグラフィック・データというのは性別、年齢、家族構成、職業、所得といった人口統計学的データのことだが、こういったデータの大半は、顧客データには含まれていないことが多い。「年齢」も最近は尋ねられないし、尋ねても本当のことを答えてくれない。我輩なども、ネットで質問されるとき、生年月日はその日の気分次第で変えている《どんな気分でも、実年齢より多く書くことは絶対にないけどね》。どちらにしても、デモグラフィック・データの需要予測能力は低い。つまり、その顧客が次にどういった行動をとるかを予測する能力が低いのだ。ただし、銀行、保険、証券会社といった金融サービスの場合は、人生のライスステージによって必要とされる金融商品がある程度決まってくるので、デモグラフィック・データは次ぎの行動を予測する重要な手がかりとなる)

 ボーナスが出たらバッグを買いたいと思っていたとしても、実際に買うという行動に移るときには、ちょっとしたきっかけがトリガー(引き金)となっていることが多い。たとえば、会社の同僚が新しいバッグを買った。それを見たら、自分のバッグが余計にみすぼらしく思えて、ボーナス前なのに買ってしまった。それとは反対に、ボーナスが出る前日にTVをみていたら、世界的に景気が悪化しているというニュースが流れ、貯金をしなくてはいけないという気分に陥ってしまいバッグを買うのは止めにした。・・・・よくあることだ。カタログ販売やネット販売企業は、彼女の過去の購買データから、彼女が単価いくら以上のどういったタイプのバッグを購買する傾向が高いのかを分析できても、実際のタイミングを(販売促進メッセージを発信するタイミング)を計算することは非常にむつかしいのです。

 タイミングを予測できないからといって、購買傾向が高いと分析された顧客には販促メッセージを頻繁に送ればよいというものではない。メッセージ発信の頻度が多すぎると、見もしないで捨てたり消去されたりしてしまう。

 ダイレクトマーケティング企業は90年代半ばころから、EBM(Event Based Marketing)という手法をさかんに採用するようになった。これは、「顧客がいま強く認識しているニーズ」、「顧客が近日中に起こそうとしている行動」、「高い購買傾向」を示唆するイベント(Event、出来事や事象)を察知して、顧客が行動を起こしてしまう前に顧客ひとり一人にパーソナライズされたメッセージを発信する方法です。たとえば、某銀行で、ATM取引に異常なパターンが現れた顧客がいる。これまでは東京都内のATMから現金が引き出されていたのに、この四週間くらいずっと名古屋のATMが使われている。この顧客は名古屋に引っ越したのかもしれない。そうであれば、他の銀行に口座を移す傾向が高い。過去データを分析して、引き止めたい顧客であれば、顧客の選好するチャネル(DM,eメール、電話)で即コミュニケーションを開始する。

 EBMが採用される理由は3つある。

  1. 適切な商品は予測できても、タイミングの予測はむつかしい
  2. 情報過多やプライバシー問題・・・・商品を買う傾向が高いグループだからといって、余りに頻度多くメッセージを発信すれば、情報過多な環境に身をおく消費者に嫌われる。だからタイミングとターゲットを絞る。
  3. レラバンシーが高いぶん、リスポンスが高い・・・・伝統的なダイレクト・コミュニケーションと比較してリスポンス(反応)が5倍高いという調査結果も出ている。

 顧客の行動を察知する方法には様々なものがある。顧客の購買頻度の変化や利用パターンの変化を観察して異常を察知するジミメなものから・・・

  • 保険会社にとって顧客からの住所変更届けは重要な手がかりです。住所変更をしたということは、結婚したり子供が誕生してスペースの大きな住居が必要になったのかもしれない。あるいは、転職したかもしれない。いずれにしても、契約者は人生の大きな転換期にあるわけで、既存の保険内容がそぐわなくなり、解約する可能性も高い。すぐに、コンタクトをとりましょう! 
  • カタログ販売企業の某顧客の購買商品の内容が従来のものとは大きく変化した。これまで買ったことのない男性衣料品やベビー用品を買うようになった。結婚したかもしれない、あるいは、赤ちゃんが生まれたのかもしれない(あるいは、できちゃった婚かもしれない!)。この顧客には、男性用品やベビー用品を特集した情報を送るとよいかもしれません。
  • おつきあいしている彼女をデートに誘ったら、急用ができたと断られた。そういえば、先週金曜日に会ったときにはやけに無口だった。またまたそういえば、先々週のデートのときに、「たまには洒落たレストランに行きたいわ」と口をとんがらせていた。三つの出来事を足すと・・・ムムッ! これは「いまそこじゃなくってここにある危機」だ。彼女の気持ちがボクから離れていっている。そこで、即座に深紅のバラの花束を贈り、「来週の金曜日、ミシュラン推薦のフレンチを予約したよ」と書いたカードを添える。・・・・もっとも、まず最初に、そこまで引き止めたいと思うほど価値ある彼女かどうか見極める必要がありますけどね。(現代マーケティングの理論化に貢献したレビット教授が夫婦の関係にたとえたように、企業と顧客の関係は男女の関係にたとえるとピンときます。ただし、企業が片思いしてつくして捨てられることが多いのですが・・・・)。

 EBMではAというイベントが発生したらCメッセージを送るというルールをつくり、こういったルールデータベースを、顧客データベースにリアルタイムにあるいは定期的に重ねます。そのときに、各顧客の基本情報(売上への貢献度、利用チャネルなど)にもとづいて、このひとは貢献度が低いからメッセージを発信しない、このひとにはDMではなくてeメールを利用する、この人には5%割引のオファーを提供する・・・といったふうに、利用チャネルやメッセージ内容を顧客ごとに変えます。つまり、EBAはパーソナライズされた販促活動の自動化を目指しているのです。

 でも、肝心なことは、いかにタイミングよくメッセージを発信するかということ。イベントが発生した後、24時間以内にメッセージを発信した場合のリスポンス率を60~70%とすると、48時間後ではリスポンスは40%以下に落ち、10日たつとわずか5%に落ち込んでしまうという調査結果もあります。

 グッド・タイミング・・・これがEBA、そして、いま流行りの「行動ターゲティング」のすべてなのです。

 やっと、ここで、本題の「行動ターゲティング」にたどりつきました。

 EBMを10年以上経験してきたダイレクトマーケターにとって、サイト上で「行動ターゲティング」ができることは、「すっげえ」ことなのです。上に紹介した調査結果にもあるように、消費者がなんらかの行動を起こしたときに、いかに素早く反応をおこすかによってリスポンスが違ってくる。「鉄は熱いうちに打て」のコトワザのとおり、消費者が興味を示したところで(たとえば、XX区のマンションの情報ページを見る行動が続いたその日、あるいは翌日)、提携サイト内のまったく関係ないページを見ているところに、適切なマンションのディスプレイ広告を出す。こういった広告の出し方をすると、その広告がクリックされる確率は通常の広告に比べて非常に高い。日本のヤフーの場合、クリック数は2.5倍になるという。

 当然のことだろう。

 顧客の次の行動を予測する能力があるデータは、なんといっても行動データなのだから・・・。

 それに比べると、デモグラフィックデータとかジオグラフィックデータとかの需要予測能力はかなり落ちる(だから、デモグラフィックやジオグラフィックは行動データと組み合わせて使われる)。まして、消費者の心理を探ろうとするサイコグラフィックデータや(サイコグラフィックと同じような意味で使われることも多く、意味そのものが非常にあいまいな)ライフスタイル・データの需要予測能力は非常に低い。この二つのデータのもともとの役割は需要予測にはないのです。たしかに、行動データから、その顧客のライフスタイルを推察することはできる。あるいは、また、アンケート調査をして、サイコグラフィック・データライフスタイル・データを集め、その結果から、顧客をライフスタイル分類することもできる。だが、こういった分類をすることの目的は、需要予測能力を高めることにはないのです。

 なのに、なぜか、日本で行動ターゲティングを説明している記事には、サイコグラフィックとかライフスタイルとかいう言葉がやたら登場するのです。日本のネットマーケティングのひとたちは、80年代から(いや、通信販売会社を例にとれば、コンピュータが登場する以前から)顧客の行動予測の精度をあげるために、つまりレラバンスの高いメッセージを送るために、顧客データを分析し検証する経験をしてきたダイレクトマーケティングの専門家の意見に耳を傾けるべきです。ダイレクトマーケターは、すでに、80年代、行動予測することとライフスタイル・セグメンテーションとをゴチャマゼにするという同じような失敗を経験しています。

 行動ターゲティングはその言葉どおり、行動にあわせてタイムリーに反応することがウリなのです。英語でBehavioral Targetingを検索しても、サイコグラフィックとかライフスタイルなんて言葉はほとんど登場しない。アメリカのYahoo, MSN, Googleだって、行動ターゲティングサービスに関して語るとき、サイコグラフィックとかライフスタイルとかいう言葉は使っていません。

 ちなみに、Gooleはプライバシー問題に配慮して、YahooやMSNとは一線を画し、行動ターゲティング広告は、そのセッションだけに限る。つまり、昨日サイトでどういった行動をとったかということは、何も記録しないし、何も保存しないし、何も思い出さない・・・と、2007年には言っている。「そのとき、その場のユーザーの行動に基づいて広告を出すほうがよりレラバンスが高いと我々は考えています」と担当者は答えている。もっとも、この言葉をそのまま素直に受け取っている業界人はいないようだ。当時、検索の王者グーグルは、ディスプレイ広告のダブルクリックを買収することへの、ヨーロッパやアメリカの公共機関からの了承をとりつけている最中だった。消費者団体は、この買収が承認されれば、グーグルは遅れをとっていたディスプレイ広告にも積極的に進出でき、自分たちがもっているユーザーの検索結果情報を広告主に提供するのではないかと懸念を表していた。だから、2007年夏には、関係者を刺激しないように、行動ターゲティング広告はそのセッション限り・・・と宣言したのではないかと疑ったのだ。そして、2008年4月、ダブルクリック買収は晴れて認められた。

 サイトで検索に使っている時間はわずか5%といわれる。そしてサイトに滞在中、ネットユーザーの85%はダブルクリックが提供する広告と頻繁にコンタクトしているといわれる。検索の王者グーグルは、ダブルクリックを買収することで、残りの95%の時間においてもお金儲けをすることができるようになったというわけだ。

 最後に、私が好きなレラバンスの高い広告を紹介します。行動ターゲティング広告などというレベルのものではありません。インターネットが普及して、ディスプレイ広告のインタラクティビティが話題になったころの昔の話です。ビジネス・経済ニュースのサイトの株式ページで、平均株価がたとえば20ポイント以上下がると、頭痛薬の広告が出る・・・・それだけのことです。でも、ユーモアがあるから好きです。もっとも、株で大損をしたひとには、ブラックユーモア過ぎてついていけないかも・・・。

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参考文献:1. Lisa Loftis, Let's Get Personal Event Based Marketing, Intelligent Solutions, Inc., 8/29/07, 2.Rich Tehrani, Google Achieves Behavioral Targeting Nirvana, TMCnet, 8/16/ 07, 3.  Eric Auchard, Google wary of Behavioral Targeting in Online Ads, Reuters, 7/31/07, 4. Louise Story, To Aim Ads, Web is Keeping Closer Eye on You, The New York Times, 3/10/08,5. 「ヤフー、行動ターゲティング広告に地域・属性を掛け合わせ」、CNET 11/01/07

Copyright 2008 by Kazuko Rudy. All rights reserved.

2008年5月 3日 (土)

アマゾンがニンジンを売る 

Ilm06_ca07034s_6アマゾンはニンジンだけじゃなくてパンもタマゴも神戸ビーフも売っている。深夜0時までにネットで注文すれば、翌朝午前6時前に届けてもらうこともできる。この「夜明け前配達サービス」は、配達人が早朝にドアをドンドンたたいて目覚まし時計代わりにもなってくれる一石二鳥のサービスだ・・・・というのはウソ。この場合、商品は玄関扉前に置かれる。手渡しではないので、配送料は購買金額25ドル以上なら無料。

 http://fresh.amazon.comは、配達指定時間枠が一時間で、配達人は手渡しのときもチップは取らない・・・とサービスへの評判も良い。ただし、いまは実験段階で、アマゾン本社のあるシアトルの特定地域だけを対象としている。

 米国では、90年代末にネットスーパーという新しい小売業態が脚光を浴び、投資家たちが群がった。だが、株が公開されるやいなやネット小売業としてはアマゾンに次ぐ多額な資金を集めたウェブバン(Webvan)が、創業からわずか2年後の2001年に倒産。ネットスーパーは採算をとるのがむつかしいビジネスだという印象が強く残った。

 なのに・・・、それから5年たつかたたないうちに、ネットスーパーがまた注目を集めるようになる。商品の差別化、価格の差別化の段階をへて、小売業が他店との差別化を進め競争に勝つにはサービスしか残されていない。そして、いま、忙しい消費者が求めているのは、自宅まで生鮮食料品や日用品を届けてくれる宅配サービスなのだ・・・日本を含む先進国の小売業者はそう考えている。

 ネットスーパーは、その採算性に疑問を残しながらも、米国における90年代末の失敗から学んだ教訓を生かし、人口の密集する都市中心に、段階を追って商圏を広げる慎重なやり方で、実績を上げている(日本のイトーヨーカドーも2001年に一部店舗で実験を始め、首都圏全域に広げることを決定したのは2007年になってから。6年もの間、採算を上げるための試行錯誤を続けたことになる)。

 2003年、米国における飲食料品のオンライン販売の売上は前年比40%増で37億ドル。英国では、今後5年間で売上は倍増し、50億ポンドに到達すると2007年に予測された。この数字は、スーパーマーケット業界全体の総売上からみれば小さいものだが、1)業界全体の売上が落ちているなか、2)ネットスーパーの成長率は非常に高い、3)しかも、オンライン購買客は価格への感受性が低く値段も粗利益率も高い商品を買う傾向が高い。こういった理由から、ネットスーパーへの参入があいついでいる。だから、「アマゾンのような起業家精神に満ち溢れた企業はとにかく可能性を試してみようとしているのです」・・・と小売業アナリストは語っている。

 意外に思うかもしれないが、世界中でネットスーパーが一番発達しているのは英国だ。英国の大規模小売店テスコはネットスーパー世界一で、顧客数85万人、毎週25万件の注文があり、2005年度の売上高は10億ポンド。2006年にも前年比40%伸び、ネットスーパーによる売上はテスコの総売上の5%に到達した。英国でネットスーパーが盛んなのは、1)アメリカに比べて都市部に人口が密集していて、2)クルマでショッピングに行く習慣がアメリカに比べると少ない・・・ことなどがあげられる。その点、日本の大都市部は英国と似たような環境にある。そして、イトーヨーカドーが採用しているネット・スーパーのビジネスモデルはテスコと非常によく似ている。

 ネットスーパーには3タイプある。

  1. 店舗型: テスコやイトーヨーカドーのように店舗を基盤としたもので、1)サービス対象範囲は店舗からの配送可能距離で決められる(イトーヨーカドーの場合は半径5~7km以内)、2)店員が注文商品を店内で選択して、店の奥で梱包し、3)配送は外部の配送業者に委託、あるいは社内の担当部門が配達する。
  2. ウェアハウス型: 物流センターとなるウェアハウスがあり、ここで、商品の選択・梱包・配送を一括して処理するものだ。2001年に倒産したウェブバンの失敗は、1)最初にハイテックな大規模ウェブハウスを建設するのに投資をしすぎ、2)投資を回収するために市場を短期間のうちに拡大しようとした。だが、3)宣伝したようなサービスを急速に拡大された市場に提供するには配送費、その他の経費がかかりすぎた・・・。つまり、限られた商圏で採算をあげる方法を見極めるのを待たずに、全国市場への拡大を急ぎすぎたのが失敗の要因だったといわれる。
  3. 中間型: 店舗と中小規模のウェアハウスと両方を併用する。 

 英国テスコの投資額は比較的小さくて5900万ドル。新しいハイテックなウェアハウスを建設することなく、下記のように、既存の資産を利用してサービスを提供している。2002年には、年間400万件の注文で5%の純営業利益率をあげたといわれる

  • 店舗で商品をピックアップするときに、各店員は6つの商品カテゴリー・ゾーンの一つを割り当てられ、同時に最高6件の注文をこなす。店員が使うショッピングカードに装備されている端末が、同時に複数の注文を処理することができるように、店舗内を歩くもっとも効率のよいルートを指示し、ピックアップした商品をスキャンして間違いないかどうかチェックもしてくれる。この結果、商品をピックアップして入力処理するまで、通常の三分の一の時間で済む。そして、店舗裏で配達用に梱包されるまで平均64品目の注文が32分間で準備できる。つまり、1品目当たり30秒。よって、一注文当たり、人件費や減価償却費を含めて8.5ドルの経費がかかる計算となる。

 イトーヨーカドーのサービスは、2008年3月現在で、首都圏や近畿圏など計80店舗で利用でき、会員数は約18万人といわれる。推定購買金額は一件当たり5500円(5000円以上は配送料金無料となるので、このくらいの金額になるのだろう)。利用件数が一日一店舗あたり60件あれば採算にのるという。ネットによる受注から注文商品の店頭での集荷、梱包、配達の作業のうち、配達だけを外部に委託。あとは、全従業員がローテーションを組んで通常業務の一環として対応する。つまり、余分な費用は配送費だけだから、60件で採算がとれるという計算らしい。

 英国テスコもイトーヨーカドーも、客は2時間単位で配達時間帯を指定できる。先進国の大半のネットスーパーが2時間を時間枠としている。だが、アマゾンは一時間だし、英国のウェアハウス型ネットスーパーのオカド(Ocado)も一時間だ。両企業とも、待ち時間を一時間に短縮することで競争優位に立とうとしている。

  1.  配達時間帯を一時間にするか二時間にするかは経費に直に影響が出る。たとえば、同じXX町XX番地に4世帯の顧客が住んでいるとして、配達指定日や時間帯が同じでなければ、結局、効率的な配達はできない。2001年に倒産したウェブバンは配達指定時間は30分。素晴らしいサービスで顧客もよろこんだであろうが、このレベルのサービスを提供するためには、非常に高い経費を計上しなくてはいけない。
  2.  配達指定時間の長短の違いは、サービスの質の差でもある。想像してほしい。配達指定時間が2時間の場合、その間、自宅にいて配達を待たなくてはいけない。東京で働く女性が夜8時あるいは7時に帰宅したとして、お風呂に入ってさっぱりすることもできなく、最悪2時間待たなくてはいけないのだ。待ち時間が半減するのは素晴らしいサービスだと知覚される。そして、その結果として、利用する顧客層に違いが出てくる。

 英国でウェアハウス型のネットスーパーを運営しているオカド(Ocado)は一時間指定サービスを提供している。オカドの調査によると、ネットスーパーの最良顧客である「共稼ぎ夫婦で15歳以下の一人以上の子供をもっている」セグメントの25%は競合他社のネットスーパーを試してはみたが、そのうちのわずか7%しか継続利用していない。なぜなら、競合他社は2時間の配達指定時間枠しか提供しておらず、これは、忙しいセグメントにはかえって不便だからだ・・・という。

 日本では、ネットスーパーを始めた企業が、「予測に反して、ネットスーパー利用者の半数以上が専業主婦」というコメントしているようだが、それは、フルタイムで働く女性が利用するほどには便利なサービスになっていないからだ。日本で、カタログ販売が本格的に始まった80年代にも、通販企業が似たような経験をして同じようなコメントしていた。いわく、「通販を利用するのはショッピングする時間のない共稼ぎ夫婦とか働く女性かと思っていたら、専業主婦が圧倒的に多い」・・・。当時のカタログ販売も、注文できるのは電話で9時から5時までの間、週末は休みで注文は受付けない。もちろん、ネットでの24時間注文受付など存在していなかった。そのうえ、即日配送などというサービスもなく、注文商品が送られてくるのは早くて2週間後。本当に時間のない忙しい女性には利用できない「不便な購買手法」だったのだ。

 ほとんど年中無休で電話注文することができ、ネットでの24時間注文も可能になり、商品も短期間で配送されるようになった。こうなって初めて、働く女性が「便利な通販」を利用するようになり、高額商品も売れるようになった。

 日経情報ストラテジーの記事(2/04/07)によると、宅配サービスの利用者の7割が、赤ちゃんがいて外出できない30代~40代の母親だということが判明。その結果、「イトーヨーカドーはネットスーパーを普段店舗に来ない顧客を新たに開拓するためのツールというよりも、既存店舗の常連客への新しいサービスとして位置づけなおした」そうだ。だが、このセグメントをメインターゲットとして、粗利益率の低いかさばる商品(トイレットペーパー、洗剤)や特売品を販売していては、既存客に付加サービスを提供するための経費が増えるだけで終わってしまう。既存客の来店頻度が減るだけで、付加売上は余り望めない。

 付加売上をあげ利益を上げるためにネットサービスをするのなら、都市部の共稼ぎ夫婦をターゲットとすべきで、この可処分所得の高い世帯に有機食品とかグルメ惣菜とか値段も粗利益率も高い商品を販売していかなくてはいけない。、そのためには、配達指定時間枠が二時間では長すぎる。しかも、日本の場合、在宅していて手渡しで受け取らなくてはいけない条件になっている。せめて夜の配達指定時間枠を一時間にするとか・・・・と、ここま考えてふと気がついた。イトーヨーカドーの店舗って、首都圏とはいっても、比較的所得の高い共稼ぎ夫婦が住んでいる地区には見あたらないんだよね。

 なーんか、ちょっと、中途ハンパだよね。経費のかかる宅配サービスなんか始めて、顧客数がいまよりずっと増大したときでも、本当に採算とれるかなあ?

 利益が出ているといわれ顧客数も大幅に増えているテスコですら、2007年後半に配達料金を上げた。これは、店舗型ビジネス・モデルがうまくいっていない証拠だともいわれている。真偽のほどはわからないが、どちらにしても、どれだけICTの助けを借りるとしても基本的に人件費を中核とする宅配サービスは薄利なビジネスモデルなのだ。

 テスコは、店舗のない地域にネットスーパー用の小さな店舗件物流拠点の開設を進めているらしい。イトーヨーカドーも、都市中心部にあるセブン・イレブンの店舗をそういった形で利用でもしないと、本来のネットスーパーの優良顧客層に浸透することはできないのではないか?

 ネットスーパーの将来性に関しては、もうひとつの問題点がある。宅配サービスは環境には余り優しくないサービスなのだ。

  1. すでに、英国や米国では、ネットスーパーの配送用梱包における資源の無駄が問題になっている。ボックスはリサイクルにできても、紙やプラスティックバッグを使いすぎだと非難されているのだ。だが、宅配サービスを頻繁に利用している私にいわせれば、果物や野菜といったデリケートなものを梱包するには、一つのバッグや箱に多くの商品を詰めることはできない。一つの箱やバッグに果物が数個しか梱包されていなかったとしても、そうしなければ、押されて傷んでしまうからだ。
  2. 配送のためにこまネズミのようにあちこちを行ったり来たりする小型配送トラックが資源の無駄使いをしている、あるいは、環境に悪影響を与えている・・・ことについての批判も出ている。

 ネットスーパーは必ず伸びる。日本でももっと成長する。だが、そのまた将来を見据えたとき、ネットスーパーは問題点の多いビジネスモデルなのだ。高齢者や子育てママに役立つという面はあるが、それならそれで、公共機関が私企業であるスーパーの協力をえて、宅配サービスを公共機関のサービスの一環として市民に提供すべきことだろう。そうすれば、いろんな企業の配送業者のトラックが行き来する弊害は減らせる。小売業者は、採算性や環境問題を考えながら、いつでも融通性をもって現在のビジネスモデルを変更できるような形でネットスーパー事業を積極的に進めていく・・・・しかないと思うのですが・・・。

 「小売とメーカーとのバトル・ロワイアル」という本題に戻ります。

 自宅まで商品を届けることによって、小売業はますます消費者との距離を縮めています。消費者に大接近する小売業にメーカーはいかに対処していくべきか? 次回は、「メーカーの逆襲」がテーマです。メーカーの逆襲といってもスターウォーズの「帝国の逆襲」みたいにスカッとした戦闘シーンはまったくありません。

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参考文献:1.Jessica Mintz, Review:Amazon delivers on grocery service, USAToday, 8/30/07,2. Walaika Haskins, Amazon Offers Taste of Fresh Grocery Delivery, E-Commerce Times, 8/30/07、3.Saraha Butler, Online sales of groceries are predicted to double over next five years, TimesOnline 10/17/07,4. Online grocery sales rise 40% in 2003, Internet Retailer, 3/5/ 04,5,Tesco dominates Internet shopping,ZDNet. co.uk, 8/24/06、6,Ocado:An Alternative Way to Bridge the Last Mile in Grocery Home Delivery, Michigan State University、7.大手スーパーのネットビジネス(下)、日本食糧新聞11/28/07.8.「イトーヨーカ堂、首都圏全域でネットスーパー」、日経情報ストラテジー、2/24/07、9.「ネットスーパー、子育てママ支援」、日経新聞12/26/06

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