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2007年12月25日 (火)

ダイエットできない消費者たち

 メタボが心配で体重を減らしたくても、目の前にアイスクリームが出てくるとつい手が出てしまう。肺ガンがこわくて明日から禁煙しようと決心したのが三年前。でも、「明日」は際限なくやってくるので、タバコは止められないままズルズル今日に至っている。未来のためにCO2の量をへらさなくては・・・とわかってはいても、いまの経済成長のために削減同意ができない各国代表者たち。

 これらはすべて、異時点間の選択(Intertemporal Choice)の問題として考えることができる。

 何を選択するか決定する時点と、その決定がもたらす結果が出る時点が数ヵ月後から数年、地球温暖化の問題の場合には数十年から数百年も離れている場合、人間は、目先の誘惑に逆らえなかったり、あるいは、現在の利得を優先したりする。

 ハトが・・・。ハトポッポのハトです。

 そのハトを使った実験では、11秒後にもらえる3個のエサと20秒後にもらえる8個のエサとは、ハトポッポへの報酬としての影響力は同等であることが証明されている。人間もハトと同じだ。いま5000円もらえる有り難さに比べたら、6ヵ月後に5000円もらえる有り難さは半分以下だろう。1年後の5000円の価値はほとんどゼロに等しい・・・こういった実験結果のいくつかは、ネットでも発表されているので見ることができる。

 未来の報酬の価値は、手に入るのが先になればなるほど、現在の報酬の価値より減少すると感じられる。どのくらい割合で減少するかは、経済学で長い間議論されてきた問題だ。

 最初は割引率は年月に関係なく一定だとされていた(指数型割引 Exponential Discount Function)。だが、動物実験でも、そして、また、人間を使った実験でも、減少する率は近い未来では大きく、遠くなればなるほど小さくなることが証明されている(双曲型割引 Hyperbolic Discount Function)。たとえば、1ヶ月後に2万円もらえることになっているが、減額すれば、いますぐ受け取れる。その場合、「いまもらえるのなら1万円でもOK」という受取人がいるとしよう。この受取人が一ヵ月後Cimg0048 の2万円に対して現在感じる価値は、半減して1万円だということだ。それなら、2ヵ月後にもらえる2万円の場合は5000円、3ヵ月後にもらえる2万円の場合は2500円・・・と同じ割合で現在価値が減少していく・・・というわけではない。減少の割合は最初は急激でも、それ以降なだらかな減り方をするようになるのが一般的だろう。

 いますぐ報酬を受け取ることと将来に報酬を得ることを辛抱強く待つこと、どちらが得かを判断するときに、動物も人間も、時間割引をする。だが、その割引率は、どのくらい遠い未来かとかどのくらいの報酬なのか・・・によっても異なってくるから単純ではない。動物も人間も異時点間の選択をするときには迷い葛藤するのだ。

 ちょっと待て!

 話が途中ですりかわってないかぁ? ダイエットや禁煙が続けられない問題を話すんじゃなかったのか? 地球温暖化問題とハトのエサの価値が時間とともに減少することとは関係ないだろう。人間が5000円をいますぐもらうのと、一ヵ月後にもらえるのとでは、有り難さが違ってくる・・・・って話も、ダイエットや禁煙の問題とは次元が違うだろーが。

 おっしゃるとおり。

 ダイエットや禁煙や地球温暖化問題における「現在の幸せか未来の幸せか?」の究極の選択は、ハトのエサが「いまの3個か20秒後の11個か?」という問題とはレベルが違う。いまのケーキと半年後の自分の魅力的なボディー、いまのタバコと数十年後の健康な肺、あるいは、いまの「快適な冷房温度」と百年後の「美しい地球」とを天秤にかけるのとはまるで違う問題だ。

 ハトには、異なる種類の報酬のそれぞれの価値を比較するなんて芸当はできないだろう。また、未来といっても、せいぜいいって秒単位かもしれない。

 人間は、動物、そして人間に近い類人猿とも異なり、数年あるいは数十年間にまたがるコストと利益とを天秤にかけることができる。それは、将来もたらされる結果について想像することができ、それに関心をもつことができるからだ。人間のそういった能力は、人類においてもっとも発達しており、頭のサイズに不釣合なまでの大きさを持っている大脳新皮質の前頭前野に関係がある・・・・といわれている。

 ちなみに、高度な情報分析・処理機能を果たしてる前頭前野は、人では大脳の30%を占めるまで発達しているが、サルでは12%、チンパンジーでは17%、ネコや犬では数%しかないそうだ。

 人間は、他の動物とは異なり、前頭前野のおかげで、長い年月にまたがる意思決定ができる・・・・と考える行動経済学者たちがいる。とくに、ニューロサイエンス(神経科学)の研究手法を積極的に採用する神経経済学分野では興味深い実験結果が発表されている。(次の実験を読む前に、「ブランドと感情と記憶シリーズ第1回」を参照してみてください。そして、人間は論理的思考をつかさどる前頭前野と情動や直感に関係する大脳辺縁系との協力なしには、簡単な意思決定すらできないことを思い出してください)

 「異時点間の選択」をする実験において、被験者の脳を機能的MRIでスキャンしてみる。いますぐに20ドルの金を受け取るのと、一ヵ月後に23ドル受け取るのと、どちらかを選択しなければいけない場合、被験者の前頭前野も大脳辺縁系も両方とも活性化する。次に、20ドルを二週間後、23ドルを一ヵ月後に受け取るということで、どちらの選択肢も現在ではなく将来起こる設定にする。すると、大脳辺縁系は関心をなくして活性化しなくなる。しかし、前頭前野の神経細胞は、数時間後あるいは数ヵ月後の設定でも、活性度に変わりはなかった。

 論理的思考をする前頭前野の神経細胞は、現在/将来、どちらの意思決定においても活性化する。しかし、大脳辺縁系にある報酬系は、すぐに金を受け取る選択をするときだけ活性化する(報酬系は人間がおいしいものを食べたり、お金を手に入れたり、その他、セックスやドラッグといった報酬を得ているときにドーパミンを放出して快感を感じるシステムになっている)。一ヵ月後か、あるいは、いますぐに受け取るかの選択をする場合は、前頭前野と報酬系と二つの領域の活性化の強さの度合いが最終的に何を選ぶかを決める。

 つまり、論理的思考をする前頭前野がより活性化しているときは、「忍耐強く待って、より価値が高いと(感じる)報酬を得ること」を選択し、両システムが同程度活性化しているときは、一般的に、大脳辺縁系が勝つ。つまり、いまの誘惑が分別に勝利するのだ。

 人間には、2つのシステムがある。

  1. 現在も将来も同等にみなすことができ、遠い将来を想像しそれに関心をもつことができる前頭前野システム。
  2. 将来を大きく割り引く現在志向の大脳辺縁系システム

 この二つのシステムの相互作用によって意思決定がされる。目の前のアイスクリームの誘惑に負けやすいのは、ダイエット計画を掲げる理性的システムに大脳辺縁系システムの現在志向が勝つからだ。何が起こるかわからない将来のリスクにかけるよりは、いまのアイスクリームを食べたほうがよいと、進化の歴史に鍛えられた直感や本能が強く働きかけるのだ。

 遠い未来ほど割引率が小さくなる双曲型割引は、2つのシステムが将来に対して異なる観点をもっていることからもたらされる。そして、前頭前野はより辛抱強い選択を実行するのに重要な役割を果たしているのではないかと推測されている。 

 ウソォ~!!

 それじゃあ、禁煙できない、あるいはダイエットできないボクやアタシは、原始人みたいじゃん。高度な精神活動をする前頭前野が弱いってことでしょう? どっちかいうと感情や直感や本能だけで動いているバカってことじゃん!!

 ご安心を・・。神経経済学のこういった考え方には反論もあります。

 (でも、私は、けっこう正しいと思ってるけどね。それに、誘惑に負けやすいのは人間のサガでしょう。日本国を創った神様だって、黄泉の国から亡くなった妻を連れ戻そうとして、「決して振り返ってはいけません」と言われたのに、つい振り返ってしまい妻奪回に失敗している。「決して見てはいけません」といわれたのに覗いてしまい、貴重な機織り職人を失ってしまった「鶴の恩返し」の民話もあるし・・・。スミマセン。ちっともなぐさめになってませんね)。

 さて、重要なことは、こういった人間の(消費者の)行動傾向がマーケティングにどういった意味をもつのか? ・・・ということです。

 たとえば、ポイントプログラムである程度ポイントを集めると景品に交換できるタイプの販促がある。このとき、たくさんのポイントを集めなくては景品に交換できないものだと、その景品がいくら豪華なものでも、「将来を大きく割引く消費者」には、インセンティブにはならない。

 ダイエット関連商品で、すぐにでも簡単にやせるようなイメージを与える広告が多いのは、そうしなければ、大脳辺縁系にアピールできないからだ。「これを食べれば2年かかって健康的に10kgやせる」・・・なんて主張するダイエット食品など売れっこないでしょう。もちろん、時間的に長く感じさせない方法もあります。シリーズ第3回で出てきたフレーミング効果を使うのです。たとえば、「1年かかって10kgやせます」という広告コピーよりは「2008年12月25日のクリスマスまでに10kgやせます」のほうが、本当に実現できるような心理にさせ、期間の長さへの関心が薄れます。

 自制心の少ない消費者が誘惑に負けないような商品をつくりあげる例もあります。フィリピンの銀行は、お金をためたいけれども、ポケットにあるお金をつい使ってしまう「その日暮らし」になりやすい労働者階級のひとたちのための金融商品をつくった。1)ブタの貯金箱のようなカワユイ小型金庫を顧客は買う(金額はわずかなものですが、買うことによって、その金庫を大切に取り扱う心理になる)。2)金庫の鍵は銀行が保管する。3)預金者は一定額になるまでは預金を引き出せなという契約書を作成する。4)預金者は貯金箱を時々銀行にもっていき、銀行は取り出した金を口座に入金する。この金融商品は、手元にお金があればついつい使ってしまうひとたちに好評で、テストグループでは、12ヵ月後に貯金額が337%も増大したそうです。

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参考文献:1.Gregory S. Berns, et al, Intertemporal Choice-Toward an Integrative Framework, www.sciencedirect. com, 11/5/07,2. Craig Lambert,The Marketplace of Perceptions -Behavioral economics explains why we procrastinate, buty, borrow, and grab chocolate on the spur of the moment, Harvard Magazine  Mar-Apr 2006, 3, Nava Ashraf, et. al.,  SEED: A Commitment Savings Product in the Philippines,.12/9/04,4.心理学辞典、有斐閣

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2007年12月18日 (火)

iPhoneと触覚

 アップルiPhoneは日本では未販売。だから、話題となったタッチスクリーンを実際に体験した者はそれほどいない。だが、10月にiPod touchが発売されたことによって、「指のバレエ」と評された指さばきを試してみることができるようになった。

 朝日新聞(10月20日朝刊)には、「官能的なまでの操作感」という見出しで、「3.5インチのタッチパネル液晶に親指とひとさし指を当て、押し広げるように指の間隔を開くと、表示された写真が拡大。つまむように指の間隔を狭めると写真も縮小する。官能的なまでに手になじむ動きが、デジタル関係者を夢中にさせた」という記事が掲載された。

 うーん、その気になって読むと、描写自体も、なんかちょっと官能的。

 (記事を書いたひとに失礼があってはいけないので辞書をチェックしたら、「官能」って言葉の意味には二つあった。私みたいに、「官能」って言葉ですぐにセックスを連想したとしたら、あなたもけっこうな俗物です)。

 iPod touchのタッチ(touch)には触覚という意味もある。

 触覚は皮膚感覚の一部だが、人間の指先にはその皮膚感覚(触覚、圧覚、温度感覚、痛覚)受容器がたくさん集まっている。指先の皮膚1平方センチの面積のなかには、皮膚感覚受容器が一番感度の鈍い背中の100倍も集中している。人間は、それだけ、指先から多くの情報を集めている・・・ということだ。

 日本を含めた世界13カ国で2003年に実施された調査では、25歳~40歳の消費者が重要と考える感覚は、①視覚(58%)、②嗅覚(45%)、③聴覚(41%)、④味覚(31%)、⑤皮膚感覚(25%)。皮膚感覚は最下位だが、衣服などでは外見(視覚)よりも手ざわり(皮膚感覚)を重要視する消費者がふえているのが世界的傾向だそうだ。日本でも、清涼飲料水のボトルは、手で持つときの感触を考えてデザインされるようになってきている。自動車でも、ハンドルやシフトレバーを操作するときの手への感触が重要視される。

   皮膚感覚をある程度~非常に重要と考える消費者の割合(商品タイプ別

  1. スポーツ衣料       82.2%
  2. 石鹸            61.5% 
  3. 自動車          49.1%
  4. 電話            43.9%  
  5. アイスクリーム      21.7%
  6. 清涼飲料水       15.1%  
  7. クロモノ家電       11.6% 

 当然のことながら、IT機器のインタフェースを設計するとき、指を含めた手の皮膚感覚は重要な意味をもつ。

 iPhone以前にもタッチスクリーンのケータイ電話は発売されていた(2006年に世界中で出荷されたケータイ電話の4%はタッチスクリーン方式)。だが、そのほとんどは抵抗膜方式(resistive )で、指やペンでスクリーンを押すものだ。iPhoneやiPod touchの静電容量方式(capacitive)は、電流量の変化を利用している。だから、軽く指先を触れるだけで充分。実際には、静電容量方式の場合、物理的接触も必要ない。指が、2ミリ近づくだけで感知することができる。この技術だからこそ羽のような軽い動きで充分なわけで、指やペンでスクリーンを押さなくてはいけない抵抗膜方式よりも直感的に操作することができる(直感的に使いやすいことの重要性については、「注目のキーワード1」を参照)。

 静電容量感知方式のタッチスクリーンのケータイ電話はアップル以外からも発売されている。だが、現在、同時に2本以上の指が使えるのはiPhoneだけだそうだ。2本の指でつまんだり広げたりすることでウィンドウのサイズを変えることができるマルチタッチ技術はごく最近開発されたもので、この技術の特徴を最大限に活用できるアップリケーションソフトを開発して商用化したのはアップルが最初・・・ということになる。

 「技術的には、うちだってiPhone並みのケータイを開発することはできる」と主張するIT企業のコメントをよく耳にする。だけど、やっぱり、最初にするってことが重要だよね。

 ノキアの戦略的マーケティング担当上級副社長は、マッキンゼーのインタビューに答えて、「我々人類の祖先と他の霊長類とを区別させたのは、親指を動かし、ものをつかみ、道具を巧みに使うことができるようになったことです。手を使うことを通して、人類は種として進化し、脳の大きさが発達したのです。 だから、IT機器をデザインするとき、手の中でのその機器がどう感じられ、指や手がその機器をどう操作するかが非常に重要になるのです。新しい機器を誰かに渡してごらんなさい。誰もが最初にすることは、それを手に取り、ちょっと動かして重みを測り、それから手のひらの中で転がしてみたりします。こういった動作を人間は無意識にします。その様子を観察をすることで、(人間と機械とのインタフェースについて)重要な洞察を得ることができます」 

 iPhoneでは同時に2本以上の指を使えるわけだが、アップルは、このマルチタッチ技術に関する特許を、指だけでなく手全体にまで広げて申請するのではないか?・・・と考えられている。そして、手も指もつかえるマルチタッチ技術を採用したパソコンを2008年1月に発売するのではないかとウワサされている。

 2002年に公開された映画「マイノリティ・レポート」を見ましたか? トム・クルーズが薄手の手袋をはめて透明の巨大スクリーンの画面を両手で操作し、スクリーン上の情報を次から次へと探索して犯罪を解決していく。トム・クルーズが華麗な動きで、画面を指差してズームインさせたり、右手首をまわしてビデオを早送りしたり、両手を左に払うようにして画面を消し去ったりした場面・・・・覚えていますか? 映画は近未来のストーリーだが、あの場面は想像ではなく現実に基づいていました。映画に現実味をもたせたいスティーブン・スピルバーグ監督が、直感的インタフェースとしてジェスチャー技術を研究していたジョン・アンダーコフラーをテクニカル・コンサルタントとして雇った。その結果が、あの場面につながったのです。

 この話はまだ続きます。

 米軍需産業の大手企業のエンジニアが「マイノリティ・レポート」を見て、直感した。この技術は軍事作戦に利用できる! 実際の戦闘現場で大きな問題は、情報が多すぎるこ。衛星、偵察機、兵士、その他さまざまな情報源から刻々と入っている情報を的確にコントロールして迅速に作戦を決定しなくてはいけない。「ジェスチャー技術はきっと役立つ」・・・そう考えた軍需産業企業はアンダーコフラーの研究に投資することを決めたそうだ。

 「キーを叩いたりマウスをクリックする動作は自由度を狭めます・・・・手は5から6個のマウスの役割をしてくれます。」とアンダーコフラーはいう。現在、それぞれが数式に対応する20以上のジェスチャー言葉を発明したそうだ。

 手は5から6個のマウスに匹敵する・・・と聞いて、フッと浮かびました。

 だったら、手は2本じゃくて、何本もあったほうがよいのでは?より多くの情報をスクリーン上でもっとすばやく操作できるんじゃないの?

 昔からSF小説では、火星人といえば手が何本もあるタコのような形で描写てきた。触手をもったタコ型火星人を創作したのは「宇宙戦争(1898)」を書いたSF作家H.G. ウェルズだそうだ。考えてみると、何本もの触手をもった火星人って、IT機器を操作するにはぴったりじゃないか! 火星人は人間よりも高度に進化していると想定されているんだし。

 いまから110年も前に、IT機器をあやつる未来の人類の姿形を、H.G. ウェルズは想像することができた。「サイエンス・フィクションの父」と称されるだけのことはある。SF作家の想像力ってやっぱり常人の枠を超えているね!

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参考文献:1.Jonathan Karp, Minority Report  Inspires Technology Aimed at Military, The Wall Street Journal, 4/12/2005, 2. May Wong, Touch-Screen Phones Poised for Growth, Washingtonpost.com. 6/21/07, 3. Creative touch, The Engineer Online 3/12/07 4.Trond Riiber Knudsen, Confronting proliferation...in mobile communications, The McKinsey Quarterly, May 2007, 5. マーチン・リンストローム(2005)「五感刺激のブランド戦略」ダイヤモンド社

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2007年12月10日 (月)

ほとんど何も考えていない消費者たち

 日本ほど、何を買ってもポイントがつく国はない。日本はポイント天国だ。

 ただし、消費者にとっての天国という意味で、企業にとっては地獄だろう。いまのポイント・プログラムは多くの企業にとっては利益を圧迫するだけで顧客の囲い込みにはほとんど役にたっていない。そう思っていたら、やっと、最近になって、ポイント・プログラムを見直す動きも出てきたようだ。

 でも、ポイントプログラムについて書きたかったわけではない。ポイントをつかった実験を紹介したかっただけだ。

 2004年にロスアンゼルスの洗車サービス店での実験で、ポイントカード会員は8ポイントためると無料で洗車サービスが受けられる。この基本インセンティブを異なる2つのオファーで提供した。

  1. ポイントカードA・・・・8ポイントためれば洗車一回無料。
  2. ポイントカードB・・・・10ポイントためると洗車一回無料。ただし、入会記念として、最初に2ポイントを無料で提供。

結果: 

  1. カードAの顧客の19%が継続して洗車サービスを利用し、8ポイントためて無料サービスを受けた。
  2. カードBの顧客は34%が継続して10ポイントため無料サービスを受けた。それだけではない。カードB顧客の来店間隔日数は、平均して、カードAより2.9日短かった。そのため、早く目標ポイント数を達成することができた。

 カードAもカードBも条件(オファー)の実質的内容はまったく同じだ。なのに、人間の行動は、オファーや広告コピーの表現の仕方によって大きく影響される。こういった人間の不可思議な行動を、心理学者で行動経済学者でもあるトヴェルスキーとカーネマンは、論文「決定のフレーミングと選択の心理」で取り上げた。

 問題、質問、広告コピー、オファーなどがどう表現されるかは、意思決定にとっての基準枠(フレーム)となる。各選択肢がどうフレームされるかによって、(その価値に変わりはないのに)まるで価値に明らかな違いがあるかのように判断や選択に大きな影響を与える。1981年に発表された論文では、この現象は、「フレーミング効果」と名づけられた。

 「そんなこと、おえらい学者さんたちがこむづかしい論文を書くずっと前にわかっていた。自分たちは、きちんとテストで証明してたさ」

 そううそぶくのは、伝統的通信販売会社のひとたちだろう。

 一個1000円の商品を広告で売るときに、たとえば、3通りの表現の仕方ができる。

  1. 半額!
  2. 1個買えば一個おまけ!
  3. 50%引き!

 どの広告コピーが一番高い注文率を獲得するかテストもできる。たとえば、顧客リスト20万名から無作為に5000名ずつ3つのサンプルを選び、それぞれにダイレクトメールを出してみる。内容はまったく同じ。ただし、上記のオファー・コピーだけ異なっている。そして、どのオファーのDMを受け取ったサンプル・グループが一番注文率が高いかを調べ、顧客に購買を促すのにもっとも威力を発揮したオファー表現を見つける。そして、そのオファーを使ったDMを残りの18万5000人の顧客に出せば、もっとも高い注文数と売上を達成することができる。

 伝統的通信販売は、100年も前から、こういったテストを積み重ねてきている。アカデミックな論文のように、仮定のストーリーに基づいて被験者に質問するような机上の実験ではない。電話やネットで「注文する」という行動を起こしてもらうテストだ。通販会社が自分たちのテスト結果をまとめて権威あるジャーナルに投稿していたら、ダニエル・カーネマンに代わってノーベル経済学賞をもらえていたかもしれない。

 残念至極。

 でも、話しを戻します。

 論文「決定のフレーミングと選択の心理」に紹介されていた実験で一番有名な「アジアの病気」の場合・・・・「アメリカ政府は600人は死ぬと予測される病気の対策として2つのプログラムを計画しているが、あなたはどのプログラムを選択しますか?」と質問する。このとき、「400人は死ぬ」という否定的表現を使うのと、「200人は助かる」という肯定的表現を使うのとでは、まったく同じことを言っているのにかかわらず、被験者の選択行動は異るものになった。

 フレームの仕方次第で、政府は自分たちが好むプログラムを国民が採用するように仕向けることができる。同様に、(質問の仕方を変えれば)消費者調査結果もマーケティング担当者が望むようなものに変えることができる。そして、コピー表現を考えれば、広告への反応率さえ高めることができる。

 人間心理を、ひいては人間の行動を操作するのは、かくも簡単なことなのだ。

 人間って、なぜ、こんなにも、おバカになれるのか? 原因はどこにあるのか?

 意思決定をする被験者の頭のなかをfMRI(機能的MRI)でチェックし、フレーミング効果が脳のどの部位にどういった影響を与えているか調べた実験がある(以下の文章は、「ブランドと記憶と感情シリーズ第1回と第6回」を参照した上で読んでください)。

 英国ロンドン大学における実験で、頭にfMRIをつけた20人の大学・大学院生の前方スクリーンに、最初に50ポンドという金額が提示される。ついで、2つの選択肢が提示され、どちらかを選ぶように指示される。

  1. 選択肢1・・・確実に手にはいる金額が2つのフレームで提示される。フレームA 「最初の50ポンドから20ポンドを持ち続ける」、フレームB「最初の50ポンドから30ポンド失う」。(どちらのフレームの場合も手元に残る金額は20ポンド)
  2. 選択肢2・・・ギャンブルしてお金を増やすことができる。ただし、すべてを失う場合もある。勝率は40%。(つまり、手元に残る金額はこの選択肢の場合も20ポンドということになる)

 実験後、被験者たちは、どちらの選択肢も結果として手元に残る金額は同じだとすぐに気がついたと語っている。しかし、実際には、選択肢1がフレームAで提示されたときには、被験者はフレーミング効果でリスク回避的になり、選択肢2のギャンブルを選んだのは43%だった。反対に、選択肢1がフレームBで提示されたときには、リスク追求的になり、62%が選択肢2のギャンブルを選択した。

 感情をつかさどる古い脳の扁桃体の神経細胞は、安全確実な選択肢1を選んだり、フレームBが出たときに選択肢2のギャンブルを選ぶときに強く活性化した。しかし、選択肢2のギャンブルを選んだり、フレームBが出ても、そのフレームの影響を受けずに選択肢1を選んだときには、それほど活性化しなかった。つまり、無意識の感情(情動)が、被験者に20ドルを確実に保持するか、「30ドル失うくらいならギャンブルをしろ」と、直感的でヒューリスティックな行動を促している・・・という事実が明らかになったのだ。

 フレーミングの影響を受けやすいかどうかは、被験者の大脳新皮質の前頭前野、つまり、高等動物ほど高度に発達している論理的思考をする部位の活性化の度合いによることもわかった。フレームBが出ているのにもかかわらず選択肢1を選んだり、フレームAが出ているのにもかかわらず選択肢2を選んだりする・・・・つまり損失を回避しようとする人間の本能的な行動に反する行動をとっている被験者の前頭前野は強く活性化していたのだ。

 論理的に考え行動している被験者も感情に従って行動している被験者も、扁桃体の活性化レベルに変わりはなかった。だから、前頭前野の活動が感情をコントロールできているかどうかが、フレーミングの影響を受けやすいかどうかの違いとなる・・・実験チームはこう結論づけている。

 簡単にいえば、感情をつかさどる扁桃体の活動レベルは、ひとによってそれほどの違いは見られない。だが、論理的思考をつかさどる前頭前野の活動レベルには違いがあり、ここでの活動が感情をコントロールできていれば、フレーミングの影響を受けにくいということだ。

 つまり、「理性的傾向の高い消費者」とか「感情的傾向の高い消費者(実験結果に基づけば、理性が感情をコントロールできていない消費者と描写したほうが適切だ)」は実際に存在するわけで、自社顧客をこういった要素で分類できるかどうかは、マーケティング上重要なことだ。そして、最近では、こういったセグメンテーションを試みる例も多く見られるようになってきている。

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参考文献: 1.Joseph, C. Nunes and Zavier Dreze, Your Loyalty Program Is Betraying You, Harvard Business Review April 2006, 2.Benedetto De Martino, et al, Frames, Biases, and Rational Decision-Makin in the Human Brain, Science 4 August 2006, 3.Greg Miller, The Emotional Brain Weighs Its Options, Science 4 August 2006

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2007年12月 4日 (火)

失うことを恐れる消費者たち

 消費者は購買決定をするときに、選択肢それぞれの長所短所を比較分析して自分に一番利益をもたらしてくれるであろうものを選んでいるわけではない。ショッピングのたびにそれをしていては時間がかかりすぎる。

 経験とか習慣・常識といったようなものに基づいたヒューリスティクスと呼ばれる「簡単かつ迅速に意思決定できる便利な原則」に基づいて決めていることが多い。どうしてそう判断したかと問われると、「なんとなくそう思った」とか「ピンときたんだ」と答える。

 自動車とか住宅を買うような金額の大きなショッピングのときには、各選択肢の機能とか仕様とか、きちんと分析しているだろう・・・・と思うけれど、実際には、そうでもないらしい。一昔前の話だけど、松田聖子だって「ビビッときた」とかいって歯科医を再婚相手に選んだじゃないか。

 ああ、スミマセン。夫選びはショッピングとは違いましたね。でも、結婚をビジネス取引と同じだと考え、「ハッピーな関係を長い間維持するための秘訣は結婚生活もビジネスも同じだよ」という論文を書いたのは、現代マーケティングの基礎を築いたハーバード大学の故レビット教授ですよ。

 ・・・と、ここまでの話は、シリーズ第1回のまとめです。

 消費者の購買決定時におけるヒューリスティクスをいくつか挙げてみると、たとえば・・・・。

 *知名度が高い企業が販売している商品のほうが品質も良いはずだと判断する「再認ヒューリスティック」・・・・・・この判断はおおよその場合、適切でした。「でした」と過去形になっているのは、「不二家」「赤福」「吉兆」など歴史も長い著名企業の不祥事が続いているから。一流企業、一流ブランドというキュー(手がかり情報)だけで購買決定をすることは、もはや、最適な判断とはいえなくなってきているかも?

 *値段の高いほうが品質も良いだろうと判断する「安かろう悪かろうヒューリスティック」の逆ヒューリスティック・・・・・このヒューリスティックを利用して、高級ブランドの場合はとくに、粗利益率に関係なく値段を高めに設定する。高級イメージをアピールする商品の値段を決める会議でよく出てくるセリフは、「余り安すぎるとイメージが悪くなる」です。

 *手に入りにくければにくいほど価値が高いと判断する「希少価値ヒューリスティック」・・・・「限定販売」とか「残り僅か」とか「生産個数が限られておりますので早目にお申し込みください」という広告コピーは、このヒューリスティックを念頭に書かれている。

 心理学者のなかには、シリーズ第1回に登場したドイツのギゲレンツァー教授のようにヒューリスティクスはおおよそ適切な結果をもたらしてくれる・・・とその効率性を強調する者もいる。が、反対に、その悪い面を強調するひともいます。

 心理学者のアモス・トヴェルルキーとダニエル・カーネマンは、ヒューリスティックな意思決定から生まれる判断の誤り(認知バイアス)について1974年に論文「不確実性下での判断:ヒューリスティクスとバイアス」を発表。そこで、人間が自分の利益を最大化するための合理的行動をとっていない例を紹介し、人間の意思決定プロセスは伝統的経済学の合理的選択理論とは異なることを主張した。

 なぜ、人間は、そういった非合理な行動をとるのか? 

 トヴェルスキーとカーネマンは、人間が論理的につじつまが合わない意志決定をするのはよくあることで、伝統的な経済学が主張するように例外的な現象ではないと考えた。そして、そういった意思決定プロセスに一定のルールを見つけて、1979年に論文「プロスペクト理論:リスク下での決定」を発表した。

 合理性からの乖離にシステマティックなパターンがあることを証明したプロスペクト理論は、経済学者たちにも大きな影響を与え、心理学者のカーネマンは2002年にノーベル経済学賞をもらっている(トヴェルスキーは96年に59歳で亡くなっているので、ノーベル賞は受賞できなかった。やっぱり、「死ねば死に損、生きれば生き得」だよね。生きていても賞などもらえる見込みがないとしても、お互い、長生きはしましょう)。

 プロスペクト理論は、心理学と経済学とが融合した行動経済学の始まりを象徴する論文だ。この論文が証明したもっとも重要なこと・・・として、カーネマン自身が挙げているのは、人間の行動には「損失回避性 Loss Aversion」があるということだ。

 人間は損失を同額の利得より大きく評価する。同額の損失と利益があったなら、損失から得る不満足のほうが利益から得る満足より大きく感じられるということだ。つまり、同じ100円でも、道端で100円拾ったときの快感と、どこかで100円落としたときの不快感とを「満足感」で測定すると、損失のほうが利得よりもずっと大きく感じられる(カーネマンによると2倍から2.5倍も大きく感じられるそうだ)。

 人間は損失により敏感だ。

 このことは、お金だけでなく、商品の品質にもいえる・・・という最近の調査結果がある。

 日用雑貨品や家電など46カテゴリーで241種類の商品の12年間にわたる追跡調査によると、品質が変化しても(向上する場合も下がる場合においても)、消費者のその商品に対する意見は一年目には特筆するほどの変化を示さない。だが、二年目くらいから品質の変化を知覚するようになり、消費者が知覚する品質が実際の品質と同レベルになるには平均して5年から7年かかる。この年数は、商品タイプ、ブランド力、購買頻度によっても異なる。たとえば、タイヤは9.5年、冷蔵庫は7.1年、練り歯磨きは3.9年だ。

 注目すべきことは、1)品質の低下は品質の向上よりも早く、かつ大きく知覚されること、2)例外は、評判の良いブランドで、この場合は、品質の向上は評判の低いブランドよりも3年早く知覚され、品質の低下は一年遅く知覚される。

 これはアメリカでの調査報告だから、商品の入れ替わりの早い日本では、年数はもっと短くなるかもしれない。しかし、この調査が示す傾向は、日本のメーカーが小売店のPB(プライベート・ブランド)への対策を考えるときに役に立つかもしれない。

 日本でも大規模小売店が粗利益率の高いPBの比率を上げる方針を進めている。総合スーパーのイオンなどは、食料品や日用雑貨品だけでなく、家電製品でも三洋電機と手を組み、2008年には家電売上の30%をPBにすると発表した。

 こういった小売店PBに対抗して、メーカーは、1)品質が低下してもそれを消費者が知覚するのにある程度の年数がかかることを考慮して、数を減らしたりサイズを小さくしたりするのではなく、知覚しにくいところで品質を落とし値段を上げない方法をとる。あるいは、反対に、2)ブランドイメージが高い商品であれば、品質をもっと高いものにして(たとえば、環境に配慮する)、そのぶん値段を上げる方法もある。  

 いずれにしても、マーケティング戦略を決めるときは、人間は損失をこうむることを極端に嫌うことを考慮にいれなくてはいけない。「損失回避性理論」から発展して、人間には「現状維持バイアス」があるとも証明されている。現状からの変化は悪くなる可能性も良くなる可能性もある。その場合、人間は悪くなる可能性を恐れて、現状がよほどイヤでない限り現状を維持しようとする・・・というものだ。

 ケータイ電話サービスにおいて番号継続制が始まって一年。この間の乗換え率が3%にとどまったのは、手続きの煩雑さや手数料支払いという障害以前に、「現状維持バイアス」が働いたからだと考えられる。

 カーネマンは雑誌のインタビューに答えて、「人間は今もっているものを失うことに恐怖心を感じます。たとえ、その可能性の確率が非常に低くとも、可能性があるというだけで恐れをいただくのです。そして、その恐れの感情が論理的思考を妨げるのです」と語っている。   

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参考文献:1.Erica Goode, A Conversation With Daniel Kahneman;On Profit, Loss and the Mysteries of the Mind, New York Times, 11/5/2002, 2.Debanijan Mitra and Peter N. Golder, How Does Objective Quality Affect Perceived Quality? Short-Term Effects, Quality Affect Perceived Quality? Short-Term Effects, Long-TermEffects, and Asymmetries, Marketing Science, May-June 2006,3.Michael Schrange, Daniel Kahneman:The Thought Leader Interview, Stragety+Business, Winter 2003,3.多田洋介(2007)「行動経済学入門』日本経済新聞社、4.友野典男(2006)「行動経済学:経済は感情で動いている」光文社新書

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