新刊「勤勉な国の悲しい生産性」、出版しました
タイトルから、「また、生産性の話? もうあきたよ」と思われるかもしれませんが、第一章で「生産性向上は時代錯誤」と主張して、それで、生産性の話は基本的に終わりです。じゃあ、なぜ、生産性なんて言葉をタイトルに使ったかといえば、(良いタイトルが思い浮かばなかったということもありますが)日本経済の問題や日本企業の問題は低い生産性にある・・・とする考え方を否定したかったからです。今の日本企業は、生産性向上!の名のもとに、従業員という最も重要な企業資産の価値を上げる努力をまったくと言っていいほどしていません。
本書を書き終わって印刷が始まる少し前にコロナウィルスが世界を席巻するようになりました。そして、私たちは、人間を含めて形あるもの(物質的存在)の(デジタルと比較しての)意義とか価値にあらためて気づかされました。一般メディアではコロナの影響でデジタル化が一気に進むと主張しています。確かに、デジタル化は急速に進むし、進まなければいけませんが、それは、あくまで物質的存在を助けるというか補完する形でなければ期待するような結果はもたらさないはずです。本書では、身体性をもったAIとか、日本人の労働者としての特徴を歴史的かつ人類学的観点から明らかにし、日本のものづくりのグローバル市場での差別化についても書いています
下に、本書の「はじめに」と「目次」を掲載いたしました。ご一読いただき、もし、興味をもっていただけましたら、手に取って読んでいただければ嬉しいかぎりです。
はじめに
2019年は、いまのアルゴリズム中心のAIへの過信が挫折を味わった年です。早ければ2020年には、自動車の完全自動運転が実現するとしていた企業家や研究者の予測が修正されました。修正といっても、2020年が 30 年に延びるといったような問題では ありません。完全自動運転がどのくらい先に実現するのか予測すらできないと、研究者たちは素直に認めました。アルゴリズム中心のAI研究だけでは、人間の知能を超えることはできないということが明白になったのです。
同じような理由で(つまり、いまのAIの限界が明らかになったことで)、機械(AIやロボット)が人間にとって代わる代替率は大幅に下方修正されました。日本では、 20 年以内に労働人口の 49 %がAIやロボットに代替されると予測され、センセーションを巻き 起こしましたが、いまでは、その数字が正しいと思っている研究者はほとんどいません。2016年にOECDが発表した7%のほうが正しいとみなされています。
スポーツ用品メーカーのアディダスが、2016年に建設したドイツのスマートファクトリーは 19 年に閉鎖され、靴の製造は中国とベトナムに戻されました。米国のテスラのロ ボットによる100%自動工場もうまく稼働せず、イーロン・マスクCEOは「人間というものを過小評価していた」と自分の誤りを認めました
つまり、企業は、これからも、機械ではなく人間である従業員に頼らざるをえないことが明らかになったのです。
そういった状況において、いまの日本企業は従業員という最も重要な企業資産の価値を上げる努力をまったくといっていいほどしていません。その結果が、日本の従業員の会社へのエンゲージメント率は世界平均の半分しかない。異常に低いレベルです。なのに、「日本人は自己肯定感が低いからそうなるんだ」などと都合よく解釈し、対策を考えない経営者が多すぎます。
バブル崩壊後の 20 ~ 30 年、ICT化を進めることなく、非正規の安い労働力と正規社員 の長時間労働で乗り切ろうとした経営者は、従業員を「機械」代わりに使ってきたと批判されても仕方がない。働き方改革の目標を「生産性向上」としているのは、「人間」を「機械」とみているからでしょう。働き方改革に不満をもつ従業員が多いのも当然です。
組織には「2:6:2の法則」がみられ、優秀な社員が 20 %、普通の社員が 60 %、働か ない無気力な社員 20 %といわれます。欧米では、 20 %の優秀な社員を世界中から集め、こ こに集中的に投資する傾向が強い。だが、日本の特徴は、 60 %の「普通の社員」の教養や 勤勉さ、そしてたぶん倫理観のレベルも、他国の「普通の社員」より高いことにあります。
人間は「感情」で動きます。感情が喚起されれば倍の力だって発揮することができます。
働き方改革において重要なことは、この 60 %の「普通の社員」の感情を喚起すること、会 社の理念や目標に「感動」し、「共感」を抱いてもらうことです。そのためには、まず、従業員の行動心理を分析しなくてはいけません。
本書では、歴史を振り返り、日本の労働者の時間に対する意識、組織に対する意識、人間関係に対する意識、仕事に対する意識を、広範囲にわたる調査、研究、文献の助けを借りて考えてみました。そこに浮かびあがってきた日本人の働き方には、いくつかの特徴があります。たとえば、マクロよりミクロに先に注意がいってしまうとか、結果よりも過程を大事にするとか……。「日本人はおおよそのところでよい仕事でも、完璧に仕上げようとする」と生産性が低いことに関連して批判されます。でも、欠点は裏を返せば長所にもなる。そういった働き手の特徴を生かすことで、グローバル市場における差別化に成功することもできます。
また、従業員がなぜそういった行動をとるのか、その心理を説明してくれる歴史的要因を知れば、従業員が満足してくれる働き方改革を考えることができます。日本人は神代の時代から「調和」と「均衡」を好む傾向がみられると、世界の神話を分析した心理学者は解説します。対立や混沌さ(カオス)を嫌う性向がイノベーションの妨げとなっているかもしれません。そう考えれば、イノベーションを生みやすい工夫や仕組みをつくることもできます。
本書で展開される経営者批判はときに辛辣になりすぎているかもしれません。でも、評論家的観点からではなく、従業員目線で書いたつもりです。従業員は経営陣のことをよくみています。そして、彼らの批判は当たっていることが多いのです。経営陣は、従業員との一方通行ではなく双方向のコミュニケーションにもっと時間をさくべきです。
第5章では、アルゴリズム中心のAIだけでなく身体性をもったAIの研究が進まなければ、機械は人間には近づくことができないことを説明します。それに関連して、身体を使う労働の重要性や、日本人の性向にあった「ものづくり」手法は、グローバル市場での差別化の中核になりうることも書きました。
新型コロナウイルスが猛威をふるうなか、グローバルのサプライチェーンの弱さが露呈しました。ものがなくては、人間は生きていけません。マスクから電子部品まで、ある程度国内で生産量を確保しなくてはいけないものがあることを実感できました。「ものづくり」の伝統は、そして熟練した技は、市場での差別化に貢献する貴重な日本の財産だと再確認させられました。
新型コロナウイルスがパンデミックと認定されたのは、本書の印刷が始まる直前でした。第二次世界大戦後最大の不景気に突入するということで、すでに非正規社員を中心とする従業員の解雇が始まっています。しかし、ウイルス騒ぎの前でも後でも、日本社会の人手不足は変わりません。想定外の出来事が起こりやすい 21 世紀の不安定な社会において、景 気がよくなるのをじっと待って、その間は給料も上げず人も削減するという、戦略とは呼べない戦略をこれからもつづけるつもりなのでしょうか?
青臭いといわれるかもしれませんが、私は、人間はその気になれば倍の力を出すことができると信じています。同じ夢やヴィジョンを共有する仲間といっしょなら、1・5倍も2倍も大きな力を発揮することができます。
いま、働く日本人は自信を失っています。デジタル一辺倒の世の中で、人間が本来もっている力を信じることができなくなっています。マスクCEOの言葉を借りれば、経営陣も従業員も「人間というものを過小評価」しています。
拙著を読んでくださったみなさまが、「感動」や「共感」の助けを借りて、パンデミック後のグローバル市場での試練を乗り越えられることを切に願っております。
目次
第1章「生産性向上!」は時代錯誤
- うんざりする「生産性向上!」のスローガン
- 経営陣への不信感が強い従業員
- 賃上げと値上げの決断を避けてきた経営者
- 労働者よりも消費者であることを選んだ日本人
- 消費者が受け入れたヤマトの値上げ
- 労働者の心理を考えない日本企業
- ハイデイ日高の1万円ベースアップ
- GDPは 20 世紀の遺物
- デジタル経済を把握できないGDP
- 新しいGDPをつくる
- 「デジタル」は「電気」ほど生産性に貢献していない
- 「生産性」は主観的なもの
- 経済学で生産性を考えるのはもうやめる
COLUMN ヤマト創業者と労働組合
第2章 「時短」ではなく、「時間」からの解放感
- 資本主義の歴史は時計の歴史
- 江戸時代の日本人は怠け者だった!
- 時計が時間意識を変えた
- 時計が産業革命を準備した
- 時計をもつ者が労働を支配する
- 時計が神様になった
- 時計の歴史は生産性の歴史
- 時間からの解放が幸せ感を呼ぶ
- 自己決定が幸福感をもたらす
- 味の素が7時間労働を中止した理由
- イノベーションはカオスから生まれるというのは本当か?
COLUMN 働き方改革あれこれ
第3章「調和」と「不公平感」がつくる会社組織
- 日本人は「集団主義」ではない
- 自己利益を追求するための同調
- 神代の時代から空気を読んでいた日本人
- 対立を避ける日本ではイノベーションは生まれにくい
- 和をもって貴しとなす
- 「憲法十七条」は現代のガバナンス・コード
- 現代の若者にもみられる調和精神
- 日本一社員が幸せな会社のアイデア創造術
- 公平をもたらさない昇進制度
- 日本では金持ちが嫌われる
- ねたみがあるから格差感の低い日本
- ねたみを気にしていたらイノベーションは生まれない
COLUMN 従業員のエンゲージメント率が低いのは「飽きるから」
第4章 日本人は「勤勉DNA」をもっているのか?
- 欧米人は労働を苦役と考えるというのは本当か?
- 日本人は労働を楽しむDNAをもっているのか?
- 稼いだ金を消費しなければ資本はつくれる
- プロテスタントと浄土真宗
- 近江商人のコーポレート・ガバナンス「三方よし」
- 世間の目を気にする(関係性を重視する)
- 勤勉革命と産業革命の違い
- 資本節約・労働集約型の「はやぶさ」プロジェクト
- 「はたらく」は誰かのために働くこと
- 米国の倫理なき資本主義
- 宗教の代わりに税金でレシプロシティを実現する
COLUMN 「楽しく働く」前澤社長と「週100時間労働」のテスラCEO
第5章 AIが人間から奪う仕事は( 49 %ではなくて)わずか7%
- 身体をもたない古きよき時代のAI
- 古典的AIと身体性AIの違い
- 脳無しロボットでも歩くことはできる
- 頭脳労働は死亡リスク 40 %増
- フィンランドの動く学校( School on the move )
- 早期引退したがる若者たち
- AIに代替される職業はわずか7%
- 「ものづくり」を勧める五つの理由
- 日本人は手先が器用というのは本当か?
- 人間の手を模倣するロボットハンドをつくるのはむずかしい
- 大学卒の大工が働く会社
- マクロではなくミクロの視点から見る傾向
- アディダスのスマートファクトリーからの撤退
- 日本のデジタルものづくり
最終章 経営者の仕事は社員に夢を見させること!
❶ 従業員第一主義
❷就業スタイルのパーソナライゼーション
❸ 会社の存在意義
❹自立し、自律しなければならない従業員
❺ 経営決断と功利主義
書評ブログ「厳選!ビジネス書 今年の200冊」管理者のkakiharaです。
『勤勉な国の悲しい生産性』の書評を掲載させて頂きました。
ぜひご覧頂ければと思います。
https://blog.goo.ne.jp/n_kakihara/e/c5c48f563924e7cef1a117f977c5b827
投稿: kakihara | 2020年6月28日 (日) 16:08
kakiharaさま。「厳選! ビジネス書 今年の200冊」に書評を掲載していただきありがとうございました! 今年の200冊の一冊に選ばれて光栄です。
投稿: ルディー和子 | 2020年6月28日 (日) 22:22