コロナウィルスを契機にテレワークは一気に伸びるのか?
コロナウィルス対策の一つとして、テレワークを採用する企業が増えた。これがきっかけになってテレワークが日本でも一気に広がるかもしれないと期待されている。働き方改革において、長時間労働を是正する対策として、あるいは、育児や介護をしながらも働ける環境をつくる方法としても、テレワークに期待する声は高い。
が、テレワークを企業が導入する場合には、考えなければいけない大きな問題もあるようだ。テレワークを率先して導入した米国企業の経験を紹介してみます。
総務省「平成29年通信利用動向調査」によると、自宅でテレワークする制度を導入している日本企業の割合は29.9%で、導入率はゆるやかに上昇している。一方米国では、合衆国労働統計局の調査によると、自宅で働く従業員の割合は2018年に24%で、2016年の22%より少し上昇している(この数字には、100%在宅勤務の従業員と部分的に在宅勤務している従業員と両方含まれている)。だが、2016年の数字は前年の2015年より2ポイント減少しており、伸びが止まっている感がある。
えっ? ICT導入に積極的な米国で、そんなに低い数字? 驚く人も多いと思う。民間の調査では40%前後の高い数字が出ていることがあるが、自宅で働くフリーランスが含まれていることもある。ここでは、あくまで、企業の従業員の在宅勤務の話に的を絞っている。(ちなみに、アメリカでは在宅勤務はリモートワークと呼ばれることが一般的なようだ)。
米国では、この数年、リモートワークの見直しがされている。他社に先駆けて在宅勤務制度を始めていた企業が、最近になって中止するのが目立っている。IBM、HP,ハネウェルといったちょっと古めのテクノロジー会社の他にも新興ネット企業のレディットもいったん採用したリモートワーク制度を中止している。
たとえば、1979年に他社に先駆けて在宅勤務のリモートワークを始めたIBMが、2017年には、この制度を利用していた数千人の従業員にオフィスに戻って勤務するようにと指令を出した。2009年には、173か国の386000人の従業員の40%が在宅勤務をしていると誇らしげに発表していたのに・・・。
IBMに関しては、収益が落ち続けているので、人員削減のための新たな手段ではないかとか(在宅勤務を続けたい人は会社を辞める可能性がある)、あるいは、アップルとかグーグルとか人気のハイテック企業のマネをしているのではないかとか勘繰られている。
一方で、急成長しているハイテック企業がリモートワークの価値を認めていないのは本当だ。その理由というのが、従業員同士のコミュニケーションが質量ともに落ちるという問題にあるらしい。ICTの利用に積極的であるはずだと思われている米ハイテック企業が、ICTを使ってのコミュニケーションより対面のコミュニケーションに価値を置いているという矛盾が興味深い。
在宅勤務のメリットは生産性が上がることだと通常はいわれるが、その反対の説もある。どういったタイプの生産性を目標としているかの違いによるのだが、アップルやグーグル、アマゾンといった企業は、企業文化を強化し、イノベーションを生み出すためには、従業員が同じ経験を共有し、チームワークを強化しアイデアを分かち合うことが必要であり、そのためには対面コミュニケーションが重要だという結論らしい。
こういった企業が基本としている理論は、米国マサチューセッツ工科大学のトーマス・アレン教授が、1977年に発表した「アレン曲線」と呼ばれる理論だ。コミュニケーションの頻度と物理的な距離には強い負の相関関係があるというもので、座っている机の距離が離れていればいるほどコミュニケーション頻度が少なくなる。彼の調査では、自分から6フィート離れた席の相手と60フィート離れた席の相手とでは、前者と定期的にコミュニケーションする確率は4倍高い。30メートル離れると、コミュニケーションはゼロとなる。
1977年なんてICT技術は未熟で現在のものとは大違い。そんな古い理論はもう通用しないと反論したくなる。が、「職場の人間科学: ビッグデータで考える『理想の働き方』」の著者ベン・ウェイバーの研究によると、対面のコミュニケーションとデジタル・コミュニケーションのどちらもアレン曲線に従うことが明らかになっている。つまり、同じオフィスで働いているエンジニア同士は、離れている同僚同士よりも、デジタルでも20%多くコミュニケーションしているそうだ。
だから、グーグルの元CEOのエリック・シュミットが創造性は相互作用から生まれるからデスクはなるべく離さないで近くに並べたほうがよいと、著作に書いているのかもしれない。もっとも、地価の高い日本の狭いオフィス内でデスクをくっつけてしまうと、人間関係に疲れてしまうストレスのほうが多くなるかもしれないけど・・・。
世界の2000人の従業員と経営陣へのインタビュー調査によると、リモートワーカーの三分の二の会社へのエンゲージメントは低い。リモートワーカーは会社に長く働く傾向も低い。同僚に長い間会わないと、チームや組織へのコミットメントが低くなるからだろう。
日本でも米国でも、リモートワークをしている本人は、「融通性に満足している」とか「集中できて生産性が上がる」と答えてはいるが、それを鵜呑みにしていると失うものが多いということらしい。
日本企業の方向性としては、育児、介護、病気、あるいは今回のパンデミックのようなやむをえない理由で在宅勤務を提供する必要があるとしても、一定の日数はオフィスで他のメンバーと過ごすことが必要だ・・・という常識的な結論に落ち着くのではないだろうか・・・。
参考文献 1.Jerry Useem, When Working From Home Doesn’t Work, Harvard Business Review Nov.2017 2.Dan Schawbel, Survey: Remote Workers Are More Disengaged and More Likely to Quit, Harvard Business Review Nov.2018 3. Nicole Spector, Why Are Big Companies Calling Their Remote Workders Back to the Office?, NBC News, 7/27/17 4.Ben Waber et al., Workspaces That Move People, Harvard Business Review Oct. 2014
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