フェースブックも楽天も「同じ釜の飯」は無料
春です! 4月です! 新入社員です!
・・・・というわけで、組織マネジメントについて書いてみたいと思います。
NHKの「サラリーマンNEO」って番組見たことがありますか? 木曜夜。シーズン5が4月8日に始まったばかりです。この番組では、2005年から、「世界の社食」シリーズが放映されています。記念すべき第1回は、もちろんGoogle。だって、グーグルの社食は世界一グルメでしかも無料(タダ)。本社(Mountain View)に散在している18件のレストランは、伝統的アメリカ料理とかエスニック料理とかスシとか・・・テーマ別になっている。そのうえ、いつでも手軽にスナックやコーヒーを飲み食いできるコーヒーカウンターが、社内に40件以上もある。朝、昼、晩、いつでも好きなときに、料理本まで出している有名シェフ(グーグルの社食を調理しているから有名になった・・・ともいえるけど)がつくった食事をタダで食べられる。
問題は経費。2009年には毎日18000食が提供されたというけど、その費用はいくら? 2007年にワシントンポストの記者が、一人一日10ドルとして一日当たり10万ドルは使っているだろうと計算している。
この莫大な経費が負担になって、2008年には、さすがのGoogleも無料社食を止めるのではないかというウワサが流れた。1)景気の悪化、それと、2)社員がグルメの誘惑に負けて体重過多になり健康も悪化・・・などとジョークまじりの(でも、マジに、新入社員はあっという間に5kgは太るらしい)ニュースが流れた。同じシリコンバレーの有名企業シスコが、ミネラルウォーターや清涼飲料水を無料で社員に提供する制度を、経費節約ということで、2008年に中止した(それまで年間2000万ドルかかっていた)。そういう背景もあって流れたウワサだが、グーグルに関しては、ただのゴシップで終わったようだ。
不安定な経済環境にもめげず、2009年になって、Googleに負けないくらいのグルメ社食を無料提供し始めたのがFacebook。著名シェフをグーグルから引き抜いたくらいだ。
シリコンバレーの企業が社食にこだわるのは、社員が長時間働くことを促すためだという声もある。長時間働かせるというのが搾取的に聞こえるなら、「従業員が仕事に集中できるようにするために会社ができることは何か?と考えたら無料でかつグルメな(高品質でバラエティに富んでいて飽きさせない)社食になった。もちろん、(従業員が食事をするために外出して帰ってくる時間を考えたら)生産性向上にも貢献する」とフェースブックの広報担当者は語っている。
生産性の向上という観点からみると、工場をもつ製造業にとって社員食堂は大切。NHKサラリーマンNEOの「世界の社食」でも、中国の太陽電池メーカーの24時間フル稼働の工場では、8時間勤務は1食、12時間勤務だと2食がタダになる。インドのタタ自動車の工場でも食事は無料。日本でも、社員食堂を設置している企業は製造業が多い(2008年10月産労総合研究所調べによると、全国3000事業体のうち35.3%が社員食堂を設置。このうち、製造業57.0%で非製造業の23.4%よりかなり高くなっている)。
生産性向上といっても、フェースブック、グーグル、そして日本では楽天とかソフトバンクのようなIT系サービス企業になると、どちらかというと、数字では表現しにくいアイデア創出とか創造性を促すために社食が利用されている。たとえば、フェースブックでは、エンジニアが集まって夜を徹してワイワイガヤガヤしながら、通常業務ではできない、何か新しいプログラムやプラットフォームを開発するハッカソン(hackarthon=hack《プログラムの開発・改良》 + marathon《マラソン》)を定期的に実行する。こんなとき、深夜3時でも夜食を食べたり、朝食を食べられる・・・と書くと、「だから社食は便利」と続く文章になってしまう。が、本質は、便宜性のよしあしよりも、仲間といっしょに飲んだり食べたりしながらワイワイガヤガヤするところからアイデアがひらめくということが大事なのだ。(もっとも、社員の大半が20代だからできる完徹だけどね)
楽天も2007年に六本木ヒルズから品川楽天タワーに移ってから、社員食堂は握りずしのような一部メニューを除いて無料。楽天タワーには約2500人が勤務しており、一日計3100人が利用。日経MJは、昼食の食材費だけでも年間約2億円。人件費などをいれても約3億円かかっているのではないかと見積もっている。それでも、全社員3300人(2008年2月現在)に年間10万円支給するより社員の満足度は高いはずと判断したようだ・・・と書いている。
たしかにそうだろう。若手独身社員は朝食目当てに早く出勤するようになり遅刻が減った。また、他の社員と話す機会がふえた。めったに会えないトップ経営陣と会えるチャンスもある・・・等々。2005年ごろから、社食のメリットを見直す企業は多くなっている。
たとえば、ソフトバンクは、無料ではないが、本社の巨大食堂は娯楽施設もありイベント用のスペースもある。東京湾の花火を見たり、福岡ホークスの野球をみんなで応援したり、社員がいっしょになってワイワイガヤガヤできるようにつくられている。リクルートも社内コミュニケーション促進を考えて、2008年に9年ぶりに社食を復活させた。
昔からのことわざに「同じ釜の飯を食う」とあるように、「食事を分け合った」仲間は信頼できるのだ。もともと、英語で仲間とか会社という意味のcompanyの語源はラテン語でcum(と共に) panis(パン)、つまり、パンと共に(食事をしながら)という意味なのだ。信頼できる仲間になるには、まず、いっしょに食事をしなければいけないということだ。
「売り方は類人猿が知っている」にも書いたが、人類の祖先である霊長類はもともとは果物とは葉っぱとか木の実を好んで食べた。だが、気候の寒冷化が進んだ結果として、森から出て、狩をして肉食をするようになる。肉は腐るから分かち合う必要が出てきた。また、狩は男のほうが上手にできるために、男が獲物をとり、それを、ある程度の期間持続的関係を持つ女や、その女との間にできた自分の子供に分配するようになる。つまり、食べ物を分け合う最小単位として「家族」が誕生したのだ。
世界中のどの文化においても、一緒に食べることは、その集団に属しているという帰属意識を表している・・・と人類学者はいう。ということは、楽天の三木谷社長が、タワー13階にある社員食堂について「従業員は家族のようなもの。(だから)家にいるような居心地のよい空間にした」と語ったのは、まさに、的を射ていることになる。
いっしょに食事を分け合って食べることで「家族」という集団の最小単位が生まれ、食卓での会話から伝説がつくられ(ひいおじいさんは、呉服屋の小僧の時代にタバコを我慢して貯めた金で土地を買った。それが、いまのXX不動産会社のはじまりだ)、ジョークが語り継がれ(製糖会社に勤めていたおじいさんの弟は、砂糖の売上をふやすために、コーヒーに砂糖を10個いれて、かきまわさないようして上澄みだけ飲んだ。甘くなりすぎるとか言っていた)、そして家族の価値観で外の世界を査定するようになる。 つまり、家族のアイデンティティや文化が構築されたということだ。
企業のアイデンティティや文化も同じようにしてつくられる。だから、最近、社員食堂の重要性が再認識されているのだ。
社員のチームワークを尊重する企業についての記事を読んでいると、たとえ、それが外国企業でも、「日本式チーム経営を採用している」と「日本式」とか「日本的」とか形容されることが、いまだに多い。しかし、現実的には、チームワークを促進するために様々な仕組みを工夫しているのは、いまは、日本よりも海外の企業のほうが多いかも? もともと、シリコンバレーには社員を大切にする伝統があった。1939年に設立されたヒューレット・パッカード社は50年代には、結婚したり子供が生まれた社員にギフトを贈ったり、無料のコーヒーやスナックを提供したり、家族も招待したピクニックを開催した。こういった社員のロイヤルティを啓発する方法は、H.P.Way(H.P方式)とよばれていた。社員が満足すれば生産性が向上するという考え方は、シリコンバレーの新興企業にも受継がれており、これがカジュアルフライデー(職場における階層の撤廃、官僚的雰囲気からの脱却を象徴)や、ストックオプション(IT企業に働くエンジニアは契約社員が多く、労働組合もなく、企業の提供する健康保険もなく、長時間働いても残業代はつかない。各自がある意味で起業家である)が生まれた背景にある。
バブル景気とその後景気低迷が続き、日本企業が社員との家族的チームワーク構築を無視してきた間に、海外の企業に、お株をとられてしまった感がある。
顧客志向のマーケティングで急激に伸びて話題になったザッポス(靴のネット販売から始まって・・・)のシャイCEOのインタビューを読むと、「えっ? もしかして、一昔前の日本人社長?!」と勘違いしてしまう。2009年に35歳だったシャイCEOは、自分の使命は従業員と顧客に幸福を広めることだと口にする人で、当然のことながら、社食は無料(ただし、フェースブックやグーグルのようなファンシーなものじゃない)。でも、彼は、仕事が終わったあと、社員をレストランやバーにつれていったりする。それは、彼お酒が好きだからというわけじゃなくて、「ボクは、社員が仲間同士つるんで仕事帰りに飲んだり食べたりする、そんな会社が好きなんだ」と言っている。社員が毎日出勤したくなるような会社、稼ぐためだけの仕事じゃなくて、楽しく仕事ができる会社をつくりたいと考えているのだそうだ。
ザッポスでは、社員同士が仕事の流れでそのまま飲みにいったりするのを奨励するために、中間管理職のマネジャーは、自分たちの時間の10~20%は部下たちとそういったつきあいに使うようにという指示がでているほどだ。シャイCEOは企業文化はそういった職場の外でのつきあいで構築されると信じているらしい。日本では、仕事帰りに同僚と飲みに行くサラリーマンは仕事人間だとかいわれて批判されたが、シャイCEOに言わせれば、「仕事をするのが楽しくて、職場にいるのが楽しくて、毎日出勤したくなる会社をつくれば、みんなで食事にいったりするのは自然の流れだろう」ということになる。
ザッポスの新入社員は会社の歴史について4週間続くコースを受ける。2週間の全体的訓練を受け、次いで2週間、コールセンターで顧客の電話を受ける。そして、最後に、ザッポスの企業文化に合わないと判断された者は、4週間分の時給総額と2000ドルを受け取って会社を辞めてもらう。(2005年に始めた制度で、当時は、会社を辞めるときにもらえる金額は100ドルだった)
シャイCEOはアジア系アメリカ人なので、仏教思想などに深い関心があるのかもしれない。「ハピネスを伝える」なんて本まで出しているくらいだし。幸福の伝導師みたいでちょっと宗教がかっている。ザッポスは極端な例かもしれないが、社内チームワークを重要視する海外企業は多い。日本の高度成長が話題になった80年代ころから、日本式マネジメントについては、かなり徹底的に研究され、現在、会社をひきいているトップ経営陣は「日本的チームワーク経営」についてビジネススクールで学んでいるはず。だから、チームワークは日本の企業の特許だなんて古い考えはもう捨てたほうがよい。
日本でもこの数年は、社員運動会とか独身寮の復活とかが叫ばれ、いまの若者の意識も変化して社内イベントへの参加意欲が高まっているといわれている。これには、いくつかの理由があると思う。たとえば・・・1) 以前にも書いたように世代が変わると前世代の悪が善になる。なぜなら、子供は親や祖父の世代に対してある種の反抗心をもって大人になる。よって、世代が交代することによって、かつて否定されたことがらが少し形を変えながらも再度よみがえる。また、2)どんなに良い社内イベントでも制度化・習慣化してしまい、経営陣にも社員にも、それに対しての情熱がなくなってしまえば、効力はなくなる。大切なことは、ワイワイガヤガヤなのだ。インターナルマーケティングといわれるように、熱意とか情熱、つまり、(いまの流行語でいえば)パッションを伴わない社員旅行や社員食堂は、企業文化構築を促すことにはつながらないということなのだ。
ITサービス企業は離職率が高いとよくいわれる。だが、最近のネット関連の新興企業は個性(企業文化)も強い。ザッポスのような企業は、自分たちの企業文化に染まないひとは、辞めてもらったほうがいいと思っている。そして、いろんなノウハウをマスターしたあとに辞められるよりは早いほうがいい。だから、一ヶ月の査定期間が終わったところで、2000ドル払って辞めてもらう。このお金の意味は「きみは優秀だ。だけど、残念ながら僕らの会社の文化には馴染まない。採用できない理由は相性の問題だ。ごめんね」って、気持ちもこめられてるんだろうね。きっと。
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参考文献: 1.社食、今どき事情「味見」、日経MJ 2/25/08、2.2万人が一体感味わう、日経新聞 2/01/10、3.社内行事の効用、日経ビジネス7/17/06 4.「一緒に食べる」の革命性、日経ビジネスオンライン2/5/09、5.教えてランチ特別編、asahi.com 11/01/07 6.Sara Kehaulami Goo, At Google, Hours are long but the consomme is free, The Washington Post 1/24/07, 7. Frances Dinkelspiel, With high-end meal perks, Facebook keeps up Valley tradition, The New York Times 12/25/09 8. Max Chafkins, The Zappos Way of Management Jake, Inc. 5/1/09
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本日も読ませていただきました。
社員を大切にすると言うことは重要ですが、利害関係者すべてを大切にしないといけないと思ってます。
投稿: YASU Black Jack | 2010年4月11日 (日) 17:48
社員に食事を提供している立場として興味深く読ませていただきました。
社内ではここ2年ばかり、節約のために社食の利用を止める方が増えています。1食400円なのですが、月にすれば8000円強。
削れるなら、削りたいところでしょうか。
それとともに、歓送迎会などの飲み会への参加率もぐぐっと下がってきて、社内での交流も希薄になってくる始末。
1人年間10万かけて、これが改善されるなら安いもんじゃないですかね?社長。
投稿: mariver. | 2010年4月12日 (月) 22:00
Black jackさま
サプライヤーなども含めた利害関係者すべてを大切にすること・・・よくいわれますけど、それって、本当に可能なんでしょうか? どの会社も、顧客と従業員を大切にする・・・それを徹底するだけで良いのではないのでしょうか?
投稿: ルディー和子 | 2010年4月12日 (月) 23:59
mariverさま
ほんとに、まさに的確な方にコメントをいただいた感じですね。コスト削減というか節約は、つい、しやすいところから実行する傾向が高い。家計でも、まず、食費を削るところから始めるそうですが、食べることは、なんといっても人間の二大欲望のひとつなんですからねえ。
投稿: ルディー和子 | 2010年4月13日 (火) 00:06