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2008年9月19日 (金)

ファストファッション(H&M/へネス&マウリッツ)

 「世界3位のカジュアル衣料品専門店H&Mが9月13日、東京銀座に日本1号店オープン」・・・開店を待って長蛇の行列ができたということで、新聞各紙に記事が出たのはまだしも、NHKのニュースにも登場したのには驚いた。

 H&Mって日本でそんなに知名度あったっけ?

 しかも、行列に並んだ人数が、読売、朝日、日経で1000人から3000人の開きがあって、H&Mのホームページでは5000人が並んだと書かれていて笑ってしまった。デモの人数で主催者側発表と警察側発表でケタが違うことはよくあるけど・・・。

 数の違いはさておき・・・・

 日本国内ではそれほど有名でもないH&Mの開店になぜ行列ができたのか? もともとPR上手、つまり話題づくりが上手なことでは定評のある会社なので、調べてみたら、やっぱり・・・。それなりの準備をきちんとしていた。

  1. 7月18日にモバイルサイトを開設。もちろん、PCサイトも開設して、そこで、ブランドや銀座店開店についての情報を提供するのはむろん、会員になれば特典があるとして会員登録をうながす。
  2. 9月11日にオープニングレセプションパーティを開催するので、限定200名を招待するというメールを会員に送付。セレブも参加したパーティでは商品を25%割引で買うことができた。
  3. 9月13日の開店時に、先着500名にTシャツをプレゼントするという案内メールを会員に送付。

 行列ができたはずだ。Tシャツがもらえたのだ。中間に並んでいたTシャツをもらい損ねたひとたちには折畳み傘がプレゼントされたというから、H&Mの予測以上の人たちが並んだので、感謝の意を表して傘を急遽プレゼントすることにしたのだろうか? いずれにしても、米ビジネスウィークの記事(9/8/08)には、日本にはすでに2万人のファンクラブが存在していると書いてあった。たぶん、サイトで登録した会員数のことだろう。

 前述したようにPRが上手な会社で、2004年から著名デザイナーであるカール・ラガーフェルド(シャネルのデザイナー)、2005年ステラ・マッカートニー(ポール・マッカートニーの娘)、2006年ヴィクター・ロルフ、2007年にはマドンナがデザインするラインを発表している。そういった商品ラインはルイ・ヴィトンのリミテッドエディションと同じように一回限りの数も限られた商品ラインだからすぐに売り切れる。入荷の日には、早く行かないと売り切れることを知っている顧客で店舗前に行列ができ、店内は商品の奪い合いでごったがえす・・・その様子がニュースや記事になる。

 H&Mは低価格ブランドかもしれないが、マーケティング戦略は、セレブと希少価値を最大限に利用する高級ブランド・マーケティングと同じだ。

 ちなみに、2008年秋は日本での開店を記念してかもしれないが、「コム・デ・ギャルソン」の川久保玲のデザインになるラインを発売することになっている。もちろん店舗数も限定して世界市場30カ国1600店舗のうち取り扱い店舗は200店のみとなっている。

 どの新聞でも「世界3位のカジュアル衣料品専門店」と紹介されたように、No.1は米Gap(ギャップ)、No.2はスペインのZara(ザラ)で、No.3がスウェーデンのH&Mとなっている。が、この順番はつい最近変動があって、2008年第一四半期の売上においてザラの親会社のインディテックス(Inditex)がギャップを抜いて1位になった。ザラは2005年にH&Mを抜いてヨーロッパでのNo.1となり、その後も世界市場で積極的に店舗拡張を進め、アメリカにおける消費者市場の不振を受けたギャップが落ち込んだところを捕まえた形だ。

 ザラは洋服のデザインから店頭に並ぶまでの期間が14日ということで有名になったが、ちなみに、H&Mは20日、ユニクロは6週間、ギャップは3ヶ月かかるといわれる。ただし、このなかで一番低価格なのはH&Mだろう。ザラやH&Mの衣料品は「チープシック」と呼ばれることが多いが、ザラは海外ではスペイン国内よりも高い値付けをしており、H&Mよりも30~50%高い。

 ユニクロ(ファーストリテイリング)の柳井社長が「うちとH&Mとでは持ち味が違う」から競合関係にはない・・・と日経MJ(9/3/08)で語っていたが、ギャップとユニクロがカジュアル衣料品ならザラとH&Mは欧米では「ファストファッション Fast Fashion」と呼ばれる。つまり、ファッションショーでモデルが着たトレンディな服を14日~20日後には店頭に並べるということだ。(ユニクロは、フリースから始まって最近のブラトップまで、ヒットしているは機能性商品だ。その点からみても、H&Mとは異なる。もっとも、世界市場を目指すユニクロとしてはもっとデザイン性を強調したいのかもしれないけれど・・)。 

 ザラとH&Mは「チープシック」で「ファストファション」なのだ。数の限られた新しい商品が常時陳列される結果として、ファストファッションの店舗への来店頻度は高くなる。2004年のロンドン中心街における調査では、消費者の他商店への平均来店頻度は年間4回だったが、ザラの店舗には17回も来店していた。

 H&Mはザラよりも価格が安く、年に50万種のデザインの異なる商品を販売し、2週で商品を入れ替え、大型店は一日2回の納品(旗艦店では1日3回)、そのうえセレブやメディアを利用した派手なPR活動のおかげで目立つ。そのせいか2003年ごろには、「チープシック」を越して「使い捨てシック disposable chic」と命名されたりした。つまり、若者を最新のトレンディなかっこうで常にきめていなくてはいけない気持ちにさせ、ニ・三回着たらポイ捨てして次ぎの旬の服を買わせる(品質が悪いので、長くはもたない・・・という皮肉も含まれている)。「使い捨てシック」には資源の無駄づかいで「地球に優しくない」という批判も含まれている。

 そういう批判に応えて商品改良を進めているのか、「H&Mは品質が劣る」という評判は過去形になってきているともいわれる。「日経トレンディー(5/1/08)」がユニクロ商品と比較して、縫製、洗濯後の縮み、色落ち・変色などきちんとした検査をした結果を掲載している。その比較調査によれば、H&M製品はユニクロに比べてやや劣る部分もあったが、それほど変わりはなかった。

 NHKが深夜に放送する「Tokyoカワイイ」という番組をみていると、原宿に出没するいわゆるクールジャパンを代表する女の子たちは、安い洋服を買ってきて、それを自分たちでいろいろ加工して「自分だけの洋服」をつくり着ているようだ。彼女たちは案外に器用で、リボンやビーズをてんこ盛りにした長いツケ爪を苦にすることもなくミシンをあやつり、摩訶不思議なオリジナル洋服をつくっている。どう見ても、ドライクリーニングなどに出したら二度と同じシルエットは戻りそうもない複雑怪奇なデザインだ。彼女たちなら、H&Mがトレンディーでクールでありさえすれば、ちょっとくらい縫製に問題があっても平気だろう。

 H&Mのロルフ・エリクセンCEOは日経MJのインタビュー(9/17/08)で「H&Mの主な顧客は30代ー40代の子供もいる働く女性」と語っていたが、日本ではそこから十歳は引いたほうがよさそう。ジーンズのすそあげなどの無料サービスは世界中でしていないので日本でもしない方針だそうだが、東京に住んでいる働く女性は自分ですそ上げなどしないと思う。だけど、原宿当たりを内股歩きで闊歩する「意外と手先が器用な女の子」たちならOKどころか、ジーンズのすそにも自分の好みでいろいろくっつけたりすると思うけどね。

 ところで、世界の低価格ファッション市場は、どうやら、スウェーデンのH&Mとスペインのザラの戦いになりそうなので、その2社の違いを比較してみる。

  1. 工場: ザラは自前の工場でしかも、スペインや近隣の国にある。製造経費は高くなっても、倉庫や物流センター(すべてスペインにある)に近いために、割増経費は相殺されるという。H&Mは自前の工場を持たずすべてアウトソーシング。700件のサプライヤーの三分の二はアジアにある。自前の工場をもたないぶん、先行き不安な不確実性の時代には融通性があって良いという意見もある。ザラの役員は、「アジアでの店舗がもっと増えれば物流センターをアジアに開ける必要があるかもしれない。だが、2013年まではいまの体制で大丈夫だ」と語っている。逆発想サプライチェーンシステムで世界中のビジネススクールの教材となっているザラのことだから、将来のことはきちんと考えていると思うけれど・・・。
  2. デザイナー: どちらも社内デザイナー。H&Mは100人。ザラは200人。
  3. 広告活動: ザラは広告はほとんどしない。通常売上の3~4%といわれるがザラは0.3%(2004年現在)。店舗が広告媒体であるとし、ブティックのような店作りを心がける。本社のデザイナーが店舗レイアウトやウィンドウディスプレイを決め、二週間ごとに変え、その写真を世界中の各店舗にメール送付する。H&Mは前述したように、高級ブランドと同じような宣伝活動を採用している。
  4. ブランドの多様化: ザラはインディテックスの売上の60%を占める。それ以外にも、より高級なブランドと若者向けのブランドなど7つのブランドを所有。ザラを目標として拡大成長をめざすH&Mも、2007年に、既存ブランドより高額で年齢も高目のブランドCOS(Collection of Style)を発売し、また、十代の女性向けブランドなどを所有するスウェーデンの会社を買収している。

  いずれにしても、H&Mは2007年度の売上119億ドル(1兆3700億円)で14.5%増。価格がライバルよりも安いため、景気低迷は拡大のチャンスととらえていて(より良い条件で一等地に店を構えることが可能)、2009年にかけて店舗数を15%増大する計画だという。

 H&Mの店内の混雑ぶりとかサービスのおおざっぱさは、欧米でもよく話題になる。面白いエピソードをふたつ紹介しよう。

 パリの旗艦店は一日3回商品が入荷されるくらい人気店舗だが、バーゲンのときとか限定ラインが入荷するときは、試着のために長い行列ができる。うんざりしていたら、店員が「30日以内なら返品できますから」と叫んでいたそうだ。つまり、試着しなくても家に帰って着てみて気に入らなかったら30日以内に返品すればよい・・・ということだ。

 スウェーデンの広報担当者が、著名デザイナーによる洋服の限定販売のときすぐ売り切れるという苦情に応えて、「ウェブサイトを事前にチェックして、いつ入荷されるか調べてから早目に来店してください。もし売り切れていたら、次ぎの日に再度来店してください。返品が戻ってきているから」

 こういうおおようなところ、現地で経験すると、日本の生真面目さに比べてどこか人間的で良いと感動したりするけれど、日本で経験するとけっこう頭にくるのが不思議だ。

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参考文献: 1.Kasra Ferdows, et al., Rapid-Fire fulfillment, HBR November 2004, 2.Kelly Nolan, H&M expands global reach, readies new banner, DSN Retailing Today 7/10/06, 3. Cecilie Rohwedder and Keith Johnson, Pace-Setting Zara Seeks More Speed To Fight Its Rising Cheap-Chic Rivals, Wall Street Journal 2/20/08, 4. Kerry Capell, H&M Defies Retail Gloom, Spiegel Online, 9/4/08, 5. Graham Keeley, Zara overtakes Gap to become  world's largest clothing retailer, Guardian .co.uk.8/11/08, 6. Cari Simmons, Swedish H&M takes the catwalk to the sidewalk, Sweden.SE 11/3/06 7. Sarah Raper Larenaudie, Inside The H&M Fashion Machine, Time Magazine 2/9/04 , 8. Store Wars: Fast Fashion, BBC News 2/19/03, 9.「最強アパレル、上陸」、日経ビジネス9/15/08

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2008年9月 8日 (月)

ウォルマートが高級ファッション誌「ヴォーグ」に広告を出す 

Ilm06_ca07034s_6ウォルマートがあの高級ファッション誌「ヴォーグ」に8ページの広告を出したのは2005年の秋だ。当時、ウォルマートは、1)大都市圏への進出をはかっていたし、2)ある程度高単価のPBの売上を上げたかった。比較的高級イメージの商品を割安に販売することでは、ウォルマートは「チープシック」に長けている「ターゲット」に大きく水をあけられていた。そこで、アメリカではちょっと名の知れたデザイナーによる洋服PBをつくり、その広告を「ヴォーグ」に掲載したというわけだ。

 当時のウォルマートはちょっとあせっていた。

 同じ総合小売業に属しているからといえ、売上世界一の企業であるウォルマートが、その六分の一の売上しかあげていない「ターゲット」の動向を気にするはおかしい。だが、国内売上だけみると「ターゲット」は三位につけており、しかも、ウォルマートよりも高い利益成長率を示し、2004年の株価はウォルマートが15%下落したのに対して「ターゲット」は28%も上昇していた。

 ウォルマートは毎年新規店を300件開けることで高成長を続けてきた。が、そのビジネスモデルへの限界を、(店舗数が当時すでに3000件を超えていた)国内市場では感じていた。だから、低価格の日用品や食品だけでなく比較的高単価のPBを売る必要があった。だが、これまでサプライチェーンのIT化/効率化を進めることで低価格を実現してきたウォルマートの卓越性は、高単価PBのマーケティングには役に立たない。

 そこで、2005年には、あいついで、外部からマーケティングやブランディングを担当する人材を引き抜いた。ライバルの「ターゲット」で19年間働き衣料品部門を担当していた人物、それから、マーケティング優良企業ペプシコからも一人スカウトした。そしてニューヨークの広告代理店を雇うという冒険もした。

 その結果が、ファッション業界の聖書といわれる「ヴォーグ」の広告だ。

 だが、「あのウォルマートがヴォーグに広告!」とマスコミで騒がれたわりには、イメチェン広告の効果はなかった。それどころか、店舗を高級化して値段も上げるつもりかと既存の顧客ベースに疑いの目を向けられ、2006年の秋には既存店の売上が10年間で初めて減少するという(ウォルマートにとっては)ショッキングな数字が出た。リー・スコットCEOは「新しいファッショナブルな衣料品が業績が下がった主な原因だ」と指摘した。方向性は正しくとも、やり方が急進的過ぎたのだ。

 すぐに軌道修正がなされた。

 まず、一年余の期間をかけて2億人の顧客を徹底調査し、顧客を3つのセグメントに分類した。ちなみに、消費者調査たるものはウォルマートの伝統にはなかった。これも、外部から入ってきたマーケティング専門家の影響だろう。

  1. ブランド志向(brand aspirationals)・・・低所得者だがブランド名にこだわる
  2. 価格に敏感な富裕層(price-sensitive affluents)・・・賢い購買取引を好む高額所得者
  3. 低価格志向(value-price shoppers)・・・低価格品が好きで高いモノを買う余裕もない

 調査でわかったことは、当然のことながら、ウォルマートに最も利益をもたらしてくれている顧客は価格に敏感であるという事実だ。だが、1や2のセグメントは、価値と価格との関係に納得して賢い取引だと判断すれば、ある程度高単価な商品も購買してくれることもわかった。

 この調査に基づいて、低価格を買う既存の層を失うことなく、1)価値ある(値段もちょっと高い)ブランドや、2)食料品だけでなく衣料品やエレクトロニクス製品といった高単価な商品カテゴリーをも販売する戦略が練られた。

 新しいスローガンもつくられることになった。

 新しく雇われた広告代理店は、「ウォルマートはターゲットのまねをする必要はない。『低価格』はやはりウォルマートの『売り』だ。だが、もっと、今の時代に合わせて表現することが必要だ」と考えた。そして、広告スローガンのアイデアを探してウォルマートという会社の歴史的資料ありとあらゆるものをチェックした。その結果、発見したのが、創業者サム・ウォルトンが1992年にしたスピーチのビデオだ。彼は次ぎのように発言している・・・「お金を節約すればより良いライフスタイルを実現することができる。我々は、世界中の人々に、より良いライフスタイルを実現するチャンスを提供しようじゃないか」。

 19年間使われてきたスローガン「いつも低価格/Always Low Prices」に代わって、新しいスローガン「節約して、より良い暮らしをSave Money, Live Better」が誕生した。これは、小さな節約でも、それが積み重なれば貯金ができ、それで家族がより良い暮らしができるという意味だ。この広告は、ウォルマートに委託され調査した会社の報告・・・2006年現在において、ウォルマートはアメリカ一世帯につき年間$2500の節約をもたらした。これは、2004年の$2329より7.3%高いという数字で裏づけされた。

 調査会社グローバル・インサイトによると、1985年から2006年までの20年にわたるウォルマート店舗の拡大によって、アメリカにおけるすべての商品アイテムの消費者価格は平均して3%下がった。これは2006年においてアメリカ人一人当たり$987、一世帯当たり$2500の節約に換算することができる・・・そうだ。

 最初につくられたTVコマーシャルでは、ウォルマートでいつもショッピングする家族がそろって旅行に出かけるシーンが登場し、「節約してより良い暮らしを」というスローガンと、「ウォルマートは一世帯当たり$2500の節約を実現した」というテロップも流された。このコマーシャルは改善され、2007年から放映されているコマーシャルはすこぶる評判がいい。母親が登場して、「私がしてやれることは子供がより良い教育を受けられるチャンスをつくってあげることくらいです」と語り、ウォルマートで買ったお買い得のNBのPCを使って勉強している子供の様子が紹介される。あるいは、「娘は学校で学業でも人間関係でも努力し立派に学んでいます。私がしてやれることは娘が気分よく毎日過ごせるようにしてあげることぐらいです」と母親が言い、つづいて、家計の予算内で娘が気に入った洋服PBをウォルマートでなら買うことができると宣伝する。

 親の子供を思う感情にアピールする優れた広告だ。

 このキャンペーンが2007年9月から展開され、その結果、低迷していたウォルマートの株価はこの一年間で32%上昇したそうだ。

 ウォルマートは2004年ごろから試行錯誤し、軌道修正して、マーケティングあるいはブランディングというそれまで馴染みのなかった考え方を採用するのに成功したようだ。この数年の経過を振り返って思うことは・・・

  1. 餅屋は餅屋。マーケティングの専門家はやはり必要だ・・・・たしかに外部から入ってきたマーケティング専門家は最初はとまどい失敗もした。だが、すぐに軌道修正して成功した。
  2. PBを売ろうと思ったら広告を出さなくてはいけない・・・日本では店舗PBの価格が安くできるのはNBとくらべて広告宣伝費がほとんどないからだといわれる。それは、NBのコピー商品を低価格で販売するPBに限ったこと。ある一定の値段以上のPBを販売しようとすれば広告が必要となる。広告費の売上対比が少ないことで有名だったウォルマートもPB率をふやすとともに、広告はふやしている。

 たとえば、2000年には広告費用は年間6億ドルで売上高対比率はわずか0.3%と推定された。1995年から2000年の5年間にウォルマートは年平均8.2%しか広告費をふやしていない。だが、2004年の広告費は14億ドルと推定され、この推定が正しければ、2000年より233%増加、前年対比でも45%増加していると考えられる。ちなみに、2005年に外部からマーケティング専門家を招くとともに、2006年にはマーケティングスタッフを30%増員している(それでも、「ターゲット」のマーケティング要員の五分の一にしかならないそうだ)。

 マーケティングというかブランディングに目覚めたウォルマートが、これからどういったマーケティング戦略をとるか? かなり楽しみである。ちなみに、ウォルマートの好評なTVコマーシャルは、下記で見られます。http://www.savemoneylivebetter.com/

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参考文献: 1.Wal-Mart boots `Always low prices` slogan, USAToday 9/12/07, 2.With Vogue, Wal-Mart aims higher, Herald Tribune 8/24/05, 3. Ylan Mui, et. al., Wal-Mart's New Track: Show `Em the Payoff, Washingonpost 9/13/07 4. Suzanne Kapner, Wal-Mart enters the ad age, CNNMoney 8/17/08 5.Michael Barbard, It's not only about price at Wal-Mart,  The New York Times 3/2/07 6. David Court, An Interview with Wal-Mart's John Fleming, The McKinsey Quarterly July 2007 7.米ウォルマートの広告戦略、日経MJ,2/9/03

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2008年9月 2日 (火)

「金持ち」にも「貧乏人」にも愛されるスーパー 

Ilm06_ca07034s_6PBは世界市場において2000年以降、急激に成長をとげているが、CPG(Consumer Packaged Goods/飲食料品や日用雑貨品)におけるPBの割合は、2010年には西ヨーロッパで30%、北アメリカでは27%に到達すると予測されている。ちなみに、オーストラリア&ニュージーランドで22%、日本10%、南米9%とつづいている。

 ヨーロッパでPBが伸びている要因として、いくつか挙げることができるが、まず第一に・・・・

 ヨーロッパでPBが発展成長した理由(1): スーパーマーケット業界での買収・統合が続きグローバルに活躍する大規模小売業が登場。ヨーロッパのなかでも、上位五社にスーパーマーケット市場が集中している英国において、PBはもっとも発展している(2006年度のCPG売上に占めるPBの割合は英国では36.7%)

 ヨーロッパでPBが発展成長した理由(2):ドイツのアルディ(Aldi)やフランスのリーダープライス(Leader Price)といった超安売りのハード・ディスカウンターの急激な成長につきあげられ、仏カルフールや英テスコといった一般的スーパーマーケットも、それに対抗して低価格のPBを販売せざるをえなくなった。

 ドイツにはアルディのような大手ハードディスカウンターが数社あり、「毎日が低価格」が売り物のウォルマートでさえ太刀打ちできず、進出してから9年後にはシッポを巻いてドイツ市場から撤退したくらいだ。通常のスーパーよりも三分の一は安いという価格が提供できる理由は、販売商品の95%がPBだからだが、そのほかにもいくつかの要因が挙げられる

 たとえば・・・

  1. 小さな店舗・・・日本の平均的スーパーの半分から三分の一程度(800から1000平方メートル)
  2. 店舗当たりの従業員は平均3.3人と店長
  3. 基本主要商品約2000点販売するだけ。冷凍食品や加工食品が中心だが、肉、乳製品、OTC薬品も取り扱っている。
  4. つい最近まで現金払いしか受けつけなかった。ドイツでは2004年からデビットカードをあつかうようになった。が、クレジットカードは基本的に受けつけない。
  5. ショッピングカートーを使うにはコインを入れなくてはいけない。所定場所に戻せばコインは戻ってくる(これによって、カートを整理するための人件費が削減される)。
  6. 環境問題に関係なく、昔から商品をいれるビニール袋には課金した。

 アルディ創業者であるアルブレヒト兄弟はドイツ一の大金持ちだが、ドケチぶりを伝えるエピソードも多い。

 たとえば・・・1)鉛筆が短くなって手でつかめなくなくなるぎりぎりまで捨てずに使う、2)新しい店舗デザインを見せている社員にむかって、「レイアウトは非常に良い。たった一つ問題があるとしたら、きみがプレゼン用に使っている用紙だ。部厚すぎる。経費節減のためもっと薄い紙をつかいたまえ」・・とか。二人とも北海の島に住んでいて公の場にはほとんど出ない。1971年に発生した誘拐事件のせいだろうといわれている。弟のほうが誘拐されて17日間監禁され、身代金300万ドルで解放された。このときのコメントが、公の場での最後のコメントとなっている。

 この誘拐事件に関しても、兄弟のケチさ加減を象徴するエピソードがついてまわった。誘拐された弟みずからが犯人に身代金の値下げを交渉したとか、あとで、支払った身代金を経費として税務署に申告したとか・・・・。ウォルマート創業者のサム・ウォルトンもアメリカ一の大金持ちになってもケチで有名だった。・・・・ということは、安売り店を経営するにはつましい生活を楽しめる人間じゃないといけない・・ということか? 日本のイオンがドイツのアルディをモデルとして超安売り店を展開していくことを企画していると読売新聞がつい最近(8/6/08)報道した。それが本当なら、最高責任者はドケチで評判な人材を選ばないとネ。

 話を元に戻します。

 ヨーロッパのPBには、アルディのような低価格を売り物にしたPBだけではなく、NBよりも高級イメージで価格も高いプレミアムPBもある。・・・というか、このプレミアムPBの成長がヨーロッパの小売店PBの成長全体を押し上げるのに貢献しているのだ。よって・・・

 ヨーロッパでPBが発展成長した理由(3): 低価格PB以外に、特定消費者セグメントのライフスタイルや嗜好にアピールするプレミアムPBを開発販売した。

 その結果として、英国のテスコは、低所得者だけでなく高額所得者をも顧客として吸収することに成功している。「もし、人類学者が英国とはどういった国かを知りたいと考えるなら、テスコの店舗を訪問すればよい」とビジネス誌「エコノミスト」は書いている。なぜなら、英国の人口を所得や職業を基準とする社会階級で5段階に分けるとして、それをテスコの顧客層と比較してみると、各階級の割合まで非常に似ているのだ。たとえば、テスコの顧客ベースには、一番高い階級であるAB(上級管理職や弁護士、医師といった専門職)と最下位階級であるE(失業者や生活保護受給者)が、どちらも約20%含まれている。

 この事実は、テスコが90年代初めには、どちらかといえば下流イメージであったことを考えると驚くべきことだ。10年もたたないうちに、上中下の階級すべてをひきつけることに成功したのは、テスコが顧客データベースを分析して、あらゆる階級にアピールするPBを開発し、各店舗の品揃えをそれぞれが対応する商圏に合わせてきたからだといわれる。

 テスコがロイヤルティカード(ポイント・カード)を開始し、顧客データベースを蓄積し始めたのが1995年。プレミアムPBを開発するきっかけになったのは、顧客データを分析していて、購買金額の大きい富裕層の客が、ワイン、チーズ、果物といったライフスタイルによる好みが出るタイプの商品をテスコで買っていないことに気がついたからだ。こういった分野で高級品を扱うようになったのが、プレミアムPBの始まりだ。テスコのPBは、現在、とくに食品分野では、低価格、標準、高級PBと3段階に分かれているうえに、最近では、高額PBのなかには、オーガニック、エスニック、低脂肪、アレルギーフリーといったサブブランドまで登場するようになっている。たとえば、インド人とかパキスタン人が多く住んでいる商圏の店舗にエスニック食品を導入した後で顧客データを分析したところ、富裕層の白人もこういったエスニック食品を購買していることが判明。よって、エスニックPBを開発し、他の店舗にも並べるようにした。

 小売店の情報システムというとすぐにウォルマートの名前が浮かんでくる。だが、ウォルマートの情報システムはサプライチェーン中心。POSデータを商品補充や在庫管理に利用することには優れている。だが、ウォルマートは基本的に顧客データベースを持っていないし、その分析においては英テスコに大きく遅れている。その証拠に、1999年にウォルマートに買収されたアズダ(英国第二位のスーパーマーケット)は、その業績に最近少し陰りが見え始め、1位のテスコとの市場シェアの差がひろがってきている(スーパーマーケット部門ではテスコ31%でアズダ16%)。理由は、テスコの顧客データ分析の競争優位性にあるといわれている。

 世界の先進国において消費の二極化がすすむなか、大規模小売店は、上にも下にも、そしてもちろん中間層にもアピールすることに成功しているテスコを羨望の眼差で注目している。ウォルマートでさえも、「毎日が低価格」でひきつけてきた既存の顧客層を失うことなしに、利益額の高い高級高額品を買う富裕層もひきつけたいと願い、この数年、外部からマーケティング専門家を引き抜き、プレミアムPBを開発し、TVやファッション雑誌に広告を出してイメチェンを図っている。いまは、まだ、成功したところまではいっていないけど・・・。

 115 日本では、景気の低迷、商品価格の値上がり、消費者マインドの冷え込み・・・のなか、低価格PBの話ばかりに終始している。だが、消費と消費者が二極化している事実に変わりはない。低価格のヨーグルトを買うひともいるだろうが、NBよりも高価なヨーグルトを買いたいひともいる(ヨーグルトを例に出したのは、テスコの高級PBヨーグルトの写真をネットでみたからだ。高級感あふれるファッショナブルなデザインのパッケージに、つい魅了されて・・・私も絶対買ってみたい♡)。NBメーカーは、こういうときこそ、思いっきり高級バージョンの商品をつくるべきだろう(とくに、飲食品メーカーは・・・。外食をひかえて内食ということで、景気が悪くても、食品部門は健闘しているという新聞記事も出ている。つましい生活をしているからこそ、たまに、豪華なパッケージにはいった高級飲食品を飲んだり食べたくなるものだ)それを食べているときだけでも優雅な気分にひたれる高級飲食品をつくってください。

Ilm05_cb10029s 最後にブラックジョークを一つ・・・「木曜とか金曜日の夕方に赤ちゃん用紙オムツを買うひとはビールも買う」という話は、データマイニングがIT業界の流行語になっていたころによく引用された。いわく、会社帰りに奥さんに買い物を頼まれた夫が、週末にTVでも見ながら飲むビールも買っていく・・・と説明された。ウォルマートのPOSデータ分析の素晴らしさを象徴する話だったわけだが、これが2000年ごろには、「だから、何だってえの?」と揶揄されるようになっていた。そんな情報がわかったからといって、まさか、紙おむつの横にビールを陳列するわけにもいかないし、それに、二つの製品の陳列棚が離れていたほうが「ついで買い」や「衝動買い」を誘発して返ってよいかもしれない。

 つまり、POSデータの分析だけでは、(商品補充を含めた在庫管理以外には)マーケティングの役に立たないと批判されたのだ。

 ビールと紙オムツについてのエピソードはテスコにもある。テスコが顧客データ分析をしたところ、初めての赤ちゃんが誕生した後(購買商品を時系列に分析すれば、赤ちゃん誕生やそれが最初の子供かどうかもある程度推測できる。食品や日用品といった家庭での日常生活が推し量れる商品を週に1度という購買頻度で買う・・・・これがスーパーマーケットの顧客データにパワーがある理由だ)、新米パパはパブ(居酒屋)に行くこともできず赤ん坊と一緒に家にこもる。よって、テスコで初めて赤ちゃん用紙オムツを買った顧客は、ベビー用品のクーポン券とビールのクーポン券の入ったDMをテスコから受け取ることになる。

 なんだか、ウォルマートをからかうためにわざと作られたようなエピソードだ。

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参考文献: 1. Keith Lincoln & Lars Thonmassen, Private Label, Kogan Page 2008, 2.Beth Neil, Exclusive: Brothers who built the 25 billion Aldi discount chain, Mirror Co. UK, 1/07/ 08, 3.Peter N. Child, et.al,, Do Retail Brands Travel, The McKinsey Quarterly, 4.Leonie Talt, Private Label: Seizing a greater share of the global shelf ,Euromonitor 2/18/05, 5.Less is more for Aldi, Professional Marketing,5/28/02,6. Jess Halliday, UK leads the way in Europe's private Labe market, Food Navigator. Com, 4/18/07, 7. Winfried Konrad, Aldi: The Uber Discounter, Private Label Magazine, Spring 2006,8.This Sceptered Aisle, The Economist 8/4/05, 9. Cecilie Rohwedder,Data from loyalty program help Tesco tailer products as it resists U.S. invader, Wall Street Journal 6/6/06

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