ロングテール理論はまちがっている!
いまさら「ロングテール」もないだろう・・・・って?
たしかに、「長いシッポの話」は充分以上に語りつくされた感がある。でも、シッポをキーワードに選んだのには理由があるのです。シッポが長いだけじゃなくて太くなったかどうか?・・・・という議論がつい最近闘わされたのです。
ハーバード・ビジネス・レビュー最新号に、「ロングテール理論からクリス・アンダーソンが出した結論は間違っている」という論文が掲載された。著者はハーバード・ビジネススクールのアニタ・エルバース準教授。「ロングテールに投資すべきか?」というタイトルの論文なのだが、これに対して、クリス・アンダーソン自らがブログで短い反論を書き、それに対してエルバース準教授がまた反論を書いた。この二人のやりとりは、互いに最大級の賛辞を送りながらも相手の間違いはしっかりはっきり皮肉をまじえて指摘する・・・・・英国での国会討論のように火花がチチッと散らされた感じでけっこう面白い。
どちらの意見に賛同するか?
もちろん、私は、アニタ・エルバース派です。
だって、クリス・アンダーソンは物理学に精通している超優秀な頭脳をもった「テックのひと」かもしれないけど、「モノを売る」ことを知ってはいない(って、こんな大胆なことが言えるのは、本人が日本語で書かれたブログを目にすることなど1000%ないとわかってるからですよ。むろん)
2006年に「ロングテール」の本が出版されたときから、ひっかかるものがあった。あの本で証明されたのは、3つの条件: 1)膨大な選択肢(提供される商品アイテム数が多い)、2)地理的制限なく集められる大規模な数の顧客、3)(デジタル商品を中心とするために)在庫や物流コストは無視できる・・・という3つの条件の下において、たとえば、音楽配信サービスの場合、商品アイテム(曲)とその販売個数(ダウンロード数)をグラフにしてみると、テールが非常に長くなっている・・・という事実だけだ。(3つの条件といったが、現実的には、これに4つ目の条件も付け足さなくてはいけない。つまり、検索エンジンやレコメンデーションを利用することによって、顧客が選択肢の多さに圧倒されることなく、簡単にニッチ商品を見つけることができる・・・が4番目の条件となる)。
この事実に基づいて、ネット販売ならニッチ商品もたくさん売れる。よって、テールが長くなるだけでなく太くなる。これからはニッチ・セグメントを攻略する企業が繁栄する・・・と予測されたのだ。
この考え方には、そういった商品を買う「顧客」がまったく抜けている。ニッチ商品を買う顧客がヒット商品も買っているかもしれない可能性は考慮されていない。ニッチ商品を買っている顧客の多くがヒット商品を買う顧客でもあったとしたら、アンダーソンのいうような「繁栄をもたらすだけの規模があるニッチ・セグメント」などは存在しなくなるのだ。
ロングテールが存在することに反論する者はいないだろう。また、クリス・アンダーソンのロングテールについての説明が間違っていたわけでもない。だが、そこから導いた結論・・・・たとえば、「将来は、ニッチ商品を提供する企業のほうがヒット商品を提供する企業よりも繁栄するであろう」とか「市場は無数のニッチ市場に細分化されるであろう」という結論にはクビをかしげる。
マーケティングの人間なら絶対いちゃもんがつけたくなる・・・はずだ。
そしたら、やっぱり・・・。
エルバース準教授は、音楽配信サービスとDVDレンタルサービスや、オンラインだけでなくオフラインを含めた音楽やDVD業界全体における調査を通じて、次ぎのような結果を得ている。
- (物理的スペースが限られており品揃えも限定される)オフラインのリアル店舗から、(膨大な商品アイテムを提供することができる)オンラインチャネルへ需要が移行することによって、テールはより長くなってはいるが、太くはなっていない。
- 反対に、ヘッド部分のヒット商品への集中度はより大きくなっている(音楽販売においての調査では、この傾向は、デジタル配信に特に顕著にみられる。これは、レコメンデーションやレビューのようないわゆるクチコミ効果によって、「売れるものはより多く売れる」傾向が促進されているのではないかと示唆されている)。
- DVDレンタルサービスの購買タイトル別に購買客を分析したところ、ニッチタイトルを借りた顧客の47%は人気タイトルを借りる顧客であった。また、ニッチタイトルを借りる顧客は、一般的に、ヘビーユーザーであることもわかった。人気タイトルを選択する顧客は6ヶ月間に平均して20タイトル借りる。だが、テールの先のほうの非常にニッチなタイトルを借りる顧客は平均して50タイトル借りる。つまり、ニッチ商品を借りる「稀有なニッチ客」がいるのではなく、嗜好の許容範囲の広い客が(こういった客はヘビーユーザーで)ニッチタイトルも借りているのだ。(・・・・ということは、アンダーソンのいうようなニッチ市場が存在しているわけではない)。
もちろん、彼女の調査のやりかたには異議を挟む点は多々ある。だが、重要なことは、彼女がロングテール理論にマーケティングの観点からの疑問を投げかけ、その疑問の正当性を調査によってある程度証明した・・・・ということだ。
リアル店舗においてはニッチ商品から儲けを出すことはむつかしかった。オンラインメディアはそういた商品を販売する障害を低くした。利益を出しながら付加販売する可能性を提供したのだ。だが、そのニッチ商品だけで十分な規模のビジネスができるかどうかはロングテール理論ではまったく証明されていない・・・そういった問題点を彼女は指摘したのだ。
アニタ・エルバースは、結論として、小売業者は商品ポートフォリオにおいて、人気商品を欠くことはできない。ある意味、(ネットコミによって人気商品への集中度は高くなる傾向があるから)人気商品は以前にまして重要だ。人気商品もニッチ商品もふくめて品揃えを豊富にすることがヘビーユーザーの要求を満たすことになる・・・と書いている。
つまり、彼女の説でいけば、他社との差別化をニッチ商品でするのではなく、選択肢をふやすことで差別化するということだ。かくして、大規模小売業の競争優位性は、ネットにおいては倍増どころからベキ乗に増大する。
ロングテールが流行したら、日本のビジネス誌でも、ニッチ商品やニッチ市場で儲けている企業の成功例が(しかも、そのほとんどがネットとは無関係の企業)、次から次へと紹介されるようになった。これは、「大企業じゃなくても競争に勝てる、しかも、オフラインでも・・・」というロマンが多くの読者に好まれるからだろう。だが、はっきり心に留めてほしい。こういった企業は例外だから儲かっているのだ。つまり、他に同じようなことをしている企業が少ないかほとんど存在しないから、小さなニッチ市場のシェアを独占できるから儲かっているのだ。同じような企業が出てきたら、小さな市場をとりあいになり、価格やサービスでの競争が熾烈になり儲からなくなる。競合企業が出てこなくても、現実には、ニッチ市場をターゲットとする企業は、ある一定規模以上に大きくなることはできない。もちろん、ネットを通じてグローバルに拡大していくことはできる。が、そのとき、物理的形あるものを販売しているとしたら、製造コストや物流コストを考慮しないと、拡大することによって利益率が低くなる可能性は大いにある。
ウォールストリードジャーナル(7/2/08)はHBRの論文を早速とりあげて、ロングテールが人気を呼んだ理由のひとつは、「インターネットがすべてを変えると示唆することで、読者・・・その多くはテック業界の人たちだが、その読者を喜ばせたからだ」と書いている。そして、「ウェブはあきらかに消費パターンを変化させてはいあるが、その変化のなかには、ロングテールで予測されたような需要曲線の極端なフラット化は含まれていないようだ」と結論づけている。
ここで、テーマを変えます。「テックのひとたち」の不思議な顧客観について書いてみます。結論からいうと、「お客様にモノを売る」ことに関して、最も新しいチャネルであるネット販売のひとたちのメンタリティは、もっとも古いチャネルである店舗販売のひとたちに類似している・・・・ということです。
クリス・アンダーソンの本には顧客が抜けていると指摘しました。「ネットフリックス、アマゾン、ラプソディ(といったネット販売企業は)、店舗型小売業者が提供しない商品の販売で総収入のおよそ四分の一から二分の一を得ており・・・・・言い換えれば、インターネットビジネスのいちばんの成長分野は、物理的な店舗で手に入らない商品の販売なのである」・・・・といったコメントには、その商品を買っている顧客の購買行動がまったく考慮にはいっていない。だから、そういった(ニッチ)商品を買っている顧客が、もし、そういった商品だけに特化して販売した場合、果たしてまだ買ってくれるかどうか? それだけでビジネスがなりたつだけの顧客を集められるかどうか? という検証はまったく排除されているのだ。
アマゾンのような大規模ネット小売業は基本的に顧客を見ていない。その良い例がレコメンデーションだ。アマゾンのレコメンデーションには協調フィルタリング手法が使われている。そして、協調フィルタリングにはユーザーベースとアイテムベースとがある。アマゾンはユーザーベースのほうを使っている・・・・というと、いかにも、アマゾンは顧客ベースでレコメンデーションしているように思える。だが、それはマーケッターが考える顧客ベースとはまったく違う。ユーザーベースの協調フィルタリングというのは、ユーザーが過去購買した商品を比較して同じようなタイプの商品を購買している比率でユーザー間の類似度を決め、Aに類似しているとされたBが買っていてAが買っていない商品をAに推薦する。ユーザー単位で購買商品内容を比較しているだけで、顧客ひとり一人の属性はむろん、過去2年間の購買商品の流れをみて嗜好が変わってきているかどうかとか、購買頻度が向上してきているとかその反対だとか、そういった顧客の時系列的な変化を見てはいない。
これを悪いといっているわけではない。大規模ネット小売業のメンタリティは基本的に店舗小売業と変わらないと思うだけだ。受身なのだ。来店客(アクセス客)を丁寧に扱うのが顧客志向であり、それ以上でもそれ以下でもない。店舗小売業でポイントカードを発行して顧客データを個客ベースで蓄積保存しているところでも、それをきちんと分析して顧客の継続化をはかるために個客単位にパーソナライズされたコミュニケションをする・・・とこまでしている例は少ない。それはネットも同じだ。
これは、顧客データベースを基本とするダイレクトマーケティングとかデータベースマーケティングの観点からみると非常に奇異である。だが、間違っているとは思わない。大規模小売店チェーンにしても大規模ネット販売企業にしても、顧客の継続化・・・・はしなくてはいけないことではあるが、それよりも、なるべく多くのひとたちに来店してもらい(サイトにアクセスしてもらい)、来店客(アクセス客)に良いサービスを提供し店内販促(サイト上の広告やレコメンデーションなど)を通じてたくさん買ってもらうことがまず第一なのだ。継続化よりも新規客を含めた来店客の増大が売上につながる最重要事項なのだ。
だが、ネット販売でも継続して購買してもらわなくては商売が成り立たないビジネスモデルもある。そういったサイトを運営する場合、顧客ベースでマーケティングを考えなくてはいけない。最近、テックのひとたちのなかでも、ダイレクトマーケティングを勉強しようというひとたちがふえてきたのは、その兆候だろう。ダイレクトマーケティングをずっとやってきている私としては、ちょっと嬉しい。だいたいにおいて、マーケティングの人間は、私のようにテクノロジーには非常に弱いひとが多いのだから、こっちからテックのひとたちに近づくことはできない。オタクが多いっていうしフツーの会話できないっていうし(って、ジョークですよ。・・半分)。どちらにしても、テックのひとたちのほうからこっちに近づいてきてくれないと・・・ね♡♡
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参考文献:1.Anita Elberse, Should You Invest in the Long Tail?, HBR July-August 2008, 2.クリス・アンダーソン、「ロングテール 売れない商品を宝の山に変える新戦略」早川書房2006,3.Lee Gomes, Study Refutes Niche Theory Spawned by Web, The Wall Street Journal 7/2/08
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