ネスレはマシンで勝負する
ハリウッドで最も「セクシーな男」といわれるジョージ・クルーニーが、黒のスポーツコートを粋に着こなしネスプレッソ・ブティックに入っていく。洗練された大人の雰囲気の店内では、二人の美女がエスプレッソを飲んでいた。クルーニーがネスプレッソ・マシンに金色のカプセルを入れ自分好みのコーヒーをつくっていると、美女たちの話声が聞こえてくる。
「ミステリアスね」「洗練されてるし」「強烈な個性」「情熱的なボディ」「断然、セクシー」・・・・てっきり自分のことをウワサしているのだとクルーニーは思う。
「後味もいいわ」・・・後味?「リッチだし」「そう、リッチな味ね」・・・ここで、クルーニーはやっと理解する。二人の美女に近づいて、「きみたち、ネスプレッソのことを話しているんだよね?」。 美女たちは、そうよ、当たり前じゃないって顔で彼を見る。そこで、ジョージ・クルーニーは言う。「それ以外ないよな (ネスプレッソ以外にそんなほめ言葉が似合うやつは・・・・」
このTVコマーシャルは2007年にヨーロッパで放送されて話題となった。とくに、フランスの女性たちには「きゃあ、クルーニー、セクシー♡♡」と大評判だったらしい。ネスプレッソのクラブメンバーは全世界で310万人。2008年度の売上はスイスフランで20億ドル(US19億ドル)に到達する予定で、これは初期計画より2年も早い。ネスプレッソ・ブティックは2008年度中にさらに60件新規開店し、年度末には全世界で175件になる予定だという(このうちの16件は、日本の高級デパート内に開店している)。
ネスプレッソ・システムはマシンとカプセルとからなる。マシンを購入すれば自動的にクラブメンバーとなり、あとは、フレーバーによって色分けされた12種類のコーヒーの入ったカプセルを電話やネットで注文する通信販売システムだ。ネスプレッソマシンに使えるカプセルはネスプレッソ専用のカプセルだけだから、マシンを買ってもらえば、定期的購買が長期間つづくことを期待できる。
ハードウェアをほとんどタダ同然の値段で販売する。そのハードを利用するために継続して購買するモノやサービスからあがってくる利益を計算に入れれば、ハードの値段は安くてもよい・・・・・こういったビジネスモデルは、ケータイ通信サービス会社やアップル(iPodやiPhoneの価格は、iTuneの継続利用からの利益を考慮して安くする)とかが考えついたわけではない。昔からある。古くは、剃刀メーカーのジレット。1903年に世界初のT字型替刃式安全剃刀を発売したキング・ジレットは、世界最初の使い捨て刃を発明したひとでもある。一度剃刀を買ってくれた客は、あとは、黙っていても、定期的に刃を購入してくれる。だから、ハードの値段を安くして売る。
ネスプレッソも安全剃刀と同じビジネスモデルだ。一度マシンを購入した客は定期的にコーヒーカプセルを購買してくれる・・・・・。だが、マシンは安くない。アメリカで$230くらい。日本でも約3万円から5万円くらいする。けっこうお高い。だから、マシンを販売するだけでも儲かる。もっとも、ネスレは、このマシンを開発するのに年月も研究費用もかけている。グラインドされたコーヒーの入ったカプセルから高気圧でコーヒーを抽出するプロセスへの特許を申請したのは1876年。だが、その技術を商品として形にするのに10年かかった。
最初のネスプレッソマシンは1986年に業務用として発売された。300ドル以下のマシンが製造できるようになって、初めて、消費者向け販売が可能になった。2006年には世界全体で140万個のマシンが売れ、カプセル10個入っているパッケージが23億個売れた。カプセル・パッケージはアメリカで5ドルちょっと。日本では650円から800円弱だから、1カップ当たり65円から80円。アメリカではスターバックスの3分の1の値段でスタバ並み(あるいはそれ以上)のエスプレッソが飲めるという計算らしい。
ネスプレッソのビジネスモデルでは、1)消費者と直接取引きするわけだからスーパーマーケットとの取引を回避できる、2)したがって、PBとの競合はありえないし、価格を下げろという圧力もない、3)顧客の固定化ができる、4)高い価格からいって市場の規模には限度があるが利益率は高い、5)マシンの洗練されたデザインを通じて、またブティックの高級イメージを通じて、ネスレのブランドイメージの高級化に貢献する。ひいては、スーパーで販売されるネスレの他商品、とくにネスカフェ・ブランドを強化するのに役立つ。
ネスレの成功に刺激されて、米食品メーカーNo.1で世界市場ではネスレについでNo.2のクラフトも、マシンとカプセルからなるタシモ・システムを2004年にフランスで発売した。タシモのマシンはネスプレッソより「優れもの」だ。ボタンを押すだけで、コーヒー、カプチーノ、ラテ、チョコレート、紅茶・・・・すべてが1分間でできあがる。なんでも、タシモだけがホンモノの液状ミルクを利用しており、ミルクを泡立てる附属器具なしにラテやカプチーノが出来上がるのだそうだ。20件もの申請済み特許で守られたマシンは、7カ国で200万台売れ、2007年のタシモの売上は2億ドルを計上した。
ちなみに、こういった「家庭でスタバが飲める」システムを「オンデマンド・コーヒー」というそうだ。誰が命名したか知らないが、ちょっと笑える。このオンデマンド・コーヒー分野は、世界市場で二ケタ台の成長を続けているという。
オンデマンド生ビールというのもある。
ハイネケンが台所器具メーカーに製造してもらったマシンと専用の4リットル生ビール樽の組み合わせで、マシンを一度購入した客には、生ビール樽は通信販売される。「自宅ではあなたがバーテンダー」ということで、システムの商品名は「ビアテンダー」。スタイリッシュなデザインのマシンは冷蔵機能を備え、3週間ビールを新鮮に保つ。内部で炭酸化する特許技術によって、パブでバーテンダーがタップから注いでくれるような味とアワの立ち方を楽しめる。ビアテンダーは2005年にオランダで発売された。マシンの値段は$349もして、1リットル当たりの価格はビン入りビールの2倍となる。でも、それでもヒットした。2008年春にはアメリカでも販売が始まっている。
3つの実例に共通していることは、マシンで勝負していること。モノ自体での差別化は難しくなっているところを、特許技術をもつ、スタイリッシュなデザインのマシンとの組み合わせシステムで差別化をはかっている。
(誤解を招くといけないので、断っておくが、マシンの製造自体は外部の電気器具メーカーが請け負っている。また、特許はマシンに限っているわけではない。カプセルや生樽自体の技術に関連しているものもある。それから、「マシンとの組み合わせシステムで差別化をはかる」というコメントは、「モノにサービスを組み合わせて差別化をはかっている」と言い換えることもできる。ついでにもう少しややこしいことを言えば、「サービス」は「顧客とのリレーションシップ」という言葉に代えることもできる)。
ネスレとハイネケンについて、もう1つ付け加えれば、両者とも高級感を出すことによって高価格をつけ、安売り競争から超越することを狙っている。高級市場は市場規模は限られている。だが、ネスプレッソのように、積極的に販売を始めて10数年でネスレ総売上の2%をになうまでに成長することはできる。しかも、利益率はスーパーで売られている商品よりずっと高い。日本のメーカーは、高価格の商品(あるいはモノとサービスの組み合わせ)をつくるのをためらう傾向がある。いまだに市場セグメントの考え方ができていないからだ。一般大衆市場はサイズは大きいが、そのセグメントのことばかり考えていては、安売り競争に巻き込まれるだけだ。安売り競争に勝ち残るためにも、他のセグメントできちんと稼ぎ、健全な財務体質を維持していかなくてはいけない。どんなに不景気でも、「手が届く高級品」を買うセグメントはいつも存在する。そして、そのセグメントが好む商品(モノ+サービス)を提供することによって、スーパーで販売している一般商品のイメージも向上する。結果、PBより値段が高くてもそれなりの位置を確保できる。
メーカーにはメーカーでしかできないことがある。メーカーは小売PBの対象とならない市場セグメントにも挑戦すべきだ。大規模小売店と同じ土俵で戦っていても、力負けするにきまっている。
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参考文献:1.John Gapper, Lessons from Nestle's Coffee Break, FT Com. 1/02/08, 2. Nespresso to hit Hefty Sales Target this Year, Reuters 19/05/08, 3. Heineken Taps Entertaining at Home Tred With New BeerTender Campaign. 6/09/08, 4. Kraft Foods Debuts Tassimo Hot Bevarage Sytem in the U.S. , Kraft Homepage, 3/16/05,
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