イヌをネコだと思う消費者たち
丸い図形を見て四角だと思う。そして、イヌを見てネコだと思う。
ナゾナゾじゃあありません。人間はまわりの人たちの意見に従う傾向が高いのです。あなただって、まわりの7人全員が犬を見て「あれはネコだ」と言ったら、自分も「ああそうだ。なんてかわゆいネコだろう」って思う可能性は非常に高いのです。
マジに?
マジに・・・。
1950年代初め、第二次世界大戦で多数のドイツ国民がナチスの思想に従った事実に驚いた心理学者たちが、「社会制御(Social Control)」の仕組みについて研究するようになった。つまり、社会の秩序を維持するために、そのメンバーやグループの行動に影響を与えるにはどうしたらよいかを考え始めたのだ。一連の研究のなかで、もっとも有名なのが社会心理学者ソロモン・アッシュによる「同調実験」だ。
8人の被験者に長さの違う棒線3本が並んだカードと1本の棒線が描かれたカードとを見せ、「三本の線のなかで、もうひとつのカードに描かれた線と同じ長さのモノはどれか?」と質問をする。非常に単純な問題なので、答えを間違える誤答率は通常0.7%。しかし、この実験では、8人の被験者のうち1人を除いては、やらせで間違った答を言うように指示されている。その結果、実験グループの3分の1において、本当の被験者は他の7人の間違った意見に賛同した。結果、通常は0.7%の誤答率が37%に上がってしまった。この実験は被験者の数を変えて幾度も試みられた。
その結果わかったことは・・・、
- やらせの被験者が7人でも2人でもその絶対数には関係ない。人間は自分ひとりだけが他人と意見を異にするのがイヤなのだ。
- たとえば7人のうち1人でも自分と同じ答なら、味方がいて気が強くなるのか、誤答率は急速に低くなる。
「同調実験」以降、心理学者たちは、1)被験者は自分ひとりだけ答が違うという気詰まりをなくすためにウソをついているのか? あるいは、2)多数意見に反応して、認識そのものがが変化したのか(つまり、マジに犬をネコだと思うようになったのか)? ・・・・と議論しつづけてきた。
意識的にウソをついたのだ・・・と私を含めて多くのひとたちが考えるだろう。だが、実際には、人間は他人からの示唆にいとも簡単に影響されやすいことが、最近になって判明した。
2005年、心理学者グレゴリー・バーンズは、アッシュがしたのと同じ実験をしてみた。ただし、今度は、MRIを使い、被験者の脳のなかの動きもチェックした。
この実験においても、真の被験者は、ウソをついている他の被験者に影響され、誤答率は41%と高くなっている。このときの、被験者の脳内を見てみると、当然のことながら、視覚情報に関係する部位の神経細胞は活性化していた。問題は、それと比較して、ウソを意識的につくことに関係する前頭前野(論理的思考をする部位)の活性度が非常に低かったことだ。つまり、被験者は意識的にウソをついたのではなく、実際に、間違った答を正しいと思ったのだ。
グループは被験者の認識を「イヌ」から「ネコ」に変えることができた・・・ということだ。
なぜ?
この問題はいつまでたっても「なぜ?」が続く。
なぜ、まわりの意見に無意識のうちに従うのか? しかも、実験の被験者たちは「ノーと言えない日本人」じゃなくて、自分の意見を強引に押し付けるアメリカ人だぜ!
人間が「まわりのひとたち」の意見に従う理由については、いろいろな意見がある。新しい発見も出てくる。ひとつの観点として、神経科学(Neuroscience)と経済学が融合した神経経済学(Neuroeconomics)の研究成果を紹介しよう。ゲーム形式の実験で、たとえば1000円を2人のプレイヤーが分配する。相手にいくら渡すかは提案者が決めるが、相手には拒否権がある。相手が拒否すれば二人ともお金はもらえない。標準的経済学で考えられていたように人間が合理的な「経済人」であれば、たとえ1円でももらったほうが得だと判断するはずだから、相手には999円渡せば良い・・・と「経済人」である提案者は考える。しかし、実際には、人間は合理的で利己的な経済人ではないから、大半のひとは相手に30~50%の金額を渡すという実験結果になっている。
人間は自分の利益だけを追求する利己的な「経済人」ではない。「利他性」があるという。
こういったゲーム実験中にfMRIで被験者の脳の動きを観察する研究が進んでいる。そして、いくつかの興味深い結果が出ている。
- 提案者が持っている金額の20%以下だけを渡すという(自分が得をする非協力的な)提案をすると、相手のプレイヤーの脳内では、不快な感情を経験するときに活性化する島皮質が活性化した。
- 提案者が協力行動を選んで、たとえば45%を渡すと提案し、相手がそれを受け入れるときには、相手のプレイヤーの脳内では、快の感情を感じる報酬系が活性化した。
- 面白いことには、提案者が人間でなくてコンピュータの場合、提案が利己的なものでも、プレイヤーの島皮質の活性化は少なかった。また、提案者のコンピュータが寛大な提案をした場合も相手のプレイヤーの報酬系の活性化は少なかった。
以上のことから、協力することで金銭的な報酬がもたらされる・・・という理由だけではなく、他の人間と協力をする・・・ということ自体が報酬系を活性化して快の感情をもたらしているのだということがわかる。
これを、進化心理学者は、次のように説明する。
進化の歴史において、人間は他の類人猿に比べて、効率的に協力関係を築くことができた。人間は「協力種」だから文明を築き繁栄することができた・・というわけだ。
最近では、ヒトがもつ色覚センサーの数が他の哺乳類より多いことから、色覚が発達したのは「仲間の顔色をうかがうためだ」という説も出てきているらしい(日経新聞12/9/07)。感情の動きによって血流量や血中の酸素量が変わることで顔色が変化する。仲間の顔色の変化を敏感に感じ取ることによって、円滑なコミュニケーションができる。そのために、色覚センサーの数が進化の過程で増えた・・・というのだ。
人間は、想像以上にまわりの意見、まわりの感情に敏感に反応している。そして、こういった研究成果は、マーケティングにも大きな影響がある。たとえば・・・、
- フォーカスグループ調査の意義が不透明になった。参加者は誰かの意見に影響を受けて自分の意見を変えているのではないか? それでは、調査結果を信用することができない。 これを逆手にとって、フォーカスグループ調査でクチコミの流れをチェックすることができるという専門家もいる。
- クチコミ。とくに、ランキングサイトとかSNS、ブログを使ったネット上のクチコミ。クチコミの発生や流行の問題については、シリーズ番外編で取り扱います。
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参考文献:1.滝順一、「ヒトの色覚、顔色を読むため?」、日本経済新聞12/9/07, 2. 友野典男(2006)「行動経済学」光文社新書、3.山岸俊男、「利他性のルーツ」、日本経済新聞5/2/06-5/11/06,4.Gregory S. Berns, et al., Neurobiological Correlates of Social Conformity and Independence During Mental Rotation, Biol. Psychiatry 2005;58, 5. Erunst Fehr. et al, Neuroeconomic Foundations of Trust and Social Preferences: Initial Evidence, Institute for Empirical Research in Economics, University of Zurich, 6. James K. Rilling, A Neural Basis for Social Cooperation, Neuron, Vol.35, July 2002
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