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2007年11月29日 (木)

ヒューリスティックな消費者たち 

 消費者の行動が予測できない?

 当然です。

 だって、合理的に考えて行動しているわけじゃないんですから。

 たとえば、オーディオ・ビジュアル(AV)製品を使って、消費者の理不尽さを証明した実験があります。

  1. 機能の数が違う以外はまったく同じAV製品3つのモデル(それぞれ、7、14 、21個の機能をもつ)を見せたら、62.3%が21個の機能を持つモデルを選択した。
  2. 自分で好きな機能を選択して製品をカスタマイズできるとして25個の機能を提示したら、平均して19.6個の機能を選択した。
  3. 実際に使ってみたあとでは、機能が多いほど満足度が下がり、高機能製品を選択する率は62.3%から44%に下がった。 

 この実験では、ハイテク製品を使いこなす能力が高いはずの大学生が被験者として選ばれている。そして、高機能製品を選んだ大学生は、高機能であればあるほど複雑で使い勝手が悪くなることをよーく知っていた。それでも、なおかつ、大多数が高機能製品を選んだ。

 なぜなら、「多いほうがより良い」「同じ価格ならたくさんあるほうがお買い得」・・・は常識だもの。機能が多くなればなるほど、分厚いマニュアルを読んで、機能を習得するのに時間がかかることがわかっていても、「多いほうが得だ!」と、直感とか勘とか呼ばれるものが、心のなかから呼びかける。そして、人間は、こういった心の呼びかけに大きく影響されて行動する。

 性能(機能の数)と使い勝手を天秤にかけて総体的効用を算出しようなんていう論理的/分析的思考は、直感とか勘という本能的なものの前では、腕力のないインテリみたいなものだ。そして、いま、このIntuitionとかGut feelingというものが、人間の行動に与える影響に注目が集まっている。

 この分野の研究で著名なドイツの社会心理学者のゲルト・ギゲレンツァー博士は、ニューヨークタイムズとのインタビューで次のように語っている。

 「直感とかというものは、我々心理学者がヒューリスティクスと呼ぶところの 『正確ではないけれど、まあだいたいどの状況においても使える便利な原則』に基づいています。直感的思考方法は、人間の脳が、長い進化の歴史や経験によって得た能力です。この方法では、いくつかの情報に基づいて、二つ以上の選択肢の長所短所を比較しどれを選べば損か得か計算するなどという手間隙をかけません。ひとつの情報をキュー(手がかり)として判断し、その他の情報を無視します。だから、すばやく、効率よく判断できる。意識的な分析の結果ではないので、どうしてその結論にいたったか自分でもよくわかりません。でも、直感には、その人を行動させる強い力があります」

 ギゲレンツァー博士は、多くの個人投資家が株を買うときに勘で選択していることを実験で証明している。

 フツーの投資家は自分が名前を知っている企業の株を買う傾向が高い。つまり、著名企業の株のほうが価値があるという単純な基準で選択しているのだ。博士は、これを再認ヒューリスティク(Recognition Heuristic)と名づけた。そして、1990年代に、シカゴやミュンヘンの歩道を歩く360人の通行人にドイツやアメリカの上場企業リストをみせどの企業名を知っているかを尋ねた。調査結果から知名度が高いと認められた企業の株だけを集めて投資ポートフォリオを作って運営した。6ヵ月後、このポートフォリオは、平均して、ダウやその他の著名投資ファンドよりも高い成績を達成した。その後同じ実験を二度繰り返したが、いずれの場合も、専門家が論理的かつ分析的に選択したポートフォリオの成績を上回った。

 つまり、コンピュータや複雑な分析パッケージソフトを使わなくても、「知名度の高い企業」というひとつの単純な情報をキューとするだけで、投資に成功したわけだ。

 心理学者の多くは、直感的意思決定という「認知プロセスの近道」は、一億年以上の進化のなかで発達した脳の神経細胞の仕組みだと考えている。つまり、我々の遠い祖先たちは、自分たちを食っちまおうとする恐竜その他の捕食者たちから逃れようとするときに、すべての選択肢のすべての長所短所を熟慮している時間などなかった。迅速な決断を必要とする経験の積み重ねによって、「勘」の仕組みができあがったのだ。

 正しい判断をするために多くの情報を必要としないヒューリスティクスの正当性をコンピュータで証明した実験もある。自分の子供のために、中途退学率のもっとも低い高校を選択したいという母親がいた。だが、中退率の情報は存在しない・・・その場合、何に基づいて判断すべきか? 生徒の毎日の登校率、日本でいうところの偏差値、教師の給料その他18の情報(キュー)があった。18の情報を回帰分析にかけ、各情報の重要度を算出しながら、各高校の中途退学率を予測する。分析の結果わかったことは、中途退学率の一番低い高校を選択するためには、登校率を調べれば「コト足りる」ということだった。

 この結果を見て多くの人がしたり顔でつぶやいたはずだ。「きっとそうだと思ってたよ。登校率の良い学校は中途退学率も低いはずだ。コンピュータをつかって分析なんかしなくても、なんとなくそう思ってたよ」・・・これが勘とか直感とか呼ばれるしろものだ。

 消費者は、この勘とか直感によって行動することが多い。そして、この直感的思考方法はよくいうところの「アバウト」であり、おおよそにおいて正しいのだが、間違っていることもある。たとえば、上記の例のように、AV製品を選択するときに、「多いことは良いことだ」というヒューリスティクスに従い、あとで後悔したように・・・。

 だが、 この直感的思考方法は「ひらめき」をもたらし、ノベール賞ものの偉大な発見に導いてもくれる。日本では、将棋士の直感の仕組みを解明する脳科学の研究も始まったようだ。

  消費者行動シリーズでは、行動経済学、心理学、脳科学の新しい発見をもとに、消費者の不可解かつ複雑怪奇な行動について考えてみたいと思っています。

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参考文献: 1. Caludia Dreifus, Through Analysis, Gut Reaction Gains Credibility, New York Times 8/28/07, 2. Wray Herbert, Less(Information) is More, Newsweek 11/20/07, 3. Roland T. Rust, et al, Defeating Feature Fatigue, Harvard Business Review , Feb 20063.友野典男(2006)「行動経済学 経済は『感情』で動いている」光文社新書

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