似通った消費者たち (ブランドと感情と記憶No.6)
新商品のヒット率が低くなったころから、「消費者の多様化」とか「個性化」が声だかに主張されるようになった。商品寿命が短くなったころから、「消費者は気まぐれだ」とか言われるようになった。
ホントかなぁ?
このさい、ついでに、「日本の消費者は世界一厳しい」というコメントについてもクエスチョンマーク(?)をつけておこう。
日本市場で失敗した外資は、「世界一厳しい日本の消費者」と、きまったように言う。たとえば、進出して4年で日本市場から撤退していったフランスの大手小売業カルフールとか、西友を完全子会社化してもなおかつ撤退するかも・・・としつこく言われ続けているウォルマート。
日本市場でがっぽりもうけているグッチとかエルメスとかルイヴィトンの経営者は、日本市場は厳しいなんて一切口にしない (スーパーと高級ブランドをいっしょくたにするな!っていう反論はあえて無視)。
「日本の消費者は世界一厳しい」・・・・・・失敗したことへのたんなる言い訳じゃないかぁ?
ハーバード大学のジェラルド・ザルトマン名誉教授は、消費者の深層心理を探るために独自開発した調査手法を、アメリカ、英国、日本、中国を含めた10余国の市場で実際に使ってみた。その結果として、「心の奥深くを探れば、非常に異なった人々が実は多くの共通点をもっていることに驚きます」と語っている。
「・・・表層レベルの調査法によって浮き彫りになる、消費者間で異なる思考や行動は、多くの場合、深層レベルでは消費者間に共通した特性を有している。こうした深層レベルで共有される特徴は、消費者行動に大きな影響を与え、時間がたってもほとんど変化しない」・・・・これは彼の著書「心脳マーケティング(ダイヤモンド社)」からの引用だ。
新商品を開発するようなときには、こうした深層レベルにおいて消費者間に見出される共通項を基準にすべきだと、教授は続ける。
以上のことを、「ブランドと感情と記憶シリーズ」の話の流れにそって書き直してみる。
人間(消費者)の意思決定には、感情や記憶をつかさどる大脳辺縁系が大きな影響を与える。古い脳である大脳辺縁系は、人間の行動の方向づけをする欲求、動機、感情、ムードなどが喚起される場所だ。
英語では、大脳辺縁系で喚起される感情をemotionとし、表に出てきた感情をfeelingとして区別する。Emotionはfeelingを含めて四つの形で表出される。
- 感情(feeling)。Emotionの意識的体験。
- 笑顔、泣き顔といったような顔の表情。あるいは、声のトーンや震え、動作や姿勢に表現される反応。
- ある種の感情に特定される一定の行動。たとえば、怒りは攻撃行動を、恐怖は逃避行動を喚起する。
- 恐怖を感じたときに汗をかいたり動悸が激しくなったりするような生理的変化。
最近、人間の感情をコンピュータが判別する感情認識技術をコールセンターなどで試験運用し始めたという。たとえば、声のトーンや震えを声帯の周波数でチェックして喋っている人間の感情内容を数値化する。あるいは、顔の表情から客のいまの気分を見極め、それによって音声や画面上のコピー内容を変えるATM・・・いずれも、表に出た感情反応から内なる感情を判断しようとする試みだ。
英語のemotionを「情動」と訳し、feelingを「感情」と訳しているのをよく見る。だが、emotionと日本語本来の「情動」の意味とは少し異なっているらしく、日本の専門家の間でも、訳し方については意見が分かれるらしい。したがって、内なる感情と表出された感情・・・というような言葉で区別することにする。
奥深いところにある内なる感情を呼び起こすことができる商品でなければ、長寿ブランドにはなれない。好き嫌いといったような表に出てきている感情(feeling)に左右されて創られた商品は、すぐに飽きられる。
ある心理学者がこう書いていた。
「感情には限りがあり、もう新しい感情は生まれることがない」
目からウロコ・・・・。
世界中に何十億人いようとも、私たちがもっている基本的感情は、驚き、恐れ、怒り、喜び、悲しみといった限られたものだ。嫉妬や失望といった二次的感情を含めたとしても25種類くらいしかない(ただし、感情の種類については科学者たちの意見はいろいろで合意には達していない)。しかし、事実は、百万年たとうとも、いくら科学が発達しようとも、感情の種類が増えるということはないのだ。つまり、人間(消費者)は、深層心理においては、時代が変わろうと国が変わろうと、それほど異なってはいない。多様というよりは一様に近いのだ。
もちろん、人間は感情だけで生きているわけではない。げんに、論理的思考をつかさどる進化的に新しい脳(大脳新皮質)は、基本的感情を抑制する作用があることもわかっている。たとえば、感情を余り大きく出すことをタブーとする文化に育てば、表に出てくる感情は国によって、あるいは時代によって異なってくる。
しかしながら、以前に書いたように、意思決定においては、理性よりも感情が優位にたつことが多いのだ。
ノキアは2007年初めにグローバル市場を12のセグメントに分けた。世界中からの77000人からなる消費者調査をして、ニーズ、態度、信念、ライフスタイルなどに基づいて12の異なるグループに分け、ターゲット・セグメントごとに適切な商品ポートフォリオを開発するそうだ。
英国モバイルワールドの調査によると、世界のケータイ電話契約数は2007年末には32億を超え、世界人口の約半分がケータイを所有していることになるという(2007年6月27日発表)。通信サービスのインフラが未完成でケータイを固定電話代わりにつかっている新興国を含めてわずか12のセグメント・・・・これは、消費者の多様化説を否定するものではないだろうか?
最近よく耳にするメガブランドは、消費者に多様性をみていては創造することはできないはずだ。P&Gは年間売上が10億ドルを超えるブランドをメガブランドと呼ぶ。異なる市場や異なる時代を超えた共通性にアピールしなければ、メガブランドというコンセプトは生まれないはずだ。
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参考文献: 1. Trond Riiber Knudsen, Confronting Proliferation...in Mobile Communication, The McKinsey Quarterly May 2007, 2.ジェラルド・ザルトマン(2005年)「心脳マーケティング」ダイヤモンド社 3.「人の感情を捉えて数値化」日経ビジネス5/7/07
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