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2020年4月30日 (木)

パンデミック後の世界で、人間の力が再認識される

 コロナウィルスが収束したわけでもないのに、パンデミック後の世界について語る人たちが増えている。死者数が、イタリアを抜いて世界一になっている米国において、Build Back Betterという言葉がスローガンのように使われ始めているようだ。

 「より良いものをつくりなおそう」。大切な人の命や、仕事、収入など、多くの人たちが多くのものを失った。でも、私たちが再建するのは元のままの社会ではない。パンデミック以前より、より良い社会、より優れた組織や制度をつくろう!という意味だ。

 現生人類の数十万年の歴史のなかで、私たちの祖先は、ホモサピエンスという動物種が絶滅するかもしれないほどの苦境に幾度となく直面してきたはずだ。窮地を耐え忍んで乗り越えてこられたのは、人類が未来を想像する能力を持っていたからだ。「いまは苦しくても、この苦しみを乗り越えれば、明るい未来がきっと開ける」と信じ、それを実現するために、自分たちは何をすべきかを具体的に想像する能力。そういった力を他の霊長類は獲得していない。

 希望は、人類が生存していくための糧であり、その希望を具体的に描くことができる想像力は、人類が存続していくため欠くことができない能力だ。

 ウィルス収束がまだ具体的に見えてこないときに、すでに、その後のことを考え、そのために自分たちは何をすべきかをかを語る・・・・人類の生存本能が活動していることの証だろう。

 ・・・ということで、私も、「より良い社会をつくりなおそう!」に関連して、再建する社会というか、再構築する組織(例えば会社)においては、人間の力が再認識されるべきだし、きっと再認識されるだろうという話を語らせていただきます!

 パンデミックを契機にテレワークやキャッシュレス決済が一気に進むとか、ネットフリックスの会員数が世界中で1600万人増えたとか、小売りで伸びているのはアマゾンのようなネット通販だけとか・・・デジタルの強さがきわだつ。パンデミック後は、社会のデジタル化がより急速に進むと語る人も多い。

 だが、その一方で、物理的な形をもったモノが欠乏することの深刻さに気づかされたことも事実だ。マスクから電子部品まで、無いと本当に困ることが実感できた。また、医療機器が足りないのも困る。そして、高度な医療機器が十分あっても、医師や看護師がいなかったら役に立たない。

 「近い将来、ロボットが高度な医療機器を使えるようになるから人間がいなくても困らない」とあなたが考えているとしたら、あなたはテクノロジーの力を過信しすぎている。

 振り返ってみれば、2019年は、いまのアルゴリズム中心のAIへの過信が挫折を味わった年だ。早ければ2020年には完全自動運転が実現するとしていた企業家や研究者の予測が修正された。修正といっても、2020年が30年に延びるといったような問題ではない。完全自動運転がどのくらい先に実現するか予測すらできないと、研究者たちがあっさり認めたのが2019年という年だ。

 トヨタの自動運転開発チームを率いるギル・プラット氏は、AIが完全自動運転するためには「認識」「予測」「判断」の3つの認知プロセスを実行しなくてはいけないが、「人の脳と同様にAIに予測させることはそれほど簡単ではないことが、最近、分かってきた」と2019年末に日経新聞のインタビューに答えている。

 事故は、他のクルマの運転手、歩道を歩いている人間、二輪車に乗っている人間などが予想外の行動に出たときに起こる。各種のセンサーや高解像度カメラを装備することで、道路上の対象物を見つけ、それが何であるかをAIで識別することはできる。だが、その対象物が次に何をするかを予測するプログラムを作成することは、現在のアルゴリズム中心のAIではむずかしいことがわかってきたのだ。

 人間は「ああなったらこうなる」という行動のイメージを頭に浮かべることができる。たとえば、前を走っているクルマの運転の仕方で、「駐車するスペースを探しているんだ」と直感し、車間距離を置かずに後をついていくのは止めようと判断する。

 こういったメンタルモデルを構築する人間の能力は、現在の機械学習型AIがデータを「学習」して獲得できるものかどうかに疑問が出てきたようだ。

 自動運転のレベルには5段階あるが、機械への代替率が100%になるためにはレベル4にならなくてはいけない。レベル3では、緊急時にドライバーが操作する手はずになっているので人間は運転席に座っていなくてはいけない。レベル4はドライバーがいなくてもよい。その代わり、自動運転できるのは特定の場所や特定の気象条件に限られる。

 つまり、レベル5にならなければ、機械は人間に代わることはできない。完全自動運転はまだSFの世界なのだ。

 AIの挫折は製造業にもみられた。

 スポーツ用品メーカー「アディダス」が、靴製造のために2016年に建設したドイツのスマートファクトリーが19年に閉鎖された。アメリカに建設したスマートファクトリーとともに年間100万足の靴を作っていたが、二つの工場は閉鎖され、靴の製造は中国とベトナムに戻された。アディダスは「経済性と融通性のため」とコメントしている以外は多くを語っていない。4D技術とロボットを利用した自動工場よりも、人間中心の工場のほうが融通性においてもコストにおいても優れているということらしい。

 米国のテスラは2016年に値段の安い普及車「モデル3」を発表。予約が殺到したのはよいが生産がまにあわない。1000台以上のロボットによる最新製造システムを採用した工場が、実際に動かしてみたら、うまく稼働しないことがわかったからだ。ロボットより人間による作業のほうが効率良い箇所がいくつか出てきた。2018年、窮余の策として、工場の駐車場に、アメフト競技場二つがすっぽり入るくらいの大きなテントを張り、そのなかにマニュアル作業用のアセンブリーラインを設置。数百人の従業員を急きょ雇い、手作業で車を完成させることになった。

 イーロン・マスクCEOは「人間というものを過小評価していた」と自分の誤りを認めている。

 アディダスもテスラも、そして、自動運転車の完成が近いと予測していた企業や研究者たちも、機械(AIとロボット)への過信、機械の方が人間より優れているという思い込みが強かったといえる。

  2015年、野村総合研究所がオックスフォード大学研究者(マイケル・オズボーンとカール・フレイ)との共同研究で、国内601種類の職業について、AIやロボットに代替される確率を試算した。そして、今後10~20年以内に、日本の労働人口の約49%がAIやロボットで代替されるであろうと発表した。2013年には、同じオックスフォード大学の研究者たちは、米国においては、労働人口の47%が機械に代替されるリスクは70%以上と発表している。 

 労働者の半分が機械に代替されるというショッキングなニュースは米国でも日本でも話題となった。だが、その後、この研究のいくつかの欠点が他の研究者から指摘され、いまでは、2016年に発表されたOECDの9%という数字が妥当であるとされる。もう少し具体的に説明すると、2016年に発表されたOECDの研究では、加盟各国の機械代替リスクでは、代替リスク70-100%の労働者の割合は、米国9%、ドイツ6%、日本で7%となっており、OECD加盟国平均で9%となっている。

 OECDの研究者は、オズボーンとフレイの米国での研究結果における問題点を3つ指摘したが、その中でも一番の問題は、職業をタスクに分解して、タスクごとに機械化されるか否かを分析しなかったことにあるとした。つまり、職業はいくつかのタスクから構成されており、その中には機械化しやすいタスクと機械化しにくいタスクが混在しているはずだ。

 たとえば、日本の例では、「AIやロボット等に代替される可能性が高い100種の職業」のなかにスーパーの店員というのがある。たしかに店員がしなければいけない多くのタスクのうち、在庫チェックや補充注文するタスク、レジのタスクとかは自動化できる。が、売り場に店員がいて対面販売することで売上が上がるという理由で、人間を使い続ける店舗は多い。アディダスのスマートファクトリーにおいても、人間が作業をしたほうが効率の良いタスクがあったのだろう。

 OECDが指摘した二番目の問題点は、フレイ&オズボーンの研究にはテクノロジーの進歩への確信が強すぎることだ。たしかに、現在の機械学習とかロボット工学の進展は過去に例をみないほど大きなもので、定型的な仕事が代替されることは確実だろう。だが、フレイ&オズボーンは、現在の技術革新がすぐに実用化に結びつくという仮定のもとに計算をした。たとえば、自動運転技術が実験室レベルで開発されていれば、世界中のすべての運転手が100%機械に代替される可能性があると仮定して計算したということだ。だが、前述したように、自動運転の可能性は、2019年には大きく後退した。クルマの完全な自動運転は非常に難しいことがわかってきて、10年20年では実現できないということは最近の大多数の関係者の見解となっており、企業の多くはこうした現実に沿ってすでに戦略を見直している。

 当然のことながら、「代替されやすい100種の職業」リストに入っていたタクシー運転手、路線バス運転者、宅急便配達員なども、リストから除外されることになる。

 三番目の問題点として指摘されたのは、各職業が機械に代替されやすいかどうかを決めるプロセスにある。米国労働省の職業分類の702の職業のうち、わずか70の職業だけを選び、それらが自動化できる可能性があるかないかをオックスフォード大学工学科学部に分類してもらった。可能性の有無を分ける要素(変数)でモデル化し、そのモデルを残りの632種に当てはめ確率計算するといういう手法をとった。このやり方が少しずさんすぎるというわけだ。

 「テクノロジーが最も高度で優れた解決策であり、人間ベースの解決策よりも優れている」という思い込みが、クルマの自動運転を目指したAI研究者にはあった。同じ傾向がフレイ&オズボーンの研究にもあるということだ。

 いまのAIの実用化はメディアやコンサルティング会社があおった期待ほどには進まない。企業は人間である従業員に今後も頼っていかなくてはいけない。だが、多くの日本企業は、バブル崩壊後の失われた数十年間をみても、従業員を大切な企業資産と考えてはいないように見受けられる。

 もともと、日本企業のICT化が遅れた原因の一つは、従業員を機械代わりにつかってきたからだ。低コストの非正規社員に頼り、また、正規社員にもルーティンワークをさせた(だから、長時間労働が常習化した)。そのうえ、人手不足が深刻になったこの数年間を除いて、1997年からの20年間、日本の賃金は9%減少している。先進国で唯一のマイナス国だ。

 安いコストで人間を長時間労働させることができたから、ICTを進める必要性がなかった。その結果が、日本企業の従業員のエンゲージメント率は、どの調査をみても、先進国で最低で、世界平均の半分に満たない。

 エンゲージメントとは、自分の会社の目標に強く共感し、その目標を達成するために自分も最善を尽くそうという気持ちだ。そういった気持ちがない従業員と、パンデミック後の世界を乗り越えていくことができると思っているのだろうか?

 パンデミック後にICT化をより一層進めることは当然のことだが、それは、人間を機械に代替させるためではなく、人間がより高い志を持って働けるようにするためだ。

 人間は感情で動く。共感や感動があれば倍の力を発揮する。変事は、志を同じくする、つまり、ビジョンや夢を共有する仲間がいて初めて乗り越えられる。

 たとえば、パンデミック後にテレワークが一気に進むという話がある。だが、前の記事で書いたように、アメリカではこの数年、テレワークの意義の見直しがされている。社員の共感を得たり、イノベーションの創造を促すためには、社員同士の対面コミュニケーションを維持しなくてはいけないとわかったからだ。機械ではなく人間だけがもつ能力を生かすためには、共通の目的をもち、それを一緒に目指すチームワークが必要だということに気がついたのだ。

 パンデミック後の会社という組織をより良いものに再構築しようというのであれば、まず、人間の力を再認識することから始めるべきではないだろうか。

 花王は社内では「人材」ではなく「人財」という言葉を使うように変えた。「材」だと社員を費用のかかるコストだとみなす印象がある。人は会社にとっての財産だから「財」にしたそうだ。

 

  

参考文献 1.Melanie Arntz,et al., The Risk of Automation for Jobs in OECD Countries: A Comparative Analysis, OECD Social, Employment and Migration Working Papers No.189, 2. 「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」野村総合研究所 news release, 12/2/2015, 3.全自動運転 業界全体で計画遅れ」日経新聞1/11/20, 4. Neal E. Boudette, Despite High Hopes, Self-Driving Cars are Way in the Future, The New York Times, 7/19/19, 5. Christopher Mims, Self-Driving Cars Have a Problem: Safer Human -Driven Ones, The Wall Street Journal 6/18/19. 6. Addidas shift German, US smart factories to Asia, Techxphone. Com 11/11/19, 7.Steve Crowe, Addidas closing autmated speed factories in Germany, the U.S. , The Robo Report 11/13/19, 8.「良い日用品 人財のわくわく感で 沢田道隆氏」読売新聞 8/6/19

2020年3月25日 (水)

コロナウィルスを契機にテレワークは一気に伸びるのか?

 コロナウィルス対策の一つとして、テレワークを採用する企業が増えた。これがきっかけになってテレワークが日本でも一気に広がるかもしれないと期待されている。働き方改革において、長時間労働を是正する対策として、あるいは、育児や介護をしながらも働ける環境をつくる方法としても、テレワークに期待する声は高い。

 が、テレワークを企業が導入する場合には、考えなければいけない大きな問題もあるようだ。テレワークを率先して導入した米国企業の経験を紹介してみます。

 総務省「平成29年通信利用動向調査」によると、自宅でテレワークする制度を導入している日本企業の割合は29.9%で、導入率はゆるやかに上昇している。一方米国では、合衆国労働統計局の調査によると、自宅で働く従業員の割合は2018年に24%で、2016年の22%より少し上昇している(この数字には、100%在宅勤務の従業員と部分的に在宅勤務している従業員と両方含まれている)。だが、2016年の数字は前年の2015年より2ポイント減少しており、伸びが止まっている感がある。

 えっ? ICT導入に積極的な米国で、そんなに低い数字? 驚く人も多いと思う。民間の調査では40%前後の高い数字が出ていることがあるが、自宅で働くフリーランスが含まれていることもある。ここでは、あくまで、企業の従業員の在宅勤務の話に的を絞っている。(ちなみに、アメリカでは在宅勤務はリモートワークと呼ばれることが一般的なようだ)。

 米国では、この数年、リモートワークの見直しがされている。他社に先駆けて在宅勤務制度を始めていた企業が、最近になって中止するのが目立っている。IBM、HP,ハネウェルといったちょっと古めのテクノロジー会社の他にも新興ネット企業のレディットもいったん採用したリモートワーク制度を中止している。

 たとえば、1979年に他社に先駆けて在宅勤務のリモートワークを始めたIBMが、2017年には、この制度を利用していた数千人の従業員にオフィスに戻って勤務するようにと指令を出した。2009年には、173か国の386000人の従業員の40%が在宅勤務をしていると誇らしげに発表していたのに・・・。

 IBMに関しては、収益が落ち続けているので、人員削減のための新たな手段ではないかとか(在宅勤務を続けたい人は会社を辞める可能性がある)、あるいは、アップルとかグーグルとか人気のハイテック企業のマネをしているのではないかとか勘繰られている。

  一方で、急成長しているハイテック企業がリモートワークの価値を認めていないのは本当だ。その理由というのが、従業員同士のコミュニケーションが質量ともに落ちるという問題にあるらしい。ICTの利用に積極的であるはずだと思われている米ハイテック企業が、ICTを使ってのコミュニケーションより対面のコミュニケーションに価値を置いているという矛盾が興味深い。

 在宅勤務のメリットは生産性が上がることだと通常はいわれるが、その反対の説もある。どういったタイプの生産性を目標としているかの違いによるのだが、アップルやグーグル、アマゾンといった企業は、企業文化を強化し、イノベーションを生み出すためには、従業員が同じ経験を共有し、チームワークを強化しアイデアを分かち合うことが必要であり、そのためには対面コミュニケーションが重要だという結論らしい。 

  こういった企業が基本としている理論は、米国マサチューセッツ工科大学のトーマス・アレン教授が、1977年に発表した「アレン曲線」と呼ばれる理論だ。コミュニケーションの頻度と物理的な距離には強い負の相関関係があるというもので、座っている机の距離が離れていればいるほどコミュニケーション頻度が少なくなる。彼の調査では、自分から6フィート離れた席の相手と60フィート離れた席の相手とでは、前者と定期的にコミュニケーションする確率は4倍高い。30メートル離れると、コミュニケーションはゼロとなる。

 1977年なんてICT技術は未熟で現在のものとは大違い。そんな古い理論はもう通用しないと反論したくなる。が、「職場の人間科学: ビッグデータで考える『理想の働き方』」の著者ベン・ウェイバーの研究によると、対面のコミュニケーションとデジタル・コミュニケーションのどちらもアレン曲線に従うことが明らかになっている。つまり、同じオフィスで働いているエンジニア同士は、離れている同僚同士よりも、デジタルでも20%多くコミュニケーションしているそうだ。

   だから、グーグルの元CEOのエリック・シュミットが創造性は相互作用から生まれるからデスクはなるべく離さないで近くに並べたほうがよいと、著作に書いているのかもしれない。もっとも、地価の高い日本の狭いオフィス内でデスクをくっつけてしまうと、人間関係に疲れてしまうストレスのほうが多くなるかもしれないけど・・・。

  世界の2000人の従業員と経営陣へのインタビュー調査によると、リモートワーカーの三分の二の会社へのエンゲージメントは低い。リモートワーカーは会社に長く働く傾向も低い。同僚に長い間会わないと、チームや組織へのコミットメントが低くなるからだろう。

  日本でも米国でも、リモートワークをしている本人は、「融通性に満足している」とか「集中できて生産性が上がる」と答えてはいるが、それを鵜呑みにしていると失うものが多いということらしい。

 日本企業の方向性としては、育児、介護、病気、あるいは今回のパンデミックのようなやむをえない理由で在宅勤務を提供する必要があるとしても、一定の日数はオフィスで他のメンバーと過ごすことが必要だ・・・という常識的な結論に落ち着くのではないだろうか・・・。

参考文献 1.Jerry Useem, When Working From Home Doesn’t Work, Harvard Business Review Nov.2017 2.Dan Schawbel, Survey: Remote Workers Are More Disengaged and More Likely to Quit, Harvard Business Review Nov.2018 3. Nicole Spector, Why Are Big Companies Calling Their Remote Workders Back to the Office?, NBC News, 7/27/17 4.Ben Waber et al., Workspaces That Move People, Harvard Business Review Oct. 2014