小売りとメーカーのバトルロワイヤル Feed

2010年2月12日 (金)

P&Gがアマゾンになる日。そして百貨店の衰退。

 ついに、「その日」がやってきた。 

 P&Gが決断したのも当たり前だ

 店舗小売業者が割安なPBを積極的に販売し、棚に置くメーカーのブランド品の数を減らす。あるいは値段を下げるように圧力をかけてくる。アマゾンさえもが本や家電製品だけ売っていればよいものを日用雑貨品にまで手を出す。あげくに、ネットスーパーまで開店してニンジンや肉まで売り始めた。

 我慢するのも、もう、限界だ!

 そう思ったかどうかは知らないが、日用雑貨品メーカーとしては世界No.1のP&Gがネット販売のサイトを1月に開けた。とはいっても、まだ、実験段階。最初は会社の従業員を対象に、次いで5000人の消費者だけにテスト販売したあと、2010年春にはアメリカの消費者向けにネット販売を始める。

 欧米の消費財メーカーのなかには、ブランディング用のサイト上で、「よろしかったらどうぞ」くらいのレベルで、サイトで紹介している商品を直接販売している企業もかなりある。だが、P&Gだけは、どちらかというと、自社商品を取り扱っている小売業者に配慮して、直接販売はほとんどしていなかったのだ。

 もっとも、P&Gは、新しいサイトを開ける目的は、消費者に直接販売するためだ・・・なんてことは言っていない。競合相手となってしまうお得意さんの店舗やネット小売業への刺激を避けるためか、「このサイトは、消費者調査の実験場である。 消費者がオンライン上でデジタル広告やクーポン、販促活動にどういった反応を示すかのテストをする。結果としてわかったことは、小売業者にも還元される。だから、このサイトは小売業者にも役立つはずだ」と語っている。

 そんな言い訳、信じてくれるかなあ?

 P&Gの全世界における売上79億ドルのうち、アマゾンやウォルマートのサイトからの売上を主とするネット販売が占めるのは、わずか0.6%。したがって、P&Gは、今すぐ、自社サイトが大きな売上を上げるとは思ってはいない。だが、将来は? ネットのダイレクトチャネルは店舗と同じくらい重要な位置を占めるようになるだろう。だから、いまのうちに、自らネットに進出し、オンライン購買に効果的な商品の組み合わせ、ソーシャルメディアとのリンクづけ、直接販売に最適な包装梱包などについて調べておきたいのだ。そして、ネットから、いまの10倍の売上を上げるようにしたいというのが目標らしい。

 P&Gは2008年にネットスーパーの実態を勉強するために、英国の(店舗をもたない)ネットスーパー専門のOcado(オカド)に投資をした。また、Googleとの間で、社員20人くらいを数週間交換して互いにまったく異なる業種でのビジネスのやり方を学ぶという面白い試みもしている。

 つまり、ネット小売業について、慎重に準備をしていたということだ。

 欧米では、いくつかの消費財メーカーから成るネット販売サイトを運営する試みは、すでに2009年の夏に始まっている。Alice.com(www.alice.com/)には、ジョンソン&ジョンソン、ネスレ、ゼネラルミルズなど29のメーカーが集まっている。このサイトを運営している会社代表は、「P&Gのように数百種類もの商品を製造しているメーカーは、独自でサイトを開けることができます。しかし、多くのメーカーが集まることによって、消費者への魅力度はずっと増すはずです」とコメントしている。

結局のところ、消費者にものを直接販売できるダイレクトチャネルということになれば、店舗か(PCやモバイル端末の)サイトしかない(一応、電話もダイレクトチャネルではあるけれど・・・)。そして、結局のところ、利益を高めようと思えば、どこかが製造したモノを仕入れるのではなく、製造(生産)プロセスそのものにも関与したくなる。タイトルにP&Gがアマゾンになる日と書いたけれど、これは、アマゾンがP&Gになる日でもある。実際、米アマゾンは、この2年くらい、家庭用品、アウトドア家具、OA周辺機器で、(宣伝していないので気づかないが)PBを発売している。2009年秋には10種類のPBが確認されている。様子を見ながら、他のグローバル市場にも拡大していくつもりだろう。

 10年後どころから5年後には、メーカーとか店舗小売業とかネット小売業とかの区別は消えているかもしれない。衣料品や家具だけでなく、日用雑貨や飲食料品分野においてもユニクロのような製造小売業化が進む。元メーカーとか元店舗小売業とか元ネット販売業と呼ばれる企業が、ネットを含めたいくつかの販売チャネルを抱える。そのとき、競争優位に立てるのは、どの企業か? 元メーカー、それとも元店舗小売業? それとも元ネット専業企業?

 日本では、店舗小売業とくに百貨店とかイオンやイトーヨーカドーのような総合スーパー(GMS)の売上の落ち込みがひどい。が、だからといって、消費者へのダイレクト・チャネルとしての店舗の価値が落ちたわけでは決してない。

 たとえば、ファッションサイトとして日本最大のZOZOTOWNがある。2009年1年で約60万人が利用し、会員数は2009年11月で約163万人。ブランド商品が中心で、20代の若者が(利用客の平均年齢は28歳)そこそこの値段の商品を購入している(年間購買金額は4万6000円)。ZOZOTOWNを運営している会社社長は「ウキウキ感やワクワク感を感じられるように・・・・売り場が楽しそうになっていること、いつ来ても何かやっているような華やかさや活況感、ライブ感を大切にサイトをデザインしている」と、いくつかのインタビューで語っている。

 たしかにZOZOTOWNは非常に上手にデザインされていると思う。でも、正直いって、サイトを訪問してウキウキ、ワクワクするとしたら、エンターテイメントにまったく縁のない人生を送ってきた若者でしょう。ZOZOTOWNサイトがどう頑張ってみても、五感を刺激することができる店舗には負ける。とはいえ、情けないことに、ウキウキワクワク心がときめかない店舗が多いことも事実だ。とくに、デパートはひどい。日本のデパートは小売業をしているのじゃなくてテナントに場所貸しする不動産業を営んでいるだけ・・・という批判記事にもウンウンとうなずきたくなってしまう。

 最初に断っておきますが、私はデパート大好き人間です。デパートに行くだけで気分が高揚してついお金を使ってしまう。憂鬱なことがあっても、一歩店内に入ると忘れてしまう・・・はずだったのに。

 去年のクリスマスはひどかった。クリスマスの華やかな雰囲気などまるでない。クリスマスソングは流れていない、サンタもいない。「お客様より私たちのほうがよほど貧乏です。だからクリスマスでも華やかに着飾るお金などありません」といった感じ。経費がないならないで、メタボでお腹の出た部長がサンタのかっこうをして売り場を歩けばいいだろう。クリスマス音楽を流すくらいなら、お金はかからないだろう。店舗に流れるバックグラウンドミュージックによって購買金額が違ってくるという心理学の実験を知らないのだろうか? 今日は絶対必要なものしか買わないぞと誓っても、いったん店にいくと、その雰囲気につられて、つい財布の紐がゆるくなる・・・ここに店舗の強みがあるのに。

 2月10日の朝日新聞夕刊に、明治大の鹿島教授がデパート不況とその再興について書いていらした。鹿島教授はフランス文学の先生で、デパート第一号店といえるフランスのボン・マルシェを始めた夫婦についての本を出版している。朝日の記事では、デパートが150年もの間、小売業の王様として君臨できたのは、それが「文化」を提供したからだと結論づけられている。文化とデパートというと、私などは、西武百貨店、文化、堤清二という図式が浮かんできてしまう。文化の定義にもいろいろあるだろうけれども、しかし、デパートは商業空間であると同時に文化空間であるといわれても、いまいちいまに・・・。でも、そこから続く鹿島先生の説明には100%賛成です。

 

 

  • ・・・デパートとは、必要を「満たす」ための場ではなく、そこに行って初めて必要を「発見する」場である・・・・いいかえると、消費者をデパートに「来させてしまえ」ば、もう「勝ち」なのである。デパートに入ったとたん消費者はそこれまで意識していなかった「欲望」を見出し、これを「必要」として後から合理化するからだ(以上は、引用です)

 去年のデパートにお歳暮を買いに行った客は、ウキウキもせずワクワクも感じることなく、必要な要件であるお歳暮をすましたら、そのままデパートを去っていったことででしょう。クリスマスだけではない。多くのデパートはこの10年以上の間に、リアル店舗だからこそ提供できる活況感やライブ感を高級という名前のもとになくしていた。高級ということは品の良いことで、品がよいということは退屈なことだと、経営者は理解していいたようだ。消費者が離れていったのも当然だ。

 店舗は五感にアピールしウキウキ感ワクワク感を提供できれば、大きな力を発揮する。それは、化粧雑貨中心のドラッグストア、渋谷の109(最近、少し元気がない?)、ルミネのような駅ビル店舗が元気なことからもわかる。ファッションに限らない。不況でも好調な花屋の青山フラワーマーケットでは、文化祭のノリで元気な店員が、季節や流行にあわせてめまぐるしく品揃えを変え、店舗の雰囲気をいつも新鮮に保っている。1日のうちに店のレイアウトが変わることも珍しくない。目(視覚)を楽しませ、匂いや音楽が嗅覚や聴覚に刺激を与え、脳を満たす化学物質が入れ替わって気分が高揚する。本気になれば、店舗が提供できる五感刺激に勝てるネット上のサイトはないはずだ。

 

 デパートの衰退の理由は、あちこちですでに書かれているし、原因は企業組織とか企業体質に由来するものが多いので、ここでは深入りしません。ただし、もうひとつだけ、日本のデパートがカタログやネットという通信販売チャネルを採用できなかったことについて書いてみます。

 米高級百貨店ニーマンマーカスでは経済危機発生後の2008年のクリスマスシーズンに店舗売上は26.4%落ちたが、カタログやネットのダイレクト部門の売上の落ちは9.2%ですんだ。「巣ごもり」する消費者は外出する気は起こらなくても、自宅で選択できる便利な通販なら買う気も起きたのだろう。同じく高級デパートのサックスの2009年前半の売上をみると、店舗の売上が19%落ちたのにネット販売は9%増大している。どんな不況でも高額品を買える客層は存在する。通販なら世間の目をきにせずに贅沢品を買うこともできる。

 日本のデパートが通信販売をずっと前から採用できなかったのは、ひとつには縦割り組織で、通販をすれば店舗の売上が落ちるという奇妙な神話に固執するひとたちを説得できなかったこと。よって、通販を採用していたデパートでも、店舗とは異なる商品しか販売できす、店舗との連動がなく相乗効果を発揮できなかった。また、ブランド店に場所を貸すだけの不動産屋でおさまってしまって、ポイントカードを発行しながらも、お客様とのコミュニケーションはテナントまかせ。 テナントと密に協力しあわないから、通販と店舗販売商品を連動させることもできない・・等々。

 しかし、それでも、2月10日の日経MJによれば、第22回日経企業イメージ調査において、信頼性があるという項目では、デパート3社(髙島屋、伊勢丹、三越)がトップ3を守っている。欧米でも、ブリック&モルタルは消費者の信頼度を高めるといわれている。つまり、店舗というリアルな場は、信頼性と五感刺激という意味で、ネットよりも優位にたつ。

 だから、小売業を極める限りは、(たとえ元メーカーでも)店舗というチャネルを無視はできないはずだ。

 最後に、とりとめのない意見を3つ。

  1. セブン&アイは2300億円投じてそごうや西武というデパートを買収してが、相乗効果を出すことに苦労している。店舗が店舗を買ったということが間違い。やっぱり、ネット企業を買うべきだった。あるいは、日用雑貨や飲食料品のメーカを買うべきだった・・・って、後悔していたりするのかなあ?
  2. そういった意味で、これからの企業買収は「規模の経済」の論理ではなく、なるべく自社と離れたところに位置する企業を選ぶ。たとえば、ユニクロブランドの特徴はデザインとかファッションではなく工業製品みたいに革新性にある。だから、世界市場で成長するためには、たとえば、古くなったら土に埋めれば土にかえる服。身に着けているだけで血液中の某化学物質が吸収されて血圧が下がるとかホルモンが増大する下着・・・といったタイプの衣料品を製造していけばよい。よって、買収するのは高級ファッションブランドではなくて、化学繊維メーカーとか化学研究所みたいなところ。
  3. 最後に、意見じゃなくて感想です。想像と創造のゾウを組み合わせたZOZOTOWNという名前は大好きです。でも、サイトにアクセスして町の風景をみて、ボッボという機械音をきくと、なぜか、バットマンとかスーパーマンに登場する架空都市ゴッサムシティを思い浮かべてしまいます(私だけ・・・?)。そして、バットマンが住んでいるゴッサムシティのイメージって、なんか暗いんだよね。
 

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参考文献:1.デパート文化空間必要、朝日新聞夕刊2/10/10、2.日経企業イメージ調査、日経MJ2/10/10、3.青山フラワー、やる気で開花、日経MJ1/08/10、4.小売の基本、ネット貫徹(トップの戦略)、日経MJ 12/21/09、5.Jack Neff, More CPG Players Embrace E-Commerce, Advertising Age 2/21/10, 6.Dan Sewell, P&G Jumping Into Retail Online, Testing New site, Boston.Com 1/14/10

 

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2008年10月19日 (日)

不確実性下におけるマーケティング

 不確実とは英語でUncertainty。不確実性の定義として有名なのは、ケインズと同時代のアメリカの経済学者フランク・ナイトが1921年の論文で提案したもの。彼は、不確実性にも2種類あり、確率で推し量れるものをリスク(Risk)とし、確率では表現できないものを本当の不確実性とした。

 この定義でいけば、天候も容認できる確率で予測できる限りはリスクとなり、最近のように冷夏や暖冬のような長期予測もはずれるようになると不確実性の範疇に入ることになる。

 ナイトのこの区別には異議を唱える経済学者も多く、どんな不確実性だって充分な情報さえあれば確率で表現することができる・・・という主張もあれば、確率というものは、そもそも、自分が信じていることを主観的に表現しただけのもので、実社会のランダムネスとは必ずしもつながっているわけではない・・・という意見もある。

 いずれにしても、将来、特定の出来事が実現するかどうかわからないという不確実性に私たちは直面している(というか、直面していると私たちは信じている)。

 地球温暖化によるといわれる異常気象。気象に関する不確実性は、科学が発達することにより、高い確率でゲリラ豪雨、旱魃、突風なども予測できるようになれば、対策がとれるリスクの問題に変わっていくかもしれない。だが、株価の乱高下とか、そういった不安定な株式市場が消費者心理ひいては消費者行動にもたらす影響を予測することは、不特定多数の人間の意思決定の問題となり、数字で予測することが不可能な本当の意味での不確実性となる。

 将来何が起こるかの可能性を客観的に数字で予測できにくい不確実な状況下においては、「人々は一般に理性より情動や直感に基づく行動をとりがちになる。また、確たる根拠のないままの判断ゆえ、他のひとに影響されやすく、状況次第で大きく行動を変えがちになる(1)」といわれる。「ブランドと感情と記憶」シリーズで書いたように、人間の意思決定は、根本的には内なる感情(情動)によって左右される。とくに充分な情報が存在しない状況においては、消費者はヒューリスティクスや直感によって判断する傾向が高くなる。

 あるいは、また、「不可解な消費者行動」シリーズで書いたように、人間には行動経済学でいうところの「損失回避性」がある。不安定な社会状況においては、とくに、現状維持バイアスが強くなり、お金は使わない、子供は生まない、新しいことにはチャレンジしない・・・・ということで、余計に景気が悪くなるという説明のしかたもできる。行動経済学の始まりを告げた1979年の論文「プロスペクト理論:リスク下での決定」の著者の一人であるダニエル・カーネマンは、2002年にノーベル経済学賞を受賞している。選考理由は、「経済学に心理学研究からの新しい識見を採用し、とくに、不確実性下における人間の判断と意思決定において顕著な業績を残した・・・」となっている。行動経済学は、まさに、いまの時代にふさわしい学問なのだ。

 いずれにしても、不確実な市場環境における消費者行動は感情優位となり、ヒューリスティックな判断をする傾向が強くなる。(最近のTVニュースで百貨店の担当者が株の上がり下がりによって客足が違ってくるとコメントしていた。株の売買などしたことがない消費者でも、株が大幅に下がったと報道されると購買を控える。消費者は株の高低というキュー(手がかり情報)を使って景気の先行きの判断をしているわけだ。このように、1)経済の実態とは少し離れたところで判断が下されて株が乱高下し、2)株式市場とは少し離れたところで判断が下されて小売店舗での売上が上下する。まさしく、不特定多数の意志決定者の行動が他の不特定多数の意志決定者の行動に影響をあたえることにより、結果として、予測しがたい大きな変化が生み出されたことになる)。

 こういった状況において小売市場で重要なことは、(実際には、いつの時代においても重要なことではあるが・・・)、内なる感情に訴えることができるブランドを確立し堅持することだ。メーカーは内なる感情を動かすことができるブランドをもっていれば、小売の値下げ圧力にも屈する必要はなくなる。そして、NBメーカーが強いブランドを持っていることは、小売店にとっても大切なことなのだ。

 消費者の買い控えが始まると、「低価格」「値下げ」の2つ言葉がマジナイのように唱えられる。だが、不景気には低価格商品というのは、あまりに短絡的すぎないか?小売店が2つ言葉のマジナイを繰り返すことは、自分たちの本来の任務は消費者のための購買代理業であることを忘れていることを告白しているようなものだ。

 面白いデータがある。アメリカの大恐慌時代(1929年~30年代初め)において、もっとも厳しかった1933年でさえも、化粧品の売上は恐慌が始まる以前より高くなっていた。そして、1939年の売上は10年前よりも(実質成長において)35%高くなっていたのだ。

 人間は一度覚えたライフスタイルや生活水準を落とすことはなかなかできない。他のものを削っても、これだけは贅沢したいというものはある。日本だけではなく世界的にも消費者の二極化あるいは消費の二極化が存在している。なのに、スーパーは安いものばかり並べてもよいのか? 通常は特売品や安いPBを購買していても、金曜日には高級ワインと高級素材あるは高級惣菜で一週間に一度の贅沢をしよう・・・と考える消費者は多いはずだ。だが、いまのスーパーの棚に贅沢だと知覚できるような商品を見つけることはできるだろうか? 瑣末なことで差別化された似たような価格帯で似たような外見のものばかり。価格やパッケージでヒューリスティクスに選択判断しようとしても、キュー(手がかり情報)すら見つけられない。

 消費者のなかには、高いほうが高品質の高級品だと判断して選択する人も多い。つまり、低価格PBがあって、初めて、それと比較して高い価格のNBの価値が知覚されるようになるのだ。ネスレ日本のジョンソン会長&社長も次ぎのように語っている。「・・・割安なPBはNBがあってこそ価値が見えるものです。当社は特定の小売向けに専用商品をつくることはありますが、PB生産はしません」。また、最近のCPG分野における値上げ傾向について、価格転嫁よりも内部努力を尽くすのが原則だとしたうえで、「一方で、無理に値上げをしないでいると業界全体のリスクになる可能性があります。日本の食品メーカーはどこも利益率が低い。製品事故や自主回収が頻発する背景には、コスト高を価格転嫁できずに収益を追う体質に一因があるように思います(2)」。

 値上げするときに重要になってくるのは、消費者が知覚できる品質の違いだ。170円のNBカップヌードルと80円のPBカップヌードルがあるとして、110円の価格の差が知覚される品質の差に呼応していれば問題はない。だが、メーカーが考える品質の差と消費者が知覚する差の間に大きな隔たりがあることが多い。シリーズ第4回「NBは高くてもよいのだ」で書いたように、消費者が知覚できる品質の差を考えるときには、内なる感情とか直感が重要な役割を果たすようになる。

 メーカーは製造業的メンタリティを改めなくてはいけない。以前メーカーにいたという卸業の経営者は「メーカーの商品開発の本質はラインの生産性になります。マーケティングもしていますが、多くは広告代理店などの受け売りです・・・(3)」と語っている。マーケティングが代理店まかせかどうかはさておいても、日本のメーカーが技術屋志向になりがちなことは事実だ。メーカーの経営者は、「値上げは付加価値とセットに・・・」とよく言う。付加価値という言葉を使うから、材料をXXに変えたとか、香りや風味を残すために新技術を採用した・・・とか、付け加えた価値を列挙することになる。もちろん、こういった付加した価値は重要であるにきまっている。だが、その多くが、消費者にとって、すぐに知覚できるものではない。付け加えた価値を知覚しやすいキューにして提供する、内なる感情や直感に訴求しやすい形にして提供する・・・・こういった最後のステップが抜けている例がよくある。

 大手調査・コンサルティング会社のギャロップは、アメリカの小売業者や金融サービス業者(日本の小売業も含まれている)での調査結果として、企業(あるいはブランド)に満足していると答えた顧客を、その企業(ブランド)と感情的に結びついているセグメントと理性的に結びついているセグメントに分けた。そして、感情的に結びついている顧客セグメントは、財布シェア、利益性、継続性の点において、平均的顧客よりも23%も高いことを発見している(4)。

 メーカーは消費者の内なる感情に結びつくブランドを確立し維持しなくてはいけない。そういったブランドはどんな時代にも、売上だけでなく利益も生み出してくれる一定の消費者セグメントを引き寄せてくれる。そして、小売店も、消費者の購買代理業として、そういったメーカーのブランド価値の維持に協力しなくてはいけないはずだ。もし、そういったブランドをメーカーが提供できないのなら、英国テスコのように高級PBとして自らが開発すべきだ。そいういった高級ブランドが存在するからこそ、低価格PBの位置づけがより明確になる(そういった意味で、低価格PBの製造元としてNBメーカーの名前をラベルに印刷することは、メーカーにとっても小売店にとってもやってはいけない愚行だとしか思えない)。

 著名経営コンサルティング会社のMarakon Associatesは、小売とメーカーとの関係についていくつかの調査報告書を発表している。1993年から2002年の間における25の大手小売業者と25のCPGメーカーの業績を比較し、1) 10年の間に小売パワーがメーカーを圧倒するようになってきた、しかし、2)そのパワーは利益に反映されていないことを指摘している(これは、日本においても、イオンやセブン&アイの売上が味の素、花王、キリンホールディングスの3倍以上あっても、利益率は非常に低いのと同じだ)。理由は、当然のことながら、1)小売業の低い粗利益率、2)他社との競争は価格においてのみ、3)メーカーに圧力をかけることはできても、結果として、メーカーから得た販促費用でさえも消費者に低価格で還元する形となっている・・・。

 報告書は、小売もメーカーもともに利益性ある成長を実現するWin-Winの戦略をとらなくてはいけないと指摘している。1987年にウォルマートとP&Gがいわゆる「製販同盟」を結び、これが戦略的協力関係の始まりだといわれている。だが、商品情報を共有することにより、サプライチェーンの無駄を省き店頭での欠品や不良在庫の問題を解決しようとした製販同盟での勝者は大手小売店であり、(大手メーカーも提携先小売店でのシェアの拡大という利益を獲得してはいる)、中小メーカーにとっては負担の増大で終わっていると指摘された。そして、勝者の大手小売店にしても、そこから得た利益はさらなる低価格化を進めるために使われ、自社の利益にはつながっていない。

 両者両得のWin-Winの関係構築は、商品中心の情報共有だけではなく、顧客情報も共有することから始まる。

 Maracon Associatesは、小売とメーカーがともに利益ある成長を実現するためには、利益ある成長をもたらしてくれる消費者セグメントに重点を置き、そのセグメントが価値あると知覚する商品を提供することだと結論づけている。

 ウォルマートは粗利益率の低い低価格品だけでは従来の成長を継続することができないと判断して、高額品も販売するために、顧客調査をして、2億人の顧客を3つのセグメントに分けた。そして、そのうちの1つはNBを選択するセグメントであり、もう一つは価値さえともなえば高額PBを購買してくれるセグメントだと判断した。英国テスコも40~50種類のデータで顧客を10のセグメントに分けた。そのなかには、時間節約のためには高額品を喜んで買うセグメントや、オーガニックとか環境にやさしい商品には高い価格を支払うセグメントが存在していることを発見した。こういったセグメントが望む商品を提供するのが小売の役割であり、そういった商品を開発するのがメーカーの役割だ。もちろん、低価格品しか買えないあるいは買わない顧客セグメントも重要だ。だが、そのセグメントだけに集中していては、売上があがっても利益は薄いまま。持続ある成長は望めない。

 長い、長すぎる、しつこい、読みづかれた・・・。スミマセン。お疲れ様でした。

 これで、「小売とメーカーのバトル・ロワイアル・シリーズ」は一応終了いたします。次ぎは、サービス・マーケティングについて書きたいと思っております。でも、開始は、もう少し先になると思います。それまで忘れないでくださいね。

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引用文献: 1.奥村洋彦「不確実性の分析不可欠」日経新聞6/26/08、2.「ネスレ日本会長兼社長クリス・ジョンソン氏 日本市場は縮まない」日経MJ9/15/08、3.「消費の翻訳 卸の役割」日経MJ8/25/08

参考文献:1. Richard Steele, et.al., Consumer Goods vs. Retail: New Lessons from the Store Wars, Marakon Associates 2003, 2. John H. Fleming, et.a., Manage Your Human Sigma, HBR July- Ausugt 2005, 3. Nancy F. Loehn, Estee Lauder and the Market for Presitige Cosmetics, Harvard Business School 9-801- for Presitige Cosmetics, Harvard Business School 9-801-362

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2008年9月 8日 (月)

ウォルマートが高級ファッション誌「ヴォーグ」に広告を出す 

Ilm06_ca07034s_6ウォルマートがあの高級ファッション誌「ヴォーグ」に8ページの広告を出したのは2005年の秋だ。当時、ウォルマートは、1)大都市圏への進出をはかっていたし、2)ある程度高単価のPBの売上を上げたかった。比較的高級イメージの商品を割安に販売することでは、ウォルマートは「チープシック」に長けている「ターゲット」に大きく水をあけられていた。そこで、アメリカではちょっと名の知れたデザイナーによる洋服PBをつくり、その広告を「ヴォーグ」に掲載したというわけだ。

 当時のウォルマートはちょっとあせっていた。

 同じ総合小売業に属しているからといえ、売上世界一の企業であるウォルマートが、その六分の一の売上しかあげていない「ターゲット」の動向を気にするはおかしい。だが、国内売上だけみると「ターゲット」は三位につけており、しかも、ウォルマートよりも高い利益成長率を示し、2004年の株価はウォルマートが15%下落したのに対して「ターゲット」は28%も上昇していた。

 ウォルマートは毎年新規店を300件開けることで高成長を続けてきた。が、そのビジネスモデルへの限界を、(店舗数が当時すでに3000件を超えていた)国内市場では感じていた。だから、低価格の日用品や食品だけでなく比較的高単価のPBを売る必要があった。だが、これまでサプライチェーンのIT化/効率化を進めることで低価格を実現してきたウォルマートの卓越性は、高単価PBのマーケティングには役に立たない。

 そこで、2005年には、あいついで、外部からマーケティングやブランディングを担当する人材を引き抜いた。ライバルの「ターゲット」で19年間働き衣料品部門を担当していた人物、それから、マーケティング優良企業ペプシコからも一人スカウトした。そしてニューヨークの広告代理店を雇うという冒険もした。

 その結果が、ファッション業界の聖書といわれる「ヴォーグ」の広告だ。

 だが、「あのウォルマートがヴォーグに広告!」とマスコミで騒がれたわりには、イメチェン広告の効果はなかった。それどころか、店舗を高級化して値段も上げるつもりかと既存の顧客ベースに疑いの目を向けられ、2006年の秋には既存店の売上が10年間で初めて減少するという(ウォルマートにとっては)ショッキングな数字が出た。リー・スコットCEOは「新しいファッショナブルな衣料品が業績が下がった主な原因だ」と指摘した。方向性は正しくとも、やり方が急進的過ぎたのだ。

 すぐに軌道修正がなされた。

 まず、一年余の期間をかけて2億人の顧客を徹底調査し、顧客を3つのセグメントに分類した。ちなみに、消費者調査たるものはウォルマートの伝統にはなかった。これも、外部から入ってきたマーケティング専門家の影響だろう。

  1. ブランド志向(brand aspirationals)・・・低所得者だがブランド名にこだわる
  2. 価格に敏感な富裕層(price-sensitive affluents)・・・賢い購買取引を好む高額所得者
  3. 低価格志向(value-price shoppers)・・・低価格品が好きで高いモノを買う余裕もない

 調査でわかったことは、当然のことながら、ウォルマートに最も利益をもたらしてくれている顧客は価格に敏感であるという事実だ。だが、1や2のセグメントは、価値と価格との関係に納得して賢い取引だと判断すれば、ある程度高単価な商品も購買してくれることもわかった。

 この調査に基づいて、低価格を買う既存の層を失うことなく、1)価値ある(値段もちょっと高い)ブランドや、2)食料品だけでなく衣料品やエレクトロニクス製品といった高単価な商品カテゴリーをも販売する戦略が練られた。

 新しいスローガンもつくられることになった。

 新しく雇われた広告代理店は、「ウォルマートはターゲットのまねをする必要はない。『低価格』はやはりウォルマートの『売り』だ。だが、もっと、今の時代に合わせて表現することが必要だ」と考えた。そして、広告スローガンのアイデアを探してウォルマートという会社の歴史的資料ありとあらゆるものをチェックした。その結果、発見したのが、創業者サム・ウォルトンが1992年にしたスピーチのビデオだ。彼は次ぎのように発言している・・・「お金を節約すればより良いライフスタイルを実現することができる。我々は、世界中の人々に、より良いライフスタイルを実現するチャンスを提供しようじゃないか」。

 19年間使われてきたスローガン「いつも低価格/Always Low Prices」に代わって、新しいスローガン「節約して、より良い暮らしをSave Money, Live Better」が誕生した。これは、小さな節約でも、それが積み重なれば貯金ができ、それで家族がより良い暮らしができるという意味だ。この広告は、ウォルマートに委託され調査した会社の報告・・・2006年現在において、ウォルマートはアメリカ一世帯につき年間$2500の節約をもたらした。これは、2004年の$2329より7.3%高いという数字で裏づけされた。

 調査会社グローバル・インサイトによると、1985年から2006年までの20年にわたるウォルマート店舗の拡大によって、アメリカにおけるすべての商品アイテムの消費者価格は平均して3%下がった。これは2006年においてアメリカ人一人当たり$987、一世帯当たり$2500の節約に換算することができる・・・そうだ。

 最初につくられたTVコマーシャルでは、ウォルマートでいつもショッピングする家族がそろって旅行に出かけるシーンが登場し、「節約してより良い暮らしを」というスローガンと、「ウォルマートは一世帯当たり$2500の節約を実現した」というテロップも流された。このコマーシャルは改善され、2007年から放映されているコマーシャルはすこぶる評判がいい。母親が登場して、「私がしてやれることは子供がより良い教育を受けられるチャンスをつくってあげることくらいです」と語り、ウォルマートで買ったお買い得のNBのPCを使って勉強している子供の様子が紹介される。あるいは、「娘は学校で学業でも人間関係でも努力し立派に学んでいます。私がしてやれることは娘が気分よく毎日過ごせるようにしてあげることぐらいです」と母親が言い、つづいて、家計の予算内で娘が気に入った洋服PBをウォルマートでなら買うことができると宣伝する。

 親の子供を思う感情にアピールする優れた広告だ。

 このキャンペーンが2007年9月から展開され、その結果、低迷していたウォルマートの株価はこの一年間で32%上昇したそうだ。

 ウォルマートは2004年ごろから試行錯誤し、軌道修正して、マーケティングあるいはブランディングというそれまで馴染みのなかった考え方を採用するのに成功したようだ。この数年の経過を振り返って思うことは・・・

  1. 餅屋は餅屋。マーケティングの専門家はやはり必要だ・・・・たしかに外部から入ってきたマーケティング専門家は最初はとまどい失敗もした。だが、すぐに軌道修正して成功した。
  2. PBを売ろうと思ったら広告を出さなくてはいけない・・・日本では店舗PBの価格が安くできるのはNBとくらべて広告宣伝費がほとんどないからだといわれる。それは、NBのコピー商品を低価格で販売するPBに限ったこと。ある一定の値段以上のPBを販売しようとすれば広告が必要となる。広告費の売上対比が少ないことで有名だったウォルマートもPB率をふやすとともに、広告はふやしている。

 たとえば、2000年には広告費用は年間6億ドルで売上高対比率はわずか0.3%と推定された。1995年から2000年の5年間にウォルマートは年平均8.2%しか広告費をふやしていない。だが、2004年の広告費は14億ドルと推定され、この推定が正しければ、2000年より233%増加、前年対比でも45%増加していると考えられる。ちなみに、2005年に外部からマーケティング専門家を招くとともに、2006年にはマーケティングスタッフを30%増員している(それでも、「ターゲット」のマーケティング要員の五分の一にしかならないそうだ)。

 マーケティングというかブランディングに目覚めたウォルマートが、これからどういったマーケティング戦略をとるか? かなり楽しみである。ちなみに、ウォルマートの好評なTVコマーシャルは、下記で見られます。http://www.savemoneylivebetter.com/

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参考文献: 1.Wal-Mart boots `Always low prices` slogan, USAToday 9/12/07, 2.With Vogue, Wal-Mart aims higher, Herald Tribune 8/24/05, 3. Ylan Mui, et. al., Wal-Mart's New Track: Show `Em the Payoff, Washingonpost 9/13/07 4. Suzanne Kapner, Wal-Mart enters the ad age, CNNMoney 8/17/08 5.Michael Barbard, It's not only about price at Wal-Mart,  The New York Times 3/2/07 6. David Court, An Interview with Wal-Mart's John Fleming, The McKinsey Quarterly July 2007 7.米ウォルマートの広告戦略、日経MJ,2/9/03

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2008年9月 2日 (火)

「金持ち」にも「貧乏人」にも愛されるスーパー 

Ilm06_ca07034s_6PBは世界市場において2000年以降、急激に成長をとげているが、CPG(Consumer Packaged Goods/飲食料品や日用雑貨品)におけるPBの割合は、2010年には西ヨーロッパで30%、北アメリカでは27%に到達すると予測されている。ちなみに、オーストラリア&ニュージーランドで22%、日本10%、南米9%とつづいている。

 ヨーロッパでPBが伸びている要因として、いくつか挙げることができるが、まず第一に・・・・

 ヨーロッパでPBが発展成長した理由(1): スーパーマーケット業界での買収・統合が続きグローバルに活躍する大規模小売業が登場。ヨーロッパのなかでも、上位五社にスーパーマーケット市場が集中している英国において、PBはもっとも発展している(2006年度のCPG売上に占めるPBの割合は英国では36.7%)

 ヨーロッパでPBが発展成長した理由(2):ドイツのアルディ(Aldi)やフランスのリーダープライス(Leader Price)といった超安売りのハード・ディスカウンターの急激な成長につきあげられ、仏カルフールや英テスコといった一般的スーパーマーケットも、それに対抗して低価格のPBを販売せざるをえなくなった。

 ドイツにはアルディのような大手ハードディスカウンターが数社あり、「毎日が低価格」が売り物のウォルマートでさえ太刀打ちできず、進出してから9年後にはシッポを巻いてドイツ市場から撤退したくらいだ。通常のスーパーよりも三分の一は安いという価格が提供できる理由は、販売商品の95%がPBだからだが、そのほかにもいくつかの要因が挙げられる

 たとえば・・・

  1. 小さな店舗・・・日本の平均的スーパーの半分から三分の一程度(800から1000平方メートル)
  2. 店舗当たりの従業員は平均3.3人と店長
  3. 基本主要商品約2000点販売するだけ。冷凍食品や加工食品が中心だが、肉、乳製品、OTC薬品も取り扱っている。
  4. つい最近まで現金払いしか受けつけなかった。ドイツでは2004年からデビットカードをあつかうようになった。が、クレジットカードは基本的に受けつけない。
  5. ショッピングカートーを使うにはコインを入れなくてはいけない。所定場所に戻せばコインは戻ってくる(これによって、カートを整理するための人件費が削減される)。
  6. 環境問題に関係なく、昔から商品をいれるビニール袋には課金した。

 アルディ創業者であるアルブレヒト兄弟はドイツ一の大金持ちだが、ドケチぶりを伝えるエピソードも多い。

 たとえば・・・1)鉛筆が短くなって手でつかめなくなくなるぎりぎりまで捨てずに使う、2)新しい店舗デザインを見せている社員にむかって、「レイアウトは非常に良い。たった一つ問題があるとしたら、きみがプレゼン用に使っている用紙だ。部厚すぎる。経費節減のためもっと薄い紙をつかいたまえ」・・とか。二人とも北海の島に住んでいて公の場にはほとんど出ない。1971年に発生した誘拐事件のせいだろうといわれている。弟のほうが誘拐されて17日間監禁され、身代金300万ドルで解放された。このときのコメントが、公の場での最後のコメントとなっている。

 この誘拐事件に関しても、兄弟のケチさ加減を象徴するエピソードがついてまわった。誘拐された弟みずからが犯人に身代金の値下げを交渉したとか、あとで、支払った身代金を経費として税務署に申告したとか・・・・。ウォルマート創業者のサム・ウォルトンもアメリカ一の大金持ちになってもケチで有名だった。・・・・ということは、安売り店を経営するにはつましい生活を楽しめる人間じゃないといけない・・ということか? 日本のイオンがドイツのアルディをモデルとして超安売り店を展開していくことを企画していると読売新聞がつい最近(8/6/08)報道した。それが本当なら、最高責任者はドケチで評判な人材を選ばないとネ。

 話を元に戻します。

 ヨーロッパのPBには、アルディのような低価格を売り物にしたPBだけではなく、NBよりも高級イメージで価格も高いプレミアムPBもある。・・・というか、このプレミアムPBの成長がヨーロッパの小売店PBの成長全体を押し上げるのに貢献しているのだ。よって・・・

 ヨーロッパでPBが発展成長した理由(3): 低価格PB以外に、特定消費者セグメントのライフスタイルや嗜好にアピールするプレミアムPBを開発販売した。

 その結果として、英国のテスコは、低所得者だけでなく高額所得者をも顧客として吸収することに成功している。「もし、人類学者が英国とはどういった国かを知りたいと考えるなら、テスコの店舗を訪問すればよい」とビジネス誌「エコノミスト」は書いている。なぜなら、英国の人口を所得や職業を基準とする社会階級で5段階に分けるとして、それをテスコの顧客層と比較してみると、各階級の割合まで非常に似ているのだ。たとえば、テスコの顧客ベースには、一番高い階級であるAB(上級管理職や弁護士、医師といった専門職)と最下位階級であるE(失業者や生活保護受給者)が、どちらも約20%含まれている。

 この事実は、テスコが90年代初めには、どちらかといえば下流イメージであったことを考えると驚くべきことだ。10年もたたないうちに、上中下の階級すべてをひきつけることに成功したのは、テスコが顧客データベースを分析して、あらゆる階級にアピールするPBを開発し、各店舗の品揃えをそれぞれが対応する商圏に合わせてきたからだといわれる。

 テスコがロイヤルティカード(ポイント・カード)を開始し、顧客データベースを蓄積し始めたのが1995年。プレミアムPBを開発するきっかけになったのは、顧客データを分析していて、購買金額の大きい富裕層の客が、ワイン、チーズ、果物といったライフスタイルによる好みが出るタイプの商品をテスコで買っていないことに気がついたからだ。こういった分野で高級品を扱うようになったのが、プレミアムPBの始まりだ。テスコのPBは、現在、とくに食品分野では、低価格、標準、高級PBと3段階に分かれているうえに、最近では、高額PBのなかには、オーガニック、エスニック、低脂肪、アレルギーフリーといったサブブランドまで登場するようになっている。たとえば、インド人とかパキスタン人が多く住んでいる商圏の店舗にエスニック食品を導入した後で顧客データを分析したところ、富裕層の白人もこういったエスニック食品を購買していることが判明。よって、エスニックPBを開発し、他の店舗にも並べるようにした。

 小売店の情報システムというとすぐにウォルマートの名前が浮かんでくる。だが、ウォルマートの情報システムはサプライチェーン中心。POSデータを商品補充や在庫管理に利用することには優れている。だが、ウォルマートは基本的に顧客データベースを持っていないし、その分析においては英テスコに大きく遅れている。その証拠に、1999年にウォルマートに買収されたアズダ(英国第二位のスーパーマーケット)は、その業績に最近少し陰りが見え始め、1位のテスコとの市場シェアの差がひろがってきている(スーパーマーケット部門ではテスコ31%でアズダ16%)。理由は、テスコの顧客データ分析の競争優位性にあるといわれている。

 世界の先進国において消費の二極化がすすむなか、大規模小売店は、上にも下にも、そしてもちろん中間層にもアピールすることに成功しているテスコを羨望の眼差で注目している。ウォルマートでさえも、「毎日が低価格」でひきつけてきた既存の顧客層を失うことなしに、利益額の高い高級高額品を買う富裕層もひきつけたいと願い、この数年、外部からマーケティング専門家を引き抜き、プレミアムPBを開発し、TVやファッション雑誌に広告を出してイメチェンを図っている。いまは、まだ、成功したところまではいっていないけど・・・。

 115 日本では、景気の低迷、商品価格の値上がり、消費者マインドの冷え込み・・・のなか、低価格PBの話ばかりに終始している。だが、消費と消費者が二極化している事実に変わりはない。低価格のヨーグルトを買うひともいるだろうが、NBよりも高価なヨーグルトを買いたいひともいる(ヨーグルトを例に出したのは、テスコの高級PBヨーグルトの写真をネットでみたからだ。高級感あふれるファッショナブルなデザインのパッケージに、つい魅了されて・・・私も絶対買ってみたい♡)。NBメーカーは、こういうときこそ、思いっきり高級バージョンの商品をつくるべきだろう(とくに、飲食品メーカーは・・・。外食をひかえて内食ということで、景気が悪くても、食品部門は健闘しているという新聞記事も出ている。つましい生活をしているからこそ、たまに、豪華なパッケージにはいった高級飲食品を飲んだり食べたくなるものだ)それを食べているときだけでも優雅な気分にひたれる高級飲食品をつくってください。

Ilm05_cb10029s 最後にブラックジョークを一つ・・・「木曜とか金曜日の夕方に赤ちゃん用紙オムツを買うひとはビールも買う」という話は、データマイニングがIT業界の流行語になっていたころによく引用された。いわく、会社帰りに奥さんに買い物を頼まれた夫が、週末にTVでも見ながら飲むビールも買っていく・・・と説明された。ウォルマートのPOSデータ分析の素晴らしさを象徴する話だったわけだが、これが2000年ごろには、「だから、何だってえの?」と揶揄されるようになっていた。そんな情報がわかったからといって、まさか、紙おむつの横にビールを陳列するわけにもいかないし、それに、二つの製品の陳列棚が離れていたほうが「ついで買い」や「衝動買い」を誘発して返ってよいかもしれない。

 つまり、POSデータの分析だけでは、(商品補充を含めた在庫管理以外には)マーケティングの役に立たないと批判されたのだ。

 ビールと紙オムツについてのエピソードはテスコにもある。テスコが顧客データ分析をしたところ、初めての赤ちゃんが誕生した後(購買商品を時系列に分析すれば、赤ちゃん誕生やそれが最初の子供かどうかもある程度推測できる。食品や日用品といった家庭での日常生活が推し量れる商品を週に1度という購買頻度で買う・・・・これがスーパーマーケットの顧客データにパワーがある理由だ)、新米パパはパブ(居酒屋)に行くこともできず赤ん坊と一緒に家にこもる。よって、テスコで初めて赤ちゃん用紙オムツを買った顧客は、ベビー用品のクーポン券とビールのクーポン券の入ったDMをテスコから受け取ることになる。

 なんだか、ウォルマートをからかうためにわざと作られたようなエピソードだ。

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参考文献: 1. Keith Lincoln & Lars Thonmassen, Private Label, Kogan Page 2008, 2.Beth Neil, Exclusive: Brothers who built the 25 billion Aldi discount chain, Mirror Co. UK, 1/07/ 08, 3.Peter N. Child, et.al,, Do Retail Brands Travel, The McKinsey Quarterly, 4.Leonie Talt, Private Label: Seizing a greater share of the global shelf ,Euromonitor 2/18/05, 5.Less is more for Aldi, Professional Marketing,5/28/02,6. Jess Halliday, UK leads the way in Europe's private Labe market, Food Navigator. Com, 4/18/07, 7. Winfried Konrad, Aldi: The Uber Discounter, Private Label Magazine, Spring 2006,8.This Sceptered Aisle, The Economist 8/4/05, 9. Cecilie Rohwedder,Data from loyalty program help Tesco tailer products as it resists U.S. invader, Wall Street Journal 6/6/06

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2008年6月17日 (火)

ネスレはマシンで勝負する

Ilm06_ca07034s_6ハリウッドで最も「セクシーな男」といわれるジョージ・クルーが、黒のスポーツコートを粋に着こなしネスプレッソ・ブティックに入っていく。洗練された大人の雰囲気の店内では、二人の美女がエスプレッソを飲んでいた。クルーニーがネスプレッソ・マシンに金色のカプセルを入れ自分好みのコーヒーをつくっていると、美女たちの話声が聞こえてくる。

 「ミステリアスね」「洗練されてるし」「強烈な個性」「情熱的なボディ」「断然、セクシー」・・・・てっきり自分のことをウワサしているのだとクルーニーは思う。

 「後味もいいわ」・・・後味?「リッチだし」「そう、リッチな味ね」・・・ここで、クルーニーはやっと理解する。二人の美女に近づいて、「きみたち、ネスプレッソのことを話しているんだよね?」。 美女たちは、そうよ、当たり前じゃないって顔で彼を見る。そこで、ジョージ・クルーニーは言う。「それ以外ないよな (ネスプレッソ以外にそんなほめ言葉が似合うやつは・・・・」

 このTVコマーシャルは2007年にヨーロッパで放送されて話題となった。とくに、フランスの女性たちには「きゃあ、クルーニー、セクシー♡♡」と大評判だったらしい。ネスプレッソのクラブメンバーは全世界で310万人。2008年度の売上はスイスフランで20億ドル(US19億ドル)に到達する予定で、これは初期計画より2年も早い。ネスプレッソ・ブティックは2008年度中にさらに60件新規開店し、年度末には全世界で175件になる予定だという(このうちの16件は、日本の高級デパート内に開店している)。

 ネスプレッソ・システムはマシンとカプセルとからなる。マシンを購入すれば自動的にクラブメンバーとなり、あとは、フレーバーによって色分けされた12種類のコーヒーの入ったカプセルを電話やネットで注文する通信販売システムだ。ネスプレッソマシンに使えるカプセルはネスプレッソ専用のカプセルだけだから、マシンを買ってもらえば、定期的購買が長期間つづくことを期待できる。

 ハードウェアをほとんどタダ同然の値段で販売する。そのハードを利用するために継続して購買するモノやサービスからあがってくる利益を計算に入れれば、ハードの値段は安くてもよい・・・・・こういったビジネスモデルは、ケータイ通信サービス会社やアップル(iPodやiPhoneの価格は、iTuneの継続利用からの利益を考慮して安くする)とかが考えついたわけではない。昔からある。古くは、剃刀メーカーのジレット。1903年に世界初のT字型替刃式安全剃刀を発売したキング・ジレットは、世界最初の使い捨て刃を発明したひとでもある。一度剃刀を買ってくれた客は、あとは、黙っていても、定期的に刃を購入してくれる。だから、ハードの値段を安くして売る。

 ネスプレッソも安全剃刀と同じビジネスモデルだ。一度マシンを購入した客は定期的にコーヒーカプセルを購買してくれる・・・・・。だが、マシンは安くない。アメリカで$230くらい。日本でも約3万円から5万円くらいする。けっこうお高い。だから、マシンを販売するだけでも儲かる。もっとも、ネスレは、このマシンを開発するのに年月も研究費用もかけている。グラインドされたコーヒーの入ったカプセルから高気圧でコーヒーを抽出するプロセスへの特許を申請したのは1876年。だが、その技術を商品として形にするのに10年かかった。

 最初のネスプレッソマシンは1986年に業務用として発売された。300ドル以下のマシンが製造できるようになって、初めて、消費者向け販売が可能になった。2006年には世界全体で140万個のマシンが売れ、カプセル10個入っているパッケージが23億個売れた。カプセル・パッケージはアメリカで5ドルちょっと。日本では650円から800円弱だから、1カップ当たり65円から80円。アメリカではスターバックスの3分の1の値段でスタバ並み(あるいはそれ以上)のエスプレッソが飲めるという計算らしい。

 ネスプレッソのビジネスモデルでは、1)消費者と直接取引きするわけだからスーパーマーケットとの取引を回避できる、2)したがって、PBとの競合はありえないし、価格を下げろという圧力もない、3)顧客の固定化ができる、4)高い価格からいって市場の規模には限度があるが利益率は高い、5)マシンの洗練されたデザインを通じて、またブティックの高級イメージを通じて、ネスレのブランドイメージの高級化に貢献する。ひいては、スーパーで販売されるネスレの他商品、とくにネスカフェ・ブランドを強化するのに役立つ。

 ネスレの成功に刺激されて、米食品メーカーNo.1で世界市場ではネスレについでNo.2のクラフトも、マシンとカプセルからなるタシモ・システムを2004年にフランスで発売した。タシモのマシンはネスプレッソより「優れもの」だ。ボタンを押すだけで、コーヒー、カプチーノ、ラテ、チョコレート、紅茶・・・・すべてが1分間でできあがる。なんでも、タシモだけがホンモノの液状ミルクを利用しており、ミルクを泡立てる附属器具なしにラテやカプチーノが出来上がるのだそうだ。20件もの申請済み特許で守られたマシンは、7カ国で200万台売れ、2007年のタシモの売上は2億ドルを計上した。

 ちなみに、こういった「家庭でスタバが飲める」システムを「オンデマンド・コーヒー」というそうだ。誰が命名したか知らないが、ちょっと笑える。このオンデマンド・コーヒー分野は、世界市場で二ケタ台の成長を続けているという。

 オンデマンド生ビールというのもある。

 ハイネケンが台所器具メーカーに製造してもらったマシンと専用の4リットル生ビール樽の組み合わせで、マシンを一度購入した客には、生ビール樽は通信販売される。「自宅ではあなたがバーテンダー」ということで、システムの商品名は「ビアテンダー」。スタイリッシュなデザインのマシンは冷蔵機能を備え、3週間ビールを新鮮に保つ。内部で炭酸化する特許技術によって、パブでバーテンダーがタップから注いでくれるような味とアワの立ち方を楽しめる。ビアテンダーは2005年にオランダで発売された。マシンの値段は$349もして、1リットル当たりの価格はビン入りビールの2倍となる。でも、それでもヒットした。2008年春にはアメリカでも販売が始まっている。

 3つの実例に共通していることは、マシンで勝負していること。モノ自体での差別化は難しくなっているところを、特許技術をもつ、スタイリッシュなデザインのマシンとの組み合わせシステムで差別化をはかっている。

 (誤解を招くといけないので、断っておくが、マシンの製造自体は外部の電気器具メーカーが請け負っている。また、特許はマシンに限っているわけではない。カプセルや生樽自体の技術に関連しているものもある。それから、「マシンとの組み合わせシステムで差別化をはかる」というコメントは、「モノにサービスを組み合わせて差別化をはかっている」と言い換えることもできる。ついでにもう少しややこしいことを言えば、「サービス」は「顧客とのリレーションシップ」という言葉に代えることもできる)。

 ネスレとハイネケンについて、もう1つ付け加えれば、両者とも高級感を出すことによって高価格をつけ、安売り競争から超越することを狙っている。高級市場は市場規模は限られている。だが、ネスプレッソのように、積極的に販売を始めて10数年でネスレ総売上の2%をになうまでに成長することはできる。しかも、利益率はスーパーで売られている商品よりずっと高い。日本のメーカーは、高価格の商品(あるいはモノとサービスの組み合わせ)をつくるのをためらう傾向がある。いまだに市場セグメントの考え方ができていないからだ。一般大衆市場はサイズは大きいが、そのセグメントのことばかり考えていては、安売り競争に巻き込まれるだけだ。安売り競争に勝ち残るためにも、他のセグメントできちんと稼ぎ、健全な財務体質を維持していかなくてはいけない。どんなに不景気でも、「手が届く高級品」を買うセグメントはいつも存在する。そして、そのセグメントが好む商品(モノ+サービス)を提供することによって、スーパーで販売している一般商品のイメージも向上する。結果、PBより値段が高くてもそれなりの位置を確保できる。

 メーカーにはメーカーでしかできないことがある。メーカーは小売PBの対象とならない市場セグメントにも挑戦すべきだ。大規模小売店と同じ土俵で戦っていても、力負けするにきまっている。

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参考文献:1.John Gapper, Lessons from Nestle's Coffee Break, FT Com. 1/02/08, 2. Nespresso to hit Hefty Sales Target this Year, Reuters 19/05/08, 3. Heineken Taps Entertaining at Home Tred With New BeerTender Campaign. 6/09/08, 4. Kraft Foods Debuts Tassimo Hot Bevarage Sytem in the U.S. , Kraft Homepage, 3/16/05,

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2008年6月 2日 (月)

メーカーの逆襲

Ilm06_ca07034s_6メーカーの逆襲!!っていうほどカッコよいのものではないんだな、これが・・・。

 実際のところ、「メーカーのディフェンス作戦」ってタイトルのほうが無難かも。もうちょっとばかし気分が高揚するような表現にしたければ、メーカーの戦略的防衛って感じですかね。なぜなら・・・数字をみて、改めて驚くのですが、日用消費財や食飲料品を製造しているメーカーは、世界的に知名度が高い企業でも、グローバル小売業の売上からみるとググッと見劣りするのです。

(メーカーは広告宣伝費の売上高比率が高い。しかも、マス媒体を利用することが多い。だから、たとえ売上が低くても、小売の広告より目立つ。そのため、いわゆる「再認ヒューリスティク(不可解な消費者行動シリーズ第2回参照)」というやつで、TVで広告しているのだから大きな会社に違いない・・と思い込んでしまうのだ)。

 実際には、食品メーカーNo.1のネスレの売上ですら790億ドル。これは、No.1小売業ウォルマートの3510億ドルのわずか四分の一。ウォルマートは小売業だけでなく世界中の全企業のトップに立つわけだから当然だとしても、小売業No.2のカルフールやNo.3のテスコの売上に、あのP&Gですら及ばないのです。

         2007年度売上(Fortune Global 500)

  • ネスレ      $790億      米ウォルマート $3,510億
  • P&G       $680億      仏カルフール     $990億
  • ユニリーバ    $510億      英テスコ       $790億  

 日本のメーカーを国内小売業と比べてみると、P&Gとよく比較される花王がセブン&アイの四分の一、資生堂やキューピーの売上にいたっては1兆円は「遥か彼方の山の向こう」です(どちらにしても、海外進出に出遅れた日本は、花王にしてもセブン&アイにしても、残念ながら、欧米のライバル企業の売上レベルは「遥か彼方の海の向こう」です)。  

          2007年度(2006年度を含む)売上

  • 花王                  ¥1兆3180億 ($104億)
  • キリンホールディングス      ¥1兆6650億
  • 味の素                ¥1兆158億 
  • セブン&アイホールディングス  ¥5兆3380億 ($452億)      
  • イオン                 ¥4兆824億   

  スモウ、柔道、K-1・・・格闘技では、いくら技に優れていても、体格の差があると勝つのはむつかしい。細身なイケメンが体重が3倍もありそうな体育会系醜男に勝つのは映画やゲームのなかだけなのだ。実際のケンカになったら、大きいほうが勝つにきまっている。だから、メーカーがまずしたことは、ブランドの「選択と集中」だ。つまり、体は小さくても、パワーのある武器を持てば巨人にだって立ち向かうことができるかも・・・ということだ。

 2000年ユニリーバは「成長への道」五ヵ年戦略を発表し、1600あったブランドをグローバル市場でもNo.1とNo.2を占める400個に削減するとした。2006年現在、ユニリーバで10億ドル以上の売上を上げるメガブランドは1999年の4ブランドから12ブランドに増えている。ユニリーバが五ヵ年戦略を発表したころ・・・P&Gも300ブランドのうちトップ10が売上の50%を占めることから、年間10億ドルを上げる14ブランドをメガブランドとして投資を集中する方針を打ち出した。

 だが、いくら武器のパワーアップをはかっても、体格の差は埋められなかった。巨人の小売店と互角に戦うには、どのメーカーも小さすぎるのだ。「そーか、やっぱり、基本はガタイの大きさなんだ!」と誰もが驚きながらもそう納得したのが、2007年にP&Gが剃刀や電池で最大手のジレットを買収したとき。・・・というか、ジレットがある意味自分からすすんで570億ドルという金額でP&Gに買収されたのだ。買収されるということは、通常、ビジネスに何らかの問題があることを意味する。だが、ジレットは、剃刀や電池の分野において圧倒的優位を占め、4年前に新しい経営者を迎えてから、売上も上昇して非常な成功をおさめていた。2007年度には売上が100億ドルを超えるだけでなく純利益率20%を超えるという記録的業績を計上するだろうと予測されていたのだ(当時のP&Gの売上は514億ドル)。

 ベストセラー「エクセレント・カンパニー」を書いたトム・ピータースは自分のブログで、「P&Gジレットを570億ドルで買収だってさ。ボクは一つだけ質問したいね。いったい、何の意味があるのかね? どちらも十分に大きいのだから、規模の経済もない? シナジー効果? 電池とトイレットペーパーに相乗効果なんてあるのかい?」。

 意味なんてなくてよいのだ。大きくなることだけが目的だったのだ。ジレットのCEOは買収発表の席において、「私は『規模』の力を信じる。取り残されるよりは再編を主導したい」と語っている。

 ジレットは、中国やインドといった国が競争相手となる、つまり、ヨーロッパとかアメリカ市場での成功が大きな意味をもたなくなるグローバル市場においては、いくら優良企業でも売上が100億ドルくらいでは、有機的成長を将来ともに達成するための十分な規模ではないと考えたのだ。もっとも、これは表向きの言い訳だ・・・と考えるむきもある。報復されないように口には出さないが、P&Gとジレットが合体することで、ウォルマートと価格交渉するときに、互いを戦わせる作戦にのることなく、共同戦線がはれるからだとウワサされている。つまりウォルマートに奪われた価格支配力を取り戻すための買収合併だと考える業界人もいるということだ。

 ジレットはジレット剃刀やデュラセル電池だけでなく、ブラウンやオーラルBといった著名ブランドをもっていた。こういったブランドとP&Gの日用品とは小売店の近接した棚で売られるのだ。合併することによって、世界市場において10億ドルを稼ぐ価値のある合計21のブランドを所有することになる。結果、大魔神ウォルマートとの価格交渉に有利に働くだろう・・・と期待したわけだ。

 小さいもの同士が合体してヘンシーンすれば、大魔神とも互角に戦える! 

 大きくなければ勝てないのだ。250件ある工場のうち83件を閉鎖して生産性をあげ、スリムな筋肉質になっても、やせてしまったら勝てないのだ・・・と批評されているのがユニリーバ。10億ドル売るメガブランドに集中するといっても、全体のブランド数が減れば総合売上は減る。選択するブランドが、削除したブランドの売上損失をカバーして余りあるものでなければいけない。ユニリーバは各ブランドのその分野における競争優位性やグローバル市場における消費者の国ごとの好みの違いをじっくり考慮することなく削除してしまった。それでも、残されたブランドからより多くの売上を上げられていれば結果オーライだが、それができていない・・・と批判されている。

 その点、同じヨーロッパの会社でもネスレは異なる戦略をとった。ネスレは2007年現在で8000ものブランドを抱えている。もちろん、売上の70%を占める6つのグローバル・ブランド(ネスレ、ネスカフェ、マギー、ピュリナペットフード、ネスティなど)を強調はしている。が、コア・コンピタンシーに集中するという考え方を、1997年にCEOになったピーター・ブラベック氏は必ずしも正しいこととは思っていないらしい。多様なブランドを抱えることは複雑性を増すが、それを効率よく経営するのがマネジメントだろう・・・ってけっこう自信たっぷりだ。もっとも、その戦略の結果として、売上は大きいが、利益率はライバル企業に比べて低いと投資家たちには批判されている。

 ネスレのグローバル戦略を理解するのには、10億ドルのパワーブランドであるキットカットを例にとってみるとよい。キットカットの形状やフォーミュラは市場によって異なる。ロシアのキットカットはブルガリアのものよりも小さいし、ドイツのものよりもチョコレートのきめが粗く甘くない。世界で一番多種多様な味が提供されているのは日本だ。でも、オレンジ味、ミント味は英国でも売っているし、ポーランドではカプチーノ味もある。結果、たとえば、英国にある工場では、週によって20種類のキットカットを製造することがある。「食品にはグローバル消費者なんていない。各国の好みというものがある」・・とCEOは言っている。各国市場の多様性を考慮すれば、数多くのローカル・ブランドを抱えるのは仕方がない・・ということだろう。

 つまり、食飲料品メーカーは中途半端なサイズが一番いけないということか? 小さくても、買収されないように防衛策をとる。ないしは、上場しない選択をして、ローカル市場でNo.1の座を維持するという道を選ぶこともできる。ローカルといっても、日本のメーカーの場合、世界で一番成長率の高いアジア市場を「ローカル」とみなして行動できる地理的優位性がある。ロシアも近いし。「クールジャパン」のイメージが浸透している、いまが、頑張りどきです。

 ところで、買収とか合併とかいった企業同士の合体ではなく、ブランド同士が合体して、パワーアップしようという試みもある。これまで、よく見られたのは、感性とかライフスタイルの似ているブランド同士が同じ広告にいっしょに登場したりするもの。あるいは、マクドナルドがオレオクッキーやキットカットが入ったデザートを提供するといったもの。だが、最近登場するようになったのは、片方が売れれば、片方も売れ続けるのが確実な合体方法。場合によって、小売店との交渉にも効果を発揮するかもしれない協力手法だ。

 たとえば、日本でも売られているフィリップスのシェーバー「モイスチャライジング・シェービングシステム」。ニベアのローションをカートリッジに注入することにより、髭をそると同時にローションが出てくる。肌をいたわりながら剃れるというわけだ。フィリップスは、「革新的アイロン経験を提供する」アイロンを2004年にオランダで発売している。フィリップスのアイロンにユニリーバのシワトリ用製品を注入して使う。シワを伸ばす液が布地にスプレイされるところにアイロンをかけるのだから完璧にシワのばしができる。これこそ、本当の合体マシーンだ。

 こういった2つ以上のブランドが合体して生まれた新製品に、Branded Brandsと名づけた会社www.trendwatching.comがある。よく使われる「コーブランディング(共同ブランディング」という言葉より好きですね。ブランドのうえにブランドがのっかっている感じ。親ガメの上に子ガメを乗せて~・・・って、ちょっと古いけど、そんな感じ。ブランドのW攻撃!!ってとこですね。

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参考文献:1.Peter Gumbel, Nestle's Quick, Time 11/14/07, 2. Nikhil Bahadur, et al., How to Slim Down a Brand Portfolio, Strategy+Business 11/15/06, 3.James Cramer, Mergers on the Verge, New York, 2/07/05

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2008年5月 3日 (土)

アマゾンがニンジンを売る 

Ilm06_ca07034s_6アマゾンはニンジンだけじゃなくてパンもタマゴも神戸ビーフも売っている。深夜0時までにネットで注文すれば、翌朝午前6時前に届けてもらうこともできる。この「夜明け前配達サービス」は、配達人が早朝にドアをドンドンたたいて目覚まし時計代わりにもなってくれる一石二鳥のサービスだ・・・・というのはウソ。この場合、商品は玄関扉前に置かれる。手渡しではないので、配送料は購買金額25ドル以上なら無料。

 http://fresh.amazon.comは、配達指定時間枠が一時間で、配達人は手渡しのときもチップは取らない・・・とサービスへの評判も良い。ただし、いまは実験段階で、アマゾン本社のあるシアトルの特定地域だけを対象としている。

 米国では、90年代末にネットスーパーという新しい小売業態が脚光を浴び、投資家たちが群がった。だが、株が公開されるやいなやネット小売業としてはアマゾンに次ぐ多額な資金を集めたウェブバン(Webvan)が、創業からわずか2年後の2001年に倒産。ネットスーパーは採算をとるのがむつかしいビジネスだという印象が強く残った。

 なのに・・・、それから5年たつかたたないうちに、ネットスーパーがまた注目を集めるようになる。商品の差別化、価格の差別化の段階をへて、小売業が他店との差別化を進め競争に勝つにはサービスしか残されていない。そして、いま、忙しい消費者が求めているのは、自宅まで生鮮食料品や日用品を届けてくれる宅配サービスなのだ・・・日本を含む先進国の小売業者はそう考えている。

 ネットスーパーは、その採算性に疑問を残しながらも、米国における90年代末の失敗から学んだ教訓を生かし、人口の密集する都市中心に、段階を追って商圏を広げる慎重なやり方で、実績を上げている(日本のイトーヨーカドーも2001年に一部店舗で実験を始め、首都圏全域に広げることを決定したのは2007年になってから。6年もの間、採算を上げるための試行錯誤を続けたことになる)。

 2003年、米国における飲食料品のオンライン販売の売上は前年比40%増で37億ドル。英国では、今後5年間で売上は倍増し、50億ポンドに到達すると2007年に予測された。この数字は、スーパーマーケット業界全体の総売上からみれば小さいものだが、1)業界全体の売上が落ちているなか、2)ネットスーパーの成長率は非常に高い、3)しかも、オンライン購買客は価格への感受性が低く値段も粗利益率も高い商品を買う傾向が高い。こういった理由から、ネットスーパーへの参入があいついでいる。だから、「アマゾンのような起業家精神に満ち溢れた企業はとにかく可能性を試してみようとしているのです」・・・と小売業アナリストは語っている。

 意外に思うかもしれないが、世界中でネットスーパーが一番発達しているのは英国だ。英国の大規模小売店テスコはネットスーパー世界一で、顧客数85万人、毎週25万件の注文があり、2005年度の売上高は10億ポンド。2006年にも前年比40%伸び、ネットスーパーによる売上はテスコの総売上の5%に到達した。英国でネットスーパーが盛んなのは、1)アメリカに比べて都市部に人口が密集していて、2)クルマでショッピングに行く習慣がアメリカに比べると少ない・・・ことなどがあげられる。その点、日本の大都市部は英国と似たような環境にある。そして、イトーヨーカドーが採用しているネット・スーパーのビジネスモデルはテスコと非常によく似ている。

 ネットスーパーには3タイプある。

  1. 店舗型: テスコやイトーヨーカドーのように店舗を基盤としたもので、1)サービス対象範囲は店舗からの配送可能距離で決められる(イトーヨーカドーの場合は半径5~7km以内)、2)店員が注文商品を店内で選択して、店の奥で梱包し、3)配送は外部の配送業者に委託、あるいは社内の担当部門が配達する。
  2. ウェアハウス型: 物流センターとなるウェアハウスがあり、ここで、商品の選択・梱包・配送を一括して処理するものだ。2001年に倒産したウェブバンの失敗は、1)最初にハイテックな大規模ウェブハウスを建設するのに投資をしすぎ、2)投資を回収するために市場を短期間のうちに拡大しようとした。だが、3)宣伝したようなサービスを急速に拡大された市場に提供するには配送費、その他の経費がかかりすぎた・・・。つまり、限られた商圏で採算をあげる方法を見極めるのを待たずに、全国市場への拡大を急ぎすぎたのが失敗の要因だったといわれる。
  3. 中間型: 店舗と中小規模のウェアハウスと両方を併用する。 

 英国テスコの投資額は比較的小さくて5900万ドル。新しいハイテックなウェアハウスを建設することなく、下記のように、既存の資産を利用してサービスを提供している。2002年には、年間400万件の注文で5%の純営業利益率をあげたといわれる

  • 店舗で商品をピックアップするときに、各店員は6つの商品カテゴリー・ゾーンの一つを割り当てられ、同時に最高6件の注文をこなす。店員が使うショッピングカードに装備されている端末が、同時に複数の注文を処理することができるように、店舗内を歩くもっとも効率のよいルートを指示し、ピックアップした商品をスキャンして間違いないかどうかチェックもしてくれる。この結果、商品をピックアップして入力処理するまで、通常の三分の一の時間で済む。そして、店舗裏で配達用に梱包されるまで平均64品目の注文が32分間で準備できる。つまり、1品目当たり30秒。よって、一注文当たり、人件費や減価償却費を含めて8.5ドルの経費がかかる計算となる。

 イトーヨーカドーのサービスは、2008年3月現在で、首都圏や近畿圏など計80店舗で利用でき、会員数は約18万人といわれる。推定購買金額は一件当たり5500円(5000円以上は配送料金無料となるので、このくらいの金額になるのだろう)。利用件数が一日一店舗あたり60件あれば採算にのるという。ネットによる受注から注文商品の店頭での集荷、梱包、配達の作業のうち、配達だけを外部に委託。あとは、全従業員がローテーションを組んで通常業務の一環として対応する。つまり、余分な費用は配送費だけだから、60件で採算がとれるという計算らしい。

 英国テスコもイトーヨーカドーも、客は2時間単位で配達時間帯を指定できる。先進国の大半のネットスーパーが2時間を時間枠としている。だが、アマゾンは一時間だし、英国のウェアハウス型ネットスーパーのオカド(Ocado)も一時間だ。両企業とも、待ち時間を一時間に短縮することで競争優位に立とうとしている。

  1.  配達時間帯を一時間にするか二時間にするかは経費に直に影響が出る。たとえば、同じXX町XX番地に4世帯の顧客が住んでいるとして、配達指定日や時間帯が同じでなければ、結局、効率的な配達はできない。2001年に倒産したウェブバンは配達指定時間は30分。素晴らしいサービスで顧客もよろこんだであろうが、このレベルのサービスを提供するためには、非常に高い経費を計上しなくてはいけない。
  2.  配達指定時間の長短の違いは、サービスの質の差でもある。想像してほしい。配達指定時間が2時間の場合、その間、自宅にいて配達を待たなくてはいけない。東京で働く女性が夜8時あるいは7時に帰宅したとして、お風呂に入ってさっぱりすることもできなく、最悪2時間待たなくてはいけないのだ。待ち時間が半減するのは素晴らしいサービスだと知覚される。そして、その結果として、利用する顧客層に違いが出てくる。

 英国でウェアハウス型のネットスーパーを運営しているオカド(Ocado)は一時間指定サービスを提供している。オカドの調査によると、ネットスーパーの最良顧客である「共稼ぎ夫婦で15歳以下の一人以上の子供をもっている」セグメントの25%は競合他社のネットスーパーを試してはみたが、そのうちのわずか7%しか継続利用していない。なぜなら、競合他社は2時間の配達指定時間枠しか提供しておらず、これは、忙しいセグメントにはかえって不便だからだ・・・という。

 日本では、ネットスーパーを始めた企業が、「予測に反して、ネットスーパー利用者の半数以上が専業主婦」というコメントしているようだが、それは、フルタイムで働く女性が利用するほどには便利なサービスになっていないからだ。日本で、カタログ販売が本格的に始まった80年代にも、通販企業が似たような経験をして同じようなコメントしていた。いわく、「通販を利用するのはショッピングする時間のない共稼ぎ夫婦とか働く女性かと思っていたら、専業主婦が圧倒的に多い」・・・。当時のカタログ販売も、注文できるのは電話で9時から5時までの間、週末は休みで注文は受付けない。もちろん、ネットでの24時間注文受付など存在していなかった。そのうえ、即日配送などというサービスもなく、注文商品が送られてくるのは早くて2週間後。本当に時間のない忙しい女性には利用できない「不便な購買手法」だったのだ。

 ほとんど年中無休で電話注文することができ、ネットでの24時間注文も可能になり、商品も短期間で配送されるようになった。こうなって初めて、働く女性が「便利な通販」を利用するようになり、高額商品も売れるようになった。

 日経情報ストラテジーの記事(2/04/07)によると、宅配サービスの利用者の7割が、赤ちゃんがいて外出できない30代~40代の母親だということが判明。その結果、「イトーヨーカドーはネットスーパーを普段店舗に来ない顧客を新たに開拓するためのツールというよりも、既存店舗の常連客への新しいサービスとして位置づけなおした」そうだ。だが、このセグメントをメインターゲットとして、粗利益率の低いかさばる商品(トイレットペーパー、洗剤)や特売品を販売していては、既存客に付加サービスを提供するための経費が増えるだけで終わってしまう。既存客の来店頻度が減るだけで、付加売上は余り望めない。

 付加売上をあげ利益を上げるためにネットサービスをするのなら、都市部の共稼ぎ夫婦をターゲットとすべきで、この可処分所得の高い世帯に有機食品とかグルメ惣菜とか値段も粗利益率も高い商品を販売していかなくてはいけない。、そのためには、配達指定時間枠が二時間では長すぎる。しかも、日本の場合、在宅していて手渡しで受け取らなくてはいけない条件になっている。せめて夜の配達指定時間枠を一時間にするとか・・・・と、ここま考えてふと気がついた。イトーヨーカドーの店舗って、首都圏とはいっても、比較的所得の高い共稼ぎ夫婦が住んでいる地区には見あたらないんだよね。

 なーんか、ちょっと、中途ハンパだよね。経費のかかる宅配サービスなんか始めて、顧客数がいまよりずっと増大したときでも、本当に採算とれるかなあ?

 利益が出ているといわれ顧客数も大幅に増えているテスコですら、2007年後半に配達料金を上げた。これは、店舗型ビジネス・モデルがうまくいっていない証拠だともいわれている。真偽のほどはわからないが、どちらにしても、どれだけICTの助けを借りるとしても基本的に人件費を中核とする宅配サービスは薄利なビジネスモデルなのだ。

 テスコは、店舗のない地域にネットスーパー用の小さな店舗件物流拠点の開設を進めているらしい。イトーヨーカドーも、都市中心部にあるセブン・イレブンの店舗をそういった形で利用でもしないと、本来のネットスーパーの優良顧客層に浸透することはできないのではないか?

 ネットスーパーの将来性に関しては、もうひとつの問題点がある。宅配サービスは環境には余り優しくないサービスなのだ。

  1. すでに、英国や米国では、ネットスーパーの配送用梱包における資源の無駄が問題になっている。ボックスはリサイクルにできても、紙やプラスティックバッグを使いすぎだと非難されているのだ。だが、宅配サービスを頻繁に利用している私にいわせれば、果物や野菜といったデリケートなものを梱包するには、一つのバッグや箱に多くの商品を詰めることはできない。一つの箱やバッグに果物が数個しか梱包されていなかったとしても、そうしなければ、押されて傷んでしまうからだ。
  2. 配送のためにこまネズミのようにあちこちを行ったり来たりする小型配送トラックが資源の無駄使いをしている、あるいは、環境に悪影響を与えている・・・ことについての批判も出ている。

 ネットスーパーは必ず伸びる。日本でももっと成長する。だが、そのまた将来を見据えたとき、ネットスーパーは問題点の多いビジネスモデルなのだ。高齢者や子育てママに役立つという面はあるが、それならそれで、公共機関が私企業であるスーパーの協力をえて、宅配サービスを公共機関のサービスの一環として市民に提供すべきことだろう。そうすれば、いろんな企業の配送業者のトラックが行き来する弊害は減らせる。小売業者は、採算性や環境問題を考えながら、いつでも融通性をもって現在のビジネスモデルを変更できるような形でネットスーパー事業を積極的に進めていく・・・・しかないと思うのですが・・・。

 「小売とメーカーとのバトル・ロワイアル」という本題に戻ります。

 自宅まで商品を届けることによって、小売業はますます消費者との距離を縮めています。消費者に大接近する小売業にメーカーはいかに対処していくべきか? 次回は、「メーカーの逆襲」がテーマです。メーカーの逆襲といってもスターウォーズの「帝国の逆襲」みたいにスカッとした戦闘シーンはまったくありません。

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参考文献:1.Jessica Mintz, Review:Amazon delivers on grocery service, USAToday, 8/30/07,2. Walaika Haskins, Amazon Offers Taste of Fresh Grocery Delivery, E-Commerce Times, 8/30/07、3.Saraha Butler, Online sales of groceries are predicted to double over next five years, TimesOnline 10/17/07,4. Online grocery sales rise 40% in 2003, Internet Retailer, 3/5/ 04,5,Tesco dominates Internet shopping,ZDNet. co.uk, 8/24/06、6,Ocado:An Alternative Way to Bridge the Last Mile in Grocery Home Delivery, Michigan State University、7.大手スーパーのネットビジネス(下)、日本食糧新聞11/28/07.8.「イトーヨーカ堂、首都圏全域でネットスーパー」、日経情報ストラテジー、2/24/07、9.「ネットスーパー、子育てママ支援」、日経新聞12/26/06

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2008年4月17日 (木)

NBの価格は高くてよいのだ!

Ilm06_ca07034s_6NBメーカーがPB商品を製造することは、悪魔に魂を売るのに等しいという過激な意見もある。

 シリーズ第1回で書いたように、日本のNBメーカーのなかにも、PBを製造することを断固拒否する企業と、また、それをよしとする企業と2種類ある。欧米でも、コカコーラ、ハイネケン、ケロッグ、P&G 、ネッスル(コーヒーに限り)などは小売店PBは絶対に製造しないと宣言している。

 PB製造に手を染めるときに使われる理由のひとつに、「余剰生産能力」がある。施設や従業員を遊ばせておくのはもったいない。そのぶん、PBを生産すれば付加利益も出る・・・というものだ。しかし、この説に対しては反論も多い。「Brands Versus Private Labels, Fighting to Win /NB対PB: 勝利への戦い」というハーバード・ビジネス・レビューの論文は、PB製造コストにはNB製造コストに入っている固定費が割り当てられていないことが多い。つまり、PBを受託生産すれば儲かるといっても、厳密にいえば、NBに経費の一部を負担してもらうことで利益を出しているだけだと指摘している。

 この論文は、実際の数字を使って、NBの売上が一定以上なければ、PBの利益は出ないことを証明している。つまり、NBの売上が落ち、生産能力の余剰が出たから、売上減を補うためにPB生産を受託する・・・という発想は根本的に間違っている。もし、生産余剰が長期的なものであるのなら、1)短期的にPB製造をするのはよいが、それはあくまで工場閉鎖を含めるリストラを実施して生産能力の適正化をはかるまでの過度期対策とする、2)あるいは、PB製造に専念する別会社をつくるべきだ・・・と議論している。別会社にするのは、長期的観点に立ちイメージを大切にするブランド生産と短期的な融通性と低コストを重要視するPB生産とでは、作り手のメンタリティが異なるからだ。同じ組織で矛盾する2タイプの商品を生産することは、結果として、一番大切なNBの開発製造の妨げとなる。

 同じ商品カテゴリーにおいてPBを製造すれば、自社NBが侵食される「共食い現象」を招く可能性が高いことも考える必要がある。

 日経新聞(9/15/07)に、キリンビールが、イオンのPBである缶チューハイの受託生産から撤退するという記事が掲載されていた。キリンはNB「氷結」を発売しているが、イオンPBの缶チューハイはこれに比べて30%ほど安い。もともと、キリンが買収したメルシャンが受託生産していたものであり、契約が切れるのを機に、「同じ商品カテゴリーにおける安いPB生産を引き受けることは企業の方針に合わない」ということで撤退した。賢い選択だといえる。

 PB製造を引き受ける理由として二番目に上げられるのが、小売店との関係だ。小売店との力バランスが改善されて、棚スペースの確保とか販促強化に関する交渉を有利に進めることができるというものだ。欧米での調査によると、こういった事実は実際には起こっていないようだ。その反対に、メーカーが小売店側に、自社商品のコスト構造とか最新技術を明らかにしてしまう結果になり、NBの仕入れ交渉をするさいの立場が弱くなってしまった・・・ということが指摘されている。 

 うちがしなければ競合他社がする・・・というのもある。たとえば、キリンビールにPB生産を断られたイオンは、合同酒精を傘下にもつオエノンホールディングスと生産委託について交渉した・・・と日経新聞は報道している。同じく、日経新聞(1/28/08)の記事には、セブン・イレブン・ジャパンが中華マンの取引先の大半を山崎製パンから中村屋に切り替えた。「価格や大きさで有利なPB商品を開発して欲しいセブンは、PB製造に否定的な山パンとの取引見直しを探っていた・・・」と続く。2つの記事はどちらも、「あなたがつくってくれないなら他に頼むからいいよ」という小売店側の態度を明らかにしている。

 欧米の大手メーカーは、小売に対抗する手段のひとつとして、各商品カテゴリーにおいて、売上がNo.1とNo.2になれるブランド以外は削除、あるいは投資額を減らす方針をとっている。なぜなら、大規模小売店は売上No.1やNo.2のNB2種類にPBを加えて、その商品カテゴリーの中核商品とし、この3つに十分な棚スペースを提供するからだ。ユニリーバは1999年に1600種あったブランドを400種に減らすと発表。P&Gは300種のブランドのうちトップ10が売上の50%を占める現状を考慮したうえで、年間10億ドルを稼ぎ出す14ブランドに投資を集中する方針をとっている。

 ということは、トップ3に入れないメーカーは、小売のPBを製造するほうがよい・・ということになる。実際、ヨーロッパには複数の小売業にPBを提供するPB製造専門メーカーがあり、大手NBメーカーが株主を満足させられるような成長を達成するのに苦労しているなか、右肩上がりの成長を続け、笑いの止まらないところもあるようだ。

 NBに話を戻します。

 日本ではNBメーカーに対して、(とくに最近原材料高騰による値上げが続くなか)、小売店からの価格への圧力が厳しいようだ。だが、この考え方は正しいのだろうか? PBが安いのは当然として、NBも価格を下げる必要があるのか? 消費者マインドが冷えているからといって、どの商品も値下げすべきだというのはあまりに単純すぎる考えかたではないだろうか?

 日本でも、そして外国でもPBは食料品が多い。食品は模倣しやすいからだ。模倣という言葉がいけないとしたら、多くの食品は高度な技術がなくても誰にでも製造しやすいからだ。そういった環境において、たとえば、NBのジュースとPBのジュースとの品質の違いを消費者はどれだけ知覚できるか?・・・ということだ。

 メーカーは、材料の細部にわたる違い、製造過程における高度な技術などが高品質を可能にしたとウンチクを述べるけれど、大事なことは、その違いを消費者は知覚できたか?・・・ということだ。場合によって、消費者が知覚できるのは、値段の違いだけかもしれない。行動経済学でいうように(不可解な消費者行動シリーズ第2回参照)、消費者はほとんどの場合、「値段が高ければ品質もよいだろう」とヒューリスティックな判断をして値段の高いNBのジュースのほうが品質がよいはずだと思って買っているのかもしれないのだ。

 つまり、PBが安いとして、NBも安くする必要があるのか? NBの値段が高ければ、品質が良いだろうと判断して買う消費者が一定数いる。もちろん、不景気到来かもと身構えて購買心理が冷え込み、NBを買う客数は減るかもしれない。だが、そのぶん、PBを買う客数は増えるだろう。つまり、小売店にとっては、NBが高いからこそPBの売上個数が上がる。そのうえ、NBの値段が高いことによって、売上個数は少なくなっても、一個当たりの利益額はふえる。そのうえ、これが、一番大切なことだが・・・・、消費者にバラエティに飛んだ品揃えから選択できる(厳密にいえば、選択できると知覚することができる)というサービスを提供することができる。

 もちろん、どれだけ高くてもよいのか? という問題はある。

 これに関してはフランスとアメリカで実施された調査があり、どちらも非常に似た結果が出ているので参考にしてみたい(*1)。

  1.フランスでの75種類のCPG商品カテゴリーにおける調査:

  • NBの知覚品質がPBよりも高いカテゴリーにおいては、NBの価格は56%高くともよい
  • NBとPBの品質に変わりがないと知覚されたカテゴリーにおいても、NBの価格は37%高くともよい。
  • PBの知覚品質がNBよりも高いカテゴリーにおいて、NBの価格は21%高くともよい。

 2. アメリカにおける調査

  • NBとPBとの品質の違い1%は価格差5%に関連づけられる。
  • NBとPBの品質が同等の場合、NBの価格は37%高くともよい。
  • 消費者がNBとPBの品質は同等だと知覚しても、NBと同じ価格をPBに支払ってもよいとするのは5%のみ。

 つまり、NBの価格は、消費者マインドが冷えているから高くしてはいけないとか安くしなくてはいけないという単純な考え方ではなく、1)小売PBとの値段の差、2)値上がりしたNBの売上が減ったぶんPBがどれだけ増えるか・・・といった要素を総合して判断すべきものなのだ。場合によって、NBの価格が値上がりした結果、その商品カテゴリーにおいて小売店の利益額は上がることだってありえるのだ。

 そして、メーカーは、コスト削減努力をすることは当然ではあるが、それ以上に、消費者が「知覚する品質」を向上することにさらに一層努力すべきなのです。

 消費者が知覚できるような品質の違い・・・ということで、エピソードをひとつ紹介したいと思います。NBメーカーではなくて小売店の高級PB開発の話です。日本では、まだ一般的ではないが、ヨーロッパではNBより高級なPBを、とくに食料品分野で開発している小売店があります。その先駆者ともいえるカナダ(ヨーロッパじゃないけど)のスーパーマーケット「ロブローズ」の高級ブランド「President's Choice社長の選択」の話です。

 この高級PBをつくった社長はグルメ大好き人間で、既存のチョコレートチップ・クッキーは食べるに値しないものばかりだと考えていた。世界一おいしいチョコチップ・クッキーをつくろうと自分みずから研究することにした。もちろん、既存製品とは違いホンモノのバターや高品質のチョコレートを使ったりとか食材にもこだわった。だが、消費者がすぐに知覚できる違いは、クッキーのなかに入っているチョコチップの量だ。「わたしは、二年間にわたる試行錯誤のなかで、クッキーの中に練り込むことができるチョコチップの最大限の量を発見した。クッキー生地の39%です。当時一番人気のあったNBのナビスコ・アホイに入っているチョコチップの量は19%でした」。 

 「この新しいクッキーはこれまでのものとは違う。チョコチップがいっぱい入っているわ」と知覚した消費者が多かったのだろう。一年以内に国内ベストセラー製品となり、「社長の選択」ブランドを一躍有名にした。グルメ社長の挑戦は朝食用のシリアルもおよび、消費者が品質の違いをすぐに知覚できるシリアルを開発した。シリアルの一番手であるケロッグのNBシリアルを皿にいれるとそこには平均してスポーン一杯分のレーズンが入っている。だが、「社長の選択」PBにはその倍、スプーン2杯分のレーズンが入っているのだ。

 消費者に知覚してもらえる違いとは、こういったものだ。基本的な品質改善以外にも、消費者がすぐに気づくようなところで差別化をはかる工夫が必要なのです。

 欧米での調査結果を見る限り、消費者が抱くNBのブランドイメージはまだ高いようです。だからこそ、NBは高い値づけをすることができるのです。メーカーは品質向上への努力をすると同じくらい、広告宣伝、パッケージ、その他によってブランドイメージを維持向上する試みを怠ってはいけないのです(極端なことをいえば、コスト削減に成功して生まれた余剰資金を広告宣伝に使うべきなのです)。まして、共同開発商品ならともかくも、小売PB商品を製造することには二の足どころか三も四も五の足も踏まなくてはいけないのです。そして、やむなくPB製造を始めたとしても、自分たちが製造していることなど、消費者には絶対に公表してはいけないはずなのです。 

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参考文献:1..Nirmalya Kumar & Jan-Benedict Steenkamp, Private Label Strategy: How to Meet the Store Brand Challenge,Harvard Business Press 2007,2. Matthew Boyle, Brand Killers Store brands aren't for losers anymore, Fortune August 11,2003, 3. John A. Quelch and David Harding, Brands Versus Private Labels: Fighting to Win, Harvard Business Review, January 1996 ,4.下原口徹「価格攻防に消費者の反乱」日経新聞1/28/08、5.「イオンのPB缶チューハイ、キリン、受託生産から撤退」日経新聞9/15/07

*引用文献:Nirmalya Kumar & Jan-Benedict Steenkamp, Private Label Strategy: How to Meet the Store Brand Challenge,p.98

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2008年4月 9日 (水)

PBは本当に儲かるのか?

Ilm06_ca07034s_6小売店のPB(プライベート・ブランド)は景気が悪くなると売上が伸びる・・・・といわれる。事実、2007年に発表された「欧米4カ国における調査」では、PBシェアは不景気のときに増大し好景気のときには減少することが確認されている(*1) 。しかし、過去数十年にわたる長期的傾向をみると、不景気のときのPBの伸び率は好景気のときの減少率よりも大きい。結果、先進国におけるPBシェアは1970年代以降基本的に増大してきている 

 (2000年からの伸びはとくに大きく、西欧では、PBシェアは2000年の20%から2010年までには30%に、アメリカでは20から27%に到達すると予測されている(*2) )

 そんなわけで、景気後退の気配が感じられる日本においても(原材料費高騰によるNBの値上げが相次ぐこともあって)、PBを強化しようとする小売業の動きが目立つ。

 小売業者は、「PBは粗利益率が高い、だから、PBシェアが増すことは利益の増大につながる」という。日本の場合は、「PBは粗利益率が高い。だから、NBと比較して安い値づけをしても、これまでの利益を維持できる」・・・という言い方をしたほうが実際に近いような気がする。いずれにしても、「PBは粗利益率が高い。だから、利益が増大ないしは維持できる」という論理は、正しいのだろうか?

 PBシェアを増やすことは、小売店に利益を本当にもたらしてくれるのか? 欧米の調査研究資料を読んでみると、そう簡単には断言できないようだ。

 店舗小売業が利益の最適化を目指すなら、当然のことながら、商品を販売するための必要資源である棚スペースを計算にいれなくてはいけない。つまり、一定のスペース当たりの利益金額を基準として、PBとNB(メーカーのナショナル・ブランド)とどちらが得か比較判断しなくてはいけない。このとき、2つの要素を考慮に入れる。

  1. NBはPBよりも価格が高いのが通常だ。商品カテゴリーによっては、粗利益率はPBのほうが高くとも、利益金額はNBのほうが高いこともある。
  2. 棚回転率(在庫がはけるスピード。売れ足ともいえる)はNBのほうが高いことが多い(ヨーロッパの調査では、著名NB商品の棚回転率はPBより少なくとも10%は高いそうだ)。

 コカコーラが英国でした調査では、上記要素やメーカーからの販促援助金やPB管理に必要な物流経費を加味した結果、PBコーラよりもNBであるコカコーラのほうが小売店にもたらす利益は大であったという結果が出ている。「クラッカー」という食品品目においても、PBのほうが粗利益率は高いが、商品そのものの価格が低いためにNBのほうが利益額は高いという調査結果となっている(*3)。 こういった調査を通して、メーカーは、店舗ブランドよりも自社ブランドのほうが、店舗により高い利益をもたらすことを証明した。だが、メーカー自らがした調査というのは、どことなくウサンクサイ・・・・そう考える疑い深い読者のために、大手コンサルティング会社の調査結果も紹介しよう。

  1.  マッキンゼーがヨーロッパ市場において60品目の食品を調査した結果: 50%のPB商品において、1立方メーター当たりの利益は認知度の高いNB商品よりも低い。ただし、この調査は90年代半ばにされたものでちょっと古い。
  2. 2003年に実施されたボストンコンサルティンググループの調査: 米大規模小売店2社における50品目での調査によると、NBとPBとは、平均して、その利益額においてはほとんど変わりはない。ただし、商品カテゴリーや品目によって大きな差がある。

 もっとも新しい、そしてもっとも広範囲(200商品カテゴリー)にわたる調査結果は次のようになっている。(米国の大手スーパーマーケット・チェーンのデータを分析したもので、「Journal of Marketing (2004年1月号)」に発表された)

                       PB商品        NB商品

     粗利益率                   30.1%      21.7%

     純利益率                   23.2%      15.9%

     価格(PBの価格=$1と仮定)      $1         $1.45

     金額貢献                   $0.23      $0.23

     棚回転率/m2                 90          100

     単品ごとの利益貢献             21           23

 「PB戦略:PBの挑戦にメーカーはどう立ち向かうか?」という本の著者は、この調査結果を引用したうえで、「PB、つまり店舗ブランドは小売店にとって利益性が高い」とは必ずしもいえないと結論づけている。

  1. PBのより高い粗利益率は、PBの低価格によって相殺される。その結果、利益金額においてはPBもNBも変わらない。(こういうこともあって、最近は、多くの小売業者は、利益率ではなく利益額がNBより高いPBを開発するのを基本としている)。
  2. 棚回転率(在庫のはけるスピード)が非常に重要な要素となる。1)著名ブランドだったり、2)売れ足を速くするために多量に広告を出すNBはPBに勝つことができる。
  3. 粗利益率だけでなく、利益額、価格帯、棚回転率などを考慮したうえで、どの商品カテゴリー/商品品目においてPBを開発するべきかを決める。

 もちろん、小売業がPBを採用する理由は、利益以外にもある。たとえば、PBを出すことによって、メーカーへの圧力を増すことができる。これは、調査でも証明されている。PBシェアが高い商品カテゴリーにおいては、小売店はNBとの交渉において優位に立ち、より高い粗利益率を勝ち取ることができている・・・というアメリカでの調査結果がある。実際、PBシェアが高いカテゴリーでは、低いカテゴリーと比較して、小売店はメーカーのNB仕入れにおいて4%も高い粗利益率を獲得するのに成功している(*4)。

 PBで店舗へのロイヤルティを向上することもできる。これも調査で証明された。顧客のPB購買が1%上がるごとに、店舗へのロイヤルティが0.3%上がる。日本からは撤退したが世界小売業ランキング第2位の仏カルフールを対象にした調査では、カルフールPBの売上シェアと店舗へのロイヤルティとの相関関係は0.73と高かった(*5)。 20カ国以上の消費者調査によると、PBヘビーバイヤーは、店舗へのロイヤルティが高いことも明らかになっている。ただし、ヘビーなPBバイヤーは、経済的理由のためにいくつかの店舗を利用し、各店舗でもっとも安いPBを購買しているので、一つの小売業者にロイヤルティがあるというわけではない。米大手ドラッグストアにおける調査結果では、全購買金額におけるPBシェアが10%-20%くらいの消費者の特定店舗へのロイヤルティが一番高く、そのセグメントからの利益も一番高いことが明らかになっている(*6)。  

 結論は、PBを余りに強調しすぎると、選択肢の少ないことで消費者の不満足を生み出し、利益も減少する。NBより品質は落ちるが価格は安いPBなら、PBシェアは20%くらいが適当。しかし、安いPBだけではなく、高級PBも取り扱う小売業であるなら、最適なPBシェアは、20%よりも高く40~50%くらいでもよいのではないか・・・・・と、「PB戦略:PBの挑戦にメーカーはどう立ち向かうか?」の著者は書いている。

 ちなみに、2005年の数字では、欧米大手小売店のPBシェアは、ウォルマートが40%、英テスコが50%、仏カルフールが25%。ドイツの安売り店アルディ(あのウォルマートを降参させドイツ市場から撤退させたチョー激安店)のPBシェアは95%だ。

 日本の大手小売業2社(イオンセブン&アイ)はどちらも数年以内に、(とくに食料品分野において)PBシェアを20%にまで高める方針という。両社のPBも品質的にはNBより少し落ちるが価格的には安いというタイプのPBだから、上記の基準によれば、適切なPBシェアということになる。

 だが、そもそも、NBより品質が少し落ちる・・・ということは誰が決めるのか? もちろん消費者だ。ここで問題になるのは、消費者が知覚する品質だ。NBメーカーの野菜ジュースとPBの野菜ジュースと、品質の違いを消費者は知覚することができるのだろうか? この問題は、またあとで考えるとして、次は、メーカーにとってPBは儲かるのか?・・・をテーマとする。

 ・・ということで、次回は、NBメーカーがPBを製造することのメリット・デメリットを考えてみます。

 最後に、次回のテーマに関係したジョークをひとつ書きます。

 カナダのメーカーのブランドマネジャーが言いました・・・・「OXOX (ウォルマートでもセブン&アイでも恨みつらみのある大規模小売業の名前をいれる) と取引するのは最悪だぜ。条件が厳しくってさ。でも、それよりもっと最悪なことが一つだけある。OXOXとの取引がまったくないことさ(*6)」

                 ・・・・・・おあとがよろしいようで。

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参考文献:1.Francois Glemet, et al.,How profitable are own brand products, The McKinsey Quarterly November 1995 2.Nirmalya Kumar & Jan-Benedict Steenkamp, Private Label Strategy: How to Meet the Store Brand Challenge,Harvard Business Press 2007

*引用資料:1.LIen Lamey, et al., How Business Cycles Contribute to Pirvate Label Success, Journal of Marketing 71(January 2007) 2. Consumer Packaged Goods Private Label Share, M+M Planet Retail 2004, 3. Marcel Costjens, et al., Building Store Loyalty Through Store Brnds, Journal of Marketing Research (August 2000) 4.Kusum Ailawadi, et al., An Empirical Analysis of the Determinants of Retail Margins , Journal of Marketing (January 2004), 5. Jan-Benedict Steenkamp et al.,Fighting Private Label (London:Business Insights 2005) 6. Private Label Strategy:p.21

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2008年3月23日 (日)

ウォルマートという名のTV局

 メーカーが小売業と比べて相対的にその力を失っている理由にはいくつかある。そのひとつに、消費者との接点を持っていないことがあげられる。メーカーには消費者と直接接触して商品を売り込む機会は少ない。でも、その代わりにマス媒体があった。とくにTVという威力ある媒体があって、コマーシャルを大量に流せばある程度モノは売れた。

 だが、そのTVがかつての馬力を失っている。マッキンゼーの調査によれば、アメリカにおいては、TV広告の威力は2010年には1990年の35%に減少するそうだ。チャネル数が増えた結果、TiVoに代表されるDVRを利用する消費者が増え、「コマーシャルが飛ばされる」ようになったのだ。メーカーは、ネット、プロダクトプレイスメント、ゲリラマーケティングなどさまざまな新しいメディアや風変わりな手法を駆使しているが、こういった「話題にはなっても効果的には限定されている」手法では、TVの失われた威力を補うことができないでいる。よって、ブログとかSNSとかサーチエンジンとか騒がれてはいても、米メーカーは大部分の広告予算をいまだに旧来からのマスメディアに投資しているのだ(広告費用の10~20%を新しいメディアに使っているのはメーカーの二分の一、そして三分の一が10%以下しか使っていない)。

 メーカーが消費者に影響を与える手段を以前にまして失ってきているというのに、小売業は、消費者ともっとも濃密な関係を持てる接点(タッチポイント)である店舗を、より効果的に利用する方法を拡大している。

 最近、注目されているのは、店内TV放送。そして、この分野でも先駆者は、(いわずもがなの)ウォルマートだ。

 ウォルマートが店内テレビ放送を始めたのは1997年。そして、2007年現在で、アメリカ全土における3100店舗に12万5000台のスクリーンが設置され、毎週1億2700万人が見る(厳密にいえば、見る可能性がある)。コマーシャルだけでなく、ニュース、天気予報、スポーツ、コンサート、会社のPRなども流し、コマーシャル自体の放送時間は一時間に34分となっている。広告主はクラフト、ペプシコ、ユニリーバといった大手消費財メーカーを含めた140社で、コマーシャル一本を4週間流すのに、(コマーシャルの長さや放送する店舗数によって値段は上下するが)、13万7000ドルから29万2000ドル支払う。ウォルマートは広告収入の具体的数字を公表するのを避けているが、数百万ドル・レベルだといわれている。粗利益率の低い小売業にとっては純利益を押し上げてくれる貴重な財源だ。

 ほとんどの商品の購買決定の70%以上は店舗内できめられるという。そして、2005年の調査によると、来店客の約42%が店内のTVスクリーンから流れるコマーシャルに目を留める。しかも、店内テレビ広告の平均想起率は56%で、(当然のことながら)通常のテレビ広告の21%よりずっと高い。特定商品の広告を店内TVで見た来店客の15%がその商品を買うという調査結果もある。まさに、シリーズ第1回で紹介したP&GのCEOの名言どおり・・・「メーカーは消費者と交渉しているというのに、小売店は購買者と交渉できる」のだ。小売店は消費者が購買するその場で、最適なタイミングで購買者に商品を売り込むことができるのだ。

 ウォルマートTVは最初こそ視聴者数の規模が話題になった。毎週1億3000万人が見ているTV局は、CBS、ABCといった米四大ネットワークに次ぐ、第五のTVネットワーク局だ・・・といった具合に・・・。だが、ウォルマートTV局はネットワーク局とは違い、セグメンテーションやターゲティング機能もそなえるように進化した。衛星放送からインターネット・システムに変更することで、どの店舗のどの場所に置かれたスクリーンにどのコマーシャルを流すかが変更できる。たとえば、歯磨き関連の商品が並んでいる棚近くにあるTVスクリーンからは、ファイザーのリステリンの使い方を説明するインフォマーシャル広告が流される。ボディ関連商品の陳列棚付近を歩いていると、前方の天井から吊り下げられたTVスクリーンから、「ユニリーバのダブ製品を使っているおかげで肌がとってもきれいになったわ」と自慢げに語るウゥルマートの従業員が登場するコマーシャルが流れてくる。店舗のある地域の特徴や気候・経済状況にそった適切なコマーシャルを放送することもできる。

 ウォルマート以外の大規模チェーン小売店も店内TVネットワークを拡大する傾向にあり、2008年に小売業がメーカーから獲得する広告収入は3億3000万ドルに達すると予測されている。

 「これじゃあ、太刀打ちできないな。小売店PBと競争するために、店内でコマーシャルを流してもらう。そのために、小売店に広告料金を支払う。『ふんだりけったり状態』だな。頼りにしていたマスメディアの衰退とともに、メーカーもかつての栄光を失っていく運命にあるのか?」 

 「大丈夫だよ。メーカーもネットを使えばいい。サイトで消費者との相互交流をはかる。ブログやSNSのクチコミ宣伝だけではおぼつかないのなら、ネット販売すればいいじゃないか? 単価の安い商品はまとめ買いしてもらわないと配送費のほうが高くなってしまうという問題はあるけど・・・・」

 たしかに、日用品とか食品とかをメーカーが直接ネット販売するためには、克服しなくてはいけない多くの問題がある。だが、その話は後にするとして、ここで提議したいことは、「消費財のネット販売ですら、ウォルマートのような大規模チェーン小売店には勝てない」ということだ。アメリカでマルチチャネル化が進むなか、「ウェブサイトを駆使している店舗小売業者は、ネット販売業者との競争において優位に立てるだろう」と予測している証券アナリストもいるくらいだ(注目のキーワード5「サイトからストアへ」参照)。 

 インターネットで儲けるビジネスモデルは、結局、いまのところ、ネット上でモノを販売するか、あるいは人間をたくさん集めることによって広告を販売するかだ・・・ということがわかり、つかみどころのなかったモノがつかめるようになって、なんだかホッと安堵したひとたちも多いことだろう。こんなことを書くと、「ウェブ進化論」の著者梅田望夫氏に「ネットの世界に住まない」旧世代の典型的コメントだとタメ息つかれそう。

 だけど、しょーがないじゃん! それが事実なんだから。

 だいたいにおいて、インターネットに民主主義とかイデオロギーとか哲学を見るのは勝手だけど、だからといってネット・ベンチャーの担い手がそれだけ思想家というわけでもないし金儲けに興味がないわけでもない。(って、ネット評論家全般にみられる風潮を皮肉ってるだけで、「ウェブ進化論」を批判しているわけでは決してありません。この本は、「将来ともに捨てない本」として私の書棚に確固たる位置を占めています)。

 話をネット広告にもどします。

 広告料金を徴収するには、1)より多くの人に広告を見てもらうか、2) 数は少なくてもターゲットとして適切な人たちに広告を見てもらう。Web2.0も、結局のところ、その2つの手段を提供する仕組みづくりのために利用されている。要は、好ましい客をたくさん集めて広告収入を増やす・・・そのために様々なテクノロジーが駆使されているのだ(そう考えると、また、ホッとする)。

 この観点からネットビジネスの現状を見ると、ウォルマートのTVネットワークがけっこうすごいものだとわかってくる。広告を見る場に集まる人の数もすごい(アメリカだけで一週間1億3000万人)。だが、購買するその場所でRelevance(関連性)の高い広告を流すことができるという行為は、どのメディアにもマネができない。この限りなく臨場感の高い広告には、デジタルメディアにも到底マネのできない、説得力、ド迫力がある(もちろん、その場でダウンロードできるデジタル商品は別だ)。

 人が集まる、しかも、買い物をするために集まる物理的な場所をアメリカだけでも約3400ヶ所(2008年現在)所有しているということは、すごいことなのだ。アナログでもこれだけの規模の場所を確保できていれば、ネットには負けない、いや、それ以上の力を発揮することができる(海外の約3000店舗にTVスクリーンを設置する投資費用を考えると、店内TV網を拡大する費用はネット上ほど安くはないことは認めるけれど・・・)

 梅田氏によれば、インターネットの真の意味は、「不特定多数無限大の人々とのつながりを持つためのコストがゼロになったこと」だそうだ。不特定多数無限大の人々から1円もらえば一億円になる。これは、従来では、儲からないビジネスモデルだった。でも、数が増えれば儲かることになる・・・と「ウェブ進化論」には書かれている。ウォルマートはもともと薄利多売で数が増えれば儲かることを信念に、強迫観念にかられたように、国内そして海外で店舗数を増殖させてきた。この店舗がネットと結びついたとき、アマゾンのようなネット専門販売企業にはマネができない底力を発揮する。そして、また、ショッピングすることを目的とする人が集まる場所をヴァーチャルの世界ではなくリアルな世界で提供することにより、非常に魅力的な広告の場を提供し広告料金を徴収することもできるようになるのだ。

 (日本の場合は、コンビニや郵便局で同じようなことができるし、すでに、コンビニではレジ広告、ATM設置、ネット購買商品の受け渡しなど物理的拠点としての機能を生かしたビジネスが始まっている。ただし、日本の場合は、TVの威力はアメリカほどには衰えていない。いぜん強力な媒体だ。したがって、コンビニや郵便局は広告メディアとしては利用価値はまだ余り高くないかもしれない。こういったことについては、また、次の機会に・・・)。

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参考文献:1.梅田望夫「ウェブ進化論」ちくま新書、2.「販促は店内TV]日経MJ、3/24/07、2.Eric Newman, What's In-Store? Lots of TV Ads, Brandweek  Com. 11/19/07,3.Laura Petrecca, Wal-Mart takes in -store TV to the next level, USA Today 8/28/07, 4. Constance L. Hays, Wal-Mart Is Upgrading Its Vast In-Store Television Network, The New York Times 2/21/05,5. Blair Crawford, et al., How Consumer Goods Companies Are Coping With Complexity, The McKinsey Quarterly May 2007

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