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2009年8月26日 (水)

ばらつき問題(サービスの品質)

Ilm06_ca07034s_6 工場で製品を製造するときの品質管理は、サービスにおける品質管理より、ある意味、ずっと簡単だ。なぜなら、管理者である企業が目標を決め計画して実行努力すればよい。だが、サービスの場合は企業が勝手に管理できるものではない。サービスの製造(生産)過程には顧客がからんでくる。マクドナルドの店員がマニュアルに従って客に応対するとして、どの店でも同じような応対であることに安心感を覚える客もいれば、非人間的だと嫌悪を感じる客もいる。まったく同じサービス内容でも、そのサービスを受ける客によって、知覚される品質が変わる。良いサービスとなることも、まったくその反対の悪いサービスになることもあるのだ。

 サービスは企業と顧客との協働作業で完成するわけで、そのぶん、品質管理がむずかしくなる。

 工業製品の製造過程においては、「ばらつき(標準偏差)」をなくすことが品質管理につながる。つまり、2mmの厚さの鋼をつくることが目標だとして、0.1mm薄いものや厚いものができれば、厚さに「ばらつき」が出ているわけで、この出現率を一定以内に抑えることが品質管理の目標となる。だが、サービスにおいては、そのまったく反対で、この「ばらつき」を排除しないことが良いサービスだと知覚される要因となる。なぜなら、サービスの生産過程に「ばらつき」をもたらしているのは、顧客自身だからだ。

 美容院の開店時間帯ひとつをとっても、出勤前にシャンプーセットをしてもらいたいので朝8時に開店してほしいという客もいれば、仕事が終わった8時過ぎにカットをして欲しいという客もいる。すべての客の要求を満足させようとすれば、7-11タイプの美容院になってしまい、人件費を含めた経費が増大して利益が出なくなる。あるいは、人気美容師が過労死することになる。

 サービスの品質は、客がもたらす「ばらつき」にどれだけ応えるかによって決まる。そして、また、「どれだけ応えるか」によって、サービスを提供する企業の利益率や利益額も決まってくる。なのに、(サービスは企業と顧客との協働作業によって生産されるといいながらも)、顧客は企業の損益にはまったくもって無関心で無頓着なのだ。

 このように、サービス業は、「出来うる限り『ばらつき』を排除しない、だが、利益は出さなくてはいけない」という製品製造業とは異なる大きな課題にチャレンジしていかなくてはいけない。

  美容院の例は、「時間」に関するばらつきだ。店舗小売業というサービスでは、この時間のばらつきの管理は大きな問題となる。開店や閉店の時間を決めるために、なるべく多くの客の要望に応えなくてはいけない。また、各時間帯における店員の生産性の問題もある。午前中は客数が少なくて手持ち無沙汰の店員がいるかとおもえば、午後の6時ごろからは混雑して「質問しようとしても店員が見つからない」と客が苦情をいうようになる。

 来店数の「ばらつき」を100%近く予測できればよいのだが、はずれることもある。コールセンターでも同じような問題は常に発生して、客の待ち時間が長くなると苦情が出る。

 しかし、混雑したり行列が長くなって待ち時間が長くなることが悪いことかというと、そうでない場合もある。店が混雑したり行列をつくって待つからといって、それを苦に思わないどころか、一種の快感や興奮を感じる客もいる。H&Mのようなファストファッションの店舗では、こういったターゲット客の心理を利用して、行列ができるように、また店舗が混雑するように、わざと仕組む。それによって、客の消費意欲がわき、購買したことへの満足感がわくようになる。これは、「時間のばらつき」ではなく、「客の選好のばらつき」を考慮したマーケティングだ(ちなみに、マクドナルドは、アルバイトを雇って行列に並ばせるというやらせ行為をしてマスコミに批判された)。

 ハーバード大学でサービス・マネジメントを教えるフランシス・フレイ教授は、客がもたらす「ばらつき」を5つに分類している。

  1. 時間・・・・・顧客は自分が好きなときに来店したり電話をかけてきたりする。企業側としてはヒマなときも応対しきれないときも出てくる。業種によっては、予約制度を採用できる。美容院のなかには、予約どおりに来店した場合にはいくらか割引し、予約を変更した場合には割引なしという賞罰制度をとって、客が予約を守ることを促すところもある。コールセンターにおいて「時間のばらつき」は頭の痛い問題だ。アマゾンの場合は、客がサイト上で望む時間を(いますぐ、10分後、15分後・・・に電話して欲しいと)指示すれば、オペレータのほうから連絡してくる。こういったシステムを採用することで、「時間のばらつき」の管理調整権の一部を企業側が持てるようにする。
  2. 要求内容・・・・・高級レストランでは、客の好みによって、使用材料や味付け、その他を変えてくれる。しかし、そういった要求に答えることはコスト高になるから、値段の低い飲食業は、要求内容の「ばらつき」には基本的には応えられない。ファストフード店舗では、客に一定レベルの選択肢を与えることによって、サービスレベルが高いと錯覚させる仕組みを採用しているところがある。たとえば、アイスクリームにナッツ、チョコレートシロップ、マシュマロ・・・など、8種類くらいのトッピングを用意し、そのなかから選べるようにする。実際には、選択肢の数は決まっているのだが、客は自分に選択権があるという事実だけで、自分の好みに答えてもらえる、楽しい良いサービスだと錯覚する。そのうえ、企業は、いくつかのトッピングには+50円として付加料金を課すことさえもできる。
  3. 知識や能力のレベル・・・・・この「ばらつき」は、ITサポートのコールセンターに深く関係してくる。たとえば、PCの操作や不具合に関する質問を電話してくる客がいたとして、その客のコンピュータ・リテラシーの高低によっては、説明の仕方や時間がまったく違ってくる。高度な知識をもっている客には基本的項目を省いてすぐに本題に入ることもできるが、イロハから説明しなくてはいけない客には時間をかけないと、「説明が不親切だ。なんてサービスの悪い企業だろう」という苦情になる。知識や能力レベルで分けて、「初心者用」「上級者用」とかける電話番号を変える。そして、応対する担当者のレベルを変えることで、人件費の効率化をはかることができる。
  4. 積極的に協力・参加してくれるレベル・・・・・サービスにかかるコストを削減するために、ITシステムを取り入れるにしても、そういった企業側の提案に客がどのくらい協力してくれるかによっては、大きな違いが出てくる。銀行がATMを導入して窓口取引を減らし、人件費を下げようとしたとき、客によっては積極的にATMを利用してくれるひともいれば、いつまでたっても使ってくれない客もいた。日本では、ATM機のそばに行員が立ち、客に呼びかけ、使い方を説明する方法をとっていた。アメリカでは、短期間に利用客が増えれば、それだけコスト削減が早く可能になるということで、ATMを利用してくれれば、記念の一ドルコインを進呈するというインセンティブを提供することにし、新規の行動を促すDMを出した銀行もあった。                            (ATM利用に関しては皮肉な話もある。ヨーロッパの銀行では、あまりにATMが便利なので、窓口を利用しているときにくらべると、取引回数が増えてしまった。つまり、以前なら、開店時間内に店舗を訪問しなくてはいけないし、順番を待つ時間も長い。だから、入出金にしても、客のほうである程度まとめて来店頻度を少なくした。だが、いまでは、ATMを気軽に利用できるようになった結果、利用頻度が多くなり、全体としての取引コストが以前より高くなってしまった・・・という銀行側の最初のもくろみとは逆の結果も出ている)。
  5. 顧客の選好・・・・・お金を払ってでも、細かいところまで気の利いたサービスをしてほしいと望む客もいれば、基本だけきちんとしてくれれば安いほうがよいという客もいる。たとえば、美容院でも、シャンプー後にマッサージをしてくれたり、途中でコーヒーを出してくれるのを喜ぶ客もいれば(もちろん、値段は高くなる)、反対に、余分なものはいらない、カットだけしてくれればいい・・と考える客もいる。こういったすべての顧客の選好に答えながら利益を出すことはむつかしい。だから、市場をセグメンテーションしてターゲット顧客の好みだけに答えることで安値を実現する企業もある。1000円カットの美容院や、エステ器機をセルフサービスで使えるようにするセルフエステが良い実例だ。

 「客の好みの違いにおけるばらつき」では、ターゲットを絞って、ニッチ市場の好みに応えることで成功している企業がある。とくに航空業では、提供するサービスを単純化することで安値を実現して成長した会社が欧米にはいくつかある。そのなかでも有名なのは、アメリカのサウスウェストエアライン。2007年度調べでは、年間の搭乗客数は世界一、2009年1月現在で過去36年間連続して利益を出し続けてきた利益性の最も高い航空会社のひとつとなっている。(ちなみに、日本でも90年代末に規制緩和で安値を売り物にした航空会社の新規参入が続いた。だが、そのうちいまでも残っているのは、スカイマークだけである)。

 こういった格安航空会社は、食事や飲み物を出さないとか、乗務員がユニフォームを着ていないとか、全席自由席だとかいったようなことが象徴的に強調される。が、それだけで安値が実現できるわけではない。

 サウスウェスト航空が安値を実現できるのには主に6つの理由がある。

  1. ボーイング737という一種類の飛行機だけを使用することで、維持費を年間数百万ドル節約することができる
  2. ノンストップの直行便だけで乗り換え便をなくす。それによって、混雑する大空港を避けることができる。結果、飛行機が地上に留まる無駄な時間を短縮することができる。そのうえ、出発時刻や到着時刻が遅れることなく、他のどの航空会社よりも高い割合で(2008年6月には定刻どおりだった割合は78%だった)守ることができる。
  3. 座席のクラスもなく指定席もなく、スナックと飲み物だけのシンプルなサービス。それによって、荷物の搬出、掃除、荷物の搬入、客の搭乗に他の航空会社が90分かかるところを、20分ですませることができる。
  4. 片道料金しかないし、その料金も基本的に同じ。他の航空会社のようにいくつかの条件によって割引率が異なる複雑な料金体制をとっていない。シンプルなぶん、管理費が節約できる。
  5. 比較的ハッピーな従業員。業界で給料は最も高い。ストライキもしない。飛行機一機あたりの従業員数は他の競合相手よりも30%も低い。よって、一マイル当たり一席当たりの(燃料費以外の)コストは、他の大手航空会社のなかで最も低い額になっている。 
  6. 燃料をヘッジングすることで燃料費の削減をしてきた。もっとも、最近の石油価格の乱高下で、さすがのサウスウェストもヘッジングがうまくいかなくて損失を出すこともある。

 このサウスウェストエアラインで興味深いのは、苦情がすべての航空会社のなかで最も少ないことだ。米航空業界全体では、客10万人当たりで0.88件の苦情。サウスウェストへの苦情は最も少なく、2006年には10万人当たりで0.11件だった。理由のひとつは、サウスウェストが、「サービスをしないかわりに安い」ということを広告その他で強調してきており、そのイメージが定着しているからだろう。つまり、客は最初から期待をしていない。いないから、そのぶん、「思ったより良いサービスじゃないか」と考える。フルサービスを売り物にしている通常の航空会社の場合、客によっては期待するレベルも内容も違う。だから苦情が出やすくなる。

 サウスウェストが値段が安いのは上記にあげたように6つの理由がある。しかし、新規参入したときにピーナッツしか出さないことを象徴的に強調することで、「サービスをしないかわりに安い」というイメージを消費者に植えつけるのに成功した。

 サービスに関する金言をひとつ: 客の期待より良い、あるいは悪いかがサービスの品質のよしあしの判断となる。そして、客の期待の基準をつくるのは、企業側の広告、PR,そこから発生する世評である。

 ばらつき問題とは違う話だが、サービスに対しての苦情を少なくするもうひとつの方法は、客に選択権を持たせる、あるいは自分が選択権を持っていると感じさせるようにすることだ。たとえば、レンタルビデオ。店舗を使っての通常のレンタルサービスの場合、延滞すれば料金をとる。それどころか、「早く返却してください」と催促の電話をしてくる店もある。客にしてみれば、「延滞料金をとるんだから、そっちは得するくらいじゃないか。返却の催促をするなんて失敬だ」ということになる。最近、TVでもさかんにコマーシャルを流しているツタヤオンラインのレンタルサービスの場合は、毎月一定料金を払えば、3日で返却するか、1ヵ月後かは、客が決める。損得を計算すれば、短期間で返却すれば、一ヶ月にまったく同じ料金で最大16本の映画が見られる。だが、見る時間がなかなかみつからなくて、1ヶ月に2本しか見られないこともある。自分にとって何が得なのか、決めるのは客だ。選択権が自分にあれば(たとえ、それが、錯覚だとしても)、苦情は少なくなる。

 サービスに関する金言、その2・・・客に選択権を持たせる、ないしは、選択権を持っていると感じさせる(錯覚させる)。自分に選択権がある場合には、結果が悪いのは自分の責任ということで苦情が少なくなる。

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参考文献: 1. Frances X. Frei, Breaking The Trade-Off Between Efficiency and Service, Harvard Business Review November 2006 , 2.Barry Meier, A No-Frills Airline Has Few Complaints, The New York Times, February 8,  Complaints, The New York Times, February 8, 1992, 3. Joe Brancatelli, Southwest Airlines's Seven Secrets for Success, Portfolio.com 7/8/08

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2009年8月17日 (月)

コールセンターの恋人

Ilm06_ca07034s_6 「コールセンターの恋人」という小泉孝太郎(heart01 けっこう好きです。弟もイケメンだし、私が川崎に住んでいたら、絶対、清き一票を入れます。「政治家は顔かよ~?」「あったりめーさ。顔以外に何があるってゆーのさ」)・・・その小泉孝太郎主演のTVドラマが放映されています。テレビショッピングや通販会社にしてみればオーバーなところもあって心外に感じるところもあるかもしれません。でも、基本的には、電話でお客様の相談を受ける部署がいかにお客様を大事にしているかがエピソードの中心になっている。企業の人間性が強調され、業界に好意を抱いてもらえる内容になっていると思います。しかし・・・です。あんなふうにお客様一人一人にパーソナルなサービスを提供していたら、生産性なんて上がるわきゃない!と、つくづく考えてしまう内容でもあります(ドラマでも小泉くんが「マニュアルに従って電話にかける時間はX分以内にしてください!」とよく叫んでいます)。

 不況にもかかわらず乳酸菌飲料ヤクルトの販売本数が増えていることが、朝日新聞(7/29/09)に掲載されていた。ヤクルトレディーが取り扱う宅配専用品「ヤクルト400」の2009年(4~6月)の一日当たり平均販売本数は約300万本。経済危機以前の2007年度の平均より30%は増大している。反対にヤクルトレディ-の数は73年度の6万700人をピークに減少傾向にあり、現在は約4万2500人。つまり、人数を増やさずに販売本数を増やしたことになる。もっとも、販売員のやる気を起こすために、企業内保育所を設けたり、配達が楽になるように電動アシスト自転車を特注したり・・・ということで、販売経費が少なくなったわけではない。

 不況でもヤクルトの売上個数が増大している理由は、人間(販売員)と人間(お客様)との信頼関係が築かれていることがあげられる。地道に築いたネットワークだ。

 世界的調査会社ギャラップが日本医科大学に協力してもらい、東京の都心デパートの顧客のなかで、そのデパートに感情的つながりを感じていると(アンケート調査に基づいて)判断された顧客の脳の中を機能的MRIを利用してチェックしました。顧客がデパートついて考えているときに脳のどの部位が活性化するかを調べたのです。デパートについて質問されているとき、顧客の脳のなかでは、感情に関係する部位(詳しく言えば、大脳辺縁系にあって感情と論理的思考とを統合する役割があるとされる前頭葉眼窩皮質)の神経細胞が活性化していた。それとともに、側頭葉にある紡錘状回と側頭極も活性化していた。紡錘状回は顔を見分ける機能があり、側頭極は顔認識や記憶、また、話し言葉の記憶に関係していると考えられています。

 つまり、デパートと感情的に結びついている顧客は、自分がよく訪れるカウンターで応対してくれる特定の店員さんたちの顔、そのひとたちとの言葉のやりとりを思い出しているのだとみなすことができます。

 テレビドラマの「コールセンターの恋人」でも、ギャラップの調査においても、人間である顧客に感動を与えるとまではいかなくても、少なくとも感情に訴えることができるのは、やっぱり人間だ・・・という結論が導かれているわけです。

 これは当然の結論ではありますが、サービスの生産性を上げようという意気込みを萎えさせる結果でもあります。

 約3ヶ月前に書いた「サービスを科学するシリーズ1」では、サービスにおける大きな問題点として、サービスを提供するのもサービスを受けるのも人間。サービスは「人間」という管理しにくい要素から成り立っている。よって、1)感情の問題、2)品質のばらつきの問題、3)経費の問題・・・がサービスの生産性向上を妨げていると書きました。

 当然のことながら、こういった問題を少なくして生産性を上げるために人間とICTとを組み合わせようとしているわけですが、このバランスがなかなかうまくいきません。(株)アイ・エム・プレスの調査によれば、消費者の企業の電話対応への不満のトップに上がっているのが、電話がつながりにくい(71.4%)。二番目が用件に見合った窓口にたどり着くまで何度もプッシュボタンを押さなくてはいけない(61.6%)。つまり、セルフサービスシステムへの不満と、そういったシステムを積極的に採用しても、顧客ベースが増大すれば、人間(オペレータ)の数も増大しなくてはいけない(そうしなければ、電話がつながりにくいという問題が発生する)・・・ということなのです。

 不況になって、企業が最初にコスト削減しようとするのは、「儲けにならない」コールセンターです。米国でも、デルのように、顧客サービスの質の低下を招くとわかってはいても、やむなくコールセンターを閉鎖している企業が多く、日本でもコールセンターの閉鎖、人員削減、時給の低下が進んでいます。ちなみに、コールセンターの就労者は国内で70万~100万とされますが、2007年に企業が採用したオペレータのうち正社員はわずか7.1%でした(「コールセンター白書」リックテレコム)。

 しかし・・・・です。不況のなかでも、人間を前面に押し出したサービスを提供することで、顧客サービス・ランキングでトップに躍り出るだけでなく、売上を伸ばしている企業もあるのです。顧客サービスで優秀な企業といえば、一対一の対面コンタクトを中心とする高級ホテルとか高級高額品販売企業の名前が挙がります。こういった企業は、きちんと訓練された人間をおしげもなく使っても、粗利益率も粗利益額も高いのでコスト的に問題ありません。しかし、2009年度のビジネスウィークの「米顧客サービス・チャンピオン」では、リッツカールトン(5位)やジャガー(3位)、レクサス(4位)を尻目に、ネット販売企業2社がNo.1とNo.7の座を獲得しました。

 ネット企業が人間を前面に押し出すとしてもコールセンターくらいしかありません。そのハンディにもかかわらず、一対一の対面コンタクトを採用している高級ホテルや高級自動車販売企業と比較されたうえで、アマゾンが1位、ザッポスが7位と、ネット企業が勝利をおさめたのです。

 アマゾンは、つい5・6年前では、電話番号を公開しない、もしくは、よほどの決意をもってサイト上を探さないと見つからない・・・と批判され、どちらかといえば、顧客サービスの劣る企業とみなされていました。が、数年後のいまは、文句のつけようがないサービスを提供しています。創業者でCEOのジェフ・ベゾスは、最近では、「顧客の欲求に答えるのに執念を燃やす男」とすら形容されるようになっています。

 今から考えると、投資の順番があったのでしょう。まず、サイトの使い勝手とかフルフィルメントの迅速さ正確さに投資した。コールセンターまでお金がまわらなかった・・・ということだったのでしょう。ジェフ・ベゾスがアマゾンのシステム全体を構築するにあたって目指したのは、「従業員(人間)とコンタクトすることなしに、顧客は自分が望むものを手に入れることができる」環境であり、「どうしても、人間と話す必要があるような問題が発生したときだけ」従業員と話すことができる。そういったシステムを実現することでした。

 数年前には電話番号も公開し、現在では、それがうまく機能している。私も、間違った本が届くという問題が発生して米アマゾンに電話をしたことがあります。電話のオペレータが返品したら本代と返送料を返却するというので、「そちらが間違った処理をしたのだから、先に料金を返金してほしい」といったら、上司と話した後にすぐにOKがでた。そのときの印象では、マニュアルというものはあるが、顧客が不満足で強く抗議するようだったら、客の言うとおりにしろ・・・というすべての事項を超越する基本ルールがあるようだった。アマゾンもコールセンターは人件費の安い地方や海外に置かれている。細かいマニュアルはあっても、顧客が不満足なら相手の言うとおりにしろ・・という大雑把なルールは、ある意味、一番、問題が大きくならない即効法である。

 ジェフ・ベゾスCEOは「顧客サービス/Customer Service」ではなくて、「顧客経験/Customer Experience」という言葉を使う。顧客経験は、低価格、迅速な配送、膨大な種類の商品を提供することによる豊富な選択肢、信頼できるシステムだから人間とコンタクトして話す必要はない・・・といった要素から成り立っている(その基準からすると、日本のアマゾンは、商品検索の的確さがいまいちいまに、いま三時・・・で、サイト上での顧客経験がまだまだ劣る)。

 ベゾスCEOを含めて、アマゾンのすべての社員は、二年に一度、二日間、電話口でオペレータとして働くことが義務づけられている。そのベソスが敬意を表して「学ぶことがたくさんある」とするザッポスの顧客サービスとはどういったものなのか? ベゾスが「顧客の欲求の答えることに憑りつかれた男」と形容されるとしたら、ザッポスのCEOのトニー・シェイの顧客中心主義は「狂信的」で「オカルトの域にある」とさえ評されています。

 1999年に創業したザッポス(Zappos/スペイン語で靴という意味)は、最初は靴のネット販売から始め、現在では、ハンドバッグ、衣料品、アクセサリーなど1136ブランドで300万アイテムを取り扱っている。2000年の160万ドルの売上が2008年には10億ドルを超えるという急激な成長をとげた。すべてが「信じられないくらいの顧客サービス」のせいだという。注文の50%は既存客からのもので、20%は既存客から紹介された新規客からだ。

 配送費、返品配送費、ともに無料。リピート顧客のほとんどに、航空便による翌日配送が無料で提供される。コールセンターは「非常に重要な部署なので」本社と同じところにある。コールセンターの従業員はマニュアルに従う必要はない。ただし、4週間の訓練と24時間年中無休で稼動している物流センターで一週間訓練を受ける。従業員の福利厚生は非常に良いもので(医療保険は100%会社負担)、グーグルと同じく、ランチやスナックはすべて会社が提供している(日本でも、昔から「同じ釜の飯を食った仲」とか「一宿一飯の恩義」とかいうけれど、アメリカでも食べ物を無料で提供するということは、従業員の会社へのロイヤルティや従業員同士の絆を強くするものらしい。これは、研究に値するテーマかも?)。

 無料配送が利益を圧迫することは当然のことで、アマゾンも無料配送を始めたときには、営業利益率は3%の低さになり、2000年半ばには、キャッシュフローに困るだろうと予測するアナリストもいた(ちなみに、2007年度に本来なら客から配送費として入ってくるべき現金は6億ドルだったという)。しかし、顧客ベースと売上が伸びることによって、1)R&D費用の増大が売上の増大よりやっと低くなった、2)粗利益率の高いマーケット・プレイスの運営やウェブサービス・ビジネスの成長により、営業利益率は6%まで上がっているとされる。顧客ベースと売上が伸びたのは、「顧客経験」の向上によるとされるのだから、配送費を無料にするだけの価値ある結果を得ることができたわけだ。

 話をもどして・・・・アマゾンは今年7月にザッポスを8億4700万ドルで買収しました。アマゾンのCEOジェフ・ベゾス氏は創業以来最大の買収をした理由として、「ザッポスの顧客サービスの素晴らしさ」を上げています。が、もちろん、業界アナリストとしては、それ以外の理由を詮索したくなるものです。たとえば、急激に伸びてきたネット販売企業、しかも、アマゾンがうまくいっていない靴、バッグ、アクセサリー、衣料品で成長している。ザッポスが強敵になる前に先手をうって味方につけておいたほうがよい・・・・・それがベゾスの判断だといった見方もされています。

 だらだら続いた話をまとめると・・・

1) 対面コンタクトはなくても、企業の人間性を強調することができる。アマゾンやザッポスの場合、顧客は企業を無機質なコンセプトとしてではなく「人間」として捕らえることができ、それによって、企業と人間(顧客)との間に感情的絆が築かれている。

 もっとも、ベゾスやシェイが自分の個性を企業方針に強烈に発散することができるのは(だから、人間性の強い企業が実現できる)、彼らがある意味オーナー社長だからだ。ザッポスは非上場だし、ベゾスはアマゾンの1億株を所有しており、個人としては最大株主だ。ザッポスのシェイは、また、Twitter愛用者としても有名で、彼の書き込みには100万人がリンクしているという。会社やブランドをPRする箇所はまったくない、ごくフツーに自分の日常の出来事を書いているだけだが、セレブの記事並に読まれている。シェイ自身はただたんにTwitter大好き人間であったとしても、結果として、ザッポスという企業の人間的要素が強調される結果となっている。

2)アマゾンは本という問題が余り発生しないタイプの商品を最初に取り扱った。だから、最初はコールセンターを採用する必要度が低かった。また、ザッポスが最初に扱った靴は(日本の事情はよく知らないが、アメリカでは)粗利益率が50%と高い。ブランドロイヤルティも高いので、リピート率も高い。ザッポスがネット販売を始めた当時はSEMが登場しはじめたころで、ブランドロイヤルティの高い靴の購買客をSEMを先駆的に利用することでコスト安に集客できた。だから、ザッポスは最初からコールセンターを強調するだけの経済的余裕があった。(日本でも、日経ビジネス2009年度アフターサービス満足度ランキングのネット通販部門では、オルビスとかファンケルといった化粧品会社が1位、2位を占めている。化粧品は粗利益率が高いので、それだけ、サービスにお金がかけられる)。

 企業に「人間性」が感じられるようになると、顧客の感情を喚起しやすくなり、ブランド・ロイヤルティが確立され、結果、顧客ベースが増大し、顧客サービスをコスト安に提供しやすくなる・・・・。だが、株式会社で大企業で経営者が個性を発揮できない企業では、企業の「人間性」を「売り」にすることは難しい。また、たとえ個性的な経営者がベンチャー企業を始めたとしても、黒字になるのを10年近くも耐えて待ってくれるような投資家はなかなか見つけられない(アマゾンの場合は、夢を売ることが上手なベゾスのおかげで、投資家は待ってくれた)。短期的に利益を出そうとすれば、顧客サービスはおざなりになってしまうのだ。

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参考文献: 1.「堅調ヤクルトレディー」、朝日新聞7/27/09、2.「不況期はサービスで」、日経ビジネス8/3/09、3.「コールセンターに見る「消費者重視」の真実」、日経ビジネス2/16/09、4.Joe Nocera, Put Buyers First? What a Concept, New York Times 1/5/08, 5 Kinberly Weisul, A Shine On Their Shoes, Business Week 12/5/05, 6. Heather Green, How Amazon Aims to Keep You Clicking, Business Week 2/19/09, 7. Amazon.com Tops BusinessWeek's List of Customer Service Champs, Reuters, 2/19/09, 8. Pete Blackshaw, IsCustomer Service a Media Channel? Advertising Age 7/23/09

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