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2008年11月27日 (木)

「ロングテール」が招いた幻想

Stnd007s ロングテールという本がベストセラーになった理由の半分は、そのタイトルにある。そして、残りの半分は、インターネットがこれまでにない何か新しいことを可能にしてくれる・・・という希望とロマンを提供したところにある。

 だが、長いシッポ理論が描いた「新しい世界」は幻想であることが、わかってきた。インターネットは、誰もが平等に戦える機会が均等に与えられた市場ではなかったのだ。オンライン市場は、ある意味でオフラインの競争市場よりも、不平等性がより極端に現れる市場だということが明らかになってきた。

 オンライン市場の不平等性については、グーグルエリック・シュミットCEOが、マッキンゼーとのインタビューに答えて、「残念ながら・・・・」と次ぎのように認めている(McKinsey Quarterly 2008年9月)。

 「インターネットは(市場参入への)障壁を取り払ったことにより、市場をより民主的なものにするのでしょうか?」という質問に答えて、グーグルのCEOは「インターネットは、多様性や個性を重視するロングテール理論が現実となる場所であり、ネットは公平で平等な競争市場をもたらした・・・と答えられればよいなと思います。しかし、残念ながら、現実はそうはなっていません。実際に起こっていることは、(たとえば、売上の80%がわずか20%の売れ筋商品からもたらされるという、いわゆる80/20の)ベキ乗則なのです。新しいネットワーク市場のほとんどは、このベキ乗則に従っているのです・・・・・我々はテールに関心を持っており無視することはありません。が、収益のほとんどはヘッドに集中しているのです。ロングテール戦略を採用するかどうかは自由ですが、実際問題として、ヘッドを持たなければビジネスは成り立たないのです」

 シュミットCEOはもっとショッキングな事実を認めている・・・・「インターネットはヒット商品をよりヒットさせ、特定ブランドへの集中度をより高めることになるでしょう。ネットワークでより大きい市場に到達することが可能になったというのに、(多様性が増すのではなく単一性が強まるという)この事実は大半のひとには理解できないことでしょう。しかし、どれだけ多くの人間を集めたとしても、やっぱり、誰もが同じスーパースターが好きなのです。だから、アメリカだけのスーパースターではなく、世界的スーパースターになるのです」。

 ネットでは、80/20のルールではなく90/10のルールになる・・・・とシュミットはいっているのだ。

 シュミットCEOが認めたことは、すでに、注目のキーワード11「ロングテール理論への反論」で詳しく書いたように、ハーバード大学のエルバース準教授によって、実証されている。彼女は音楽配信やDVDレンタルサービスのデータを使って、1)オフラインからオンラインへ移行することによってテールはより長くはなっているが太くはなっていない、2) ヘッド部分のヒット商品への集中度はオンラインにおいてオフラインよりもより大きくなっていること。つまり、売れるものはより売れる傾向が促進されていること、3)ヒット商品を買っている客がニッチ商品を購買している割合が高いこと、よって、クリス・アンダーソンのいうように「これからは、ニッチ・セグメントを攻略する企業が繁栄する」なんてことにはならない・・・・など3つの点を証明した

 ロングテール理論自体は、もとからあるベキ乗則のシッポにスポットライトをあてただけだ。そして、ネット社会の現実は、ヘッドにスポットライトが当たるようになっていることを実証している。

 たしかに、ネットを利用することで、ニッチ市場相手に商売することはたやすくなった。だが、ニッチ市場での成功は限られいる。一定以上大きくはなれないのだ。そして、ヘッド商品に加えて長く続くテール商品をも販売することができる大企業が、オンラインにおいては、異常に大きく成長することができるのだ。

 実際、マッキンゼーの調査結果によると、様々な産業や市場において、株価、収益、利益、資産などの数値をつかって企業をランキングすると、(当然のことながらベキ乗則に従ったカーブを描くことになるが)、そのヘッドがより短くなり、急激に長いテールに落ち込む傾向が年々高まっているという。つまり、より少数の大企業に収益が集中し、大半の企業の業績は平均以下になるという不平等さが、より顕著になってきているということだ。しかも、産業の開放性や競争の度合いが高いほど、その傾向が高い。競争相手の数が多いほど、また、消費者の選択肢が多いほど、分布曲線は平坦になるだろうと予測するであろうが、実際には、その反対になってきているのだ。

 日本においても、日本通信販売協会が最近発表した調査結果によると、ネット通販市場において、三大モールサイト(楽天、アマゾン、ヤフー)の利用率が95%にも達していることがわかった。寡占化が進む中、モールに属さない独立運営のサイトは新規客を獲得することにおいて、非常に不利な条件を背負っていることになる。

 ネットは平等をもたらすのではなく、より大きな不平等をもたらす・・・・この事実は、インターネットをビジネスに使うことで成功した初期の起業家たちにとってはショッキングな結果かもしれない。しかし、こういった現象は、人類の本質を知れば当然のことだと理解できる。

 人間(消費者)はよくいわれるように、「多様化」や「個性化」しているわけではなく、行動の動機付けに強い力を発揮する無意識の内なる感情レベルにおいては、非常に似通っている(「ブランドと感情と記憶シリーズ」を参照してください)。また、他人と同じことを考え他人と同じように行動したいという本能を持っている(「不可解な消費者行動シリーズ」を参照してください)。よって、よりスピーディーにより広くアイデアが広がるネット社会においては、ヒット商品は、国内的ヒットではなく、世界的ヒットになり、大企業は国内だけでなくグローバルな大企業になる。大きいものはより大きくなっていくのだ。したがって、ネット産業も、所詮は、独占禁止法によって管理されなければいけない産業の域を出ないのだ。

 もちろん、ネットのおかげで市場への参入がたやすくできるようになったこと、消費者が様々な選択肢を享受できるようになったことは事実だ。しかし、これが起業家や消費者の幸福感につながるかどうかは別問題だ。起業家は大きくなりたいという欲望が強い。ニッチ市場を征服するだけでは不満足だろう。ニッチ市場の枠を超えて成長しようとするとき、ベキ乗則に従う産業構造に挑戦しなくてはいけない。そして多くが失望感を味あう結果となることだろう。消費者は、選択肢の余りの多さに、行動経済学でいうところの「選択のパラドックス」に陥り、何を選んでよいかがわからなくなり、購買するという行動を起こすこと自体を躊躇するようになるかもしれない。

 数百万年の歴史をへて出来上がった人類の脳の仕組みが変化しないかぎり、インターネットという新しい道具が登場するぐらいでは、産業構造の仕組みは変わらない。人類の本能的行動によって、ネットが不平等性をより拡大するという予期せぬ結果がもたらされた。これは、ネット関係者のインターネットに寄せるロマンを幻滅させたかもしれない。でも、人類の進化の歴史に思いをはせる(私の個人的)ロマンはちょっと高まったかも・・・。

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参考文献: 1. Google's view on the future of business: An interview with CEO Eric Schmidt, The McKinsey Quarterly September 2008, 2.Michele Zanini, Using 'power curves' to assess industy dynamics, McKinsey Quarterly November 2008、3、3大サイト利用率95%、日経MJ11/26/08

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2008年11月16日 (日)

ネットにおける無料顧客の価値?

Stnd007sネットでは、無料の情報とかサービスを提供することで、不特定多数の客をコスト安に集めることができる。この「客」というのは、たんなる「アクセス客」である場合もあるし、最終的には購買客になる「見込み客」である場合もある。どちらのタイプの客も企業にとっては価値がある。

 たとえば、@コスメのようなクチコミサイトでは、アクセス客が多ければ、それが記事になり話題になり、結果、より多くのアクセス客が集まることになる。そして、アクセス客が多くなればなるほどサイトの広告メディアとしての価値が高まり広告収入も増える。また、@コスメサイトで気に入った商品がみつかって購入すれば、アクセス客は見込み客だった、そして購買客になってくれた・・・ということになる。どちらのタイプの客も企業に収益をもたらしてくれる「価値ある客」だ。

 だが、基本的にアクセス客自体は、お金を支払ってくれない無料(タダ)の客だ。

 最新のハーバードビジネスレビュー(1008年11月号)では、この無料客の価値について面白い論文が掲載されていた。そして、なんと、あの「ロングテール理論」のクリス・アンダーソンも興味をもったらしく、自分のブログ(11月4日付け)で、論文の次ぎのような箇所を紹介している。

 「他の客の支払う金によって補助されている自分自身はほとんどなにも支払わない客。こういったタイプの客が必要不可欠だというビジネスはけっこうたくさんある・・・・・・こういったビジネスモデルは、世界の大手100社のうちの60社の収益の大半をもたらしているという推定もある。ネット上で無料サービスの提供が爆発的に増大していることによって、いわゆる市場の二面性(two-sided market)といわれるビジネスモデルはますます一般的なものとなることであろう」

 Two-sided marktは「市場の二面性」と訳されているようだけれど、素直に「二つの側面をもった市場」にしたほうがわかりやすい思う。

 まあ、それはさておき・・・。

 たとえばクレジットカード会社の場合、客には2種類ある。カード会員である消費者と加盟店だ。会員はカードがどこでも使えることを望む(つまり、より多くの加盟店が必要)、また、加盟店のほうもより多くのカード会員が存在することを望む。だから、カード会社は、会員数を増やすために年会費を無料にすることがある。それが、結局は、加盟店を増やすことにつながり、加盟店からの手数料収入が会員の獲得維持費用を補って余りあるものになることを見越しているからだ。こういった「2つの側面をもった市場」は、不動産業、IT産業、オークションハウス、印刷媒体、就職斡旋業など数多くある。

 ニューヨークタイムズは2007年にネット読者に記事を無料公開することにした。同じく、フィナンシャルタイムズも一ヶ月30件の記事までは無料提供とした。ウォールストリートジャーナルでさえも、オンライン記事を無料提供することで、毎日アクセスしてくる読者数を100万人から1000万人に増やす計画があるという。アクセス数がふえれば、広告収入がふえるからだ。また、オークションサイトでは、有料顧客というのは出品料や売れたときの手数料などを払ってくれる売り手だ。だが、より多くの売り手を集めるためには、何も支払ってくれない買い手(入札/落札客)を多く集める必要がある。

 クリス・アンダーソンは論文の次ぎの箇所も引用している。

 「・・・(こういったビジネスモデルは)、1)ある顧客セグメントに料金を課さないことによって、大規模な顧客を引き寄せるのに必要なクリティカルマスの顧客を獲得できる、2)そして、後者からの収益が、前者を獲得してサービスを提供する経費をまかなって余りあるものとなるはず・・・という理論的根拠に基づいている」

 たとえば、有名な例はAdobeのPDFだ。発売当初は読者にも書き手にも料金を課したためになかなか普及しなかった。当然売上はあがらない。そこで、読者には無料で提供することにし、それによって、書き手からの売上が急激に増大することとなった。

 「問題は、この「無料客」の価値を計算する方法を見つけることだ。経営者は無料客が必要だとわかってはいても、その重要性を軽く見る傾向にある。その理由は、1)当然のことながら、収益をもたらしてくれる顧客のほうについ集中してしまうし、2)無料客の生涯価値を計算する厳密な方法がわからないからだ・・・・・」

 無料客を集めるのにどれだけの経費をかけられるか? を知るために、無料客の生涯価値を計算する。そのためには、無料客がどれだけ他の無料客や有料顧客を集めることができるかを知らなくてはいけない。そのとき、1)無料客が無料客を集め、有料客が有料客を集める直接的ネットワーク効果だけでなく、2)無料客が有料客を集め、有料客が無料客を集める間接的ネットワークも計算にいれなくてはいけない。

 論文では、某オークションサイトにおいて過去のデータ(売り手と買い手の数、各グループの増加率、売り手への請求額、両グループを集めるためのマーケティング投資額など)を分析した。その結果として・・・

  1. 買い手間の直接的ネットワーク効果は売り手間の効果より大きい。
  2. より多くの買い手はサイトを魅力的なものにして、より多くの売り手をひきつける間接的ネットワーク効果がある。
  3. 買い手は、とくに初期において、売り手と買い手両方を集める大きな影響力を発揮する。たとえば、初期に獲得した買い手客の価値を$2500とすると、50ヵ月後に獲得した買い手客の価値は半分の$1360、100ヵ月後に獲得した買い手客の価値は$200前後となる。つまり、早期にクリティカル・マスに到達することが重要であり、たとえ損失を出しても最初の集客投資が必要。
  4. 売り手への料金を決めるにあたっては、浸透価格戦略を採用する。初期に安くすることでより多くの売り手が集まる。それがまた多くの買い手を集めることになる・・・

 といったような内容なのだが、クリス・アンダーソンは、「ビジネススクールの教授らしく、わかりきった結論に持っていくまでに時間をかけすぎる」と批判しながらも、「無料サービスに魅了された初期採用者は後期採用者よりも他の買い手や売り手をひきつけるのには重要という結論は、ネットワーク効果の基本で前からわかっていたことだ。だが、この記事では少なくともその理論を数値化して、無料客の価値を数字で出している」と、それでも、ちょっぴりほめている。

 70年代末から80年代初めに「データベースマーケティング」なる考え方が登場したときには、新規客を獲得したら、ひとり一人のデータを利用しながらパーソナルなサービスを提供して(大切に)優良顧客に育てていく・・・ことが顧客戦略だった。そして、優良顧客の生涯価値を計算して、よって、新規客獲得にどれだけのマーケティング投資をかけられるか、顧客の維持にどれだけの投資をすることができるか?・・・・を考えた。

 それが、インターネットが普及するようになってから、とくにケータイサイトの利用が進む中、情報を提供することで不特定多数の見込み客がコスト安に集まるようになった。たとえば、TSUTAYAが1999年にツタヤオンラインを開始し、登録会員には映画の新作情報や優待割引情報などを無料で提供するサービスを始めた。ケータイ・サイトで同じサービスを開始するようになり、短期間のうちに、数百万人の会員を獲得して話題になった。そのころからだ。多数の見込み客をふるいにかけ、そのなかから優良顧客を見つけていくという顧客戦略も選択肢のひとつになったのは・・・。

 そして、いま、無料客にも価値があるとされ、無料客の生涯価値が計算されるまでになっている。顧客戦略もテクノロジーの変化とともに当然のことながら変わってきている。

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 参考資料: Sunil Gupta and Carl F. Mela, What is a free customer worth?, Harvard Business Review, Nov. 2008

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