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2008年9月19日 (金)

ファストファッション(H&M/へネス&マウリッツ)

 「世界3位のカジュアル衣料品専門店H&Mが9月13日、東京銀座に日本1号店オープン」・・・開店を待って長蛇の行列ができたということで、新聞各紙に記事が出たのはまだしも、NHKのニュースにも登場したのには驚いた。

 H&Mって日本でそんなに知名度あったっけ?

 しかも、行列に並んだ人数が、読売、朝日、日経で1000人から3000人の開きがあって、H&Mのホームページでは5000人が並んだと書かれていて笑ってしまった。デモの人数で主催者側発表と警察側発表でケタが違うことはよくあるけど・・・。

 数の違いはさておき・・・・

 日本国内ではそれほど有名でもないH&Mの開店になぜ行列ができたのか? もともとPR上手、つまり話題づくりが上手なことでは定評のある会社なので、調べてみたら、やっぱり・・・。それなりの準備をきちんとしていた。

  1. 7月18日にモバイルサイトを開設。もちろん、PCサイトも開設して、そこで、ブランドや銀座店開店についての情報を提供するのはむろん、会員になれば特典があるとして会員登録をうながす。
  2. 9月11日にオープニングレセプションパーティを開催するので、限定200名を招待するというメールを会員に送付。セレブも参加したパーティでは商品を25%割引で買うことができた。
  3. 9月13日の開店時に、先着500名にTシャツをプレゼントするという案内メールを会員に送付。

 行列ができたはずだ。Tシャツがもらえたのだ。中間に並んでいたTシャツをもらい損ねたひとたちには折畳み傘がプレゼントされたというから、H&Mの予測以上の人たちが並んだので、感謝の意を表して傘を急遽プレゼントすることにしたのだろうか? いずれにしても、米ビジネスウィークの記事(9/8/08)には、日本にはすでに2万人のファンクラブが存在していると書いてあった。たぶん、サイトで登録した会員数のことだろう。

 前述したようにPRが上手な会社で、2004年から著名デザイナーであるカール・ラガーフェルド(シャネルのデザイナー)、2005年ステラ・マッカートニー(ポール・マッカートニーの娘)、2006年ヴィクター・ロルフ、2007年にはマドンナがデザインするラインを発表している。そういった商品ラインはルイ・ヴィトンのリミテッドエディションと同じように一回限りの数も限られた商品ラインだからすぐに売り切れる。入荷の日には、早く行かないと売り切れることを知っている顧客で店舗前に行列ができ、店内は商品の奪い合いでごったがえす・・・その様子がニュースや記事になる。

 H&Mは低価格ブランドかもしれないが、マーケティング戦略は、セレブと希少価値を最大限に利用する高級ブランド・マーケティングと同じだ。

 ちなみに、2008年秋は日本での開店を記念してかもしれないが、「コム・デ・ギャルソン」の川久保玲のデザインになるラインを発売することになっている。もちろん店舗数も限定して世界市場30カ国1600店舗のうち取り扱い店舗は200店のみとなっている。

 どの新聞でも「世界3位のカジュアル衣料品専門店」と紹介されたように、No.1は米Gap(ギャップ)、No.2はスペインのZara(ザラ)で、No.3がスウェーデンのH&Mとなっている。が、この順番はつい最近変動があって、2008年第一四半期の売上においてザラの親会社のインディテックス(Inditex)がギャップを抜いて1位になった。ザラは2005年にH&Mを抜いてヨーロッパでのNo.1となり、その後も世界市場で積極的に店舗拡張を進め、アメリカにおける消費者市場の不振を受けたギャップが落ち込んだところを捕まえた形だ。

 ザラは洋服のデザインから店頭に並ぶまでの期間が14日ということで有名になったが、ちなみに、H&Mは20日、ユニクロは6週間、ギャップは3ヶ月かかるといわれる。ただし、このなかで一番低価格なのはH&Mだろう。ザラやH&Mの衣料品は「チープシック」と呼ばれることが多いが、ザラは海外ではスペイン国内よりも高い値付けをしており、H&Mよりも30~50%高い。

 ユニクロ(ファーストリテイリング)の柳井社長が「うちとH&Mとでは持ち味が違う」から競合関係にはない・・・と日経MJ(9/3/08)で語っていたが、ギャップとユニクロがカジュアル衣料品ならザラとH&Mは欧米では「ファストファッション Fast Fashion」と呼ばれる。つまり、ファッションショーでモデルが着たトレンディな服を14日~20日後には店頭に並べるということだ。(ユニクロは、フリースから始まって最近のブラトップまで、ヒットしているは機能性商品だ。その点からみても、H&Mとは異なる。もっとも、世界市場を目指すユニクロとしてはもっとデザイン性を強調したいのかもしれないけれど・・)。 

 ザラとH&Mは「チープシック」で「ファストファション」なのだ。数の限られた新しい商品が常時陳列される結果として、ファストファッションの店舗への来店頻度は高くなる。2004年のロンドン中心街における調査では、消費者の他商店への平均来店頻度は年間4回だったが、ザラの店舗には17回も来店していた。

 H&Mはザラよりも価格が安く、年に50万種のデザインの異なる商品を販売し、2週で商品を入れ替え、大型店は一日2回の納品(旗艦店では1日3回)、そのうえセレブやメディアを利用した派手なPR活動のおかげで目立つ。そのせいか2003年ごろには、「チープシック」を越して「使い捨てシック disposable chic」と命名されたりした。つまり、若者を最新のトレンディなかっこうで常にきめていなくてはいけない気持ちにさせ、ニ・三回着たらポイ捨てして次ぎの旬の服を買わせる(品質が悪いので、長くはもたない・・・という皮肉も含まれている)。「使い捨てシック」には資源の無駄づかいで「地球に優しくない」という批判も含まれている。

 そういう批判に応えて商品改良を進めているのか、「H&Mは品質が劣る」という評判は過去形になってきているともいわれる。「日経トレンディー(5/1/08)」がユニクロ商品と比較して、縫製、洗濯後の縮み、色落ち・変色などきちんとした検査をした結果を掲載している。その比較調査によれば、H&M製品はユニクロに比べてやや劣る部分もあったが、それほど変わりはなかった。

 NHKが深夜に放送する「Tokyoカワイイ」という番組をみていると、原宿に出没するいわゆるクールジャパンを代表する女の子たちは、安い洋服を買ってきて、それを自分たちでいろいろ加工して「自分だけの洋服」をつくり着ているようだ。彼女たちは案外に器用で、リボンやビーズをてんこ盛りにした長いツケ爪を苦にすることもなくミシンをあやつり、摩訶不思議なオリジナル洋服をつくっている。どう見ても、ドライクリーニングなどに出したら二度と同じシルエットは戻りそうもない複雑怪奇なデザインだ。彼女たちなら、H&Mがトレンディーでクールでありさえすれば、ちょっとくらい縫製に問題があっても平気だろう。

 H&Mのロルフ・エリクセンCEOは日経MJのインタビュー(9/17/08)で「H&Mの主な顧客は30代ー40代の子供もいる働く女性」と語っていたが、日本ではそこから十歳は引いたほうがよさそう。ジーンズのすそあげなどの無料サービスは世界中でしていないので日本でもしない方針だそうだが、東京に住んでいる働く女性は自分ですそ上げなどしないと思う。だけど、原宿当たりを内股歩きで闊歩する「意外と手先が器用な女の子」たちならOKどころか、ジーンズのすそにも自分の好みでいろいろくっつけたりすると思うけどね。

 ところで、世界の低価格ファッション市場は、どうやら、スウェーデンのH&Mとスペインのザラの戦いになりそうなので、その2社の違いを比較してみる。

  1. 工場: ザラは自前の工場でしかも、スペインや近隣の国にある。製造経費は高くなっても、倉庫や物流センター(すべてスペインにある)に近いために、割増経費は相殺されるという。H&Mは自前の工場を持たずすべてアウトソーシング。700件のサプライヤーの三分の二はアジアにある。自前の工場をもたないぶん、先行き不安な不確実性の時代には融通性があって良いという意見もある。ザラの役員は、「アジアでの店舗がもっと増えれば物流センターをアジアに開ける必要があるかもしれない。だが、2013年まではいまの体制で大丈夫だ」と語っている。逆発想サプライチェーンシステムで世界中のビジネススクールの教材となっているザラのことだから、将来のことはきちんと考えていると思うけれど・・・。
  2. デザイナー: どちらも社内デザイナー。H&Mは100人。ザラは200人。
  3. 広告活動: ザラは広告はほとんどしない。通常売上の3~4%といわれるがザラは0.3%(2004年現在)。店舗が広告媒体であるとし、ブティックのような店作りを心がける。本社のデザイナーが店舗レイアウトやウィンドウディスプレイを決め、二週間ごとに変え、その写真を世界中の各店舗にメール送付する。H&Mは前述したように、高級ブランドと同じような宣伝活動を採用している。
  4. ブランドの多様化: ザラはインディテックスの売上の60%を占める。それ以外にも、より高級なブランドと若者向けのブランドなど7つのブランドを所有。ザラを目標として拡大成長をめざすH&Mも、2007年に、既存ブランドより高額で年齢も高目のブランドCOS(Collection of Style)を発売し、また、十代の女性向けブランドなどを所有するスウェーデンの会社を買収している。

  いずれにしても、H&Mは2007年度の売上119億ドル(1兆3700億円)で14.5%増。価格がライバルよりも安いため、景気低迷は拡大のチャンスととらえていて(より良い条件で一等地に店を構えることが可能)、2009年にかけて店舗数を15%増大する計画だという。

 H&Mの店内の混雑ぶりとかサービスのおおざっぱさは、欧米でもよく話題になる。面白いエピソードをふたつ紹介しよう。

 パリの旗艦店は一日3回商品が入荷されるくらい人気店舗だが、バーゲンのときとか限定ラインが入荷するときは、試着のために長い行列ができる。うんざりしていたら、店員が「30日以内なら返品できますから」と叫んでいたそうだ。つまり、試着しなくても家に帰って着てみて気に入らなかったら30日以内に返品すればよい・・・ということだ。

 スウェーデンの広報担当者が、著名デザイナーによる洋服の限定販売のときすぐ売り切れるという苦情に応えて、「ウェブサイトを事前にチェックして、いつ入荷されるか調べてから早目に来店してください。もし売り切れていたら、次ぎの日に再度来店してください。返品が戻ってきているから」

 こういうおおようなところ、現地で経験すると、日本の生真面目さに比べてどこか人間的で良いと感動したりするけれど、日本で経験するとけっこう頭にくるのが不思議だ。

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参考文献: 1.Kasra Ferdows, et al., Rapid-Fire fulfillment, HBR November 2004, 2.Kelly Nolan, H&M expands global reach, readies new banner, DSN Retailing Today 7/10/06, 3. Cecilie Rohwedder and Keith Johnson, Pace-Setting Zara Seeks More Speed To Fight Its Rising Cheap-Chic Rivals, Wall Street Journal 2/20/08, 4. Kerry Capell, H&M Defies Retail Gloom, Spiegel Online, 9/4/08, 5. Graham Keeley, Zara overtakes Gap to become  world's largest clothing retailer, Guardian .co.uk.8/11/08, 6. Cari Simmons, Swedish H&M takes the catwalk to the sidewalk, Sweden.SE 11/3/06 7. Sarah Raper Larenaudie, Inside The H&M Fashion Machine, Time Magazine 2/9/04 , 8. Store Wars: Fast Fashion, BBC News 2/19/03, 9.「最強アパレル、上陸」、日経ビジネス9/15/08

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