コロナ後の「ニューノーマル」のなかで「変わらないこと」を見つける
「ニューノーマル」という言葉は、金融危機のときにも使われ、いまのコロナ危機にも使われている。この言葉を、コロナ禍での社会の変化と理解して使うこともあるし、コロナ後も続く新しい社会の普通の状態と理解して「新常態」と訳して使うこともある。
コロナ禍では、マスクをつけるとか、ソーシャルディスタンスを保つとか、握手やハグのような身体的接触を避けるといった、それまでとは異なる行動が求められている。
こういった人間の行動に関してのニューノーマルの多くは、コロナ感染が収束すれば元にもどるだろう。たとえば、握手。握手の習慣は紀元前9世紀のギリシアにさかのぼることができる。武器をもっていないことを示すために右手を差し出し手を握り合う。握手は、戦う意図がないことを相手に明らかにするために始まったという説がある。ビジネスのグローバル化が進むなか、友好を象徴する握手もグローバル化されていった。
こういった長い歴史と世界的に普及した習慣は、コロナが収束すれば復活するだろう。だが、コロナ前とコロナ後では、大きく変化することがらもある。
ニューノーマルが一時期だけのものか、あるいは、継続するものかはいろいろなケースがあるだろう。だが、「新しい」とか「変化する」という言葉に人間の脳は敏感に反応するようにつくられている。なぜなら、人類の数百万年におよぶ進化の歴史において、まわりの変化を敏感に察知できる者の生存確率は高くなり、そのDNAを現代を生きる私たちも受け継いでいるからだ。
だから、メディアとかコンサルティング会社は「新しい」とか「変化する」という言葉を強調して、企業も変化して新しい状況に適応しなければ危機をのりこえることができないと不安をあおる。それによって、注目度や売上を上げるためだ。
そういった風潮にのせられて、企業の多くが、「新しい」社会の「変化」に合ったサービスとか製品とかビジネスモデルを開発しようとあせる。だが、実際には、そういった目新しい変化の多くは長続きしない。
人間の心理とか行動に関しては、表面的な変化はあっても、変わらない本質というものが存在しつづけることを忘れてはいけない。危機的状況を乗り越えて存続しづづけることができるのは、本質を見定めたうえで変化の意味を理解した企業だけだろう。
「新しい」とか「変化」といった言葉を耳にするとき、いつも思い出す名言がある。アマゾンのジェフ・ベゾスCEOが、2007年に雑誌「ハーバード・ビジネスレビュー」とのインタビューで語った言葉だ。
「(アマゾンは巨額の投資をしつづけているが赤字続き。それでも)投資が最終的には成果をもたらすという確信はどこから生まれるのですか?」と記者が質問した。それに対して、ベゾスは「変わらないこと」に基づいた戦略を立てているからだと答え、次いで、「あるあるネタ」ビジネス編に入れたくなるようなエピソードを紹介した。「人と話をしていてよく聞かれるのは、『5年から10年後に変化することは何ですか?』という質問です。でも、『5年後10年後にも変化しないことは何ですか?』という質問をする人はほとんどいない」。
HBRの記者がつづけて、「あなたが信じている『変化しないこと』とは何ですか?」と質問すると、「顧客インサイトです。(customer insightで、ここでは顧客が感じたり考えたりすることと訳す)。顧客は10年たって社会がどう変化しようとも、『もっと遅く配達してくれたほうがいい』とか『もっと値段が高いほうがいい』とは言わないでしょう」と答えている。
たしかに・・。
いまから10年どころか100年たった後でも、消費者は価格は安いほうがいいし、便利にショッピングできることを欲求しており、それは絶対に変わらないだろう。
ベゾスが言うところの消費者インサイトを、コロナで大打撃をうけた外食産業で考えてみよう。緊急事態宣言のときは、店舗閉鎖をよぎなくされた。宣言解除後も客数はなかなか元に戻らない。だが、安全なワクチンがいきわたるようになれば、回復が期待できる。
しかし、外食産業は、コロナ以前から続いている大きな基本的な流れを忘れてはいけない。働く女性と一人暮らしの世帯が増えたことだ。共稼ぎ世帯は今や1000万世帯を越している。2000年ごろには、共稼ぎ世帯と専業主婦世帯の数は同じくらいだったが、共稼ぎ世帯数が18年の間に30%近く増え、2018年には専業主婦世帯の2倍の規模になった。また、一人暮らしの単独世帯も増加している。単独世帯の全世帯における割合は1980年には19.8%だったのが2000年には27.6%となり、これが、2025年には1996万世帯になり、全世帯における割合は36.9%と予測されている。
こういった大きな基本的流れが、外食産業にどういった影響を与えてきているか?
共働き世帯や単独世帯の増加で中食や内食用商品は着実に売上をあげてきた。中食は「調理された食品を購入して家で食べること」。一日の仕事を終えた女性(妻や母)は疲れており、家に戻って料理を作る元気はない。帰宅途中で総菜を買ってみんなで食べる。一人暮らしの人は、仕事帰りに一人で外食するのもためらわれ、総菜を買って家で食べる。日本惣菜協会発行の「惣菜白書2019年版」によると、2017年の中食市場規模は2008年比で22.3%増の10兆555億円。外食は同4.6%増の25兆6,561億円、内食は14.9%増の35兆3,281億円で、伸び率は中食が最も大きい。
内食は「素材を買って家で調理する」と定義されるが、この分野で伸びているのが冷凍食品。家で調理といっても電子レンジでチンするだけ。冷凍食品はメーカーだけでなく、外食店舗チェーンも、少し値段が高いがおいしい冷凍食品を作って販売するようになっている。たとえば、ファミレスの「ロイヤルホスト」は、コロナ以前に、ペンネやドリアなど25品目の冷凍食品をつくり店舗やネットで販売を始めていた。
基本的な大きな流れを感知していた外食業者なら、コロナ以前から、内食や中食への需要にこたえるために、冷凍食品の製造、テークアウトや配達という選択肢を提供していたはずだ。そういった事業者ならコロナになってあわててテークアウトや配達用のメニューを開発したり、容器をそろえることもなかったはずだ。
一人暮らし世帯が増加していることを感知していた外食事業者は、一人焼肉とか一人鍋のメニューや、一人でも他人の目を気にしなくてもすむ一人用のテーブル席を提供していた。ファミレスのガストは、「顧客のニーズに迅速に対応するために一人用ボックス席を増加する」と、2019年の決算説明資料に明記している。そういった店舗なら、コロナになっても、3密への安全対策をスピーディに準備することができただろう。
コロナで来店客減に悩むイタリアンファミレスチェーン「サイゼリヤ」は、今後は、従来店舗の6割くらいの広さの小型店舗を展開すると9月に発表している。この小型店では、隣同士を板で仕切る一人客の専用席を多く設ける予定だという。これは、コロナ感染がつづく社会のニューノーマルに合わせる意図もあるのだろうが、また、一人世帯が今後も増大していく新常態への対応であるともいえる。
いずれにしても、配達、テークアウト、総菜、冷凍食品、一人用の席などへの需要は、コロナがきっかけで急増するとしても、デモグラフィック・データをみていれば、基本的な流れとして以前から存在していた需要だということがわかる。だから、ワクチンができても、テークアウトや配達、一人用テーブルへの要望が減ることはない。
いまでも日本人経営者に人気のあるピーター・ドラッカーは、著書「イノベーションと企業家精神」のなかで、未来予測で一番確実な方法は、人口構造の変化を知ることだと書いている。人口の規模、年齢構成、そして雇用、教育、所得などによる分類といったいわゆる人口統計データ(デモグラフィックデータ/demographic data)ほど、予測能力の高い変数はない。そのうえ、リードタイムも十分あるから対策は立てやすいと書いている。
ドラッカーがそう書いた本は1985年に発刊されている。が、35年前のドラッカーの考え方は、いまでも通用する。
世界最大の資産運用会社ブラックロックは、2019年に発表したレポートで、政府の政策、投資戦略、革新的なビジネスモデルといったものに影響を与える5つのメガトレンドを明らかにした。そして、1.急激な都市化、2.新興国における新しい富裕層の増大、3テクノロジーの進化、4.気候変動、5.高齢化といったデモグラフィックスの変化・・・といった5つのメガトレンドのなかで、世界経済への影響力が最も高いのはデモグラフィックスの変化だと報告している。
デモグラフィック・データに基づく変化は長期間にわたるものであり、それについて考え対策を練るリードタイムは十分あるはずだ。日本でも、少子高齢化の問題は、50年前にはわかっていた。日本経済新聞1967年4月27日の記事には、厚生大臣が人口問題審議会で、出生率の減少、老齢人口の増加、生産年齢人口の先行きについて詰問したと報じている。だが、少子化現象が一般の人たちの注目を集めるようになったのは90年代からであり、「少子化社会」という言葉も、92年に刊行された「平成4年度国民生活白書」で初めて使われた。
危機には突然やってくる自然災害のような予期せぬ危機もあるし、少子高齢化のように、50年以上も前からデータで分かっていて徐々に迫ってくる危機もある。予期せぬ危機にあわてふためきその被害の大きさを嘆くのは仕方がないとしても、50年前からわかっているような人口構造の変化に、なぜ、対処できないのか?
日本の場合は二つの要因を上げることができる。
ひとつは、少子化が進んでいるとはいえ、日本は人口が1億人を超える世界にわずか13か国しかない国のひとつであること。OECD加盟国の中で日本より人口が多いのは米国だけだ。2020年の国別ランキングでは、日本は1億2700万人で10位、ドイツは8300万人、英国は6700万人だ。韓国は28位で5100万人。日本の半分だ。よくいわれるように、人口が少ないから国内消費だけではやっていけない。だから韓国は真剣に外需の開拓に取り組んできた。
つまり、日本人は、危機が迫っているとわかっていても、他国と比較してまだ余裕がある・・・と、心の片隅で感じているというわけだ。
徐々に迫りくる危機を実感できない理由がもう一つある。これは、日本人だけでなく人類一般に共通する理由だ。
出生率とか高齢者の割合とか数字や表で示されても抽象的でピンとこない。人間の脳は、たとえば目でみえるといった具体的情報でないとピンとこない。
ピンとこないということは直感的に把握できないということ。そして、人間は、感情に訴えるものがなければなかなか行動に移さない。
良い例が、気候変動がもたらす危機だ。温暖化が実際に進んでいて、その原因は人間の活動が生み出す二酸化炭素にあることも、多くの人たちは理性ではわかっている。だが、そういった情報が私たちの行動を変えることができないのは、私たちの脳の仕組みにある。
我々の数百万年前の祖先が生存するためにつくられた脳の仕組み、危険を察知する認知の仕方が障害となっているのだ。
私たちが農耕生活を始める一万年くらい前まで、「危険」は単純なものだった。サーベルタイガーに襲われて食べられてしまうとか、毒ヘビにかまれて死ぬとか、今そこにある脅威に人間は注意を払うように進化した。だから、いまでも、飛行機事故とかテロとか映像で見た「目に見える」具体性ある脅威を過大評価し、気候変動とか少子化といった数字で表現される抽象的で複雑な脅威を過小評価する。
心理学者や行動経済学者は、「私たちの祖先の数百万年の存続を可能にした認知バイアスは、現在私たちの生存をおびやかしている複雑で長期的な脅威に対処するには不向きなのです」と説明する。
それなのに、有識者といわれる人たちのコメント、メディアの記事、政府の広報・・・こういった情報は、数字と論理で迫ってくるだけ。行動に直結する感情を刺激しない。
古い話になるが、1990年の湾岸戦争は、アメリカがコンピュータ兵器を本格的に使ったハイテック戦争であり、人間が人間を殺すといった実感が薄れた戦争だといわれた。遠隔地でコンピュータ操作してターゲットを爆撃する。そういった爆撃シーンをTVで見ている一般人にしても、映画やゲームを見ている感覚で死亡者100人という抽象的情報が流れても、戦争で人が死んでいるという実感がわかない。
そんな中、ただ一つ、多くの人たちの感情を動かした映像があった。タンカーが攻撃され海に大量の石油が流れ出た。その油にまみれ多くの海鳥がすべもなく死んでいく。戦争で死亡した人間の数ではなく、いたいけな鳥たちが油まみれになっている姿に、世界の多くの人々が心を動かされた。その結果として、油を流すきっかけを作ったとされた国を非難する声が高まったという。
この鳥の映像ついては、敵国を侵略するのを正当化するための情報操作の一環だとする批判もあった。が、いずれにしても、人間の認知の仕組みを知っていれば、影響力を高めたいなら、数字とか統計といった抽象的な情報ではなく、映像のような、しかも、か弱い鳥が苦しんでいる姿といった具体的情報を提供した方が効果的であることが証明されたといえる。
話を戻して、コロナ後もつづくニューノーマルは他に何があるだろうか?
テレワークはどうだろう?
テレワークをアフターコロナも続けると言っている企業の多くは、テレワーク関係の製品(ハードやソフト)を販売している会社だ(たとえば日立や日本IBMは緊急事態宣言解除後も在宅勤務を継続するとすばやく発表している)。テレワークの問題点は、それが、創造性を生まないことだ。米国のハイテク企業は、クリエイティビティは社員同士の共同作業の中から生まれると確信している。だから、アップル、アマゾン、グーグルは、ソーシャルディスタンスが保てるくらいの大きなオフィス、あるいは、通勤時間を短くできるサテライト・オフィスをつくると言っている。
そこまで投資ができない他の多くの企業は、ワクチンが普及すれば、テレワークの採用は、育児、介護、病気、その他の特別な理由をもった社員に限ることになるだろう。1週間に1回しか来なくてもよい従業員は社員である必要はない。
だが、テレワークは増える。それは、働き方が働き手一人ひとりにパーソナライズされるという大きな基本的な流れがあるからだ。体脂肪計で有名な「タニタ」は、2017年から、社員が独立して個人事業主になる制度を進めている。個人自業主になった元社員は他の会社の仕事も引き受けることができる。
コロナ禍で、「通勤しなくてもよい、自分で働く時間を決めることができる」といった自由さを味わって、「もう、元には戻りたくない、独立しよう!」と考える社員もいることだろう。そういった社員なら契約社員になるチャンスを提供されれば喜んで承諾することだろう。
会社にしても、コロナ禍で、1週間に1回しか会社にこなくてもやっていける業務がたくさんあることに気がついた。そういった業務を担当する社員には契約社員になってもらい副業も積極的に進める。働き方が各社員ごとにパーソナライズされたものになっていくことは、社員にも会社にとってもよいことだ。
コロナ禍で星野リゾートが積極的に推進している「マイクロツーリズム―小さな旅」。自宅から30分から一時間くらい、クルマで行ける地元を楽しむ旅。これは、コロナをきっかけに生まれたアイデアかもしれないが、コロナ後も続く可能性がある。なぜなら、高齢化率の増大といった基本的な大きな流れにそっているからだ。
年老いた親に親孝行しようと思って旅行に誘って断られた経験のある子供も多いのではないか? 高齢になると肉体的疲労もあるが、自宅を離れることに不安を感じるようになる。軽い認知症でもその傾向は強くなる。外泊することも嫌うようになる。マイクロツーリズムなら、親も喜び、子供も感謝の気持ちを伝えることができる。
このように、ニューノーマルが一時期だけのものか、あるいは、継続するものかは様々なケースがあることだろう。いずれにしても、変化の時代だとしても、変わらない大きな流れを見逃さないようにすることが重要だ。
人間は、危機に見舞われて(危機が自分ごとになって)、初めて、それまで問題意識としては持っていながらも先伸ばしにしていた課題に真剣にとりくむようになる。そういった意味で、コロナ危機を問題解決を進める機会とみなすことができれば、2020年もそれほど悪い年ではなかったと考えることができるようになるかもしれない
きっとそうなると思っています。
新しい働き方については、新刊「勤勉な国の悲しい生産性」を
読んでいただければうれしいです。
参考文献:1.藤本健太「ガストの一人席はなぜ最高に仕事がはかどるのか」President Online 11/18/19 2.藤森克彦「2025年 単身世帯が1996万世帯 加速するソロ社会化」みずほ情報総研 3.「激化する中食・内食競争、家庭での喫食は拡大傾向に」食品産業新聞社ニュース 2/13/20 4.「サイゼリヤが小型店を出す狙いは?」日経新聞9/16/20 5.How Brain Biases Prevent Climate Action, BBC Future, March 2019 6. Julia Kirby and Thomas A Stewart, The Institutional Yes, HBR October 2007 7. Dominic Johnson and Simon Levin, The tragedy of cognition: Psychological biases and environmentl inaction, Current Science Vol 97, December 2009, 8.「外食各社、中食に活路」日経MJ 9/21/20
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