オムニチャネルの未完成のビジネスモデル
オムニチャネルという言葉は5年後にはもう使われていないだろう。なぜなら、小売業が店舗やネット(ウェブサイト、携帯端末サイト、ソーシャルメディア)、紙媒体(カタログ、DM、雑誌、新聞)、TV、その他複数のチャネルで販売するのは当たり前になっているからだ。アマゾンも、2015年11月に米国シアトルに店舗を開けており、近いうちに店舗網を構築するであろうと予想されている。
アマゾンが店舗を開ける理由というか、小売業がオムニチャネルを進める理由は2つある。
- 消費者の選択肢をふやすことで優良顧客を育成・・・複数のチャネルで購買する客はひとつのチャネルだけで購買する客よりも購買金額が高くなることは、日本でも海外でも、データで裏づけされている。ウォルマートCEOも2015年に、店舗だけで購買している客の年間累計購買金額は1400ドルだが、ネットでも買っているマルチチャネル購買客の累計購買金額は2500ドル、そして、ネットだけで買っている客の場合は200ドルだと発言している。
- 物流拠点として店舗を利用することによる経費削減・・・即日か翌日配送、そして配送無料という威力あるオファーをコスト安に実現するためには、客自身が注文した商品を店舗まで取りに来てくれるのが一番。また、販売企業も、物流センターからではなく店舗から顧客自宅に配送する方法もとれる。
だから・・・、一定規模の小売業であれば、オムニチャネル戦略を採用しようと思うはずだ。
だが、これまでネット通販をしたことがない企業が、既存のビジネスモデルの妥当性を検討することなく、異なる顧客セグメントに到達できるとか、チャネルがふえることで売上が付加されるとか期待してネットを利用する場合、かなりの年月と資金を無駄な試行錯誤に費やすことになる(もちろん、逆の場合にも同じことがいえる)。
日本のB2Cネット通販売上ランキングをみれば(2015年6月日本流通新聞発表)、アマゾンジャパンがダントツ一位で7000億円、2位 千趣会 831億円、そのあとは、ヨドバシカメラ、デル、ニッセン・・・と続く。楽天はモールで販売している小売業者からの出店料や手数料が売上となっているので順位は低いが、流通総額では2兆円(2014年度)くらい。衣料品販売サイトで有名なスタートトゥデイ(サイト名はZOZOTOWN)も楽天と同じく手数料ビジネスが中心なので、ランキングでの順位は低いが、流通総額は1300億円くらいだといわれる。
日経MJは、2015年6月に発表した小売業調査において、「14年度にネット販売で『利益が出た』とした企業は回答者の34.2%にとどまり、ネット通販でも利益確保が難しいことを示している・・・・(配送費の上昇もあり)『稼げるモデル』はまだ構築されていない」と書いている。
ネット通販に進出した多くの企業が目標としているアマゾン・ドット・コム自体が、創業後20年以上たっても、いまだに継続的に利益を出していないのだから、日経MJのコメントは驚くべきことでもない。
「稼げるビジネスモデル」ということで、大手eコマースを比べてみると、アマゾンにしても楽天にしても、在庫リスクの低いビジネスモデルだということに気がつく。楽天にいたってはモールのオーナーとして出店料と売上高の一定割合を徴収するだけで、自社の在庫リスクはゼロだ。
最近はモール全体の売上が落ちていると騒がれているが、いまの楽天は、営業利益の2割を稼ぐまでになっている金融サービスのほうに力をいれているのではなかろうか。モールを運営するのにかかる人件費や時間と比べて、金融サービスは手間暇かからないわりに利益率の高いビジネスだ。モールビジネスで獲得した会員を金融サービスに循環させる。これが、楽天の利益を稼ぐ仕組み(ビジネスモデル)だといえる。
ZOZOTOWNのスタートトゥデイは2000点以上のブランドを販売しているが、そのうち買い取り商品はわずか4%で、受託商品が80%を超えている。受託商品の場合は売れなかったら返品できるから在庫の問題はない。そして、スタートトゥデイも、他企業のサイトの設計から運営までを請け負う事業が、売上の14%近くを占めている。
つまり、両社とも、在庫リスクのない手数料ビジネスを中心とし、そのうえ、本業の小売業で獲得した顧客ベースや自社ノウハウを活用したサービスで損失を補う、あるいは利益を押し上げているといえる。
アマゾンのビジネスモデルは、楽天やスタートトゥデイに比べると、破天荒なところがある。前人のなしえなかったことを初めてするだけあって、「なんでも有り」感がある。
システム投資、物流センターへの投資、データセンターへの投資とつづき、利益が出る年度は数えるほどしかなく、2015年度に営業利益が出たといっても、わずか2.1%だ。それも、自社のために構築したシステムをクラウドサービスとして提供する事業が急成長しているおかげだといわれる。
利益を出してはいないが潤沢なキャッシュフローと投資家に夢を売るのが上手な天才的CEOのおかげで株価を高どまりで維持できる。これを、eコマースの理想のビジネスモデルといえるのだろうか?
もっとも、アマゾンが潤沢なキャッシュフローを生み出すことができたのには、たしかに、それなりの仕組みがあった。
アマゾンが最初に書籍を取り扱うことにしたのは、① 消費者が品質の違いを懸念する必要がない(どこで買っても同じだという安心感)、② アイテム数が3百万点にのぼり大きな書籍チェーン店でもすべてを取り扱うことはできない・・・といった大まかな理由があった。が、そのうえに、もう一つ、アマゾンを利する重要な理由が存在した。
当時の米国には、書店は書籍が入荷して90日後に代金を出版社に支払う慣習があった。その一方で、ネット販売では客がクレジットカードで支払ってくれれば、入金は2日以内になされる。
交渉の結果、出版社への支払いは、58日にせざるをえなかったが、それでも、在庫回転率を高めることで(当時の回転率は40~50)、書籍を在庫として持つ日数を平均17日に短縮することができた。結果、平均して支払いの41日前に入金される体制がつくられた。つまり、アマゾンは、顧客が支払ったお金を平均41日間、キャッシュフローとして手元に置くことができたわけだ。
これは、たしかに、フリーキャッシュフローを生み出すための優れた仕組み(ビジネスモデル)だといえる。
書籍以外の多種多様な商品を販売することで在庫回転率は落ちてきている(最近は、9.5くらいで、8弱のウォルマートより少し高いくらい)。だが、アマゾン取扱い商品の多くは受託販売やドロップシッピングだから、顧客からの入金とサプライヤーへの支払いとの間には、書籍ほどではなくても、ある程度の日数はある。 また、キャッシュフローに悪影響を与える在庫が膨らむ率も低い。
このように、eコマースで大きく成功しているといわれる企業は、在庫に悩まされないビジネスモデルを採用している。
小売業は常に3つの在庫ロス(在庫からくる損失)に悩まされてきた。① 少なく需要予測したために、本来なら売れるべきものが在庫がなくなって販売機会を失う損失。② 販売機会ロスを避けようと多くつくりすぎてしまったために値下げをしなくてはいけなくなる値下げロス、③ あるいは、値下げしても残ってしまったために廃棄しなくてはいけなくなった廃棄ロス。売上は上がっても、需要予測がまちがって、値下げロスや廃棄ロスが出て利益が下がってしまったという例はよくある。
とくに、ファッションという食品と同じように生鮮さがウリの衣料品小売業においては、在庫ロスを小さくすることが、ビジネスの成否を決めるカギとなる。3つの在庫ロスのうちの一つをあきらめることによって利益をあげようとしたのがZARAやH&Mのファストファッションだ。よくいう「売り切れ御免」の方針で、流行している鮮度のよい商品を少量生産。売れても無理な補充はしない。そのかわり、ZARAなどは、1週間に2回新商品を店舗に並べる。機会ロスを最初からあきらめることによって、残りの2つの損失である値下げロスや廃棄ロスを避けることができる。
ZARAのビジネスモデルが有名になった2000年代初めの調査によると、競合企業が全商品の30~40%を値下げして販売する結果となっているのに対して、ZARAの場合は15~20%。売上高における利益率が高くなるのは当然だ。
定番商品の大量生産による低価格を売りとするファストリーのユニクロブランドは、正確な需要予測や変化に迅速に対応できるサプライチェーンマネジメントで、3つの在庫ロスと戦ってきた。が、地球温暖化による予測を超える気候変動に対処することはむずかしい。昨年の冷夏や暖冬で売上が下がれば、値下げで在庫をさばこうとするために利益が低下する。
そして、ここにきて、ビジネスモデルとしては、ファストファッション方式のほうがユニクロ方式より競争優位に立てるのではないかという要因がもうひとつ出てきた。
消費者は、先回の記事でも書いたように、時間に対して「せっかち」になっている。「待つ」ことが大嫌いになっているのだ。
欲しい洋服を見つけたら、「すぐに着たい!」
「すぐ手に入らないなら要らない」という消費者には、世界的に著名なデザイナーですら影響を受けている。2016年2月に発表されたNYコレクション(秋冬用)は、ファッションショー150年の歴史を塗り替えたといっても過言ではないと報道された。従来、プレタポルテは、コレクションの発表から店頭での発売開始まで半年待つのが常識だった。だが、ショーを鑑賞した業界人やセレブがソーシャルメディアでリアルタイムに発信することにより、一般消費者も最新コレクションを見て知ることができる。デザイナーのトミー・ヒルガ-は「若い世代は見たものをすぐに手に入れたがる」と語っている。結果、著名デザイナーのなかには、ショーで披露した商品のいくつかを直後に販売したり、トム・フォードのように春に秋冬もののショーを開催するのではなく、9月にすぐに買えるえるコレクションとして披露する方針に変更する人も登場してきている。
だいたいにおいて、気候の問題だけでなく、世の中の変化が目まぐるしい時代において、半年も前にコレクションを発表すること自体が時代遅れだ。ZARAは、9・11の大参事発生後、2週間以内に、店頭商品を乗馬をテーマにした洋服から黒を基調にしたものに変更することができている。
ユニクロのファーストリテイリングは、需要予測のブレからくる在庫ロスを減らすため、また、変転するファッショントレンドに対処するために、IoTを駆使した新しいビジネスモデルを模索しているようだ。ビッグデータのコンサルティングを強化しているアクセンチュアと2015年に合弁会社を立ち上げたのも、その一環だ。
柳井CEOは、これまでの同じ商品を大量生産する手法を見直し、2020年までには、客が好みの柄や素材を選んで自分だけの商品を注文できるようにするとして、「世界中のだれもが体験したことがないような買い物ができるようにしたい」とコメントしている。また、「現在約5%のeコマースの売上を将来的には30~50%に拡大する」とも発表している。
データに基づくパーソナライゼーションを採用してセミオーダー感覚の洋服を提供するってことだろう・・・と要約してしまうと、それほど大したことでもないように思える。まあ、ある程度の方向性は決まっていても、具体的な内容は、試行錯誤の過程をへて出来上がっていくのだろう。すでに、その試行錯誤のステップは始まっている。2016年になって、オンラインストアで、2112通りの組み合わせから、客の体型や好みにぴったりあったものを選べるメンズジャケットの販売を始めている。サイズや色の組み合わせで2112通り。しかも、最短7日で、指定の場所に配送できるという。
ユニクロが思い描くような洋服と洋服の提供の仕方が消費者の心をとらえることができるかどうかは、疑問が残る。が、いずれにしても、SPA(製造小売業)のユニクロのeコマースのビジネスモデルは、ITプラットフォームで売り手と買い手とをつなぐ仲介業の楽天や、受託販売や仲介業を中心とするアマゾンとは異なったものになるはずだ。
・・・と、ここで、オムニチャネルのビジネスモデルに話を戻します。
eコマース企業の成功例としてあげられるアマゾン、楽天、スタートトゥデイは、すべて、在庫ロスのリスクの小さいビジネスモデルを採用している。この事実は、3つの在庫ロスが発生しやすいタイプの商品を取り扱っている企業が、ネットというチャネルを付加することの難しさを示唆しているのではないだろうか? 3つの在庫ロスをかかえる既存のビジネスモデルを変えることなく、ネットというチャネルを付加することは、在庫リスクをかえって高めることにならないだろうか?
たとえば、カタログ通販の例をみてみます。
カタログ通販は1980年代に大きく成長した。が、91年のバブル崩壊後は衰退がつづき、売上上位をしめていた千趣会、ニッセン、セシールも業績停滞や悪化により、他企業に買収されたり、資本業務提携を結んだりする結果となっている。
カタログ販売の中核商品は衣料品だ。そして、90年代初め、ファストファッションやユニクロのような低価格帯アパレルの登場で大きな打撃を受けた。対策として、自分達も低価格帯商品を出さなければいけないと考えたが、商品企画からカタログができるまで、少なくとも8か月から12か月かかる。ZARAやH&Mのようなファストファッションのまねは到底できない。
ユニクロのマネはできるのではないかと考え、ある程度のSPA(製造小売業)化を進め、一定の品質の定番商品の低価格化は実現した。だが、数か月間、同じ商品しか見せられないカタログという媒体は、常に新鮮なものを求める消費者の欲求には答えられない。また、めまぐるしく変化する環境(気候、世の中の雰囲気)のなかでは需要予測がはずれることが多く、在庫ロスが発生する。
カタログ通販の問題は、基本的ビジネスモデルが時代の変化に合わなくなってきていることにあった。だが、衰退の原因は「カタログという紙媒体からデジタルメディアへの移行が遅れたから」と理由づけされた。
問題はメディア(チャネル)にあったわけではない。生鮮度が重要な商品カテゴリーを企画・販売するカタログ通販のビジネスプロセスが、世の中の変化のスピードにそぐわなくなってきたことが本当の要因だ。もともとのビジネスモデルに問題があるのだから、同じモデルでネット販売をしたからといって、根本的問題解決にはならない。結果、ネット販売に力をいれるほど、全体の売上、あるいは、利益がさがっていく結果を招くこととなった。
その点、さすが、ユニクロ。ファーストリテイリングは、自社の現在のビジネスモデルがいまの時代にそぐわなくなってきたことを理解している。そのうえで、ネット販売を付加するのではなく、いまのビジネスモデルを変えるためにネットを利用することを考えている。「(ビッグデータの分析をとおして)グローバル市場のトレンドを的確にとらえたシンプルで高品質な洋服を、高スピードで開発し、しかも、携帯端末を使って柄や素材、サイズなどから自分好みの組み合わせが選べる選択肢も提供する」ということは、定番の大量生産化ビジネスモデル + ファストファッションのビジネスモデル + 個人に訴求するパーソナライゼーション= ユニクロ独自のビジネスモデルをイメージしているようだ。
最後に、アマゾンの衣料品PBについて最新ニュースを一言。
キャッシュフローを重視するアマゾンは当然のことながら、キャッシュフローに悪影響を与える在庫の数字を重要視している。よって、これまで、新鮮さをウリとする商品カテゴリーは不良在庫になる可能性も高いので、自らが在庫をもたなくてはいけないようなやり方はなるべく避けてきた。しかし、最近になって、ファッションでプライベートブランドを開発するらしいと話題になっている。世界一の小売業を目指すアマゾンとしては、衣料品を手掛けないわけにはいかないのだろう。 もっとも、ファッションのPBではファストファッションのビジネスモデルを採用するようだから、不良在庫を避けることにはこだわっているようだ (2014年に独自開発のスマホFire Phoneを発売して、失敗して、8300万ドルの余剰在庫を出した経験もあるし・・)。
参考文献: 1.第48回小売業調査、日経MJ 6/24/15, 2. ネット通販売上高調査、日本流通産業新聞 6/11/15、2.「すぐ手に入るコレクション、変容するファッションの現場」FMAG 2/18/16、3. Clayton M. Christensen & Richard S Tedlow, Patterns of Disruption in Retailing, HBR january-February 2000, 4.William A. Sahlman and Laurence E. Katz, Amazon.com-Going Public, HBSP 1998,5. Polka Dots Are In? Polka Dots It Is !, Slate com. 6/21/12, 6.Phil Wahba, Walmart CEO's plan to fight Amazon: Win with Stores, Fortune 10/16/15、6.「ファストリ、ビッグデータで提案販売、アクセンチュアと新会社」、日経新聞 電子版 6/16/15, 7. 「ユニクロ柳井会長が掲げたインダストリー5.0」 日経ビジネス 11/18/15, 8. Rapid-Fire Fulfillment, Harvard Business Review, November 2004, Alibaba vs. Amazon: An In-depth comparison of two ecommerce giants. ecommercefuel. com 10/24/14、9.Amazon quietly rolls out private label fashions,WWD 2/22/16、10.「zozotownなdの年間商品取扱高が12.5%増の1290億円に」、ネットショップ担当者フォーラム、5/8/15, 11. Amazonis killing off the Fire Phone, forune 9/9/15
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