生産性を下げたインターネットと生産性を上げるロボット
いま、ロボットに注目が集まっている。といっても、ソフトバンクのペッパーのような人間の形をしたロボットではない。私たちは鉄腕アトム以来のコミックの影響をうけてか、ロボットというと、つい、人間型のヒューマノイドロボットを思い浮かべてしまう。だが、いま、第四次産業革命をもたらすと期待されているロボットは、AI機能を備えた機械、器具、装置と考えたほうがいい。
人類の歴史上4回の産業革命を、それぞれを象徴するキーワードでまとめれば、18世紀末の第一次産業革命は蒸気機関、次いで、18世紀末から20世紀にかけての第二次産業革命は、石油、化学、そして電化(電気の利用)。1970年代からの第三次産業革命はコンピュータやインターネットに代表されるデジタル革命。そして、いま、ロボットが第四次産業革命を引き起こす!
・・・・・というような記事が、最近、ビジネス誌をにぎわせている。そのなかで、「そーいえば、そうだよなあ!」と、妙に納得させられる記事があった。英国の新聞「The Telegraph」に掲載された、「インターネットは生産性を向上することはなかったが、ロボットは生産性を向上するだろう」というタイトルの記事だ。
過去20年間における最大の技術進歩は何かと問われたら、大半の人はインターネットだと答えることだろう。なぜなら、私たちの日常生活に大きな変化をもたらした技術だからだ。「アラブの春」のような歴史的イベントを引き起こしたこともあって、インターネットの力を過大評価する傾向もある。だから、それが生産性を向上しなかったどころか、どちらかというと生産性を下げた・・・といわれると、ネットを生産性の観点から考えてみたことがなかったことに、ふと、気がつく。
考えてみれば、eメールで仕事のやりとりが便利になった面もあるが、やたらにCCのついたメールが届くようになり、過剰な情報にふりまわされるようになったきらいはある。そのうえ、Facebook, Twitter,あるいはLine のようなソーシャルメディアが、職場での生産性を下げている具体例もよく耳にする。職場ではネットを個人的に利用しない人でも、日常生活においては、ソーシャルメディアやゲームにかなりの時間を費やしており、ネット中毒とまではいかなくても、生活に時間の余裕がなくなっている人は多いはずだ。
ネットでの交流やゲームが楽しみや癒しになっている人は、暮らしのなかでの生産性を考えるなんてバッカじゃない・・・と思うかもしれない。ふりかえってみれば、1950年代に登場したテレビも、子供が勉強しなくなったとか、主婦が怠け者になるとかいって、当時は批判された。反対に、50年代に一般家庭に普及した電気洗濯機は(その他の家電製品といっしょになって)、家事に費やす時間を大幅に減らし、女性が仕事をもち社会進出する促進要因のひとつとなった。
暮らしのなかにおいて、電気洗濯機は個人の生産性を向上し、テレビは下げた・・・と比較することはできる。
インターネットはテレビみたいなものなのだ。「アラブの春」に象徴されるように、ソーシャルメディアは多くの人を結びつける。ネットが革命をもたらしたとあまりに騒がれたために、わたしたちはインターネットはメディアであること、つまり何かと何かを結びつけることが、その役割であるという事実を忘れていた。人が集結した結果が民主主義に結びつかなかったのはネットのせいではなく、結びついたあとのフォローができなかった人間のせいなのだ。
インターネットが生産性に結びつくようになったのは、つい、最近、それがモノ(物理的世界)と結びついてIoT(Internet of Things、モノのインターネット)といわれるようになってからだ。さまざまなセンサーを装備したモノがネットによってコンピュータに結びつく。
たとえば、GEは140万の医療機器と2万8000基のジェットエンジンに対し、1000万のセンサーを取りつけ、日々5000万件のデータを収集し分析している。これにより総額一兆ドルの資産である設備や機器を効率よく安全に稼働させ、機械の維持や事故を未然に防ぐのにも役立てている。
ネットはモノに結びついて初めて実質的というか他産業に波及する経済効果をもたらすことができるようになったと聞くと、ある意味、ホッとする(デジタルな世界にとどまったままのネット・ビジネスで富を得たのは、GoogleとかFacebookとかいった企業とその創業者に限られている)。人と人とがソーシャルメディアで結びつくだけでは、民主主義が実現されなかったことからも明らかなように、私たちは、ネットという目にみえないヴァーチャルなものの威力を、(たぶんヴァーチャルだからこそだろうが)、力のスケールという意味では過小評価しすぎ、力の本質という意味では過大評価しすぎていた。
インターネットは私たちの生活に便利さという素晴らしい贈り物を提供してくれた。が、ネットが物理的世界とつながることなく、ヴァーチャルなデジタル世界だけでものごとを完了しているときには、社会の不安定さを増長する傾向がある。
たとえば、2008年の金融危機・・・。
2008年に金融危機が発生した要因のひとつに、インターネットによる過剰な相互結合や相互依存をあげることができる。ネットが存在していなかったら、信用危機の問題は発生したであろうが、その地域範囲も規模も限られたものになっていたことだろう。ネットのせいで、ポジティブフィードバックと呼ばれる投資行動が瞬時に全世界に感染伝播した。株を例にとれば、本来なら、株価が上がれば多くの投資家は株を売る。こういったネガティブフィードバックによって、株式市場は自己調整がなされ常に均衡が保たれる。が、ポジティブフィードバックが発生すると、株価が上がると、他人の行動につられて理性的に判断することもなく、その株を買い、株価が下がればその株を売るという異常な状況に陥る。株でも土地でもチューリップでも、投資行動にポジティブフィードバックが発生するとバブルが起こる。
情報がデジタル化された金融サービスに、これまたデジタルでヴァーチャルなインターネットが結びついた結果が、2008年の金融危機だといっても、過言ではないだろう。こう考えると、ネットがリアルな物理的世界と結びつくことで初めて生産性を上げることができるようになった・・・という事実は、社会の健全性を証明するようで、なんだかホッと安心できる。
ここで、「ネットと違ってロボットは生産性を上げる」という、そもそものテーマに戻します。
「機械との競争」といった本に代表されるように、技術(イノベーション)は常に雇用を破壊するという考え方もある。もちろん、著者エリック・ブリニョルフソンは、技術は常に雇用を創出するともいっている。ただし、最近は、デジタル技術のあまりに急速な進化のために、それについていけない多くの人が仕事を失うようになったとも書いている。
IT分野の大手調査会社ガートナーは、10年以内に、現在の仕事の三分の一は自動化によって失われると予測する。ボストンコンサルティングが2015年2月に発表した調査結果では、世界の25の製品輸出大国において、製造業における自動化は労働コストを平均16%押し下げるであろうとしている。韓国、中国、日本、ドイツ、米国で世界の産業用ロボット購買の80%を占めているが、こういった国では、2025年までには、自動化機能の25%をロボットが分担するだろうとしている。ボストンコンサルティングは、最先端のロボットテクノロジーへの初期投資は大きなものだが、長期的にみれば、ロボットの運用維持費用は、先進国で人間を雇用するよりも安くつくだろうとしている。
人間は機械との競争で仕事を失うのか?
米国シカゴ大学がトップクラスの経済学者にアンケート調査したところ、88%が、歴史的にみて、自動化がアメリカの雇用を削減することはなかったと答えている。自動化によってコストが削減され価格が下がることによって、需要が伸び、結局は、仕事が増える・・・ということもある。また、製造業の自動化によって製造業にかかわる仕事がふえることはないかもしれないが、そのぶん、他のタイプの仕事、たとえばmechatronics(=electrical +mechanical )engineer/メカトロニクス・エンジニアのように5年前には存在しなかったような職業名や仕事がふえる・・・ということもあるわけだ。
高齢化、少子化の進む先進国、そのなかでも先端をいく日本にとっては、機械に仕事を奪い取られる心配よりも、ロボット工学の進歩が人手不足の解消に役立ってくれる可能性に明るさを見出すことができる。ボストンコンサルティンググループの会長は、日経新聞のインタビューで、「日本は人口減の問題を移民ではなく、自動化によって乗り切ろうと選択しているようにみえる」と答えている。
人手不足が心配されている介護事業でも、マッスルスーツのような装着型ロボットにより介護される人間の自立を促すことができるし、また、腰痛をかかえる高齢者でも他人を介護することが可能になる。年をとったらできなくなるとみなされていた肉体労働も、装着型ロボットの利用で、50を過ぎても続けることができる。視力の衰えや手先のふるえをロボットで補うことによって、ベテラン外科医の寿命を延ばすことにつながる。自動運転自動車になれば、運転手の人手不足も解消できる。
多種多様なパーソナルアシスタント機能をもった生活支援ロボットは、高齢者や子育て中の母親など、従来は職場から離れていく人達をも仕事場に戻す役割を果たしてくれる。
戦時中の国家総動員法じゃあるまいし、年をとっても働かせられるのか!と嘆く人もいるかもしれない。だが、日本人には、仕事に生きがいを見出す人が多い。そういった人達にとって、ロボットは大きな希望を提供してくれる可能性がある。
ロボットが人間に取って代わると懸念される。たしかに、人件費の安さで産業誘致をしている開発途上国ではそういった問題もあるだろう。が、日本の場合は、悪影響よりも好影響のほうが高いだろう。少子化、高齢化問題で暗くなるのは、まだ、早い。
話は変わるが、長崎のハウステンボスが、ロボットが接客する「変なホテル」(これは本当の名称)を今年の7月に開業すると発表している。まあ、今の段階では、ペッパーを接客に採用するという日本ネスレと同じように、ロボットは客寄せパンダ的要素が強い。が、試行錯誤をしながらもAIが進化していくロボットをサービス業でも利用していく動きは進んでいくことだろう。
私は、いまよりずっと高いAIをもったペッパーがいわゆるモンスター顧客にどう対応するかを見たいものだと思う。土下座しろといわれたらするのか? ロボットの場合も、土下座を強要したとして客は逮捕されるのか? CMでのペッパーは、北大路欣也にけっこう生意気に言い返しているが、実際には、ロボットに言い返されたら「アッタマにくる」から、客は、つい、ド突きたくなるかもしれない。その時、ペッパーは反撃に出るか? それとも、スタートレックのドクター・スポックと同じように、暴力を感情がもたらすムダな行動とみなすのだろうか? ちょっと楽しみ・・・。
参考文献: 1.Timothy Aeppel, What Clever robots Mean for Jobs, The Wall Street Journal 2/24/15, 2. Andres soergel, Robot could Cut Labor Costs 16 Percent by 2025, U.S.News, 3. Matthew Lynn, The internet hasn't boosted productivity, but Robots will, Telegraph 2/23/15, 4.「特集、AI 革命 ロボット」 ダイヤモンド社 2014年6月14日号 5.戦慄の人口知能、日経ビジネス 2015年3月30日号, 6, Dbill Davidow, How the Internet Powered the Financial Crisis, Forbes 3/23/11, 7.「人口減、生産性向上で対応」 日経新聞 3/9/15
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