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2010年4月29日 (木)

「物語」を紡げなければ経営者失格!

 「そのとき創業者は何と言ったか--。創業者の顔を知らない若手を集め、古株の役員が往時を語る。ファスナーの世界最大手のYKKがそんな試みを始めた」という記事を読みました(日経新聞3/22/10)。2009年度には6人の取締役が「社員との語らいの場」を各人2回ずつ計12回受け持ち、2010年度にはこれを30回程度に増やす計画だそうです。

 YKKのファスナーは世界市場の45%のシェアを持っていますが、「未開の市場に果敢に挑戦する企業風土が失われている」のではないかという危機感から、「一代でYKKの基礎をつくった創業者吉田忠雄の姿を見てきた自分たちの役割は、創業の理念を正しく次の世代に伝えることだ」と、役員たちは考えているそうです。

 この記事を読んで思ったことがあります。

 企業理念を「物語」として語れる企業は幸運だ。こういった企業には、創業者とか中興の祖とか呼ばれる人物がいて、このひとが言ったことやしたことを中心に物語をつむぐことができる。

 こういった人物が存在しない企業のホームページの多くには、企業理念の下にビジョンとかミッションとかバリューといった、ビジネススクールで使われている教科書から抜粋したような抽象的な言葉が並んでいる。そして、たとえば、「株主や顧客、取引先とともに成長しながらも・・・社会に貢献する」とか、「世界文化の進展に寄与する」とか、誰もが反対できないような立派な約束事が続くのです。しかし、こういった抽象的な言葉では株主はむろん社員の心さえも動かすことはできません。こういった企業の人事部長は、創業者が松下幸之助みたいな立志伝中の人なら、社員たちが一致団結して情熱をもって働くような企業風土や企業文化をつくることができるのになあ~~とうらやまく思っていることでしょう。

 でも、創業者が言った言葉を掲げるだけでは、社員の心や行動を変化させるほどの説得力はありません。

 人間の心を動かすには「物語」にする必要があるのです。

 たとえば、ホンダの社史で、「1980年1月に日本の自動車メーカーとして初めてアメリカで乗用車を現地生産する計画を発表、オハイオ州に工場を建設し、1982年11月に乗用車アコードの生産を開始した」と書かれていたとして、それは単なる歴史的事実を述べただけ。しかし、そこに、工場が完成したときに、「創業者の本田宗一郎が工場従業員と同じツナギ姿で登場し、1000人近くの工員一人一人と握手をした。自分たちにとっては『雲の上のひと』である創業者が、自分たちと同じツナギを着て現れ握手までしてくれたことに工員たちは痛く感動。外国企業への不安感がいっきょに消し去られ、労使関係がその後スムーズに進んだ」・・・と続けば物語になります。

 これに、もう少しオヒレをつけて、「宗一郎は、1981年に勲一等を授与されることになったとき、『技術者の正装は真っ白なツナギだ、だからオレはモーニングではなくツナギを着て皇居に参内する』と言う。いくらなんでも天皇陛下の前にツナギ姿では出られませんと、まわりが必死になって止めた」・・・というエピソードが続けば、これは、もう、企業理念を立派に伝える物語。どんな抽象的な言葉よりも感動を与えてくれる物語になっています。

 花王の尾崎社長は、「理念を社員の心に響かせるのは理念を具現化したストーリーを引用することが大切だ」と語っています(日経情報ストラテジー11/24/06)

 アメリカの企業が従業員へのストーリーテリングに注目するようになったのは1970年代ごろからだろうか。靴のナイキは70年代後半には、ストーリーテリング・プログラムを始め、創業にかかわった陸上競技の元コーチや元選手たち3名のエピソードを中心とする物語を、「未来に渡すべき遺産」として新入社員に伝え始めた。こういったストーリーテリングは会社が大きくなり大企業病を患うようになったとき、また、会社が危機を迎えたとき、より重要となる。ナイキは、1997年に、開発途上国の工場で労働者を低賃金で働かせて搾取していると内外の批判にさらされるようになった。こういった困難な時期を乗り越えるためには、社員のチームワークや結束が必要となる。ナイキはストーリーテリングに再度注目。シニア役員がストーリーテラーとなり、企業が過去から受け継ぎ未来に託すべき遺産を、本部長クラスから店舗店員にいたるまで、すべての従業員に語ってきかせているそうです。

 「物語」は社員へのインターナルマーケティングに必要なだけではない。ヨーロッパの高級ブランドは、ブランドにまつわる「物語」を持っているがゆえに、数世紀にわたる数多くの危機を乗り越え生き延びてきている。

 私たち人間が「物語」形式に影響をうけやすい(説得されやすい)傾向があることを証明する実験があります。

  1. TVドラマのほうがニュースよりも説得力があることを証明したアメリカでの実験・・・18歳~25歳の女子大生の半分には、高校生が妊娠してしまったTVドラマを見せ、残りの半分には、十代の妊娠がもたらす問題を特集したニュース番組を見せた。実験前と実験2週間後に、なんらかの避妊手段を使うつもりがあるかどうかの調査をした。結果、ニュース番組を見た実験参加者には意図の変化はまったく見られなかった。が、ドラマをみた女性は、避妊手段を採用するつもりだと答える割合が高くなった。
  2. 物語を読んでいるときに脳がどのように反応しているかを、fMRI(機能的MRI)で調べる実験・・・小説を読んでいる読者は(とくに登場人物に感情移入している読者は)、登場人物が本の中で感じていることやしていることをまるで自分自身がしているかのような反応を脳のなかで起こしている。たとえば、主人公がクルマのハンドルを握ったという箇所では、読者の脳内の運動に関係する神経細胞が活性化し、主人公がまわりを見渡しているときには、目の動きをつかさどる神経細胞が活性化していた。読者は小説のなかでの出来事を、自分自身の出来事として経験しているわけだ。
  3. 今年後半に予定されている実験・・・事実をそのまま伝える新聞記事、ハリーポッターのような単純な小説、プルーストの「失われたときをもとめて」のような難解な小説を、実験参加者に読んでもらい、それぞれにおいて、読者の脳がどう反応しているかをfMRIで調べる。

 進化心理学者は、人間がなぜ物語を好むのかに非常に関心をもっています。いくつかの説があります。

  1. 現実世界へのシミュレーション・・・・パイロットが実際に飛行機を操縦するまえにフライト・シミュレーションを使って訓練するように、物語を聞いたり読んだりすることで、現実世界でどういった状況にどう対応するべきかの練習をしているという説。その根拠は、世界中どこにでも、大昔から伝わる神話とか民話というものがあり、そのほとんどが共通のテーマをもっている。たとえば、男女のロマンスは、交配相手を獲得するための試練と苦難のストーリー。英雄伝説は権力闘争や社会的地位獲得のストーリーといった具合。つまり、我々の祖先は、摂食、生殖、共同体における権力争い(共同体における人間関係)をテーマとした「物語」を聞いたり話したりすることによって生存するための適応能力を強化してきたのだ。
  2. 最初の「物語」はウワサ話・・・・人間の祖先である類人猿は300~400万年前に群れを作って暮らすようになったころからウワサ話が好きだった(といっても、当時は言葉はなく、非言語的コミュニケーションを使った)。ウワサ話は、誰が信頼できるやつで、誰がウソつきで、誰がケンカをしてはいけないやつで、誰が交配相手として最適か・・・・など、グループ内で生きていくために必要な情報を得る手段だった。ウワサ話は数十万年前に言葉が生まれることによって、より活発になり、いまでも、わたしたち人間はうわさ話が大好きだ。1997年の研究では、公共の場所における人々の会話の65%はウワサ話であり、その主要テーマは、その場にいない人物について批評する・・・ことだそうです。

 人間がそもそも言葉を話すようになったのは、他人を説得するためだったと言われます。共同体で社会生活を営むなか、他人に自分が望む言動をとってもらうように仕向けるために言葉を喋り始めた。ウワサ話を通じて、仲間をだまして食べ物を独り占めしたワルの評判をおとしめ、グループ全員でシカトして懲らしめるのもその一例です。そして、グループ全体でマンモスを狩るような大仕事をするためには、十年前に自らの命を犠牲にしてマンモスの足にヤリを突き刺した人物について物語形式で話すことが、聴衆の感情移入を誘い、グループの結束を固めるもっとも効果的な説得方法であることも発見したのです。

 世界中で歴史を越えて語り継がれてきたストーリーは、太古の昔の共同体で、誰もを魅了した人物のウワサ話から始まったのかもしれません。その人物に関するウワサを聞いたひとは、その人物に感情的にひきつけられ、彼のもとに集まり、彼の命令なら命がけの狩猟にも喜んで出かけていったことでしょう。そして、そういったウワサが他の共同体にまでひろがり、世代を超えて伝えられることによって、本田宗一郎の例のように物語として発展していったのです。

 豊かなエピソードをもった創業者や中興の祖を持たない企業はどうしたらよいのでしょうか?

 物語はフィクションです。新たにつくりあげればよいのです。・・・といって、まったくなかった出来事をでっちあげろと言っているのではありません。現場を探せば、エピソードは見つかるはず。たとえば、CRMで有名になったホテルのリッツカールトンや日本のディズニーランドの物語をつくっているのは、お客様が期待している以上の親切な行為をした現場の従業員のエピソードだ。

 ウソはダメでも物語りにするためにはある程度の脚色は必要だ。欧米の一流ブランドのストーリーには100%事実ではないエピソードがかなり含まれている。第二次大戦後のアメリカで生まれた高級化粧品会社の多くの創業者の生い立ちは、なぜか、ヨーロッパの貴族で戦火を逃れて新大陸にやってきた・・・ということになっている。本当は、貧しい移民の子だったにもかかわらず・・・。最近、シャネルの創業者ココ・シャネルの生涯をたどった映画が2本つくられ上映された。両方とも見たのですが、父親に捨てられ孤児院で育てられたこと以外は、かなり違った脚色になっていた。でも、どちらの映画が真実に近いかどうかは問題ではない。どちらの物語(映画)のココ・シャネルのほうがより多くの観客の共感を得られるか、つまり、より多くのファンをつくることができるかが重要なのです。

 人を魅了する物語には、必ずといっていいほど、人を魅了する人物が登場します。だから、企業やブランドを社員や顧客にとって魅力的なものにするためには、人間を登場させなくてはいけません。企業理念とかビジョンとかミッションとかブランド・プロミスとかブランド・アイデンティティ等々をきちんと決めることは、経営陣の考えを整理しまとめるために必要なことではあります。が、顧客や社員に情熱や思い入れを持ってもらうためには、つまり感情的に結びついてもらうためには、企業やブランドに人間性を持たせることが必要です。つまり、AさんBさんといった人物が登場する物語が、そういった抽象的概念を裏づけなくてはいけないのです。

 日本企業は、社員に対しても、あるいは、消費者に対してのブランディングにしても、物語づくりがあまり上手とはいえない気がします。感情的になるのをなんとなく照れくさく思う生真面目さ、それとも謙虚さの表れか? つくられた製品をみてくれれば、他製品との違いがわかるはず、フィクションなんて余分なものは必要ないという職人気質なのか? 

 しかし、「物語」がつくれないひとには説得力がないのです。だから、経営者失格なのであります。そして、そういった考えを読者の皆様に納得させることができなかったとしたら、ブログの筆者である私にも説得する能力がないということになるわけです。ですから、みなさま・・・ブログを読んで浮かんだ疑問などさっさと忘れ、「なるほど!ガッテン」してしまってください。

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参考文献:1.「企業の理念、語らい継承」、日経新聞 3/22/10、 2.「業務革新を持続させるリーダーの条件」日経情報ストラテジー11/24/06、3. Eric Ransdell, The Nike Story? Just Tell It! Fast Company, Com. 12/19/07, 4.TV Drama Can Be More Persuasive Than News Program, Study Finds, ScienceDaily 2/11/10, 5. Jeffrey M.Zacks. et. al. Reading Stories Activates Neural Representations of Visual and Motor Experiences, Psychological Sicence Volume 20 No and Motor Experiences, Psychological Sicence  Volume 20 No. 8, 2009 , 6. Jeremy Hsu, The Secrets of Storytelling, Scientific American Mind, August/September 2008, 7.Patricia Cohen, Next Big Thing in English: Knowing They Know That You Know, The New York Times, 4/1/10 8. Frank T. McAndres, The Science of Gosship: Why We can't  Stop Ourselves, Scientific American , 10/1/08

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2010年4月11日 (日)

フェースブックも楽天も「同じ釜の飯」は無料 

 春です! 4月です! 新入社員です!

 ・・・・というわけで、組織マネジメントについて書いてみたいと思います。

 NHKの「サラリーマンNEO」って番組見たことがありますか? 木曜夜。シーズン5が4月8日に始まったばかりです。この番組では、2005年から、「世界の社食」シリーズが放映されています。記念すべき第1回は、もちろんGoogle。だって、グーグルの社食は世界一グルメでしかも無料(タダ)。本社(Mountain View)に散在している18件のレストランは、伝統的アメリカ料理とかエスニック料理とかスシとか・・・テーマ別になっている。そのうえ、いつでも手軽にスナックやコーヒーを飲み食いできるコーヒーカウンターが、社内に40件以上もある。朝、昼、晩、いつでも好きなときに、料理本まで出している有名シェフ(グーグルの社食を調理しているから有名になった・・・ともいえるけど)がつくった食事をタダで食べられる。

 問題は経費。2009年には毎日18000食が提供されたというけど、その費用はいくら? 2007年にワシントンポストの記者が、一人一日10ドルとして一日当たり10万ドルは使っているだろうと計算している。 

 この莫大な経費が負担になって、2008年には、さすがのGoogleも無料社食を止めるのではないかというウワサが流れた。1)景気の悪化、それと、2)社員がグルメの誘惑に負けて体重過多になり健康も悪化・・・などとジョークまじりの(でも、マジに、新入社員はあっという間に5kgは太るらしい)ニュースが流れた。同じシリコンバレーの有名企業シスコが、ミネラルウォーターや清涼飲料水を無料で社員に提供する制度を、経費節約ということで、2008年に中止した(それまで年間2000万ドルかかっていた)。そういう背景もあって流れたウワサだが、グーグルに関しては、ただのゴシップで終わったようだ。

 不安定な経済環境にもめげず、2009年になって、Googleに負けないくらいのグルメ社食を無料提供し始めたのがFacebook。著名シェフをグーグルから引き抜いたくらいだ。

 シリコンバレーの企業が社食にこだわるのは、社員が長時間働くことを促すためだという声もある。長時間働かせるというのが搾取的に聞こえるなら、「従業員が仕事に集中できるようにするために会社ができることは何か?と考えたら無料でかつグルメな(高品質でバラエティに富んでいて飽きさせない)社食になった。もちろん、(従業員が食事をするために外出して帰ってくる時間を考えたら)生産性向上にも貢献する」とフェースブックの広報担当者は語っている。

 生産性の向上という観点からみると、工場をもつ製造業にとって社員食堂は大切。NHKサラリーマンNEOの「世界の社食」でも、中国の太陽電池メーカーの24時間フル稼働の工場では、8時間勤務は1食、12時間勤務だと2食がタダになる。インドのタタ自動車の工場でも食事は無料。日本でも、社員食堂を設置している企業は製造業が多い(2008年10月産労総合研究所調べによると、全国3000事業体のうち35.3%が社員食堂を設置。このうち、製造業57.0%で非製造業の23.4%よりかなり高くなっている)。

 生産性向上といっても、フェースブック、グーグル、そして日本では楽天とかソフトバンクのようなIT系サービス企業になると、どちらかというと、数字では表現しにくいアイデア創出とか創造性を促すために社食が利用されている。たとえば、フェースブックでは、エンジニアが集まって夜を徹してワイワイガヤガヤしながら、通常業務ではできない、何か新しいプログラムやプラットフォームを開発するハッカソン(hackarthon=hack《プログラムの開発・改良》 + marathon《マラソン》)を定期的に実行する。こんなとき、深夜3時でも夜食を食べたり、朝食を食べられる・・・と書くと、「だから社食は便利」と続く文章になってしまう。が、本質は、便宜性のよしあしよりも、仲間といっしょに飲んだり食べたりしながらワイワイガヤガヤするところからアイデアがひらめくということが大事なのだ。(もっとも、社員の大半が20代だからできる完徹だけどね)

 楽天も2007年に六本木ヒルズから品川楽天タワーに移ってから、社員食堂は握りずしのような一部メニューを除いて無料。楽天タワーには約2500人が勤務しており、一日計3100人が利用。日経MJは、昼食の食材費だけでも年間約2億円。人件費などをいれても約3億円かかっているのではないかと見積もっている。それでも、全社員3300人(2008年2月現在)に年間10万円支給するより社員の満足度は高いはずと判断したようだ・・・と書いている。

 たしかにそうだろう。若手独身社員は朝食目当てに早く出勤するようになり遅刻が減った。また、他の社員と話す機会がふえた。めったに会えないトップ経営陣と会えるチャンスもある・・・等々。2005年ごろから、社食のメリットを見直す企業は多くなっている。

 たとえば、ソフトバンクは、無料ではないが、本社の巨大食堂は娯楽施設もありイベント用のスペースもある。東京湾の花火を見たり、福岡ホークスの野球をみんなで応援したり、社員がいっしょになってワイワイガヤガヤできるようにつくられている。リクルートも社内コミュニケーション促進を考えて、2008年に9年ぶりに社食を復活させた。

 昔からのことわざに「同じ釜の飯を食う」とあるように、「食事を分け合った」仲間は信頼できるのだ。もともと、英語で仲間とか会社という意味のcompanyの語源はラテン語でcum(と共に) panis(パン)、つまり、パンと共に(食事をしながら)という意味なのだ。信頼できる仲間になるには、まず、いっしょに食事をしなければいけないということだ。

売り方は類人猿が知っている」にも書いたが、人類の祖先である霊長類はもともとは果物とは葉っぱとか木の実を好んで食べた。だが、気候の寒冷化が進んだ結果として、森から出て、狩をして肉食をするようになる。肉は腐るから分かち合う必要が出てきた。また、狩は男のほうが上手にできるために、男が獲物をとり、それを、ある程度の期間持続的関係を持つ女や、その女との間にできた自分の子供に分配するようになる。つまり、食べ物を分け合う最小単位として「家族」が誕生したのだ。

 世界中のどの文化においても、一緒に食べることは、その集団に属しているという帰属意識を表している・・・と人類学者はいう。ということは、楽天の三木谷社長が、タワー13階にある社員食堂について「従業員は家族のようなもの。(だから)家にいるような居心地のよい空間にした」と語ったのは、まさに、的を射ていることになる。

 いっしょに食事を分け合って食べることで「家族」という集団の最小単位が生まれ、食卓での会話から伝説がつくられ(ひいおじいさんは、呉服屋の小僧の時代にタバコを我慢して貯めた金で土地を買った。それが、いまのXX不動産会社のはじまりだ)、ジョークが語り継がれ(製糖会社に勤めていたおじいさんの弟は、砂糖の売上をふやすために、コーヒーに砂糖を10個いれて、かきまわさないようして上澄みだけ飲んだ。甘くなりすぎるとか言っていた)、そして家族の価値観で外の世界を査定するようになる。 つまり、家族のアイデンティティや文化が構築されたということだ。

 企業のアイデンティティや文化も同じようにしてつくられる。だから、最近、社員食堂の重要性が再認識されているのだ。

 社員のチームワークを尊重する企業についての記事を読んでいると、たとえ、それが外国企業でも、「日本式チーム経営を採用している」と「日本式」とか「日本的」とか形容されることが、いまだに多い。しかし、現実的には、チームワークを促進するために様々な仕組みを工夫しているのは、いまは、日本よりも海外の企業のほうが多いかも? もともと、シリコンバレーには社員を大切にする伝統があった。1939年に設立されたヒューレット・パッカード社は50年代には、結婚したり子供が生まれた社員にギフトを贈ったり、無料のコーヒーやスナックを提供したり、家族も招待したピクニックを開催した。こういった社員のロイヤルティを啓発する方法は、H.P.Way(H.P方式)とよばれていた。社員が満足すれば生産性が向上するという考え方は、シリコンバレーの新興企業にも受継がれており、これがカジュアルフライデー(職場における階層の撤廃、官僚的雰囲気からの脱却を象徴)や、ストックオプション(IT企業に働くエンジニアは契約社員が多く、労働組合もなく、企業の提供する健康保険もなく、長時間働いても残業代はつかない。各自がある意味で起業家である)が生まれた背景にある。

 バブル景気とその後景気低迷が続き、日本企業が社員との家族的チームワーク構築を無視してきた間に、海外の企業に、お株をとられてしまった感がある。

 顧客志向のマーケティングで急激に伸びて話題になったザッポス(靴のネット販売から始まって・・・)のシャイCEOのインタビューを読むと、「えっ? もしかして、一昔前の日本人社長?!」と勘違いしてしまう。2009年に35歳だったシャイCEOは、自分の使命は従業員と顧客に幸福を広めることだと口にする人で、当然のことながら、社食は無料(ただし、フェースブックやグーグルのようなファンシーなものじゃない)。でも、彼は、仕事が終わったあと、社員をレストランやバーにつれていったりする。それは、彼お酒が好きだからというわけじゃなくて、「ボクは、社員が仲間同士つるんで仕事帰りに飲んだり食べたりする、そんな会社が好きなんだ」と言っている。社員が毎日出勤したくなるような会社、稼ぐためだけの仕事じゃなくて、楽しく仕事ができる会社をつくりたいと考えているのだそうだ。

 ザッポスでは、社員同士が仕事の流れでそのまま飲みにいったりするのを奨励するために、中間管理職のマネジャーは、自分たちの時間の10~20%は部下たちとそういったつきあいに使うようにという指示がでているほどだ。シャイCEOは企業文化はそういった職場の外でのつきあいで構築されると信じているらしい。日本では、仕事帰りに同僚と飲みに行くサラリーマンは仕事人間だとかいわれて批判されたが、シャイCEOに言わせれば、「仕事をするのが楽しくて、職場にいるのが楽しくて、毎日出勤したくなる会社をつくれば、みんなで食事にいったりするのは自然の流れだろう」ということになる。

 ザッポスの新入社員は会社の歴史について4週間続くコースを受ける。2週間の全体的訓練を受け、次いで2週間、コールセンターで顧客の電話を受ける。そして、最後に、ザッポスの企業文化に合わないと判断された者は、4週間分の時給総額と2000ドルを受け取って会社を辞めてもらう。(2005年に始めた制度で、当時は、会社を辞めるときにもらえる金額は100ドルだった)

 シャイCEOはアジア系アメリカ人なので、仏教思想などに深い関心があるのかもしれない。「ハピネスを伝える」なんて本まで出しているくらいだし。幸福の伝導師みたいでちょっと宗教がかっている。ザッポスは極端な例かもしれないが、社内チームワークを重要視する海外企業は多い。日本の高度成長が話題になった80年代ころから、日本式マネジメントについては、かなり徹底的に研究され、現在、会社をひきいているトップ経営陣は「日本的チームワーク経営」についてビジネススクールで学んでいるはず。だから、チームワークは日本の企業の特許だなんて古い考えはもう捨てたほうがよい。

 日本でもこの数年は、社員運動会とか独身寮の復活とかが叫ばれ、いまの若者の意識も変化して社内イベントへの参加意欲が高まっているといわれている。これには、いくつかの理由があると思う。たとえば・・・1) 以前にも書いたように世代が変わると前世代の悪が善になる。なぜなら、子供は親や祖父の世代に対してある種の反抗心をもって大人になる。よって、世代が交代することによって、かつて否定されたことがらが少し形を変えながらも再度よみがえる。また、2)どんなに良い社内イベントでも制度化・習慣化してしまい、経営陣にも社員にも、それに対しての情熱がなくなってしまえば、効力はなくなる。大切なことは、ワイワイガヤガヤなのだ。インターナルマーケティングといわれるように、熱意とか情熱、つまり、(いまの流行語でいえば)パッションを伴わない社員旅行や社員食堂は、企業文化構築を促すことにはつながらないということなのだ。

 ITサービス企業は離職率が高いとよくいわれる。だが、最近のネット関連の新興企業は個性(企業文化)も強い。ザッポスのような企業は、自分たちの企業文化に染まないひとは、辞めてもらったほうがいいと思っている。そして、いろんなノウハウをマスターしたあとに辞められるよりは早いほうがいい。だから、一ヶ月の査定期間が終わったところで、2000ドル払って辞めてもらう。このお金の意味は「きみは優秀だ。だけど、残念ながら僕らの会社の文化には馴染まない。採用できない理由は相性の問題だ。ごめんね」って、気持ちもこめられてるんだろうね。きっと。

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参考文献: 1.社食、今どき事情「味見」、日経MJ 2/25/08、2.2万人が一体感味わう、日経新聞 2/01/10、3.社内行事の効用、日経ビジネス7/17/06 4.「一緒に食べる」の革命性、日経ビジネスオンライン2/5/09、5.教えてランチ特別編、asahi.com 11/01/07 6.Sara Kehaulami Goo, At Google, Hours are long but the consomme is free, The Washington Post 1/24/07, 7. Frances Dinkelspiel, With high-end meal perks, Facebook keeps up Valley tradition, The New York Times 12/25/09  8. Max Chafkins, The Zappos Way of Management Jake, Inc. 5/1/09

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