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2010年5月23日 (日)

価格は企業のメッセージ

 いまさら価格について書くのも、「タイミングずれまくりという感はあります。高額品を買うひとたちが増えてきた・・・なんてウワサも耳にするようになったし、「成城石井」のように高額PBで成功している食品スーパーを特集する記事もあちこちに登場している。利益を無視した低価格に走る自殺行為もそろそろなくなるかもしれない。なのに、いまさら価格のことを書いてもなあ・・・・と思いましたけど、やっぱり書くことにしました。

 その理由は・・・・

  1. 世界的に景気が上向いてきたかもしれないという、そのときになってヨーロッパの経済不安。やっぱり、不確実な時代なんだ。これで、また、いったん上げた価格を下げるなんて愚行に走る企業も出てくるかも。景気サイクルを予測できない時代を乗り切るためには、価格に対してしっかりした戦略をもたなくてはいけない。価格は、企業にとって、国家における安全保障と同じくらい重要な問題のだ。ハトポッポみたいにブレてはいけないのだ。
  2. 経済産業省が4月21日に、(消費者が商品やサービスに何を求めているかという)消費者意識調査の結果を発表している。「リーマンショック以降、日本の消費者は(製品・サービスそのものへのこだわりではなく)低価格がこだわりのポイントになっているという一般論がよく聞かれる。が、果たして、消費者の購買意識の実像はどうなのか・・・・」という調査概要からもわかるように、デフレ懸念をもつ経済産業省がその傾向をくいとめることを目的に調査し発表した感がある。つまり、安売りしなくては売れないと思い込んでいる企業に、「それは大きな勘違いだよ。この調査結果をみてごらん」と、利益なき価格競争にストップをかける説得材料として調査をした・・・ともいえる。調査結果は、朝日新聞が「値引き、デフレ招く」という見出しで紹介したように、1)各製品とも平均価格で売られている場合、価格重視は約50%、2)平均価格より2割安くなると、価格重視は60%に上昇、3)平均価格よりも2割高くなると、価格重視は40%に減少・・・となっている。

 経済産業省は、この結果をふまえて、価格を下げると、消費者は更に価格を重視するようになり、際限なき価格競争におちいらざるをえなくなると結論づけている。つまり、企業の低価格戦略が、消費者の価格への意識を刺激して、デフレを加速させているということだ。なんだか、ちょっと、結論が先にきまっていて、それに従って構築された調査のような気がしないでもないけど・・・・。でも、まあ、結論は正しいと思うので、調査方法についてケチをつけるのは止めにしよう。

  企業経営者は「値ごろ感」という言葉をよく使う。そして、品質+価格=値ごろ感だという。だが、消費者には、価格と品質を論理的に比較して、いくらなら最適だという絶対的基準があるわけではない。同じような商品と比較して、高いとか低いとか判断しているだけなのだ。つまり、著名なナショナルブランドが300円なのに聞いたこともないブランドの商品が同じ値段なのは高すぎる・・・とか。先週は250円だった商品が、いまは200円になったから割安だ・・・・とか。消費者には参照する基準価格が必要なのだ。それがないと、安いのか高いのか判断できない。つまり、消費者の持っている「値ごろ感」は相対的な感覚で、とうふの値段だろうとレクサスの値段だろうと、いくらなら「値ごろ」だなんていえるような絶対尺度ではないのだ。

 だから、「顧客の声に耳をかたむける」ことなどしていたら、経済産業省の結論どおり、益なき価格競争に突入することになる。

 「値ごろ感」は顧客が決めるものではなく、(消費者の実態と無意識の心理を知った上で)売り手が決めるものなのだ。

 そして、売り手は、その値段が値ごろだと買い手が感じられるような状況や仕組みをつくってあげる。単純な例でいえば、たとえば、スーパー店舗でNBの洗剤のそばに低価格のPBの洗剤をおいて、PBの安さを強調する。ユニクロのジーンズの主力は3990円だった。だが、2月に新ブランドUJを発売して、2990円と1990円の2種類の価格の商品をそろえた。高中低3種類の商品を出すことで、懐具合の異なるすべての客にアピールできるはずだった。が、いざ、ふたを開けてみたら、価格帯ごとの差が消費者には伝わらず、低価格品の売上が予測を下回った。よって、2990円をなくし、3990円と1990円の2種類にして、違いをはっきりさせる戦略に変える予定だそうだ(日経MJ5/21/10)。

 昔から、すし屋やうなぎ屋では、松竹梅と価格が違う(もちろん中身も違うはず)メニューを提供することで、すべての顧客のニーズにこたえる戦術をとったものだ。比較できる対象をつくっているわけで、これによって、高いものはその高さが強調され(高いからおいしいはず!)、反対に低いものはその安さが強調される。結局は、両極端を避けて真ん中の値段のものが一番よく売れる・・・といったものだ。だが、ユニクロのジーンズの場合、高低だけのほうが、消費者にはその違いが明確に感じられた・・・ということ。こういったことはテストをしてみるのが一番。実際に発売してみて、悪ければすぐに変更するのがユニクロの強さのヒ・ミ・ツ。

 マクドナルドは高額品と低額品とをうまく使い分けている。100円バーガーとか100円コーヒーとかを揃えて安さをアピール。だが、これによって、単価が下がるのを避けるために、350円以上するクォーターパウンダーとか期間限定の高額品をメニューに加える。そして、TVコマーシャルでは高額品を強調することで、低価格ファストフード店のイメージを避ける。いずれにしても、マックにおいて、高額品は低額品があるからこそ、その価値を主張することができるし、低額品は高額品があるからこそ、安さを主張することができるのです。

 「訳あって安い」商品が人気です。皮が破けためんたいこ、脚が折れたカニ、生地に多少の痛みがある洋服・・・だから安いと説明すれば、もともと絶対基準がない消費者は、「ってことはお買い得なのね!」と納得するのです。売り手がウソをついているという意味ではなく、そういった状況を説明して、消費者に比較する、あるいは参照する基準をつくってあげる(この場合、比較する対象は、たとえば、脚の折れていないカニの値段になります)。そうすれば、消費者には安さが実感できるようになるのです。 

 西友が2008年に、他店のチラシに西友より安い同一商品が掲載されていれば、価格を安いほうにあわせますという「価格保証」の販促を開始した。これは、親会社のウォルマートが、アメリカで、ディスカウントストアとしての知名度がいきわたっていないころによくやっていた販促です。この手法は「うちはどこと比べても絶対安い!」 という売り手の自信が買い手に伝わるようにすることが目的です。こういったメッセージを耳にし目にする消費者は、あの店は安い店だと感じ取るのです。実際には、アメリカでも日本でも、値引きを求めてくる客数は非常に少ない。西友でも、実際に値引きをした例は、一日一店舗当たり10件程度。90年代後半に同じ価格保証サービスを実施したホームセンター大手のカインズも、このシステムを活用する客は少なかったといいます。実際にチラシを比較する消費者の数は少ないのです。それでも、こういったメッセージを継続して送り続ければ、あの店は安い店だというイメージが定着するようになるのです。

 ニトリは2008年5月に、「一度値下げした商品の売価を元に戻すことはありません」と宣言しました。これも、ニトリは景気とか他店との競争とか状況が変わることによって価格を下げたり上げたりする企業ではないことを、そして、自分たちは安い商品を継続して提供することを目標としていることを消費者にしらしめる自信あふれるメッセージなのです。これも、やはり、ウォルマートがディスカウントストアとしてのイメージを確立するために使った手法です。

 そろそろ本題に入ります。

 「不況時に独り勝ち」といわれている企業は、ある程度のレベルの品質の商品を安く提供しているということだけで、売れているわけではないのです。「安さ」を消費者が感じ取ることができるような仕組みや状況をきちんと作ったうえで、安い商品を提供している。だから、売れているのです。

 高額品を売っている企業は、それだけの努力をしているのでしょうか? 「訳あって安い」の実例はよく見ますが、「訳あって高い」と消費者にコミュニケーションする努力をしている企業はそれほど見られません。

 最近、モノ消費 vs コト消費の対比もよくとりあげられます。これも、消費者には購買選択に絶対基準がないことを示す良い例です。消費者はそのときどきの状況や文脈(たとえば、商品の紹介の仕方)によって、買う買わないの選択を変えるのです。だから、チョコレートが食べたければコンビニで明治の板チョコを買う(モノ消費)。だが、バレンタインというストーリーがあれば、一個数百円どころか数千円もするような生チョコを買うのです(コト消費)。節分の日に恵方を向いて食べれば吉が訪れるというストーリーがあれば、太巻きが売れる。今年などは、一本数千円もする高額品まで売りに出されたそうです。

 高額品を売っている企業は、不況で売れないと嘆く前に、こういったストーリーをつくる努力をしているのでしょうか? 低額品と並べることで高額品のよさが際立つような仕組みをつくっているのでしょうか?

 牛丼の吉野家が、米国産よりも仕入れ価格の安い豪州産を使うライバルが牛丼価格を値下げするなか、米国産にこだわるがゆえに380円を堅持。結果、280円の「すき屋」や320円の「松屋」に顧客をとられて、過去最悪の赤字を計上・・・という記事が4月初めに掲載されました。牛丼とはとんと縁のない私ですが(ただし、朝食の納豆定食は好きです)、吉野家が、BSE問題が発生したときに、牛丼販売を休止せざるをえなくなっても味の良い米国産にこだわったことで、消費者からも拍手喝さいを受けたことは覚えています。でも、その後の吉野家は、米国産へのこだわり、味の良いものを提供したいことへのこだわりを、消費者に充分コミュニケーションしてきたといえるでしょうか? 消費者に、そのメッセージを伝えるために、たとえば、2種類の価格帯の牛丼を販売することもできたはずです。米国産の牛丼には思い切って高価格をつけ、豪州産の牛丼にはライバル店より低い価格をつけて販売する。それにより、低価格だけにこだわる客も、おいしいものにこだわる客も(味の違いがわからない客だとしても、2種類の価格の商品を提供することで、高いほうがおいしいに違いないと感じるものです)・・・両方の客をひきつけることができ、単価も客数も下げずにすんだかもしれません。

 もし、米国産の牛丼の味は絶対においしいという自信があったのなら、こういった価格メッセージで、その自信を消費者に伝えることもできたのでは?

 ケータイ・メーカーの大手ノキアの日本市場における価格戦略は、「粋(いき)」だと思います。

 ノキアは2008年末に、これ以上、益のない低価格競争に巻き込まれていても仕方がないと日本のケータイ市場から撤退しました。しかし、間を置くことなく、2009年初めには、一台600万とか900万円とかする最高級ケータイブランド「ヴァーチュ」の直営店を開けました。これは非常に賢いビジネスのやり方だと思います。なぜなら、GDPで中国に抜かれようと、日本はまだまだ経済大国。将来、いつか、また、日本市場にケータイあるいはその他のモバイル端末で戻ってくるチャンスがあるはず。最高級ブランドをのこしておけば、ノキアのイメージや知名度はある程度保てます。げんに、つい最近も一台2000万円の蒔絵のケータイを発売して、マスコミで取り上げられました。世界でたった4台しかない限定品です。これはもう、売上を上げるとか何よりも、ストーリーを提供してTVや新聞雑誌で取り上げてもらう、つまり、PRのためにつくった製品です。日本の消費者に忘れられないように時々話題を提供して知名度やイメージを保ち、いつか、また、チャンスが出てきたら、他の製品を発売すればよいわけです。

 価格は企業のメッセージです。ですから、むやみに上げたり下げたりすることは、メッセージが常に変化して国民の信頼をすっかり失ってしまった首相と同じ運命をたどることになるのです。もともと、価格と品質との関係において絶対基準のない消費者にとって、価格がぶれるということは、品質がぶれることであり、その商品や売り手への信頼感を失うことにつながるのです。

 逆オークションということで有名になった古着ショップがあります。「ドンドンダウン」という名前の店は全国に27店舗あります。ここでは、毎週水曜日になると値段が1000円ずつ安くなります。客はそのことを知らされていますから、気に入った商品が見つかっても、もう一週間待てば、いま3000円のものが2000円になることもわかっています。だが、その間に、誰かに買われてしまうかもしれません。悩むところです。この値下げ方式には、「在庫になる前に売り切りたいから値下げしますよ。でも、少なくとも、いつ値下げするかお教えします。私たちはフェアな売り手なのです」・・・そういった売り手のメッセージが感じられる。顧客も納得できる値下げ方式です。

 安売りで有名になった企業は、低価格製品をつくる努力をしているだけではないのです。「お買い得商品が売られている」ことを消費者に感じ取ってもらう努力もしているのです。高額品を売っているデパートはむろんのこと、高額衣料品メーカー直営店舗、高いから客足がへったというレストランチェーン等々は、それだけの努力をしつくしたのでしょうか? 

 ヒジョーに疑問です。

 売れないことを高い価格だけのせいにしないでほしい・・・・。

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参考文献: 1.西友の値引きどこまでOK? 日経MJ 12/12/08、2.激動ジーンズ攻防し烈、日経MJ 5/21/10

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