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2008年1月17日 (木)

ダイレクト・リスポンス広告と行動経済学

 80年代~90年代、化粧品やサプリメントを通信販売することで急激に成長して、「無名」から「有名」になった企業がいくつか登場。それに刺激を受けたのか、大手メーカーがあいついで通販を始めるようになった。

 (味の素のアミノ酸化粧品やサントリーのサプリメントはまあよいとして、富士フィルムと化粧品の組み合わせはちょっとねえ。「写真感光材の開発研究で蓄積してきたコア技術を活用した・・・」と言われても、消費者はいまいち納得しないと思うけどね。皮膚にフィルム状のものを貼ってシミを薄くするっていうのなら、企業イメージと化粧品とのつながりが、すんなり「直感的に」受け入れられますけど・・・。あっ、スミマセン。富士フィルムさんゴメンナサイ)

 って、せっかく出した新商品を貶すという人品に反するような話をしたいわけではなくて、通信販売の広告の話です。

 通販広告は、直にリスポンス(反応)を獲得する広告だからダイレクト・リスポンス広告(Direct Response Ad)。反応が注文とは限らない。ネットにアクセスしてもらう、アンケートに答えてもらう、資料請求をしてもらう、来店してもらう・・・・そのために、ネット企業、銀行、保険会社、通信サービス会社、スーパー、デパートなど、誰もが通販広告から学ばなくてはいけないことはいっぱいある。

 何を学ぶのか?

 消費者を惰性から解き放って、注文する、資料請求する、来店するといった行動を起こしてもらうためのノウハウだ。

 通信販売会社が100年以上のテストの歴史から学んだノウハウは、通販独特のオファーとかクリエイティブ・テクニックにある。でも、こういったオファーやクリエイティブ(とくにコピー)テクニックをイメージが悪い、洗練されていない、一流企業が採用すべきタイプのものではない・・・と敬遠したり、その効果を信じていないマーケティング担当者や広告制作者がいまだにいるようだ。

 そういったひとたちのために権威づけをしてみようと思います。

 通信販売の広告は消費者心理の宝庫です。もっとアカデミックな権威づけをするならば、通販のオファーやコピーは最近流行の行動経済学で証明された「合理的でない消費者行動」の実験分析結果なのです。

 「不可解な消費者行動シリーズ第2回」で書いているように、行動経済学は論文「プロスペクト理論:リスク下での決定」が発表された1979年に始まったとされる。二人の認知心理学者が書いた論文が話題となり、その後、経済学と心理学が融合した形の行動経済学系の論文が次々と発表されるようになった。

 たとえば、「選択のパラドックス」。2000年に発表された論文には次のような実験が紹介されている。

 スーパーマーケットで6種類のジャムを並べたテーブルと24種類のジャムを並べたテーブルを置いた。陳列テーブルに近寄った242人の来店客のうち40%が「6種類のテーブル」を訪れたのに対し、60%の客が「24種類のテーブル」を訪れた。だが、そのうち実際にジャムを購買した割合は、「6種類のテーブル」を訪れた客の30%。「24種類のテーブル」の場合はわずか3%だった。論文のタイトルは「選択肢が意欲を失わせるとき・・」。

 通信販売では、昔から、「選択肢はある程度与えなくてはいけないが、多すぎるのはいけない」として、選択肢は3個が最適といわれていたものだ(ただし、こういった最適数は時代や状況によっても変わるので前例に頼らずテストをしなくてはいけない)。

 選択肢が多すぎると迷って行動がストップしてしまうのは、人間には損失回避性があるからだろう(シリーズ第3回参照)。つまり、損な選択をするよりは、選択すること自体をやめようと思うのだ。たとえ得な選択をする可能性が高いとしても、損な選択をする可能性がほんの少しでもあれば、選択するという行動それ自体をストップしてしまう。これを行動経済学では「現状維持バイアス」という。

 ダイレクト・リスポンス広告に独特のオファーやコピー・テクニックが必要なのは、人間が持っている「現状維持バイアス」、つまり惰性を打破するためなのだ。

 消費者はリスクをとることを嫌う。だから、通販では、返品可能、無料使用、行動を起こしたら「アンタはエライ!」とご褒美を上げる・・・といったオファーは欠くことのできない基本オファーなのだ。そしてまた、この商品を買っても大丈夫だよ・・と第三者が保証するテクニックを使うことも必要なのだ。

 同じオファーでもコピーの書き方(フレーミング)次第で、行動への影響力は違ってくる。これについては、プロスペクト理論の論文を書いたトヴェルスキーとカーネマンが1981年に論文「決定のフレーミングと選択の心理」を書いている。たとえば、損失を嫌う消費者のために、「いま行動を起こせばこんなにお得なことがありますよ」というフレーミングではなくて、「いま、行動を起こさなかったらこんなにも多くのものを失うのですよ」という逆フレーミングでコピーを書くこともできる。

 例をあげてみます。締切日や限定個数を大きく明記して、「今回ご提供している花瓶は限定1000個です。1000個売れた時点で原型の型は壊しますので、今回の販売を逃しますと、今後一切同じ花瓶を手に入れるチャンスはございません」。ちょっとオーバー? でも、注文率は増えます。

 そして、注文率が上がったということは、あなたの考えたフレーミングが、消費者の行動に影響を与えることができた・・・ということです。

 ネットで、簡単なクイズ、ゲーム、占い、ビデオ・クリップの鑑賞をさせることで、次の行動(アンケートに答える、情報ページをみてもらう、申し込みしてもらう)に移るきっかけにする参加型テクニックがある。これも、人間の損失回避性を打破するためのもので、通信販売で長く使われてきたテクニックだ。つまり、最初から大きな行動を起こすことを躊躇する人間に、まず小さな行動を起こしてもらう。最初の一歩を踏み出してもらえば、そのあと、ゴールまで歩き続けてもらう確率はグンと高くなる。

 行動経済学では、数字の書き方ひとつで、人間の行動が異なってくることを証明した論文がいくつかある。ダイレクトリスポンス広告テストでも面白い例があります。AT&Tが、電話料金が75分無料になるオファーと1時間無料になるオファーとを提供したところ、なんと、1時間無料のほうが申し込み率が高かった。60分と書かず1時間と書いたことで、75分無料になるよりもずっと価値が高いと直感的に思った顧客が多かったということだ。

 だから、オファー・テストやコピー・テストはしてみるべきなのだ。 

 テストをして祝杯をあげたくなるのは、一番経費の低いオファーが一番高いリスポンスを得るときだ。

 いま、OXをお申し込みになれば・・・

  1. 10ポイント提供 (1000円の経費)     
  2. エコバッグを提供(200円の経費)
  3. 20分の無料アドバイス (500円の経費)

 結果、2番目のエコバッグが5%、3番目の無料アドバイスが3%、1番目のポイント提供が1%のリスポンス率だった・・・というのが売り手としては理想的な形。が、なかなかそうはいかない。でも、3番目のリスポンスが一番低かったとしても、お客様のその後の購買を分析してみると、無料アドバイスを受けたひとのほうが継続率が高かった・・・という結果が出ることもあります。

 とにかく、テスト、テスト、テスト。

 そして、分析、分析、分析です。

 それが、ダイレクト・リスポンス広告のノウハウを創造します。

 論文「プロスペクト理論:リスク下での決定」を発表したカーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受賞した。100年以上前から、実験室的環境で統計学にそったテストをして消費者行動を分析してノウハウを蓄積した通販企業は、ノーベル賞とまではいかなくても、消費者行動分析の分野において卓越した実績有と認められるべきだと思います。

 どうでしょうか? ダイレクト・リスポンス広告のオファーやコピー・テクニック(そしてテスト)の価値を再認識していただけましたでしょうか? もし、そうでなければ、きっと、私のフレーミングの仕方が悪かったからでしょう。

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参考文献:1.友野典男(2006)「行動経済学ー経済は感情で動いている」光文社新書、2.Alan Rosenspan, Making an Offer They Can't Refuse, Rosenspan, Making an Offer They Can't Refuse, www.alanrosenspan.com

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コメント

湘南在住の元部下です(笑)ご活躍なによりです。富士フィルムと化粧品については、あるところで話題になった時私も驚きましたというか、えっと思いました(笑)
消費者イメージからするとどうなんでしょう?今後も読ませてもらいます。

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