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2016年11月 6日 (日)

メーカーと小売業、2つのメンタリティの矛盾にゆれるユニクロ

  セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文名誉顧問は、以前から、価格は価値のひとつだと発言している。たとえば、2008年発行の「朝令暮改の発想(新潮社)」でも、「低価格は価値の一要素にすぎない」と書いている。このときは、深く考えもせず読み進めてしまった。が、2015年10月発行の「セブン&アイ+ (グループ内広報誌だが7万人に配布されているので、読みたい人は簡単に手に入る)」での発言には驚いた。

  インタビュー記事で、「価値と価格の関係、どうなっているのでしょうか?」という質問に、「まず、皆さんに理解してほしいことは、価格は価値のひとつだということです」と答えている。

  記事の見出しも、「価格も価値の一つの要素」となっている。

  えっ、えっ、え~?!

  「価格戦略」系の本には、基本的プライシング手法として、コストに基づいた価格決定、競争関係に基づいた価格決定、買い手が感じる価値に基づいた価格決定などが紹介されている。そのなかでも、継続的利益をもたらす手法として価値にもとづくプライシングがいまの常識とされ、「マッキンゼープライシング(ダイヤモンド社)」の第二章にのタイトルは「価格を決めるな、価値を決めろ」という勇ましいものなっているくらいだ。

  「値ごろ感」の意味を問われれば、経営者の多くは、「提供している商品(サービス)の価値にみあった価格、あるいは、それよりはちょっとお得感があると消費者が感じるような価格」と答えるだろう。価値に基づくプライシングの考え方が浸透しているからだ。

  なのに、どうして、「価格は価値のひとつです」なんて言えるのか?

  ずっと疑問に思っていたのだが、最近になって、ハタと納得できた。

  小売業の人だから言えるコメントなんだ。メーカーの人は、こうは言わない(って、こんな当たり前なこと、すぐに思いつかなかったのか!ってケチつけられそうだけど)

  一番わかりやすい例がアマゾンだ。

  アマゾンでショッピングする理由には、「配達が早い」とか「サイトの使い勝手がよい」とか「品揃えが豊富」に加えて、「価格が安い」・・というのもあるはずだ。同じ商品でも、値段の異なるいくつかの出品者をずらっと並べて比較できる。たとえば、パナソニックのナノヘアードライヤー(型番も同じもの)を例にとれば、出品者によって5つくらい異なる価格で提供されている。条件を比較してみると、安いものは配送に一週間くらいかかる。そして、配送日数が短いほど価格は高くなる。型番も同じまったくの同一製品が価格を含む異なる条件で販売され、買い手は比較対照して選ぶ。

  このように、アマゾンでは、明らかに、価格は価値の一要素となっている。

  メーカーから商品を仕入れて販売する小売業の立場からいえば、他の小売店でも同じ商品を販売しているのだから、価格は提供する価値の一部だ。だが、メーカーにとって、自分達が提供するブランド(商品)の価格は買い手が知覚する価値に基づいたものでなくてはいけない。

  メーカー(作り手)と小売業(売り手)の価格に対するメンタリティ(心理構造)は大きく異なる。

  メーカーと小売業の関係の歴史は、ある意味、価格をめぐる戦いの歴史だ。

  戦前、独占禁止法がなかった時代、メーカーは自社商品が安売りされないように、流通チャネル内の卸売業者や小売店を系列化し、リベートやその他の特典を提供するかわりに、「決められた小売価格を守る」とか「類似商品を取り扱わない」等々の取り決めを厳守させた。

  このやり方を、戦後、独占禁止法が1953年に成立してからも続けたのが化粧品業界だ。

  資生堂の系列小売店制度(チェーンストア制度)は、1923年にさかのぼる。20年代は、第一次世界大戦後の不況に関東大震災による震災恐慌が重なり、乱売が盛んに行われ、小売店や問屋でもつぶれるところが多かった。過度な安売りを防ぐために、全国で売られる資生堂商品の値段が同一になるような流通の仕組みとして、資生堂はチェーンストア制度を構築した。

  第二次大戦後、1953年に独禁法が成立。これによって安売りが横行するようになるのを恐れた化粧品業界は強力なロビー活動を展開し、メーカーが小売店に定価を守らせることができる再販制度(再販売価格維持制度)を成立させるのに成功した。再販制度を推進した趣旨は、おとり販売や乱売からブランドを守るため・・・となっている。(再販制度は97年に撤廃されている)。

  小売り価格の維持に固執したのは化粧品メーカーだけではない。家電メーカーも同じで、安売りをする小売店、とくに、1960年代になって台頭してきた大規模小売店とのあつれきは大きかった。有名なのが、松下電器産業(現パナソニック)とダイエーとの大ゲンカだ。

  1964年から1994年の和解まで30年近くつづいたケンカで、当時は「ダイエー・松下戦争」とか「松下・ダイエー戦争」とかいわれた(どっちの名前が先に出るかを気にしたのは両社の社員だけだと思うけど・・・)。

  ケンカの発端は、「価格破壊」を掲げたダイエーが、松下電器の商品をメーカー小売希望価格からの値引き許容範囲の15%を超える20%引きで販売しようとしたことにある。松下電器は、それを阻止するため、ダイエーへの商品出荷を停止。ダイエーは、そういったやり方は独占禁止法違反に抵触するとして告訴した。この戦争は、松下幸之助が亡くなった1994年に終わった。もっとも、そのときには、家電販売の主要チャネルは家電量販店に移っていたわけで、両社にとって和解が売上に影響を与える時代ではなくなっていた。

  量販店やネットでの安売りが当たり前の今からみると信じられないかもしれないが、メーカーにとって、どこか一つが価格を下げれば、追随する店舗が出てくるわけで、安売り合戦になる。安売りは、ブランド価値の低下につながりやすく、断固受け入れられないことだった。

  話を戻します。

  定価より安く買うことが当然のようになっている現状について、いくつかの理由があげられている。ハイテク製品に限られるが、テクノロジーの進化でコストが下がったという理由がひとつ。デフレ慣れという説もある。バブル崩壊後、20年続いたデフレのなか、消費者は値段が下がることはあっても上がることに慣れていない。値段が上がることへの抵抗感が強いというわけだ。企業自身もデフレ慣れしているから、売上が下がるとすぐに値段を下げるという最も知恵のない戦略をとるという説もある。

  もうひとつ、市場における力関係において、メーカーの力が衰え、小売の力が相対的に大きくなったからだという理由もあるのではないか。

  価格を価値の一部だと考えている小売の力が市場の支配権をにぎった。ブランドを大切にし安売りに大きな抵抗感を感じるメーカーの力が衰えた。ネット通販が安売り志向を促進しているという説もあるが、それは、ネットというツールを効果的に利用できているのが小売業だからだという言い方に変えることもできる。

  で、いよいよ、本題のユニクロの話に移ります。

  ユニクロが2014年に5%、2015年に10%と2年連続で価格を上げたところ、客数が減った。それで、今年になって一部商品の値下げをした・・・というニュースはちょっと驚きだった。ユニクロは・・・会社名でいえば、ファーストリテイリングは、そんな企業ではないと思っていたから。

  ファーストリテイリングはSPAということでメーカー(作り手)でもあるし小売業(売り手)でもある。だが、こと商品(ブランド)に関してはメーカーのメンタリティをもち、自社ブランドの価値を大切にし、価値に基づいたプライシングをする企業だと思っていた。

  アマゾンとかスーパーや家電量販店が、同じメーカーの商品、たとえば、パソナニックの洗濯機を異なる価格で売ることは、今の時代、メーカーにとって、それほど大きな問題ではない。小売価格が下がることが、そのブランドへの消費者の知覚価値が下がることに、すぐにつながるわけではないからだ。

  「パナソニックのナノヘアードライヤーは優れものだよ。買うならアマゾンだね。あそこなら安いから」・・・という消費者のコメントからわかるように、パナソニックといった企業ブランドやナノヘアードライヤーという商品ブランドの評価が下がるわけではない

  問題は、ユニクロのような小売とメーカーが一体化している企業が、同一商品の価格を上げ下げすることだ。

  牛丼の吉野家やマクドナルドのようなファストフード・チェーンも、作り手でもあるし売り手でもある。そして、両社ともに、同一商品の価格を上げたり下げたりすることを繰り返した結果、ブランドのイメージが損なわれ、消費者が知覚する価値が下がったという経験をもつ。

  たとえば、日本マクドナルド・・・。2000年に、ハンバーガーの平日半額セール(¥130⇒¥65)を実施。これが、ファストフードだけでなく他の業界での値下げの流れをつくったとされ、マクドナルドは「デフレの元凶」呼ばわりされた。そのマクドナルドは、2002年には低価格販売の効果が薄れたとして、ハンバーガーの平日の価格を値上げ(¥65⇒¥80)した。だが、既存店の売上が下がり、半年後には¥80から¥59の値下げに追い込まれた。

  同一商品の価格を下げたり上げたりすることにより、、消費者のマック商品の知覚価値も下がり、「ファミリーが食事するハッピーな場所」というブランドイメージが損なわれたことが指摘されている。

  メーカーでもあるし小売でもある製造販売業者は、自分の決断で価格を上げ下げできる自由があるぶん、商品(ブランド)価値への責任を負っていることも強く自覚する必要がある。

  (製造販売業者は価格を変える自由があるどころか、値下げすることで利益が下がるリスクを避けるため、コストを下げる工夫をする自由度も高い。だがコストを下げる努力が悪い方にむかうと、日本マクドナルドのように「安かろう悪かろう」タイプの仕入れ先を使い、期限切れの材料をつかった商品(チキンナゲット)を提供するという最悪の結果を招くこともある。この事実が2014年に発覚して売上は大きく落ちこんだ。最近になってやっと上向き傾向が出てきたとはいえ、マクドナルドは、2年近くもの間、ブランドイメージの改善に多大な努力を強いられてきた)

  製造販売業者は、価格は価値の一要素だという従来の小売業の考え方を採用するのか、あるいは、価格は価値に基づいてつけられるものだというメーカーの考え方を採用するのか?

  ユニクロは、昔は、メーカーのように考えていたように思われる。が、最近は、小売業の考え方をするようになっているのでは? 

  もう、覚えている人も少ないと思うが、2004年9月に、「ユニクロは低価格をやめます。」という宣言みたいな広告が新聞に掲載された。当時、「安売り」、「誰もが着ているからダサい」、「ユニクロを着ているとバレたくない」というような言葉で代表されるように、ユニクロのイメージが下がってきていた。広告は、そういった損なわれそうになったブランドイメージを払拭するための明確な価値宣言だった。

  22行の文章だけからなる広告は、「ユニクロはこれまでずっと、より上質なカジュアルを市場最低価格で提供しようと努力してきました。それはこれからも変わることのない、私たちの基本的な姿勢です。しかし、その低価格であることが、一部のお客様の『ユニクロは安物』という誤解につながっているのかもしれません」で始まり、「私たちは安さだけが特長となるような商品は決してつくりません・・・これからはさらに(品質を上げる)努力を続け、すべての商品を本当に価値のあるものにしていきます・・・ユニクロは・・・さまざまなコストを抑えることで販売価格を下げてきました。・・・ですから低価格をやめるからといっても、価格を下げる努力をやめるわけではありません。まずなによりも質があり、そして価格がある・・・・」とつづく。

  この宣言には作り手としての自負がある。矜持が感じられる。

  だが、最近のユニクロには作り手としての自負もプライドもないように思える。二度の値上げをしたときに柳井会長は、原料高や急激な円安を受け、「品質を維持するためには必要」と発言した。だが、既存店客数が減少したために今度は値下げ。

  品質を維持するために値上げするはずだったのでは? 値下げするってことは、品質も落とすってこと?・・・なんて、多くの消費者がそんな風に考えるわけではないだろう。だが、価格を上げ下げすると、消費者の商品への知覚価値もぶれてくる。そのせいかどうかわからないが、最近、ユニクロの品質が悪くなったという声も多い。実際、私自身、いつも黒と白の定番のTシャツを毎年買っているが、今年夏に買ったものは明らかに品質が落ちていた。以前は、数回洗濯をしてもそれほど変わらなかったのに、今年買ったものは一回の洗濯で、えりぐりがだらけてしまった。

  ユニクロはこれまでしていた週末の値引きセールの規模を縮小して、そのかわり、毎日安いEDLP(Every Day Low Price)戦略を採用するという。このやり方も、2000年代初めのマクドナルドの価格戦略を思い起こさせる。前述したように、マクドナルドは平日のハンバーガーを¥130⇒¥65に下げ、それを2年後に¥80に上げ、そのかわり、週末に¥130だったハンバーガーの値段を¥80にした。つまり、週末、平日にかかわりなく毎日¥80にしたわけだ。キャンペーン名も、それまでは、「ウィークデイ・スマイル」だったのを、ELDPならぬ「エブリデー・スマイル」に変えた。

  なんだか、やっていることは・・・というか、発想は同じだ。

  価格(単価)X客数=売上。小売りは価格を上げたために客数が減っても、結果として売上が上がれば問題ない。だが、価格を下げても客数が期待ほど伸びなくて売上が下がるのは大問題だ。

  価格を下げても客数が伸びないということは、多くの場合、成長が止まった市場のなかで似たような商品を販売する競合同士が客の奪い合いをしていることを意味する。

  1998年にフリースの大人気で、ユニクロは低価格だが品質・ファッション性もそこそこの新しいアパレル市場を創造した。だが、人気の市場には競合他社の参入があいついだ。ヒートテックが創造した新しい(機能性衣料品という)ミクロセグメント市場にしても、微妙に差別化された競合商品の参入がつづいている。

  ファーストリティリングの2016年8月期の連結売上高は1兆7864億円。伸び率は6%と前年の22%を大幅に下回った。10月になって、2020年度で5兆円という売上目標を3兆円に引き下げた。柳井会長も競合他社を意識して、「1990円、2990円といった、単純で買いやすい価格に戻したい。プライスリーダーは本来われわれだ。それを取り戻していく」と語っている。

  こういった数字や発言からも、ユニクロがターゲットとする市場セグメントが日本においては、これ以上伸びないところにおいて、競合他社との競争が激しくなっていることが推測できる。

  だからといって、ここで価格競争をしたら、ユニクロがターゲットとする市場セグメントは大きくなるのか? これ以上大きな成長が期待できない市場でシェア争いをすることは、業界の平均利益率を低下させるだけでなくブランド価値の失墜を招く。

  世界の先進国において、企業がターゲットとする消費者市場セグメントの規模は小さくなっている。少子化と価値観の多様化により、各市場セグメントが、多くのミクロセグメントに分割されるようになっている。少子化が他の先進国よりも進んでいる日本では、この現象はどこよりも著しい。

  こういった市場セグメントの小規模化に対処するためには、価格競争ではなくて、ターゲットとするセグメント(あるいはミクロセグメント)の中核となる消費者により強くアピールしてファンづくりをするほうが得策だ。

  たとえば、日本のマクドナルドは、ヘルシー志向の消費者をも取り込むために野菜中心のメニューをそろえたこともあった。だが、最近は、そういった中途半端なターゲットの設定をやめ、本来のマックファンのセグメントにアピールするために、肉食好きのためのヘビーなハンバーガーを新発売することで、一時の低迷から抜け出している。むろん、昔の(市場が成長していたころの)売上を達成することは無理だ。が、利益を増やすことはできる。

  市場シェアを奪回するために価格競争に走り、ユニクロの日本でのブランド価値がそこなわれれば、アジア市場にも悪影響を及ぼす。日本で一定のブランド・ポジションを築いているからこそ、ユニクロブランドはアジアの人達にも魅力的にうつる。が、日本でのイメージが「安かろう、悪かろう」になれば、アジア市場でもイメージが落ち売上も落ちることだろう。

  経営者、とくに創業者が会社を大きくしたいと強く願うのは当然のことだ。だが、今の時代、一つのブランドだけで、企業が大きくなることはむつかしい。いまは、小さな市場セグメントをターゲットとしたいくつかの個性的ブランドを抱えることで・・・、各ブランドの売上合計でグループ全体として大きくなる方法を採用している企業が多い。

  たとえば、米国の化粧品メーカー、エスティローダ。グループのなかに30くらいのブランド(主要なものは子会社になっている)をかかえ、それぞれが独立した個性的ブランドとして、化粧品市場のミクロセグメント内で大きなシェアを獲得している。2012年から15年までの間の業界平均年間売上成長率が1.5%なのに、エスティローダはそれをはるかに上回る5.6%を達成していることで、最近、その経営管理手法に注目が集まっている。 日本の花王も、メリット、ビオレ、ソフィーナといった各ブランドを花王とは無関係な独立したブランドのように取り扱うことで、全体として大きな売上を上げるブランドポートフォリオ戦略をとっている。

  ユニクロというひとつのブランドに依存しているだけでは、5兆円はむろん3兆円を達成しようというのも、いまの消費者市場においてはむつかしい。だいたいにおいて、ファーストリテイリングはユニクロよりも低価格で流行を追うGUというブランドをもっているのだから、「しまむら」と価格を競うならGUとやらせればいい。

  メーカーと小売りとを統合した形となっている製造販売業は、価格を変えることに極度に慎重なメーカーの考え方を再度、見習うべきだろう。そして、ユニクロにはもう一度、2004年の「ユニクロは低価格をやめます」宣言を思い出してもらいたい。あのとき、見せた自社ブランドへの矜持は、モノを作る人がもつべきプライドだ。それがなくなったら、ブランド価値は存在しなくなる。

参考文献: 1.Why Millennials Drive Estee Lauder's Market Share, Forbes 5/11/15, 2.迷走するユニクロ、値上げ後に早くも値下げ、東洋経済ONLINE 4/23/16, 3.ユニクロ、値上げ路線撤回で原点回帰、日経ビジネスONLINE 4/18/16, 4.ユニクロ値下げも客離れ、日経新聞4/5/16, 5.「SPAxデジタル」で進化、日経MJ 10/17/16, 6. 10歳GU柳井氏が叱咤、日経MJ 10/3/16

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