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2016年8月30日 (火)

金融サービスに傾倒する小売業は衰退する(このジンクスに楽天は勝てるのか?)

  

  「金融サービスに傾倒する小売業は衰退する」というタイトルは、厳密にいえば、「顧客データベースを構築して金融サービスを始める小売業は衰退する」・・・となる。

  古今東西、企業が顧客データを蓄積するようになると、必ずといっていいほど、保険販売、ショッピングクレジットやキャッシングをふくめた金融サービスを始める。顧客データを保有する企業には小売業が多いので、「小売業は金融サービスを始めたがる」としてもよい。そして、また、金融サービスに力をいれた小売業は、本業がダメになってしまうことが多い。

  「だから、楽天は大丈夫かなあ?」という老婆心でこの記事を書いています。

  最初に、金融サービスを始めてダメになった小売業の「古今東西」の例をあげてみる。1960年代~80年代にかけて米国一の小売業だったシアーズ。そして、英国人の5人に1人が顧客だといわれた英国のテスコは最近の例だ。

  19世紀末にカタログ通販を始めたシアーズ(Sears, Roebuck & Co.)は、20世紀になって高速道路網が米国全土に広がっていくのに合わせて店舗販売も開始。1945年には10億ドルの売上だったのが63年には50億ドルとなり、戦後の米国の繁栄の象徴となった。

 金融サービスの提供は、1911年に、地方の農民がカタログに掲載されている高額な耐久品を分割払いできるようなサービスを提供することから始まった。モノを買ってもらうために、お金を貸すわけだ。この点は、日本の丸井が1931年の創業時に割賦販売でモノを売ったのと同じだ。

  銀行が一般消費者にお金を貸すことなど考えもしていなかった時代には、小売業者だけでなく自動車メーカーも家電メーカーも、消費者に自らお金を貸してモノを販売した。

  自動車の例でいえば、米国では、1920年代に、GM(ゼネラル・モーターズ)がローン・サービスを提供しはじめた。これにより、高額所得者層でなくてもクルマを購入することが可能になった。日本では、1960年に日産(当時のプリンス自動車)が最初に始めたといわれる。*1

  そして、60年後のいま、トヨタ自動車の金融債権(消費者への自動車ローン、法人客へのリース契約やディーラーへの貸付金から成る)は14兆円を超えており、総資産の約30%となっている(2016年3月期)。トヨタの金融事業は収益性も高い。売上高ではわずか6.5%だが、営業利益の24.7%を占める。売上高利益率を見ても、金融事業は17.9%で自動車事業の9.4%よりかなり高い。

   小売業や製造業者が金融サービスを始めた場合、金融事業のほうがモノをつくったりモノを売ったりするより利益性が高いのは当然だ。モノをつくり販売して獲得した顧客基盤(顧客ベース)がある。顧客基盤は顧客データだけでなく顧客との関係性をも含む。ある程度の顧客ベースを背景に、顧客一人ひとりと金のやりとりをすることは、(とくにデジタル時代においては)コストをかけずに利益を出すことができる。

  それでも、メーカー(製造業)は小売業とは違って、金融サービスへの多角化を積極的に進めるところまではいかないことが多い。例外としては、米国ではGEとか、日本では保険会社や銀行を傘下にもつソニーの名前が頭に浮かぶ。

  GE(ゼネラル・エレクトリック)も、自分たちが製造した家電を一般世帯に販売するためにローンを提供し始めたのが1932年。この事業(GE Capital)は、80年代から90年代にかけて、名経営者といわれたジャック・ウェルチの指揮のもとに積極的に拡大され、GEの利益の半分を占めるにまでになった。が、2008年の金融危機後に政府の銀行への規制が厳しくなり、資産額では実質的に第七位の銀行とみなされたGEは、これまでの高利益を生むビジネスのやり方を変更せざるをえなくなった。金融事業は製造業よりも低い利益性しかもたらさなくなると考えたイメルトCEOは、製造業に回帰することを宣言。2015年から金融事業を矢継ぎ早に売却している。

  ここで、話は小売業のシアーズにもどります。

  1886年に創業したシアーズの顧客数は、すでに1920年代後半には2000万名を超えていた。1931年には、オールステートというブランド名で自動車関連部品を販売していた関係から、そういった商品の購買客を中心に自動車保険を通信販売するオールステート保険会社を子会社として設立している。そして、1953年にはリボルビングクレジットカードを発行して、所得がそれほどない客でも高額品を躊躇することなく簡単に買えるような仕組みを提供した。

  30年代から60年代までは、金融サービスは、あくまで、顧客の便宜性を高めるための付加サービスの要素が強く、ビジネスの中心はモノの販売だった。

  ところが・・・、70年代に、専門店やウォルマートのようなディスカウントストアが台頭して、小売業での競争が激化するなか、シアーズの小売売上は停滞し始める。そして、当時の経営者は利益率が高い金融事業の成長を促進すべきだと考えた。貯蓄貸付組合(貯蓄と住宅ローンに特化する米国の中小金融機関)を買収し、80年代には不動産会社や証券会社まで買収した。90年代半ばまでには、子会社が発行したクレジットカードは6000万人の会員をもち、消費者債権は280億ドルまでになった。小売事業部の利益率が2~3%だったのに比べて、クレジット事業部の利益率はニケタ台。クレジット事業部の売上は企業の収益全体の10%だったが営業利益の70%を占めるまでになっていた。

  企業価値向上を求められる経営者としては、利益性の高い事業を推進しようとするのは当然のことかもしれない。だが、金融事業を拡大するための買収にかかる負債もふえ、結果として、本業である小売業への投資が制限された。必然的に、本業の小売業の業績はさらに悪化し、80年代後半には毎年8%利益が減少。結果として、90年代になって、買収した金融関連会社を次から次へと売却するはめになった。

  その後、本業である小売業の活性化を何度も試みているが、成功はしていない。2015年の米国小売業売上ランキングでは18位となっている。

  英国の小売業売上No.1(世界的にもNo.5以内に入る)のテスコの創立は1919年。最初は食品中心のスーパーマーケットだったが、衣料品や家電、家具も売るようになった。95年にポイントカードを発行し、収集した顧客データの分析から購買行動予測に進むとともに、生命保険や旅行保険、ローンの販売も始め、97年にはRBS銀行との合弁でテスコ銀行も創立した(2008年には子会社化した)。

  だが、2012年ごろから本業の小売業の売上が減少しはじめた。ドイツから安売り店が進出してきたこともあるが、なによりも、金融サービス、海外進出とかレストランやコーヒーショップなどへと多角化を進めるなか、英国の消費者のライフスタイルとか購買習慣が変化していることを見過ごしたことが要因だといわれる。1500万人の顧客データの分析に基づくパーソナライズされた販促活動やPB開発では世界一と讃えられたテスコが、消費者の変化を見逃したと批判されるようになったのは皮肉だ(この事実は、また、顧客データ分析の限界も教えてくれる)。

  売上減少が続くのを隠そうとしたのだろうか。売上数字の不正操作をしたことが発覚し、2014年秋には株価が一年前の半分に反落。その年の決算で、過去100年で最大の損失も計上した。そのために、外部からは、収益性が高くテスコグループの利益の3分の1を稼いでいるテスコ銀行を売却したらどうか・・・という声も出るくらいだった(テスコは現在、小売業活性化に奮闘努力している)。

  このように、小売業はクレジットカードやポイントカードを発行すれば、顧客データを収集することができる。顧客基盤がある程度の規模になれば、キャッシングサービスを始め保険を売ることもできる。それがうまくいったら、より高い利益を求めて、銀行だけでなく保険会社、証券会社を傘下におさめることもできる(ただし、日本や欧州とは違い、米国では規制があって小売業が銀行を買うことはできない)。*2

  顧客にとってみれば、モノを買っている会社から金融サービスを買うことは、手続きも簡単だし便利だ。銀行よりもサービスの質もよい。米国でも、金融危機のあとはとくに、信頼性を失った金融機関よりは小売業者からの金融サービスを好む消費者が増えているという調査結果もある。ローンを提供する企業にしても、過去の購買履歴を分析して、信用度をチェックできるから、貸し倒れ率を低くおさえることができる(たとえば、丸井の貸し倒れ償却率は1.7%と業界平均の1.9%より低い)。

  顧客データベースをもった小売業が始める金融サービスは、成功するようにできているのだ。

  だが、問題がある。

  利益率が低く、場合によって、スーパーのように1円2円の違いで目の色かえる小売業をやっていると、利益率も利益額も高い金融サービスを始めることで、小売業という商売がバカらしくなってくるのだ。「バカらしくなる」という言葉には語弊があるかもしれない。もう少し実際に近い説明をすれば、本業が大事だと思っていても、無意識のうちに、利益性の高い金融サービスへの投資を優先してしまう。いやいや、「無意識」という言葉も間違っているかもしれない。投資効果の高いセグメントに投資をするのは、企業価値向上を求められる経営者としては当然のことだ。だから、システム改善とか、あるいは人材確保においても、利益が高く収益に貢献している金融事業のほうを優先してしまうのだろう。

  その結果として、シアーズやテスコのように、店舗が何となく薄汚れた感じになり、店員の数も減りサービスも悪くなる。活気のない店舗からは顧客が離れていく。

  米国のように株主を最重要視する市場環境にあると、株価をあげるために、(GEのジャック・ウェルチがしたように)製造業よりも金融事業のほうを積極的に進めるようになるのは、経営者としては当然のことかもしれない。そして、金融事業の営業利益への貢献が3割とか4割とかを占めるようになるとともに、本業への投資が目減りし、よって本業の売上がさらに減っていくことにつながっていく。

  企業がビジネスの中身を変えることはある。富士フィルムは創業時の事業だった写真フィルムからヘルスケア事業に変身しようとしている。ミクシーは日本のSNSの草分け的存在だったが、いまではゲーム会社に変身。ゲーム事業の売上、利益ともに全体の90%を超えている(2016年3月期)。だから、小売業者が金融業者に変身してもかまわないともいえる。たとえば、丸井の決算内容をみると、丸井は小売業なのか、あるいは、金融業なのか、クビをひねりたくなる。

  丸井は、バブル時代にはDCブランドで若者を取り込み、「ヤングファッションのマルイ」といわれたこともある。だが、いまの実態はファッション小売業とはもういえない。15年3月期において、小売事業の営業利益が81億円、カード事業の営業利益が201億円で、小売事業の2倍を超えている。売上高は小売店舗事業で3076億円で営業利益率が2.6%、カード事業が706億円で利益率は28.5%。カード事業の利益率の高さがきわだつ。

  丸井は1931年創業。高度成長時代には家具や家電の月賦販売で有名になった。1960年には日本最初のクレジットカード「赤いカード(現在のエポスカード)」を発行している。消費者クレジット販売にはこだわりがあり、その後も、ショッピング主要客の若い女性をターゲットとして無担保キャッシングを提供し、他の金融サービスとは異なるセグメントを対象とすることでカード事業は順調に伸びてきている。

  丸井のクレジットカードは店頭即時発行。会員は女性中心68%。年代も40歳以下が56%(業界全体では、それぞれ、49%と28%)。若い女性は貸し倒れリスクが高いとして、他社の与信審理を通りにくい。だが、ショッピング主要客は若い女性。買いたいと思ったときに現金がないという若い女性にモノを売るために、丸井のクレジットカードは発行された。

  当時も、まだ、モノを売ることに主眼があったといえる。

  80年代後半の 「ヤングファッションのマルイ」の時代は、バブル終焉とともに終わりをつげた。営業利益は1990年度をピークとして、その後は苦戦。売上高もこの20年余りで、6000億円から4000億円まで減少している。丸井はいま、売上不振の百貨店型ビジネスから専門店ショッピングセンター型へ業態転換をして、店頭売上に左右されないテナントからの賃料収入で売上や利益を安定させる。また、カード事業も他企業や商業施設との提携を増やすことで会員数の拡大をはかっている。

  そして、カード事業はフィンテック事業と名称も変え、不動産業や、家賃保証と保険を含めたサービスをカード会員を対象として積極的に展開しようとしている。

  小売業から新規顧客が入ってこなければ顧客ベースの数は小さくなっていく。それは、金融サービスを売る顧客数が少なくなることを意味している。丸井は、金融事業のための顧客基盤を堅固なものにし直すために小売業のビジネスモデルを変えようとしているのだ。

  丸井は小売り業なのか、それとも小売で集客して金融業でもうけるビジネスモデルを追求しているのか?

  その点において丸井は実に明確だ。2016年5月に発表した今後5年間の中期経営計画において、次のように書いている。「当社グループは、創業以来、小売とカードが一体となったビジネスモデルを進化させてまりましたが、グループの収益構造は2006年のエポスカード発行開始により、これまでの小売中心からカード中心に大きく転換し、安定的な成長を可能にする事業構造が実現しました」。

  ショッピングはあくまで集客の手段であり、その結果として構築された顧客ベースをもとに金融サービスを実行する。粗利益率が低く在庫リスクも高く販売経費も高い小売業の低利益性は、利益性の高い金融サービスを創造することで正当化される。これは、これでひとつのビジネスモデルとしてよいのだろう。

  問題は、小売業が始める金融業は、小売業で構築した顧客ベースが基本だということだ。顧客ベースは、常に新しい新規客が入ってこないと長期的に小さくなっていく。小売業が不振で新規客が入ってくる数が減ると、顧客ベースも小さくなる。楽天の言葉でいえば、経済圏が縮小してしまうのだ。経済圏にはいってくる顧客の数が減ることで、循環する顧客ベースが次第に縮小していってしまう。だから、シアーズのように、本業がダメになったからといって、じゃあ、小売業をやめて金融サービス会社になりましょう・・・ということにはならないのだ。反対に、利益を出している金融事業を売却して、そのお金で、小売りをたてなおしましょう・・・ということになる。

  ここで、ようやく、楽天の話に戻ります。

  楽天市場の売上鈍化が指摘される。 2015年12月期の国内EC流通総額は前年同比10%増にとどまった。「10%ならいいじゃないか」とリアル店舗小売業の人たちは思うだろう。だが、このEC流通総額のなかには楽天トラベルなど他のネットサービスの数字も入っている。一時は20%の成長率をほこった楽天市場だからこそ、昨年度から楽天市場の単独業績を表示しなくなったのは、伸びが鈍化しているからではないかと勘ぐるムキもある。

  日経MJは「関係者によると、単独では横ばいに近い数%の低成長にとどまる」と報道している。

  実際のところ、利用者数で楽天を抜いたといわれるアマゾンに比べると、サイトの使い勝手が悪いし、配送日数も長い。日経MJの調査では、「どちらが好きか?」の質問では、約6割がアマゾンのほうが好きと答えている。

  私自身も、アマゾンサイトでイライラすることはほとんどないが、楽天を使っているときはイラついて途中で止めてしまうことがある。そういったこともあって、楽天は、モノを販売することに関して、「アマゾンと勝負する気はもうないのではないか?」と思ったりもしている。

  物流センター構築を途中であきらめた時点で(2013年の段階では、全国に8拠点につくる予定だったのを2014年には白紙化している)、アマゾンと同じ土俵で戦うという選択を放棄したといえる。つまり、配送料無料とか当日あるいは翌日配送といったサービスで戦うことはしないと決めたのだろうと推測している。

  アマゾンと同じ土俵で戦わないと決めたとしたら、これは、正しい選択だろう。創業以来20年間利益を出さなくても株価を高値で維持することで存続でき、最近になってやっと数%の営業利益がだせただけで投資家に大喜びされる会社に勝てる会社は、世界中を探しても存在しない。

  楽天は、モノを売ることでアマゾンと直接対決をするのを避け、楽天トラベルのようなサービス、そして、とくに、金融サービスに力をいれることで、会社の成長に拍車をかけるつもりなのだろう。

  「楽天経済圏」といっているように、楽天は、丸井と同様、楽天市場で獲得した顧客基盤をもとに、利益率の高い金融事業(楽天も丸井と同様、最近は、フィンテック事業と呼ぶようになっている)に力をいれている。実際、2015年12月期の決算をみると、総売上高7135億円、そのうちEC事業の売上高は2845億円で前期比7%増、金融事業は2751億円で前期比16.3%増。金融事業は総売上高の39%を占めるまでになっている。

  楽天経済圏の考え方は、米国のシアーズ、英国のテスコ、そして、日本の丸井がとった戦略と基本的に同じだ。ただ、楽天の違いは、ポイントを強力な武器としてつかっていることだろう。

  グループ内のサービスを利用すればするほどポイントの特典が大きくなる。たとえば、楽天銀行が発行するクレジットカードを楽天市場での決算手段として使えば、ポイント還元率は通常の1%から4%に増大する。あるいは楽天銀行カードローンでは、ローン入会時に1000ポイントが付与される。ショッピングでためたポイントを銀行の振込み手数料に利用することもできる。

  楽天証券も、投信の残価が10万円ごとに毎月4ポイント付与される。投信を500万円保有していると年間で2400ポイントたまる。また、販売手数料の1%相当がポイントで返ってくるような仕組みもある。

  グループ内での客の循環はポイントによって促進される。

  そして、楽天市場を通じてだけの新客獲得では顧客基盤を大きくできないと思ってか、最近の楽天はポイントを武器として、外部からの積極的な新規客獲得作戦をとっている。14年以降は楽天ポイントを実店舗でも使えるようにして、相乗りをすることをいとわない共通ポイントとして会員数を増やす作戦に出ているのだ(現在、全国1万3000店舗でポイントがためられる)。

  「焦りが透けてみえる」と日経MJに書かれた策のなかにはポイントの大盤振る舞いがある。また、購買しなくともポイントを提供する戦術もとっている。たとえば、2015年に「洋服の青山」の青山商事が採用した「楽天チェック」サービスは、来店した(店舗に入る)だけでポイントがたまる制度。青山はもともとTポイントと提携していて、商品を買えばTポイントがもらえることになっている。「楽天チェック」で競合他社の領域にも切り込む戦術だ。

  そういった積極策のおかげで、ポイントの会員数はTpointやPONTAを抜いて1億500万人とNO.1となっている。

  ポイントの大盤振る舞いがきっかけで会員になってもらえれば、最終的には楽天グループが提供する70ものサービスの購買客になってもらえるかも・・・という意図はわかる。だが、ポイント会員数がふえるだけで、データを抱えた良質の購買客がふえるとは限らない。

  ポイント会員のうちのどれだけが、楽天経済圏のなかを循環してくれる優良客になってくれるのか?

  楽天は、楽天トラベルとかその他のサービス業、とくにフィンテック事業に、アマゾンとは異なる活路を見出し、そのためには、勢いのかげる楽天市場からの新規客にだけ頼るのではなく、リアル店舗をふくめた広い市場から新規客を収集する方法を選択しており、そのための武器としてポイントを利用している・・・・という推測のもとに話を進めてきた。

  この推測が正しいとして、この戦略の大きな問題点は、ポイントの大盤振る舞いで集めた会員客が、楽天市場でのショッピングを通じて育成されたロイヤルティの高い顧客のように、グループ全体のサービスをも利用してくれる顧客になってくれるかどうか・・・ということだ。

  前述したように、「顧客基盤のなかには、顧客データだけでなく顧客との関係性も含まれる」。何回も購買した結果うまれた信頼感、ロイヤルティがあるからこそ、楽天の金融サービスに、伝統的銀行、証券、保険会社にはない魅力を感じてくれるのだ。

  たとえば、丸井も新規会員を集めるために他社との提携カードを展開し始めている。これまで20社と提携しているが、企業提携よりも商業施設との提携カードのほうが、利用率が丸井店舗と同程度になっていると発表している。実際に購買することで生まれ育てられた関係性が重要だということだろう。

  そこにあるのは、快適なショッピング経験から生まれた小売業者への信頼感だ。快適という言葉には、便利、簡単、誠実さ、信頼性などが含まれている。

  2008年の金融危機のあと、世界的に銀行への信頼感がうしなわれたなかで、自分がつねに利用してダイレクトなコミュニケーションが存在する小売業への信頼感が増した。「(小売店は)自分達の味方だ」と考える消費者が多くなったという調査結果があるということは、すでに紹介した。日本でも、バブル後から伝統的銀行への不信感は継続して高いものがあるし、反対に、スーパーマーケットやコンビニへの信頼感はとくに大震災後に高くなっている。そういった意味で、小売り業が消費者向けの金融サービスに入る大きなチャンスが到来しているといえる。

  楽天や丸井が金融セグメントに注力を注ぐのは正しい戦略だろう。

  だが、いまのところ、消費者の信頼感は本業である小売業(楽天市場)で培われているのだ。ポイント会員というだけでなく、そのポイントをつかって楽天市場や楽天トラベルで購買をしてもらう。そういった購買経験のなかで培われた信頼感があって初めて、金融サービスも継続して利用してもらえるようになる。

  そういった意味で、楽天市場の成長が落ちることを無視していては、第二のシアーズやテスコになる可能性がある。もちろん、三木谷社長は、その点には気がついていて、低評価の店の改善を促進することを宣言している。また、将来的にはAIで(経費をおさえながらも)サービスの向上(たとえば、楽天トラベルではAIが旅行先選択の相談にのる)をめざすと語っている。しかし、なによりもまず大切なことは、楽天市場サイトの使い勝手の悪さを改善するべきだろう。

  過去の歴史は、集客手段であった小売業の競争優位がうしなわれたとき、顧客ベースが縮小していき、結局、小売業も金融業も衰退していくことを教えてくれる。

  もちろん、極端にいって、金融業のほうを本業にして、楽天市場を縮小することもできる(アマゾンの配送サービスをまねしなくても営業利益で勝つためには、本当に質の良い個性的店舗だけを集める必要がある。その場合、楽天市場が小さくなるのは避けられないだろう)。日本のように、リテールバンキングが重要といいながら、相変わらず法人営業を中心としている都市銀行が多いなか、ダイレクトにコミュニケーションしていくほうが良質な金融サービスを提供できる可能性が高い。現に、日経金融機関、顧客満足度総合ランキングのNo.1はソニー銀行で9年連続だ。No.7に住信SBIネット銀行が入っていることからみても、消費者とダイレクトにコミュニケーションしている金融業のサービスが評価されていることがわかる。ちなみに、楽天銀行は34位だった。

  小売業あるいは金融業、どちらを本業にするとしても、楽天は、顧客満足度を向上する地道な努力を積み重ねる必要があるようだ。

  ちなみに、2016年2月に発表された中期事業戦略では、ネット証券、クレジットカード、銀行、生命保険、電子マネー、スマホ決済等々を含めた金融(フィンテック)事業の営業利益を2020年までにはいまの2倍の1200億円規模にするとしている。これは、国内ECが目標としている1600億円とそれほど変わらない目標額だといえる。

   *1 厳密にいうと割賦販売は販売信用となり、ローンの消費者金融とは分けて考え、販売信用と消費者信用を合わせてクレジットという。

  *2 世界で規制が最も少ないビジネス環境にあると思われている米国だが、意外なことに、金融関係では銀商分離規制があり、銀行業と商業の分離が定められている。だから、一般事業会社が銀行を買収することはできない(シアーズが80年代に銀行を買えたのは、当時の法律に抜け道があったからで、これも1999年に新たな規制ができて不可能になった)。が、欧州では、一定の条件のもとで、銀行と商業(一般事業会社)が相互に参入すること(株式を保有すること)が可能。日本でも、事業会社による銀行業への参入に関しては一定の条件のもとで認められている。だから、イオン、セブン&アイ、楽天は銀行をもつことができた。ソニー銀行もある。そういった意味で、アマゾンや他のIT企業が自社サービスを利用している店舗や中小企業にローンを提供したり、ウォルマートがプリペイドカードを発行したり、送金サービスをしたりしているのは、規制の範囲内でできうる限りの金融サービスの提供をしているといえる。

 

  

 

参考文献: 1.「楽天、共通ポイントで相乗り」、日経MJ 4/27/16、2.「成長陰り、焦る楽天」日経MJ 2/17/16、3.研究レポート「銀行業と商業の分離を見直すべきか」、(株)富士総合研究所 2001年5月、3.「楽天、共通ポイントで相乗り」、日経MJ4/27/16、4.「金融の営業益500億円」日経新聞 1/17/13、4.「丸井、脱ヤングファッションでどこへ行く?」 東洋経済オンライン 2/21/16、5.「丸井グループ、他者がうらやむ2つの強み」日経新聞電子版 12/8/15、6.「もがく楽天、じわり客離れ」 日経MJ 7/20/16、7.CCCに挑む楽天ポイント経済圏、日経新聞電子版 4/27/16, 8.「楽天20年目 海外戦略に壁」朝日新聞 7/30/16、9.「楽天vsTポイント、仁義なき戦い」 東洋経済ONLINE 9/2/13、10.Fretailers: Trust the stores to get into banking, 4/28/10, Financial Times, 11. company News: Sears to test use of other credit cards, 11/13/92, 12.Sears shifting aim back to retailing, The NewYork Times, 9/30/92, 13. Sears-Where America shopped, Crains, 4/21/12、14, Cars on Time, Historical Collections, HBS, 14. Keep Wal-Mart out of some financial services, Bankers ask, BloombergBusiness,15. Why General Electric is unwinding its finance arm, The Wall Street Journal, 10,13/15、15.「若者の丸井、みんなの店に」 日経産業新聞 10/31/14

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