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2016年5月30日 (月)

エンゲル係数では説明できない「人類の究極の快楽は食べること」

  エンゲル係数(家計の消費支出に占める食料費の割合)が高くなったと、最近、話題になっている。それに関連して、イオンの岡田社長が、4月の決算発表の場で、「エンゲル係数が上がっている。今の日本社会では食べることにしか楽しみがないようだ。本来はもっといろんな楽しみがあるはずだが、それを受けとめる商品がない」とコメントしたという。

  そのコメントに関して、朝日新聞編集委員が「刺激的な言葉だった・・・。今の社会が求めている小売業やサービス業とはどのようなものか? それに対しての答が見つかっていない」といったような内容の記事を書いていた。

  岡田社長も、この編集委員も、食べること以外の楽しみを企業は提供しきれていない・・・という考えのようだ。朝日新聞の記事によると、岡田社長は「(食べることしか楽しみがないということは)国家が抱える課題でしょう」とまで言い切ったそうだ。

  この考え方は根本的に間違っている・・と思う。

  「食べることしか楽しみがない」のではなく、「人間は一定レベルの欲望が満たされたとして、それでも、最後まで残るのが食欲だ」といったほうが正しいのではなかろうか? 

  WHO(世界保健機関)は、2014年には世界中で19億人が太りすぎで、そのうちの6億人は肥満と認定されると報告している。この数字は20年前の2倍となっている(肥満の定義は文末の参照をチェックしてください)。

  肥満は高血圧、高コレステロールで心臓病を患いやすく、糖尿病になる率も非常に高い。結果、医療費の増大、生産性の減少をもたらす。肥満は世界的に大きな社会問題となっているのだ。

  肥満は、生活レベルも高く安定していて娯楽も多い先進国でも悩みのタネだ。米国を筆頭に、ヨーロッパではドイツや英国で、体重過多は社会が取り組むべき課題とになっている。デンマークは、ドイツや英国のようにならないように、飽和脂肪酸を多く含む食品に余分の税金をかけるという荒業を採用した(だが、この世界最初の「肥満税」は物価上昇と企業の売上減少につながるということで一年後にとりやめられた)。

  生存するために食べる・・・というレベルをはるかに超え、死に至る病になってまで食べたいという欲望は世界の民族が共有しているようだ。

  「そりゃそうだ。だって、食欲は本能的欲望なのだから」という答は十分ではない。なぜなら、同じく本能的欲望の一つである性欲のほうは、先進国においては食欲とは反対に減少傾向にあるからだ。

  夫婦間のセックスレスの問題は日本が世界一。頻度が低いほうで世界一(大手避妊具メーカーの世界42か国調査)。だが、日本ほど頻度が低いわけではないが、米国でも1989年からの調査(シカゴ大学のGeneral Social Survey)によると、一か月に一回以下のセックスレス夫婦は、毎年0.5%ずつ増加しており、過去23年間で68%の増加となっている。英国においても、2013年に発表された16歳から44歳の15000人を対象とした調査によると(National Survey of Sexual Attitudes and an Lifestyle)、1か月平均で5回以下(男性4.9、女性4.8)だった。同じ質問を10年以上前にしたときは約6回(男性6.2、女性6.3)であった。

  どうも、食欲は性欲より欲望度が高いようだ。

  その理由を探る前に、エンゲル係数に関する誤解をいくつか説いておきたい。

  エンゲル法則は、ドイツの統計学者であるエルンスト・エンゲルが1857年に発表したもので、収入が上がれば、その収入のなかで食料品に費やす割合(これがエンゲル係数)は下がるというものだ。つまり、収入の少ない貧しい世帯は、高所得者世帯よりも、エンゲル係数が高いということになる。エンゲル係数は、国の生活水準を表す指標としても使われるようになり、エンゲル係数が高い国は生活水準も低く貧しい国ということになる。

  国連が採用しているエンゲル係数水準では、59%以上は貧困国(ちなみに、終戦直後の日本は2人以上世帯で66%前後だった)。50~59%は最低限のニーズを満たすやや貧困、40~50%がややゆとり、30~40%が富裕国、そして30%以下が超富裕国・・・ということになる。

  日本で最近さわがれているのは、2015年5月以来、エンゲル係数25%台が続いているからだ。25%台は1990年前後の水準で、それ以降は、ずっと23%前後で推移していた。が、2011年から上昇傾向にある。

 上昇傾向にあるとはいっても30%以下なのだから、依然、超裕福なレベルにとどまっている。が、それでも、他の先進国に比べると日本のエンゲル係数は高い。たとえば、米国は8.6%、英国は13%、フランスは16.7%(2010年ないしは2011年)。しかし、どの国も、2007年ごろから少しずつ上がってきていることは事実だ。

  日本を含めた先進国でエンゲル係数が上がっている理由として次の2点がある。

  1. 共稼ぎや高齢者を含めた単身世帯が増えたことにより中食、外食が増大、 
  2. 2008年のリーマンショック前後からの収入減少。

  日本の場合は、上記2点以外にも、

  1. 食品自給率が低く輸入に頼っているため、食品価格が高い。最近はとくに円安が進んだために食品の値上げがつづいている。
  2. 長期にわたる給与所得の伸び悩み、

 ・・・といった計4点が理由としてあげられている。長期にわたるデフレで給与所得も低いままだったところに、ここにきて輸入に頼っている食品価格が上昇したというところか

  とはいえ、エンゲル係数をつかって国の富裕度を比べることは、世界的に貧富の差がひろまっている今、あまり意味をなさなくなっている。たとえば、米国では、高額所得者のエンゲル係数は2004年からほとんど変わらず6%台だが、中流層は11~12%台、低所得者層の数字は、30%をこしており、2009年には35.6%になっている。日本でも、収入を5分割して、各層のエンゲル係数を調べてみると、平均は23.6%だが、収入が一番低い層では26.1%、一番高い層は21.9%となっており、その差は大きい。

   貧富の差が開いているいま、平均の数字をつかって批評することは、あまり意味をなさない。

  さて、話を戻して、岡田社長の「今の日本社会では食べることしか楽しみがないようだ」というコメントへの反論を書いてみます。

  さきに結論を書いてしまうと、人間はある程度お金持ちになって、欲しいものも買えるようになって、旅行とかもろもろしたいこともできるようになったとしても、食べることの楽しみは究極の快楽として残る・・・ということだ。だから、食べることしか楽しみがないのではなく、いろいろやりつくして、それでも、なおかつ、最後まで残る欲望が食欲だということだ。

  ローマ帝国の貴族は、財産を浪費することがステータスでもあり、宴会には当時の世界中の珍味が並べられ数時間延々と続いたといわれる。有名な話なのでご存知の方も多いだろうが、満腹になるとクジャクの羽根でのどをくすぐることで、嘔吐して食べたものを吐く。胃をからっぽにしてまた食べたといわれる。空腹を満たすとか栄養を摂取するのとは無関係に、食欲という本能を満足させ快楽を得るために食べたのだ。

  このローマの貴族の宴会を思い起こさせるフランス映画「最後の晩餐」は73年に制作された。内容は、4人の社会的地位もあり金持ちの中高年の男たちが(つまり、満足できる人生をある程度やりとげた男たちが)、パリの高級住宅の一室に集まり、死ぬまで食べつくす・・・グルメ料理を食べて食べて、間に嘔吐して、それでも食べて、最後にみんな死んでしまう・・というグロテスクなものだ。その年のカンヌ映画祭ではあまりの不快さゆえに映画館内はブーイングの嵐、審査員長だった女優イングリッド・バーグマンが、映画を観終わって嘔吐したというウワサもある。

  この映画が2013~15年にかけてヨーロッパやアメリカで再上映された批評は、73年にはショッキングな内容かもしれないが、今の時代では「それほどでも・・・」といったものだった。

  外国に行けば、グロテスクにまで太った人が、気持ち悪くなるくらい大食いしているのをフツーにみられる。食べることへのむきだしの欲望に嫌悪感を感じる傾向は、もう、ないのかもしれない。

  なぜ、人間は、生存に困らないくらいには食べられる現代にあっても、食べることがまるで最高の快楽を得られる行為であるかのようにふるまっているのだろうか? その答えを探ってみます。

  食欲は本能的欲望だ。人間は食べなければ生きてはいけない。だから、脳は、脳の所有者が食べ物を必死になって探すように、食べることで快感という報酬が得られるような仕組みにつくられている。食べると脳の報酬系が刺激され、ドーパミンという化学物質が放出され、快感を感じる(詳しいことは、拙著「売り方は類人猿が知っている」を参照)。

   一万年前に農耕生活が始まるまでの数百万年という気が遠くなるくらい長い間、人類とその祖先は飢餓と戦ってきた。人間の脳には、飢餓の時代のころのことが記憶としてあるいはDNAとして残っている。だから、高カロリー食品が大好物なのだ。飢餓の時代の先祖が、脂肪分とか糖分が多く含まれている高カロリー食品を発見したら、絶対に全部たべる。このチャンスを逃がしたら、次にいつ食べられるかわからないのだから、とにかくありったけ詰め込む(映画「最後の晩餐」を思い起こさせる)。これが生存率を高める方法だから。

   狩猟採集生活の祖先の中で、脂肪の形でエネルギーを効率的に蓄えられた人は、少ない食べ物でも生存率が高くなる。こういう「倹約遺伝子(Thrifty Gene)」を持っている人ほど、生存率が高くなり、結果、その遺伝子をもつ子孫の数も多くなる。

  が、かつては生存に適した遺伝子は、飽食の時代では、邪魔になる。肥満や糖尿病になりやすく、生存のためにはかえって不利な条件となる。人種的にはアフリカ、東南アジア、ポリネシア出身の人たちはこういった倹約遺伝子を受け継いだ割合も高く、日本人もこの遺伝子を欧米人の2~3倍も高くもっているといわれる(だから、日本人は日本食を食べるべき)。 

   世界肥満度ランキングで、上位を占めるのは、ナウル、クック諸島、サモア、トンガといった太平洋諸島で、それを説明する理由として倹約遺伝子説がつかわれる。つまり、長い航海を耐え生存して島にたどり着いた人たちは、脂肪の形で十分なエネルギーを保存することができた人達だ。そういった代謝システムをもった遺伝子をうけついでいる子孫が伝統的に島でとれる食物だけを食べていたころはよかった。が、西洋から伝わった肉や甘いものを口にするようになると肥満が寿命を縮めるようになる。

  現代人が高カロリーな食品に抵抗できないことを説明する説はたくさんある。たとえば、日本語でも「別腹」という言葉があるように、欧米でも、どれだけ満腹でもデザートのためには「第二の胃」があるという。甘いものに含まれる砂糖には、胃の反射神経を刺激して胃壁を拡張させる作用がある。そういった意味では、フルコースの食後に甘いものを口にすることは、胃の満腹感を和らげるので理にかなっている。問題は、ついつい食べ過ぎてしまうことだ。

  甘いもののなかでもチョコレートにはPEA(phenethylamineフェネチルアミン)が多く含まれている。PEAは快楽感をもたらすドーパミンが脳内に放出されるのを促進する性質がある。だから、1600年代には媚薬とみなされ、修道士などが口にするべきものではないと禁止されていた。

  報酬系を活性化してハイになる(快感を感じる)覚せい剤や麻薬が依存症や中毒をもたらすように、甘いものも、次第に食べる量がふえ、食べないとイライラする症状をもたらす傾向がある。結果、甘いものを食べれば太るとわかっているのに、止められない。

  このように、飢餓の時代に、必死になって食べ物を探す動機づけをするためにつくられた脳の仕組みは、いまでは、健康を妨げるものになっている。

  米国の心理学者アブラハム・マズローは、人間の欲求を5段階の階層に分け、生命維持のための食事・睡眠・排泄などの本能的・根源的な欲求を第一段階として、そういった欲求が満たされれば、次に、安心で安全な環境を欲求する第二段階に移る・・・とする理論を、1943年に発表している。

  マズローの欲求五段階理論は、ピラミッドの形で説明されることが多いので、ご存知の方も多いであろう。

  1. 生理的欲求 (Physiological needs)
  2. 安全の欲求 (Safety needs)
  3. 社会的欲求 / 所属と愛の欲求 (Social needs / Love and belonging)
  4. 承認(尊重)の欲求 (Esteem)
  5. 自己実現の欲求 (Self-actualization) 

 

  映画「最後の晩餐」の4人の登場人物やローマ帝国の貴族たちは、4番目の承認の欲求、つまり、地位、名声、注目などを獲得し、自分が属する社会集団で価値ある人物であると認められるところまで到達した者たちだといえよう。だが、それでも、食欲という本能的欲求の力には勝てなかったようだ。4番目から5番目の「自己実現」に移行するという欲求がそれほどない人達(実際には大半の人達が5番目に到達できないといわれる)は、3と4の段階をある程度達成すると、次に何をしてよいのか、人生を生きることへの動機づけがなくなってしまうようだ。

  また、テロや戦争に対する恐怖、地球温暖化による自然災害(日本には地震災害もある)、資本主義経済への信頼度低下・・・といった不安度の高い社会においては、2番目の安全・安心への欲求すらおぼつかない。将来への確固たる希望が持てない不安定な情勢のなかでは、内向きにならざるをえない。家でおいしいものを食べること以外に快楽を求める欲求度は低いのかもしれない。それが、先進国の肥満度の増大につながっているのかもしれない。

  最近、シェアリングエコノミーといって、自動車、住居、洋服、、その他を所有しないでシェアする傾向が高くなっている。化粧品のような消耗品ですらシェアするようだ。だが、食品はどうだろうか? 大きな袋づめの菓子を数人でシェアすることはできるだろうが、ケーキとかアイスクリームとかステーキとか、食べ物は食べれば消えてしまうし、生鮮度の問題もある。食べ物はシェアしにくい。

  ものを所有しないシェアリングエコノミーの時代になろうと、あるいは、ある程度の裕福度を達成しようとも、食べるものへの欲望は減少することがない。好きな食べものへの中毒とまではいかなくても依存度は強い。

  人類の究極の快楽は食べること。

  だから、クルマやファッションとか売れなくなっても、おいしい食べ物だけは、必ず売れる。

*参照: 肥満であるかどうかは体脂肪量による。世界的に広く使われている指標はBMI(Body Mass Index)。WHOによる肥満の判定基準は、BMI30以上が肥満で、25以上が太りすぎ。 BMI=体重kg/(身長m)2

参考文献: 1.「食べる以外の楽しみを売るには」朝日新聞4/26/16、2. Denmark's food taxes/A fat chance, the  Economist, 11/17/12, 3.Survey examines changes in sexual behaviour and attitudes in Britain, UCL News, 11/26/13, 4.Japan, The Sexless Nation, Tokyo Business Today, 12/19/14, 5.Sexless marriage in america keeps rising, new study reveals, Breitbart connect 2/1/15, 6.La Grande Boufe: the ovie that shocked Cannes, 40 years ago, The Same Cinema Every Night 5/17/13, 7. エンゲル係数については、日本の場合は、総務省統計局家計調査による。米国の場合は、USDA, Economic Research service based on the data from the Bureau of Labor Statistics consumer Expenditure Survey 2004-09、8.「先進国で上昇する「エンゲル係数」 背景にあるのは」 日経新聞 9/18/12、

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